講演者:吉田旭(茨城大)

日時:7月11日、17時から

タイトル:古典統計力学におけるN!因子をめぐって

アブストラクト:

本講演は、古典統計力学での自由エネルギーに現れるN!因子の問題、いわゆるGibbsのパラドックスに関するものである。完全な熱力学関数である自由エネルギーは、平衡物性を記述する上で最も重要な熱力学量であるのはいうまでもない。マクロ熱力学における自由エネルギーは、熱力学第二法則(最大仕事の原理)により等温準静操作に要する仕事から定義される。近年では、微小系におけるゆらぎの理論が発達したことにより、非準静過程の非平衡仕事からJarzynski等式[1]を用いて自由エネルギーを決定することもできる。他方、古典統計力学では、自由エネルギーは分配関数をN!で割ったものの対数で与える定義がよく用いられる(Nは系の粒子数)。分配関数と自由エネルギーの結びつきに関しては、標準的な操作(例えば粒子数を固定して体積を変化させる操作)での等温準静仕事が分配関数と結びつくことから正当化される。しかし、N!因子がなぜ現れるかについては様々な論点から様々な説明がなされており、明快な回答があるとは言い難い。例えば、N!因子に関する議論の例として、量子力学が本質的であるという説明がある。これは、量子系で計算した分配関数の古典極限と古典系で計算した分配関数には1/N!の違いがあり、自由エネルギーを分配関数の対数として定義すると量子系ではN!因子が自然に現れるので、N!因子は量子力学由来と考えるべきであるという話である。しかし、この話ではそもそも考えている自由エネルギーの定義が妥当であるか否かという議論が残っているため論理的に正しいとは言い切れない。

我々は、自由エネルギーに対する最も標準的な(熱力学的な)要請として、系の配置の変化による自由エネルギー変化を等温準静仕事で与えるという定義を採用し、有限粒子数の古典系で等温準静仕事からN!因子を導出した[2]。N!因子を導出する鍵は、粒子一つ一つを区別せずに、指定した粒子数の組みに系を分割する準静操作を行うことであった。本講演では、そのような操作を具体的に構築することで、理論的[2,3]及び数値的[4]にN!因子を見出した結果について説明する。


[1] C. Jarzynski, Phys. Rev. Lett. 78, 2690 (1997). 

[2] S.-i. Sasa, K. Hiura, N. Nakagawa and A.Yoshida, arXiv:2205.05863 (2022). 

[3] H. Tasaki, arXiv:2206.05513 (2022).

[4] A. Yoshida and N. Nakagawa, Phys. Rev. Research 4, 023119 (2022).

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