真実を語る 2

潜在意識との対話1 舎利弗と過去世を認定された時のこと

私をTと表記し、深層潜在意識をSと表記します。

ロール・レタリングの手法での対話を行います。

T 私は最初に、自分の過去世を舎利弗と認定された時の心境について調べ直して見たいと思います。

ご指導よろしくお願いします。

S 分かりました。

あなたの修行のために、私が出来る限りの支援を行いましょう。

まずあなたの心の動きや、それについてのご自身の対決(反省)内容を書いてみてください。

私がそれに対しての見解を伝えるという形をとっていきましょう。

関係者に思わぬ迷惑がかかってはいけませんので、心で起きたことを中心にし、事実の記載は最小限にして下さい。

T 有り難うございます。

それではよろしくお願いします。

まず私が大川主宰(当時)から、過去世が舎利弗であると告げられた事をきっかけに私の心がどう変化したのか。

それを調べたいと思います。

その日は、地下の事務所で、一種異様な緊迫感がありました。

ルシファが攻撃してきているので、それを跳ね返すという会議の趣旨が、まだ入局して6ヶ月ほどの私にも、何となく伝わってきました。

部屋の奥に座った大川主宰は、仏陀というより「帝王」だと感じました。

帝王の風格を感じたのです。

職員(出家者)と、在家の主要メンバーが集まると、会議は始まりました。

その場で、大川主宰は、「自分は釈迦の生まれ変わりであり、釈迦の十大弟子も何人か集まってきている」と強い言霊で宣言され、私が舎利弗であると言われました

私は当時は事務局課長だったと思いますが、編集部から異動したばかりでした。他にも大目連、摩訶迦葉、阿難陀の存在が告げられました。

こういう釈迦の高弟が私の周辺を固めているのである。

だから、在家の委員の方で日蓮から立派な過去世が告げられたからと言って、それで慢心して、

自分がもっと会の中心メンバーとしての扱いを受けないのはおかしいと思う心は間違いである

と、そのような趣旨を告げられたと思います。

問題の方は、自らの間違いに気がつかれ、悪魔は去っていき、緊迫感がようやく緩むのを感じました。

この時から、職員主導の会の運営に、明確に切り替わったと思います。

そして、在家の会員の方が職員に対して、特別の敬意を持って接してくださる風潮がここから始まったのではないかと思います。

少なくとも私に対してはそうだったと思います。

すみません。

思い出すために、やはりある程度の事実を書きながら回想させて下さい。

そこで私の気持ちですが、聞いた瞬間に、非常な喜びを感じました。

そんなに凄い存在だったのかという思いです。

何か得意になるような気持ちが起きたと思います。

周りの方の私を見る目も、がらりと変わった感じがしました。

それまでも会の中での試験で高成績をとって注目されていましたが、やはりがらりと変わったと思います。

尊敬の気持ち、もしくは一目置く気持ちを持って下さるようになった気がしました。

嫉妬される方もいたかも知れませんが、私は気がつきませんでした。

私の中でも、変化がありました。

周りの人に対しては、内心では私の方が上なのだというプライドが生じました。

己を「高し」とする気持ちであり、上から目線で人を見る気持ちが生まれました。

この相手を霊格の上下で見る見方というのは、幸福の科学の教えを学ぶほど強くなりました

もちろん、それをあからさまに表に出すことはしませんでした。

自分から過去世の話をすることも、ほとんどありませんでした。

しかし、その時、内心はそれまでの先輩に対しても、自分の方を高くみる気持ちが、心の中で発生したと思います。

以上が私の自己分析です。この件について、ご指導をお願いします。


S 過去世を告げられるということは、自分の使命を自覚するということであり、使命を自覚するということは、

これから自分がどれ程のことを成していかねばならないかということを、はっきりと自覚するという事なのです。

使命を自覚するということは、責任の大きさを自覚し、自分の未熟を知ると共に、自分の可能性についても自己信頼を持つことを意味します。

天上界では必ずしも、最初から真実を告げるとは限りません。

方便として過去世を示す場合もあります。

しかし、それが方便であったとしても、天上界の指導が入る時には、必ずその方の心の成長を促すという目的に沿った指導が行われます。

あなたは生長の家時代を通して、非常に自分を小さな者として考えており、心が小さくなっていました。

しかし、こんなはずではないという自負心はあるのですが、実績として確認できず、そのギャップに心揺れていたのです。

責任ある立場に立つ以上は、自分自身への自己信頼というものが必要であり、そうした自分の可能性への自己信頼として、

自分の過去世を捉えるべきであったと思います。

責任と自己信頼、この二つをセットで自覚せよと言われたと考えてください。

舎利弗であると言われたのなら、智慧を中心として果たすべき使命があると、責任を自覚するべきなのです。

そして、可能性があると信じて努力すべきなのです。

しかし、それはあくまでも可能性であって、今世においては正しい努力のプロセスを通じて始めて、その潜在する可能性が現れることは言うまでもありません。

もしそういう過去世を言われて、それが仮に方便であったとしても、その方向に努力して、それである程度の進歩があったならば、

それはそれで意味があった事になります。

もしまだ未熟な点があれば、自分を叱咤激励して、目標を高く掲げ謙虚に歩むべきなのです。

過去世を考えるにおいては、現在唯今の等身大の自分をありのまま見つめ、受け入れる必要があります

あなたが舎利弗であるといわれても、その時点で何の実績もなく、悟りもないことは、明らかでしょう。

そうであるならば、たとえ自分の過去世が偉大な存在であったとしても、今世の自分は到底それに及びもつかないと、謙虚に見つめていく必要があるのです。

ここで謙虚になれるかなれないかが、分かれ道になります

謙虚に道を歩むなら、私達はその者を応援するのです。

しかし、そこで慢心が起きるなら、その慢心の鼻持ちならない匂いというものが、私たちを遠ざけるのです。

この悪臭が立つと、蚊取り線香の匂いを蚊が嫌うように、私達は退いて、魔界の者が近づいてくるのです。

あなたの状態は、慢だったのです。

だからこそ、魔界の者が忍び寄ってきたのです。

もう一度頭を低くして、自分創りに取り組むまでの期間、あなたの心境はやはり低迷していました。

そして、慢の心は、基本的には人を見るときの上下観に、最後まで残ったと言わなければなりません

これが白紙になるには、還俗して社会の中で己の未熟を痛感する必要があったといえます。

これは根深い傾向性であると思います。

その傾向性は、あなたの魂、いや私の魂自体もですが、常に神仏を求め上へ上へと目指そうとする求道心の影の部分でもあるのです。

これを打ち消すのは、平等観です。

すべての人を神の子、仏の子として、どこまで捉えることが出来るかということなのです。

この部分が、愛が出るかでないかの分かれ目ともなります。

今カウンセラーとして、来談者の心の中に「先生」を発見して学ぼうとしていますが、それは傾向性の修正として大切な努力です。

幸福の科学で何次元、何次元という世界観を学んで、それが心に刻まれているでしょう。

しかし、そんなものはこの大宇宙を作った偉大な神から見れば、どれ程小さい差に過ぎないか分かりますか。

直径50センチの水晶があるとして、その石がこの大宇宙だとすると、その中にある銀河も恒星も惑星も、本当に小さいものです。

ましてそこに現れた人間の小ささなど、識別不可能な点にしかならないでしょう。

その点同士で何次元だ、やれ何次元だと優劣を競うのは、いかに小さいことか分かるでしょうか

この石は、この水晶玉は、すべてが大宇宙を作った根本神の顕現でしょう。

すべては根本神の顕現でしょう。

すべての存在が根本神の顕現であるなら、私達はすべての存在に対して尊敬の心、礼拝の心を持って臨まねばならないはずです。

上から目線で相手を下に見るという、その心がすでに病んだ心なのです。

神から離れた心なのです。

だからそこに真の幸福感はなかったはずです。

幸福感がないということが即ち、神のお心から既に離れてしまっているということなのです。

幸福の科学の教えで次元構造を示したことは、ある意味では仏教的世界観の提示であるし、修行の階梯を示す上では必要なことであったかもしれません。

しかし、己を高しとして、他者を下に見ていく慢心は、あなたを人と隔てさせる垣根となり、

自分の修行を怠らせ、あらゆる存在から学べなくする魔境を伴うものなのです

また、幸福の科学の信仰を持っているだけで、自分は人類の中の選ばれたものであるという選民意識も、とても危険な面があるのです。

選民思想を強烈に持った国民が、どのような運命をたどったか、あなたはユダヤの民を見て知っているはずです。

過去世の問題からすこし発展してしまいましたが、この選民意識にも大きな影があることを、今日は指摘するに止めておきたいと思います。

以上です


T ありがとうございました。。(2012年8月5日)

深層潜在意識との対話2 Aさんとの事

私をTと表記し、深層潜在意識をSと表記します。

ロール・レタリングの手法での対話を行います。

T 出家して、最初は編集部に配属になりました。

もともと編集者として入局したのでした。

私が最初に通ったのは、秘書のHさんの家を間借りした和室の事務所でした。

私が入った時には、編集部員としてすでにAさんがいました。

私より少し若かったと思います。

優秀論文を書いていた人で、GLAで学んだ人でした。

よく議論しました。

私が光一元論で彼が善悪の二元論で、中々議論がかみ合いませんが、こういう哲学的な話をする人に出会えて、凄く刺激を受けました。

彼は私と、いい意味でのライバルだったと思います。

その後私が事務局に行き、彼が編集部に残りました。

私は地下の事務所に移りましたが、夏が過ぎる頃には、さらに事務所が西荻窪駅徒歩一分のビルの1階に移る事になりました。

凄く発展のスピードが速かったです。

その間、Aさんとはほとんど話す機会がありませんでした。

Aさんはその事務所移転の頃、凄く心境的にぶれていて、電話で私と引越しに関する話をした時に、感情的に攻撃的に話をされたために、凄く嫌な気分を味わいました。

最初の大家でもあったHさんは、自宅をさらに増改築して、従来の編集部を自宅にそのまま残すように画策され、Aさんを精神的に囲い込んでいたように感じました。

Aさんの不調は、そこに遠因がありました。

「Aさんは魔に入られている」と、大川主宰から言われました。

Aさんは優秀な人だったので、会のなかでも持ち上げられたので、慢心が起きたようで、そこを狙われたということでした。

大川主宰は、「Aさんを助けられるとしたら種村さんしかいない。彼と話してくれないか。」と言われました。

しかし私は、その直前のAさんとの嫌な会話を思い出し、それをお断りしてしまいました。

Aさんは私に言われるのは嫌だろうという気がしたからです。

本当は私が嫌だったのかもしれません。

競い合っていていた私から言われることが、彼が傷つくように思ったのですが、その思いにはすでに「乗り移り」の影響を受けていたと思います。

私が断った時に、大川主宰は「これでAさんは助からないな」と言われました。

結局、Aさんは、Hさんの影響を受けて、会を離れていきました。

大川主宰は道場で開かれたセミナーで、彼を失ったことを自分の反省としてお話されました。

Aさんは釈迦の十大弟子の一人阿難陀の生まれ変わりであり、スピノザや禅宗の有名なお坊さんとして、

過去に転生している事になっていましたので、当時は凄く大きな事件でした。

私は大川主宰の申し出を断って、何もしなかったことを、後々まで凄く悔やみました。

Aさんが離れてしばらくした頃、大川主宰は、「Aさんは私の死んだ後、私の息子の代になって教団に戻ってくるだろう」と言われたことがありました。

それゆえ私は長生きをして、その時に彼を信仰へとお誘いしたいと、真剣にそう考えて来ました。

それがせめてもの罪滅ぼしだと思ったからです。

しかし、教団自体が今のような状態になってしまうと、彼はあの時に離れたことが果たして悪い事だったか否かは、何とも言えません。

むしろ良かったのかも知れないという気持ちが起きてきています。

深層潜在意識さん、私に彼との事を、どのように捉えれば良いのか、また私が真に反省すべき点は何処にあったのか。

教えて下さい。

S 振り返るべき点は、まずAさんとの話で心の毒を喰らった事です。

Aさんとの電話で彼の心の毒を喰らい、あなた自身が「乗り移り」の影響を受けたのです。

だから感情が非常にぶれたはずです。

そこに出た思いは嫌悪です。

「乗り移り」の影響を受けると、極端な感情のブレが生じやすくなります。

あなたはその時にこう思いました。

「彼は私より高く評価されていたが、今彼は評価が地に落ちてしまった。

評価が逆転した自分と会うのは嫌ではないか。

私なら今まで下にいた人に説得されるのは凄く惨めであり、凄く傷つくに違いない。」

そう考えていました。

しかし、ここには愛がありませんでした。

彼を魔の攻撃から救い出そうという気持ちがなかったのです。

それはAさんとの電話で、心の毒を受けてしまい、非常な嫌悪を感じていたからです。

法友を救うことより、自分の感情を優先したのです

その反作用で、あなたはしばらく天上界との交流が遮断されました。

それは自分の心の曇りにより、遮断してしまったのです。

高級霊もあなたにはしばらく近づけなかったのです。

あなたは、そのことで塗炭の苦しみを味わい、自我の角が折れ、少し謙虚になりました

そこにようやく救いの手が差し伸べられたはずです。

そうした前後の心境と状況を見る限り、大川主宰からの依頼を断ったことは悪であったのです。

やはりあそこは、自分の自我を捨てて、嫌悪の情に打ち勝って、彼を連れ戻すために全力を尽くすべきであり、それがあなたの試験でもあったのです。

愛の架け橋を職員同士の間に架けるカルチャー。

これが生まれる可能性があったのに、それを自分が潰したかもしれないという反省は必要です

その後、職員同士の連帯が本当に薄い、どちらかというと足を引っ張り合う組織となっていきました。

この教団は一人一人が非常に孤独なのです。

本当の意味で、心を開いての自己開示が出来ません

あなたに限っていうならば、どちらの悟りが高いか低いか、それを常に探り合っていたのです。

特にお坊さん同士の会話では、それが見え隠れしていました。

そして、高いと思えばあなたは学ぼうとしますが、同時に内心の焦りを感じていました。

低いと思えば、学ぶべきものが無いように思って、人との間に垣根が出来、己を高く見ていたと思います。

これは試験制度の弊害でもあったのです。

常に点数を競い合う受験生には、真の連帯や友情が育ちにくいのです。

ライバルでもあるからです。

試験制度で何点を取ったかで競わせる方法論は、競争原理を入れて人材を鍛えたし、本の売り上げを伸ばしましたが、

横のつながりの極めて出来にくい組織も作ったのです

あなたは特に、人との交流より自宅に戻っての勉強に力を入れました。それにより、孤独な宗教家になりがちだったはずです。

以上の事から、やはり友が危機に陥っている時は、忍耐強く働きかけ、常に手を差し伸べることが重要です。

「乗り移り」、要するに霊障もしくは悪霊憑依が発生していても、愛に勝る悪魔は無いことを信じて、善意の働きかけを止めないことです

自分は通路になればよかったのです。

愛の通路です。

あなたを使って天上界の指導が臨み、天使の働きが彼を導くことを信じて行えばよかったのです

彼の手を握ろう、決して話さないで握り続けようとするだけで良かったのです。

その意味で、あなたは自我でやらねばならないと考え、それは出来ないと結論付けてしまったのです。

あなたは天上界を信じ、Aさんの魂を信じて、ただ「自分を彼のためにお使いください」と祈るべきであったと思います

T ありがとうございます。

あの時私がどう考え、どうするべきであったかについてはよく分かりました。

今後、同じような局面が出たら、今度は今指摘して下さった事をやりたいと思います。

ところで、現時点でのAさんへの思いというものは、どのように持たせて頂ければいいのでしょうか。

S 彼には彼を指導する方がおられます。

何処にいても、天上界はあなたや彼を見守っているのです。

超越潜在意識からの働きかけも、深層潜在意識からの働きかけも、常にあるのです

どこかの教団に所属しなければ、そうした働きかけが無いという訳ではありません。

あなたは、今までこの教団を特別な存在と考えすぎ、地球の天使の大半が指導していると思いすぎたために、

この教団から離れることを、地獄の中へ堕ちていくように錯覚しがちであったのです。

よいですか。

この世は大宇宙を創造された根本神が創られた世界なのです。

何処にいようと、必ず導きがあるのです。

現にあなたはその体験をしたではないですか。

そして、いまこの教団から除名されて、ますますこうして自分の深層潜在意識からの指導も受けるようになってきているではないですか。

それを信じなさい。

どこかに属さなければ不安であると思い、恐怖心でそこに縛られる思いは捨てなさい。

恐怖で縛り付けるのは、地獄の世界のことでしょう。

天国は、自分の自由意志に基いて自由に出入りできるところです。

AさんにはAさんの今世の魂の学習課題があり、それに基いて相応しい導きがあるのです。

彼は、あなたがなし得なかった尊い修行をされているのです。

縁がある以上は、再び出会うことは可能です。

愛が有る限り、彼にとって必要な時に、再び引き合わせられる事になるでしょう。

その時に、あなたは彼の幸福のために、自分が出来ることをして差し上げなさい。

その時こそ、真なる神の愛の通路になろうと願いなさい。

自分を何時までもいじめたり、裁いたりすることは、もう止めなさい。

T ありがとうございます。

心が軽くなりました。

今は私の目の前にいる方たちを愛する事に全力を尽くさせて頂きます。

Aさんのために私が何かお役に立たせて頂きたいと祈ります。

ご指導、ありがとうございました。

(2012年8月6日)

深層潜在意識との対話3 恐怖心と怒り

私をTと表記し、深層潜在意識をSと表記します。

ロール・レタリングの手法での対話を行います。

T 私は大川総裁の離婚問題を支部のビデオ拝聴会で聞いた時に、大川きょう子さんへの怒りを感じました。

どのような怒りかというと、中国の侵略への警鐘を鳴らし国を救おうとしている救世運動の妨げをしていることに対する怒りでした。

国の安全保障と世界の問題に取り組んでいる時に、私的な問題で救世の団体の発展を阻害するなど、許しがたいという思いでした。

その奥にあるものは、中国の侵略に対する恐怖心でした。

この救世の団体が政治にも進出しなければ、日本人は中国に支配され、国民は奴隷にされてしまうのではないかという、凄い恐怖心です。

この恐怖心から怒りが出たのです。

恐怖心の奥には自己防衛の思いがあります。

そこから自分を害する恐れのあるものへの怒りが噴き出すのです。

私は現在の大川総裁を批判していますが、中国の日本侵略に最大の警鐘を鳴らしているのが大川総裁なので、この点は評価すべきではないかという気持ちがあります。

しかし、恐怖心や怒りは結局、自己防衛の思いでもあるので、やはり問題があると思います。

このことをどのように考えていけばよいのか、ご指導ください。

S 現実の中国による日本侵略の可能性は、これは現実の問題としてしっかり見据えていかねばならない問題だと思います。

しかし、それと恐怖心とは別問題です。

恐怖心に蓋われたら、決して正しい判断も行動も出来ないはずです。

政治上の主張の良し悪しと、恐怖心や怒りの問題は分けて考えてください。

そこで考えてもらいたい事は、あなたは何故恐怖心が湧くかです。

実は、その根は結構深いのです。

この教団での活動それ自体によって恐怖心が刷り込まれてきたからです。

1990年代初頭の大伝道の時期に『ノストラダムス戦慄の啓示』と『アラーの大警告』が大献本されました。

これは恐怖の予言です。

恐怖の予言で人々の恐怖心をあおり、世紀末の危機から救われるためには入会しなければならないという意識があったはずです。

また阪神淡路大地震があった後に全国的な地震災害への恐怖をあおり、街に100人の信者が出来なければ、

その街が危ないという恐怖心から、人々は伝道へと駆り立てられました。

実は大川総裁自らが、東京大地震への恐怖から宇都宮へ引っ越したのですが、会員にはその事実は伏せられていました。

このほか世紀末までには、ポールシフトの恐怖もあり、恐怖心からの伝道が広がりました。

そして、2009年の総選挙の年には、中国による侵略の恐怖が、様々な霊言によってなされました。

警告という意味はあった訶とは思いますが、恐怖心が確実にあなたの心に浸透していったはずです。

選挙の大敗北の後は、さらに深刻な邪神による地球侵略の予言がなされ、さらに恐怖心が大きく膨らんだのです。

つまり、この教団(幸福の科学という名前を使うことで悪しき波動を引いてしまうため、なるべく避けて下さい)の活動に真面目に携わる事によって、

自分の心に恐怖の予言が刷り込まれ、何時の間にか恐怖心で行動するように仕込まれてしまったのです。

日本の国民を救いたいという悲痛な気持ちがあったため、恐怖心を持つ事は恐怖するものを呼び込む可能性があることや、

恐怖心が悪魔の軍隊であることを、すっかり忘れさせられていたのです。

恐怖心があるところには怒りが伴います。

それはあなたが指摘するとおりです。

あなたがきょう子さんに抱いた怒りは、あなたの恐怖心から来る怒りだったのです。

もう一つ言うなら、一方的な教団の宣伝を信じた愚かさも、怒りの原因です。

恐怖心が根底にあって出てくる、自己防衛から発する怒りなので、怒りへの心のブレーキが効かずに、極端な思いが出てしまったのです。

恐怖心も怒りも、悪魔の軍隊です

悪魔は恐怖心を起こさせたり、怒りを掻き立てることで人間を支配しようとします

救国植福では、天照大神をまるで祟り神のように仕立てて、信者の皆さんを恐怖心からの植福へと駆り立てました。

恐怖心を煽(あお)って人々の心を支配する手法は、どんどんエスカレートしています。

未来予言の恐怖映画によって恐怖心を煽り立て、国民を教団へ囲い込もうとしたのも、その延長線上にあるものです。

あなたは降魔型エル・カンターレ像を推進する役目を、自ら進んで引き受けました。

この時にあなたの心にあったのは、中国の侵略への恐怖心でした。

降魔型エル・カンターレ像に中国侵略を食い止める力など全く無い事は、

大川総裁がこの像の功徳に関する会員さんからの質問に対して、全く的確な回答が出来なかったことで分かったはずです。

これは単なるお金集めの手段に過ぎないのです。

それどころか、非常に危険な宇宙人の波動を引き寄せてしまい、害があるものなのです。

あなたに中国への恐怖心があったので、冷静に正しく見抜くことが出来なかったのです。

いいですか、あなたは恐怖心で動かされてきたのです。

恐怖心があなたの心に相当刷り込まれているのです。

特に選挙の時には、進んで街頭演説をしたので、自分で自分を洗脳し、恐怖心を刷り込んだのです

それと共に、あなたの心には怒りが入り込みました

民主党への怒り、マスコミへの怒り、国民への怒りなどです。

これが阿修羅の波動である事に気がつかず、あなた自身が正義の名の下に世を裁く「裁きの神」になろうとしていたのです

正義の名の下に行動し、しかもその底に恐怖心が潜んでいる時は、怒りの歯止めは失われます。

あなたは阿修羅に取り込まれる恐れがありました。

目を覚まして下さい。

恐怖心は己の心の内なる魔なのです。

怒りも自分の心の内なる敵なのです

平和な心こそが平和な世の中を創るのです。

愛の心が無ければ、悪魔に取り込まれてしまうのです

恐怖と怒りは悪魔の軍隊なのです。

それに踊らされてはならないのです。

理性的な政治的判断には、恐怖心も怒りも不要です。

それらはむしろ正しい判断の妨げとなります。

危機感はあったとしても、決して恐怖心や怒りに心を譲り渡してはなりません。

長年にわたって、あなたの心に刷り込まれたものに、まず気付いて下さい。

それが洗脳解除へのスタートなのです。

(2012年8月8日)



2009年、実現党はには北朝鮮から今にもミサイルが飛んでくるようなことを言ってあおってましたが、3年たちますが飛んできません。

中国や北朝鮮に油断してはいけないという指摘は間違ってないんですが、それは外交や軍事の問題です。

教団にお布施することと関係ないことは、信者じゃない人から見れば明らかなんですが、信じていると理性が働かなくなってしまうんですね。

信仰は諸刃の剣です。



ご指摘の通りだと思います。

悪い予言は、当たらなくても気にしないという人間の心理があるので、平気で言い散らしている可能性があります。

大川氏は何をするにも常にそれによってどう信者拡大につなげるか、全てをマーケティングとして考えているところがありいます。

政治進出で濃厚な戦略は、恐怖心を使いながら、政治に関心がある保守層を取り込むことでしょうか。

あるときにぱっとやることが変わるのは、狙いとするマーケット変えたというふうに考えると理解しやすいと思います。

深層潜在意識との対話4 出家と谷口雅春先生のこと

私をTと表記し、深層潜在意識をSと表記します。

ロール・レタリングの手法での対話を行います。

T 私は大川氏の秘書であったHさんから、突然、生長の家の本部の職場に電話を頂いたときは、本当にびっくりしました。

私が幸福の科学に入会したのが幸福の科学の事務所が出来て1ヶ月目でした。

私はHさんのご自宅の一室の事務所を訪ねて入会を申し込みました。

入会試験は翌年の1987年から始まりますので、私はその場で入会を許されました。

会員番号は227番でした。

1986年の11月だったでしょうか。

私はその時に事務員のYさんに名刺をお渡ししました。

Hさんのお話では、私の名刺は大川氏に渡り、大川氏はHさんに私と会うようにと指示を受けたとの事でした。

私は秘書のHさんに電話をもらって大感激しました。

S 大川氏は教団の構想を練っていた訳ですが、あなたが生長の家の編集部から来たことを知って、関心を持ったのです。

というのはHさんはヨガの先生で、そこのスタッフが大川氏を手伝っていたわけですが、彼女たちは事務が苦手でしたから、編集が出来る人を必要としていたからです。

その後、あなたが仏縁によって来ているという事をほのめかして、生長の家を辞めるように働きかけたのも、教団の立ち上げのために必要な人材だと思われたからです。

どんな仕事が出来るのかを調べるために、あなたの関わった出版物を見せてほしいといわれたのも、人材として獲得すべきかを検討していたのです。

次の段階として、善川三郎氏の小冊子原稿を渡して、これをワープロでまとめてほしいという依頼が来たのも、あなたの仕事能力のチェックと帰属意識を強めるためでした。

大川氏は生長の家が330万人を標榜する団体であり、そこからあなたを迎えることを、大企業から人材を迎えるような気持ちを持っていたのです。

あなた自身は一事務職でしたが、一定の編集の仕事はしてきましたし、宗教団体経験者であることは貴重な人材でも会ったのでしょう。

『舎利弗の真実に迫る』のなかで種村偽守護霊が、自分は大教団から天下って指導に来てやった、というようなことを言っていますが、

当時の大川氏には生長の家の看板がとてもまぶしく見えていたということです。

それは大川氏自身の感覚なのです。

またあなたは、幸福の科学の試験でも常に上位をとっていたわけです。

この試験そのものは人材登用の制度でもありましたから、あなたが採用されるのは、予定のコースであったといえるでしょう。

T 私は、Hさんが主宰する日暮里でのヨガ教室に通いだしました。

私は学ぶにあたっては弟子の礼を取るべきだと考え、毎回30分早く行って会場の床の畳を拭き掃除するようになりました。

ヨガそのものは私には相性がよく、健康にもよかったと思います。

こういう私を見て、Hさんも私を好意的に見てくださっていたのだろうと思います。

私がヨガをする事は、どうだったのでしょうか。

S あなたがヨガをする中で、インド時代の感覚が蘇って来たはずです。

何故こんなにスムーズにヨガが体に馴染むのだろうと不思議に思っていましたね。

生長の家では職場での派閥間の争いの中で悶々としていたので、心を切り替えるためには必要でした。

あの頃、あなたに真剣に祈らせたのも、生長の家以外の宗教的な思想の学習に力を入れるようにしたのも、ヨガに通おうと思わせたのも、私達のインスピレーションがありました。

幸福の科学の最初期から加わるということは、もともとの人生計画だったのです。

強力な働きかけをあなたは感じたはずです。

ユングの言うの共時性ですね。

ヨガはインスピレーションを受けやすくするということと、あなたの健康面ではプラスでした。

私達もいつもいつも強力に働きかけるわけではありません。

しかし、人生の転機が来た時には強烈に働きかけて、計画を成就させようとします。

そういう時は不思議な導きの感覚が強く起きたはずです。

また内面を見つめるような心の動きが強くなったはずです。

T そういえば、谷口雅春の霊言が出ることも、事前に知らされていました。

また谷口雅春霊言集の企画について、どういうことを聞きたいのかという意見を求められました。

私が提出した本の企画に対して、大川氏からはお礼状を頂き、谷口雅春先生が私に対して期待されているようなことが書かれてありました。

このお礼状は、最近まで大切に額に入れてあったのですが捨てました。

また、個人相談を1件五千円で大川氏が受けるという時期があり、秘書のHさんから申し込んでみないかと打診されました。

私は喜んで申し込んだのですが、谷口雅春先生の霊言でご指導いただきました。

ここで私が驚いたことは、谷口雅春先生と私はあの世での知り合いであり、私があの世に戻ったら同じような世界に還るので、その時にゆっくり話をしようと言われました。

そんなこと信じられるはずが無く、あり得ないことだと思いました。

ただ、私がこれが谷口雅春先生に違いないと確信したのは、霊言の合間にお茶を飲んでいる音が入るのですが、その音を聞いて確信したのです。

谷口雅春先生が最晩年に長崎の総本山で講話をされる際に、途中、ゆっくりとお茶を飲まれることがあるのですが、その時の音と間合い、これがそっくりだったのです。

びっくりしました。

まさに90歳の谷口先生のお茶の飲み方であり、30歳の青年大川氏のそれではあり得なかったのです。

谷口雅春先生は、生長の家がありながら幸福の科学を指導するに当たっての、気持ちの揺らぎを正直に告白されていました。

その内容は最初の霊言集の内容とほぼ同じです。

また私が釈迦の弟子なので、本来は幸福の科学に来る予定の人間であると言われました。

また、生長の家の信者も、一部を幸福の科学に移行させて指導したいと言われていました。

私のそれまでの宗教上の師にそう言われたのですから、私はためらうことなく、幸福の科学への移籍を決意できました。

私個人へのアドバイスとしては、私は根暗な面があるので、一旦反省をして心を浄化し、その上で光明思想を持つようにという内容でした。

これについては、どうなのでしょうか。

そういう捉え方でよかったのでしょうか。

S 秘書のHさんのグループが高橋信次の系統であり、青年のA氏もそうでした。

生長の家の本部職員であるあなたが来ると、谷口雅春先生も働き易かったのは事実です。

もう一つ考えるべきは、当時の大川氏は高橋信次の系統の人と、生長の家の系統の人と、キリスト教の系統の人を取り込む計画があったということです。

会への入会試験において、6ヶ月待機の人には高橋信次、谷口雅春、内村鑑三の書籍が推薦図書になっていましたね。

このうち、内村鑑三についてはクリスチャンからの批判が手厳しく、沈没したのではないでしょうか。

あなたを取り込むことで、生長の家から信者を取り込めるわけですから、大川氏に取っては大きなメリットを感じたのは間違いないでしょうね。

T 谷口雅春先生の霊言集は、これは全部本物なのでしょうか?

S 谷口雅春氏も一時期、確かに幸福の科学を指導されていました。

最初の書籍は間違いなく谷口雅春氏の指導ですが、全部かどうかは別問題だと思います。

あなたにしても、谷口雅春氏の霊言集のうち幾つかは霊的なインパクトを感じないものもあるわけでしょう。

そうした部分は、大川氏の意識が書籍を読んだ記憶を使って話していると考えたほうがいいと思います。

T なるほど、大川氏は読んだ本の大事な部分、線を引いた部分はそのまま覚えてしまっていて、話の中で再現できるということを言ったことがあります。

したがって、霊指導がないときでも、ある程度はそれらしく話せるということですね。

菊池寛や最近の『舎利仏の真実の迫る』の霊言は偽者であることは疑えないし、ご本人の意識が話していると思います。

S 初期のものだから全部正しいとは言えないのです。

そこに込められた霊的なエネルギーを感じると、本物と偽者が見えてくると思います。

エドガーケイシーのように完全な睡眠状態である場合は別ですが、意識が覚醒している場合は、

途中から本人の意識に切り変わったとしても、また別の意識が入ったとしても、普通の人には分かりにくいといえます。

それでも霊的なバイブレーションを敏感に感じる人はその判別が出来るわけで、九割が正しくとも1割間違ったものが入り込むこともありえます。

ですから、どの霊が言ったからということを鵜呑みにすることなく、内容が正しく自分もそれに共鳴できるものは取り入れ、そうでないものは選別していくべきです。

天上界から大川氏個人を指導するためにも相当霊言を降ろされていますので、全部を否定するのも間違っています。

そのように考えてみてください。

T 有り難うございます。

今日は最初期の頃を振り返ったのですが、今まで見えていなかった角度から見ることが出来ました。

それと共に『舎利仏の真実の迫る』で種村偽守護霊にどうしてこういう言葉が出てくるのか理解できずにいた事がいくつかありましたが、

大川氏の当時の意識内容だったと知り、腑に落ちました。

これから母の新盆に帰省するため、しばらく休ませていただきます。

有り難うございました。

(2012年8月10日)

『「文春」に未来はあるのか 創業者・菊池寛の霊言』を読む(1)

この本は、「週刊文春」が大川隆法氏の正体を暴く記事を出した事に対する、対抗手段として発刊された本です。

もっとも、よく読むと分るのですが、「週刊文春」の問題の記事が出て、相当傷ついた大川隆法氏を慰めるために行なわれた霊言であり、本だと見ることも出来ます。

慌てふためいて霊言に取り組んで、それを信者に見せて、ようやく一息ついたという感じが伝わってきます。

以前にも大川きょう子氏の記事を週刊文春が出したときに、『「週刊文春」とベルゼベブの熱すぎる関係』という書籍を発刊して、

島田真編集長の守護霊なるものを登場させたことがあります。

この時、週刊文春側では「あまりにもバカバカしすぎるので無視した」(週刊文春の記者)ということでした。

なお、この本が出てまもなく島田真編集長は、『文藝春秋』(月刊誌)の編集長へと栄転されたそうです。

その意味で、何の攻撃力も発揮できず、結果的には島田氏にエールを送っただけの本となりました。

霊言による攻撃というのは、大川隆法氏の編み出した戦法ですが、とても狡猾な方法です。

本文の前には「霊言現象」の説明があるのですが、そこにわざわざこう断っています。

「なお、『霊言』は、あくまでも霊人の意見であり、幸福の科学グループとしての見解と矛盾する内容を含む場合がある点、付記しておきたい。」

こう断っていますから、本文中に何を書かれようと、「霊が言ったことですから」と逃げを打てるようになっています。

第一、霊言の存在そのものを信用する人が多くありませんので、名誉毀損で刑事告訴がされにくいのです。

そのくせ、相手に対しての一方的な信用毀損を行えます。

この種の本を、大川隆法氏は恫喝の道具として使っています。

それを示すのが次の文です。

「何誌がコラボしてくるか知りませんが、『週刊新潮』の編集長の守護霊の霊言を収録した本では、

『講談社が何かを言ってきたら、前社長である野間佐和子の霊言が出るかもしれない』と述べておきました。」(P14)

思想的な高みのある批判ではなく、霊を登場させての悪口、誹謗中傷のみの本を出すこと自体、

著者・大川隆法氏と教団・幸福の科学の品位を著しく低下させているように、私には思えます。

以前の幸福の科学であれば、弟子が批判をして、大川隆法氏は超然としているスタイルをとりました。

現在の教団には、その余裕が無いのでしょう。

この本には種村修個人の誹謗中傷が、一つの章を使って書かれています。

したがって、私にはこの本への批判をする正当防衛上の権利があると思います。

とは言え、『舎利弗の真実に迫る』のような逐条講義的なスタイルを取るだけの中味もありません。

そこで、大きな批判の視点を掲げて、この本を読み解きたいと思います。


幸福の科学の代弁者「菊池寛」

結論から言って、この本に登場する菊池寛は本物とは思えません。

それでカッコつきの「菊池寛」と表現させて頂きます。

それにしてもこの「菊池寛」の言葉は、とてもユニークです。

どうユニークかというと、幸福の科学側の主張をほとんど代弁しているのです。

ここまでくると、私にはパロディーとしか見えないのですが、幸福の科学の代弁者ぶりをじっくりと鑑賞してみたいと思います。

酒井 昨今の週刊誌には、「伝聞によって記事を書き、裏も取らずに、そのまま週刊誌に載せる」という風潮があります。

特に「週刊文春」は、新しい編集長になってから、そういう傾向が激しくなり、今回、

「妄想を語っている者の文章を、そのまま載せる」というようなことをしています。

「菊池寛」 うーん。いや、今ね、出版不況なんだよ。(P27)

あっさりと、まず教団側の言い分を認めます。

不況だから仕方ないと言い訳します。

さらに、内容のレベルの低さを嘆いて見せます。

「菊池寛」 ・・・まあ、あんたらから見りゃあ、芸能雑誌やポルノ雑誌に内容が近づいてるような感じに見えるんだろう? (P28)

「菊池寛」 「週刊文春」と「プレイボーイ」と、どっちが内容がええか、もう、分からなくなってきてる。(P28)

「菊池寛」 ・・・「プレイボーイ」にはね、意外に宗教心があるらしいんだよ。俺も驚いてるんだけどさ。(p28)

これは大川隆法氏が言いたいことだと思います。

「プレイボーイ」に、宗教性のある記事を見つけて、その意外性に驚いた大川隆法氏の姿が目に見えるようです。

菊池寛氏の人格をとても下品に見せようとしています。それは次の言葉です。

「菊池寛」 ・・・まあ、後世の今のやつらは、「青の洞門を開く」っちゅうのを、なんか、「女性の穴を貫通する」っていうのと勘違いしているのかもしらんなあ。

「宗教家は、そういう貫通式が好きだ」と思ってるのかなあ。(P30)

下品な表現です。

もっともこれが最近の大川隆法氏らしさなのかもしれません。

「菊池寛」 あんた、日本麻雀連盟の総裁に、なんで悪を追及する資格があるんかね。(P31)

これは大川隆法氏が、

「私は宗教団体の総裁でございますが、

『日本麻雀連盟の初代総裁だった人が、宗教家を批判するようなものを出せる立場にあるのかどうか』

ということについても、併せて確認させていただきたいと思います。」

(P24)と言った事に対応する言葉です。

「菊池寛」は、自ら進んで「宗教家を批判するどころか、そもそも悪を追及する資格がございません」と言っているのです。

これを見ると、日本麻雀連盟がまるで「悪」を行う団体のように錯覚しますね。

こんな表現もあります。

「菊池寛」 ・・・麻雀とか競馬とかをやって金儲けして、出版社を起こした人は、今でいうと、何だろう。

あのー、モザイクがかかってるエッチ映像や写真みたいなものをそのまま載せて、捕まらないで儲けていた時代が、最近、ちょっと、あったよな。

あんなものでボロ儲けしたような感じに、ちょっと見えるかもしらんなあ。(p58)

つまり麻雀や競馬をやる人間は、違法すれすれの金儲けをする、一種の犯罪者なのだと言いたいようです。

ちなみに競馬というのは、イギリスの王室もされている上流階級の楽しみですし、麻雀も昔から中国の政治家や実業家も好んで楽しんできたものです。

日本麻雀連盟の初代総裁を務め「麻雀賛」を書いた本物の菊池寛が、自分のすることにプライドを持っていないはずがありません。

この本に登場する「菊池寛」の霊は、大川氏と価値観がそっくりな霊のようです。

『隆法殺すにゃ刃物は要らぬ、 修が三日も吠えりゃよい』

アイマイミーです。

種村さん ありがとうございます。

大変に鋭く、かつ論理的で、知的営為あふれる大川批判に深く感謝申し上げます。

アンチがいま一番のぞんでいるのは、こうした大川批判の大系です。

これは、かつて『内村鑑三霊示集』で、大川霊言が単なる大川の妄想の産物に過ぎないと指摘されて以来の快挙です。

あのときは、大川は何も反論できずに逃げ出して、こっそりその本を絶版にしてしまいましたが、今回もまた、同じことをするでしょう。

大川の無知蒙昧さを世間に知らしめるだけのものとなるでしょう。

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大川隆法 霊言でやらかした致命的ミス

大川本にはインチキが露呈するシーンが多々ありますが、なかでも『内村鑑三霊示集』はツッコミどころ満載です。

日本最大のクリスチャン内村鑑三の"霊"が聖書の知識で凡ミスを繰り返し、あげくは内村自身の家族構成まで間違える始末。

「霊が間違えた」のではなく「霊を間違えた」か「大川が間違えた」以外考えられません。

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今回の、こうした種村さんの論証は、大川にとっては最大のピンチを迎えることになるでしょう。

なぜなら、宇宙の根本仏と自称して、一切の無謬を主張する大川にとっては、あまりの杜撰な間違いの数々、論理的破綻が暴かれることによって、

権威が地の底に落ちるわけですから、これ以上の不名誉なことはありません。

小心者でプライドばかり高い大川には、まさかこういう批判が出るとは想定していない分、臍をかみながら、

「あぁ、あの霊言ださなきゃよかったなぁ」とぶつぶつと愛人たちに愚痴をこぼしていることでしょう。

種村さんが理路整然と大川の論理批判をやれば、大川は破綻してしまいます。

これからも、どしどし、デムパ大川の妄想ワールド批判を繰り広げ、迷える信者さんの迷妄を打破していただくよう、ご検討を祈ります



いつも御声援ありがとうございます。

読みやすくするために8回完結にしました。

大川隆法氏が呼び出した「菊池寛」は心検でコンタクトした人物・菊池寛とは、まるで別人でした。

心検でコンタクトを試みた菊池寛氏は、文学への情熱を感じましたし、何よりも人間愛があふれていました。

心検での実験的なコンタクトは、まだ試行錯誤の域を多くは出ていないと思いますが、それでも菊池寛の人間的な魅力は感じることが出来ました。

なお、心検でコンタクトした折に、菊池寛氏は別のところからも名前を呼ばれたが、そちらには行かなかったと言われていました。

『「文春」に未来はあるのか 創業者・菊池寛の霊言』を読む(2)

「大川隆法に嫉妬する」と言わせたい訳

「嫉妬」というのは、自分に関心がある分野で自分より優れていて本当は自分がそうなりたいものに対して感じる感情ですから、

嫉妬される人は、嫉妬する人よりも上です

そこで、嫉妬という言葉を使いながら、大川氏は巧みに自分を持ち上げていきます。

これは彼の常套手段です

「菊池寛」は週刊文春を叩きながら、さりげなく大川隆法氏を褒めるのも上手です。


「菊池寛」 うーん、嫉妬を感じてると思う。

同質というか、同業というか、本来は同じようなものを目指しているんだけど、今、届かないでいるんだよな。

それで嫉妬してると思うんだなあ。(P36)


嫉妬するのは「週刊文春」で、嫉妬されているのは大川隆法氏ということで、いかに大川隆法氏が凄いかを、間接表現ながら讃えています。

嫉妬に関する内容では、次のやり取りは傑作です。

まず「菊池寛」が「週刊文春は何年につくったって(資料に)書いてある?」と質問者の里村氏に尋ねます。

里村氏は「『週刊文春』の創刊は1959年。

昭和34年です。

今年で53年になります。」と答えると、そこから次のようなやり取りが続きます。


「菊池寛」 昭和34年っちゅうことは、大川隆法さんの御生誕祭のほうが格上だから、それで嫉妬してんのや。

里村 はあ。

「菊池寛」 文藝春秋よりも、こちらの御生誕祭のほうが先行してるじゃないか。

里村 昭和34年は、文藝春秋ではなく、「週刊文春」ができた年です。

「菊池寛」 ああ、「週刊文春」か。

里村 文藝春秋社は、戦前からありますから。(P43)


これは大川隆法氏が56歳で文藝春秋(実は「週間文春」)が53歳だから、「大川氏の御生誕祭の方が格が上だ」という事を「菊池寛」に言わせて褒め称えています。

これは大川氏ご自身の発想でしょう。

こういう発想は、普通の人間には考えられないのですが、小学校1~2年で文藝春秋を初めて読み、

家族で食後に雑誌に掲載された新作小説の批評座談をした経験をもって、

自分のことを「田舎の天才文学少年であったのである。」(「はしがき」)と言える過剰な自意識なればこその発言だと思います。

自分を褒め称え、他人を貶める」性癖を持つと、こういう場面でもそれが顔を出すことが分かります。

さらに本物の菊池寛氏が発言されていない証拠が、「週刊文春」が出来た年を間違えて発言しているところに出てきます。

菊池寛氏は文藝春秋を立ち上げた方ですから、「週刊文春」の創刊された年と混同されるわけがありません。

そもそも「週刊文春」ができたのは、菊池寛のなくなった後の事です。

ここは明らかに大川隆法氏個人の意識が、「菊池寛」として語っているわけです。

大川氏の自己評価の高さはどうみても病的なのですが、それが次の発言にも出てきます。

もっとも、これも「菊池寛」が言っているのであって、大川隆法が直接言っていないとしているところがミソです。


「菊池寛」 かつて保守系の硬派と言われた雑誌等が、保守系の硬派で、メディアに進出してきているあんたがた宗教団体と、ぶつかってる感じかなあ。

だから、これは意外に、<関が原>なのかもしれない。

「彼らは、あんたがたに客を取られないように、総力戦でやっている」と見るべきじゃないの?

里村 私としては、保守なら保守で、共存共栄でもいいんです。

「菊池寛」 そこに嫉妬してるのよ。

関心が全然違うところにあるものには嫉妬しないんだけど、関心が似ているところにあって、

「文春」や「新潮」よりも、「キレ味のいいもの」とか、「先見性のあるもの」とか、

「みんなの支持を受けるようなもの」とか、「あっと驚くようなもの」とかを、

もし、硬派記事で書かれたら、彼らには、やっぱり立つ瀬がないわけよ。(P55)


さてさて「週刊文春」や「週刊新潮」が嫉妬するほど売れている『ザ・リバティ』というのは、一体何千部売れているのでしょうか?

信者以外には買わない雑誌を、彼らが嫉妬しているという「菊池寛」は、これは応援団を通り越して幸福の科学の指導霊なのではないかと疑ってしまいます。

『ザ・リバティ』擁護のこの発言を見る限り、「菊池寛」はやはり大川隆法氏による「なりすまし」と言えるでしょう。

さらに嫉妬については、次のような話が出てきます。


「菊池寛」 今の編集者たちは、本音では、「書くネタがない場合、とにかく嫉妬心に基づいて想像すれば、記事は書ける」と思っているわな。(P80)


例の記事も本質的には、「嫉妬心に基づいて想像」して書かれていると言わせています。

さらに、「菊池寛」も大川隆法氏に嫉妬していると言わせることで、逆説的に大川隆法氏を讃えています。

まず自分でものを書いて、事業を起こし出版社を起こす。

「ここまで行ける人は一万人に一人もいない。」

そう言った上で、「菊池寛」はこう言います。


「菊池寛」 一万人とか百万人とかに一人ぐらいしかいないんだけども、それ以外にも、(大川隆法は)宗教はやるし、

出版社はやるし、学園で学校や大学はつくるし・・・。

・・・政党はつくるし、海外もやっている。主力は一人だよな。(P85)


「菊池寛」 「一人の作家が作った出版社を基に、宗教も学園も大学も海外も、それから政党もつくって、

さらに、二千人近い人を養おうとしている」なんていうのは、俺だって嫉妬するわ。(P86)


「文藝春秋には、五百人も職員がいない」から、その点だけでも4倍の規模がある教団を率いている訳です。

「菊池寛」は大川隆法氏に嫉妬していることにして、その理由を述べることで、大川隆法氏を讃えているわけです。

もう一つこんな例もあります。


「菊池寛」 嫉妬の根源はねえ、やっぱり、宗教の税金のところだよ。

宗教は、課税されていない「タダ金」をやって、こんな出版不況の折に、出版で売りまくって、

「ギネス記録」だの、「本を九百冊出した」だの、そんな宣伝をしたらさ、週刊誌を挑発しているようにしか見えないじゃないか。(P95)


本物の菊池寛がこんな幸福の科学通だとは誰も考えないでしょう。

教団の自己宣伝をしているに過ぎません。

こんなところからも、「菊池寛」は「大川隆法」であるという推定が出来るわけです。

本書の最後でも、「菊池寛」に嫉妬を語らせて、大川隆法氏を持ち上げています。


「菊池寛」 ・・・執着としてはだねえ、まあ、私は東大を出たかったねえ。

・・・東大を出たかったのと、ベストセラーの可能性としては、「もっとこんなに書けるもんだ」っていうことを、やっぱり実証してみたかったなあ(舌打ち)

・・・

酒井 ただ、「東大を出て、ベストセラーを出して」というのは、要するに、大川隆法総裁そのものですよ。

「菊池寛」 うーん、事業化能力に対して、ちょっと関心はあるからなあ。(舌打ち)。(P149)


最後に東大出であることの自慢が、やっぱり出てきました。

どうしてもこれは言いたい、いや言わせたかったようです。

しかし、何歳になっても自分の学歴を自慢する気持ちというのは、美しさとはかけ離れていますね。

「みっともない」と感じてしまうのは、私だけなのでしょうか。

『「文春」に未来はあるのか 創業者・菊池寛の霊言』を読む(3)

教団の代弁をしてくれる便利な霊


「菊池寛」 ・・・(「週刊文春」を手にとって)いやあ。

なんだか、「正体見たり!」なんて書いてあるけど、こちらの方が正体を見られてるんじゃないの?

これ、どうするんだ。

里村 そうなんです。「正体見たり!」というのは、こちらが言いたいです。(P37)


これも面白いやり取りです。

つまり教団側が言いたい事を、「菊池寛」が言ってくれているという訳です。

「菊池寛」 ・・・これは何だ? 石原さとみ。これは、例の創価学会の子じゃないの?(P38)


「菊池寛」 これはグラビアに乗せる写真か? 石原さとみって、創価学会の職員の子で、創価学会の広告塔だよな。これ、NHKまで侵食してるよな。(P39)


この「菊池寛」はものすごく情報通のようです。

芸能分野への進出を狙う大川隆法氏なら知っていても、どうしてこれほど「菊池寛」氏は、宗教と芸能界の関係に詳しいのでしょうか。

大川隆法氏が「菊池寛」になりすましているからこうなるのでしょう。

ここに登場する「菊池寛」は、大川隆法氏を間接的に褒め称える一方で、自分のことは卑下します。

実に幸福の科学側にとって都合のいい人物です。


「菊池寛」 今の「文春」にかかったら、俺なんか、叩き放題だろう。

学校から除籍処分を受けたり、泥棒の扱いで退学したりして、学校をいっぱいやめてるし、

衆議院議員選挙に落ちたり、麻雀連盟の総裁になったり、戦前に競馬をやって楽しんだりしているから、まあ、そうなるだろうな。(P43)


「菊池寛」 ・・・特に、「金儲けの才能が高すぎる」という意味で叩かれるだろうな。(P44)


本を出したり、金儲けがうまかったり、事業を起こしたり、衆議院選挙で落選した事から、大川氏は菊池寛氏に共通項を見出したのでしょうか、

「菊池寛」に「今の時代に生まれたら、俺は大川隆法さんみたいになってるよ。」

「宗教家じゃないけども、今の時代に生まれたら、幸福の科学出版だよ。そんなふうになってるよ。」

と言わせています。

大川氏も菊池寛氏も、若い頃はお金で大変苦労していますので、大川氏は何か相通じるものを感じたようです。

『週刊文春』「幸福の科学 大川隆法『性の儀式』一番弟子が懺悔告白!」の記事に関するやり取りは、大川氏が「菊池寛」に何を言って欲しいかをよく表しています。


綾織 まったく裏を取らない状態で、そういう記事を出すのは、かなり悪質です。

「菊池寛」 裏を取るかどうかは問題じゃないですよ。

酒井 「出したら勝ちだ」という考えですね。

「菊池寛」 こんな記事を書くこと自体に問題があるんで(笑)(P51)


「こんな記事」を「書くこと自体」が問題だと「菊池寛」に言わせているのです。

菊池寛」は大川隆法氏の最大の応援団長として、週刊文春を非難しています。

本当に便利な「霊」です。

幸福の科学は、「週刊文春」や私に対して合計3億円の名誉毀損の訴訟を起こしてきました。

これは恫喝訴訟ではないかとして、非難する法律家の声も上がっています。

しかし「菊池寛」は、大川氏を応援してこう言います。


「菊池寛」 ・・・アメリカみたいに何億とか何十億とかやられたら、たまんねえからさあ。

ほんとうは、このくらいの教団の総裁に対して、こんな記事を書き、アメリカ的に損害賠償をやられたら、百億円だぜ。(P.53)


つまり3億円ぐらいは当たり前で、本当は百億円だと言いたいわけです。

それにしても創業者である「菊池寛」氏が自ら設立した文藝春秋に対して、百億円の賠償額を取られても文句は言えないと言ってくれるのですから、

こんなに有難い幸福の科学の応援団はいませんね。

しかも、この裁判で勝てば、どうなるかを予言します。


「菊池寛」 君らが勝てればさあ、結論的には、新潮社や文藝春秋社で、本を出したり記事を書いたりする人が減っていって、

「幸福の科学出版から本を出したい」とか、「記事を書きたい」とかいう人が増えてくるんじゃないの?(P60)


実は幸福の科学関連の裁判は、これまでに14個判決が出ていて、幸福の科学は14敗2引き分けで、勝った裁判がゼロだと言うではありませんか。

この「菊池寛」は、幸福の科学にとっては本当に有難いこと言ってくれる霊です。

さらに、「菊池寛」は問題の記事を書いた人々は、地獄へ堕ちると言ってくれます。

もちろん、宗教家である幸福の科学の職員のほうが、自分よりはるかに格上だと発言します。


「菊池寛」 ・・・天上界へ行ったら、あんた、宗教家に勝てるわけがないじゃないの。(P58)


「菊池寛」 侮辱した人は、みんな地獄に堕ちるから、それでいいんじゃないの?

それで完結するんじゃないか。

・・・それは罰が当たるよ。(P65)


週刊文春側に罰が当たって、地獄へ堕ちると御託宣してくれるのですから、「菊池寛」は本当に教団の代弁者であると思います。

冒頭でも紹介しましたが、『「週間文春」とベルゼベブの熱すぎる関係』が出て、まもなく島田真編集長が月刊誌の文藝春秋へ栄転されました。

これが大川氏にはよほど悔しかったのだと思います。

「菊池寛」に、やや事実を曲げながら、次のように言わせています。


「菊池寛」 その一回の守護霊インタビューが出ただけで編集長が替わっちゃったから、復讐してんだよ。

それは復讐。

「恩讐の彼方」まで行ってない。

また、「恩讐のただなか」にいるんだよ。

里村 復讐ですか。

「菊池寛」 復讐してるんだよ。(P67)


島田前編集長への復讐が、例の記事を書く動機だと、ここでは言わせています。

しかし、例の記事を書いた動機は、それだけに留まりません。

実に幸福の科学にとって都合のよい理由が、次々と「菊池寛」によって語られます。

『「文春」に未来はあるのか 創業者・菊池寛の霊言』を読む(4)

創価学会から幸福の科学に覇権が移った?

「菊池寛」 ・・・はっきり言って、「ここまでやる」っていうことはだな。

まあ、俺も、最近の週刊誌を全部読んでるわけじゃないから、よくは知らねえけどさあ、君、別の取り方はあるよ。

隣から見ると、あれだぜ。

もう、これは「賞賛だ」と思ったほうがいいのかもしれないな。(P67)

「菊池寛」 ・・・文藝春秋社が、「創価学会から幸福の科学へ、池田大作から大川隆法へ、覇権の委譲が行われた」っていうことを公式に認めたんだよ

・・・要するに、ナンバーワンになったら、悪口を書かれるんだよ。

・・・今、あんたがたは、まだ、新聞で毎日叩かれるところまでは行っていない。

ただ、「週刊誌に叩かれても、ジャイアンみたいに強くて巨大なパワーがあって、ちょっとぐらい殴っても蹴っても、びくともしないだろう」と、

マスコミが甘えを感じるぐらいの存在にはなっとる。そういうことだよな。(P69)

これはもう、幸福の科学の最大の応援団の発言です。

この問題の記事が出たことを持って、宗教界の覇権の委譲があったと天下の文藝春秋社が認めた証拠だと言う訳です。

もしこれを自分たちが言い出せば、名誉毀損の提訴が出来なくなりますが、「菊池寛」に言わせているので、問題ないわけです。

それでいて信者には、

宗教界のナンバーワンになったので、いろいろ週刊誌で叩かれてもしようがないのだ。これはナンバーワンになる通過儀礼だ。

というメッセージをしっかりと発信しているわけです。

これほど幸福の科学の応援団をしてくれているのに、第5章からは「徐々に『本性』を現す菊池寛」という失礼なタイトルを付けています。

話題は例の記事へと移行します。

「菊池寛」 いやあ、これねえ、取材なんか要らないんだよ。

・・・もともと取材なんかしてもいないし。

・・・「してもいない」っていうか、する気もないんだよ。

あのねえ、「偉くなった人」っちゅうのは、取材が要らないのよ。もう想像だけでいいのよ。

・・・記者は誰であっても想像だけで書けるのよ。(P71)

例の記事は想像だけで書いた記事である、つまり「事実無根」であるということを、「菊池寛」が証言してくれているわけです。

しかし、この証言には大事な「事実」が無視されています。

例の記事を書くに当たっては、「週刊文春」の記者は、わざわざ大悟館へ行き、大川隆法氏へのインタビューを申し込んでいるということです。

つまり取材をする努力はしているのです。

その機会を放棄したのは大川隆法氏自身なのです

「菊池寛」 この記事だって、人を替えたって構わないんだ。

誰に人を替えたって、これ、書けるのよ。

・・・想像しただけで、顔を見ただけで書けるわけよ。

何でも書けるんだよ。(P71)

「誰に人を替えたって」書けるという言い方から、大川隆法氏が呼び出す「霊」のことを考えてしまいました。

誰の「霊」を呼び出しても、大川隆法氏が言いたいことを言わせているだけなので、これだと「霊」をいくらでも替えることは可能でしょうね。

『「文春」に未来はあるのか 創業者・菊池寛の霊言』を読む(6)

「菊池寛」は地獄にいると言わせたい

ここまで、幸福の科学にエールを送って大川氏の本音を代弁してくれているのに、「菊池寛」はやはり地獄に堕ちている事にしたいようです。

また週刊文春の編集長も地獄行きだと「菊池寛」に語らせます。

「菊池寛」 ほら、あの、「週刊新潮」の編集者だけが地獄に堕ちるわけはないでしょう。

酒井 それでは、「週間文春」の編集長も地獄ですね。

「菊池寛」 当然ですよ。当たり前ですよ。そんなの分かっているじゃないですか。(P82)

何故こんなにも強い口調で「週刊文春」の編集長が地獄行きであることを「菊池寛」が断言する必要があるのでしょうか。

それは「菊池寛」=「大川隆法」だからだと考えると、本当に納得がいきます。

「菊池寛」 いや、だから、自ら地獄に堕ちてこそ、人を地獄から救う力が出てくるんだ。

綾織 今、ご自身は、そういう状態なんですね。

「菊池寛」 浄土真宗とおんなじなんだよ。(P83)

菊池寛が地獄に堕ちているとするのは、彼の生前の功績や人間愛にあふれた明るい人柄からいって、難しいと思います。

それで何とか彼を地獄の住人と認定したくて、苦労してここまでこじつけたという感じがします。

それが、本書の最後の方になると、「菊池寛」が「地獄」の住人だということを自分からしゃべってくれます。

「菊池寛」 うん、こちらに還って五、六十年だなあ。半世紀ぐらいだよ。君、このぐらいは普通じゃないか。

普通、週刊誌に入ったら、もう最低でも、百年ぐらいの地獄は覚悟しなきゃ。

酒井 そうすると、今は「百年の地獄」の最中ですか。

「菊池寛」 ええ? 百年では済まんだろうなあ、ハハハハ。(P144)

これだと「菊池寛」は週刊誌をやって地獄に堕ちたと言っているのですが、菊池寛は「週刊文春」が創刊される前に死んでいます。

話のつじつまがあっていない事に、気がつかないようです。

非常に分裂した表現が出てくるのも、この本のよく分からない特徴です。

「菊池寛」 君らはね、大川隆法を、そんな質素倹約で慎ましい、禅僧みたいな人間にして、それで生涯を終わらせたいのかね。

やっぱり、華やかな表舞台にたたせてやらなきゃ。(P96)

大川隆法氏が禅僧のように質素倹約で慎ましいというのは実態に反していることを、すでに私は知っています。

できればこう見せておかねばならないのに、大川隆法氏はお金も女性関係も華やかでありたいのでしょう。

次の箇所は、思わず本音が出たのでしょうか。

「菊池寛」 お、お、女に走るとねえ、家庭が崩壊する。

それは、人類幸福化を言っている総裁であっても、(夫が女に走ると)奥さんが、こんな変な顔になって暴れたりするようになる。

だから、「気をつけたほうがいいよ」ということで、「浮気したくても、それを断念するところに、君たちの正しい道があるんだ」と教えてるわけじゃないか。(P100)

これは正しいことを言っています。

(夫が女に走ると)は私が書き加えたのですが、こうすると意味が大変よく分かります。

奥さんの顔のことを言っていますが、顔のことを腐すような言い方は、大川隆法氏の癖のようです。

「菊池寛」 ドジョウ宰相は、こんな汚い顔を写し出さなきゃ、もう生きていけないんだよ。(P87)

これは「菊池寛」の言葉として言っていますが、大川隆法氏の性癖です。

もともと御自分の顔にコンプレックスがあり、それがこうしたいびつな表現に出るのだと思います。

御長女の咲也加さんの顔のことも、相当ずけずけとけなしていたと、子供達の家庭教師をしたことのある方から伺ったことがあります。

さらに面白い部分があります。

これも大川隆法氏が言わせたい言葉でしょう。

「菊池寛」 ・・・まあ、大川隆法は、今、ちょっとさあ、かっこよすぎるんだよ。

・・・これはねえ、もう、ほっといたって女がたかってくるわなあ。(P112)

これも若い頃、女性にもてなかったコンプレックスから噴出している願望ではないでしょうか。

もちろん大川隆法氏が言っているわけです。

これだけかっこよかったら、若い女性が寄ってくるのは当たり前だと、言いたいわけです。

しかし、金と権力がある状態で若い女性が寄ってきたとしても、若い頃にもてなかった無念を解消しきれないのではないかと思います

だから、彼のむさぼりの心にはキリがないのです。

種村修の人物像

第6章は「『種村修』の人物像」です。

記事のことが事実無根であると言わせたいので、私を批判している部分です。

里村 この記事の話は、幸福の科学を除名になった種村修氏が言っていることです。

誰が見ても。性の描写があまりにも細かすぎて不自然です。

「菊池寛」 まあ、見てきたように(笑)

酒井 当会に、こんな「性の儀式」などありません。

「菊池寛」 いや、これは、あのー、ポルノ雑誌を読みすぎなのではないでしょうか。

里村 完全にそうですよ。もう、筆が走っています。

酒井 おそらく、種村がポルノ雑誌を読みすぎなのではないでしょうか。

「菊池寛」 まあ、それは、いくらでも書けるから(笑)。

残念ながら、私はポルノ雑誌の読みすぎでもなければ、それにヒントを得て書き上げたのでもありません。

そもそも私が大川隆法氏に諫言するのに、そのような作為的なことをする馬鹿がどこにいるでしょうか。

これはもともと私が「私信」として、大川隆法氏に送った手紙の内容なのです。

大川隆法氏宛ての私信に、私がYさんから伺った内容をそのまま克明に書きました。

これは大川総裁がこれ以上、「事実無根という言い逃れ」をしてほしくないために、記憶をたどって詳しく書かせていただきました。

次に私の動機に対する邪推です。

酒井 この人に関しては、お金が欲しいのです。

「菊池寛」 これは名誉が欲しいんだろう。

酒井 いや、お金です。

「菊池寛」 名誉も、金も、地位も・・・。

里村 お金なんですよ。

「菊池寛」 これは、最終的には信者が欲しいんだよ。

里村 いやいや、これまでにも、お金目的で。

「お布施を返せ」と言ってきたり、女性問題のことで、ゆするかのように、

「これを公開されたくなかったら、金を出せ」と言わんばかりの手紙を送ってきたりしています。(P121)

ここで興味深いことは、酒井氏や里村氏が金銭目的を動機の中心においているのに対して、

「菊池寛」は「最終的には信者が欲しいんだよ。」と言わせていることです。

これは『舎利弗の真実に迫る』で書かれているのと同じことです。

おそらく大川隆法氏が、こう推定しているのでしょう。

さて、里村氏が「手紙」をゆすりたかりの恐喝文のように言っているのは、正直言って心外です。

そのようにしか受け止めることが出来ない人がいても驚きませんが、とても残念に思います。

私がどのような気持ちで書いたかを知っていただくために、手紙の冒頭と、末尾の部分を再録させていただきます。

なお、この手紙は「信仰が傷つき苦しむ人々の訴えに耳を傾けてあげてください」とのタイトルのもとに書かせていただきました。

大川隆法氏への手紙

「拝啓 桜花の候、大川隆法総裁先生におかれましては、益々ご健勝の御事と存じます。

私はとても悲しい気持ちで、この手紙を書かせていただいております。

私は今世、大川隆法総裁先生にお会いでき、直接に教えを受ける機会を頂き、お側にも仕えさせていただき、

退職後もさまざまな危機を助けていただいてまいりました。

私が釈迦の十大弟子のシャーリープトラであると認定いただきましたが、残念ながら私自身を振り返って、

そのような偉大な方の心境には程遠く、総裁先生の励ましの方便と受け止めさせていただいております。

しかし、この身の及ぶ限りは、総裁先生から受けたご恩に対して、報恩させていただかねばとの思いは途切れることがございません。

いつか報恩ができるようにと、無力さをかみ締めながら精進を重ねてまいりました。

本日、ここに書かせていただくことは、私の報恩行として、心血を注いで書かせていただくものでございます。

お気に召さぬことも多々あろうとは存じますが、あまねく衆生の心を知ろうと全世界を御巡錫くださる総裁先生の大慈悲におすがりして、

最後までお読みいただけますことを、伏してお願い申し上げます。

実は、この手紙は、以前にお出ししていたのですが、先日、広報局局長補佐の渡邊伸幸氏から、ご返事をいただきました。

総裁先生への私信に対する返信にもかかわらず、総裁先生へのコメントが一行も書かれておらず、

私の手紙を総裁先生にお見せしていないということが一目瞭然でした。

そこで今回は、私の書かせていただいていることが、第三者的に見ても真実であることがわかるように、事実を詳細に書かせていただくことにしました。

そのために細部にわたっての描写となりますことをお許しください。」


ここからA4で25ページにわたる手紙が続き、最後に次のように締めくくらせていただきました。


「私はお布施の返還を求められる方々に協力することを通して、総裁先生に、『現成の仏陀にして大救世主』としての本来の尊いお姿にお戻りいただきたいと、

心からの願いを込めて綴らせていただきました。

何とぞ、この方々へのお布施を返還され、それを通して総裁先生ご自身と教団がけじめをつけられ、

襟を正される姿勢をお示しくださいますよう、伏してお願い申し上げます。

この方々も、それを未来への期待を込めて受け止めてくださると思います。

また、H.YさんやKさん、Hさん、M.Yさんなど、傷ついた女性たちへの誠実なるご対応も重ねてお願い申し上げます。

全人類の未来のために、地球の未来のために、信仰の対象として真にふさわしいお姿にお戻りくださいますよう、衷心よりお願い申し上げます。

敬具」

『「文春」に未来はあるのか 創業者・菊池寛の霊言』を読む(7)

大川隆法の人物像

「菊池寛」を名乗る大川隆法氏は、この手紙を書いた私の動機の奥には、大川隆法氏への嫉妬があると言います。

どうも大川氏は、あらゆる人が自分を嫉妬していると考える傾向があるようです。

心理学的に見ると、こういうタイプの人は、往々にしてご本人が一番嫉妬心を強く持っているものです。

私は大川隆法氏は実際に、極めて嫉妬心が強い人だと思います。

さて、「菊池寛」の言い分を見てみましょう。


「菊池寛」 これは、あれなんだよ。その、あれだよ。

「モーツァルトに嫉妬するサリエリ」みたいなもんで、大川隆法の才能に嫉妬しているんだよ。

・・・ここ(幸福の科学)に人が集まってきてさあ、本がいっぱい売れてさあ、海外にまで行って、嫉妬せんわけ、いかないだろう?

(種村が)「一番弟子」と自分で言うてるんやろう? (P122)


別に私は大川隆法氏に嫉妬して、彼と競う関係にあると思ったことはありません。

師であると思っていたからです。

それと「週刊文春」の取材の中で「一番弟子」と自分で言ったことは一度もありません

記者が他の方を取材されたり、過去の仏教に照らして、インパクトがあるようにと、お付けになったタイトルだと理解しています。

基本的に週刊誌の見出しは編集者がつけるものですから、私の方ではあずかり知りません。

ただし、当初は「怒り」という表現を考えていたので、

「それは私の気持ちに反するので別の表現にしてください。出来れば悲しみとか。」

ということだけは申し入れました。

その結果出てきたのが「懺悔告発」という表現でした。

もう一つ、私に記憶のない話が出てきました。


里村 ・・・ちなみに、今から二十数年前、この種村氏は、大川総裁から、

「あなたは、『性欲の克服』が、今世の課題だ」というように言われているのです。

・・・

斎藤 私も、二十数年前に、本人から聞いたことがあります。(P123)


この話は、私は記憶がありません。

総裁から直に言われたのであれば、私は記憶しているはずですが、記憶にありません。

斎藤氏は私から聞いたということですが、彼は『舎利弗の真実に迫る』になかでも虚偽の発言を平気で繰り返していますので、信用が出来ません。

もっとも、こういったからと言って私にそうした問題がないと言っているのではありません。

私には貪欲の問題として、様々な欲望の統御の問題は持っています。

性欲、食欲、地位欲、名誉欲、自己顕示欲など、過去にも色々と対決をしてきました。

また怒りの統御も課題でした。

愚かさの問題も深刻で、大川隆法氏の過ちを今まで見抜けなかったのは、まさに愚かさの極みです

慢心、邪見もあります。

「疑」も問題です。

間違った神を信じたのは、正しい神への疑いになると感じています。

私も六大煩悩と格闘しています。

それを否定しません。

ですが、大川隆法氏ほどには、各種煩悩が強くないのではないかと思います。


<追加記入>

1988年の年末に、幸福の科学の道場(西荻窪)で、霊道現象の実演がありました。

その時に私が出て、私の守護霊と言われた栄西との対話をしました。

その際私は、自分が性欲の問題で煩悶することが多く、これはカルマなのかという事を栄西に質問しました。

栄西は長年お坊さんをやってきたからエネルギーが溜まっているんだとかいう説明をしました。

その後、大川隆法氏が「そんなものが溜まるのかな」というようなコメントをしたことがありました。

これは大川氏の指摘されたのではなく、自分から進んで述べたものでした。

その時の記憶を誤解しているのかも知れません。


「菊池寛」 いや、でっち上げっていうか、まあ、少なくとも、初動期にはなんらかの役割を果たしただろうし、

「if」だけども、もし存在しなければ、ちょっとは教団の発展が遅れたかもしれない人が辞めさせられて、

今、教祖一人だけ儲けて、ええ思い、いっぱいして、もう、トルコのハーレムや、

マハラジャみたいになってるっちゅうなのは、そら、許せんのじゃないか。(P125)


菊池寛氏が教団初期の事に詳しいはずがないので、大川隆法氏が「菊池寛」を騙っての発言です。

そう見ると、大川隆法氏は私を「辞めさせた」のだということが理解できました。

そして相当にやりたいことをされているようですが、それは私がうらやむ内容ではありません。

菊池寛」の語りだと安心されているので、思わず「トルコのハーレムや、マハラジャみたいに」なっていると証言されているのは、興味深いことです。

やはり人間は、どこかで本当のことを言いたいものですね。

真実を語りたいものなのですね

王様の耳はロバの耳だと、叫びたくなりますよね。

最後に「菊池寛」は言います。


「菊池寛」 「教祖は、こんなにいい思いをしているのか」と思うと、もうムラムラきて、しょうがないわけよ。教祖になりたいわけよ。(P129)


「教祖になりたいわけよ」という発言が出てきました。

『舎利弗の真実に迫る』と同じ論調です。

同じ事を、霊の名前を替えて言わせているだけなのでしょう。

以上、私に関わる部分は、ある程度しっかり異議を唱えさせて頂きました。

『「文春」に未来はあるのか 創業者・菊池寛の霊言』を読む(8)

財務省との密約を語る「菊池寛」

この後の内容は、真実というより、大川隆法氏が言いたいことを「菊池寛」に言わせているのであり、大川隆法氏の妄想が書かれていると思います。

会員さん向けの説明であると考えられます。

まず「週刊文春」の幸福の科学批判の動機の最大は、財務省の働きかけにあるのだという「陰謀説」が出てきます。


「菊池寛」 財務次官と野田の首を、今回のあなたがたの攻撃で落とされないように守ってやらなきゃいかんわけよ。

・・・そうしないと、水戸の浪士に襲われて、総理大臣の首が飛ぶようなことがあったら、革命が起きるじゃないか。(P132)


つまり、崩壊寸前の幕藩体制を支えているのが「週刊文春」だというのです。

もっとも、財務次官や野田総理のクビが大川隆法氏の霊言で飛ぶと考えるほうが、過剰すぎる自意識であり、妄想であると思います

そう信じさせることで、信者の方がついていくるのかもれませんが、狂信・盲信です。

「週刊文春」がなした体制擁護のための働きの裏には「免税の黙認があるに決まってるじゃないか」と「菊池寛」に言わせています。

「脱税しても、二、三回は見逃します」という密約があるとも言います。

まことに幸福の科学に都合のいい事を、どんどん自分から話してくれる応援団です。

最後に大川隆法氏の肉声が出てきます。

霊の仮面をつけない肉声なので、やはり言葉遣いが上品になります。


大川隆法 私は、昔、商社に勤めていたころ、「裁判官が商社マンになったような存在だ」と言われ、

笑われていたような堅物なので、週刊誌としては、あまり面白い記事が書けなくて残念だろうと思います。(P170)


私も、商社マン時代の大川隆法氏は、そういう堅物であったのではないかと考えています。

なぜなら自分を仏陀と考えて、いわば仏陀の仮面を被って生きてきた人だからです。

それだけに、ご自身の様々な欲望の抑圧は激しかったと思います。

中年期に入って、仮面の陰に隠れていた抑圧された欲望と向き合ったときに、自分の「」に飲み込まれていかれたのだと思います。

堅物ほど、中年以降に人生を狂わせる行為があったりしがちなのは、中年期には自分の「影」との対決が起きるからです。

ですから、商社マン時代は堅物だったろうと思いますが、その反動が厳しくて、現在の大川隆法氏の問題となっておられると思います。

最後に怖いことを大川隆法氏は言っています。


大川隆法 いやあ、せっかく書いてくれたので、何か「性の儀式」を始めようかな(笑)。

・・・私は、「性の儀式のグランドマスター」ということで、セミナーでもしたら、けっこう人が来て、収入になるんじゃないですか。(P175)


これは実際には笑えない話なのです。

本当に性の儀式のグランドマスターになる経験と実力がおありだと思うので、弟子に怪しげな儀式を授けて、

新しい左道密教を作って、その毒水を流されると困ります。


大川隆法 今は、「追放した人(大川きょう子)」と「追放された人(種村)(関谷)」とが手を組んで、幸福の科学の悪口を言っているような状況です。(P181)


私は、大川きょう子氏に全部の罪を擦り付ける大川隆法氏のお人柄を理解できるようになりましたので、大川きょう子氏が独断で追放したのではないと思っています。

大川隆法氏は大川きょう子氏の言いなりになるような人間でないことぐらい、よく知っております。

大川隆法氏は、自分が直接手を染めず、誰かにやらせたり言わせたりするのですが、裏で糸を引いていたのは大川隆法氏だと思います。


大川隆法 また、種村氏にしても、私が仏陀であることを否定し、「偽仏陀だ」と言うのは結構ですが、

彼は、その「偽仏陀」に言われたとして、「仏陀の一番弟子」を名乗り、それを疑いもしていないわけです。

これでは、「頭がおかしい」と言わざるを得ません。

私を否定したら、結局、自分まで否定される事になるのではありませんか。(P182)


「週刊文春」がつけた「一番弟子」というタイトルを、私が言い出したと勘違いされているので、こういう発言が出てきます。

私は「大川隆法氏は偽仏陀だ」と言うと共に、「私は舎利弗ではありません」とお手紙に書いておりますので、特に矛盾しているわけではございません

大川隆法氏の弟子であったことは決して名誉なことではなかったというのが、今の私の正直な気持ちです。

私は今や、大川隆法氏の過去世認定を全く信用していません。

従って、大川隆法氏に認定されたという理由で信じている過去世は一つもございません。


大川隆法 ・・・また、記事には書いてありましたが、大川きょう子についても、私が他人の人たちの前で彼女の肩を抱いてみせるなんて(笑)、

こんなことは絶対に一度もなかったことです。

・・・絶対にあり得ないことを、見てきたように書いています。

この人は、もう、完璧に妄想の世界に入っています。(P183)


これの発言を見ると、大川隆法氏は「週刊文春」の記事を、正確に読まれていないことが分かります。

この発言は私の発言ではなく、別の人への取材内容なのです。

ですから、これを指して「完璧に妄想に世界に入っています」と言われても、少しも私を批判した事にはなっていませんので、ご忠告申し上げたいと思います。

ただ私も、ある方から聞きました。

その方は、大川隆法氏の御自宅に招かれて、ソファーで御夫妻が座られた際に、

大川隆法氏が大川きょう子さんの肩に手を回されたのを「確かに私は見ました」と断言されていました。

ですから、「一度もなかった」「絶対にあり得ないこと」とは言い切れないのではないかと感じています。

人は無意識に、そうした行為をすることもあると思います。

お子様を5人も授かるほど、お二人は仲睦まじかったのですから。

ただ、私の発言ではないので、それ以上のことは言えませんが。

この本への解説も最終回になりました。

「あとがき」を見てみたいと思います。


「また宗教から除名された人の意見をうのみにするのは、危険だと思う。

破門されるには、それなりの理由がある。

しかし、宗教家は、彼らが犯した罪を公表しないで胸に秘めていることが多い。

その意味で、取材の自由がまかり通らぬこともままあるであろう。」(P187)


この部分を読んで、一つ得心がいった事があります。

それは、大川隆法総裁への手紙が届いた日付をもって私が除名されたのは、

「除名されるような人物のいうことは信用できない」ということを言うためだったのかと、妙に納得が出来た気がしたのです。

この「あとがき」の一番の肝は次の箇所です。

実は、この中で「週刊文春」の取材を受けなかった言い訳をしているのです。

それも私が犯した罪を公表しないために取材に応じなかったと言われています。

『舎利弗の真実に迫る』やこの本で、さんざん私の事を中傷させながら、それでもなお「彼らが犯した罪を公表しないで胸に秘めている」のだそうで、

そのために「取材の自由がまかり通らぬ」のだそうです。

これを詭弁というのだと思います。

大川隆法氏は臆病で気が小さい性格があります

本当はそうなのです。

でもそうみせないために、勇気のあるところを見せようとします。

大衆の面前では大見得を切ったりします。

しかし、一対一で記者に対面して取材を受ける勇気はありません。

同様に一人で裁判所に出向いて主張を述べ、弁護士による反対尋問を跳ね返す勇気もありません。

それと彼は、自分の小さな心や醜い心を、美しい言葉で飾り立てる性癖があります。

この部分もその典型的なものです。

御自分の奥様に対しても、離婚するとなると何冊も何冊も悪口本を書くような御仁です。

胸に秘めているどころか、散々言い散らしているではありませんか。

出版社を使って、雑誌を使って、組織的に動員をかけて収録されたDVDを見せているじゃないですか。

にもかかわらず、記者が勇気を持って取材を申し込めば、これを断り、そのくせ「裏づけをとらないで想像で書く」と記者を貶めることを平気で言います

嘘をつくことがこれほど平気に出来る人とは、私は思いませんでした。

いや、本当は気が付いていたのです。

教団の信者の公称数字も嘘ですし、神託結婚はなかったと言ったのも嘘でしたし、

講談社への抗議行動が信者の自発的意思で起きたといい、大川隆法氏の指示がなかったというのも嘘でした。

その意味から言えば、戦いにおいては嘘はつき放題ですし、謀略を使うことも平気で出来る方だったのです。

私はそうした真実に目をふさいできたのです。

今まで真実をありのままに見てこなかったことが、私の罪だと思います

その意味で、もう一度、何が真実なのかを見直し、自分に正直になる努力をしていかねばならないと、改めて決意しております。

深層潜在意識との対話5 過去世認定のその後

ロール・レタリングという心理学の技法を使っての、私の深層潜在意識との対話を実験的に試みています。

対話の内容は、私の幸福の科学時代(出家・在家)の反省です。

一種の公開反省ですが、私自身の洗脳解除と心の垢落としが目的です。

それがもしどなたかのお役に立てれば、大変有難く思います。

Tは私の表面意識で、Sは深層潜在意識です。

T この数年来、大川隆法氏は、多くの弟子の過去世認定をしています。

この全部もしくは殆どは間違った過去世認定だと思われますが、過去世認定された職員は、その後の人生が大変だと思います。

私が苦しんだ体験を公開することで、何がしか、この方達のお役に立てればと願っています。

S あなた自身の経験は、血を吐く思いで味わったものを、そのままに出されてください。

その方が読む方の参考になるはずです。

赤裸々でよいと思います。

T 私は、シャーリプトラと認定されましたが、その後も、三宝帰依体制確立の際には「本来の仏弟子が組織の中心部に来るべきだ」という説法があって、

私は事務局長になりました。

荷が重くて3ヶ月ぐらいしか持ちませんでしたが、『正心法語』が改訂されたり、『祈願文』の1,2が出されたり、『太陽の法』が改訂されたのが、この時期でした。

また邪教との戦い、特に創価学会批判の時には、私がシャーリプトラで法将であるということも、説法で示されました。

そういうこともあり、私は自分が過去世でシャーリプトラであったことを、少なくとも1年前までは疑ったことがなかったのです。

S しかし、そうであっても教団では、必ずしも特別扱いされなかったはずです。

過去世は過去世、今世は今世という扱いも、一方ではあったはずです。

過去世認定の怖さと、自分のプライドの問題をまず回想して下さい。

T 過去世が有名人だとなると、会員さんの私を見る目が変わりました。

私の今世の実績や実力とは無関係に、私を高く見てくださるようになったのです。

私は大変誇らしく、気分がよかった反面、それと現実の実力とのギャップで苦しみ、背伸びをするようになりました。

例えば、私が支部長で赴任した先は、私がシャーリプトラであるがゆえに、大歓迎してくださいました。

これは何処へ赴任しても、変わりませんでした。

私と付き合うことを喜んでくださいました。

またどれ程素晴らしい仕事をしてくれるのかと、期待もされました。

それで期待はずれの時には、「シャーリプトラだと思うので、どれほど私達のために良い事をして下さるのかと、凄く期待したのに・・・」

と言われたこともありました。

S つまりあなたはそこで「仮面」を付けたのです。

シャーリプトラという仮面がはがせなくなったのです

種村修で生きていないのです。

ありのまま種村修で生きることが出来ず、ありのままの自分を受け容れることが出来なくなったのです

シャーリプトラならざる自分を隠さねばならなくなり、抑圧が生まれましたよね。

T その通りです。

私が会員さんから頂く評価や賞賛は、私の実力以上のものがありました。

そこで自分に甘くなり、ついつい自分が偉くなっていきました。

それと共に、その評価を維持するために、努力や苦労がありました。

特に説法と講師論文は、プライドにかけていいものにしなければなりませんでした。

そのために、実務に精通する時間を取るより、講師としての評価を維持するための努力により多くの時間をとりました。

能力の偏りが加速されたと思います。

S あなたの過去世を認定されたことで、周囲の目がどう変わったかをまず整理しましょう。

①尊敬のまなざしが集まりました。

あなたはその尊敬を維持しようとして、無理をしました。

②あなたと友達になったり近づくことで、嬉しいという気持ちを人々が持ちましたね。

これは一種の有名人現象です。

ミーハー的なファン心理に囲まれたのです。

こうした関心が集まると、いつもそれを維持しないと自分の存在価値がなくなったような錯覚に陥ります。

もっとファンの賞賛が欲しいという、渇愛が発生しました。

③特別の期待を寄せられるようになりましたね。

それが期待はずれだと、よりがっかりされた。

それが罪悪感になりました。

何よりも等身大の自分に自信がもてなくなりましたね。

T そうです。

過去世の自分を演じなければならなくなったのです。

こういう周りの目、周りの心理というものが自分に与えた影響には、大きなものがありました。

それとともに、自己認識が変化しました。

①常に過去世の実績と今世の自分の実績を比較して、過去世に及ばない自分を責めてきました。

②人と自分を過去世で比較して、本来自分の方が上だとか、相手と同じくらいに凄い力があるはずだという気持ち。

一種の慢心が、心にこびりつくようになりました。

僭称増上慢と言いますが、一見謙虚そうにしながら、内心では己を高いとみなす心理状態が生まれました。

③自分より上の人にしか学ばなくなりました。

従ってほとんどの人から学べなくなりました。

これは自分の別の傾向性が関わっているとも思います。

S そうですね。

あなたは常に自分を責めていましたね。

過去世と比べて、劣っている自分を感じては、苦しんできましたね。

これは一つの執着です。

T その通りです。

私は過去世で一番弟子だったという誇りを持っていました。

だから、「今世でも一番弟子でなければ、過去の自分に負ける」と思いました。

だから、「理事長になりたい」という執着がありました。

私の冷静な意識では、理事長の仕事の任には堪えられない自分の実力を知っていました。

また、そういう仕事をしたいわけでもありませんでした。

ただ、「一番弟子」という自己確認が欲しかったのです。

これは明らかに囚われでした。

そこに魔が忍び寄ってきたことがありました。

S あなたの自殺願望の一因でもありましたね。

T そうです。

私は還俗する2年ぐらい前から、過去の自分に勝てないで、ずるずると立場が下がっていく自分を意識しながら、

「惨めな自分が明らかになる前に死んでしまえたらどれ程いいだろう」と空想していました。

繰り返し、繰り返し、死んでいく自分を空想し、映像化していました。

1997年の夏に仕事帰りで歩道を歩いている時に、無免許・飲酒・スピード違反の暴走車に突っ込まれた時には、

「自分の死を願う気持ちが、交通事故を引き寄せた」と思いました。

だから、「運転手さんには申し訳ないことをした」という気持ちを持ちました。

「私が心で引き寄せた運命において、加害者という役柄を演じさせてしまって申し訳なかった」という気持ちがあったのです。

でも死ななかったので、「どうしてまだ生きているのだろう」と、ベッドで気がついたときに、最初によぎった思いはそれでした。

還俗してからは、自殺願望はもっと凄くなりました。

過去世に比べて、完全に失敗の人生だと思い込んだのです。

また、過去世が偉くて、現実が惨めなので、非常に耐え難い苦しみを味わいました。

プライドがずたずたでした。

出家時代と在家時代では、直面する現実がまるで違ったのです。

惨めな自分に耐え続けなければならず、自分で自分が評価できず、人からの評価も散々でした。

でも私を精神的に支えてくださる方が、不思議な事に、色んな局面で、必ず出てきました。

そういう方々の愛情や励ましがなかったら、私は自分を維持できなかったと思います。

私は「失敗の人生」というレッテルを、自分自身に貼っていました。

「過去世と比較して、完全に失敗だ」と考えました。

「エル・カンターレ下生の時代に、私は過去最低の人生を生きている」と感じており、生きること自体を苦しみだと思いました。

本当に死への衝動が付きまとったのです。

生きていること自体に、非常なエネルギーが必要でした。

S 天上界でのあなたの友人達も、あなたを死の誘惑から守ってくださっていました。

自己犠牲の精神を発揮して、あなたの人生を破局から救ってくれた霊人もいました。

その本当の姿を、あなたがあの世に還ったときに知れば、あなたは感謝の涙なくしてこの人生を回想できないと思います。

どれのほどの仲間が、そして魂の師が、あなたの苦しみを背負って下さったか、あなたは知らないでしょう。

少しは感じていても、本当の事は分からないでしょう。

あなたは「報恩」という二文字を心に刻まねばなりません。

許されて、愛されて、生かされて、生きているのです

そのことを胸に刻んでください。

T 1年前でしょうか。

半年前だったかもしれません。

私がシャーリプトラではないという啓示が私に臨んだ時、私は精神的な危機を迎えました。

それが苦しみの原因ではあっても、私は自分の過去世に執着していたからです。

そして、苦しみながらもそれを受け入れて、「自分は自分であればいい」と思えるようになった後に、例の大川隆法氏への手紙を書いたのです。

ですから、あの手紙の中で、私は大川隆法氏に、シャーリプトラの過去世認定を返上することが出来たのです。

それは本当によかったと思います。

私は「種村修」としての人生を生きると、決意できたのです。

そしてその事に、ささやかであっても誇りを持とうと、素直に思えるようになったのです。

過去世と比較してどうかという価値観ではなく、自分の今世をありのままに受け容れようと決意できたのです

「私は、私なのです。それでいいのです」と、そう素直に思えるようになりました。

これが過去世への執着を断つことで得られたものでした。

謙虚になったかもしれません。

そして、自分自身をより受け容れることが出来るようになったと思います。

だから、凄く楽です

S 過去世を知ることは、それはそれで一つの人生の課題を与えられたということなのです。

その過去世が真実であろうとなかろうと、それを通して様々な心の動きをあなたは経験しました。

それはある意味、非常に特殊な経験でありますが、霊性の時代が始まった今、非常に多くの人々が過去世を知ったり、知らされたりすることがおこります。

その人々への導きという点では、自分自身がその経験をしていないと、こうした人の気持ちが分からないでしょう。

体験していなければ、本当の意味での支援が出来ないのではないでしょうか。

その意味で、価値ある経験だったと考えてください。

私はそう考えております。

最後に、「過去世は過去世、今世は今世」という大川隆法氏の言葉は、過去世と今世を引き比べる発想がこめられており、

自分の名前で生きる人生を愛せなくなる危険な面を内包しています。

自分の名前で生きる今世の人生を受け容れ、愛さなければ、過去世は自分への呪いともなりかねません。

もう一度言います。

過去世が何であれ、今世、自分の名前で生きる人生を、自分自身が受け容れて愛することが出来て、初めて人は幸福な人生を生きることが出来るのです。

大川隆法氏は自分が創作した過去世によって、呪いを受けています。

そして常に過去と比較して追い立てられています。

御自分の真の名前「中川隆」を愛せなくて捨てました。

大川隆法氏が幸せに生きるためには、今世自分の名前で生きてきたその人生を、受け容れ愛することがどうしても必要なのです。

<追記>

大川隆法氏の過去世認定をどう評価するかという問題が、別にあると思います。

私は大川隆法氏の過去世認定は真理の探究のためではなく、教団運営のための必要性から行ったと思います。

過去世を認定された人は、進んで大川隆法氏に忠誠を尽くすようになります。

また、釈迦の高弟やその他の有名人を側近の弟子や伴侶や子供に引き当てることで、大川隆法氏の権威が上がり、教団の求心力が増します。

ただし、それらの人が大川隆法氏に疑問を持ち離れたときは、逆効果が生まれます。

また過去世認定された人がそれほど能力が出ないときは、大川隆法氏の霊能力への不信を招きます。

これを避けるために「過去世は過去世、今世は今世」ということを言い出したと思います。

過去世を知ることにメリットがあるとしたら、過去世の心の傷を癒すときです。

過去世の心の傷は、深層潜在意識に傷として残っています。

それを癒すには、過去にどのような経験をして、どういう思いや考えを持ったかを、ある程度自分が味わう必要があります。

その際に過去世がわかると、その助けになることがあります。

もう一つのメリットは、自分の使命の自覚だと思います。

自分が本来の使命を自覚する必要が出てきた時、過去世の自覚が伴う場合があります。

これは悟りに付随するものといえると思います。

しかし最大のメリットは、永遠の生命と転生輪廻への確信を持つことではないでしょうか。

心理学者でもユングやキュブラー・ロスは自分の過去世を、ある程度自覚していたことが自伝に出てきます。

そういう方の心理学は、転生輪廻を認めています。

過去世を知るデメリットは、慢心もしくは自己卑下です。

悪い過去世の場合、それに捉われることで自己卑下に陥ります。

また、有名人願望があり、自分がこの人でありたいと思うと、そういうインスピレーションが来ることもありますが、勘違いということも少なくありません。

過去世が有名人の場合の苦しみは、私が述べさせていただいたとおりです。

深層潜在意識との対話6 恐怖心と攻撃性(2012年8月20日)

私の深層潜在意識をS、私(表面意識)をTとして、両者の対話形式で公開反省を行います。

創価学会の幹部だったO氏に関連した内容を振り返らせて頂きます。

T 創価学会の幹部をしていたO氏は、創価学会を脱会後、幸福の科学に入会され、

確か6ヶ月待機だった時期からコツコツと伝道をされ続けてこられた功績を買われて、職員として招かれました。

幸福の科学が宗教法人となり信仰心を立ち上げ、伝道をする宗教へと脱皮するときに、中心的な立場で活躍されました。

学習団体から宗教への脱皮の時期に、大川隆法氏が活用したのがO氏でした。

私は、当初は事務局にいて、宗教者として年季の入ったO氏を支える立場でした。

その後、色んな変遷を経て、O氏が職員を退職されました。

相談員のような立場で、窓際をされていた時期もありましたが、大川隆法氏と異なる考えでの

個人指導をするということに神経を尖らせた大川隆法氏がO氏の首を切ったということだったと思います。

それが何年であったか明確な記憶がないのですが、私が事務局長だったころに問題がおきました。

その頃は、邪教批判、そして創価学会批判へと路線が向いていた時期でした。

私が創価学会批判の論陣を張り出した時期だったと思います。

職員が紀尾井町ビルの礼拝室に集まっていたときに、大川隆法氏からのメッセージを電話で伝えられました。

「退職していたO氏に、創価学会の2代目で阿修羅となり無間地獄に堕ちて悪魔になっている戸田城聖が入った。至急対策を立てるように。」

という趣旨のメッセージでした。

私は、恐怖心が湧いたと共に、何としても悪魔が入ったO氏を折伏して、幸福の科学に害を与えないようにしなければならないと思いました。

そして、集まっていた職員達に、そのことを説明する際に「O氏が悪魔に入られて、仏敵になりました」と言いました。

非常な衝撃が、電撃のように総合本部に走りました。

その時、戸田城聖がO氏に入ったという詳しい説明はしなかったと思います。

そして、大川隆法氏の指示で、元上司で研修畑のTさん、広報のSさんを中心に、折伏のメンバーが決められて、Oさんのお宅に行く事になりました。

私はそこからははずされましたが、私が状況を説明して指示を出す立場でした。

私はその時に、非常に恐怖心が強くあり、そのためにOさんへの攻撃性がとても強く出ていました。

Oさんへの感謝とか、救済の思いとか、慈悲とかは、私の心にその時はなかったと思います。

ただ恐怖心からくる攻撃性だけが前面に出ていたと思います

この折伏部隊は、Tさんが新しい正心法語の説明をして、「仏説・降魔経」を一緒に読んだときに、

Oさんがポタリと正心法語を落として、ショックを受けたと伺いました。

詳しいことは覚えていませんが、大事には至らないで済みました。

さて、これはこれで済んだのですが、問題は私が「O氏に悪魔が入って仏敵になりました。」と言う発表をしたことが、適切であったのかどうかということです。

この問題について、特に大川隆法氏から注意を受けたり、問題視されたことはありませんでした。

当時は大川隆法氏を仏陀と信じていましたので、その大川隆法氏から叱責されたり、注意されないことは正しかったのだというふうに考えていました。

つまり、正しさの基準が大川隆法氏の注意を受けるか受けないかに、なっていたのです

何故かと言うと、幹部として大川隆法氏と接する機会が多いので、

もし自分の心が間違っていた場合には、必ず大川隆法氏がそれを注意されるはずだという思い込みがあったからです。

従って、注意がないということは、自分が正しいということだと考えて、その問題を深く振り返ることをしなかったのです。

これは幹部職員に共通した傾向ではなかったかと思います。

さてこの問題を、ここまで書いた段階で、私自身の問題を相当自覚できたのですが、これについての御指導をお願いします。

S あなたは自分の恐怖心が攻撃性へと転換したことを自覚しましたが、その恐怖心は何処から来たと思いますか。

T 私の中には、折伏大行進を命じて創価学会という巨大組織を創り上げた原動力になった戸田城西といえば、とても巨大な悪魔だと思っていました。

阿修羅の中でも飛びきり大きな、ものすごい悪魔というイメージです。

Oさんは戸田城西氏の時代からの学会員だったので、創価学会を辞めてからも戸田氏への尊敬は持っていたと思います。

それで戸田城西が入ったと思いました。

私はOさんが創価学会を辞めるときに大変大きな影響を与え、多くの人がその影響で辞めたと聞いていましたので、同じような事になることを恐れたのだと思います。

S 同じような恐怖心を大川隆法が持ったのです

それは大川隆法がO氏を辞めさることを決めた時から、抱いていた恐怖心でした。

それがこのときに決定的になったのです。

大川隆法の恐怖心が、あなたに感染しています。

そのために、この情報に接した途端に、あなたは恐怖心に捕らえられたのです

恐怖心は自己防衛の気持ちを掻き立てます。

そして、逃げるか戦うかという選択を迫ります。

攻撃性が強く出れば戦いに向かいます。

自己防衛のための戦いなので、相手を粉砕して無害化するまでやってしまいます。

相手の方への愛や慈しみ、思いやりなどは、姿を消します。

そして怒りの炎を燃やします。

この炎は「瞋」(本能的な怒り)です。

これに対して同じ怒りでも、不動明王の火炎は、相手の悪を犯させないために、慈悲の心が怒りの炎の姿をとって表れているので、

怒りの相(表情)をしていても心は平静で、慈しみの心が満ちているのです。

あなたはどちらの炎でしたか。

T 瞋によるものでした。

ですから心は平静でなく波立っており、慈しみの心はなく、恐怖心に支配されていました。

私自身が阿修羅の状態であったと思います。

そしてその阿修羅の波動が、総合本部から支部へと伝わり、会員の皆様へと広がったと思います。

S それによって裁きの心がうまれたのではありませんか。

あなたの心に裁きの心があったのではありませんか。

T そうです。

私はOさんのお世話になって深く感謝していた反面、Oさんの指示に従うことで大川隆法氏から2度にわたる厳しい叱責を受け、左遷された経験があります。

Oさんの指示の通りにしたことであったのに、Oさんからは何ら釈明も謝罪もありませんでした。

そして指示を出したOさんは、要職についたままでした。

その点については非常に理不尽に思い、怒りの思いを抱いていたと思います。

その思いにこの恐怖心・怒りが結びつき、こうした行動をもたらしたと思います。

その結果、裁きの波動が会の全体に広がったと思います。

S 理不尽であるという怒りの思いが心の奥に溜まっていて、それがきっかけを掴んで、復讐を遂げたのです。

その結果、Oさんを傷つけ、会には裁きの波動を残しました。

これは反省が必要ですし、謝罪が必要だと思います。

自分の自我の思いが裁きという仕事をしてしまったからです。

この時に過ちが決定的にならずに済んだのは、研修畑のTさんが瞋ではなく平静な心で折伏をして下さったからです。

それでOさんも守られたと思います。

あなたは今まで、心のどこかで、この一連の自分の行動を悔いていました。

しかし、その大元の原因が、実は大川隆法の恐怖心にまで遡ることには気がついていませんでした。

幸福の科学のもつ裁き体質、阿修羅的な体質は、大川隆法の臆病な気持ち、恐怖心が強いところから来ています。

彼は気が小さく恐怖心が強いのですが、念が強いので、逃げずに攻撃性となって噴き出すタイプなのです

それが見抜けていないので、容易に彼の恐怖心の波動に飲み込まれ、自分自身の怒りの思いに点火したのです。

ですから、確かにあなたが幸福の科学の裁きの体質を作るうえで一つの働きをしてしまったのは事実ですが、

あなたがいなくても、この教団は裁きの体質の教団へと成長しました。

なぜなら大川隆法の心にその根があるからです。

あなたの中にある、悪い部分を大川隆法の影響を受けることで、拡大されたと言うべきでしょう。

T 分かりました。

指摘を聞いて、他にも腑に落ちたことがいくつもあります。

しかし、今回はまずOさんに心からお詫びを申し上げます。

また、もう亡くなられたTさんには、感謝を申し上げたいと思います。

また私の未熟から、恐怖心を増幅させ、阿修羅の波動を拡散したことを、信者の皆様にお詫びします。

申し訳ありませんでした。

番外編 大川隆法氏への手紙に託した願い(2012年8月20日)

本日、ある読者の方からお電話を頂きました。

その方は、信仰への疑問を感じながらも、私が書いていることが本当に信頼できるのかどうか悩まれて、

私という人間を確かめるために、直接、心検へお電話してくださいました。

人の意見ではなく、自分が直接判断したいという、主体性のある方でした。

とても勇気のある行為だと思いました。

その方から、私が大川隆法氏に手紙を書いた真意について聞かれました。

そして私が自分の気持ちをお話しすると、その気持ちを正確にブログに書いて欲しいと依頼されました。

私はこの方の真摯な願いを受け止めて、私がその時どのような思いで手紙を出したかを、綴らせて頂きます。

大川隆法氏に手紙を書いた時は、「これは私のなすべき役割である」と感じていました。

その理由はこうです。

還俗したその年に、私は元秘書の女性から、誰にも言えなかった深い魂の苦しみを聞かされました。

そして、それから10年以上たって、別の元秘書の女性とそのご家族の味わった塗炭の苦しみを知りました。

私は、今年に入って、その真実を知る立場に立たされたことが、決して偶然ではなかったと感じました。

私には真実を知ったものとしての責任がある事に気がつき、その責任の重みをひしひしと魂で感じ始めたのです

手紙を書くことは、私にとっては大きな賭けでした。

もし手紙によって、大川隆法氏が反省のきっかけとしてくださり、御自分の不都合な真実を世に公表して反省の姿を示されるなら、

私はこの方こそ、私が永遠の師として仰ぐ方であると、改めて確信したと思います

真理の実践のために、これまで築き上げたものの大半が壊れても、不名誉を得ても、なおかつ真理を実践されるなら、その方は真の偉人であると思います。

その行為は、一見これまでの努力を無にするように見えながら、実は説かれてきた真理を永遠の真理・不滅の真理とする行為であると思えるのです。

真理はその実践を、真理を説く人に要請すると思います。

それが実現されてこそ、その説かれた真理には「魂」が入り、不滅の輝きをはなち、後世の人々をも照らす無尽灯となる思います。

その実践がどれほど過酷なものであろうと、敢えてそれを成し、貫いてこそ、永遠の真理の名に値します。

イエスキリストは「人その友のために命を捧ぐ、これより大いなる愛はない」と説かれました。

そして身をもって、自らが十字架にかかって、その言葉を実践されました。

その行為によって、説かれた真理に永遠の生命が吹き込まれたのだと思います。

反省を説かれ、反省からの発展を説かれた方が、自らが過ちを暴き、反省して出直す姿を示されるなら、

その教えには永遠お命を吹き込まれ、大川隆法氏は後世の人の規範となると思いました。

真実は永遠に死なないと説かれた方が、自らの真実を、それが自らを不利にするにもかかわらず明らかにされるなら、その言葉は不滅の命が宿ります。

その実践が自らを不利な立場に追いやるものであったと説いても、それを敢えて自ら実践するか否か。

それがその真理の真贋を分かつものとなるからです。

もしそれが出来る方がいるなら、その方は真に「わが心の師」とお呼びするにふさわしい方です。

私は何処までもその方をお守りし、生涯、一信者としてでも、御供させていただくつもりでおりました。

しかし、現実的な可能性を考えた時に、その逆のことが起きる可能性が極めて高いことも、想定してはおりました。

比率で言えば、ひょっとしたら九十数パーセントそうなるかもしれないと覚悟しました。

その時は何が起きるでしょうか。

私は次の可能性を考えました。


(1)除名もしくは破門される。エル・カンターレ霊系団からの追放処分を受ける。

(2)私の守護霊を呼び出され、奥様がされたように、書籍としても出版され、私の信用を汚される。

これは幸福の科学で築いてきたほとんどすべての人間関係が断たれる可能性を意味します。

(3)私の言動に対して、訴訟を起こされ、億の単位の裁判になる。手紙の訴えが聞き届けられなけ

れば、私は教団の改革のために、何らかの行動を取る決意でしたので、それは当然起こりうることでした。

(4)幸福の科学が世界宗教になった場合は、私は裏切りのユダやダイバダッタのように、後世何

十億人、何百億人もの幸福の科学信者から恨みの念を受ける。


ここまでを、想定される事態として考えました。

そして「もしそうなっても、それででもやるのか?」と、自分自身の心に問いかけました。

回答は、「それでもやる」でした。

何故それでもやると決めたかといえば、自浄作用を失った教団が世界に毒水を流すことは、私の目には明白に思えたからです。

私は初期の12年間において、わずかの力かもしれませんが、それでも出家者の一員としてこの教団を築いてきた事に関しては責任がありました。

私はその場合は、生まれ替わっても、この教団を改革するために転生しようと思いました。

そして、その時に未来の私が「この教団は過ちを犯している」と気がつけるように、何らかの確かな足跡を残さねばならないと考えました。

それで、いくつかの裁判に陳述書を提出しましたし、週刊文春の取材にも、敢えて応じました。

やはり神仏の声を伝えるという仕事は、最も責任が重い仕事だと思います。

もし誤ったものが後世に残っていくなら、どれだけの多くの人々の人生を狂わせていくか、その影響は計り知れません。

その責任の大きさゆえに、自分一個の保身は考えることが出来ませんでした

しかし、もし自分の過ちを認め反省の姿を示されるのであれば、私は真理に忠実に生きる道を選ばれた大川隆法氏を、どこまでも支え抜く覚悟でありました。

残念ながら、現在までの状況は、私がありえる事態として想定した通りのことが、(3)まで進行しています。

しかし、不幸は拡大させてはなりません。

この間違った教団がこれ以上罪を犯さないように願いながら、私は真実を語り続けます。

読者からの投稿

別に愛人がいても、一般の人であれば何も言わない

昔の経済人や政治家であれば、愛人がいるのは普通だろう

あの松下幸之助も石原慎太郎も、愛人がいてその子供もいた

ただ宗教家や教師に求められているものは、ちょっと違うと思う

両者は人々の模範にならなければいけないのだ

教祖に愛人がいれば、信者は全員愛人を持っていいことになる

そうすれば家庭は崩壊するだろう

根本経典の正心法語の『次第説法』に「ふしだらな不倫をするな」と書かれている以上、それでは言行不一致ということになる

教祖が守らないとすれば宗教家失格で、一般人とかわらないと言える


(コメント:種村)

ある方から頂いたメールです。

宗教家、特に教祖は多くの人がまねようとするだけに、どういう生き方をするかには大きな責任がともないます。

まさに公人です。

それだけに、過ちを犯せば、反省して人生をやり直すという姿を、是非見せて欲しいと思います。

菊池寛の「恩讐の彼方に」は、そういう反省して生き方を変えた宗教家の尊い姿が書かれていたと思います。

大川隆氏には、自分を信じた方々のために、反省を実践される姿をこそ見せていただきたいのです。

それによって大きな地獄が消えていくと思います。

「布施の一部返還請求」と「退会」をした元信者さんからの投稿

(ここには私の仕事の大切なパートナーである斎藤敏之氏が1年前、何故.幸福の科学から活動停止処分されたか。

その背景が克明に書かれていました。

幸福の科学のある支部で、何が行われていたのか。

それを総合本部と大川隆法氏はどう対処したのか。

驚きの実態がつづられていました。)

前略

いつも、ブログを読ませていただき、学びの一環とさせていただいております。

私達夫婦も、洗脳を解いていただきました。

それは、〇〇平支部の出来事のおかげでした。

今日は、その一部始終を私達の記憶の限り、お伝えさせていただき、何らかのお役に立てれば、幸いです。

それは、2010年の参議院選挙にさかのぼります。

当時、〇〇平支部長(現〇〇沢支部長)のI氏は、参議院選挙の妨害とも言える行動をしていました。

詳細は省きますが、あまりの妨害行動に、自宅謹慎を上司に申し入れました。

自宅謹慎になる寸前では、立候補者のポスターも発注していませんでした。

ある信者の機転により、寸でのところでその危機は回避されました。

しかし、その機転が無かったら、立候補者の公示用ポスターも貼りだすことが出来ないまま、選挙戦に突入しなければならないところでした。

当のI氏は、選挙が終わってからも、降格はあったものの異動させられることもありませんでした。

その後、ある信者の土地寄進により

(他にも土地寄進の申し出をされている信者が何人かいましたが、その方達には何も説明が無く、建立地が決まったとだけ告げられました。)、

〇〇沢支部精舎の建立許可が下りたわけですが、その建立は、一部の信者だけで進められ、

その為の会議等も、他の信者には、一切知らされることはありませんでした。

それに対し、当時、支部の中心メンバーだった人達が、支部長に直談判をしましたが聞き入れてもらえなかった為、

そのメンバー他何人かで、サービスセンターへ、「正道を通して欲しいこと、当たり前のことを遂行してほしい」という嘆願書を送りました。

それから何日かすると、本部から2名の職員がI当時副支部長の行状を聴き取りに来ました。

但し、その場へ出席出来るのは、サービスセンターへ提出した嘆願書に記名した者限定ということでした。

私達も、その場に同席する事が出来ました。

その時に同席した人から初めて聞かされた話の中で驚いたことは、I副支部長が、支部に来る信者に対し、悪口を言わない対象はいない、ということでした。

その人は当時、常に支部でボランティアをしていたので、嫌でも、I氏の言動を目にしないわけにはいかず、知るところとなったのです。

それに、来館した信者に対しても、その信者が自分が話をしたくない相手であるかどうかは知りませんが、入館しても知らん顔をしているか、

あるいは、携帯電話を耳に当てたまま一向に切ろうとしないという経験を私自身も何度か経験しましたし、他何人かから聞きました。

更には、職場放棄をしているとしか思えないような、何日も支部を閉館したことも、一度や二度ではありませんでした。

正に、開いた口が塞がらないとはこの事かと思いました。

聴き取りに来た職員の二人も驚いた様子で、「必ず、帰って伝えます。」と言って帰って行きました。

しかし、I氏には、何の処分もありませんでした。

それどころか、その署名をした一人を活動停止処分にすると言ってきたのです。

理由は、支部から一斉メールをしたからだと言うのです。

でも、何故、一斉メールをしたかといえば、〇〇沢支部精舎建立予定の土地の近くに処刑場として使われたところがあったのがわかったり、

磁場も非常に悪いので、その事も信者に説明してほしいことをサービスセンターに嘆願しましたが、それについても一切無視されたかたちになったので、

やむを得ず、その当時支部の責任を任されていた人の許可を得て、一斉メールを送ったわけです。

その活動停止処分を言い渡すことを任された職員は、I氏の行状を聴き取りに来た職員でした。

私達は、再び、その信者を守りたい一心で、4~5時間の話し合いとなり、結果、活動停止処分は実行されずには済みました。

しかし、支部の動向は全然改善されなかったので、仕方なく、当時副理事長であったT氏宛に嘆願書を提出しましたが、それに対しても無視され続けました。

そして、最終的に何があったかというと、当時伝道局長であったF氏が3人もの部下を従えて、〇〇平支部へ乗り込んで来ました。

そして、最初にサービスセンターへ嘆願書を提出する際に署名した内の5人に対し、他の信者の前で、悪人呼ばわりをしてきたのです。

理由は、大悟館にFAXを送り、結界を破ったからだと言うのです。

確かに、斉藤敏之氏のおかげで大悟館へ嘆願書のFAXを送ったことは事実です。

しかし、それは、大川総裁ご自身が自らその人に名刺を渡し、「何かあったら連絡するように。」という事前の許可をもらっていたからでした。

そして、当日も、事前に大悟館へFAXを送って良いかどうかの確認の電話を入れたところ、Iという職員が電話に出て、許可をもらった上でFAXを送ったわけです。

もし、FAXを送ることが結界を破ることになると言うならば、その時点でFAX番号を教えなければ済んだことのはずです。

その時、I職員は斉藤氏に、「なぜ、大悟館の電話番号を知っているのか?」と質問をしたので、

斎藤氏は「総裁先生から名刺を頂いたので知っています。」と正直に返答をしました。

それを聞いて、I職員もFAXを斉藤氏に教えたのでした。(私もそのやりとりを現場で直接聞いていました。)

これは、私達の「教団が正道を通してほしい事。将来の教団の発展の危機を訴える」最終手段だったわけです。

しかし、その事で、後に、斉藤氏は活動停止処分となってしまいました。

しかも、大川総裁が斉藤氏を扱き下ろし、「名刺を悪用された」という内容のものを仏言と称して、職員が話している録画のDVDをわざわざ私に支部で見せたのです。

最も、忘れ難いことは、当時の伝道局のF氏が〇〇平支部へ乗り込んで来た際に言い放った言葉です。

それは、「一消費者がクレームを言いに来ても、社長が対応するわけが無い。」と言ったのです。

〇〇平支部へF氏が来る前に、F氏と話せば、解決に向かうのではないか!?と考え、何人かで総合本部迄行ったことがありました。

しかし、対応したのは、その部下の4人であり、5時間待ちましたが、F氏は現れませんでした。

(この待っている間、部下が何度もF氏に電話をしましたが、彼は電話に出ることはありませんでした。)

その時の理由が、先ほどの言葉だと言うのでした。

すなわち、私達信者は、教団にとって、「一消費者に過ぎない。」というのが教団の考え方であり、

「局長以上の人事権は、私にある。」と言った大川総裁の考え方であると言えます。

何故なら、人事権を大川総裁に握られた職員は、当然、総裁の顔色を伺うであろうし、ならば、普段の会話が、公の場で自然に出てくるからです。

ならば、一消費者として、言います。

「布教所型エルカンターレ像を3百万円で売るなんて、詐欺ではないですか!」。

「もし、これを鑑定に出したら、一体いくらの価値がつけられると思いますか?」と。

それにしても、私達信者のことを「消費者」と言うとは、この言葉に憤りを感じるのは、私だけではないと思います。

何故なら、消費者とは、目に見えるものに対し、価値を判別し、対価を支払う人のことを言うのであり、

信仰者とは、目に見えないものに価値を感じ取り、布施を惜しまない人のことを言うのではないでしょうか!?

それ故、私達夫婦は20年以上もの歳月を、大川氏を仏陀と信じて、幸福の科学の活動に粉骨砕身してきたわけです。

しかし、幹部職員は、自分の方を偉しとし、信者に対しては、見下していたこともこのF氏の言葉によって証明されてしまったわけです。

しかも、伝道局は、大川総裁と信者を繋ぐ、最も大事な部署であるはず、その責任者が、

「自分は社長であり、信者は消費者であり、一消費者等、直接関わる価値も無い存在」という言い方から察するに、

大川総裁の考え方もその近くにあるのだと思います。

更に思い出したことがありました。

それは、何人かで総合本部へ行ったときのやり取りの中で、I副支部長が、何故継続となるのか?質問したところ、Kという職員が、

〇〇沢支部精舎の土地を寄進した人が、精舎の建物の代金も全額布施をする事になっており、その条件が、I氏の継続だからだと言ったのです。

こういう団体が、宗教団体とは、とても思えません。

おかげで、大川総裁に対し、醒めた目で振り返ることが出来るようになりました。

以前は、大川総裁の離婚問題によって去って行った信者に対し、疑問を感じていましたが、むしろ、その人の方が正常な視点を持っていたのだと今は思えます。

何故なら、大川総裁が仏陀ならば、アングリマーラーの例を見ればわかるように、その人を包み込み、立ち直らせ、改心させ、尊敬せずにはいられないはずです。

ましてや、奥さんという生活を共にし、常に会話をしている人の尊敬を何故受けられないのでしょうか?

大川総裁は、一方的にきょう子氏を悪者にし、家から追い出し、離婚訴訟を起こすに至りました。

しかも、きょう子氏の事について、「口臭がひどい。」とか、「トイレが汚なかった。」とか、「掃除をしていなかった。」等、

それも結婚前の話など、およそ、悟った人が言うなんて、おかしいと思いました。

結局、職員は果実であり、大川総裁はその種であったわけです。

これが、私達夫婦が退会出来る迄の一部始終です。

ここに至る事が出来ましたのは、斉藤氏をはじめ、自分の損得よりも正義を貫いてくださり、

その結果、言われも無い誹謗中傷を受けながら除名にされてしまった方々のおかげです。

20年以上の歳月は、決して無駄ではありませんでした。

でも、今、ここで退会出来ました事を本当に嬉しく有り難く思います。

最後に、先日、内容証明便で、布施の一部の返還要求を大川総裁に申し入れました

それは、一つには、ここ近年の大川総裁はじめ職員の信者に対する裏切りに対し許せない気持ちからであり、大川総裁が仏陀で無いことがわかったからであり、

そして、その事は、布施の前提条件である三輪清浄では無いことが分かったからです。

二つ目は、これ以上、被害者を増やしたくないからです、そして、大川総裁がこれ以上、罪を犯すことを止めたいからです。

早々

追伸

布施の返還要求について、やはり、返還しないと言われてしまいました。

その理由は三輪清浄が崩れていないとのことでした。

深層潜在意識との対話7 逃避と対決(2012年8月22日)

私をT,、深層潜在意識をSとして、ロール・レタリングの手法で深層潜在意識との対話により、自分の幸福の科学時代の反省を深めたいと思います。


T それは1990年夏のことでした。

私は当時大川隆法氏の秘書兼事務局課長をしていました。

S局長が就任し、急ピッチで組織の拡張を進め、生命保険会社的な方法が浸透しようとしていました。

S局長とは別に仲が悪いわけではなかったのですが、彼から見ると学習熱心で心の平静を重んじるお坊さんタイプの人間は、実務面では無能に見えたようでした。

ある時、S局長が私に対して、「いくら勉強ができても、実務が出来ないと駄目なんだ。」と異常に強い念をもって、詰め寄ったことがありました。

ぎょろりとした目は、血走っていたかもしれません。

前後の話は忘れました。

しかし、その時に私に何かが乗り移ったと感じました。

その後、私は非常な焦りと不安感に取り憑かれました。

「実務が出来ない」と言われて、私は非常な焦燥感に襲われたのです。

それは強迫観念のように私に襲い掛かりました。

「出来ない」という思いが、不安と焦りを伴いながら、押し寄せてきたのです。

何日かそういう不安定な心理状態が続きました。

そしてある時、かろうじて心の平静を保っていた心の糸が、ぷつんと切れたのを自覚しました。

「魔境」に飲み込まれました。

不安、焦り、絶望感が一気に押し寄せました。

私自身が得体の知れないものにのっとられ、狂気の世界へと連れて行かれるのではないかという恐怖が全身に襲い掛かりました。

私は必死に祈りました。

天上界にひたすらに祈りました。

その結果、狂気の世界に飲み込まれるような、砂嵐のような不安と恐怖は去っていきました。

大きな光が降りてきて、魂が連れ去られたり、完全支配されるのは免れました。

しかし、大きな傷跡が出来たように、エネルギーが抜き取られました。

完全支配ではないものの、一定のレベルで「乗り移り」状態が残ったと思います。

私は当時、練馬区にあった大川隆法氏の自宅近くの借家に住んでいて、時々長男を自宅で預かっていました。

魔との深刻な戦いがあった当日だったか、夕方に赤ん坊の長男がこられ、ファミリーレストランにお連れしました。

私も少しの間、面倒を見ました。

しかし、その後、きょう子さんが子供の状態がおかしい事に気がつきました。

私の霊的状況がその時に分かったのだと思います。

ただ、おかしいと思うのは、全知全能のはずの大川隆法氏が、私が悪魔の総攻撃を受けた時に気がつかず、私と接したお子様の状態を見て初めて気がついたことです。

さらに言えば、仏陀ならそこに至るまでの私の不安定な心の状態を、どうして察知して指針を下さらなかったのだろうか、疑問でした。

それから、私はすぐに異動になりました。

当時の経験は何だったのでしょうか。

S この魔境は、お坊さんへの天狗の嫉妬と魔界のものからの攻撃の両方がともない、あなたに襲い掛かったものです。

あなたの能力的な不足と焦り、その奥にある劣等感のところへ入り込まれました。

不安がすでに「魔境」だったのですが、現実に仕事面での焦りや不安があるので、その「魔境」を断ち切れずに、増幅してしまいました。

狙われたといえばその通りですが、問題はあなたの精神力がこの時に非常に低下しており、欲望に揺さぶられていたことです。

心の隙が他にもあったのです。

その点をまず見つめないとなりません。

T はい。

私は教団が伝道路線、拡大路線に転換してきて、実務的な判断や組織間の調整が求められるようになったときに、

事務局課長としての機能を果たせなくなってきていました。

私は宗教法人生長の家の編集部から入ってきたので、一般の会社経験がありませんでした。

会社経験をされた方にとっては当たり前のことが、私にはよく分からないということもよくありました。

特に組織の中での動き方、組織の動かし方が、よく理解できていませんでした。

それで秘書的な業務が中心になっていったのですが、それもいつもあるわけではなく、暇になってきました。

一方で、新しい組織の動きについていけず、落ちこぼれてきている自分がありました。

それを素直に認めるのは、プライドが高くなりすぎていました。

自分の苦手なことからの逃避もあったと思います。

私は困難な事や苦手なことが来ると、逃避がよく起きました。

これは自己防衛の一種です。

苦手な事に向きあうと、それが出来ない劣等な自分と向き合わねばならなくなります。

すると実に惨めで、情けないのです。

講師面ではもっとも高い評価を受けているのに、実務面では全然ままならないし、よく分からないわけです。

講師の仕事や過去世認定で高くなったプライドが、そのたびに凄く傷ついたのです。

だから、傷つきたくなくて、逃避するのです。

逃避するには、何か他のもので心を紛らわしたいのです。

性欲がその時に強くなります。

食欲も強くなります。

何かで自分のストレスを紛らわせたいと思うからです。

しかし、基本は禁欲なので、ストレスだけが高くなります。

そういう時には、勉強等の精進が出来ません。

焦りがあって、これでいいのかと焦って、心がざわざわして集中できないのです。

逆境の時には充電せよという事を学んでしても、焦りがあって焦燥感に駆られると、勉強にも集中できなくなるのです。

何をすればいいのかが分からないから、何をやっても不安なのです。

こうして、次第に怠惰になると、精神力が弱くなってきます。

精神力が弱まると、「乗り移り」を跳ね返せなくなるようです。

そこに、S局長の言葉が入ったことで、漠然と感じていた焦りや不安、劣等感が猛烈に活性化してしまい、いても立ってもいられず

「もう駄目だ、自分には出来ない」という脅迫的な思いが次から次へと湧き上がるようになりました。

これは精神的なパニックです。

このときすでに私は、「乗り移り」にやられていたと思います。

S あなたはS局長のせいでこうなったと言いたいようですが、あなたが「乗り移り」を呼び込んでいるのであり、

S局長の言葉がなくとも、いずれはやられていた可能性があります。

苦手なものを逃げる傾向性があなたにはありますが、その原因はプライドです。

あなたの高いプライドが、ある苦手分野で劣等な自分に直面することを見るのが嫌で、逃げるのです。

逃避です。

逃避の結果、欲望に逃げ込んだり、怠惰に逃げ込んだりして、精神力を低下させてしまうのです。

したがって、この対策は、苦手なこと、嫌なこと、プライドが傷つくことにと直面したときは、劣等な自分に耐えて自分を鍛えることが必要になります

劣等な自分を認めないので、劣等のままになるのです。

劣等な自分がいることを、これが自分だと認めれば、その自分に耐え、時を耐えながら、努力を重ねていくことが出来ます。

あなたは、教団を退職、還俗してから、一番苦手な事に向き合わざるを得なくなりました。

何処にも逃げ道がなかったでしょう。

出来ない自分を抱きしめながら、これが自分だと受け入れながら、それでも仕事への責任から努力を重ねた時間が多くありました。

この過程で、かねてからの自分の課題、苦手なことから逃げるという弱さを乗り越えることが出来たのです。

T 確かに、ユング心理学を学ぶと、人間はいずれは劣等機能と向き合い、これと対決していかねばならない。

そうしないと心の成長がないことが分かります。

強みであった宗教性の面で一定の組織内での優越的な立場を得てきた私が、今度は実務面で劣等な自分と向き合い、粘り強く克服していかねばならなかったのです。

それを逃げた時に、もっと追い込まれていく自分がいたと思います。

S あなたは還俗して、経営状態が極度に悪い会社の再建を、実質的な経理部長の立場でやり上げたときに、苦手と向き合い克服していく貴重な体験を積みました。

これはあなたにとっても神様から贈り物でした。

出来ない自分に耐えながらも、責任ゆえに一歩も退かずに、粘り強くやり抜きました。

朝は誰よりも早く出社し、夜は誰よりも遅く帰り、休日もなく、時には夜中にもタクシーを飛ばして会社に戻り財務等の書類を作る。

一歩間違えば倒産の危機を常に背中に感じながら、地獄のような「夜の航海」を進んできました。

「船板の一枚下は地獄」という言葉を、毎日のように味わいながら、責任故に逃げなかった体験は、あなたの傾向性を修正するための荒療治であったのです。

そして、3年で会社は再生できました。

あなたは大きな自信を得たはずです。

今は、劣等感に向き合わないために精神世界に走るのではなく、自分の真の強みを生かして世の役に立つために心理学の世界へと身を投じています。

会社再生で苦労した精神力が、今度はカウンセラーとして、人を支援する仕事で生きてくるのです。

ですから、もうかつての「魔境」は、もう終わっています。

S局長への批判の思いも捨てなさい。

あなたの弱さが呼び込んだ「乗り移り」であったのです。

もういいです。

許しなさい。

神はあなたが還俗してから、もっとも苦手な事に直面せざるを得なくして、あなたを教育されたのです。

還俗そのものは、大川隆法氏があなたにいつまでも教団にいて欲しくなかったので、追放したかったのでしょう。

彼の深層潜在意識にある恨みの思いがそうさせた面もあるでしょう。

しかし、大いなる神の目から見たときは、それが真の神の愛であり、真の仏の慈悲だったのです。

一見不幸に見え、一見絶望と見えるただなかにある時、実はそこが神の愛のただなかです。

逃避せず、対決して向き合い、時間を耐えて努力をし続けたとき、必ず道が開け、あなたは成長します

その成長したあなたを微笑みを持って見守り抱きかかえてくださる神がいるということを、決して忘れてはなりません。

だから、いかなるときにも向き合いなさい。

駄目な自分、劣等な自分、情けない自分と向き合って、「それも自分だ。しかしここからスタートしよう」と決心して、誠実に努力を重ねなさい。

その中であなたは変わるのです

溶鉱炉の中で鉄は溶けて、鋼が生まれるように、人生の試練という溶鉱炉の中で、鋼のあなたがが、もっといえば純金のあなたが誕生するのです。

一見試練と見えること、一見失敗と見えること、一見不幸と見えることにも感謝できるあなたであって欲しいと思います。

それは真の神の愛を信じた人間の姿なのです。

T 今振り返ると、幸福の科学は法と実務の両方を兼ね備える人間を創ることを、新たな中道であるとしてきましたが、これに無理があったのではないでしょうか。

やはり組織は長所を発揮させて、短所を目立たなくさせる所にあるのであって、短所を長所と同じように伸ばさねばならないというのは、

それが行過ぎると一種の間違った強迫観念になると思います。

大川隆法氏はその両方ができることが自慢ですが、法は知識のみで、実践が出来ていないので、どう実践したらいいのかを説けず、

悟りたる弟子を作れなかったのです。

これが法での失敗です。

さらに実務も、欲が克ちすぎて、見栄を張るために堅実な経営が出来ず、破綻寸前になり、現在教団は縮小路線に完全に追い込まれています。

実務も失敗です。

教団では、大伝道の時期に、編集をしている人間も全員支部長や支部のスタッフに出して、出来ないと「あいつは駄目だ」というレッテルを貼っていました。

しかし、ところてんのように、同じタイプの人間ばかり作ったら、組織は逆に機能しなくなるはずです。

結局、「自分が一番偉い」ということを言いたい人が、「自分のようになれないやつは駄目なんだ」と裁いてきたカルチャーがあるのです。

これの大本は大川隆法氏にあると思います。

法と実務という二つの尺度を持ってきて、お坊さんタイプと実務タイプの人を、両方共に劣等感を抱かせながら、自己卑下させながら、

操ってきたのが大川隆法氏なのです

大川隆法氏は『舎利仏の真実の迫る』などで、いまだに私の事をそうした尺度で裁こうとしています。

しかし、私は神から授かった私の個性で人のお役に立てればそれが最高に素晴らしい人生だと思うようになりました。

人を劣等感や自己卑下に呪縛する「大川隆法の呪い」を、私はここできっぱりと捨て去りたいと決意しております。

S あなたは「大川隆法の呪い」から解放されたのです。

大川隆法の呪い」とは何か。

それは今世は法を説くことと、経営することの両方ができて、初めて新時代の人間になれるのだという呪縛です。

そんな人間は1万人に一人もいないと彼は説いていますが、それでは万人の救済にも、悟りにもなりえません。

不可能なことを強いる事で、永遠に自己卑下の世界へと弟子や信者を置き、操り支配しようとしてきたのが「大川隆法の呪い」の正体なのです

サディスティックな支配欲がその奥にあります。

それが法を曲げているのです。

本当に求められていることは、もっとシンプルなことなのです。

この世の事に誠実に向き合い処理しながらも、常に深層潜在意識の視点、

場合によっては超越潜在意識の視点を持って生きられる人間になりなさいということなのです。

あなたが心検で、既にやっていることです。

幸福の科学の職員や熱烈信者の方ほど、この「大川隆法の呪い」に呪縛されています。

そして自分を卑下すると共に、人を裁いているのです。

そんな必要はないのです。

あなたはあなたであることに、もっと自信を持って歩いてよいのです。

寄稿体験談:「幸福の科学」辞めて良かった その1

寄稿体験談「幸福の科学を辞めて良かった」掲載にあたって


これから何回かにわたって、渡辺万里子さんによる寄稿体験談を掲載させて頂きます。

寄稿者の渡辺万里子さんは1991年、私が幸福の科学の中国本部で課長をしていた頃、

渡辺本部長の補佐(兼本部長の奥様)として伝道や組織作りで御指導いただいた方です。

広島で一緒に仕事をした約1年間は、私にとってもっともいい思い出のある時期のひとつでした。

その後、私が総合本部へ異動になって以降は全く音信が途絶えていたのに、不思議なご縁でごく最近、21年ぶりに再会しました。

お話を伺うと、その後しばらくして幸福の科学を辞められてからは、筆舌に尽くしがたいご苦労をされながら、

沁みこんでいた幸福の科学の価値観や考え方の癖を捨て去ることが出来たと同時に、経済的にも家庭においても大きな幸福をつかんでいかれたといいます。

また、体験を通して、心を磨いていかれました。

私はお話を聞きながら、20年前よりも綺麗になられていることと、何より人格的に非常な深みを増されている事に驚きました。

愛にあふれている方という印象です。

この渡辺さんの体験は、幸福の科学の価値観や癖に気がつかないで捉われていて、不幸の中を歩んでいる多くの方に、大きな希望を与えてくださると確信しました。

この方は、多くの同じような方のお役に立てればと願われ、実名で体験談を投稿してくださる事になりました。

私自身、これから詳細に渡辺万里子さんの体験談を学ばして頂けることを、とても楽しみにしています。(種村)


「幸福の科学」辞めて良かった その1

2012.08.24 渡辺万里子

(はじめに)

私が「幸福の科学」に入会したのは、1989年くらいであったような記憶である。

会員番号が7000番台であったから、一応初期の会員ということになるかと思う。

その当時は「人生の大学院」ということで、宗教団体ではなく、論文を書いて合格したら入会できるという、そんな仕組みであった。

その後、暫くして突如宗教法人となり、大伝道期に突入し、エル・カンターレ宣言をきくこととなったのである。

私の入会動機などは、今後、体験を書いていく上で必要であればお話しするが、まずは、幸福の科学の会員であった時、そして辞めてから現在に至るまでの、

私が体験した出来事とそれによってわかった「幸福の科学の問題点」などを中心に、シリーズとして書き進めていきたいと思っている。

会員であったときの事はいろいろあるが、それはほとんどの会員の皆さんが体験している、

もしくは脱会された皆さんが思っていられるであろうことと同じであると推測する。

いわゆる「苦しかった。」「大変な目にあった」「むちゃくちゃな話ばっかりだった」「預金を使い果たした」「集団いじめのような目にあった」などなど・・。

言えば愚痴になるほど、いろいろあった。

当然、脱会した人が集まると、ついつい「幸福の科学」の悪口話になり、話し出すとあまりに話題の多さに時間を忘れるほどである。

そのくらい、馬鹿馬鹿しいような本当のようなうそのような話には事欠かない会員時代であった。

しかしながら、辞めて我に返ると、そんなくだらないことの片棒を担いでしまった自分の愚かさと、

家族や大切な人々を悲しませてしまった申し訳なさと、人生の多くを支えてくれた友人や仕事上の恩人の皆さんに与えたであろう失望と、

そんなことを考えると、良心が痛み、これからの人生をどう歩んでいくべきなのか、しばし、躊躇してしまったりするのである。

困ったことに、ずっとやり続けていた自分は、これからどこへ向かって何をすべきなのか・・・。

その方向さえ見失ってしまっていて、まるで磁石を待たず海を漂っているような、そんな気持ちにもなってしまい、

自信を失い、寂しさや孤独感を感じ、自分自身を人生の落伍者のように感じてしまったりしていた。

それと同時に、辞めてみても、お金も無く仕事も無く頼る人も無く・・・

そんな中で生きていかなければならない自分の立場にも途方にくれてしまったりもするのである。

しかし、もし、そんな気持ちで今苦しんでいらっしゃる方がいれば、そんな方のために私は心を込めてこの文章を書きたいと思っているのです。

是非、私のこれからの文章を読んでいただきたい。

そして、少しでも役に立たせてもらいたい。

ただ、そのためだけに、私の経験をここに書こうと思っています。

結論から申し上げれば、

「大丈夫です!そんな気持ちになっているのは、辞めたとしてもまだ洗脳からぬけだせていないからだけなのです」

「必ず洗脳が解け、本来の貴方に戻れば、貴方は思わぬほどの幸せと安らぎを手に入れることが出来ます」

「大丈夫です!本来の貴方になれば、生活も安定し、心も現実も豊かな人生を送ることができます!」

そう、大きな声で皆さんに伝えたいと思っています。

幸福の科学から距離を置いて既に10年近くになろうとしています。

ご本尊、書籍全てのものを処分したのが5年前です。

そして、現在は自分の体験を皆さんにお話しすることにより、私のように時間をかけることなく、皆さんがいち早く洗脳を解き、

幸せになっていただくために私の体験を活用してもらおうと、やっとそんな心境になりました。

まずは、洗脳されていることを受け入れてください

「自分は洗脳などされていない」「幸福の科学は洗脳がない宗教だ」などと思っている間は、洗脳は解けていません。

私の経験では、洗脳が解けたそのときから本当の意味で立ち直りが始まります。

洗脳が解ければ、まずはご本尊や関連グッズ、本など、全ての幸福の科学関係のものを処分したくなるはずです。

しかし、洗脳に気づかず、洗脳されているとは思いも寄らぬ私がどんな体験をするか、その体験を次の回に書いて参ります。

寄稿体験談「幸福の科学」辞めて良かった その2

「幸福の科学」辞めて良かった その2

2012.08.24

渡辺万里子


(辞めた最初のころ)

まず、一番困った事は仕事でした。収入を得て、生活をしていくことに困っていました。

預貯金は活動でほとんどゼロですし、今さら元の仕事に戻れる状態でもありません。

新しく就職するにも、年齢も取ってしまっているし、ましてや「幸福の科学」をやっていたなんて知られた日には。きちんとした会社は雇ってくれません。

とりあえず、会員さんのつてを頼り、会員さんの会社に雇ってもらいました。

勿論、会の中では私のほうが上の立場でしたし、立派なこともしゃべっていた訳ですから、雇った方も期待をしたり、貢献をしようとしたり、

いろいろ気も使っていただいたりするのですが、とにかく自分でもびっくりするほど仕事が出来なくなっていたのでした。

昔はあんなに仕事が出来、周りからも評価を得てきた自分が、こんなに幸福の科学で勉強もし、

努力もしてきた自分が、何故、こんなにも世間の中で、こんな単純な仕事が出来ないのか?

全く解りませんでした。

・・というより、そんな自分を正視することなく、それどころか、知らないうちに会員さんの会社まで批判するような心が芽生えてくるのです。

「こんなやり方だから、だめなんだ」「私の言うことが理解できない社員ばかりだし、経営者の考え方が駄目なんだ」と、そう見えてしまうのです。

その結果、せっかく雇ってくださった会員さんにとって、知らないうちに自分がお荷物になってしまっていることさえ気づかず、

さらには、社内の皆さんとも仲良く調和できなくなっていることにも気づかず、

一人浮いた状態になっていることにも気づけなくなるほど、人の気持ちに鈍感になっている自分だったのです。

ただお金を貰うためだけに会社に通っている、そんな時期がありました。

それにも限界がきて、いよいよ退社せざるを得ない雰囲気になってきます。

しかし、今なら、私のどこが問題なのかよくわかります。

① 幸福の科学の中に在る、選民思想の弊害。その結果、職員は会員より上だなどと勘違いをしている。

自分はあの人より偉い。

あの人は自分より偉い。

など、根拠無くそうした洗脳を受けている。

自分の考えではなく、会の中での評価で、人を見下したり過剰な評価をしてしまったりする。

その評価の根本が教団運営のためのものであったことに気づかず、人格評価と思い込んでしまっている洗脳に気づかない。

②「感謝」を学んでいるのに、心から感謝の気持ちが湧いてきていない。

自分の窮地を救ってくれている、目の前の人に対して感謝の気持ちが湧き出さないだけでなく、教えてやるような気持ちでいた。

感謝を解説することが出来ても、感謝の心が湧いてきていない。

だから、私の言動には「感謝」を感じられない周りの社員さんは、私との距離を置こうとしていた。

人は立派な解説が聞きたいのではなく、感謝されたり感謝したり、助けられたり助けたり、そんな目の前の日々の出来事の中に、

人としての触れ合いや愛を感じているのだということが解らず、そのことさえ、気づかず、立派なことを解っていることが大切ななどと勘違いした結果、

全く人の気持ちに鈍感になり、自己中心的な人間になってしまっていた。

③上から目線の言動

人は上から物を言われることが何より嫌なことである。

たとえ、言い回しが柔らかくても、言い方は優しそうでも、事実「教える」という気持ちそのものが既に上から物事を見ているのである。

「愛は与えるもの」「感謝はするもの」「人の役にたつもの」など、本来は謙虚な気持ちから自然に出てくる気持ちを、

上から教えようなどと全く逆のことをしていたのである。

感謝や愛などの心は、本来、湧き出てくるものであり、教えで出来るものではない。

「愛を与えましょう」などと言えば、人は「余計なお世話だ。」と思うものだ。

それより「貴方は素晴らしい」と目の前の人を認めていけば、その言動の中から自然に相手は愛を感じるものである。

④お金より心が大事などとお金を甘く見ている

心が立派なことが大切だ。

と、洗脳されている自分は、仕事が出来なくても給与をもらっていることに何の疑問も感じず、努力もしないでいた。

お金は感謝の心が現実化したもので在ることがわかっていない私は、感謝が出来ない自分だから収入が伴っていないのだということに気がついていなかった。

あの当時は、いろんなことが解らず、辛い思い出が多い。

でも、今から思うと、あの辛さがあったから、いろんなことが解ってきたようなきがしています。

その後、会員さんの会社を退職し、自分で会社を立ち上げていったのですが、その中で自分と向き合い、

多くの気付きをすると時を同じくして会社の経営が良くなってきたのです。

しかし、その前に、私はホームレス寸前まで行くことになるのですが、それは、次回のお話とします。

深層潜在意識との対話7 裁きの心(2012年8月26日)

私の深層潜在意識をSとし、私の表面意識をTとして、心理学のロール・レタリングの手法で自己対話による反省を行います。


T 私は1996年春、滋賀支部の支部長になりました。

数ヶ月でしたが、私の故郷でしたので、自分の故郷への恩返しの気持ちで、精一杯頑張りました。

私が支部で月刊誌講習会などの講話を話す時は、近隣の支部から沢山の会員さんがお見えになりました。

滋賀支部での反省はいくつかありますが、講習会等で結果として個人批判のような講話をしたことを、一番悔いています。

私としては、大川隆法氏が職員が起こした問題を一般論として、教訓として話すので、

それを真似て、会員さんに共有して頂くために、法の観点から問題の捉え方をお話したつもりでした。

しかし、支部という小さなエリアの中では、誰の事を話しているのかは、ほとんどの活動会員には分かりました。

そのために、取り上げた問題を起こした人は、その後支部に来にくくなったり、離れたりしました。

話の中では、知らず知らずのうちに裁き心が出ていたこともありました。

あるリーダーさんのクレームを受けて話した時には、私の話の波動に裁きの思いが強く乗ってしまったようで、

聞いている人の中には「体が痛かった」「針が刺さるようだった」と指摘を頂きました。

また、戒律の問題では、戒律によって人を裁く傾向が出たことがありました。

特に不倫問題では非常に厳しい裁きの気持ちが出て、結局その問題で苦しむ人を支部から遠ざけるだけになったことがありました。

例えば仏教の戒律のテーマで話すとき、やはりそういう波動が乗ってしまったとおもいます。

この時などは、法によって裁くという行為を、それが正義だとして考えていたと思います。

今振り返ると、私自身の抑圧された感情も、そこには投影しており、それで裁きの波動がでていたと分かります。

何故こういうことをしたかというと、基本は大川隆法氏の影響を受けたのです

大川隆法氏の手法はこうです。

彼は問題がある人が出ると、それに基いて分析をし、公の講演会やセミナーの席である人の問題点を一般論として批判的に検証するのです。

内部の人間には誰の問題を言っているのかが分かりました。

私はこの方法は、問題が起きても、そこからプラスの教訓を学びとり、組織の智慧として昇華させる方法だと思っていました。

問題が起きても、法として昇華すれば、組織の共有財産になるという考えです。

でも、そこで裁かれた人はどういう気持ちになるのかということへの配慮が欠けていました

愛が欠けていて、結局は法によって人を裁くという悪しき文化を助長していたのです

S 裁きという問題はあなた自身の問題もありますが、教祖である大川隆法氏の間違った面を学んでしまったという問題があります。

大川隆法氏は問題を起こした人間や辞めさせた人間を、必ず一度は法話の中で名前こそ出しませんが、知っている人がみれば分かる形で批判します。

この方法をあなたは学んだわけです。

その結果、裁きの波動が参加者につき刺さるような痛みを感じさせたのです。

でも見て御覧なさい。

奥様のきょう子氏に対する仕打ちを。

妻を善導しきれず、離婚へと追い込みながら、子供たちにまで母親を批判させ、母親を否定させています。

子供の心にそれがどれ程の傷として、生涯残る事になるか、分かりますか

こんな酷いことが出来る人間が、全人類の教師を名乗っているのです。

これが大宇宙を作られた根本仏や、仏陀や、ワールドティーチャーであるはずがありません。

これは邪神のすることです

大川隆法氏の邪神化が、離婚騒動から加速してきたのです

これこそが真相なのです。

世界宗教にするためには、最も基本的な親子の愛を否定させ、夫婦の愛を否定し、

元妻の名誉をずたずたに傷つけてもよいというなら、それは「愛なき発展」以外の何ものでもないではないですか。

大川隆法氏はかつて、自ら説いたはずです。

愛なき発展は死である」と。

愛がなくなるなら、むしろ発展を止めよ」と、説いていたはずです。

しかし今、世界宗教にするためにと称して、愛を殺したのです

妻をやむを得ず離婚することは、場合によってはあり得るかも知れません。

百歩譲ってそれを認めるとしても、離婚したい妻を公衆の面前で誹謗し、子供にまで母親を否定させると言う酷いことをするなら、話は別です。

そのような愛の死の上に、万一世界宗教になったとしたら、それは恐るべき世界の始まりとなるでしょう。

暗黒世界が広がるのです

真の神である大宇宙を創造された根本神は、決してこれをお許しになることはありません

ゆえに幸福の科学は急速に支持基盤を失いつつあるのです。

これが幸福の科学があらゆる面で、暗礁に乗り上げている本当の理由です。

あなたには、海外のある方から電話があったでしょう。

その方は言われたはずです。

「私の両親は離婚していました。

しかし母は絶対に父の悪口を言いませんでした。

私は父の悪口を言ったとき、母は厳しく私を叱りました。

そして父親がどれだけ立派な方かを語りました。

母は父の誕生日の度に、私に電話をさせました。

自分は電話口に出ることはないのに、子供の私には必ず父に電話させました。

私は大きくなってから、父を悪く言うことを止めてくれた母に感謝しました。

それによってどれ程私の心が守られたか、傷つかずに済んだかを知りました。

だから、私は大川隆法氏がされていることが、おかしいと感じたのです。」

さて、あなたの事に戻りましょう。

大川隆法氏がしているから、それを深く考えることなく真似るということは、大きな悪をおかすことになります。

まねてはならないのです。

まねるときは、よくよく吟味して、それが本当に善なのかを確かめねばなりません。

あなたは大川隆法氏を真似て、それで会員の方が救われたのですか。

それで幸福にさせることが出来たのですか。

誰かがそれによって幸せになりましたか。

そうではなかったはずです。

これは悪を犯したということです。

教祖を真似ただけだという言い訳は、一切通じません。

教祖の悪を見抜けなかった無明こそが問題なのです。

あなたのことも、還俗した理由に関して大川隆法氏が批判的に説法したのを知っているでしょう。

それはあなたを還俗させたことへの「自己弁護」でもあったはずです。

それを聞いて、あなたは救われましたか。

在家で生きる指針を与えられましたか。

あなたの幸福に役立ちましたか。

肩身の狭い思いをさせられただけではありませんか。

もっと言いましょう。

『舎利弗の真実に迫る』を読んで、あなたは何か人生の大切な指針を得ましたか。

その中に愛を感じ取れましたか。

あなたを全否定して、中傷してまで自分を守ろうとする、大川隆法氏の醜い自己保身の心を感じただけでしょう

こんな説法を真の釈尊がされたことがあると思いますか。

真の釈尊は、自分に女性問題の悪評が立っても、一切の言い訳をせず、黙って耐えておられました。

するとわずかの期間で真実が自然に露見して、釈尊の評価が高まったはずです。

もしも、大川隆法氏が、あなたの指摘が事実無根であるというのなら、そして自分が仏陀であると言うのなら、どうして同じことが出来ないのですか

真に釈尊なら、同じことが出来るはずです。

それが出来ないのは、あなたが指摘したことが図星であり、大川隆法氏が偽仏陀だからです。

したがって、あなたは弟子として意識的にも無意識的にも大川隆法氏を真似てきた部分を、すべて見直しなさい。

それが愛にかなっていないのなら、断じてまねてはなりません。

もしあなたの目の前に、間違っているように見える人がもしいたならば、

愛の心を持ってそうせざるを得なかったその方の苦しみを聞いてあげ、受け止めて差し上げなさい。

そしてその苦しみに、悲しみに、共に涙を流してあげなさい。

心で抱きとめてあげなさい。

そして信じてあげなさい。

その方もまた神仏の子であり、必ず立ち直っていかれることを。

それがあなたが歩もうとするカウンセラーの道ではありませんか。

その暖かいこ心こそが、真に人々を幸せにするエネルギーなのです。

あなたは戒律ということを非常に重く受け止める魂であることは事実です。

しかし、如何に戒律で自分を縛ろうとしても、噴出してくる欲望を抑え切れなくて、否定できなくて、人知れず苦しんできたでしょう。

肉の身をもつことまでも憎んで否定したことがあったはずです。

しかし、その結果は自殺願望となる事に気がつき、あなたは進退窮まったはずです。

しかし性欲の問題は単なる肉体の問題ではないのです。

心の問題なのです

その事にあなたは、還俗後に気がつき、戒律によって人を裁いたことを深く悔いたはずです。

悔いたが故に、こうして公開反省を行い、自分の罪を懺悔すると共に、同じ問題で苦しむ人の一助となることを願ったはずです。

幸福の科学の最大の問題の一つは、法によって人を裁くことです。

その時実は自分自身をも裁いているからこそ、実は人を裁くのです

法を裁きの道具としたことを反省しなさい。

人を裁くなかれ。

人に対しては理解をこそすべきなのです。

受容し、共感的理解をする。

その人の誰にも言えない苦しみ痛みを聞いて差し上げることです。

誰にも言えない苦しみを、裁かずに聞いてくれる人がいるときに、人は思いを吐き出し、癒されていくのです。

そして知りなさい。

人を幸福にしないものは、真の法ではないのです

ニセモノは裁くのです。

本物は幸福へと導くのです

愛が伴わずに説かれた説法で、かつて誰一人幸福になったことはなかった」という格言を聞いたことがあるでしょう。

「愛によらずして、見ることなかれ、語ることなかれ、行うことなかれ」と言う言葉を聴いたでしょう。

それをこそとしていきなさい。

それを自分を裁く言葉ではなく、自分を導く言葉としていきなさい。

その時に真の法とは何かが見えてくるのです。

T 分かりました。

大川隆法氏を真似てきたことを反省します。

それは愛を殺す行為であることを肝に銘じます。

そして「愛によらずして、見ることなかれ、語ることなかれ、行うことなかれ」を私も導く聖句としたいと思います。

そして私がこれまで法によって傷つけてきたすべての人に、心からお詫びを申し上げたいと思います。

ありがとうございました。

寄稿体験談「幸福の科学」辞めて良かった その3

「幸福の科学」辞めて良かった その3

2012.08.25

渡辺万里子


(自分の会社を立ち上げる)

自分の考えは間違いないと思っている私は、自分の考えを表現できる会社を立ち上げることにした。

幸福の科学時代に気の合った何人かと始めるのであるが、そこが新たな落とし穴になるのである。

結論から言えば、この事業は当初全くうまくいかなかった。

死ぬほど一生懸命やったし、優れた製品を扱っているという自負もあった。

それなのに、とにかく結果が出ない。

即ち収入に結びつかないのだ。

高邁な思想と立派な態度で携わっていたという自負が、実は一番の敵であったことにこの時には全く気づかずにいた。

相変わらず、この時代はいつもいつも心に雲がかかってたように、どんよりとした心で「本当にこれで自分の使命は果たせるのだろうか?」という気持ちと、

うまくいかなければいかないほど幸福の科学の職員に対して怒りのような気持ちも湧いてくるのである。

幸福の科学に残った職員が、左遷されたり、辞めたりすると「それみろ」とか「今に見返してやる」というような気持ちも湧いてきて、

そのためにも自分は成功しなければならないという気持ちにもなった。

この時代が一番幸福の科学という組織を憎んだ時代でもあったし、私に人生の中で、一番惨めで人を憎み組織を恨んだ暗黒の時代でもあった。

ところが、その当時、不思議にまだ教祖に対しては、未だ信じる気持ちも残っているのである。

何故か、「教祖は間違っていなのに、バカな職員ばかりだからこんなことになるんだ」と思えてしまうのである。

だから、本尊も書籍も処分することが出来ず、今から思うと、本音では幸福の科学に対して未練たらたらの状態だったのかも知れないのである。

心は暗黒、口と顔はニコニコ、本音は大成功して見返したい。

言うことは謙虚・・・・。

その時は自覚が無かったのであるが、今思えば、心と体が正反対のことをやっていた、うらはらな自分に苦しんでいたのではないかと思う。

こんな状態だったので、勿論、仕事は全くうまくいかず、どんどんジリ貧状態になっていった。

次にやることがあるわけでもなく、他にやることがあるわけでもない状態の中で、辞めることも出来ず、進むべきに必要な資金もアイデアも無く、

ただただジリ貧の状態で日々を過ごしている中で、ただ、唯一の気晴らしが同志でもある幸福の科学を辞めた仲間との会話であった。

傷口を舐めあうような関係であったのに、それにも気づかず、相変わらずの上から目線で「ここが間違ってる」だの「あの人がわかっていない」だの

「法の解釈はああだこうだ云々・・・」などと、今思えば、本当にバカなことを繰り返していたのである。

その仲間も「教祖が悪いのではなく、職員が悪い」という共通認識の上で話をしていた記憶がある。

その結果、いよいよ事業は行き詰まり、財布の中には100円も無いような日が訪れ、息子が住んでいたワンルームに転がり込み、それさえ、いつまで続くのか・・・

というような状態に陥っていき、いよいよホームレスか・・・とまで、行き詰っていった。

この時の自分に対する絶望感で、本気で「死にたい」と思った。

生きている意味が見出せなく、高邁な思想どころか、明日食べていくお金にも困り果て、頼るべき人も無く、プライドもずたずたのただの惨めな負け犬の自分は、

「せめて、どこかの車がぶっつけてくれないかな。

そうすれば、あっという間に死ねるし、お金も入ってくるから子供たちや周りの人に迷惑かけなくて済むし・・・・」

と、最後のプライドを守ろうとして、祈るような気持ちで過ごしていた。

実は、ここから私の人生は大きく変わり始め、大逆転が始まるのである。

いよいよここまで行き着いてしまったのが、本当の意味で教祖の呪縛から逃れられた結果になったし、教えの呪縛からも解き放たれた瞬間になったのである。

自分の命が本当の意味で脅かされた時、ぎりぎりまで自分が追い込まれたとき、本当に大切なものがわかったのである。

それは、あきらかに「大川隆法」でもなく「幸福の科学の教え」でもなかった。

教団にいた時は、迷わず自分の命に代えても「大川隆法」を守り、教団の為に死ねるとさえ思い込んでいた、そんな気持ちが、

いざ、本当に生きるか死ぬか・・・というぎりぎりの場面になった時に、「大川隆法」も「幸福の科学」も吹っ飛んでしまったのである。

ただただ、両親に対してと子供たちや、自分の人生の中で愛する人々に対しての感謝と愛があふれ出て、

本当に申し訳なく、心からの謝罪の気持ちが出てきたのである。

その、自分の中から出てきた気持ちが大きな気転となり、私の仕事は上向きになり、私はあっさりご本尊も書籍も、

ありとあらゆる幸福の科学関連のものをゴミ箱に捨てることにしたのである。

ちなみに、書籍は古本屋に売ったのであるが、勿論1円にもならなかった。

実はそれほど、世の中に必要とされていない書籍類であったのだ。

「これは捨てることになりますがいいですか?」という店員の言葉に「宜しくお願いします」と答えた私であった。

寄稿体験談「幸福の科学」辞めて良かった その4

「幸福の科学」辞めて良かった その4

2012.08.26

渡辺万里子


(成功できない理由は「教え」の中にある)

前回の話の中で、ホームレス寸前までいった私が、洗脳から解き放たれ、生活が安定してきたところまでの様子をお伝えしました。

今なら、何が成功しない要因かよくわかります。

成功しない要因は「教え」そのものと、教えにより自ら身につける「考え方の癖」にあるということが、洗脳が取れ、心の癖がとれるといとも簡単に見えてきます。

今から思うと、何故あんな幼稚な考え方に洗脳され、その手法にはまってしまったのか不思議に思えるのであるが、

当時は、霊界情報などの見えない世界の話をされると、「凄い」と勘違いをしてしまったのであったのではないかと思っている。

そこには、現在のスピリッチャルブームにもつながる部分もあり、ここにも警鐘を鳴らしたいという気持ちも私の中にはある。

私に関して言えば、幸福の科学入会前に自身が体験した神秘体験がそうした錯覚を強め、間違った感覚をもってしまった結果になっていたように思う。

幸福の科学を辞めても、なかなか成功しない人の特徴は、性格が真面目で、一生懸命な方で、素直な方で、

例えば「教え」を強烈に勉強した元職員だったような方に多く見られます。

そうした方は辞めてからの苦しみも強く、幸福の科学から離れて経済的に困る状態であるという傾向にあります。

それは、強い洗脳を受けて、強烈に付けてしまった癖が、新しい人生を阻害することになってしまっていることに気付かないでいるだけなのです。

もし、今、そんな苦しみの中にいらっしゃる方が、私の体験を読んでいただいているのなら、もう一度声を大きくしてお伝えしたい。

「あなたは何も悪くはないですよ。努力不足でもないですよ。ただ、学んだ教えがまずかっただけですよ」

「その洗脳からいち早く抜け出せば、必ず貴方らしい充実した人生を過ごすことが出来ますよ」

「貴方は大丈夫です!経験した私にはそれがわかります」と心から声援を送りたいと思います。

そんな皆さまへ、今日は私が感じた仕事がうまくいかない教えとその弊害について、お話させていただきます

うまくいかない「教え」と「癖」

①「反省」と称する裁き心の癖

幸福の科学にいたころは、なんか言うと「反省」という言葉を使っていた。

反省することで心が正せると思っていた。

しかし、これが成功しない一番の要因かもしれない。

反省という名の下に自己否定し、いかに自分が駄目であるかを確認する仕組みになっている。

その結果、裁き癖がつき、その裁き癖の矢印が内に向かえば自分を裁き、外に向かえば人を裁くことになる。

その結果、本当の意味で自己信頼が出来ず人を信頼することも出来なくなった私は、当然、仕事もうまくいかないのである。

②「正しい心の探求」と称する手法の罠

幸福の科学のなかには「正しさ」を追求するあまり、「悪」を排除しようとする心が芽生えてくる。

その教えが心の狭さと人間性の小ささにつながってくる。

この教えとこの教えによって付けてしまう心の癖により、人が人を裁くというような愚かなことを知らない間にしてしまっている。

正しさを追及し間違いを排除しようとしてしまうことで、人間関係の中で本当の信頼を築くことが出来ず、孤独感を味わうことになる。

いわゆる、愛と反対の方向へ知らない間に向かっていることとなる。

③霊界と言えば許されるという自己中心的な手法

人間は五感をもちこの世で生きるうえで、多くの得がたい体験をするわけですが、幸福の科学の中の常識は、

あの世の中にもこの世の中にも序列があり、人間を上下関係で判断していこうとする癖が出来る。

自分は何次元であの人は何次元かなどと、長くそんな霊界感を常識のように疑いなく持ってしまった結果、人間関係を上下感でしか見られなくなり、

上から目線になるか、卑屈さで苦しむかという心の癖が仕事上での大きな弊害となっている。

④問題解決という問題拡大の癖

私自身知らない間についていて、なかなか取れなかったやっかいな癖に「問題解決能力が認識力である」的な考えである。

何が問題なのか問題の原因を突き止め、どのような対策を打ちどう解決に導くか。というようなことが出来ることが能力だと思い込んでいた感がある。

これにはまると、問題の周りをぐるぐる回る羽目になり、問題は一見解決したように思えることもあるが、

実際には問題の答えは問題であり、その「問題という枠」から抜け出せなくなってくる。

本当の意味の問題解決なるものが在るとしたら、それは、現在の自分の物の見方感じ方を変化させるしかなく、

問題に目を向けるのではなく、そう感じる自分に目を向けたほうが早いのである。

⑤自己変革という自分を否定する癖と自己責任という他人を否定する癖

ゆりがバラになるかのごとく変化することを自己変革と勘違いし、自分を責めて苦しい思いでいた。

自分が親からもらった個性を認めることなく、個性を変えようと出来ないことをして自分を責める心が自分を苦しめていた。

他人には自己責任だということで、人を突き放し、人を裁く言い訳にしていた。

いずれにしろ、調和とはかけ離れた心の癖を付けていた。


今から思えば、何故こんな癖をつけてしまったのか。

これについては何度も自分自身、精査をしてみた事もある。

勿論、自分自身が愚かであった事は否定しないが、そればかりでもないような気がしている。

それは、その後の幸福の科学の動向を見ていると、教祖自身にもはっきりとその傾向が出ているからである。

一般的に離婚も人が離れることもよく在ることです。

そのことをとやかく言うつもりはありませんが、その後の態度がちょっとひどすぎるように思えます。

離婚も弟子の問題も全部悪いのは相手で、一方的に悪口言い放題。

自分は間違っていない・・・。

子供の喧嘩ではないのですから、それはちょっといただけないと思います。

寄稿体験談「幸福の科学」辞めて良かった その5

「幸福の科学」辞めて良かった その5

2012.08.27

渡辺万里子


(求める心)

今日は、洗脳が取れ、仕事が順調になってきてからの心の状態をお話していきたいと思います。

食べられなくて必死に生きていた状態から、食べられるようになり、生活もひと段落すると、また、新たな気持ちが湧き出てきました。

確かに幸福の科学はもうこりごりという気持ちだけど、自分の中に芽生えた、求める心や貢献したい心は消えることはなかったのです。

この時代は、幸福の科学に対しては、距離を置き、幸福の科学の話題も出したくないし、聞きたくもない。

いわゆる「関心を持たないし、忘れたい」という態度でいました。

この感情の元は「自分は幸福の科学の被害者である」という感情であったと思います。

私にとって

「人生の長い間、一番人間として頑張れる時間を、くだらない間違った宗教に時間もお金も費やし、全てを無駄にしてしまった私の人生はなんだったんだろう」

という悔しい思いと、

「せめて、こうした間違いをてこに、今度こそ間違いのない人生を歩もう」

と経験を消化しようとする思いに揺れている時期でもありました。

その気持ちと同時に「本物はなんだったんだろう」「神とはどんな存在だろう」と、さらに神や真実を求める気持ちも強まってきていました。

この気持ちの基になっていたのは、幸福の科学に入会する前に体験した自分自身の体験にあったように思います。

30年ほど前、離婚をし、子供を抱えながら仕事に没頭していた時期、心が閉ざされ苦しくなってきた時期に受けたあるセミナーの最中、

ある瞬間に思いもかけない体験をしたのです。

それは、生まれた瞬間や死ぬ瞬間、そして、過去の何回かの自分の人生を見るという体験でした。

それまでの私の人生は、宗教だとか、目に見えないものだとかには全く興味が無く、関わりも無い人生を送ってきた私には、

何事が起きたのかわからず、パニック状態になりました。

その経験の後、何故か目に見えないものを感じたり見えたりすることもあり、それがどういうことなのか解らなくて

「きっと頭が変になってしまったんだ」「自分はまともに生きていく事はもう無理なのではないか」

などと、恐怖と混乱で自分自身がどうなったのか解らない状態でした。

そんな時期に知った幸福の科学の本の中に書かれていた、霊界観や守護霊や過去世の解説に、自分の体験を重ね合わせ、「これだ!」と思い、入会を決意したのです。

多分、自分自身の経験が強烈であったために、幸福の科学に対する思い入れも、信じる心も強くなり、盲目的になってしまったのではないかと思うのです。

その後、幸福の科学にはこりごりではあっても、あの時代に自分自身が体験した出来事は私にとっては真実であり、

その強烈な体験は消える事がなく、日々強く神を求めることにもつながっていきました。

「きっと、どこかに本物はある」という気持ちは消えることなく、そこから私自身の神を求める流浪の旅が始まりました。

新興宗教はもうこりごりという気持ちでしたので、新興宗教以外の「神」と名のつく本を片っ端から読んだり、人に紹介されたセミナーにも出たりしました。

そこには、今まで自分の知らなかった話題がたくさん出ていましたし、チャクラのことや霊能力に関することなどに興味を持ったのもこの時期でした。

幸福の科学一辺倒で過ごしてきた私には、新鮮に思えました。

感動する本にも出会いましたし、なるほどと納得できる本にも出会いました。

友人に紹介を受けて、過去世療法を受けてみて、新たな自分の過去を映像として見たり、光に出会ったような体験もしました。

愛溢れる霊能者という方々とも友人になったり、そういう方に自分自身を見てもらい、「なるほど・・」と思え、心が癒された時期もありました。

そして、そこに何年かの月日を費やしました。

しかし、どうしても気になっていたのは、自分の心の中に起こる「自分を裁く心」「人を裁く心」「人を見下す心」「自分を守る心」

「人の気持ちをコントロールしたい心」「お金がなくなることへの恐怖心」「生きていくことへの疲労感」などなど・・・・・。

心から湧き出てくる不安感や恐怖心など、そうしたものから完全に逃れることが出来ず、

どこまで行っても、私の心は落ち着かず、その心が反対に絶対なるもの、いわゆる神を求める心の強さにもなっていきました。

神近いものに触れる事はあっても、心の底から安心できる絶対なる神には出会えず、いよいよ「絶対なるもの」を求めることや

「これこそ本物」を探すことをあきらめて、今の人生に妥協しようかな・・・と、思っていた矢先の在る時でした。

その日、明け方に誰かに呼ばれたような気がして目が覚めました。時間は明け方の4時でした。

私は目覚めて、居間のリクライニングシートに横になり、ぼんやりとしていました。

そして、自分自身に対して「何の用ですか?」と、問いかけました。

目を瞑っていると、目の前に光が見え始め、その光の中から声なき声が聞こえてきたのです。

ここからが私の本当の意味での再生になります。

そして、私の人生は劇的に変わり始めるのです。

この時に何が起こったのか、何を光から言われたのか、そして、その後の私の人生がどう変わっていくのか、それについては、次回にお話したいと思っています。

芥川龍之介との対話①

『芥川龍之介が語る「文藝春秋」論評』を読みました。

芥川龍之介氏の霊言だそうですが、念のために、私も芥川龍之介氏と対話をしてみました。

まず、この霊言について知っているかどうかを尋ねたところ、

芥川龍之介

「何か出ているようですね。これについては、私は一切関知していません。」

T

「菊池寛氏と霊界で会っておられますか?」

芥川龍之介

「まあ生前、大変お世話になりましたからね。時々遊びに行っていますよ。

彼は明るい人ですから、私のように少し神経質な人間には、彼のようなおおらかで明るいものが、とても有り難く、刺激になるんですよ。」

T

「大川隆法氏は菊池寛氏を地獄霊だとしていますが如何ですか?」

芥川龍之介

「地獄へ行くのは彼(大川隆法氏)の方でしょう。もう魑魅魍魎の世界ですね。『新地獄変』でも書けそうですよ。

自分の気に入らない人間は全部地獄行きというのは、これは何でしょうか。

アウシュビッツにユダヤ人を送り込んだヒトラーみたいなものでしょうかね。

彼なりに思想犯を認定して、地獄送りにしているつもりかもしれないね。」

T

「あなた様から見ると、大川隆法氏はどのような姿に見えますか?」

芥川龍之介

「私から見るとね、大きな蛇にしか見えないよ。赤い目で爛爛と、とぐろを巻いて、尻尾を振って獲物を狙っている毒蛇だね。」

T

「大川隆法氏の問題点は、どのように見えますか?」

芥川龍之介

「彼(大川隆法氏)はね、自分が偉い偉いと言うだろう。本当に偉い人は、そういうことをあまり言わないんだよ。

(本当に偉い人は)権威と謙虚さ、この二つを併せ持っていると思うよ。学歴というのは、この世の権威だろう。

宗教家がこの世の権威を振りかざして、どうしたいのかね。

釈迦が自分は元王子だったと自慢するようなものだが、聞いたことがないね。そんな話。」



短い会話でしたが、真実を見逃さない鋭さを、芥川氏の発言から窺い知ることができました。

芥川氏の言われる通りで、出世間である宗教家が、世間の権威を持って、自分の偉さを吹聴すると言うのは、

すでにこの世の権威に捉われていることを暴露してしまっています。

確かに釈迦が「私は王子だった。だから高貴な身分なのだ」といったら誰も釈迦には従わなかったでしょう。

権威と謙虚さを併せ持つ人格が、真に素晴らしい人格だという指摘も、頷けました。

芥川氏のお話から菊池寛氏との関係については、どうやらお二人はお互いに補い合い、刺激しあう関係のようです。

菊池寛氏も明るい世界におられるようで、当然と言えば当然のことだと思います。

芥川龍之介氏の目に映る大川隆法氏の姿は、とても納得がいきます。

お金や女性への執着の固まりになっているので、蛇の姿になってしまうのでしょう。

嫉妬深い人も「蛇のようだ」と言いますが、赤い目は怒りでしょうから、嫉妬と怒りがそうした姿になっているのでしょう。

尻尾を振っているというのは、敵への威嚇だと思います。

3億円の名誉毀損訴訟とか、霊言本とか、威嚇恫喝です。

「地獄へ堕ちるぞ」という脅しも、それに当たると思います。

大川氏の霊言と称する毒を持った書籍を読むと、熱心な信者の方は、毒蛇に噛み付かれて毒が回る状態、つまり洗脳状態になってしまうのでしょう。

霊言という毒で攻撃して、熱心な信者には怒りや恐怖の心を抱かせ思考を麻痺させて、

教団という毒蛇の体を使って、信者を「救世活動」と称して締め付けて支配するのでしょう。

さらに問題と思われることは、自分の気に入らないものは、全部地獄行きにしてしまう大川隆法氏のやり方です。

その為なら、霊人の思想とは異なる、大川隆法氏ご自身の考えを、「霊言」として世に出しています。

これは霊人となられた故人の権威を利用して、さらに、その故人の思想をも汚すことでもあります。

このような暴挙には、名前を使われた霊人も許すことは出来ないでしょう。

芥川龍之介氏には、大川隆法氏をテーマに『新地獄変』を書いてほしいと思います。

大きな物語となって、何千年もの間、人々に貴重な教訓を与え続けると名作となることでしょう。

「新地獄変」の地上版の実現のために私にお手伝させていただきたいものです。

寄稿体験談 「幸福の科学」退会の真実を語る①

このブログの一人の愛読者の方が、御自分が最近退会されその後に大きな心の葛藤をされた経験を、文章にまとめ、送って下さいました。

この方は40歳代の男性で、20年以上の信仰歴がある方のようです。

大変深い洞察がされていて、多くの方の救いにつながるものがあると思いましたので、2回に分けて紹介させて頂きます。

退会の真実を語る① 寄稿体験談

心の中で、私は問い続けています。

「私にとって、幸福の科学とは何だったのか・・・。」

「あのころの信仰とは、いったい何だったのか・・・。」

約半年前、私は幸福の科学を退会しました。

現時点で、この教団を退会することができたことは、私にとっては非常に幸運でした。

退会するきっかけとなった元信者の方々とのご縁に深く感謝しています。

彼らとの出会いがなければ、私は家庭的にも経済的にも疲弊しながら、盲目のまま無益な信仰を続けていたことでしょう。

そして、いざ退会するに際し、また退会した後にも、さまざまな心の葛藤や苦しみが私を襲いました。

しかし、幸福の科学の教えに則して(?)、心を客観的に見つめながら、心の中の苦しみの原因を探求していきました。

そして、その原因が、この教団の中で学習し活動していく中で、知らず知らずに身に付けてきた思考パターン、

いってみればマインドコントロールであることがわかりました。

そして、そうであることがわかって初めて、私はこの教団からのマインドコントロールが解けたような気がしました。

それからネットで、種村さんをはじめ、退会された方々のブログを目にしながら、ようやくこの教団の真実の姿を理解することができました。

私が入会したのは、20年前の大伝道期の頃でした。

入会してからは、ひたすら書籍を読みふけりました。

活動も半ばリーダーとなって活動もしましたし、布施についても、植福菩薩とまではいきませんでしたが、自分のできる限り布施もしてきました。

会社を辞めたときの退職金も、ほとんど布施に消えていきました

それでも私はお役に立っていることへの喜びから、転職した後も、少ない給料の中で、可能な限りの布施を続けてきました。

私にとって、「信仰」は絶対的なるものでした。

その絶対的なる「信仰」が偽物で全く価値のないものであることを知ったとき、そのときに感じた虚無感は耐え難いものでした。

しかし、もういちど、今までの「信仰」の本質を見直しつつ、真実の「信仰」をつかもうと決意し、元信者の方々と接しながら、現在にいたっています。

退会して、同じ退会された方々と接しているうちに、私と同じ苦しみを味わっている方や、

退会されてもなお、心の中に残ったマインドコントロール的なものに苦しんでいらっしゃる方が多いことに気づきました。

そして、退会したいのだけれど、一線が越えられずに退会できずに苦しんでいる方もきっといらっしゃると思います。

そうした方々のために、自分が退会するにあたり、気づいたり得られたことを伝えることで、少しでも助力になることができればという思いに到りました。

私が退会したきっかけは、一緒に活動をしていた信者の方の退会でした。

突然の退会に、私は彼のとった行動を到底信じることができませんでした。

私は熱烈信者の方ほど熱心に活動はしておりませんでしたが、エル・カンターレを信じ、幸福の科学の教えを人生の指針にして日々を生きてきたつもりでした。

衆議院選挙のときにも積極的に参加しましたし、前述したように、可能な限りの布施の実践もしてきました。

私が退会した理由は、大川総裁のセクハラ問題の件でした。

本当に酷(ひど)い話だと思うのですが、「信仰」によって思考停止になっていた私は、実は最初はその話を聞いても、それほど酷い話だとは感じませんでした。

私は彼に次のような返信メールを送りました。

「確かに被害に遭われた方にはお気の毒なことでしょうし、信仰心を裏切られて、当会から離れてしまう信者さんもいることでしょう。

釈迦教団時代にも、何か似たような話があったように思います。

スキャンダラスな話はいつでも付きまといますし、信仰を揺さぶられる事件も数多くあったように思います。

確かに、今回の事件は、根の深い、大変難しい問題のようですが、主を信じて熱心に活動しておられる方々には大変気の毒な話ですし、

ある意味において信仰を試されることになるのかな、と思います。

それよりも、幸福の科学の説かれている法は、確かに世界を救う法であるという確信があるので、

如何にこの法を世の中に広めていくかということが、私の最大の関心事ですし、使命と思っています。

主は、「私を信じて、ついてきてください。」とおっしゃいました。

ですから、私は何があっても、「主を信じて、ついていく」つもりでいます。

「主を信じて、ついていく」ということは、決して「擬」でもって裁くのではなく「愛と信仰」の中に生きていこうと「決意」することだと思います

今回の件で、当会を離れた方々については、大変お気の毒で、お気持ちは大変良くご察ししますが、一歩踏み止まって、

自分たちにとっての真なる『使命』とは何であったのかということを、今一度心に問うてほしかったと思います。

総裁先生も相当つらい立場でしょう。

ですから、ほんの僅かでも主のお役にたてるように、いつも支援の念を主に対して出しており、また祈っています。

主は、自分がつらいときも、いつもそばにいて支えてくださいました。

ですから、今こそ、私たちが主を支える立場ではないでしょうか

『慈悲』がこの世を覆い尽くすことも、そう先のことではないでしょう。

その『来るべき日』に向かって、この世だけでなく、あの世の世界も含めた、多くの仲間たちとともに、みんなで心を一つにして、

ただ一つの目的のために、ともに歩み、祈っていけたらと思います。」

以上のように返信しました。

大川総裁のセクハラの話を知って、まず最初に思ったことは、

「主は、悪の軍隊と一人で必死に戦っておられる。

このようなセクハラ話が本当だとすれば、それは私たちの光が弱くて、主を守ってあげられなかったからだ

私たち弟子の伝道活動がふがいないために、主を守ってあげることができなかった。

そして、主にそのような行為をさせてしまった。

これはひとえに私たち弟子の責任だ

さらに光を強めて、主をお守りしなければならない。

そのためには、さらに伝道と布施をしていかなければ・・。」

私にとって、主は「絶対」でした

主は「愛の神」だ

主は私たち仏弟子を無限の愛を持って包んでくださっている。

そのような主に間違いなどあるはずもない・・。

そして、メールを送った彼から、ぜひ会って話を聞いてほしいということでした。

私は彼が「魔にやられた」ものと思いました。

この場合、「魔にやられた」人との接触は、自分も魔の影響を受けてしまうため、出来る限り接してはいけないことになっています。

ただ、私も、ここ最近の霊言に疑問を持ち始めていました。

特に12月に行った講演会の内容に心響くものが全くなく、いったいどうなってしまったのかという思いもありました。

しかし、「信仰」にたいする「疑」の心は、悪魔にかどわかされているということで、自分の心の中に無理無理に押さえ込んでいました

しかしながら、退会した彼は、大変信仰篤い方であり、私は彼を深く尊敬していました。

その彼の気持ちが退会へと動いた本当の理由を知りたくて、後日会う約束をしました。

彼は、魔にやられたに違いない。」私はそう思いました。

彼は、昔と違っておかしくなっているに違いない。

たぶん私が以前尊敬していたような存在ではなくなっているだろう。

「魔にやられている」彼はどのようになっているのだろう。

しかし私は彼を救う義務がある。

しかしまず、自分が魔にやられないようにしないと・・。

そしてあわよくば彼を魔から救うことができるだろうか。

どうか主よ、私をお守りください。

などと思いながら、久しぶりに会った彼の姿は、昔とまったく変わっておりませんでした。

話し方、考え方とも、私の尊敬していた彼自身そのものでした。

私は目を疑いました。

退会した彼が、何でこれほど「まとも」なのか・・。

そして、彼から聞いた話は、まさしく耳を疑うものでした。

教祖自身がおかしくなりはじめている・・。」

そして彼が退会するまでにいたった経緯と、この教団の陰で起こっていることを詳細に話してくれました。

すべての話に正当性があり納得できるものでした。

「信仰」の名のもとに自分の心の中に抑えていた、この教団に対する「疑」の思いがわくのも当然であったと感じました。

まさしく、目の前の壁がガラガラと崩れていくような感覚でした。

そして、また会う約束をして、静かに彼と別れました。

私の今までの「信仰」は何だったのか・・・

その思いだけが私の頭の中を駆け巡り続けました。

(次回に続く)

寄稿体験談 「幸福の科学」退会の真実を語る②

退会の真実を語る② 寄稿体験談(2)

彼と会った後も、まだ私は退会する気にはなれませんでした。

とても「信仰」を捨てる気にはなれませんでした。

「そうはいっても、この教団の教えの内容は素晴らしいものがあるのも事実だ。

そこからまだ学ぶべきことがある。

悪い部分もあるが、よい部分だってあるではないか。

そう考えたら、退会するまでもないだろう。

『いいとこ取り』でいけるのではないか・・・。」

真実を知った後も、マインドコントロールは解けていなかったのでしょう。

完全にこの縛りから解き放たれるには、「退会」という儀式が必要でした

ただ、退会した後にもマインドコントロールの影響があり、完全に解き放たれるにはさらに時間がかかりました。

そして、次に彼と会った時に、正式に退会するよう勧められ、その翌日、退会届を出しました。

ご本尊や書籍もまとめて捨て、経文もすべてゴミに出しました。

さて、これでスッキリとした、と思ったのですが、全くそうではありませんでした。

私が退会したことを知って、法友から「いったいどうしてしまったのか」というメールも届きました。

今まで一緒に活動してきた法友に対する申し訳ないという思いもありました。

さらに、今まで自分の心の支えであった「信仰」がなくなって、心にポッカリと穴があいてしまったことの虚無感

そして何よりも自分を苦しめたのは、理由なく襲ってくる計り知れない「恐怖感」でした。

今まで信じてきた信仰とはいったいなんだったのか・・。

私は、自分が信じていた「信仰」との対決をせざるをえませんでした。

後で知ったことですが、私以外の退会された方の多くが、この「恐怖感」に悩み苦しんでいるということでした。

私が感じていた「恐怖感」で一番強かったものは、このままいくと中国に植民地化されてしまうという恐怖、

そしてこの文明も終わりを向かえ、悪質宇宙人達の餌場となってしまうという恐怖でした。

最近の霊言などによって、「恐怖心」として植え付けられていたのでしょう。

日本や、日本を取り巻く状況がまさしくそのように動いているように見えたことも、さらに恐怖心を増長させていました。

そのため、「今この未曾有の危機を乗り越えるために、さらなる信仰心と布施が必要である。」と信じ、度重なる霊言でも言われていたように、

「このような事態になったのは、私達の伝道活動が不十分であったから」と、自責と絶望の中で活動を続けていました。

世間の人がなかなかこの「真理」に気付かないことに激しい苛立ちと焦りを感じ、世間に対する「裁き」の心や「怒り」の心を強く感じておりました。

「愛からの活動」ではなく、まさしく「恐怖心からの活動」でありました。

そのとき私はふと思いました。

はたしてこれが信仰であるのかと・・。

信仰とは、恐怖感を伴うものなのかと

おかしい、何かがおかしい・・。

私は20年前に入会したときのことを思い出しました。

あの時は、ただ夢中で書籍を読み続けました。

あのときの感動と喜びがよみがえってきました。

真実を知ったという感動、そしてこれを伝えることで、周りを幸せにできるという喜び。

確かにあのときの私は、幸福感に満たされていました

しかし、今の私は、あの頃とは正反対でした。

未来に希望も見出せず、目の前に広がるのは絶望のみ。

ただ恐怖に耐えながら生きている自分の姿。

そして気がつきました。

この教団で活動しているうちに、知らず知らずのうちに「恐怖心」たるものを、「信仰」の中に植えつけられていたことを。

そしてこの「恐怖感」が活動における行動原理となっていたことを。

信仰とは、批判せずにただ受け入れること、私はそう教わってきました。

信仰とは「絶対」のものであると。

その信仰の対象たるものが純粋であればよいのですが、

無批判に受け入れた「信仰」の中に、「恐怖心」という不純なるものが混じっていたということに気付きました。

そう考えてみると、ノストラダムスのあたりから現在までの各所において、恐怖心の煽りがありました。

「そうであるから、よりいっそうの活動と布施が大切なのだ」という方向に必ずつながっていきました。

そして、ここ最近になって、その傾向がエスカレートし、幸福の原理などはそっちのけで、ひたすら「恐怖心」を煽る信仰と布施を強要していることに気付きました。

また、今まで信じていたものを「捨てる」ことに対する恐怖感も強くありました。

二十年もの間信じてきたものを捨てるということは、今までの自分を否定することになります

今まで自分がしてきた活動や布施を無駄にしたくない、だから認めたくないという「恐怖感」もありました。

「今までの信仰が偽りだったなら、これから何を信じていけばいいんだろう。

そして、幸福の科学だけがこの世を救う唯一の希望だったのに、それが偽りであったとしたら、何に希望を託していけば良いのか。

これから日本や世界はどうなってしまうのか。

もはや絶望しか残されていないのか。

どうか偽りというのは間違いであってほしい。」

このような思いもありました。

しかし、教団の実態を知れば知るほど、とうていこの教団に世の中を救うだけの力もなく、希望を託すに値しないこと、

それどころか逆に、その存在自体が「害悪」であるということを知るに至りました。

そこまで至ったときに初めて、自分が今まで信じてきた「信仰」とはニセモノであったことを素直に認めることができました。

そして、恐怖感をベースにしたニセモノの「信仰」と決別しようという決心をしました。

私が大川総裁のセクハラ事件を知ったときに、すぐに信じられなかったのも、「主には深い事情がおありなのだろう」という、いわゆる完全な思考停止状態でした。

普通の感性ならば、この耐え難い状況に会われた方への深い同情と、この事件の異常性を感じるはずなのですが、

そうならなかったのも、この間違った「信仰」によって理性がマヒしていたことなのでしょう。

以前、「信仰は汝を自由にする」ということを教義の中で聞いたことがあります。

しかしながら、信仰が汝を自由にするどころか、思考の自由を奪い、縛っていたということになろうかと思います。

私は、退会したことによって、自分の心や、自分の持っている信仰について、初めて客観的に見つめることができ、間違いに気付くことができました。

この教団との縁を切ることは、信仰が終わるのではなく、新たな信仰の扉を開くスタートであったと思います

それも真の「幸福」へと向かっていく信仰です。

もう今までの「信仰」などまっぴらです。

私は決して信仰を捨てたわけではありません。

逆に、ニセモノの「信仰」を捨てたことによって、さらに深い「信仰」に目覚めたと感じています

信仰とは、幸福感と喜びを伴うものであり、決して恐怖心を煽って人々を導くようなものではないと思います。

確かに今の日本の状況や日本を取り巻く世界情勢は危機的状況のように私達の目には映ります。

言っていることは確かにそうかもしれない。

しかし、それによって恐怖心を煽って、伝道や布施などの信仰を強要することとは別問題です。

ここに巧妙かつ悪質な「すり替え」を感じざるを得ません。

この部分を見抜かないと、退会した後も「マインドコントロール」が抜けずに苦しむことになると思います。

彼らの目的がどこにあるのかという「たくらみ」を見抜いていくことが大切だと感じます。

退会された後の感じ方や進路は人それぞれです。

しかしながら、私が聞いた限りでは、退会して幸福になったという方が圧倒的に多いというのもうれしい限りです。

しかしその陰では、この教団から被害にあい、退会後なお苦しまれている方々や、退会後もトラウマで苦しまれている方々もいるとの話を聞くにつけ、

この教団の罪の大きさたるやいかに、と思わざるを得ません。

これ以上、不幸な方々が増えないように、そしてこの教団がさらなる罪をおこさないよう、退会しマインドコントロールが解けた方々の手で、

いまだ苦しみの淵におられる方や、退会した後「信仰難民」となってしまわれた方々、

そしていまだにマインドコントロールされ続けている信者の方々へ救いの手を差しのばすことができれば、これ以上の救いはないと感じる次第です。

皆様の知恵に学び、そして自分の経験が少しでもお役にたてることを願ってやみません。

深層潜在意識との対話8 焦りの反省(1)

焦りの反省(1)

Tは私の表面意識であり、Sは私の深層潜在意識です。

自己対話を通して、「焦り」をテーマに自分の心と向き合ってみたいと思います。


T 私は焦りという事に関しては、幸福の科学の職員時代一貫してあったと思います。

ところが不思議な事に、還俗して焦りが急速に影を潜めていきました。

とは言うものの、今でも時折焦り出てくることがあり、失敗につながっています。

今日はこの焦りについて、その原因を探求したいと思います。

よろしくお願いします。

S 幸福の科学に入る前は、焦りはいかがですか。

それほど強くあったのでしょうか。

あまり無かったのでは有りませんか。

T いろいろ煩悶することは確かに多くあったのですが、それは焦りということではなかったと思います。

生長の家時代には焦りはほとんど見当たりません。

S そうですね。

あなたの焦りは、幸福の科学の職員時代に顕著に見られるのです。

どうしてだか分かりませんか。

T そう言われてみると、大川氏がすごく焦っていたのではないかと思います。

その影響を非常に強く受けていたのでしょうか。

大川氏の焦りは、大伝道のときにピークに達していて、100万人の教団にせよと言う指導霊団の命令があって、ものすごく焦っていたと思います。

その前は、講師の養成ということがメインでしたが、ここはまだしも時間をかけていたと思います。

その後も、3年に一度ぐらいはイノベーションと言うことで、新しい能力が要請されました。

その都度、それに追いつくために、非常な焦りがあったと思います。

S ということは、大川氏が焦りの波動を非常に強く発信しており、その影響下にあなたも常に焦りに追い立てられる状況があったのだということですね。

T 今までは、私は焦りというのは私の過去世からくるカルマかと思っていました。

しかし、私の人生を見てみると、焦りが猛烈に起きたのは幸福の科学の職員時代であり、その時は、誰よりも大川氏が焦りを持っていた。

つまり大川氏の影響のもとに、この時期に身に着けた傾向性が焦りだという事になります。

それでいいのでしょうか。

S 今まで潜伏していたカルマが、ある時期から出てくることはあるので、一概には言えないのですが、

あなたの場合の焦りは、幸福の科学の職員時代に身に着けた傾向性と考えるべきだと思います。

ではどのような焦りの傾向性を身につけたのか。

その焦りの奥にはどのような執着があるのか、それを点検してみましょう。

まず焦りの種類について、どういう焦りを経験しましたか?

T 悟りの焦りを最初に経験しました。

悟りが点数であらわされたので、論文の成績で誰よりも上位に立ちたいと思いました。

時に過去世が舎利弗であるといわれてからは、論文の成績がトップでないと、過去世より見劣りがするという思いから、常に悟りへの焦りがあったと思います。

そこにあったのはプライドかもしれません。

最高得点を取ってやっとプライドが満たされ、自己満足をもてたと思います。

もう一つ、もっと大きな焦りは、教学や講師能力に関しては誰にも負けない自信があったのに、

マネジメント能力に関しては、知識そのものも、また経験もなくて、非常に見劣りがしたために、ものすごく焦りました。

焦るのですが、何をどうしたらいいのかが分からず、ひどい時はパニックになりました。

その理由ですが、教学や講師能力で得ていた評価に比べると、マネジメントではうまく出来ないのですごくプライドが傷つくのです。

そのために何とかしたいのですが、人並み以上の事を求められたため、そこまで出来ず、劣等感を刺激されて、出来ないことで焦りだけが増していったと思います。

特に、悟りと実務能力の両方ができて、初めて今世の悟りとなるという教えでしたので、非常に自分を責めたと思います。

S 焦る心は、早く結果を出したいという気持ちです。

しかし、講師能力は、あなたが生長の家時代から十年以上磨き続けて獲得した能力なのですから、

それと同じレベルに実務能力を持ってくるのは、やはり長年月が掛かるのです。

経験が乏しい分、余分に時間が掛かるのです。

にも拘らず、すぐに結果を出そうとする焦りの心があるので、結果、出来ない自分を見るのが辛くて、逃避するわけです。

これが悪循環となりました。

あなたは還俗後に会社再建の仕事で、銀行交渉の実務を担い、3年間で公的融資を引き出して、会社を再建軌道に乗せました。

その間、3年という年月が掛かっているわけです。

ですから、やれば出来るのです。

出来ないのは短期間で成果を出さねばならないという焦りに原因があったのです

<気付いたこと>

「短期間で成果を出さねばならない」という「焦り」は、幸福の科学の職員時代に身についた「」である。

深層潜在意識との対話9 焦りの反省(2)

焦りの反省(2)

Tは私の表面意識であり、Sは私の深層潜在意識です。

自己対話を通して、「焦り」をテーマに、さらに自分の心と深く向き合ってみたいと思います。


T 確かに、自分の苦手分野と向き合い、或いは新しい分野と向き合い、出来ない自分に耐えるのは辛いことでした。

やはりプライドが傷つくのが辛かったと思います。

しかし、在家での仕事では、出来なくて当たり前と割り切り、能力と経験が足りない分は、長時間労働と誠実な努力、

そして頭を下げ続けるということで乗り越えました。

また、自分が知識も経験もないと割り切っているので、能力ある専門家の力を借りる事に躊躇しませんでした。

この点は、プライドに引っかかって、人の協力を得ることが出来なかった幸福の科学の職員時代とは大きく異なる点でした。

在家時代は耐えることを学んだと思います。

耐えながら、プライドの角を削られ折られ劣等感を凝視させられ、とにかく逃げないという姿勢を貫きました。

それにしても、やはり不思議なのは、在家時代に入ってから焦りが影を潜めているのです。

今でもないわけではありませんが、出家時代と比べると極めて少ないのです。

S そうなったことの最も大きい原因は、大川隆法氏の波動の外に出たことです。

焦りの最大の発信元は、大川氏であったのです。

その焦りの渦の中に、あなたも職員も巻き込まれていたのです。

その点を、よく見つめることです。

T 確かに、入局して3ヶ月の間に成果を出さなければ、「あの人間は出来ない人だ」という烙印を、大川氏に捺されていたように思います。

また、ある時期に成果を出せても、局面が変わると従来の能力が使えなくなり、或いは評価されなくなり、焦っていました。

また支部長に出されたり、本部長をしても、とにかく異動が激しくて十分にその業務に熟練する暇がありませんでした。

短期間で成果が出ないと、すぐに左遷、異動ということで、やはり焦りを持つなといっても、難しい状況だったと思います。

それが焦りが慢性的に生じる原因だったことが、今では理解できます。

大川氏の焦りは、最初から顕著だったかもしれません。

彼の猛烈な仕事量は、焦りからも来ていたように思います。

私は、彼が、「自分は釈迦の再誕だ」と宣言したせいで、それを証明しなければならないと思って、駆り立てられていたと思います。

さらにヘルメスであることの証明や、トスであることの証明のために、焦って焦って仕事をして、発展に次ぐ発展へと駆り立てられていたと思います。

そして目に見える成果を求めるあまり、数字だけが求められるようになり、じっくりと信者の信仰心を育成したり、

活動信者を養成したり、その前提として問題を抱えている信者等への救済という面では、非常に脆弱な組織だったと思います。

精舎研修や精舎の祈願が与えられましたが、お金が掛かりすぎて、すでに信仰心がある人は行っても、

これから信仰心を育てなければならない人は、とても払える金額ではなかったと思います。

そしてその結果、今、活動信者の激減に、おそらく見舞われていると思います。

そう考えると、育成という手間隙掛かる部分がおろそかにされたのは、大川隆法氏の焦りが招いたものかもしれません。

短期間で成果を出すという訓練が、私の中にもしみこんでいるので、本物はやはり時間を掛けて磨きこんでいく、

手間隙掛けて育てていくという気持ちを敢えて持たなければ、幸福の科学の職員時代にしみこんだ焦りの癖がなくならないと思います。

私にまだ残っている焦りも、結局そうした職員時代の滓(かす)のようなものだと思いますので、これは意識して払拭していきたいと思います。

有難うございました。

<気付いたこと>

焦りの癖は、大川氏の波動を受けて職員時代に染み込んだ「心の滓」である。

焦りで仕事をすると、苦手なことや成果が出にくいことから逃避するので、手間隙掛かる育成が出来なくなり、数字の結果だけを求めるようになる。

未熟で出来ない自分から目をそらさず、それに耐え、努力し続けることが重要である。

それが焦りの克服につながる。

洗脳解除のために① 幸福の科学の波長同通の法則を検証する

釈迦やイエスのメッセージを受けるのは9次元霊のみか

幸福の科学には波長同通の法則があります。

これは同じ波長のものが同通するという法則で、生長の家でも説かれていましたので、大川氏のオリジナルというわけでは決してありません。

むしろ普遍的な宗教的真理であるといえます。

しかし大川隆法氏の説には大きな特徴があります。

霊格による通信の制約論です。

9次元霊の通信を受けられるのは、9次元霊か、もしくは8次元でも上位の神霊でなければ難しい。

通常霊格が下がれば、ごく一時的に通信は受けられても、恒常的な通信は不可能であるという理論です。

この理論からいうと、通常菩薩では9次元霊の通信は受けられない事になります。

まして6次元、5次元の霊格の人は無理ですと、こうなります。

ここで、幸福の科学の次元理論を、一応そのまま、今は使います。

私はこれにも間違いがあると思っていますが、幸福の科学に洗脳されている方には話をシンプルにした方が

ご理解頂けると予想されますので、ここではそのまま使います。

さて、この理論で行くと、『仏陀再誕』をはじめ釈尊の指導によるとされる霊言や講演、さらにはイエス・キリスト、ゼウス、モーセ、孔子、

その他9次元霊の霊言を出している以上、大川隆法氏は9次元霊でなければならないことになります。

この理論を前提とすると、もし初期の霊言に正しいものがあり、釈迦やキリストの指導もあったと認めると、幸福の科学の波長同通の法則により、

大川隆法は9次元霊ではあったが、途中で転落して悪魔に入られるようになってしまったという結論になります。

すると、大川隆法氏の過去世の一つはダイバダッタであるという私の理論が、根拠を失う事になります。

実際に、その点に注意を向けるように促すメールを下さった方もいらっしゃいました。

それで、この問題に関する私の見解を出しておく必要を感じていました。

結論から言います。

大川隆法氏の波長同通の法則のうち、霊格による制約を説いた説は意図的な過ちであると思います

つまり9次元霊でなければ、9次元霊の霊言を受けることが出来ないという理論は間違いです。

理論的にも、現象的にも間違いであると思います。

この理論が説かれた意図を見抜かねばなりません。

この理論を入れておくと、釈迦やイエス・キリストの霊言を出している大川隆法氏が9次元霊であることを主張できるのです。

そして、自分だけがこうした9次元霊の指導を受けられる人であると、独占できるようになっているのです。

「地上に仏陀は一人である」という言い方も加えると、大川隆法氏のみが地上に降りた9次元霊であり、人類の指導者であると、こういう理論になります。

これが洗脳です。

これは大川隆法氏を9次元霊であると信じさせるための理論です。

それを見抜く必要があります。

それとともに、他の人がそうした高級霊と通信するのを阻止する理論であり、もしそうしたことがあっても「それはニセモノだ」というための理論になります。

大川隆法氏にとって実に都合のいい理論であることを、まず見抜いておかねばなりません

そこで、幸福の科学の波長同通の法則への批判を、これから行いたいと思います。

理論面と現象面の両方から行います。

まず理論的な面ですが、この理論の最大の間違いは、神(9次元霊やそれ以上の大宇宙創造の神霊までさして使っています)の力を

極めて矮小化してしまっているということです。

『9次元霊』でなければ通信できない」というのは、神の能力に限界をおいているのです

その法則(そういうものがあるとしてですが)に縛られて、その範囲内でしか動けない神というのは、その時点ですでに全知全能ではありません。

そもそも、真の大宇宙創造主・根本神(これは大川隆法氏のことでも、エル・カンターレのことでもありません)は、この宇宙のすべてを作られた神霊です。

そうであるなら、私達もその偉大な神(或いは神霊)の一部であり、根本神の体の一部なのです。

そうである以上、すべてに根本神が宿っております。

であるならば、根本神が自分の体の一部と対話(意識の交流)をすることなど、自由自在のはずです。

根本神が意図されれば、それは実現するはずです。

人間にはすべてに仏性があるということは、根本神への通路を全員が持っているということですから、その通路は根本神の側が意図されれば対話の通路になる。

ゆえに、神が意図された場合には、対話が可能であるはずだということです。

そうはいっても現実問題として、霊的な覚醒がまだ不十分な人へのコンタクトをどうするかという問題があります。

この場合は、その人よりも高次な意識状態を持った霊をその人にオーバーシャドーさせ、その霊を一種の変電装置として使い、

はるかに高次の神霊意識との交流を図るという方法があります。

これは欧米のスピリチュアリズムの文献を丹念に読むと、そうした説明が出てきています。

必要に応じて複数の「変電装置」を重ねていくと、その時点では霊的な覚醒の度合いに相当距離がある高級神霊とのコンタクトが取れるようになります。

つまり霊格の差を乗り越えることが出来ます。

そうなると、いわゆる9次元霊といわれる方々の霊言も、いろんな人が受けられる可能性が開けてくるという事になります。

私は大宇宙の根本神も、人間に働きかけることは可能だと思います。

握れば一点となり、開けば無窮となる(握一点、開無限)」という言葉は、

大宇宙に広がる意識が、点に過ぎない人間にコンタクトできるという意味を持つものと思います。

ただし、大宇宙の根本神ご自身が、人間として生まれることはありえないと思います。

もっとも、全ては根本神の顕現という意味では、「森羅万象根本神ならざるはなし」、という事になるので、

あらゆる人間は大宇宙の創造主・根本神の顕現であるということになるのではありますが。

以上が理論面からの検証です。

次に現象面からの検証に入りたいと思います。

これは幸福の科学自体が材料を提供してくれています。

東京正心館を始め様々な精舎では、いわゆる9次元、8次元の高級霊の「霊人公案」と称して、高級霊からの通信を誰でも頂けるという人気の研修があります。

本当にそういう霊が指導しているかどうかは別ですが、建前はそうなっています。

教団側では、これは、エル・カンターレの磁場だからできるとか、精舎だからできるとか言っていますが、これは営業トークです。

そう言わないと精舎に来なくなるので、そう言っているに過ぎません。

本当の神であれば、この地球全体が神の庭であり、ご神体でもありますから、精妙な空気の山の上とか、

静謐な建物の中とか、深海の底でも、一定の磁場を整えたところであれば、どこででも通信できるのが当たり前です。

さて、幸福の科学のこの霊人公案の研修が行われていると言うこと自体が、

9次元霊でなくても9次元霊の通信は受けられるという「事実」を認めてしまっている事になります。

従って、9次元霊の通信を受けるから、9次元の霊格があるとか、8次元の霊格があるとはいえないということを、物語っているのです。

そうすると、9次元霊や8次元霊の通信を受けて霊言をする大川隆法氏は、それをもって9次元霊であると主張は出来ないという事になります。

歴史的にもイエス・キリストが通信を送ってこられて、それをキャッチして回心をしたり、使命を自覚した宗教家は沢山います。

有名なところでは、パウロはイエスの弟子を迫害に行く途中(ダマスコスへの道だったと思います)で、イエスの啓示を受けました。

その声は「あなたは何故、私を迫害するのか」と呼びかけました。

パウロは「あなたはどなたですか」と聞きました。

すると「お前が迫害しているイエスである」と言う声が聞こえました。

その時は、パウロは強烈な光を感じて、目が見えなくなっていました。

イエスはパウロに、「やがて私の弟子に出会うから、その者が癒してくれる」という趣旨の啓示をパウロに送りました。

そしてイエスの言葉の通りになり、パウロは回心してキリスト教の伝道者として生涯を捧げる事になりました。

(私の記憶で書いていますので、多少の正確さの不備は御容赦ください)

幸福の科学ではパウロは7次元という事になっていますから、9次元霊のイエスの声を聞けるのはおかしい事になります

それもイエスの弟子を迫害するために道を歩いていた途中の出来事ですから、到底、高級霊と通信できるような心境ではないわけです。

幸福の科学の理論では、この時パウロは悪霊や悪魔に支配されているはずです。

そんな人が、イエスの声を聞けたのです

しかも、その声に従ったら、目が再び見えるようになり、パウロの信仰が一夜にして激変したわけです。

マザー・テレサもそうです。

彼女はイエスキリストの声を聞いて使命に目覚め、キリスト教の学校の教師(確か校長)を辞めて、

看護の知識を大学で勉強してから、インドのスラム街にたった一人で入って行ったのです。

これほどの変化は、本物のイエス・キリストの働きかけが無ければ不可能だと思います。

アメリカには、かつて大泥棒だった人で、後に回心してキリスト教の伝道師(牧師か神父かは不明です)になり、

多くの犯罪者を更生へと導いたスター・デイリーという人がいます。

スター・デイリーはアメリカ中を震撼させた大泥棒でしたが、つかまっても何度も脱走し、また犯罪を犯しては刑務所に舞い戻ります。

一切口を割らず、拷問のような状態の中で気を失います。

その時に、スター・デイリーは、愛のまなざしで自分を見ているイエス・キリストの姿をまざまざと見るのです。

そしてその時に魂で、イエスの愛、そして許しを感じ取り、全身が清められるのを感じます。

そのたった一回の経験で、脱獄と犯罪の繰り返しで全米に知られていた大悪党が、キリスト者に変容するのです。

そして、精進を続け、やがて伝道師となり、犯罪者の救済では右に出る人がいないほどの伝道者となるのです。

彼の著書には『愛は刑よりも強し』、『降り注ぐ愛の奇蹟』、『人類の福音』の三冊があります。

日本でも似たような人を私は生長の家時代に取材したことがあります。

真鍋さんという四国の方なのですが、いつもやくざ者と大喧嘩して暮らしていた一匹狼の手のつけられない暴れ者であった真鍋さんは、

ある朝、寝ている彼の頭をまたぐように立った一人の男性から「いつまで寝ているのだ。起きろ。」と言われて目が覚めます。

あまりにも鮮明な夢でした。

その日の朝刊を見ると、『生命の実相』の広告と講演会の広告が載っていました。

そこにあった顔写真の教祖が、真鍋さんの夢で見た人物だったのです。

それが谷口雅春先生でした。

それから真鍋さんは、谷口雅春先生の本を読み、講演を聴き、今までの生き方を大懺悔されて、伝道者に生まれ変わられました。

谷口先生は8次元の方ですが、ヤクザ者をしていた真鍋さんを回心させるために、彼の夢に現れ、語りかけたのです。

日本神道や仏教でも、そこに祭られている神や仏が、心の清い幼子や乙女に乗り移って(オーバーシャドーして)、神仏の言葉を告げる事は、よくあることでした。

平家物語にもそうした話が出てきます。

私はこういう話をよく読んでいたので、

「誰を通して神が私に告げ知らせるかわからない。

幼い子であっても若い女性であっても、神が選ばれた人が神仏の言葉を伝えることがあるので、決して年齢や職業で見て、相手を軽んじてはいけない」

という観念を、昔から強く持っていました。

以上が現象の面です。

このように見てくると、神が必要を感じられて本気で働きかけられる時は、

相手の人格を一夜にして変容させてしまうことが出来るぐらいの事をされてきたことが分かります。

神あるいは高級霊は、同じ霊格でなくても、無教養でも、子供でも、悪霊が憑依しているに違いない人に対しても、働きかけたり、通信を送ったりされています。

この事実を見ると、幸福の科学の波長同通の理論(特に霊格による通信の制約論)は、成り立たないことがよく分かります。

私達は、大川隆法氏の説く波長同通の法則の呪縛から、そろそろ開放されるべきなのです。

特に霊格を持ち出して、

「同じ霊格でないと神が通信できない。

ゆえに9次元霊の通信を受ける自分は9次元霊であり、自分以外の通信はニセモノだ。

幸福の科学以外の霊示はニセモノで、悪魔の仕事である。」

・・・というような、大川隆法氏を権威付けるために作られた理論の呪縛から解き放たれなければなりません

9次元霊の通信をある時期に受けられたからと言っても、大川隆法氏が9次元霊である事には決してなりません

大川隆法氏に特徴的な傾向は「自分が一番偉い。全ての者はわれに従え。」という慢心する傾向です。

これが、彼の最大の特徴なのです。

天上界は、彼のそういう傾向性を熟知されていたゆえに、初期においては様々な宗教家が無間地獄に堕ちている姿を見せられたのでしょう。

彼も最初の頃の講演では、そうした宗教家のあの世での姿を見て、

「これはいけない。

真実のみを語らなければ、万一嘘の霊言を世に広めてしまったら取り返しがつかない事になると思った」

と、自戒の言葉を語っていました。

こうした神仏への畏れを持っている間は、彼も神仏の指導を受けていたと思います。

しかし、慢心が出て、自分がどんどん偉くなっていき、何をしても自分は神だから許されるのだと思い始めたときに、転落し悪魔の支配下に入ったと思います。

特に最近の講演会や、書籍の内容をみれば、彼が悪魔からの指導を受けていることは明らかだと思います。


洗脳解除に役に立つ本『マウンド・コントロール』紹介

http://tanemura2013.blogspot.jp/2016/03/blog-post_30.html

芥川龍之介との対話②

文学の使命を語る


種村 「芥川先生は、一時は地獄へと行かれたのではないかと思うのですが、自殺の影響はいかがでしょうか。」

芥川 「まあ君の洞察通り、しばらくは苦しんだよ。

私は霊能者でもあったんだけど、心が暗い方向へ傾くと、やはり敏感に悪霊のささやきを感じてしまって、抜けれなくなってくるんだよね。

お金の苦しみもあった。

だんだんインスピレーションが悪くなっていって、特に書けない苦しみってあるんだよ。

それが大きかったよ。」

種村 「あの世の世界は見ておられたのですか。」

芥川 「夢で見ていたことも多いし、書いているうちに筆が走るということもあるね。

君が例えば、こうして書く時、私が君に語りかけているのを書くわけだろう。

君のように、私のところにも、私が書こうとする世界の人が来て、私に語りかけていくのさ。

やっぱり、彼らも自分たちのことを知らせたいという気持ちを持っているからね。

私のような霊感の強い文学者がいると都合がいいわけだね。」

種村 「先生のご使命は何だったのですか。」

芥川 「文学の世界を通して、人々に心を教えるということが、大きな使命だけど、

霊的世界を君のように心理学とか宗教じゃなくて、文学として教えるのも使命だった。

日本の文学にも、この系統のものは結構残っているし、大切な役割を果たしているんだ。

私も過去、そういう仕事をしたこともある。

科学万能の時代においては、文学という形でやったほうが多くの人々に受け容れられるから、宗教に劣らない仕事が出来るんだ。

その意味で、その実績を評価されて、上へ還ったということだ。

有島武郎君もやはりそうだね。

文学者はカウンセラーみたいなもので、人の心を非常に深く知るし、その世界へ心を飛ばして、そこで見聞きしたものを書いているところもある。

その世界が暗い世界だと、やはり引きずられていくのだから、危険な面を持っているんだよ。

しかし、一時的にそうなったとしても、やるべきことをやったら、もういいんじゃないかな。

こういう才能は早成(老成の逆)して、早めに地上を切り上げた方が、幸せかもしれないね。

ミルトンのように晩年に大作を書き上げるというのは、やはり大天才であって、通常はああはいかない。

ゲーテだってそうだけど、やはり彼らはスケールが違うよね。」

種村 「私が文学にはどう取り組めばよいのでしょうか。カウンセラーとしてですが。」

芥川 「君がもし文学を学びたいなら、その人の心の中に入っていくトレーニングとしてやるといいよ。

色んな心の世界はあるけど、そこへ入っていくんだ。

その人の心の動きの中へね。

そして、自分が疑似体験をしていく。

そうして自分の世界を広げていくといいと思うよ。

君は少し広がりが少ない。

高さはあるし、深さも持っているけど、広がりが不足しているね。

私のものも読めば、君の心の中に私が遊んでいた世界のポケットが出来るわけで、同じ世界を持っている人は入れてあげることができるよね。

そんなふうに使えばいいんじゃないか。

感情の機微(感情のひだと心の機微)みたいなものが少し鈍そうだから、役には立つと思うよ。」

種村 「文学の使命って何ですか。」

芥川 「人間の心の世界の広がり、深みを教えることじゃないかな。

人間は皆、心を持っているけど、その心を極めた人は少ないし、気づいていないんだよ。

ところが文学は、心の世界を深く深く掘り進んで描いて見せるわけだ。

それによって、自分の心の領域を広げる手伝いをしているわけだね。

読んだ人はその世界へつながっていくから、心の世界の旅行を体験するわけだね。

君の相棒も、人の心を自分に映し出して話しているわけだろう。

これも器を広げるね。

そういう意味では、人の心の可能性というものを、高みへと連れて行くのは難しくても、横とか縦とかに掘っていくことは可能であって、

物質に閉じ込められ、狭い世界に閉じ込められている心を、広くする役割はあると思うよ。」

種村 「先生には私にはどのような恐怖心があるのか、見えますでしょうか。見えたら教えて頂けませんか。」

芥川 「君が一番恐れているのは、神の御心に反していないかということだと思う。

これへの畏れは持っている。

この点を除いたら、君はこの世的な事にではあまり恐れを持っていないのではないかな。

もちろん、敵に隙を作って攻められるのは避けたい、とか、裁判などは出来れば避けたいという気持ちはあるだろうが、

神の御心ならば断じてやるという面は持っているからね。

神への畏れというのは、人間にはやはり要ると思うよ。

地上で神になって人々を従えるだけになったら、行く末は恐ろしいよ。

常に神への畏れをもって、己のありようを確かめながら生きてゆく。

そこに真の謙虚さが出てくると思う。

私たち作家が怖いのは何かといえば、筆が止まるということだな。

作家は書けなくなったら終わりだ。

その意味で、自殺で生命が終わっても、それは使命の終了ということだ。

私も予定してきた作品は、ほぼ出しえたと思うんだ。

もっと大作を書けないかという思いもあるが、欲を言えば切りがない。

芥川は芥川であって、すでに完結した人生だからね。

それでよかったと思っている。」

種村 「有難うございました。

大変貴重なご指導を頂き、感謝申し上げます。

私がもし『芥川龍之介が語る「文藝春秋」論評』(大川隆法著)を論評する時がありましたら、その時には御指導よろしくお願いします。」


<芥川龍之介氏のとの対話を終えて>

私は最初、大川隆法著の『芥川龍之介が語る「文藝春秋」論評』への批評を書こうと考えていました。

しかし、芥川龍之介氏のお人柄や思考法を知らずに、ただ論評するというのは、あまり生産性のあることとは思えなくなって、

まず芥川龍之介氏と対話をして、その上でどうするかを考えようと思いました。

そうして始めたのが、この対話です。

ちなみにその本を読む前に、この対話をしています。

しかし、やり始めてみると、芥川龍之介氏のものの見方や見解には触発されることが多く、改めて図書館へ行き、芥川龍之介氏の本を借りてきました。

特に霊的世界を文学に書くという使命について、非常に納得がいく部分があり、宗教家でなくても、

或いは心理学者でなくても、こうした世界を探究して世の中に知らせる仕事がある事を知りました。

私へのアドバイスでは、心の幅を広げる必要があるという指摘は、その通りであると思いました。

文学を読むことで、その作家が描いた心の世界に入り込んで体験することで、自分の経験の幅、心の幅を広げることが出来るという指摘でした。

カウンセラーとして、ユングや河合隼雄氏の影響で児童文学や物語に親しむようになったのですが、文学も意識して読んでみたいと思いました。

今回は、文学者も宗教家も心理学者もしくはカウンセラーも、意外と扱っている領域には近いものがあるのだということを自覚しました。

要するに心を扱っている以上、アプローチの方法論に違いはあっても、到達点は一致してくる部分があるのだと思います。

最後になりますが、これが本当に芥川龍之介との対話かどうかということの実証は、やはり難しいと思います。

しかし、読者に害のあるものを出してはいけないし、嘘を書いてはいけないので、できる限りのチェックはさせて頂いています。

その上で、一定レベルの信用性があると判断したので出させて頂きました。

読者の皆様には、ここに何か学んでいただけるものがあれば、大変うれしく思います。

洗脳解除のために② 「一千億年の孤独」考

大川隆法氏の孤独の真実を探る

幸福の科学の洗脳の中でも最大の洗脳は、「一千億年の孤独」という教義だと思います。

幸福の科学の信者が大川隆法氏を根本仏として信仰する根底には、この教義による洗脳があります。

そこで今回は、「一千億年の孤独」を検証してみたいと思います。

今回は、幸福の科学の基本教義をあまり知らない人のためにも、ある程度分かるような配慮をさせていただきます。

1.大川隆法氏の説く「一千億年の孤独」

大川隆法氏が「一千億年の孤独」説を最もまとまった形で説いたのは、1989年9月16日、

静岡・グランドホテル浜松にて開催された幸福の科学9月研修「知の原理を学ぶ」(9/15~17)の中の「青年部大会講話」でした。

まずどのようなことが説かれているのかを、抜粋して紹介します。

<講話:一千億年の孤独>

今から一千億年ほど昔の事になります。

その頃、この三次元の銀河系宇宙を創るという計画が出来ました。

その時には、私はまだ個性化はしてはいませんでしたが、その時の記憶があります。

その一千億年の昔、この三次元の宇宙を創ろうとした時に、前に広がっているものは、孤独でした。

時間も空間もまだ無かった。

時間と空間が出来ない時は、同じく念いを持ち、行動をする人も無かった。

そうした孤独の時に、一つの念いが芽生え、空間を創ろう、時間を創ろう、そう念って、永い永い孤独の間、

この宇宙を創って来る為に、私もその一助を為して来ました。

今から百億年ぐらい前になりますと、私の記憶はもっとはっきりして参ります。

この太陽系を創った、具体的な行動の一つ一つが、蘇って来ます。

そしてやがて、金星に高等生物を創った時、その時も孤独でした。

それからこの地球に、今から6億年ほど前に、人類を創ろうと計画した時も孤独でした。

(中略)

そして、今回、地上に生まれて、20才の頃、やはり私は孤独でありました。

理解を求めても、理解してくれる方はいませんでした。

私の、与え続けんとする想いはその頃から始まったと思いますが、この与えんとする想いに、確かな反応が来るまでに、10年かかりました。

それまでは、誰一人、私の投げた球を返してくれた方は、いませんでした。

(中略)

しかし、全ての出発点の前に、孤独があったと言う事を忘れてはならない。

今、あなた方一人一人が、孤独な中に生きていようとも、孤独な卵の中に籠もっている様な、そうした殻を破る前のひなであったとしても、

大宇宙が出来る前も、こうした孤独があったのだと言う事を、忘れてはならないと思います。

(以上)

幸福の科学では、「一千億年」と言う言葉は、「大宇宙の創造」と言う意味を持ちます。

そこで「一千億年の孤独」とは「大宇宙の創造主の孤独」という意味を持つのです。

幸福の科学の教えの体系を著した基本書に『太陽の法』があります。

ここには大宇宙の創造の歴史が書かれていますが、次のようにあります。

「根本仏は、いまから一千億年ぐらい前までに、三次元宇宙空間の創造を意図しておられ、

約八百億年前には、自らの意志でもって、三次元宇宙を統括する巨大霊を創造しました。

・・・銀河系のなかでも、わが太陽系が三次元宇宙空間に出現したのは、約百億年前です。・・・」(『太陽の法』第一章より)

これを見ると、一千億年と百億年と言う言葉の意味するものが、分かって頂けると思います。

2. 教義の矛盾

さて、「一千億年の孤独の教説では、すべての創造の前には「孤独」があるのだ、それは大宇宙の創造主も感じたものなのだ」と言う思想が説かれていたのですが、

これは『太陽の法』の中の別の教義と矛盾するといういことを、まず指摘しておきたいと思います。

『太陽の法』の第3章「愛の大河」には

地獄界をつくっている要素とは、一体なんでしょうか。

そこにうずまいている要素、想念エネルギーには、次のようなものがあります。」

とあり、合計34個の要素を列挙しています。

「ねたみ、そねみ、感情や本能にもとづく怒り、愚痴、・・・孤独、独裁主義、金銭欲、地位欲、名誉欲、不調和」

ご覧のように、「地獄をつくっている要素」の一つが「孤独」なのです

さらに続いて、こう書かれています。

これらは、すべてマイナスのエネルギーです

しかし、こうしたマイナスのエネルギーも、決して、実在のエネルギーではありません。

憎悪とか、嫉妬、怒りや不平不満も、結局は、愛の不在なのです

愛のエネルギーがたりないだけなのです。」

これによれば「孤独」は「地獄をつくっている要素」であり、それは「マイナスのエネルギー」であり、結局は「愛の不在」が「孤独」を生んでいると言うことです。

そうであるならば、大川隆法氏が説く大宇宙の創造主、或いは根本仏は、「愛の不在」を感じ、

「孤独」という「マイナスのエネルギー」によって大宇宙を創ったという事になります。

もしこの大宇宙が「一千億年の孤独」から生まれてきたのであれば、その創造主は「地獄をつくった方」だという事になります。

3.孤独は自我の感覚

孤独は思春期・青年期に深く味わう感覚です。

この時期は自我が本格的に確立する時期です。

つまり、自我の確立は孤独の感覚を伴うのです。

心理学では、青年期に自我を確立し、そこで感じる孤独から「親密性」を求めるようになり、男女の愛が生まれ、家庭を持ち、一家を形成することを教えています。

孤独という感覚は、自我の確立の影と言えると思います。

自我の感覚は自と他を切り離す感覚です。

全体につながり、支えられ、生かされているという感覚ではなく、他とは違う個性を求め、他人と競争し、

他よりも愛されたくて、そのためにもっと優れたものになりたいという思いをもたらす感覚です。

これは大切な人格発達のプロセスではありますが、物事の反面しか見ていないために、孤独の苦しみが伴うのです。

しかし、それ故に人は伴侶を求める衝動が生まれ、子孫が続くのですから、そこはうまく出来ていると感じます。

自我の影、これが孤独です。

「全体につながり、支えられ、生かされているという感覚」というのは、無我の感覚です。

諸法無我の感覚です。

この感覚が強まると、他もしくは全体とつながり、支えられ、生かされているという実感が生まれ、感謝が沸き起こります。

その時に孤独感はありません。

つながっているという感覚が、ずっしりと心に実感としてあるからです。

孤独とは、このつながりの感覚、生かされているという気持ちの欠如からくる感情だと思います。

4.孤独は無いと知った瞬間

私には32歳の頃に、一つの神秘的な体験があります。

私にとってはそれは心理学でいう「至高体験」の一つでした。

それは秋の頃だったと思います。

私は幸福の科学の職員として2年目を向かえる頃でした。

自宅の居間でくつろいでいた時、心が非常に静かに澄んでいくのを感じました。

すると心理学で変成意識と言われている意識の状態に切り替わり、自我意識が急速に薄れていき、消えていったのです。

その時に私はこう感じました。

私はすべてとつながっている。

あらゆるものとつながっている。

個性はあるが、個性を持ったまま、あらゆる生命、あらゆる星ともつながっている。

なんという至福なのだろう。

なんという安らぎなんだろう。

なんという静けさなのだろう。

深い静かな喜びがある。

すべてのものとつながり、すべての存在への愛がある。

私は心の中で問いかけました。「孤独は?」

すると即座に心の中に回答がきました。「孤独は無い」

孤独は無いのだ。

何処にも無いのだ。

すべてとつながって存在しているのが、存在の実相であり、存在の真実であり、そこには孤独は無いのだ。

私はそう知りました。

それは至福のひと時でした。

「ワンネス」という言葉がありますが、すべてとつながって一つと言う実感を表す言葉ではないかと思っています。

私のような経験をされる方が、世間には多くいらっしゃるのだと思います。

その約12年後に、私は還俗しました。

幸福の科学を退職したのです。

それまでの、様々な人間のつながりが切れました。

私は孤独の中にいました。

還俗直後の2、3年は、一人関西の大都市のマンションで、たった一人で苦しみと孤独に耐えながら、新しい仕事に取り組んでいました。

その時は、本当に孤独でした。

友人がいないわけではなかったのですが、孤独だったのです。

しかし、その時に、心の奥で、こう考えている自分がいました。

「この孤独はニセモノだ。

本当の自分には孤独は無い。

孤独で苦しむ自分は幻影であり、自我のもたらす幻に過ぎない。

本当の私はすべてとつながっており、孤独は無い。

孤独があるように見えるのは、今、本当の自分を見失っているからだ。」

その思いがあって、最も苦しい時を耐え忍べたと思います。

32歳頃の至高体験は、私には決定的な体験であり、否定できない真実の体験だったのです。

それが私を絶望と孤独から救ってくれていたと思います。

5.悦びの中に大宇宙は創造されたはずだ

母親が子供を宿しているときに、母親は孤独でしょうか。

男性の私は経験が無いので実感としては分かりませんが、子供をいとおしむ愛情は、孤独とは無縁のものだと思うのです。

希望や期待、夢、そして慈しみの心、そうした心が沸き起こる時期ではないのでしょうか。

人間の母親がそうなら、大宇宙を創造された神は、宇宙を創造される時、期待、希望、夢、悦び、そして慈しみの心で大宇宙の創造を計画し、実行されたと思います。

決して、「愛の不在」の感情の一つである「孤独」の中に大宇宙を創造されたのではないと思うのです。

6.一千億年の孤独を感じた魂とは誰なのか

私は、大川隆法氏の「一千億年の孤独」の教説が、深い感情的な実感を伴った言葉として説かれている事に着目します。

単なる観念ではなく、深い実感を伴っている。

それゆえに信者はこの教えを信じるのです。

しかし、私はこの実感を込めて語られる「一千億年の孤独」の言葉の奥に、大川隆法氏の実体験を垣間見るのです。

それは、一千億年とすら感じるほどの深い孤独を、この魂は味わってきたという「真実」です。

一千億年という時間。

この時間は無限の長さです。

この無限の時間に孤独を感じる場所と言うのは、たった一つしかありません。

それは無間地獄です。

幸福の科学で説かれている無間地獄は、主に思想犯が行くところです。

他の人に思想的に害を与えるので、他のすべての人と切り離されるのです。

たとえば「神は死んだ」と説いて、最後は狂気の中で死んだニーチェは、ヘドロの沼に足に鎖をはめられて、

たった一人にされているという描写も、幸福の科学では説かれていたと思います。

いずれにせよ、深い孤独です。

地獄では、この世の時間に比べて、その数十倍、数百倍にも、苦しみの時間を長く感じると言われています。

千倍も長く感じるとしたら、1億年は地獄にいなければなりません。

1億年以上地獄の最深部にいて、地獄世界を文字通り創造してきた方と言えば、西洋で有名なサタン、ルシファです。

幸福の科学では一億二千万年前に彼は地獄に堕ちたと言われています。

彼の感じる無限に続く孤独であれば、「一千億年の孤独」という言葉にふさわしいのではないかと思います。

https://tanemura1956.blogspot.jp/2012/09/blog-post_10.html

相対的な世界、つまり通常の私達の生活の中で、孤独というものが一つの大切な人生の要素になっているのはその通りだと思います。

しかし、それはあくまでも相対的な人間の世界の事です。

自我が確立してくる段階で、自他の分離感が強まり、また親との分離も伴うので、孤独の苦しみが伴うのは事実です。

それもまた人間の成長にとって必要なプロセスですが、それもまた相対的な世界でのことです。

これとは別に、道を共に求めることのできる人がいないなら、人と群れようとせずに

サイの角のように独りで歩めという釈尊の言葉もありますので、その時は孤独です。

しかし孤独は孤独感とはかならずしも一致しません。

孤独は一人あることですが、孤独感は大勢の中にいても感じます。

一人であっても無我なるとき、孤独感は無いのではないでしょうか。

逆に、大勢の友人の中にいて家族の愛に恵まれていても、自我が強烈な時、

「砂漠の中を一人歩むような孤独を感じます」と言われたクライアントもいらっしゃいました。

この状態では、孤独は確かに地獄の苦しみです。孤独には両面があるようです。

しかし、これらはいずれも相対的な世界における孤独です。

ところが、私がここで問題にしているのは、大川隆法氏の一千億年の孤独についてです。

「一千億年の孤独」とは、絶対者である大宇宙創造主・根本仏が宇宙を生み出すときの心境は「孤独であった」と語っているのです。

これはおかしいというのが私の論旨です。

孤独とは、多があって一を感じるときに、つまり相対の世界の中で起こる感情です。

相対がない、多がなく、比較の対象もない絶対の世界の中で、孤独という感情はありえないのではないでしょうか。

何故なら、根源にあって一なる存在ですから。

大川氏の魂が味わったという孤独は、無限とも感じられる無間地獄の孤独なのです。

大川氏が「自分は大宇宙を創造したときにずっと孤独を感じていた」というのは、無間地獄の孤独感を投影して語っていると思います。

ここで改めて、確認させていただきたいのですが、日常生活の中で孤独というものにプラスの意味がなく地獄的な感情でしかないと私が思っているわけではありません。

私は全ての感情は意味があって存在していると思っています。

バランスを崩して何かが過剰に傾いた場合は問題が生じますが、いかなる感情でも、感情それ自体は価値のないものはないと思います。

例えば、恐怖という通常は地獄的とされる感情でも、それがなければ肉体生命の維持が難しいといえますし、

神に対する恐怖は、通常「畏れ」もしくは「畏怖」という言葉で表現されますが、これは人間が傲慢にならないためには絶対に必要な感情ではないかと思います。

しかし、あくまでそれは相対の世界においてです。

絶対の世界においては、孤独感も恐怖心も存在しないと思うのです。

大川隆法氏を名誉毀損で提訴しました。

2012年9月10日、私は大川隆法氏と幸福の科学出版株式会社を東京地方裁判所に、名誉毀損で提訴しました。

請求金額は3000万円と弁護士報酬分300万円、および産経新聞へのお詫び広告費用分です。

提訴の理由は『舎利弗の真実に迫る』の丸々一冊を使って、幸福の科学を除名され組織を離れた一市民である私の、

社会的信用と名誉を傷つけ社会的に葬り去ろうとした事に対抗して、私個人の名誉の回復をすることです。


アイマイミーです。

このたびの提訴まことに喜ばしいことと存じます。

被告が大川隆法であるということが重要なポイントですね。

拙ブログで、提訴の話を聞いて発表した途端、2チャンネルでも大問題としてとりあげられ、さらには、やや日刊カルト新聞のコメント欄でも話題が沸騰しました。

アンチが大喜びしたのは当然のこととしても、幸福の科学学園関西校の反対運動をしている

滋賀県大津市の住民のみなさんもたいそうな喜びようであったと伺っています。

ところで、幸福の科学側は今、頭をかかえていることでしょう。

なぜなら、いままでは、霊言を出してもどこからのクレームもなく、これからも名誉毀損で訴えられることはないと、タカをくくっていたからです。

その上に、霊人が大川を通して喋るのだから、大川自身の責任は問われることはないと勝手に思い込んでいたフシがあります。

しかし、この種村さんのまさに「想定外」の訴訟により、大川自身が被告になるとは想定もできなかったわけで、

まさに大川自身に観自在力がないことの証明ともなる、青天の霹靂となったわけで、これほど愉快なことはありません。

10日、11日の2チャンネルの幸福の科学側のカキコミも総じておとなしく、どういう反応を示していいのかがわからず、右往左往していました。

おそらく、総合本部では、この訴訟をどう対処すべきかの会議がずっと開催されていたはずですが、例によって結論はでていないでしょう。

なぜ、それがわかるかといえば、10日付けで出された職員弁護士の佐藤の「懲戒請求に対する反論」があまりにも杜撰で、

自分の行為に対する弁明すらも投げ出して、この種村さんの訴訟を検討しなければならなかったということを読み取れるからです。

いま、一番焦ってるのは、もちろん、大川隆法です。

なぜって、被告ですからね。

いつも逃げ回っていた裁判に、被告として必ず出廷しなければならないんですから。

今頃、ぶるぶる震えて、愛人に慰めてもらっているところですよ。

大川隆法ほど気の小さい人間はいませんからね。

長年、大川隆法のそばにいて、秘書の最高責任者だった私が言うのだから間違いはありません。

日本中の多くの人々は、今回の種村さんの勇気ある行動に深く感謝しています。

そして、種村さんの勇気ある行動が、さらに多くの人の心を勇気付けています。

それは、大川隆法という存在が、単なる見せかけばかりの張子の虎にすぎなかったことを証明してくださったからです。

これがら、続々と大川隆法を追い詰める人が多数輩出されます。

その意味で、先駆的役割を担われた種村さんに、心からお礼を申し述べたいとおもいます。

種村さん、ありがとうございました。

特別寄稿 幸福の科学・洗脳解除の方法

体験的マインドコントロールの解き方 アイマイミー

マインドコントロール(以下、マイコン)を解くには残念ですが、時間がかかります。

基本的にはマイコンされた期間と同じだけの時間を要すると考えて下さい。

私の場合、完全に抜け切るのに5年はかかりました。

丁度、職員期間と同じ長さです。

その間は苦しかったですよ。

あらゆることを、幸福の科学の価値観で見てしまうからです。

人をみても「あいつは仙人だ、いや天狗だ」とか、「あいつは変なものに憑依されてるんじゃないの」とか・・・

こんな風な考え方をすれば人間関係もおかしくなるのは当然ですね。

また、本を読んでも“幸福の科学的価値観“で見てしまうので、まっすぐに入ってこないんです。

とくに、大川の主張は、学説でも何でも異端邪説ばかりを採用してますから、主流の良識ある意見が受け入れられなくなってしまうんですね。

ところで、幸福の科学をやめたあとでも、未だに、“「ご」法話を「拝聴」した”とか、“「頂いた」「ご」本尊”とか無意識に、

いまだ大川と幸福の科学に敬語を使っている人もいますね。

そういう場合は、まだ、完全にマイコンから抜けきっていないわけです。

あんなもん、呆話とか鬼畜大川の顔写真くらいいってやればいいんですよ(爆笑)

さて、マイコンを解こうとするときに重要な注意点があります。

焦るあまり、急に引き剥がそうとする人がいますが、それは、大変危険なやり方です。

これは絶対に避けてください。

急に引き剥がしますと、必ず反動がきます。

ゆれ戻しがひどくなり、またもとの木阿弥になるか、ノイローゼや鬱状態になる場合もありますから無理強いはしてはならないのです。

これは、自分の意思とは無関係に襲ってくるものです。

たとえば、喫煙癖のある人が、「今日からタバコやめた」と宣言しても、数日後には禁断症状がでて、また吸ってしまうというのと同じ現象なんです。

現在意識が、潜在意識をコントロールできないから、こうしたことがおきてしまうわけです。

これは、もう、時間をかけてゆっくりとマイコンを解いていく以外には方法はありません。

時が解決してくれますので焦らないことが一番重要です。

それでは、自然にマイコンを解いていく方法を説明いたしましょう。

「基本は、大川の読書傾向とは全く違う本を読む」ということです。

私は、長年、大川のそばにいましたから大川の読書傾向がよくわかっていました。

大川の講演などを聴いて、ときには、「あの話はあの本からパクッてきたな」なんてわかることもありました。

ズバリ、いいますと、大川の本の読み方には決定的な特徴があります。

大川は、政治とか宗教の本、あとは漫画などをよく読んでいましたが、文学系統は殆ど読んでいないのです。

しかも、本の読み方は、速読術です。

これからいえることは、大川の読んでいない領域の本を、じっくり読み込むということが一番なんです。

現在の大川の講演は、愛人との耽溺生活に耽っていて、読書していませんから全く無内容な話ばかりですが、以前、それなりに読書はしていました。

しかし、それでも、文学の領域には全く手が出ていないのはお気づきでしたか?

純文学とか、日本浪漫派の作品とか・・・

ということは、大川が読んでいない傾向の領域に踏み込めば、「大川の呪縛から解き放たれることができる」ということになるはずです

それに、大川は速読術です。

でも、速読術には大きな欠点があるのをご存知ですか。

速読術の大家が書いていたのですが、「速読術で感動的な本を読んでも感動しない」のだと。

「感動するためには、ゆっくり味わって本を読まなければならない」のだと書かれていました。

つまり、速読術の大家でさえ、感動するためにはじっくり本を読むということなのです。

そういえば、大川の本で、心のそこからわき上がる感動の本なんてありませんよね。

説明ばかりのノウハウ本ばかりですよね。

大川は感動して本を読んだことがないのです。

だから、無味乾燥の、人の悪口しか書いてない本になるんです。

これからいえることは、たとえば司馬遼太郎氏の血沸き、肉踊る本、日本浪漫派の心に染み入る本、

純文学で人間の生き方を問う本などが最もお勧めということになります。

あと趣味を持つことです。

何かに没頭すると幸福の科学のことは思い出しません。

思い出さない時間を長くすることでマイコンは当然解けていきます。

スポーツでも、なんでも構いません。

また、幸福の科学を長年やっていたために、やりたくても犠牲にしていたものはありませんか?

そういうことを見つけることが大切なのです。

そちらの方に、無理してでも、ご自分の意識を向けてください。

そうした趣味に没頭していて、幸福の科学などを思い出さなくなったとき、マイコンは解けていますよ。

さらに、もうひとつ、取っておきの方法があります。

それは、自分のブログをつくって、大川批判や、幸福の科学批判をすることです。

最初は2~3行くらいかけないかもしれません。

私もブログ開始時は3行書くのが精一杯でした。

でも、書いていけば、大川と幸福の科学の言っていることがでたらめだと次第にわかってきます。

稚拙でもいい、没論理でもいい、自分の思いをぶっつけてみるのはマイコン解除に大きく役立ちますよ。

書くことがなくなれば休筆すればいいことですから。

でも、最初から、2チャンネルへ行くのはちょっと避けたほうがいいですね。

意地の悪い工作員の標的にされますからね。

なお、いくら大川批判をしても、名誉毀損には一切問われませんから安心して批判してくださいね、これは、最高裁判決で、お墨付きがでているからです。

「宗教法人及びその主宰者等は、法による手厚い制度的保護の下に、人の魂の救済を図るという至上かつ崇高な活動に従事しているのであり、

このような特別な立場にある団体ないしその責任者は、常に社会一般からその全存在について厳しい批判の対象とされるのは自明のことというべきであろう」

ってね。

文句を言う人があれば、この判決文を教えてあげてください。

最後に、私は、大川を批判し、幸福の科学を批判するために、意図的に大川のことを思い出しながら、資料を探し出しては読んでいますが、再洗脳にはかかりません。

免疫ができているからです。

ただし、大川のDVDなどを見るときは、ヘッドホーンなどは絶対に避けています。

雑音交じりでないとまずいというのは体験的に理解しています。

なお、私は、大川を批判するときは、大川と同じ発想にたって、大川が一番嫌がる言葉を敢えてぶつけるようにしています。

それを見て、一部の人がいろいろ言っていますが、この方法が、ゴキブリ退治には一番有効だと思っています。

単なる評論活動では破壊力も救済力もありませんからね。

つまり、私は基地外集団に対して、私も基地外になって戦っているわけです。

話しても説得できるわけがないですもんね。

本当の私は、上に書いているような優しい穏やかな人なんですが(爆笑)

ただし、戦争にのぞむときには、激しい言葉を持って、また、あらゆる知恵を出して戦い抜いていきますよ。

大川を撲滅するまで戦うことを誓ってますから。

どうか、以上のことをお踏まえになり、焦らず、じっくりとマイコンを解除されるように、心からお祈りいたしております。

投稿体験談 私の洗脳解除① 漫画家・斎藤栄一

マインドコントロールの解けるまで 斎藤栄一

私は漫画家兼イラストレーターをしています。

最近、幸福の科学を退会しました。

私が何故幸福の科学を退会したのか、その理由を書かせていただきます。


1.宗教に興味をもったきっかけ

私は20代後半までは宗教を否定していました。

宗教は弱者が頼るものとしか考えていませんでした。

ところが、30歳を目前にしたある日、ふと思うことがありました。

「自分が死んでも、この世は何も変わらないだろう。

それなら、自分の存在って何か価値があるのだろうか?

それに、死んだら自分という存在はどうなるのだろう?」

私は独身でしたし、職業柄一人で過ごす時間が多いので、漠然とした不安を感じていたのだと思います。

その不安を解消したいのと、探究心から死後の世界を調べてみたくなりました。

それがきっかけで、宗教書を手にしたのです。

最初に読んだのは新約聖書でした。

イエス・キリストの壮絶な生き様に、とても感銘を受けたのを今でもありありと思い出します。

自分が救世主と同時期に産まれていたら、どういう行動をするか考え込んでしまいました。

読み終わった後、外に出て夜空を見上げた時、星が降るように輝いて見えました。

この時期に救世主と一緒に産まれることが出来た人は幸せだという考えをもったように思います。


2.幸福の科学に入信したきっかけ

宗教書やスェーデンボルグなどの霊界を書いた書籍を読んでいるうちに大川隆法氏の書籍を手にするようになりました。

きっかけは「高橋信次霊言集」でした。

高橋信次氏はGLAという宗教団体の教祖です。

私は高橋信次氏の霊界観に惹かれ入信しましたが、跡継ぎの方と集っている人達に何の魅力も感じなかったので、1年で辞めました。

そんなある日、知人から大川隆法という人が高橋信次の霊言を出しているとの情報が入りました。

私は驚き、さっそく「高橋信次霊言集」を購入し、むさぼるように読みました。

語り口調が高橋信次氏に酷似していましたので、これは本物だと思ってしまいました。

それで、幸福の科学に入信したのです。

そのうち、大川隆法氏は自分を救世主と名乗るようになり、そういう人のお役に立てるならと、幸福の科学にのめり込んでいきました。


3.幸福の科学が変だと気がつくきっかけ

集っている信者は良い人が多く、皆さん地上ユートピアを創るという情熱をもっていました。

ところが、職員は傲慢で会員を見下すような人がいたのです。

そういう職員は初期の頃は少数しか目に止まりませんでした。

それが、教団内部で仕事をする機会があって、傲慢な職員が多数いることがわかったのです。

大川隆法氏は以前「実った果実を見れば、その木が何なのか分かる」と言っていましたので、

職員が傲慢な人が多いという事は、木である大川隆法氏も傲慢なのではと疑うようになりました。

それまでは大川隆法氏は救世主だと信じていましたので、ここで葛藤が生まれるのですが、幸福の科学が変だと気がつくきっかけは職員の言動だったといえます。


5.幸福の科学を脱会したきっかけ

幸福の科学の教義に「私的幸福から公的幸福へ」というのがあります。

家庭を幸福にするのが、ユーピアづくりの基本という普遍的な教えです。

ところが、大川隆法氏は離婚はするは、愛人はもってもいいということを支部でしか買えない書籍(注1)に書くはで、

言っている事とやっている事があまりにも違いすぎるようになりました。

脱会の直接的なきっかけは、大川隆法氏の離婚騒動ですが、幸福の科学がなんとなく変だと思う事は、近年多々ありました。


・ 会員数が教団の公表より大幅に少ないのではないか

・ 何故、会員同士の横のつながりを重視しないのか

・ 初期の頃は個性を重んじ優しい人が多かったのに、何故最近は他人(特に信者以外の人)を裁く人が増えたのか

・ 日本や世界に天罰が起こればいいなどと恐怖の予言が多くなり、世界を救うという観点がないのではないか

・ 心に響いてくる説法がなくなってきたのではないか


これらの疑問は、信仰心に反するかと思い、胸にしまっていました。


6.脱会後の心の立て直し

脱会当初は信じていたものに裏切られたことにより、虚脱感に襲われました。

それでも、書籍やグッズの処分をしている間は、すっきりした気持ちになりました。

それが一段落すると、自分を責めるようになりました。

「何であんなモノにだまされてしまったのだろう」と。

脱会に至る途中でも考えすぎて眠れなくなる事が何度もありましたが、脱会後も自分を愚かさを嘆いて眠れない夜がありました。

そんな私が立ち直るきっかけとなったのは、妻の一言でした。

だますほうが悪いに決まっている、自分を責めるな

それから、徐々にではありますが気持ちが前向きになっていきました。

今では、幸福の科学に残っている信者さんに教団の真実を知ってもらいたいと思うようになりました。


7.幸福の科学のマインドコントロール

大川隆法氏は過去の偉人が残した素晴らしい教えを自分の説法に数多く引用しています。

だから、数多くの人が感動して入信したのだと思います。

また、その説法は時には涙ながらに訴えて、「私を信じて下さい」とか言っていましたので、

まさかこんなにまでして嘘をつく人はいないだろう、これは真実を訴えているのだと、多くの信者は思っていたと思います。

そして、大川隆法氏は何段階かにわけて、自分の立場を偉くしていきました。

その理由に自分の悟りがあがったからだと説明していました。

それで信者は、何の抵抗もなく受け入れてしまったのだと思います。

そこへ、恐怖の予言を持ってきて信者に活動をさせる。

信者は、教祖を守るため、日本を守るために必死になる。

そのうち、家庭よりも教祖をとれという説法が出る。

そこまでしないと世を救えないと信者をたきつける。

さらに自分の頭で考えるなという説法をする。

・・・というような流れで、教祖はじょじょに信者をコントロールしてきたように思います。

だから、脱会する時に迷うポイントは大川隆法氏を救世主かどうか自分で判断できるかだと思います。

「自分の頭で考えるな」とまで教祖に言われてしまうと、信者は疑問に思っても教祖には

何か我々には分からない深い考えがあるのだと考えて思考停止してしまいます。

でも、教祖にしても、職員にしても言動の不一致は隠せません。

愛を説いているのに、活動に愛がない。

知を説いているのに、考えるなと言う。

反省を説いているのに、まず相手を責める。

発展を説いているのに、じり貧になっている。

「魔のせい」と一言で片付けるのが、幸福の科学の慣習になっています。

それに、イベントを立て続けに行わせて、信者に深く考える時間を与えません。

信者に教祖の言う通りにしていれば大丈夫と思わせるためです。

幸いなことに、私は職業柄ひとつのことについて考え続ける癖があったので幸福の科学への疑問を追求することになりました。

それがマインドコントロールから脱却するきっかけにもなったと思います。

今、幸福の科学に残っている信者のかたがたも、誰かのせいにするのではなく、いったん立ち止まって、

ご自分の目や感性で回りを見れば真実が見えるのではないのでしょうか。


(注1)

問題の書籍は「家庭の法に関して」というタイトルで、イエス様とヘルメスの霊示だったと思います。

愛人に関しては、第1章の方でふれていました。

細かい文章は覚えていませんが、要約すると

「責任が重い立場にいる人(社長など)はストレスがたまるので、愛人をもってもかまわない」

といった内容だったと思います。

家内は一夫多妻を容認する内容だったような気がすると言ってます。

でも、愛人容認の記述があったのは確かです。

会員さんにその箇所の感想を聞いたら、松下幸之助さんにも愛人がいたからいいんじゃないか、という返事が返ってきました。

恐るべしマインドコントロールです。

投稿・洗脳解除のために 幸福の科学の「信仰」を問う

投稿 幸福の科学の「信仰」と「敵」の存在

最近、幸福の科学を退会者されたから投稿をいただきました。

この方は経営コンサルタントをされている40代の男性です。

幸福の科学の「信仰」についての踏み込んだ考察をして下さいました。

洗脳解除の一助となるので、紹介させて頂きます。


1. 人身掌握の方法としての「敵」の設定

9.11のアメリカで発生したテロ事件はまだ記憶に新しいところですが、このときの現象として、

アメリカの「敵」として現れたテロリストに対する報復に向けて、アメリカ民衆の心は1つになり、ブッシュ氏の支持率も異様なほど高くなりました。

この例を見ると、目の前に「敵」が出現することにより、その「敵」に立ち向かっていく指導者によって、

彼らの心が一つになり、その方向に向かっていくことができるといことであろうと思います。

その結果、指導者は人々によって高い支持を受けます。

このようなことは、今までの歴史上に数多く起こっていたことでした。

そうして、歴史上の英雄が出現し、さまざまな歴史が創られていきました。

逆に、人心を掌握するという方法において、仮想的に「敵」をつくり、または自分たちにとって不利益にとなる存在を「敵」として意識させ、

その敵に対して意識を向けさせ、その意識共有を図ることによって人々の支持を得るという手法は、至る所でとられています。

今日発生している韓国や中国における領土問題や反日教育などは、過去の因縁から、

日本を「敵」と意識させることによって、人身掌握の手段として意図的に用いてきたものといえます。

同様のことが、幸福の科学の最近の「信仰」の手段においても見られます

90年頃のノストラダムスに始まって、講談社事件など、仏敵と称して、数多くの敵を生み出してきました。

そして最近は、左翼勢力、マスコミ、中国、(悪質)宇宙人etc、「敵また敵」のオンパレードとなっています。

その「敵」と対峙するために、エルカンへの信仰を求められます。

確かに、これらの中にも「敵」としての存在があることは認めますが、それらを信仰と結びつけるかどうかは別の問題です。

要は、現在の幸福の科学の「信仰」たるものは、全くの不純なる動機によって成り立っているということです


2.不安、恐怖心、憎悪を伴う「信仰」とは

過剰に「危機意識」をあおり、仮想「敵」をつくって、そこに生じるものは、「地球愛」などではなく、不安、恐怖、憎しみなどの負の感情です

これにより、それを信じている人々(信者の方々)は、精神的なストレスとある種の混乱状態に陥り、理性に基づいた正常な判断ができにくくなります

そうした中において、この状況を解決できるのは宇宙神のエルカンだけである。ということになれば、

いやでも「信仰」を強めていく方向に心情が動いていくでしょう。

また、自分たちに向けられた批判をかわす、もしくは隠蔽するために、自分とは違う「敵」を創出もしくは指し示し、人々の批判をそちらに向けるということも、

前述した人心掌握の方法と同じ構造なのですが、これは大川氏の「きょう子氏批判」で用いられた手法であることは、周知の通りです。

この状況は、現在の中国や韓国の、日本に対する感情と似ています。

彼らの心には、被害感情と憎しみで正常な判断ができずにいます。

特に今の韓国の大統領は、これらの感情に便乗し、支持を得ようとしているように見えます。

中国の活動家も同様な傾向が見られます。

中国では、中国政府に対する不満が高まり、暴動も起きていますが、尖閣諸島の事態を巧みに利用して、

彼らの批判を日本に向けて自分たちへの批判をかわしているような状況が見られます。

情けないことですが、このような意識レベルにまで、幸福の科学の「信仰」は下落してしまったといえるでしょう。


3.マインド・コントロール解除の第一歩

教えで人を導くことができなくなってしまったがために、このような手法を用いて、人を導くしかなくなってしまったというのも理由の一つでしょう

果たしてこれが信仰といえるのでしょうか。

仏教やキリスト教は、こうではなかったはずです。

仏教は、心の王国を築くことに、キリスト教は、愛の教えに終始しておりました。

まったくこれらの宗教とは正反対です。

このような「信仰」に対して、どのような手を打っていけばいいでしょうか。

ただ、この問題は、幸福の科学の「信仰」のみならず、日本国民が似たような状況下に陥りつつある危険性を感じます。

特に最近になって、マスコミでは、韓国や中国の脅威や領土問題、原発などの脅威、大地震の予知と津波の被害、等々、数多くの不安を煽っています。

未来に希望もなく、後ろからは危険が迫っている・・・、

日本人の多くはまさしく前述したような精神的ストレスと混乱の状態に陥っているかもしくは陥りつつあるように感じます。

まだ明確な「指導者」は出現していませんが、「土壌」はできつつあるような気がしています。

よって、単なる幸福の科学の「信仰」だけの問題ではなく、同様な状況が日本を覆いつつあるように見えます。

幸福の科学の闇が日本全土に影響しつつあるといったら言い過ぎかもしれませんが、なにせ精舎が全国各地に点在しているので、

その悪影響を考えたら、関連性もまったく否定できません。

ただ、このようなアジテートを行ったところで、先に待っているものは「破滅」でしかありません。

今までの歴史を見ても、ナチスのように一時は繁栄を謳歌するように見えますが、必ず滅びるということが、歴史の証明するところです。

今の中国はもちろん、韓国や日本についても、このままいけば「破滅」が待ち受けているということです。

そして一番言いたいことは、幸福の科学は、このような安易な「信仰」に手を染めてしまった時点で、すでに「破滅」が始まったといえます。

アジテートする者はもちろんのこと、される側も、そのまま「破滅」に向かっていきます。

言い換えれば、教祖もろとも地獄に引きずられてしまう、ということです

間違った方向に煽動する者の「たくらみ」に一刻も早く気付くことが、マインドコントロールから抜け出る第一歩になろうかと思います。


4.正しい信仰の模索と行動原理としての「徳」

まず、「信仰」の正しい形を示さねばなりません。

彼らには、正しい「信仰」とは何であるのかということを、改めて指し示さねばならないのです。

「信仰」に不安や恐怖、憎しみは不要です。仏教やキリスト教もそうであるはずです。

退会された方々も、間違った「信仰」を捨てることによって、信仰そのものを捨てるのではなく、正しい信仰を得て欲しいと思っています。

「信仰」というものに一線を引く方々であるならば、「」を大切にしてほしいのです。

古代中国や日本には、「徳」を重んじ、徳によって人々を導くということが行われてきました。

「徳」において大切なことは、「信義を通す」、つまり、天に照らして正しいことを断固貫き通すことだと思うのです

今の日本は、これらの精神が全く失われています。

不安や恐怖から生じるものは「自己保身」です。

今日本を覆いつつあるこれらの病魔に対峙するためにも、「徳」の復興が不可欠なのです。

「徳」を武器として、悪しき「信仰」と対決し、「敵」と見える諸外国と対峙し、かつ彼らを善導していかねばなりません。

そして、「徳」と「信義」でもって一人一人が自らを向上させ、周りの人々を照らし、そして日本を照らし続けなければならないのです。

「徳」はキリスト教の「愛」にも通じるものです。

これらの思想は宗教は違えども、必ず1つにつながっていくものなのです。

そして日本は、本来の姿に立ち返らねばならないのです。

そこに大きな希望を見出すことができるのです。

今の日本の取るべき立場としては、この「徳」と「信義」であるのです。

公正な立場を貫き、断固引かないという精神態度が不可欠であるのです。


5.憎しみを超えて

ここに述べた内容は、幸福の科学の「信仰」が単なるマインドコントロールになっているということを暗に示しています。

はっきり言って「覇道」です。

しかし世界を見渡してみると、その「覇道」たるものが中国を中心としたアジア諸国やイスラム圏、そして日本にも広がりつつあることが見えてきます。

歴史を見ると、覇道の行く先は「破滅」です。

複雑なようで単純な構造ですが、その構造のからくりを見抜くことが世界を「破滅」から救う一法であることを感じます。

また、この見方は、「許しの原理」を含んでいます。

今日本は、中国や韓国に対する憎しみの感情が高まっています。

彼らの日本に対する憎しみの感情が、日本国民にも影響しているように見えます。

憎しみが憎しみを生んでいるということであろうと思います。

同じようなことがイエスの時代にもありました。

イエス時代のユダヤの民は、ローマ軍からの抑圧された状況から、自分たちを救ってくれるメシアを切望していました。

そしてイエスの登場で、彼らはイエスにその望みを託しましたが、イエスのみはそうではなく、「許し」を説きました。

その結果は、歴史が示したとおりです。

彼らも破滅の道を歩みました。

憎しみを憎しみで返してはいけないのです。

彼らは、自分たちが発した負のカルマによって、いずれ自滅していきます。

それを理解せずに、同じ思いを出したら、日本も同じ道をたどってしまします。

彼らはそのようなアジテートされた状態ですので、それを理解することによって、彼らを真に理解することができます。

そして、彼らに対する「許し」の思いと、深い愛の思いがわいてきます。

そして彼らに対峙する心構えとしては、ここに書いたことであろうかと思います。

彼らに幸せになってほしいという崇高な精神性を基礎とし、信を曲げない強い意志で持って当たっていくことが重要であろうかと思います。

投稿・洗脳解除のために 幸福の科学を「検証」する

大川隆法氏の人格、エル・カンターレファイト、降魔型エル・カンターレ像についての疑問

幸福の科学を退会された方から、メールをいただきました。

この方のメールの内容は大川隆法氏の精舎等での発言や研修内容、そして教団の動きを冷静に見極めて、

その上で御自分が退会された理由を理路整然と説かれています。

大川隆法氏の人格問題、エル・カンターレファイトの効力、降魔型エル・カンターレ像という信仰にとっての中核的問題が論じられています。

いずれも宗教としての幸福の科学にとって、死活的に重要な問題を、ここでは要点だけを簡潔に論じておられると感じましたので、御紹介いたします。


(投稿)

私は長年幸福の科学の信者でしたが、昨今の大川隆法氏の変節ぶりに、ほとほと嫌気がさして退会しました。

退会してからは心身ともに軽く、幸福な心に満たされた毎日を送っております。

種村氏が大川隆法氏を訴えられたことは、大川氏に対する神仏の慈悲であると思います。

これ以上の悪行をさせないようにとの神仏のはからいであると思います。

私が退会した理由は、ひとつではありませんが、代表的なものを幾つか上げて見たいと思います。


1.大川隆法氏について

彼は「人を愛し、人を生かし、人を許せ」ということを基本にしていたと思います。

しかし、これは彼には「人を憎み、人を殺し、人を裁く」傾向があるからではないでしょうか。

昨今の彼の言動を見るにつけ、まさに彼のカルマを修正するために、この最初のテーマが与えられたと現在では確信できます

妻の悪口、元弟子の悪口、元信者の悪口、そして、訴訟を頻繁に起こすことなど、彼はそれを平気で行えるのです。

訴訟ではなく、自分の言葉で教化すればよいことばかりであると思います。

手に負えないと訴訟を起こすのでしょう

こんなことをする者が、偉大な救世主であるとは到底思えません。


2.地獄界解消について

幸福の科学の使命の一つに地獄界解消というテーマがありました

しかし、「悪魔撃退の秘術を探る」という話(精舎でのDVD)では、幹部の誰ひとり悪魔を説得できませんでした。

さらに、その中ではエル・カンターレファイトが効かない」と女性職員が平気で語られていました。

これは驚くべきことです。

悪魔を撃退出来ないことだけでなく、経文においても効果がないことを教えてくれたのです。

この効かない経文を信者は毎日祈っているのです。

主と一体です」というと悪魔は転法輪氏より出たというのです。

ここも言葉をしっかり見つめてみると、ここでいう「主」は、「主エル・カンターレ」ではないのでしょう。

主です。

単なる主、つまり、根本なる主ですね。

なぜ、主エル・カンターレのことではないと言えるのか?

それは「悪魔撃退の秘術を探る」の中で、何ども職員たちが「私たちは主エル・カンターレと一体です」と喚いているのです。

しかし、悪魔は立ち去りませんでした。

ですから悪魔にとっては主エル・カンターレと言われて痛くも痒くもないことが、この「悪魔撃退の秘術を探る」で暴露されてしまったのです。


3.降魔型エル・カンターレ像

さらに驚くのが「降魔型エル・カンターレ像」です。

最初は総合本部の玄関に置かれたと思います。

そして、中国や北朝鮮からの侵略に備えて必要だと言い出しました。

日本を守る陰陽師のパワーでは建物つまり精舎で結界を作るという話であったことが、いつの間にか、降魔型エル・カンターレ像に変わってしまったのです。

そして、これもおかしなものなのです。

安倍晴明の講義で「結界論」でしたか、あそこで、最後に職員を対象に憑依されている状況が明らかになりました。

そして、低レベルの動物霊に憑依されている職員が出てきました。

彼らは、総合本部に出入りしている職員たちです。

ここで、誰も疑問に思わないで話が進んでいました。

私は呆れてしまいました。

総合本部の玄関には降魔型エル・カンターレ像が鎮座しているのです。

その前を、職員たちは出入りしているのです。

つまり、総合本部にある降魔型エル・カンターレ像があっても、狐や蛇などの動物霊からの憑依からも守られることはないということなのです。

そんな偶像が日本中に増えたとしても何の役に立つのでしょうか?

このような偶像を有り難がっている職員や信者が信じる信仰に神聖な価値があるのでしょうか。

また、昨年宇都宮正心館で開催された「破邪顕正」では、信者から「降魔型エル・カンターレ像」の霊的意味について大川に質問をした信者がいました。

しかし、大川はこの信者の質問の趣旨とはまったく違う回答をしていました。

「降魔型エル・カンターレ像」の霊的意味については語らなかったのです

今、言える「降魔型エル・カンターレ像」の存在意味は「金集めの道具」ということでしょう。

幸福の科学が開催した法話を見聞きし、彼らの異常性に気がついた私は、きっぱりと幸福の科学との縁を切ることになりました。

まだ目覚めていない信者たちが、大川隆法氏がいかにインチキな存在であると1日も早くに気がついて欲しいです。

番外編 一千億年の孤独を再び考える

「『1千億年の孤独』考」への意見について


私の「一千億年の孤独考」に五月雨隆一郎様が、コメント欄に反論を書いて下さいました。

それに対して3日後に、私の意見を書かせていただきました。

少し私のコメントを発表するのが遅れたので、見逃された方も少なくないと思います。

重要な論点が入っていましたので、改めて此処に紹介させて頂きます。

なお、貴重な意見を下さった五月雨隆一郎様には、心から感謝申し上げます。


<五月雨隆一郎様のコメント>

孤独は確かに地獄の住人や地獄界の必要条件で、一種の愛の欠如やマイナスのエネルギーだとも思いますが、同時に真の幸福や自立への必要条件だとも思います。

逆に、孤独ではない、つまり他人の心と「深く」繋がる体験ができる人生なんて、ほとんど(皆無とは言い切れませんが)ないといっていいんじゃないかと思います。

仏陀ですら孤独に関してこう言っています。

孤独に歩め…悪をなさず 求めるところは少なく…林の中の象のように


<上記コメントに対する私のコメント>

相対的な世界、つまり通常の私達の生活の中で、孤独というものが一つの大切な人生の要素になっているのはその通りだと思います。

しかし、それはあくまでも相対的な人間の世界の事です。

自我が確立してくる段階で、自他の分離感が強まり、また親との分離も伴うので、孤独の苦しみが伴うのは事実です。

それもまた人間の成長にとって必要なプロセスですが、それはあくまでも相対的な世界でのことです。

これとは別に、道を共に求めることのできる人がいないなら、人と群れようとせずにサイの角のように独りで歩めという

釈尊の言葉もありますので、その時は孤独です。

しかし孤独は孤独感とはかならずしも一致しません

孤独は一人あることですが、孤独感は大勢の中にいても感じます。

一人であっても無我なるとき、孤独感は無いのではないでしょうか

逆に、大勢の人の中にいて、家族の愛に恵まれていても、自我が強烈な時、

砂漠の中を一人歩むような孤独を感じます」と言われたクライアントもいらっしゃいました。

この状態では、孤独は確かに地獄の苦しみです。

孤独には両面があるようです。

しかし、これらはいずれも相対的な世界における孤独です。

ところが、私がここで問題にしているのは、大川隆法氏の一千億年の孤独についてです。

「一千億年の孤独」とは、絶対者である大宇宙創造主・根本仏が宇宙を生み出すときの心境は「孤独であった」と語っているのです。

これはおかしいというのが私の論旨です。

孤独とは、多があって一を感じるときに、つまり相対の世界の中で起こる感情です。

相対がない、多がなく、比較の対象もない絶対の世界の中で、孤独という感情はありえないのではないでしょうか

何故なら、根源にあって一なる存在ですから。

大川氏の魂が味わったという孤独は、無限とも感じられる無間地獄の孤独なのです。

大川氏が「自分は大宇宙を創造したときにずっと孤独を感じていた」

というのは、無間地獄の孤独感を投影して語っていると思います

ここで改めて、確認させていただきたいのですが、日常生活の中で孤独というものにプラスの意味がなく

地獄的な感情でしかないと私が思っているわけではありません。

私は全ての感情は意味があって存在していると思っています

バランスを崩して何かが過剰に傾いた場合は問題が生じますが、いかなる感情でも、感情それ自体は価値のないものはないと思います。

例えば、恐怖という通常は地獄的とされる感情でも、それがなければ肉体生命の維持が難しいといえますし、

神に対する恐怖は、通常「畏れ」もしくは「畏怖」という言葉で表現されますが、これは人間が傲慢にならないためには絶対に必要な感情ではないかと思います。

しかし、あくまでそれは相対の世界においてです。

絶対の世界においては、孤独感も恐怖心も存在しないと思うのです。