『鬼島組は今日も平和です』【ライト文芸】
『鬼島組は今日も平和です』【ライト文芸】
「おにいちゃん、たこせんちょうだい」
数人の男子小学生が次々に店先のカウンターに十円玉を置く。
「あいよ」
それに笑い返し、マサは焼き上がっていたたこ焼きを手際よく、えびせんべいに挟んでいった。ここ、『鬼ヶ島(おにがしま)』は町の小さなたこ焼き屋だ。先代から引き継ぎ、マサがここでたこ焼きを焼き始めてもう五年になる。
「気をつけて食えよ」
「ありがとう、おにいちゃん」
紙に半ば包まれたたこせんを受け取り、手を振りながら小学生たちが去っていく。それに手を振り返しながらマサは微笑ましく見送った。ちょうど、小学生たちが去っていった方向から来た学ラン姿の男子が彼らを振り返りながら店先に立つ。
「マサさん。オレもたこせん、ひとつ」
学ランの彼がカウンターに十円玉を置く。
「ぬかせ。オメェはもう、中学生だろうがよ」
マサが渋い顔を作る。
「へへ、バレた?」
「制服できて『バレた?』があるか」
それでも仕方ないなと苦笑いしつつ、またマサはえびせんべいにたこ焼きを挟んでいった。この店では小学生に限り、えびせんべいにたこ焼きが三つ挟まれたたこせんを十円で提供している。とはいえ自己申告なのとマサの判定が甘いせいで、学校帰りの中学生や高校生も十円で買いに来ていた。おかげで店は大赤字だが、それが先代からの経営方針なのだ。それに赤字はほかの方法で補填しているので問題ない。
「母ちゃんの腰の調子はどうだ?」
たこせんを渡しながら尋ねてみる。
「もうだいぶいいみたい。無理すんなっていうのに、今日はコルセット巻いて仕事に行ったわ」
「そうか」
彼の家は母親と彼、それに妹の三人家族だ。つい先日、酷いぎっくり腰になって動けなくなっていると聞いていた。
「あんま母ちゃんに無理させんなよ」
「わかってるって」
明るく彼は笑っているが、忙しい母親に代わって家事を請け負っているのをマサは知っていた。この、十円のたこせんが唯一の息抜きなのも。
「よかったら持ってけ」
手早くパックに詰めたたこ焼きをふたつ、袋に入れて彼に差し出す。
「え、いいよ! たこせんだけでもありがたいのに!」
「いいから」
断る彼にさらに袋を差し出した。
「もう焼いてだいぶ経ってるんだ。捨てるのももったいないしな」
「じゃ、じゃあ。ありがたく」
促すように軽く揺らした袋を彼が受け取る。きっと彼はマサの方便に気づいている。
「たまには妹も連れてこい」
「わかった。マサさん、ありがとー!」
ぶんぶんと勢いよく手を振る彼を笑顔で見送り、正面へと視線を向けた。そこでは小学校一年生くらいの男の子が、電柱の影からこちらをうかがっている。
「さてと」
肩に手を置き、わざとらしく首を左右に曲げる。周囲に誰もいないのを確認し、マサは店を出た。
「おい」
「ひっ」
突然、声をかけられて男の子は悲鳴を上げ、尻餅をついた。
「た、食べないで……」
うっすらと目に涙を浮かべて男の子は怯えており、失礼だなと思う。しかし、短いツンツンの金髪に両耳あわせて五つのごついピアス、さらには鼻にも唇にもピアスがついているとなれば怖がられても仕方ない。
「さっきからなに、見てんだ?」
「あの、その、あの」
目の前にしゃがみ込み、男の子と視線をあわせる。体勢を整え直した男の子が正座をし、そこまで自分が怖いのかと悲しくなった。
「ああもうっ! まどろっこしぃな!」
「うわっ!」
いきなりマサに抱き上げられ、男の子が大きな声を出す。
「お、下ろして!」
「静かにしろ!」
マサに怒鳴られ、男の子がおとなしくなる。男の子を脇に抱えたままマサは店に入り、椅子に座らせた。
「足、痛くねぇか」
しゃがんで膝についていた小石を払ってやる。ついでに怪我がないか確認した。ズボンの影に痣が見えた気がしたが、気づかないフリをする。
「それでさっきから、なんでこっちを見てたんだ?」
「それは、その。あの、その」
もじもじとなかなか言わない男の子に苛々としながらも、辛抱強く待つ。瞬間湯沸かし器のようだった自分がここまで我慢できるようになるなんて、拾ってくれた組長に感謝した。
鬼ヶ島はヤクザである鬼島組(きじまぐみ)の稼業のひとつだ。構成員は組長を含めて五人しかいない。それほどまでに小さく、ヤクザとは名ばかりのアットホームな組で、マサは気に入っていた。噂では現組長の辰也(たつや)は昔、かなりのものだったそうで、彼が吠えれば関東全域が震えたという。しかし今の彼はただの好々爺で、マサはただの噂だと思っていた。
……以下、続く。