『私の嘘と彼女の真実』
『私の嘘と彼女の真実』
「こちら、結婚相手の石嶋(いしじま)和史(かずふみ)さん。かずくん。こちら、親友の季実枝(きみえ)ちゃん」
友人の友子(ともこ)に紹介され、季実枝は引き攣った笑顔を浮かべた。相手も、微妙な笑顔を貼り付けて黒縁眼鏡の奥から自分を見ている。まさか、――親友の結婚相手として元セフレと再会するとは思わない。
「は、はじめまして。小国(おぐに)季実枝です」
「……はじめまして、石嶋です」
いやいや、これはどういう状況なんだろう? などという心の声は留めておいて、互いに挨拶をした。きっと彼も、同じ気持ちだろう。
「それで。友子と……石嶋さん、は、どこで知り合ったの?」
「ええっとね……」
季実枝たちの妙な空気には気づかず、友子がふわふわ脳天気に馴れ初めを話しだす。そのあいだ季実枝たちは作り笑顔を保ったまま、無言で見つめあっていた。
季実枝と石嶋――和史が出会ったのは、二年前の合コンだ。そこで意気投合して一夜を共にしたあとは、一ヶ月ほど付き合った。けれどなにかと性格があわず、しかしながら身体の相性は最高なので、セフレに落ち着いたというわけだ。
そんな彼と別れたのは半年前、和史に恋人ができたという理由だった。しかしそれが、大学入学から十年来の親友である友子だとは思わない。もっとも、最近は忙しくて友子とはあまり会っておらず、付き合っている人がいるのは知っていたが深く話すまでには至っていなかった。
「へー、合コンで、ね……」
「そうなの、それでね!」
友子の話はさらに続いていく。それに季実枝たちはただ、相槌を打つだけして聞いていた。合コンで和史に一目惚れした友子は彼女にしては珍しく積極的に押し、彼を落としたらしい。いつもゆるふわな彼女に、そんな情熱的な一面があるだなんて季実枝は知らず、驚いた。それはいいがどうして私の元セフレなんだろう。和史は顔もいいし優しいが、かなり自分勝手なところがある。そういう部分があわず、季実枝と和史の恋人関係はすぐに破綻した。その和史と友子が結婚だなんて、不思議で仕方ない。
「それで、季実枝ちゃんにお願いがあって」
のろけ尽くして気が済んだのか、ようやく友子が本日の本題を切り出してくる。上目遣いでおずおずとうかがってくるのは、大変可愛らしい。
「うん、なに?」
ひさしぶりの呼び出しが、結婚報告とそののろけだけで終わるはずがない。もう悪い予感しかしないが、それでも笑顔のまま彼女の次の言葉を待った。
「結婚式で、友人の挨拶をしてほしいの」
思わず、季実枝は和史をじろりと睨みつけていた。彼はびくりと身体を大きく震わせたあと、そろーっと顔ごと視線を逸らす。きっと全身、だらだらと変な汗を掻いていることだろう。
「季実枝ちゃんは私の一番の友達だから、どーしてもお願いしたくて」
ねっ、と両手で季実枝を拝み、友子が可愛らしく小首を傾げる。これで引き受けないのは友達甲斐がないが、季実枝には季実枝の事情があるのだ。
季実枝と和史がセフレだったのはすでに話したが、季実枝は彼の友人たちと面識がある。というか、セフレとはいえ実態は友人にかなり近かったので、一緒にバーベキューしたりと遊んだりしていたのだ。そんな季実枝が新婦の友人として挨拶をしたら、その場の空気がヤバいものになるのは目に見えている。
「えーっとね、友子? お式はいつ?」
もういい加減、笑顔を保つのも限界だ。それでも、根性で続けて聞く。
「六月。ジューンブライドって憧れだったの」
指を組んだ両手を頭と共に傾け、想像しているのか友子がうっとりとした顔をした。ジューンブライドが憧れだなんて、いかにも乙女な友子らしい。そんな友人の願いは叶えてやりたいけれど。
「そう。あ、その日、私、用事があるんだった。残念だけど、ごめんね?」
もちろん、これは断るための嘘だ。友人の晴れ舞台に出席できないのは悲しいが、それをぶち壊すのはもっと申し訳ない。和史も同意らしく、うん、うんと勢いよく頷いている。彼もこれがどれだけマズい事態か理解しているらしい。
「えー。どうしても、ダメ?」
こてっと可愛らしく、友子が首を横に倒して聞いてくる。和史も期待を込めた目で季実枝を見つめているが、あれは彼女とは反対の意味だろう。友子のこの攻撃でいつも季実枝は折れていたが、今日はそういうわけにはいかないのだ。
「ええっと……無理」
うるうると瞳を潤ませ、友子が悲しそうに季実枝を見ている。いつものようにいいよと言いたくなるが、ここは心を鬼にする。
「私、季実枝ちゃんに一番、花嫁姿を見てほしかったな……」
「うっ」
とうとう友子がハンカチで目もとを拭い、季実枝の決意はポッキリ折れた。
「……用事を断るよ」
その言葉を聞き、がっくりと和史の肩が落ちる。彼だって恋人ならば、彼女のあれに断れないのは知っているはずなのだ。ならば、文句は受け付けない。
「じゃあ季実枝ちゃん、よろしくねー」
死んだ目をしている和史と腕を組み、友子は幸せそうに去っていった。最後まで笑顔のまま、それを見送る。
「……はぁーっ」
その姿が見えなくなり、大きなため息をついて季実枝はようやく笑顔を崩した。いや、もはや表情筋がそれで固まってしまっている気がする。帰ったら念入りにマッサージをしなければ。友子たちとは反対方向へ、歩きだす。今日はなんか疲れた。コンビニスイーツを買っても許されるだろう。しかし、これからどう付き合っていけばいいのか、季実枝は不安で仕方なかった。
夜になって、和史からメッセージが送られてきた。特にブロックする理由もなく、そのまま放置していた友達登録だが、まさかまたこれが使われるなんて思わない。話がしたいと言われ、承知するとすぐに電話がかかってきた。
『まさか、友子の親友が季実枝だとは思わなかった』
和史の声は苦笑い気味だが、それはそうだろう。
「でも、友子から私のこと、聞かなかったんだ?」
それくらいありそうだが、なかったんだろうか。
『いや、そういう話はなかったな。そういや、友子から友達の話が出たのって、これが初めてかも』
まあ、それはそうかもしれない。季実枝だって和史と付き合っているとき、友人に会うという話はしたが、具体的に名前は出さなかった。それに和史も季実枝の交友関係に関心がなく、聞かれたりもしなかった。
「ふぅん。てかさ、これからどうする? って、他人のフリを続けるしかないんだけどさー」
『そーだよなー。いっそ季実枝、友子と喧嘩して友達付き合いやめて?』
相変わらずの和史の自分勝手さに、つい笑ってしまう。
「それを言うなら、和史が友子と喧嘩して破局して?」
『いやいや。もう両家の顔合わせも済んだし、結婚式もキャンセルできないし。俺のほうがダメージがデカい』
「私だって十年来の友情にヒビを入れたくない」
はぁーっと重いため息が、ふたり同時に落ちていく。
「まあ、なるようにしかならないか」
『そうだな』
とにかく、ボロを出さないように気をつけようと誓いあって電話を切る。私が和史の元セフレだってもし友子が知ったら、どうするんだろう。そんな考えが頭を掠めていく。自分だったらだからなんだと笑い飛ばしてしまいそうだが、友子がどうするのかいくら考えても季実枝には想像できなかった。