『ファーストパフェ』
『ファーストパフェ』
この初めての恋のような気持ちに、なんと名前をつければいいのだろう。
眼鏡おじさんと眼鏡おじさんがスイーツ食べ歩きしながら、その関係に悩むお話。
眼鏡のさきっぽ名義、BL
A6(文庫)84P
──奇数週の金曜夜。私は人と待ち合わせをしている。
いつもの公園前で着いたとメッセージを入れようとしたら、こちらに向かってくる彼──青空(あおぞら)さんが見えた。背が高く、体格もいい彼は遠くからでもすぐにわかる。
「空本(そらもと)さん!」
向こうも私に気づき、上げた手を軽く振って足早にこちらへやってきた。
「お待たせしました」
私の前に立ち、厳つい黒縁眼鏡の奥で青空さんは嬉しそうににっこりと笑った。
「いえいえ。私もいま、来たところです」
俯いた際に少し落ちた眼鏡の位置を直して私もそれに笑い返し、彼を促して一緒に歩きだした。これからおじさんふたり連れで向かうのは──カフェだ。しかも目的はコーヒーや食事ではなく、可愛らしいスイーツ。
「今日も楽しみです」
「私もです」
隣の青空さんは待ちきれないのかそわそわとしている。きっと、私も同じだろう。
目的の店には歩いて十分ほどで着いた。細い路地を入った行き止まりにあるビルの階段を上がって二階、待たされることなく席に通される。席に着いて、青空さんの視線がちらりと店内に向かった。十五テーブルほどでその七割程度が埋まっているが、男同士、しかもおじさんの組み合わせは私たちだけだ。やはり物珍しいらしく、ちらちらと視線が向かう。
「あー、どれも美味しそうで目移りしますね」
周囲から目を伏せ、少し恥ずかしそうに青空さんがメニューを広げる。彼はいまだに、こういうのに慣れないらしい。
「確かに」
そういう私はと言えば、平気だったりする。だからこそ、青空さんと知り合えたのだが。
目を落としたメニューに載っている色とりどりのフルーツがのったワッフルも、チョコレートソースでおめかしされたパフェも美味しそうで目移りしてしまう。しかし本日の目的は。
「でもやっぱり今日は、ブリュレパンケーキでしょう」
「ですね」
私がメニューを閉じると同時に、彼もそのとおりだとばかりにメニューを置いた。店員を呼び、ブリュレパーンケーキをふたつとそれぞれの飲み物を頼む。私は紅茶派、彼はコーヒー派だ。
「しかしこんなところ、よく見つけましたね」
場所だけを言えばここは彼の言うとおりわかりづらい。しかしいまはネットの時代、美味しいスイーツの店など検索すればすぐに日本全国見つかる。さらに私にはとっておきの情報源があるのだ。
「会社の女の子と情報交換しているんですよ」
私がスイーツ好きだと知っている彼女たちはすぐに、あれが美味しかったとか今度どこそこで出る期間限定がお勧めだとか教えてくれる。
「へえ、いいですね。俺は若い子から怖がられているからな……」
ははっと自嘲した青空さんの肩ががっくりと落ちた。浅黒い肌に短髪、さらに太い黒縁の眼鏡のった顔はいかにも強面だ。しかも肩幅があり胸板も厚い彼は周囲に威圧感を与えていた。それも警備会社で管理職をしているとなるとあまりにも〝らしくて〟納得だが。しかし彼としてはそこが、軽いコンプレックスであるらしい。
「まあ、舐められるよりはマシじゃないですか? 私なんて可愛いおじさんってマスコット扱いですよ」
彼女たちの私の扱いを思い出し、おかしくなってくる。青空さんとは対照的に細身でひょろひょろ、細い銀縁スクエア眼鏡をかけ滅多に怒らない私は、会社の女の子たちから陰で〝セバスチャン〟と呼ばれていた。いや、なにゆえに外国人の名前なのだとは思ったが、見た目、身のこなしが執事っぽく、執事と言えばセバスチャンだろうという理由らしい。
「俺も可愛いおじさんって言われてぇ……」
はぁっ、と青空さんが陰気なため息を落とす。彼は見た目とは違い、中身はかなり繊細な男なのだ。
「お待たせしました」
そうこうしているうちに頼んだものが運ばれてくる。二段に重なったパンケーキは分厚くふわふわで、いまにも崩れそうだ。
「旨そうですね」
「ええ」
私が携帯をかまえたのを見て、ナイフとフォークに手を伸ばそうとしていた青空さんが止まる。
「相変わらずマメですね」
「そうですか?」
私が写真を撮るあいだ、彼が待っていてくれるのが申し訳ない。しかしニャンスタに食べたスイーツをあげるのは習慣になっているので許してもらう。ちなみにニャンスタとは写真投稿が主なSNSだ。
私が携帯を置いたのを確認し、青空さんが今度こそナイフとフォークを握る。私もパンケーキにナイフを入れた。〝ブリュレ〟パンケーキなので、表面はカリカリに焦がしてある。ナイフがあたり、パリッと軽くいい音がした。そのあとは抵抗なくすーっとナイフは入っていく。切れ目を少し広げると、そこからはクリームが滝のように流れ落ちてきた。また携帯をかまえ、その様子をパシャリ。
「そこまで撮るんですね」
「一応」
眼鏡の奥で目を丸くした青空さんはすでに、ひとくち目を頬張っている。私も携帯を鞄にしまい、パンケーキを口に運んだ。とろとろのクリームの中でパンケーキが消えていくのは最高だ。
「今回も当たりですね」
止まらないのかぱくぱくとパンケーキを食べながら、青空さんはにこにこと笑っている。店に入ったときと同様に視線が向かっているが、スイーツを目の前にしたらそちらが優先でどうでもよくなるようだ。
「ええ、最高です」
たかがパンケーキと侮っていたが、これほどとは。ここを教えてくれた彼女には感謝せねばなるまい。
「あー、食った食った……。って、こんなこと言ってるから〝おじさん〟って言われるんですよね」
青空さんが苦笑し、私も笑うしかできない。パンケーキを堪能し、店を出て駅まで一緒に歩く。
「今日も最高でした。ありがとうございます」
「いえいえ。私も来たかったお店ですし。青空さんと一緒に来られてよかったです」
店内ではあんなに注目されていたが、外でこうやって並んで歩くのは普通で誰も気にしない。なにが違うのかとは思うが、やはりおじさんとスイーツの組み合わせが似合わないのだろう。
「じゃあ、また再来週に」
「いつも空本さんにお店を探してもらうのは悪いので、今度こそ俺が探します。期待してください」
力強く青空さんが頷く。
「じゃあお任せしますが、無理はしないでいいですからね」
「任せておいてください。それじゃあ」
ぺこりとあたまを下げた青空さんと別れ、ホームへ向かう。
今日のブリュレパンケーキはよかったな。帰ったら早速、ニャンスタにあげよう。次は……青空さんが探してくれるのか。どこになるんだろうな。
もうすでに再来週を楽しみにしている自分に苦笑いしてしまう。青空さんとこうやってスイーツ食べ歩きをはじめて三ヶ月。ぼーっと窓の外を流れていく明かりを見ながら、彼と出会ったときのことを思い出していた。
難件が片付いたあとの、私の楽しみ。──それは。
「お待たせしましたー、和栗のモンブランパフェです」
「きたきた」
目の前に置かれたのは、この季節限定のパフェ。SNSで見かけてから、いま抱えている案件が片付いたら絶対に食べに行こうと決めていた。ちらりと店員の視線が私に向いたが、それは気にしない。まあ、四十を超えたスーツのおじさんがこんなお洒落なカフェで、しかもひとりでパフェなんて頼んだら、珍しく思わない方が無理だろう。
「いただきます。……っと、その前に」
取りかけたスプーンを置き、慌てて携帯をかまえる。〝映え〟とやらを意識して数枚撮影をしたら、いざ実食。天辺にのった栗と共にその下のマロンクリームをすくい、口を開いたところでちょうど、隣の席に座ろうとしていた男と目があった。無言でそのまま止まったが、すぐに気を取り直して口に入れる。瞬間、いま一瞬、気まずい空気になったのなんて忘れて上機嫌になった。マロンクリームは甘すぎずちょうどいい感じでふんわりと口の中で溶けていく。和栗の甘露煮も栗の風味を損なわない。散々、お客様に怒鳴られた疲れも癒えていく。
……以下、続く。