Found it!

カタカタカタカタ


現在、11時55分。

もうすぐ昼飯。

まわりではPCの電源を落としたり個人スマホを取り出したりしてザワついている。


だがオレこと尾形百之助は集中を解かない。

午前中に見積依頼を送っておけば今日中に返信がくる。


カタカタカタカタ


12時ジャスト。

社食のない我が社では、誰もが席を立ち昼飯を求め外に出る。


だがオレの昼休みは12時5分開始。

なぜならば。


スターーーン!!(送☆信)


あっという間に空になったオフィスで同じシマのお誕生日席に向かう。

そこは月島課長のデスク。

オレはあるものを探している。


あった!


それは財布。

ケツポケットに入れ過ぎて角が擦り切れかけている黒い二つ折りの皮財布をひっつかむ。

さぁここからはグズグズできない。

超絶マッチョの体力ゴリラである課長を見失ってしまう。

エレベーターを待つ間も惜しく、階段へ向かう。


ダダダダダ


秒で駆け下り通りにまろび出て見まわすも、ラブリーな短躯は見当たらない。

このあたりは飲食店が多い。

すぐ近くの店に入られると見失ってしまうのだ。

しかし今日は木曜。

であるなら日替わり定食がチキン南蛮の 『まえやまや』のはずだ!

常日頃の分析に基づき裏手の細い路地に走り込む。


ははぁ みつけた!

ここは慌てず大きく息を吸い込んで乱れた前髪をかきあげつつ。


「月島課長!財布忘れてませんか!!」


くるりと振り向く月島課長。

背筋のまっすぐな美しい姿勢。

Yシャツの上からでもわかる素晴らしい筋肉。

軍人のような坊主頭が射貫くようにオレを見つめ、その小さな口が開く。


「尾形」


はぁ~~~~っっ♡♡♡

これがオレの昼飯だ。

見返り月島課長!


悶えるオレを課長が迎える。


「おぅ、またやっちまってたか いつもすまんな 尾形」

「構いません」

「お前も飯どうだ?お礼におごるぞ」

「それではお言葉に甘えて」


あんなに仕事ができるのに忘れんぼサン☆の月島課長は週に2回は財布をデスクに置き忘れる。

最初こそたまたま見つけたオレだが、今では毎日”忘れろ”と念じてすらいる。

それは別にただ飯のためではない。

少しでも多くこの人の美しい立ち姿を目に焼き付けたいだけだ。

女子社員に言わせればガッチビヒゲオジサンなんだそうだが、あいつらの目は節穴だ。

そのボディは芸術品と言ってもいい。

そこに加えていつも仏頂面の月島課長が大盛りの飯を頬張るときの愛らしさといったら!

まわりの誰もがにこやかになってしまうのだ。

オレにいたってはにちゃにちゃするので必死で無表情を保っている。


「月島くん またお財布持ってきてもらったの?」


店主の前山が話しかける。

少し顔を赤らめて月島課長が「おぅ」と応じる。

すこぶる可愛い。


「いい加減ちゃんとしなよぉ」


やめろ、ちゃんとしなくていい。

店の主人は課長と懇意らしく親し気に話をする。

気に入らないのでそれとなく牽制しておく。


「大丈夫ですよ そのおかげで昼飯代が浮いてるんで」

「毎回おごってるもんねぇ気前のいい課長だね」

「前山ぁ~わかったって 次から気を付ける」


気を付けるな!

なんてこと言ってくれたんだ前山!


「はいこれ」


無言でクレームをつけていると目の前に杏仁豆腐が置かれた。

なんだ、頼んでない。


「月島くんがいつも迷惑かけてるからお・れ・い☆」


丸顔のチョビヒゲおじさんがウィンクを飛ばしやがったので避ける。

なんだか牽制のように思え、断ろうと口を開く寸前。

隣で同じものをパクンと口に入れた月島課長がオレに言う。


「ここの杏仁豆腐美味いんだ せっかくだから食ってみろって」


一杯に頬張った杏仁豆腐に一瞬むぐむぐしながら下がる目尻と薔薇色の頬。

神々しさに思わず眉間を押さえる。


だめだ 眩しすぎて溶ける。


それなのにずっと見ていたい。

胸がギュっとなるこの感情を何と呼ぶのかオレは知らない。


オマケ


ソワソワ

今日も来てくれるだろうか。

来てくれなければ困る。

なんたって飯が食えない。

少しゆっくり目にビル裏の路地を歩く。


尾形百之助、クールでデキる部下。

尾形はいつもオレが(意図的に)置き忘れた財布を持ってきてくれる。

迷惑であるとはわかっているが一向に治らない。


オレを見つけた時の嬉しそうな顔。

柄にもなく可愛いなぁなんて思ったりしてしまう。

なんというか・・・この感情はまるで。


「月島課長!財布忘れてませんか!!」