Speaker: 白石直人氏(学習院)/ Dr. Naoto Shiraishi (Gakushuin)

Date: Feb.3rd, 17:00-

Title: 相関した触媒の下での量子熱力学とリソース理論

Abstract:

リソース理論では、ある与えられた「許される操作のクラス」の操作だけで、ある状態から別の状態に変換できるか、という変換可能性の特徴づけが探求されている。例えば、許される操作が「ギブス分布をギブス分布に移すような操作(ギブス保存操作)」である状況は、量子熱力学の問題設定である。他にも、物理量を定めたうえで「その物理量の期待値を保存する操作(対称操作)」のみが許されるというリソース理論など、さまざまなリソース理論が存在し、活発に研究されている。

リソース理論においては「触媒」という補助系が用いられることがある。触媒は、自身の状態は操作の前後で変化しないが、着目系の状態変換を助けるような系である。例えば古典系に対するギブス保存操作の場合、触媒を用いない場合の状態の変換可能性はd-majorizationで特徴づけられている[1-3]のに対し、触媒を用いた場合は無限個のRenyi-ダイバージェンスを用いた自由エネルギーの不等式で特徴づけられる[4]ことが知られている。触媒と系が終状態で微小な相関を持ってもよい場合には、状態の変換可能性はさらに広がる。相関した触媒を用いた場合の、古典系に対するギブス保存操作の変換可能性は、カルバック・ライブラー情報量を用いて定義された自由エネルギーの第二法則のみで特徴づけられることが知られている[5]。

しかしこれらの結果はすべて古典系に対するもので、量子系の場合のギブス保存操作、すなわち量子熱力学、の変換可能性がどのように特徴づけられるのかは明らかになっていなかった。これに対し我々は、相関した触媒を用いた場合には、一般の量子系の場合もまた、ギブス保存操作による変換可能性はカルバック・ライブラー情報量を用いて定義された自由エネルギーの第二法則のみで特徴づけられることを証明することに成功した[6]。この結果の証明は量子スタインの補題を利用したもので、古典系の場合の証明[5]とは全く異なるアプローチを用いている。今回得られた証明手法は、量子熱力学に限らず、他の様々なリソース理論にも応用可能なものである[6,7]。

次に我々は、触媒を用いた対称操作の変換可能性を議論する。先行研究で、相関した触媒を用いたとしても、対称操作では保存量の固有状態基底で見た際にインコヒーレントな状態はインコヒーレントな状態にしか変換できないことが知られている[8,9]。そのため、対称操作においては触媒はあまり有用な役割を果たさないのではないかとも考えられていた。これに対し我々は、複数の触媒を用いて触媒間の相関まで許した場合には、実は任意の状態変換が対称操作で可能になることを証明することに成功した[7]。仮に複数の相関した触媒を用いたとしても、リソース理論が完全に自明になる上記のような状況はほとんどのリソース理論では起こらないことであり、今回の結果は対称操作の際立った特殊性を明らかにするものである。また、この結果やその他の観察事実を元に、我々は一つの相関した触媒を用いた対称操作についても、インコヒーレントな場合を除いてほとんどすべての状態変換が可能になることを予想している[7]。この予想についても時間があれば議論したい。


[1] D. Blackwell, Proc. Math. Statist. and Prob. 93 (1951),

[2] F. Veinott. Jr., Man. Sci. 19, 547 (1971),

[3] E. Ruch, R. Schranner, and T. H. Seligman, J. Chem. Phys. 69, 1 (1978),

[4] F. Brandao, et al., PNAS 112, 3275 (2015),

[5] M. P. Muller, Phys. Rev. X 8, 041051 (2018),

[6] N. Shiraishi and T. Sagawa, Phys. Rev. Lett. 126, 150502 (2021),

[7] R. Takagi and N. Shiraishi, arXiv:2106.12592

[8] M. Lostaglio and M. P. Muller, Phys. Rev. Lett. 123, 020403 (2019),

[9] I. Marvian and R. W. Spekkens, Phys. Rev. Lett. 123, 020404 (2019),



Seminar: