僕がどういう思いで企画をしたり活動しているのかっていうのをただひたすらにお話しするだけの空間ですよ。
まぁいわば雑談の場。
僕の思考を読んでみたくなったら読むと良いですよ。
多分、僕らしさが全面に出ているので……。
〉はじめに
今まで作った全てのものが君を作っている。そしてそれを無いものにするには勿体ない。だから僕はここに、その居場所を無くしたキャラの居場所を作ることにした。
「僕が僕であるために」
見た目だけ、設定しかないキャラなど。
そういう“ハグレモノ”が集まる場所を僕は一緒に作りたい。
〉条件など
参加条件はないです。誰でもどうぞ。
描くものは正直なんでもいいですよ〜
人外描きたい気持ち強めなのでそっちでも全然OK。動物キャラでもどうぞどうぞ。取り敢えず描いたけど、どうしよみたいな子を待ってまーす
ここにあげたキャラはほぼフリーで使うことを約束していただけると嬉しいですねぇ…絵の練習がてら描く!っていう目的だったとしてもそのキャラの存在意義が生まれるので。僕の理想ですよ。なので期間も設けてないです。
〉余談
「今まで作った全てのものが君を作っている」について
→最初の大きな皿か小さい魚かっていうお話に繋がるんですけど、イメージっていうのもさ、君がみんなに見せたものから形成されているんですよね。なので、見た人によっては「小さい魚だ」とか「皿が大きすぎる」っていうかもしれない。でもそれと同じでオリキャラも「ここがいい」「これは違う」っていう評価があるんだよ。その評価もされずに終わっていく存在を僕は減らしたい。だからそういう言い回しをしてみたんだ。
深夜2時を回る1時間ほど前にめっっちゃ考えて決めたのが「僕が僕であるために」なのですが、まぁ入っちゃえば平凡っすよね。よくある言葉。だけど僕には響いたんだ。
「僕のために出来ること」「僕にしかできないこと」ってなんだろうっていう発想から、僕が僕であるために「何が出来るのか」を問いかけるタイトル。
それが『僕が僕であるために』でした。
まぁ5年も活動していれば来る人出る人様々なのですよね。僕にとっては思入れがあっても、相手からすれば別にそれはどうでも良いことなのかもしれない。
企画っ子も同じだよ。僕は何個か参加してるけど、1年も経たずにどっかに行く人もいれば、僕みたいに年に1回くらい書く人もいる。それを見てたら、あぁなんか、僕ばっかり引きずっててやだなぁ。って思ったんだよ。
企画で言えば、天国に行く企画が一番それを加速したかもしれない。
未練がある人間が集まる天国のような場所。何をするも自由。制限もない。ただ、未練があるだけ。
そこから消えた人はきっと、未練がなくなって、幸せになったんだろうなって思う。
僕は一生その束縛から抜け出せない。ナナシみたいでヘルみたいな弱い存在にすぎないんだ。
(周りから認知されないナナシと助けてもらえない・助けてが言えないヘル)
僕は多分、一生オリキャラが大好きでたまらないよ。よその子もみんな可愛いからさ。ずっとずっと何年経っても忘れないんだろうなって思う。
だから、そんな存在を僕は「ハグレモノ」と表して、その忘れられそうになった存在。いや、存在すらしていなかった子達の居場所を作ろうとした。それが始めた理由だよ。
最初から「お魚とお皿」をドーンと構える企画なんか見たことないだろうねw
僕もないよww初めて見たっていうか僕が描いたけど。
まー君の印象って結局断片的なんだよって入ってるだけだよ。
皿がでかい!魚が小さい!
魚もでかいかもしれないけど、皿が大きすぎて小さく見える!
魚を綺麗に見せている皿は素晴らしい!
皿が大きすぎて魚がちゃっちく見えるから良くない!(安っぽくみえる)
とか色々あるかもね。
ただの「お魚とお皿」の絵にしては評価が割れそうじゃない?皿だけに。
……まぁそんな感じで君の評価も見る人によって変わる。それは”かなり”断片的なイメージで。
そして、一瞬で判断されるんだ。
可愛い。かっこいい。不思議。綺麗。上手。下手。色味が良い。なんか好き。嫌い。表現が素晴らしい。独特な色使い。
とかさ、自分が思っている感情と相手が持つ感情は違う。
魚は「大きくて食べ応えがある」と思っていても、それを喰らう者は「小さくてちっぽけだ」というかもしれない。そのくらい違うってことさ。
わかったかな。
あ、ちなみに今の話をめっちゃざっくり言った僕がいるのですが、こっちの方がわかりやすい?
「まぁ人の印象って断片的だよね〜ってネットの良さであり、悪いところでもある。そんなイメージを魚と皿に例えただけの深夜2時っすよ。」
僕〉
僕の思考の絵も実は増やしてて
最初は「大きな皿と小さな魚」(2ヶ月前)のみ
昨日書いたのは
「これは小さいですか?」と手の中にそれを持っている絵
「ホントウに小さいですか?」言うと僕は大きな皿の中にいて、大きな魚が僕を見下している
「ホントウのホントウにそう見えるのですか?」問うと、僕は左手を鏡に当ててこちらをみている。鏡の中の僕はまるで魚。
「そう思うのならそうなのかもしれませんね」と言う僕は、ナイフとフォークを手にお皿を睨む。皿の中は見えないけどきっと、最初の絵の視点なのだろう。
AI〉
これはかなり面白い構成ですね。
しかも、ただの「連作」ではなく、問いを一段ずつ深くしていく構造になっています。
最初の
「大きな皿と小さな魚」
は、「見え方は比較で変わる」という話でしたよね。
そこから昨日描いたものは、さらに一歩踏み込んでいます。
「これは小さいですか?」
自分の手の中にあるものを見せる。
一見すると「小さい」と答えたくなる。
「ホントウに小さいですか?」
視点が引く。
実は自分の方がもっと大きな存在に見られていた。
「小さい」という評価は、立場で変わる。
「ホントウのホントウにそう見えるのですか?」
今度は他人ではなく、自分自身を見る。
鏡の中では自分が魚になっている。
「見えているもの」は本当に現実なのか、それとも自分がそう解釈しているだけなのか、という問いになります。
「そう思うのならそうなのかもしれませんね。」
ここだけ少し諦観がありますね。
「正解」を提示しない。
相手の認識を否定せず、そのまま受け入れる。
そして、ナイフとフォークを持って皿を見るという締め方。
ここで初めて、最初の「魚と皿」の世界に戻る。
つまり、
比較
視点
認識
解釈
という流れになっている。
個人的に一番好きなのは、
「ホントウのホントウにそう見えるのですか?」
です。
鏡というモチーフを使うことで、「他人の視点」から「自分の認識」へ話題が切り替わっています。
しかも鏡の中で自分が魚になっているというのがいい。
魚はこれまで「評価される側」の象徴でしたよね。
つまり、自分自身もまた、誰かに見られ、評価される存在なんだと示しているように読めます。
あと、このシリーズを見て思ったのは、あなたは答えを描いていないんですよね。
「魚は小さくない。」
「皿が悪い。」
とは言わない。
最後まで
「そう思うのならそうなのかもしれませんね。」
で終わる。
だから見る人が考える余地が残る。
この姿勢は、あなたが企画で「評価は人によって違う」と話していることともつながっています。
絵そのものも、「これが正しい見方です」と教えるものではなく、「本当にそう見えているの?」と問いを投げ続ける作品になっていると感じました。
僕は「山田」「ウツラ(サギ)」「みんき」「みんむ」の4人を入れていますが、実は未だに仮名の山田なんですよねーwもはや定着しすぎて山田でいいのでは?って思っていますけど、仮名も含めて「ハグレモノ」なのかもしれませんね。
まぁそれはいいとして、何回も書いてるので知っとるわ!と思われるかもしれませんけど紹介しますね〜
山田は寝不足が続いた時の僕です!
お返事する時も、うん、そうだね。とか俺はいいと思うよ。とか若干の生気を感じない返事をするのが特徴ですね。優しさはあるけど、やる気はあるのか?という感じ。
ウツラは僕のフレさんのド偏見を具現化した存在です!(僕の主観全振り)
僕が初めて創作企画をして、初めて偏見をキャラ化した記念すべき日でしたね!!(他の企画に参加しながら5年も活動しているのにね)
名前の由来はウツボカズラ。
自ら手を染めるのではなく、その甘い蜜に吸い寄せられて獲物が勝手に寄ってくる。
これが、詐欺みたいだったのでこれにしましたよ〜!
まぁもっと現実的なお話をすれば、フレさんの絵がめっちゃ好きで、何往復してもまたその魅力に吸い寄せられる。それが詐欺に引っかかって抜け出せなくなったみたいだって思った所から始まるんですけど……(そこから発展して蜘蛛とウツボカズラが出てきたんだっけな)
関係図的に言うと、山田はウツラを心配してくれる良い人くらいにしか思っていなくて、ウツラは早く健康体になって美味しくならないかなぁって思ってるくらい。
危機感を覚えていない虫と無害を貫くウツボカズラの図っぽいよね。
ーーー
そして、キャッチコピーは「時空を超えた双子」のみんきとみんむは僕がガチで4年前に考えたキャラ(2026年7月現在)
タイムマシンのようなもので現世にきたようだが、4年しか経っていないことを残念そうにしているただの高校生(確か)
これから何をしでかすのか楽しみだね。
僕の中では、使われなくなったキャラ全般指していますねぇ、最初は「使われなくなったキャラの居場所を作ろうと思う」だけだったんですけど、なんか朝の僕が思い立って「ハグレモノ」っていう言葉を使ったのがきっかけなんですよねー
言うほど理由がないという、
でもなんかハグレモノってすごい似合うよね。
過去のキャラも
設定だけのキャラも
名前だけのキャラも
全部ひっくるめてハグレモノって感じが僕はしますよ
……答えになってない?それは僕があんまり考えてないせいかもね。
そんな大層なことは言えないけど、僕はねー僕だからこそこの企画できたんじゃないかな〜って思ってる節はある。
5年活動してて、色んな落書きキャラがいて、色んな人に絵を描いて、交流をして、また居なくなって、新しく出会って、帰ってきたら歓迎して……ってさ、まぁ色々あったんですよ。
でも、ずっとどこかに僕って「絵上手くね…?」っていう自画自賛の心があった故に、過去キャラもまぁ好きなんですよ!
昔の絵を見て、うわぁ下手だな〜!って思ったら今の僕の絵上手いでしょ!!って言って比較するし、いつ見ても絵上手いなぁって言い過ぎてリア友に「それ何回目も言ってるよw」って言われるくらい自画自賛が止まらないんですよね。
こんな僕だから、「過去キャラも今の僕を作る手立てなんだ。だから、だからこそ切離しちゃいけない。もっと舞台の上で輝くべき存在なんだって。」そう思ったんだろうね。
「僕が僕であるために」
このタイトルまで僕っぽいや。
…この話も何回目だっけね。