君にらぶずっきゅん
「お前が俺の好きな理由ってなんだ?」
金曜日の午後8時32分。風呂上がりの月島は尋ねた。
「俺が月島さんを好きな理由ですか」
「まぁ、何となく気になってな」
タブレットを片手にソファに寝転がる大型の猫科の猛獣の様な男、尾形にそう尋ねたのは適当につけたテレビ番組で流れた「緊急アンケート!イマドキカップルの相手の好きな理由!」なんてやたらとカラフルな文字がデカデカと表示されたから、という本当に他愛もない理由だった。
「で、何なんだ?」
ソファを背にして座り、テレビを見ながら尾形に聞いてみると背後から白い手が伸びて顎を撫でてくる。髭をザリザリ触り、輪郭をなぞる。体温の低い手が頬を撫でる心地良い感覚に月島は目を細める。
「そうですね。まず普段あんまりベタベタすんな!とかいいながらこうやって近くに座って大人しく触られてる所とか」
「それはこうやって同居し始めてからだろ」
「同棲って言いましょうよ。まあキッカケはあの時か」
輪郭をなぞる手は頭の上に置かれてその後頭部に生暖かい感触がして、吐息が頭にかかる。
「月島さんの濃い匂いがする。最高」
「やめろよ、くすぐったいし変態くさい。それよりあの時ってのはいつだ?気になるから言えよ」
頭を逸らして尾形の顔も手で持ち上げると今度はその手を掴み口付けてくる。
「いいですよ。そのかわり月島さんも俺の好きな理由教えて下さいね」
「なんでだよ」
「フェアじゃないですし、俺も月島さんから愛されてるの実感したいんですよ。ね?」
そう言ってソファから降り、月島の隣に座り抱き寄せ囁く。尾形の低く囁く声に弱いのを尾形は知っているし、月島自身も自覚がある。観念した様に月島が口を開いた。
「…飯を食う時、綺麗に食べるところ」
「はい?」
少々間の抜けた返事が返ってきた。
「初めて社食で尾形が飯を食ってるのを見たとき、ああ、こんなに綺麗に食べるんだなって。姿勢が良くて、箸を持つ指先が綺麗で。食べる時もがっつくわけでも無くて。一緒に暮らし始めて分かったが、嫌いな物でも残さず食べて。お前のそういう所が好きだな」
「はあ。そういうもんですか」
言われた事が予想外だったのか、尾形は見たことの無い珍妙な顔で月島を見るものだから、思わず吹き出してしまった。
「ふは、何だその顔」
「いや、とても意外だったので」
「俺は大事な事だと思うがな。こういう事。さて、次はお前の番だぞ。ほら、言え」
お返しと言わんばかりに顎を掴んで動かない様にして、形の良い目を見つめる。
「新入社員の歓迎会に無理矢理参加させられた時ですね。あの時、帰り道でクソみたいなオッサンが嫌がる女をホテルに連れ込もうとして、それを月島さんが殴って止めた時です」
月島の理由も尾形にとって意外だったが、尾形の理由も月島にとって意外だった。
「ほう。あの時か。自分で言うのもなんだが、人助けをしている所が良かったのか?お前らしくないな」
「違いますよ。俺は月島さんが人を無表情で殴る所が最高だと思ったんです」
その瞬間を思い出しうっとりとした表情で顔を近づけて見つめて、ちろりと赤い舌が口の端から見えた。本当に獲物を捕らえて喰いつこうとする猛獣のようだと月島は思った。
「普段真面目で誰にも親切な月島さんが、人を殴る時、あんな顔をするんだと思うと、堪らない。ゾクゾクしました。鳴りを顰めた凶暴性が垣間見えて。それからはもう貴方しか見えなくなってましたね」
「あー、ストップ。ちょっと待て。あれは相手が殴りかかってきたから殴り返しただけだぞ」
滔々語る口を遮り、うっとり見つめてくるその顔を片手で押し退ける。しかしそれでもまだ語り続ける。
「言ったでしょう?あれはキッカケに過ぎないって。アンタは本当に知れば知るほど好きになりました。今では貴方以外見えないほど好きになっちまってるんです。なので月島さん」
押し退けた手を掴まれてそのまま尾形の胸の中に引き込まれてしまった。すう、と呼吸すると尾形の匂いがした。いつからこの匂いに安心するようになっただろうか。
「もっと俺の事好きになって下さいね」
「そんなのは」
頬を撫でる心地よい手。低くて甘く痺れるような声。綺麗に飯を食べる姿。ほのかに甘い優しい匂い。時折見せる猛獣の様な目。その中にひっそり潜んでいる甘えたで、寂しがり屋の子供のようなお前も。全部。
「もう、愛してるから」
金曜日の午後9時。始まった映画はキスから始まるラブストーリーだった。