Speaker: 吉村耕平(東大)

Date: May 24th (Tue.) 17:00- 

Title: ゆらぐ系の熱力学はゆらがない化学反応の理解にどう役立つか

Abstract: 化学熱力学は,一般的な熱力学理論の形成に伴う形で,化学反応の一般的な性質を記述する理論として19世紀から20世紀にかけて形作られた[1].21世紀に入ると,熱的にゆらぐメゾスコピック系の非平衡熱力学理論がにわかに勢いを得る中,少数分子からなる系における化学反応もまたその恩恵を預かった[2].一方で,2010年代中頃に入ると,これとは異なり,通常の化学熱力学が対象とするような巨視的な (=ゆらぎがない)化学反応の記述と,ゆらぐ系の記述との対応関係にいくつかのグループが注目し始める[3,4].具体的には,有限状態のマスター方程式を,規格化を犠牲に流れや力といった熱力学にまつわる量を保存した状態で非線形に拡張したものが,化学反応のレート方程式があるという事実が注目を集めた.その結果,ゆらぐ系において蓄積した非平衡系の熱力学に関する知見が,さまざまな形で巨視的な化学反応の理解においても重要な役割を果たすことが明らかにされてきた[5,6,7].本講演では初めに,この10年弱における理解の進展ならびに,その先駆けとなった1970年代以降の数学的研究 [8]について説明する.その後,ここ数年で私たちが行ってきた研究についてお話ししたい.具体的には,濃度分布の閉じ込められた空間の(情報)幾何学的な考察[6] および,「ゆらぎ」概念の拡張に関する研究 [7] に関連する,種々の結果について解説を行う.

[1] D. Kondepudi and I. Prigogine, John Wiley & Sons (2014).

[2] U. Seifert, Rep. Prog. Phys. 75, 126001 (2012).

[3] M. Polettini and M. Esposito, J. Chem. Phys. 141, 07B610_1 (2014).

[4] H. Ge and H. Qian, Chem. Phys. 472, 241 (2016).

[5] R. Rao and M. Esposito, Phys. Rev. X 6, 041064 (2016).

[6] KY and S. Ito, Phys. Rev. Research 3, 013175 (2021).

[7] KY and S. Ito, Phys. Rev. Lett. 127, 160601 (2021).

[8] M. Feinberg, Springer (2019).