今、この手に祝福を!

「俺、お前のこの手が好きかもしれない」

「ーーはぁっ!?」

 いつもこうやって唐突に、そして的確に、恋人は俺の心臓を撃ち抜いてくる。時は令和、同棲して3ヶ月目の今日。ふいにリビングのソファで隣り合う月島さんから発せられた言葉に、どうしようもなく胸が踊る。膝の上に乗せていた飼い猫のモチを撫でていたこの手が好きだという事か?俺は思わず固まってしまい、言われた手を翻し、まじまじと見つめてから、その手で顔を覆った。

「……月島さん、不意打ちは勘弁して下さい……」

「あはは、真っ赤な顔が隠しきれてないぞ、尾形!」

 あぁ、どうなってんだ。俺をからかって豪快に笑うその声さえも、愛おしいと思える日が来るなんて。俺は今世では恋人として傍らにいる月島基という年上の男に、心底惚れ込んでいた。


 ーー俺たちには、産まれた頃から前世の記憶があった。


 それは激動の明治期、似通った不運の星の下に生まれた俺たちは、軍に属してからは月島さんは上官として、俺は下士官として、一時期を共にした。やがて互いの進みゆく道は離れ、交わる事なくそれぞれの生涯を終えた。

 当時の記憶を全て持ち越して生まれ変わった俺たちは、ある時社会人になって出会い、今世では良き理解者として仲を深め合った。そうできたのは同じ時代を生きた他の転生者たちが、みな嘘のように幸せに暮らしていたからだろう。全てを引っ掻き回した立場だからこそ、それは俺にとって何よりの救いであった。

 それでも時おり、前世の悪行にひとり沈む俺が気がかりだったのか、月島さんは寄り添うようにいつも傍にいてくれた。いつしか交わるようになった道の先で、俺たちは恋人同士となっていた。今世にはあの鯉登もいた。俺でなくとも良かったはずだ。前世の自分に強い嫌悪感を抱いていた俺は、そう思いながらも、この人の手を離すつもりは毛頭なかった。それほどまでに、俺は月島基を愛していた。


「……というか、なんですか、藪から棒に……」

「いやなに、お前の手を見ていたらな、小銃を心底大事そうに抱えて、時おり労るように擦っていた、その仕草を思い出したんだ」

「小銃ーー月島さんが知る俺だと、三十年式歩兵銃ですか?」

「そうだ。当時のお前は何にも興味を示さないし寄せ付けようともしないくせに、命を預ける相棒にだけは真摯に向き合っていた。あの時、奉天で三十年式歩兵銃を鮮やかに戦場で活かし終えるとな、塹壕の中でまるで仕事ぶりを褒めるかのように、そっと小銃を撫でる仕草をしていたんだよ、お前。存外俺はそれが気に入ってたんだ」

「……はッ!そんなの、ただの癖でしょ。別に小銃を褒めてやってた訳じゃない。違和感がないか確認でもしてたんでしょう。あれがなくては生き延びる事もできませんからね。……月島さんは軍曹として有能な狙撃手である俺を見て、勝手に虚像を作り上げていたんじゃないですか?」

 違う。俺にそんな、何かに心を許すような人間味があった訳がない。あからさまに不満を漏らすと、月島さんは宥めるような声色で語りかけてきた。

「確かに狙撃兵としてのお前を認めてもいたよ。それでもな……己を尽くして肯定したものが当時のお前にも確かにあって、俺はあの小銃を控えめに撫で付ける、強くて、儚げで、どこか優しいお前の仕草を、好ましく思っていたんだよ」

 そう言い切ると、それからやや困ったように笑い、月島さんは続けた。

「……なんて言うと、俺もお前も前世の所業を悔やんでいないようにも聞こえるか?ただ、そうじゃなくてなーー今のお前に、まるであの時みたいに撫でられたモチは、とても幸せそうに眠っている。俺はそれが堪らなく嬉しくて、愛おしく思えるんだ」

 そう言い終えると、平和な世だからこそ叶ったその光景を慈しむように、月島さんもモチをそっと撫で、「俺たちも、幸せだよな」と呟いた。

 ……あぁ、そうだ、だからなんだ。こんな風に前世ごと受け入れて、今世に昇華してくれるこの人だからこそ、俺は愛を注ぎたいと、注がれたいと思ったんだ。

 俺は月島さんが好きだと言ってくれるこの仕草で、恋人の頬をそっと撫でた。

「……手だけじゃなくて、俺の事ももっと好きになって下さいよ……」

 すり、すりと慈しむように頬を愛撫し、その凪いだ海松色の瞳を覗き込み、囁く。自分でも驚くほど無防備で穏やかに発せられた声に、月島さんは目を細めて微笑むと、そっと手に頬ずりをして応えた。

「まだ自覚が足りてないみたいだな。俺はお前が思っている以上に、尾形百之助を愛しているよ」

「うぅ……だからそういうのが反則なんですよ……っ!」

 あぁーもう、俺よかよっぽど狙撃手向きだろ、この人!またも寸分違わず俺の心臓を撃ち抜いてくるものだから、幸せでどうにかなっちまいそうだ。

 恋人である月島基への愛は、今日も尽きることなく溢れて止まない。