『所有印~ある男の独占欲~』
『所有印~ある男の独占欲~』
安芸は先輩の婚約パーティという名の合コンへ行ったものの、なぜか周囲に後ろ指を指される。どうしてだろうと訝しんでいたら、先輩にキスマークを指摘された。しかし安芸には彼氏など当然おらず、しかも昨晩はひとりだった。誰の仕業か考えて思い当たったのは……。
A6(文庫)28P
会場となるイタリアンにはちょうどいいくらいの時間に着いた。こぢんまりとしたお店なので、今日は貸し切りなのらしい。お相手の男性もいわゆる大企業の社員なので、それっぽい感じの人たちが集まっていた。……のはいい。さっきからなぜか、男性どころか女性からも視線が集中しているのはなんでだろう? しかもなんか、こそこそ話されているし。
「あ、春野さん……」
「安芸ちゃん、ちょっと!」
戸惑っていたところに春野さんを見つけてほっとしたが、彼女は私を引っ張って凄い勢いで店の隅へと連れていった。
「マズいよ、それ」
「え……?」
周囲に聞こえないように声を潜め、彼女がなにを言っているのかわからない。私の様子に気づいたのか、彼女が自分の首筋をちょいちょいと指で指す。
「ここ。ついてるよ、キスマーク」
「え、ええーっ!」
衝撃の事実を告げられ、思わず大きな声が出る。おかげで周囲の視線が集まった。
「えっ、あっ、ははははははーっ」
春野さんが指したとの同じ自分の首筋を押さえ、笑って誤魔化す。今日はオフショルダーのワンピースだったので当然、肩から首筋が出ていた。額に手を当て、春野さんが呆れたようにため息を落とす。
「どうしたの、それ? てか、彼氏いたの?」
再び頭を付き合わせ、ひそひそと話す。言外に彼女はだったら誘わなかったと言っていた。
「あ、いや、彼氏とかいないですし。昨晩だってひとりでしたし、どこでつけられたのかまったく心当たりが……。虫に刺されたんじゃないですかね?」
もう、それしか思い当たる節がない。
「そんなわけないでしょ」
「うっ」
お馬鹿といわんばかりに額を軽く叩かれ、声が詰まる。
「とにかく。帰るかアウェイなのを我慢しているかの二択だけど、どうする?」
キスマークがついている女なんてここでは場違いなのに、帰れと言わない春野さんは優しい。しかし私の居心地が悪いだけならいいが、こんな女を連れてきた春野さんの株も下がるわけで、それだけはいただけなかった。
「申し訳ないですが、帰ります。今日はすみませんでした」
「いいよ、別に。気をつけて帰んなよ? あ、それはコンシーラーかなんかで隠したほうがいいよ」
春野さんは苦笑いしているがそれしかできないのだろう。
「はい、ありがとうございます。本当に今日はすみませんでした」
もう一度、頭を下げて店を出る前に化粧室に寄った。
「うわっ、ほんとだ……」
自分の首筋につくキスマークを確認し、洗面台に手をついてがっくりと項垂れた。ポーチからコンシーラーを取り出し、そこへと塗り込む。しかしこんなもの、いつどこで誰がつけたんだろう? 少なくとも今朝、メイクをするときにはなかった。となると家を出てからここに来るまでのあいだとなるが、そのあいだに会ったのは……瀧谷部長? 出勤時の電車も考えられるが、今日は休日出勤で密着するほど人は多くなかった。そうなるとやはり、瀧谷部長しかいないわけで。
「……セクハラだよ、これは」
私から見れば真剣に仕事に取り組む尊敬できる上司だったが、それは誤解だったんだろうか。いまだに独身なのも、もしかしたらまだ女遊びをしているからなのかもしれない。
「……ぜっっったい、文句言ってやる!」
私を手伝ってできなかった仕事をして帰ると言っていた。まだ、会社にいるはず。勢いよく私は、会社に向かって歩き出した。
……以下、続く