『年下御曹司わんこになつかれました』
『年下御曹司わんこになつかれました』
「僕はみーんな、大好きだから」
それが口癖の社長の息子、央が気に入ったのは……。社内一地味女の私、織重華子!
「華子さん、好き。だーいすき。華子さんさえいれば僕、なーんにもいらない」
博愛主義から一転、執着溺愛ラブ!?
「僕、華子さんの全部、欲しいな……」
年下御曹司は可愛い顔をして私に迫ってくるけれど。私には私の都合があるんです……!! 自分に自信がないアラサー女子×わんこ系王子様御曹司の、エッチな恋愛……!?
遠くに彼を見つけ、慌てて回れ右をして足早にその場を去る。
「あ、華子(かこ)さん!」
見つかりたくないのに彼は私を見つけてしまった。さらに足を速めるものの、身長差=歩幅の差なので私より背の高い彼にすぐに追いつかれてしまう。
「なんで華子さん、逃げるの?」
並んで歩く彼の、パーマのかかった茶色い髪が視界の隅でぴょこぴょこ揺れる。
「ねえ、華子さんってば!」
突然、目の前に壁ができ、彼がダン!と壁に手をついた。
「ど、どいてくれる……?」
怖くて薄らと涙が浮いてくる。見上げると、女としては背の高い私よりさらに背の高い彼が私を見下ろしていた。
「だって華子さん、逃げるし」
近づいてくる顔に自分の顔を背けるが、彼の壁についていない右手が私のあごを掴み、自分の方へと向けた。ちゅっ、強引に重なる唇。と、同時に周囲からきゃーっと悲鳴が起きる。
「な、なにするの……?」
怒りで、ファイルを抱きしめる手がぶるぶると震えた。
「だって僕、華子さんとキスしたいんだもん」
ブラウンデミのボストン眼鏡の下で、彼が嬉しそうににへらと笑う。その笑顔に、頭痛しか起きない。
「キスだってその先だっていっぱいしたいのに、華子さん全然許してくれないから僕、すっごく溜まってるんだよ?」
「ちょ、ちょっ……」
天真爛漫な笑顔でそんなことを言って、こんなところで抱きしめてこられても困る。
「は、離して……!」
「ヤダ」
人が見ているところで欲情しているなんて信じられないし、だいたい、私が相手をしなくたって彼なら女に不自由しない。
「は、離してくれないならもう二度と、名前で呼ばない、から。……信貴(しぎ)、さん」
名字で呼んだ途端、盛んに彼が私にしていた頬ずりがぴたっと止まった。
「それ、ヤダ……」
私から離れた彼は、みるみる萎んでいく。耳と尻尾をつけて、クーンなんて鳴き声が似合いそうなほどに。
「華子さんからは絶対名字で呼ばれたくない……」
彼のこのこだわりが、なんなのかはわからない。が、もしかして彼なりにプレッシャーを感じているのかもしれない。
「じゃ、じゃあもう、こんなことしないで。わ、わかった、央(あきら)、さん?」
「……はい」
さっきまでの見る影などなく、肩を落としてとぼとぼと彼──央は去っていく。小さくはぁっとため息をつき、手を掴んで彼を止めた。
「きょ、今日、この前、言ってたお店に付き合ってもいい、ので」
「……その後、僕んちにお泊まり?」
こっちが譲歩しているのに、そのお願いはなに?
「そ、それは却下」
「ぐずっ。でも華子さんが食事に付き合ってくれるなんて珍しいからいいやー」
一回、鼻を啜った癖に、ぱーっと顔を輝かせて私を見てくる。こういうところは本当、扱いやすくて助かっている。
「じゃあ僕、午後からもお仕事頑張るねー!」
立ち去る私へ央はぶんぶんと嬉しそうに手を振ってきた。それに苦笑いしつつ、本来行くべき方向へと足を進める。視界の隅で央へ近寄っていく女性たちを認めながら。
「よかったね、央。織重(おりしげ)さんが食事付き合ってくれて」
「でも央泣かせるとか織重何様?」
「華子さんの悪口言う子とは僕、絶交だよ」
「ごめん、央!」
かすかに聞こえてくるいつもの会話。央は会社で、みんなの王子様だ。……うん、その可愛い容姿と可愛い言動だけじゃない。本当に王子様。なんたって、社長の息子なんだから。央自身、「僕はみーんな大好きだから」と、博愛主義なのかなんなのか公言し、広く女性と付き合っている。そんな彼に。──なぜか社内一の地味女な私が、この春から付きまとわれている。
※続きは本編にて