金を払えば出られる部屋
「今からこの部屋は、アンタが俺の好きなところ十個答えないと出られない部屋になりました」
事後でクチャクチャになったラブホテルのベッドに腰掛け、煙草に火をつけようとした月島は手を止めた。いわゆるセックスフレンドの言葉とは到底思えない内容を告げられ、月島は脳内で理解するために数秒要した。
「……どういう意図だ」
じゃれつくように、横になって腰に手を回して抱きつく尾形に向かって、ジトリと視線を投げた。
「他意はないですよ、言葉のまま」
あざとく見上げる男に、面倒くさい、とため息と共に吐き出す。
「ぬかせ。ここはそこの精算機に金を払えば出られる部屋だ」
冷たくあしらうと、つれねぇなぁ、と楽しそうに笑う。その男の頭をつかみ、かき回すように雑に撫でてやった。
普段はきっちりと整えられている髪の毛も、情事の間は乱れ、そして事後にはシャワーで整髪料ごと落とされる。まだ湿った、存外柔らかいその髪の毛の触り心地は悪くはない。
「ね、教えて下さいよ、俺の好きなところ」
しつこく迫る部下に向かって盛大なため息をついて諦めた。
「顔がいい」
「直球ですね、いいですよ」
それから?と催促する尾形の頭から手を離す。
「声がいい」
「耳元で囁かれるの好きですよね」
すり、と腰に顔を擦り付ける。
「アレの形がいい」
「お気に召していただけたようで」
「案外タフ」
「まあ鍛えてますし」
「指が長い」
「余裕で届きますもんね……って、」
起き上がった尾形は、ゆっくりと月島に近寄る。月島はそれを逃げる事なくじっと見つめ返した。
「全部セックスのことじゃないですか」
「この状況で聞かれたそうなるだろ」
そう言うと、顎に手を当ててうーんと唸る。何がしたんだと疑問に思いながら、火をつけるタイミングを逃した煙草を回して遊ぶ。
「仕事中のこととか」
「はぁ?……ああ、丁寧な仕事だよな。毎回助かる」
「そりゃどうも」
「周りをよく見ている。その上での指示が的確」
「ええまあ」
嬉しそうにふんと鼻で息を吐く仕草がなんとも言えず。
「あと……食い方が綺麗だよな、お里が知れると言うか、特に魚」
「アンタは手羽元をキレイに食べるじゃないですか」
「軟骨は食うだろ?」
「普通そこまで食べませんって」
そうか?と笑いながら聞き返して、次を考える。
「憎まれ役なんて俺の仕事だろ。そう無理するな」
「元からこんな性格なんで、別に無理ってことは」
少しムッとしながらそういう尾形に、フフッと笑みが溢れる。
「そういう可愛げのないところも──」
そう言いかけて月島は口を噤んだ。何を言わされようとしてたんだと。ちらりと尾形を見ると、目を細めて微笑んでいる。
手に持ったままの煙草を咥えようとして、さっとそれを取られた。尾形はそれを咥えて、横に置いたライターを取ると火を付けた。スッと息を吸い、先端にジジっと火を灯してから、尾形はフィルター部分を摘んで口からはずし、しかし視線は外さずにフーっと紫煙を吐いた。尾形はその火が灯った煙草のフィルター側を差し出す。
「好き?」
小首をかしげて訊ねる姿に、ドキリと心臓が跳ねる。好き。そうだ、好きなんだろう。
この意味深な無言のやり取りも、事後にごろりとじゃれつくのも、年下らしく、あざとくおねだりするところも、部屋に入るとただの部下から月島を喰らう雄に変わる瞬間も。
月島は差し出された煙草を、視線をそらさず無言で受け取る。それを咥えて煙を吸い、フーっと下に吐き出した。
「……かもな」
吐いた煙と混ざるほど、小さな声で返事をする。ニィっと尾形の口が上がって、どこか満足そうにしている。
「ちゃぁんと言ってもらわないとわかりませんなぁ」
のそっと四つん這いになって近づく尾形を、火が付いた煙草を持つ手を上にあげて避難させる。月島の横に置いたシガーボックスを取って戻り、断りもなしに一本取り出した。それを咥えて顔が近づく。月島は煙草を口に戻し、先を尾形のそれと触れさせた。ふたりで息を吸い、火を移す。ゆっくり離れ、尾形はふぅっと煙を吐き出した。
じっと見つめ合ったまま、月島は観念した様に口角を上げた。
「好きだよ」
見つめたままそう言ってやると、口がへの字になって頬が染まっていく。
「そういう男前のところが」
たまらないですね、と。悔しそうに、しかし表情は照れ隠しをする様に歪んでいる。
「じゃあお前も俺の好きなところ十個言えよ、そうしないと部屋から出られんぞ」
顔を近づけ、ニヤリと笑ってやると、同じ様にニヤリと笑い、そっと唇を触れ合わせた。
「じゃあ明日の朝、そこの精算機で金を払って出てから教えますよ」
だから今夜は一緒に居てくれますか、という問いに、だって金を払わないと出られないんだろ、と返した。
金を払えば出られる部屋。
中に居るふたりの関係が入った時とは異なっていても、何ら問題はない。