いつもより大胆に
仕事帰りに二人でいつもの居酒屋に来た。グラスを合わせてから乾いた喉に流し込むと、アルコールが疲れた体に沁み渡るのを感じる。月島さんは隣で喉を鳴らして美味そうに呑んでいる。
「ぷはぁ〜!」
「いい呑みっぷりですなぁ、月島さん」
「仕事帰りの酒は最高だな。尾形にはいつも付き合ってもらって感謝してるよ。ありがとうな」
「いえ、礼を言うのは俺の方です」
月島さんは普段無口な方だが酔うとよく喋るし笑う。それに少し甘えん坊になって可愛らしい。無防備すぎて冷や冷やするが、彼の安心しきった様子を間近で見られるのは、社内で唯一の呑み仲間である俺の特権だ。
酒のお代わりとつまみを注文して他愛もない話をしているうちに、二人とも程よく酔いがまわってきた。
月島さんの横顔を眺めていたら、いつもなら口にしないようなことが今なら言える気がしてきた。ここ最近の暑さと忙しさのせいで頭がおかしくなっていたのかもしれない。
「月島さん」
「ん、何だ?」
俺は月島さんの腰に手を回した。月島さんは少しビクッとしたが、逃げずに俺に身を任せてじっとしていてくれた。二人の間に流れていた空気が固まって次第にゆっくりになり、まるで一緒にゼリーに閉じ込められたような気がした。
「俺のことどう思ってます?」
「ハハ、なんだ?改まって。うーん……仕事ができて頼れる後輩。一緒にいて気楽で肩の力を入れなくて済む。すらっとしているけどしっかり筋肉もあるし、その髪型も格好いいと思う。あと声が良い」
月島さんの顔が少し赤い。酔っているせいだけじゃないというのが伝わってくる。それって俺のこと意識してくれてるのか?嬉しいけど今の俺にはそれだけじゃ足りないから、もう少し踏み込んでみる。
「俺のこと好きですか?」
俺は月島さんの手からグラスを取り上げカウンターテーブルに置くと、彼の顎に手を添え自分の方に顔を向かせた。こんな大胆なこと、素面ではとてもできない。
「どうした尾形……酔ったのか?恋人に振られたか?」
「恋人なんていません。それじゃ俺にも言わせて下さいよ、月島さんの好きな所」
一瞬の出来事だった。ほとんど無意識のうちに俺は月島さんにキスをしていた。月島さんの薄い唇はかさかさしていたが、触れると思っていた以上に柔らかく蕩けそうなほど気持ちが良かった。
「えっ?何するんだ……おが、た……?」
月島さんは反射的に俺の身体を押しのけた。
「何って……キスですよ」
「お前、誰にでもこんなことするのか?俺だから良かったが……いや、良くない!勘違いする奴もいるだろ?」
月島さんの目が泳いでいる。動揺しているのが手に取るように分かった。
「俺は月島さんが好きです。入社した時からずっと。俺を気にかけてくれるの、アンタぐらいだったし」
「そんなことない……。お前は俺と違ってモテるだろ、相手なんていくらだって……!」
「俺に寄ってくる奴らは皆、俺の本質を見ようとしない。上辺だけの関係で、付き合っても長続きしません。好きでもない相手だから当然です」
「……」
「月島さん、アンタ自分じゃ気づいてないみたいですが、かなりモテますよ。女からも男からも。陰でファンクラブがあるの知らないでしょう」
「何だそれ……」
「今月島さんとキスしてみて分かりました。アンタが好きだ。勘違いじゃありません。理屈じゃなく本能で惹かれるんです」
俺は月島さんの耳元で囁いた。
「アンタが欲しい」
「……!」
月島さんは赤面し絶句して固まっている。今まで気持ちを封印してきたが、ついに言ってしまった。遅かれ早かれ自分の態度で伝わっているだろうとは思っていたし、月島さんも嫌だったらいくらだって突き放すことはできたはずだ。今までそうされなかったのは、少なくとも好意を持たれていると思っていいだろう。俺は自分で自分を納得させようとしてタバコに火をつけた。
「……あのな、尾形」
うつむいて考え込んでいた月島さんが、何かを決意したらしくようやく口を開いた。
「尾形が俺を好きなのは分かってた。目を見りゃ分かる。……俺だって尾形が好きだから」
「え……?」
俺はタバコを取り落としそうになって慌てて灰皿に押し付けた。
「……俺のどこが好きなんです?」
腕にしがみついて彼の深緑色の瞳を覗き込むと、月島さんは参ったと言うように額に手を当てた。
「……あのな。こんな恥ずかしいこと、一度しか言わないからな」
「はい」
「……全部」
月島さんは俺だけに聞こえるくらいに小さな声で呟くと、体を伸ばして優しくキスをした。