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手島健介「研究と実践のサイクルを変えた技術革新――バナジー、デュフロ、クレマーのRCTアプローチ」『経済セミナー』2020年2・3月号【リンク】掲載(以下、本稿)
に関する補足情報と、バナジー(Abhijit V. Banerjee)、デュフロ(Esther Duflo)、クレマー(Michael Kremer)が受賞した2019年ノーベル経済学賞についての本稿以外の解説や追加情報、本人たちの著作、およびRCTアプローチに対する批判的な議論などについて紹介します。
1. 「このようにRCTアプローチは他のアプローチと本来補完的なものであり、今後さらに補完性が生かされるように研究が進展していくだろう。また、RCTアプローチはその内部妥当性の高さのため開発経済学分野にも拡大しつつあるが、前節、本節で述べた論点は他分野にもあてはまるものである。」 の段落は、その次の段落の後に置かれるべきでした。
本稿の冒頭53左段ページで紹介したバナジーとクレマーの初期の貢献である、Banerjee and Newman (1993)、Kremer (1993) について、本稿よりもう少し詳細に紹介しつつ2019年のノーベル経済学賞について解説した記事としては、以下のものがあります。
本稿53ページ右段で述べた、デュフロは「他にも、開発経済学における自然実験アプローチの進展に大きく貢献している。」という点に関して他に有名な論文としてはDuflo and Pande (2007)があります。
また、上記の論文の紹介を、以下の記事で読むことができます。
本稿54ページ右段で触れたMiguel and Kremer (2004) 論文の解説としては、以下の手島 (2008) があります。また、伊藤 (2016) では、Miguel and Kremer (2004) に対する疫学者からの批判を紹介しています。
本稿55ページ右段で触れた「自然実験アプローチでは研究が自然実験的状況の発生に限られる」という点に関して、以下の記事では、デュフロ自身が、RCTアプローチではそのような制約がないという点が大きな魅力だと語っています。
本稿56ページ左段で、「バナジーはノーベル経済学賞受賞スピーチで『…(中略)…また経済学者が普段疑問に思わない仮定も検証できる』」と述べた点について、特にRCTアプローチが威力を発揮して大きく進展した分野としては行動経済学がありますが、今回の記事ではまったく触れることができませんでした。開発途上国の文脈で研究される行動経済学のトピックとしては、以下の記事などをご参照ください。
本稿ページ56左段で、「実際に、J-PALが中心となってまとめた、途上国の犯罪を減らすための方策の有効性に関する経済学研究のレビューでは多くの自然実験を使った実証研究が参照されている」と述べていますが、そのレビューは、以下で読むことができます。
本稿56ページ右段で、「最初は単純で小規模な学術的貢献も小さいRCTしかできず、それに労力をつぎ込んで失敗したときにはキャリアに大きな悪影響があるが」と書きましたが、実際のフィールド実験に関する失敗例が、以下の本でまとめられています。RCTには、一冊の本が書けてしまうくらい多様な失敗要因があり、それだけ経験の便益も大きいと言えるでしょう。
経済成長理論への貢献で1987年にノーベル経済学賞を受賞したソロー(Robert Solow)は、経済学研究を行う上でもっとも強力な体制は1人の教員と1人のリサーチアシスタントであると語ったといいます(以下の記事を参照)。本稿56ページ右段で解説したRCTによる研究体制の変化は、この話とは大きく異なるものです。
なお、デュフロ自身、マサチューセッツ工科大学(MIT)の大学院生だった1990年代にバナジーからインドのソフトウェア産業における企業間の契約問題のプロジェクトに、クレマーからケニアの教育RCTプロジェクトのそれぞれの研究助手に誘われ正式にオファーを受けた際に、「RCTは大変な労力が掛かるうえにうまくいかない可能性もあるし、それに取り掛かると自分自身の研究を行う余力が残らなそうだ」と思い、それらのオファー断ったというエピソードを披露しています。
本稿56ページ右段で、「このように、受賞者たちの革新は開発経済学に留まらず、経済学の研究体制や研究者としてのあり方、キャリア形成のあり方にも大きな影響を及ぼしつつある」と述べましたが、RCTアプローチが開発経済学を超えて与えうるインパクトとしては以下の安田洋祐氏へのインタビュー記事も参考になります。
本稿56ページ右段で、「クレマーのあるインタビューによると、彼の関心はずっと技術変化とイノベーションにあり、RCTは開発経済学、経済学における大きな技術変化をもたらしたと語っている」と述べましたが、そのインタビューは、以下で視聴することができます(2020年1月現在)。長いですが強くお勧めします。
近年の開発経済学全体の流れについては、『経済セミナー』2018年8・9月号の特集「いま知りたい開発経済学」で掲載されている各記事がまとめられています。『経セミe-book No.3』としても発売中)。
本稿のほかに、2019年のノーベル経済学賞を解説したより簡潔な記事としては、以下の3つがあります。
どの記事も私(というかノーベル受賞者たち)が強調した「経済学者が現場に入り、実際の制約を学びつつ、研究・政策実施の双方で反復的に改善できる点である。 」のうち「反復的」という部分があまり強調されていませんが、私が触れられなかったポイントがそれぞれでカバーされています。また、樋口記事の出だし「小学校に通えないアフリカの子どもが学校に通えるようにするために、コスパ(費用対効果)のよい方法は以下のどれでしょう?A.給食の支給 B.制服の配布 C.奨学金の支給 D.教員の増員 E.虫下し薬の配布 F.親への情報提供」とありますが、これだけ多くの潜在的な政策がありそれぞれに実際の実施方法がたくさんあるわけですから、「小さい」RCTを反復的に積み重ねていくことの重要性がわかると思います。なお、時間が全然なくてノーベル賞解説記事1つだけ勧めてほしいと思う方には(自分の記事を読まないなら)黒崎さんの記事をお勧めします。
ノーベル賞を個別分野のRCTに関連づけた紹介は以下を参照して下さい。最初の記事はバナジーとデュフロの補習教育プロジェクトがJICAのプロジェクトに与えた影響についても書かれています。
RCTの政策実践については、拙稿掲載の『経済セミナー』2020年2・3月号の青柳恵太郎・小林庸平「RCT革命は開発政策の現場をどう変えたのか?」で詳細に触れられています。高橋和志「よりよい政策評価に向けて:研究の質を高めるための近年の取り組み」ではRCT研究の進展によって経済学で体制整備が進んだPre-analysis plan登録体制などについて触れられています。これは分析結果が統計的に有意なものだけ研究者・雑誌が出版する「出版バイアス」と呼ばれる問題に対する対応です。
また、2011年時点での解説ですが、開発プログラムに対する社会実験の重要性を解説した記事としては、以下のものがあります。
さらに、以下のインタビュー記事で、アジア開発銀行(ADB)のチーフエコノミストを務める澤田康幸氏が、バナジー、デュフロ両氏が所属するMIT、および両氏が創設したJ-PALの戦略について少し語っています(インタビュー全体はノーベル賞と関係ない部分も多いのでノーベル賞のみに興味がある場合は最初の2ページだけ読めばよいと思います)。
英文では、『The Economist』誌の以下の記事がRCTアプローチへの批判も含めてバランスよく解説していてお勧めです。
RCTアプローチがどのように開発経済学研究を変えたかについての解説は、英語ですが、以下をお薦めします。
また、2016年時点で受賞者3人による共著で、RCTアプローチが開発経済学研究と開発政策に与えた影響を開設した論考を発表しています。また、これをデュフロが世界銀行で報告した際のスライドも以下にアップロードされています。
ノーベル賞受賞者の受賞スピーチは以下のノーベル財団の公式チャンネルから視聴できます(2020年1月閲覧)。
ノーベル経済学賞の意義などの解説については、公式のものが最良の内容を提供しています。メディアや一般向けの入門的解説(Popular Science Background)と、専門家的解説(Scientific Background)の2つが公開されています。
受賞者自身たちも多くの著作を発表しています。
RCTで得られた結果を中心に、貧困の現状とその解決策を論じてベストセラーになった著作として、以下があります。
RCTアプローチの特長を一般向けに語ったものとしては、デュフロによるTED Talkの公演があります。15分と短いのでぜひご覧いただくことをお勧めします。
RCTを実施するうえでのノウハウなどを解説した著作として、以下があります
また、本文でも言及した、バナジーとデュフロの補習教育プロジェクトがどのように拡大していったか、拡大にあたってどのような問題が生じたかについては、以下の論文で詳しく述べられているので、一読をお勧めます。
デュフロのこれまでの経済学業界の慣行に対して批判的なスタンスが述べられているインタビュー記事として、以下があります。
また、RCTアプローチには、「小さな」ことを追い求めた結果として、経済成長による貧困削減という「大きなこと」に関心が向かなくなってしまうのではないかという批判がなされています。この点について、サックス(Jeffery Sachs)とデュフロの対照的なスタンスを以下の記事で見ることができます。
また、前掲のデュフロのTED Talkでも彼女の「大きなこと」「小さなこと」に対するスタンスがはっきり見て取れます。端的に言うと彼女のスタンスは「大きなこと」に関する答えは「小さなこと」に関する答えを積み上げることなくして知りえない、というものです。
なお、どのような問題にRCTが有効かという点に関する考察は拙稿掲載号の大塚記事でも考察を行っています。
また、RCTアプローチに批判的な論考を展開してきた研究者としては、2015年ノーベル経済学賞を受賞したディートン(Angus Deaton)が代表的です。具体的な主張については、以下の論考などで読むことができます。
また、元世界銀行の研究者であり貧困研究で著名なラヴァリオン(Martin Ravallion)も、バナジーとデュフロの貢献も認めつつ、二人の著作『貧乏人の経済学』に対して批判的な書評を掲載しています。
また、今回のノーベル賞に対しても貢献を認めつつ、批判的に取り上げています。
各セクションで私が「お勧め」と書いたものが特におすすめなので、ここでまとめておきます(他のものも読む価値大いにあります、念のため)。
時間がなくてここで紹介しているもの1つだけしか読めないなら...
ノーベル賞受賞者たちの考えを知りたいなら...
RCTアプローチがどのように開発経済学研究を変えたかについての解説は...
バナジーとデュフロの補習教育プロジェクトがどのように拡大していったか、拡大にあたってどのような問題が生じたかについては...
批判を知りたいなら...