タイミングというものはこうもままならないものなのか。

 ジュワッというフライパンの熱が立てた音で考え事を止めた。見下ろすと白身も黄身もすっかり熱が通ってしまっていた。一緒に焼いていたベーコンはしっかりと水分が飛んで美味しそうにカリカリなのに、何故目玉焼きと一緒に焼いてしまったのか。それは、月島さんが固焼きが好きだからだ。

「月島さん、食パン焼けましたか」

「おお、バッチリだ」

 朝から気持ちのいい返事を返した月島さんは、トースターから山型食パンの端っこを摘み、二枚共お皿の上に滑らせた。こんがりと焼き色のついた断面からほんのりと甘い香りが立ち上がる。それに蓋をするように、横からフライパンを近づけて半分に切れ目を入れたベーコンエッグをそれぞれのトーストに着地させた。百点満点、完成だ。

「……これ最初に考えた人は天才だな」

「足りなそうだったら追い胡椒かけといて下さい。俺珈琲淹れてくるんで」

 粒胡椒の入った掌程の大きさのミルを月島さんへ渡し、自分は棚から茶色のマグカップを二つ取り出すとスティック状の袋に入ったインスタントコーヒーの粉を入れる。月島さんが美味しいと言ったから、それからずっと常備している。数ヶ月前から金曜日の夜に二人で駅前の居酒屋で飲んで、終電を逃すと歩いて着く距離の俺の家に泊まっていくのがお決まりの流れになっていた。別に何もない。ただ寝て、朝ごはんを食べ、うちのドアから出て行く。俺と月島さんは、たったそれだけの関係だ。

 お気に入りの、細い注ぎ口のケトルからマグカップへゆっくりと湯を注ぐ。粉がふっくらと浮き上がって時々溶け残ってダマになる粉を目がけて、小さなスプーンを放り込んだ。

「お待たせしました」

「おー、ありがとう。冷める前に食べるぞ」

「「いただきます」」

 月島さんはベーコンエッグのせトーストに大胆に齧り付くとザクザクの食パンが砕けてパラパラと皿の上に落ちた。まだ少し眠そうだった顔がぱっと明るくなり、次々と齧っては口いっぱいに頬張る。最後に小さな舌が口の端についた卵を舐め取ると、あっという間に皿の上は空になった。

「ご馳走様でした。あー、美味かった」

「お粗末さまでした。月島さんって、社食でもいつも丁寧に手を合わせてますよね」

「おぉ。こう、手を合せていると目の前の事以外、考えられなくならないか。だから何となく飯の時はちゃんと合わせてるんだよな。他の事考えてると味気ないだろ」

 なるほど。確かにそういった話を聞いたことはある。コーヒーを一口飲んだ頭が急に冴えて、碌でもない考えが浮かんだ。

「じゃあ、こういうのはどうですか」

「ん?」

 俺は向かいに座る月島さんへ、真っ直ぐに手を伸ばした。タイミングなんてどっちだっていい。固焼きも、半熟も、月島さんとだったらなんだって良かったのだから。

「俺の手を握ったら、俺の事だけ考えてくれますか」