『念願の婚約破棄された悪役令嬢は、なぜか廃嫡寸前の変人王子に執着される』
「シャローラ。君とは婚約破棄する!」
広間にオーガスト王子の声が響き渡る。瞬間、それまで奏でられていた音楽も、人々のざわめきもぴたりと止まった。
……きた。
歓喜で、心が震える。しかしそれが顔に出ないように引き締めた。
ここはかつて私がやっていた乙女ゲー、『悠久の時空(とき)を超えて』の世界だ。主人公は今、オーガスト王子の後ろに庇われている少女、守永(もりなが)耀子(ようこ)。耀子は聖乙女としてこの世界に召喚され、魔物との戦いの中で彼、オーガスト王子をはじめ複数のヒーローとルートごとに恋をする。私、シャローラはいわゆる悪役令嬢というヤツだ。銀髪にアイスブルーの瞳なんて見た目がいいのは気に入っていた。そして第一王位継承者で第二王子であるオーガストと婚約している。なんでそんな世界にいるのかって、向こうの世界の私が死んだからに他ならない。そして現在、耀子のお披露目パーティで、予定どおり婚約破棄イベントが始まっていた。
「そんなにヨーコをバカにして楽しいか? ヨーコはまだ、こちらに来て日が浅いんだ。知らなくても仕方ないだろ」
王子は先程、騎士団長の名前も知らない耀子に、私が丁寧に教えてやったのを怒っている。もちろん、マウントを取ってやった。だってそうしないと、私の望みは叶わない。
「オーガスト様。シャローラ様は親切に教えてくださっただけなので、婚約破棄までしなくても……」
おずおずと耀子が王子を宥めてくるが。
「私たちの話に、口を挟まないでくれます? それとも私に、恩でも売りたいんですかぁ?」
彼女を見下し、思いっきり小馬鹿にして笑う。これももちろん、計算の内だ。
「わ、私は、そんな」
泣きだしそうに顔を歪め、耀子が王子の陰に隠れる。おかげで彼は、ますますヒートアップしていった。
「君って人はいつもそうだ。誰も彼も見下して。そんな君にはほとほと愛想が尽きた。ここに婚約破棄を宣言する!」
ビシッと王子が、その指先を私に突きつける。凄いドヤ顔なので、決まった!とか思っているのかもしれない。しかしゲームでは格好いいと思っていたが、実際に自分がやられるとムカついた。
「……そうですか」
緩む口もとを見られないように、俯く。ここまで本当に長かった。頭を打って、前世の記憶が戻ってきたのが五年前。婚約者がいると知ったときは絶望したが、自分が悪役令嬢でゲームどおりに進めば婚約破棄だと気づき、ほっとした。それからは苦手だけれど高圧的な人間を演じ、ゲーム設定からズレないように頑張った。その努力が実り、婚約破棄されるのだ。これほど嬉しいことはない。
「シャローラ。君は……」
珍しく私が悲しんでいるようにでも見えたのか、動揺した王子が声をかけてくる。そのタイミングで勢いよく顔を上げた。
「婚約破棄してくださってありがとうございます。オーガスト王子と別れられて、清々しますわ。では、ごきげんよう」
口角を美しくつり上げ、これ以上ないほどいい顔で笑う。そのまま呆然としている王子を残して、会場を出た。これで念願が叶ったのだ、帰りの馬車の中で思わず笑ってしまったほどだ。
……婚約破棄されたのに私が嬉しそうで、気でも狂ったのかと家族はしばらく腫れ物にでも触るような態度だったが。
……続きは本編で。