HABU HIROSHI


ハブヒロシ


金ノプロペラ舍 代表

遊鼓奏者

公益社団法人 調和道丹田呼吸法 理事

高梁市地域おこし協力隊


インドネシアの国立芸術大学スラカルタ校でのガムラン音楽研修や、セネガルの人間国宝ドゥドゥ・ンジャエ・ローズ・ファミリーのもとでのサバールドラム修行など、世界各地の音楽を学ぶ。

世界の音楽を学べば学ぶほど自分の出自というのを見つめざるを得なくなり、長年の模索を経て西暦2012年に遂に自作の太鼓 「 遊鼓 」 が生まれる。

それと同時に、人類の直面する行き詰りの解きに微力ながらも貢献したいと思い立ち、現在に生きる新たなる活力・遊び・神話を再び生み出すハイパークロスなチーム「 金ノプロペラ舎 」を設立。

西暦2017年1月11日、遊鼓を叩きながら東京から移住先の岡山県高梁市有漢町まで約770kmの道のりを歩く「 遊行遊鼓 ⿻ Let's go OKAYAMA!!! 」を完遂し、様々なメディアに取り上げられる。

その2カ月後には東京から亡き祖父母の故郷である宮城県亘理郡まで遊鼓を叩き歩く「 遊行遊鼓 ⿻ ハブの原郷ワタリ 」を完遂。

偶然にもゴールが3月11日となり、八重垣神社にて奉納演奏させていただく。

現在は自ら開発した「 宇宙飛行暦 」の制作や「丹田呼吸法」の伝承、「打っただヒカル」等の造形活動の他、「馬喰町バンド」や「SUNDRUM」、「高梁市地域おこし協力隊」のメンバーとしても活動中。





A N A L S



幼少

北の果て、かつて製鉄で栄えた港町、葬祭を営む仏具店に生まれ育つ。

夢は動物のお医者さん。

中高

宇宙飛行士を目指し茨城県つくば市のとある寮に入る。

ラグビーでは東日本大会で優勝し、茨城県代表として国体に出場と好成績を残すが、

高校卒業の前日に悪行を働き卒業取消に。

その後一週間かけて学校をピカピカに掃除し更生する。

大学

東京造形大学映画専攻に無事入学。

谷川俊太郎×覚和歌子による写真映画「ヤーチャイカ」にて雑用係をつとめる。主演は香川照之と尾野真千子さん。

映画よりも民族音楽にハマりだす。その流れで浅草サンバカーニバルにも出場し、優勝を果たす。

民族音楽熱は冷めることなく、インドネシアの国立芸術大学ソロ・スラカルタ校にてガムラン音楽の研修をする為、インドネシアに渡る。

研修後もジャワ島のジョグジャカルタに滞在し、現地で映画仲間を集め恋愛映画を制作し上映する。

インドネシアでの体験が深く人生を変える。

帰国後、仲間たちと「やちゃおう倶楽部」を結成し、そのパフォーマンス作品「激愛」が卒業最優秀賞であるZOKEI賞を受賞する。

卒業後

調和道丹田呼吸法に出会う。

丹田呼吸法の仲間の布施さんと冒険にハマりだす、が、真冬の山で遭難してしまい、死にかける。

この頃は日々パフォーマンス制作に没頭していた。

東京芸術劇場に来日していたイギリスの劇団「プロペラ」によるシェイクスピア作品の上演後、会場にてゲリラパフォーマンスを決行。

警備員に止められそうになるが最終的には野田秀樹さんやプロペラのメンバー達と共に一つの輪になり皆で奇跡のダンス、まさに大円団。サインをいただき退散する。

その後、本格的に歩く事にハマりだし、物語が発生する源を探るべく、野田秀樹さんのワークショップに向けて東京から大坂まで竹やりを地面で打ちながら歩いて横断する。

20代中頃

再び音楽への探究心に火が付きはじめ、サックスを林栄一、音楽理論を菊池成孔に師事する。

その後、アフリカのセネガルに渡り、人間国宝ドゥドゥ・ンジャエ・ローズ・ファミリーのもとで伝統音楽を学ぶ。

「お前の親はアフリカ人なのか?」とドゥドゥの奥様に言われ、確かに遠い遠い親はアフリカ人だったかもしれないと遠い記憶に思いを馳せる。

帰国後、TV東京「おはスタ」に出演するも、ヘマをする。

この頃、松崎ナオ、馬喰町バンド、SUNDRUM、チェ・ジェチョル、サム・ベネット、等と出会い音楽活動に専念し始める。

27歳

東日本大震災を皮切りに、自分の何気ない行動が結果的に自分の好きな物の首を絞めているのではないか?という問いが深くなり、そのような問題をゼロから問い直し解き実践していくチーム「 金ノプロペラ舎 」(当時、宇宙飛行開発センター)を設立。

それと同時に自作の太鼓 「 遊鼓 」 が生まれる。

NHK-BS1「エルムンド」に「馬喰町バンド」で三夜連続出演。遊鼓の初TV出演を果たし、山田五郎さんの誕生日を祝う。

長年住んできた東京を深く知るため、できたばかりの遊鼓を深く知るため、遊鼓を叩きながら東京の中心「山手線」を丸一周歩いたり、東京の聖地「高尾山」に登ったり、東京のゴミの果て「夢の島」を巡ったり、東京の山から空を繋ぐ「奥多摩湖~羽田空港」まで100㎞ほど多摩川に沿って突き抜けたり、兎に角、歩きまくる。

28歳

wowow「ザ・プライムショー」に出演。数少ないTV出演にも関わらず、出演者の誕生日に縁があるのか、山田五郎さんに引き続き、土屋アンナさんの誕生日を祝う。胸キュン。

人類の宇宙観の結晶である暦。その暦にまつわる自身初の著作「宇宙飛行暦」を出版。

少部数だが、完売。

29歳

以前、共に雪山で死にかけた丹田呼吸法の仲間の布施さんと、坂東三十三観音、秩父三十四観音、西国三十三観音、江戸三十三観音、番外も含め139の寺を巡礼し、満願する。

30歳

全国の土生さんにとっての憧れの聖地「 土生神社 創建九百二十五年 本殿改築竣工百年記念行事 奉納祭 」にて遊鼓の奉納演奏。

大学を卒業してから出会った調和道丹田呼吸法の指導員の認定を受け日暮里の本部道場にて実修を始める。

「関ジャニ∞の元気が出るCD!!」のレコーディングにパーカッションで参加。

一年間で三度にわたり台湾の原住民らと音楽を通じて交流を深める。

31歳

JAXAでハヤブサ開発に携わった上杉さんに出会い、どうやったら宇宙に行けますか?と尋ねてみたら、「ハブ君みたいな人が行くんだよ!」と言われ、完全にその気にさせられてしまう。

再び宇宙を目指す事に。

宇宙へ飛ぶその前に、一年間で二度に渡り南インドのディンディガルに住む「パライ」という叩き踊り太鼓を演奏するシャクティ舞踊団と交流を深める。

女性しかいなく完全なる灼熱のハーレムであった。アウトカーストの女の子ばかりだったが、みんな屈託のない愉快な子で自らの汚れきった心が洗われた時間であった。

遊鼓を叩きながら東京から移住先の岡山県高梁市有漢町まで約770kmの道のりを歩く「 遊行遊鼓 ⿻ Let's go OKAYAMA!!! 」を完遂し、様々なメディアに取り上げられる。

その2カ月後には東京から亡き祖父母の故郷である宮城県亘理郡まで遊鼓を叩き歩く「 遊行遊鼓 ⿻ ハブの原郷ワタリ 」を完遂。偶然にもゴールが3月11日となり、八重垣神社にて奉納演奏させていただく。

岡山県高梁市の有漢地区担当の地域おこし協力隊として着任。