真実を語る

『舎利弗の真実に迫る』講義1

『舎利弗の真実に迫る』講義1


『舎利弗の真実に迫る』からの引用を最初に太文字で表示して、次にその解説を書いていくという表記方法を取りたいと思います。


「当会の初期の過去世認定は高橋信次によるものが多かった」(『舎利弗の真実に迫る』P15)

「当会が、まだ宗教法人格を取る前の段階の小さな任意団体だったときに、『過去世で釈迦の十大弟子だった』という人も、私の周りに何人かいたのですが、

その段階では、きちんと霊現象まで行って確認してはおらず、誰か霊人が言ったことを、そのとおりに認定していたようなことが多かったのです。」(同書P15)

<解説>

この引用部分は嘘です。

1988年3月の末、幸福の科学では大川隆法氏が少数の職員とボランティアの人々を20~30名集めて、西荻窪駅から徒歩10分ほどの地下の事務所

(最初原久子氏の自宅の一室を間借りしていたが、手狭になり地下の部屋に数ヶ月の間、事務所を構えたことがある)にて、重要な会議を行いました。

私は始めてこうした会合に参加しました。

そのときは大変な緊張が漂っていました。

最初期の頃、在家で委員をしてくれていた画家が、慢心を起こして悪魔ルシファに憑依されてしまったということで、それを折伏する目的の会合でした。

このときに、大川隆法氏自らが釈迦の生まれ変わりであるだけでなく、舎利弗が種村修であり、大目連が高橋和夫氏であり、

マーハーカシャパが細川氏であり、阿難が阿部氏であることを明言されました

私は始めて自分の過去世を告げられてびっくりしました。

このときは高橋信次が大川隆法氏に入って霊言したのではありません。

細川勝由氏や坂下邦文氏、前田節氏などの元職員や山口篤さんなどの最古参の職員はその場にいました。

関谷氏もいました。

大川隆法氏が自らを釈迦の生まれ変わりであると宣言し、その大川隆法氏が私を舎利弗と言い切ったからこそ信じたのです。

万が一、高橋信次霊が私の過去世が舎利弗だと言ったとしても、大川隆法氏が釈迦の生まれかわりなら、釈迦の十大弟子を間違って判断するなどあり得ないことです。

大川隆法氏は9次元の悟り、つまり8次元如来界を超える悟りを『太陽の法』を説いた時点(1986年)で得ていたことになっています。

『太陽の法』によれば7次元と8次元の中間段階である梵天の境地で観自在力が備わり、六大神通力が備わるとあります。

すなわち大川隆法氏が過去世認定した段階では、大川隆法氏は自由自在に過去世がわかるという神通力を持っているという触れ込みだったのです。

高橋信次霊は、あのように還った当初の頃は6次元であり、幸福の科学で霊言集をたくさん出したので7次元に還れたと大川隆法氏は言いました。

もし『舎利弗の真実に迫る』にあるように、高橋信次霊の過去世認定を鵜呑みにして、それが間違いであることも見抜けなかったとしたら、

当時の大川隆法氏の悟りは6次元かせいぜい7次元であると告白しているのと同じです。

少なくとも梵天ではあり得ないことになります。

そのような人が釈迦の生まれ変わりと言うのはおこがましいでしょう。

大川隆法氏の悟りは、最初から偽りがあったことを吐露してしまったと思います。

ですからこの本は「大川隆法の真実に迫る」という副題をつけるべきであると考えています。

ちなみに、私の過去世が、他に栄西であり不空三蔵であるとい言ったのは、1988年の年末に行われた幸福の科学道場の「霊道現象とは何か」のなかで行った霊道現象の場でありました。

その時に大川隆法氏は私の魂の兄弟であるとして栄西と不空三蔵を呼び出し、原久子氏に入れて話をさせました。

その場には数十名の信者が臨席しており、見ています。

テープも発売されています。

このときの指導霊が高橋信次霊であったということにはなっていますが、大川隆法氏が指導している事実には代わりはなく、大川隆法氏が指導しているからこそ私達は信頼したのです。

1994年、高橋信次の影響を払拭して方便の時代は終わったとして、三宝帰依体制を確立した際に、大川隆法氏は職員を集めて、本来の釈迦弟子で組織の中心を固めると宣言し、私を事務局長にしました。

これは私を舎利弗としての人事でした

また1996年~1997年にかけての創価学会との言論戦においては、大川隆法氏は私が舎利弗であり法将であることを職員に明言していました

それゆえに私は『創価学会亡国論』を執筆したのです。

もし私がこの本に書かれているように、拝火教徒で名前も残らないほどのつまらない釈迦弟子で、ダイバダッタに引っ張られていきそうになった問題がある弟子なら、どうしてそういう役目が出来たのでしょうか。

そういうつまらない人を見抜けなかった大川隆法氏の悟りとは、いったい釈迦の悟りといえるのでしょうか。

むしろそちらが極めて疑問になります。

私は、教団に出家して間もない頃、「この人は良い講師になる」と大川隆法氏から言われたことがあります。

また、初期の頃は大川隆法氏が自ら採点しての論文講座が、職員向けに毎月ありました。

ここでは10番以内に入ることが多く、1番も何度かありました。

これは大川隆法氏が直接した悟りの認定という意味がありました。

この本でいうようにつまらない人物が私でしたら、それをここまで評価していた大川隆法氏の悟りとは、本当はいかほどのものであったのでしょうか。

繰り返しますが、大川隆法氏が釈迦の再来ではなかったことを暴露してしまったのが『舎利弗の真実に迫る』であり、繰り返しますが、この本に「大川隆法の真実に迫る」というサブタイトルが相応しいと思うのです。

過去世を認定しながら、その正確な検証はしていなかったということは、ご自分の仕事の杜撰さをご自身で暴いてしまっています。

これにより、大川隆法氏が説いた霊的世界の真実性や過去世認定の真実性は、一気に信用を喪失したことになりました。


http://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/p15-p15-1988-3-20-30-10-9-8-1986-7-8-6.html

信仰が傷つき苦しむ人々の声に耳を傾けてあげてください

私は、シャーリプトラ(舎利弗)の過去世は自分で辞退していました。

私は大川隆法総裁に「親展」で、「信仰が傷つき苦しむ人々の声に耳を傾けてあげてください」という手紙を送りました。(2012年4月4日投函)

その中で、私の過去世認定に関して、大川隆法氏に返上しております。

大川隆法氏の過去世認定が、実はほとんど信用できないということを、この時点で私が確信していたからです。

この手紙を書いた時点では、まだ師と弟子という関係は保たれた状態でしたので、私は大川隆法総裁に対して弟子の礼をとって書かせて頂きました。

私信ではありますが、最初のくだりは大川隆法氏のプライバシーにはふれていませんので、私の過去世にふれた部分の前後を、ここに転載させて頂きます。

(過去世にふれた部分は下線をつけました。)


「拝啓 桜花の候、大川隆法総裁先生におかれましては、益々ご健勝の御事と存じます。

私はとても悲しい気持ちで、この手紙を書かせていただいております。

私は今世、大川隆法総裁先生にお会いでき、直接に教えを受ける機会を頂き、お側にも仕えさせていただき、退職後もさまざまな危機を助けていただいてまいりました。

私が釈迦の十代弟子のシャーリープトラであると認定いただきましたが、残念ながら私自身を振り返って、そのような偉大な方の心境には程遠く、総裁先生の励ましの方便と受け止めさせていただいております。

しかし、この身の力の及ぶ限りは、総裁先生から受けたご恩に対して、報恩させていただかねばとの思いは途切れることはございません。

いつか報恩ができるようにと、無力さをかみ締めながら精進を重ねてまいりました。

本日、ここに書かせていただくことは、私の報恩行として、心血を注いで書かせていただくものでございます。

お気に召されぬことも多々あろうとは存じますが、あまねく衆生の心を知ろうと全世界を御巡錫くださる総裁先生の大慈悲におすがりして、最後までお読みいただけますことを、伏してお願い申し上げます。」


私は、大川隆法氏が自らの過ちに気付いてくださり、謙虚に反省してくださるようにお勧めすることが、最大の報恩業であると見極めて、この手紙を出させて頂きました。

その思いには、今も変わりはございません。


http://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/201244.html

『舎利弗の真実に迫る』講義2 誘導話法

「当会では、発足からワンゼネレーションが過ぎましたが、舎利弗や大目連などという、教団の核になる人が最初からいたわけではないかもしれません。

『発足当時は、この世に生まれていなかったり、まだ子供であったりしたため、教団内で活躍できる状況にはなく、

今ごろになって頭角を現してきている』というようなことも、ないとは言えないのです。」

(『舎利弗の真実に迫る』P17)


「舎利弗、シャーリプトラという方は,大乗仏典には、ほとんど登場してきます。」(『舎利弗の真実に迫る』P19)


<解説>

これは大川隆法氏が得意の「誘導話法」です。

自分の意図するところへと、聞く人々を徐々に誘い込み、誘導していくために、布石を打っておくのです。

舎利弗や大目連は大川隆法氏の次男と長男であるかもしれないという思わせぶりをして、大乗の時代に大きな仕事をする次男が舎利弗の生まれ変わりではないかと、聴衆を誘い込む方法です

したがって、このあと続く霊言は大川隆法氏のシナリオに沿って演じられていることを、暗に示しているのです。


「(会場の聴衆に対して)みなさんには霊言に立ち会っていただきます。

大勢の方がいると、ある程度、フォーマルになるので、一人で行うよりも、やや磁場的にチェックが働き、霊のほうでは、嘘やごまかしが言いにくくなります。」

(『舎利弗の真実に迫る』P20)


<解説>

これは大川隆法氏が一人で行う霊言はチェックが効きにくいので、嘘やごまかしが入る可能性があることを告白したとも読める内容です。

なお、大川隆法氏が栄西不空を呼んでの霊言は、最初期のころ西荻にあった幸福の科学道場で木曜セミナーに参加した数十人の信者が見守る中で行われました。

生前の高橋信次氏の霊道現象も、多くの人が見守る中で行っていたそうです。

それでも数多くの間違いがあったとすると、大勢の中でやったから精度が高いという保障は、全くないのではないでしょうか。

要は、大川隆法氏が正しい悟りを維持して霊言をするか、維持できなくて邪な霊を呼び込むか。

それこそが問題ではないでしょうか


http://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/17-19-20.html

『舎利弗の真実に迫る』講義3 高橋信次霊との関係にこだわる理由

「岩本

教団の初期に高橋信次霊によって過去世リーディングが行われ、その際、今回除名された者(種村修氏)が

あなた様であるとされましたが、これは事実でございましょうか。」

(『舎利弗の真実に迫る』P23)


<解説>

この岩本氏の質問の仕方そのものが意図的です。

この質問のなかに、すでに嘘が入っています。

これですと、あたかも高橋信次霊による過去世リーディングで、種村修が舎利弗だと始めて認定されたことがあったように印象づけていますが、間違っています。

大川隆法氏が、自分の言葉で、種村修が舎利弗の生まれ変わりだと、20~30人の会員の前で、1998年3月に認定しているのです。

念のために断っておきますが、私は大川隆法氏の過去世認定に全く真実性がないと考えていますので、私の過去世を大川隆法氏に認定して頂きたいとはまったく思っていません

しかし、こういう明らかな嘘が入ることは、許しがたいと思うのです。


「舎利弗 うーん、うーん、拝火教徒であったように思います。」(『舎利弗の真実に迫る』P24)


<解説>

これは「大川・舎利弗」が登場して、種村修のインド時代の過去世について証言している内容です。

これは一つの伏線なのです。

実は、種村修が高橋信次霊と魂的に密接な関係があるように見せたいというシナリオが、この発言の背景にはあります。

カシャパ三兄弟に率いられた拝火教徒といえば、天狗など裏側の存在であるという印象を与えることができるわけです。

「高橋信次霊と種村修は裏でつながっている」という物語にしたい。

そのためにこういう布石を打ったのです。

そのことは、次の発言を見れば、すぐに分かります。


「岩本 除名された者に関しまして、もう一つ、お伺いしたいのですが、彼は生長の家で学んでおりました。

生長の家の教えと高橋信次との間には、霊的な関係が何かあるのでしょうか。

舎利弗 うーん。うーん。うーん。このへんは、教祖にとっては実に難しいところでありまして、宗教の奥義の部分であると言えるので・・・。

うーん。生長の家の教祖であった谷口雅春氏は『自分は住吉大神である』と言ってみたりしましたが、

あるときには、『釈迦である』と言ってみたりしたこともあったようであります。」(『舎利弗の真実に迫る』P25~P26)


<解説>

高橋信次と私を無理やり関係付けたいという意図が込められた質問です。

谷口雅春氏は生前、自分は神の御心を伝えるラッパに過ぎない、と謙虚に考えておられました。

住吉大神は生長の家の神様であって、自分はそのラッパに過ぎないという自覚です。

この謙虚さが谷口氏を守ったのです。

したがって、ご自分を住吉の大神の生まれ変わりと言われたことはありません。

まして釈迦の生まれ変わりと発表されたことなど、一度もありません。

谷口雅春氏は生前に仏教を熱心に学ばれましたが、それは万教が一に帰することを証明するために学び、仏教を解説されたのです。


「高橋信次に関しましては、『「自分は釈迦だ」ということにしていたので、「周りに釈迦弟子が数多くいなければいけない」ということになり、

周りに釈迦弟子の名前を付けた』というような事実があったと思います。

そして、その人たちが当会と対抗的な立場に立ったときがあるので、それとの対抗上、

『こちらにも、同じような人がいなければならない』という点はあったかなと思いますね。」(『舎利弗の真実に迫る』P26)


<解説>

これは大川隆法氏が「大川・舎利弗」の言葉を借りて、非常に正直に教団初期の内情を告白している内容だと思います。

ある意味で、とても正直です。

つまり、大川隆法氏は、「自分こそが釈迦の生まれ変わりである」と主張する必要があったので、釈迦弟子が大川隆法氏の周辺にいなければならなかったと言っているのです。

最初期のころ、幸福の科学は、高橋信次の後継団体と対立していたので、自分が釈迦であると言うためには「真の仏弟子」の認定をする必要があったというわけです。

発想が高橋信次と全く同じ構造であるということを、自分で暴いて見せているのです。


「だから、『教団としての自覚や悟りが、まだ十分に出来上がってはいなかった』という時代においては、

やや方便的なものがあったのも事実ではないかと思います。」(『舎利弗の真実に迫る』P27


<解説>


大川隆法氏の良くやる「印象操作」がなされていますので、注意して読んでください。

それは「教団としての自覚や悟り」という言葉です。

教団に悟りや自覚があるわけでなく、これはもっぱら大川隆法氏の自覚と悟りが低かったと言っているのです。

それをはっきり言うのがはばかられるので、こういう言い方をすることで、あたかも初期に集まった人間の悟りや自覚が低かったから、

方便が必要であったような印象を与えているのです。

ある意味で巧みな、その実、非常にずるい言い回しだと思います。


http://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/23-20-30-1998-3-24-25-23-26-27.html


アイマイミーです。

種村さんの記述はまったく正しいです。

とくに生長の家の記述はそのとおりです。

私は生長の家の本部講師でしたし、幸福の科学でも本部講師になりましたので、大川の嘘がよくわかります。

谷口雅春先生は高橋信次氏のことを語られたことはありません。

GLAについても語られたことはありません。

生長の家からGLAにいったのは園頭さんくらいで、園頭さん自身は生長の家から除名に近い形で出て行った方です。

生長の家の人たちは今でもGLAとか高橋信次氏のことを聞いてもポカンとするばかりでしょう。

それと、この際ですからはっきり言っておきましょう。

谷口雅春先生とお会いしたときは、神聖な、まさに後光がさしているのを感じさせる清らかな雰囲気を持った方でした。

しかし、大川隆法とは、職務上日常的に接しなければなりませんでしたが、清らかさとか、神聖さとかはまったく感じさせませんでした。

後光すら感じたことはありません。

私は3年半、大川のそばにいたんですよ。

途中で、どうしようもない俗物と感ずるようになりました。

宗教家としての品格がまるでないのです。

それに、宗教家らしからぬ、悪口のオン・パレード。

宗教家は宗教家らしく正しい言葉を使っていただきたいものです。

『舎利弗の真実に迫る』講義4

「除名された、その者が、今、いろいろと動いているようではありますけれども、『過去世で「釈迦の片腕」であった私が、まだ存命しているのだから、

私が教団の正統な後継者だ』という名乗りを挙げているのではないかと推定されます。」(『舎利弗の真実に迫る』P28)


<解説>

これは大川隆法氏の被害妄想が、そのまま「大川・舎利弗」の言葉として語られたものとしか言いようがありません。

私は4月4日に大川隆法氏宛に投函した私信にて、私が舎利弗であるとはどうしても考えられないという旨を、わざわざその手紙に書いているのです。

ですから「教団の正統な後継者である」と名乗るどころか、「大川隆法氏の過去世認定は間違っていると思うので返上します」という旨をわざわざ大川隆法氏に書いて送っているのです。

(ブログの番外編1に詳細は書いております。)

そういう手紙をご覧になっている方が、どうすればこういう「推定」が出来るのでしょうか。

「大川隆法さん、大丈夫ですか?」と思わず声をかけたくなります。

ここで霊言を語っている「大川・舎利弗」が、その程度の判別も出来ないとしたら、この霊は「真の舎利弗」であるはずがありません。

あえて言えば「新(しん)の舎利弗」です。(私は「大川・舎利弗」で統一させて頂きます。)

大川隆法氏の得意の偽霊人の活用です。

智慧第一とお釈迦様が認定された人は、もっと霊的な洞察力があると思います。

この「大川・舎利弗」の実態はというと、私はこれは大川隆法氏の意識の一部が舎利弗を騙って、ご自分の妄想をしゃべっていらっしゃるだけだと思います。


「ところが、その者が自分を中心に物事を考えておりますと、『教団のほうが悪いのだ』という考え方に至ることになります。

そして、『教団自体が邪教化したのであって、本来、中心に座るべき自分が、中心に座っていないのがおかしいのだ』というように、

自己中心的に考えているのだと推定されます。」(『舎利弗の真実に迫る』P28)


<解釈>

これも「大川・舎利弗」による種村修の心理の推定です。

ここで注意を促したいのですが、この「大川・舎利弗」が本当に高級霊であれば、種村修の心はストレートに読めなければなりません。(他心通)

したがって、「推定されます」という表現自体が、私は他心通を持った高級霊の言葉と思えないのです。

推定しているだけで、心を読み取っていないからです。

これは本当は、大川隆法氏が肉体の頭で「推定」しているから、こういう表現が出てしまうのです。

「舎利弗」を名乗る霊の正体は、大川隆法氏の表面意識に過ぎないと思います。

大川隆法氏は本当に神通力を失ったのだなと、つくづくと分かる部分です。

さて、この「推定」は、完全に間違っています。

私はそういうふうには考えていないからです。

私が手紙を出した時点で考えていたことは、邪教化していく幸福の科学を何とか正常に戻してもらいたい。

そのために大川隆法氏に反省して、もう一度ゼロからやり直してもらいたいということでした。

そうでないと後世にまで大変な害毒を流す教団になっていくと、心底懸念したからです。

私はこの教団に初期から関わった人間です。

ですから、この教団が邪教化していくことには、私も責任を感じたのです。

私がもし生まれ変わったらどうするかなと思ったところ、やはり幸福の科学の改革のために身を捧げるのではないかと思ったのです。

だったら、今世において、その仕事を始めようと考えました。

リスクは当然計算しました。

大川きょう子さんの先例がありますから、教団から私の守護霊の霊言なるものが出版され、社会的に抹殺される危険を冒すことは、計算のうちでした。

また過去世がどんどん悪いものに認定しなおされることも予想しておりました。

また私がマスコミ等で発言したら、名誉毀損の訴訟を起こされると思いました。

さらに、万一、教団が言うように幸福の科学が世界宗教の一角に食い込んだ場合は、種村修の名前は裏切りのユダやダイバダッタのように、

何億、何十億、何百億人という後世の人から憎しみを向け続けられることになるとも考えました。

「それでもやるのか」と自分に問いかけました。

「それでもやる」と心が答えました。

だから大川隆法氏に親書で手紙を書いたのです。

私のよりどころは一つしかありませんでした。

それは私が真実を語っているという、この一点だけでした。

真実を語る一人の人間と、公称1200万人の教団がぶつかったときにどうなるのか。

私は教団が崩壊すると思いました。

なぜなら「真実は真実。真実は絶対に死なない」からです。

これが私の本心です。

最深部まで腐ってしまった教団とは、本当は私だって縁を持ちたくはありません。

しかし、それでは私の責任回避になります。

最深部まで腐っている教団の中で地位を求めるなどという勇気は、私にはありません。

私は、一介のカウンセラーとして、死の瞬間まで人々の幸福のために尽くせるなら、それで本望なのです。

カウンセラーこそが、私に許された天職であると思っています。

注目したいのは、ここに出てくる論法です。

これは大川隆法氏の常套手段だからです。

大川隆法氏は、教団内の弟子を押さえ込むのに、

「お前の守護霊がこう失礼なことを言ってきた。

あなたの守護霊がそう言い張って、総裁の所から去らないので、総裁の仕事が妨害されている。」

と言って、左遷させたり、還俗させたりしてこられました。

私も、そう言われて、

「そんなにご迷惑をおかけしているなら、人類のために使われるべき主の貴重なお時間を、私の守護霊が奪っているのなら、これは還俗しなければならない」

と思って、還俗したのです。

大川隆法氏が通常、弟子を排除し、弟子を操作するのに使っている手法を、活字化したのが『舎利弗の真実を語る』です。

全く同じ手法です。

ただし、教団内部でのコントロール方法を、すでに外部に出て久しい私に適応したから、大川隆法氏の人身操縦術のからくりがばれてしまったのです。

私は、大川隆法氏が自分の女性問題を隠蔽するために、私の信用毀損をしなければならないお家の事情を見抜いている立場にあります。

なぜこの本が大川隆法氏に必要なのか、それを知っているのです。

だから、以前は信じ込んだ彼の術中に、今回私ははまらないのです。

私はここで、幸福の科学の職員の皆様に対して、

「こういう大川隆法氏の守護霊情報を使っての恫喝を信じ込んで、罪悪感を感じて、大川隆法氏の精神的奴隷にならなくても良いのですよ」

と、心から申し上げたいと思います。


http://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/28-4-4-28-1200.html

『舎利弗の真実に迫る』講義5

「今、雇用情勢も非常に厳しい折、『生活に苦しんでいる』というようなこともあって、逆に、かつての過去世認定に関し、

『そう言ったほうに責任がある』というようなことで、ある意味では、教団にブラフ(虚勢)をかけているのかなとは思いますがね。」

(『舎利弗の真実に迫る』P30)


<解説>

これも不思議な分析です。

「生活苦で苦しんでいるから、過去世を認定した責任を取って自分をもう一度高い立場につけて雇え」と私が考えて、それでブラフ(脅し)をかけているといいたいようです。

どこの世界に、その昔、企業内で高く評価されていたからという理由で、その企業を脅して金品をゆすり取ったり、再雇用を言ってくる人間がいるでしょうか。

まして諸行無常を学んだものなら、あり得ないことです

生活苦で苦しんでいると勝手に決め付けていますが、別にご心配頂くようなことはございませんので、どうぞ邪推はおやめくださいと申し上げておきたいと思います。

こういう推定をされる理由が、私にはひとつ思い当たる節があります。

それは1年以上前のことですが、幸福の科学が、以前の心検の生徒のうち、幸福の科学の信者だった人を一人一人支部に呼び出して、心検を辞めるように、強力な圧力(営業妨害)をかけたことがあったのです。

私はそれまでは、正しい心理学は仏法心理と合致すると信じていましたので、信者の皆様にはさらに信仰心が進むように個別に『正心法語』の全読をお勧めしたりしていました。

今考えると汗顔のいたりですが、そのころはそう信じていたのです。

こういう精神で運営していたので、幸福の科学側から「心検と幸福の科学は相容れない」と言われたら、信者の生徒さんは、それは教団のいうことを信じて辞められても仕方がありませんでした。

このときは、本当に経営の危機でしたが、やはりありがたいもので、さまざまな天の助け、人の情けがあり、そうした危機を乗り越えてきております。

大川隆法氏は、ご自分で私どもの経営の危機を演出されておりながら、「生活苦になって教団にたかろうとしている」という印象操作をされるわけです。

変巧みな情報戦を仕掛けておられると思いますが、あまり人としてご立派なやり方とは思えません

私の生活状態は、ありがたいことに大変安定しております。

これも母のおかげなのです。

母は昨年10月に他界しました。

母は生前、京都で高額納税者リストに入ったことのある叔母の晩年を、本当に親身になってお世話しました。

そのために、叔母は母に対して、大きな遺産を贈与してくれていました。

母は、人のためにも使いましたが、私と妹のためにも十分なものを遺してくれました

そのために、立ち上げたばかりの心検に、私は生活の不安なく全精力をつぎ込むことが出来るのです。

これに関しては、母の2つの遺産というブログを、心検のブログに書かせていただいていますので、興味がある方は、そちらもご覧下さい。

なお、幸福の科学が心検の営業妨害を徹底的にしてくださったおかげで、心検は思想的にも経済的にも、完全に幸福の科学の残滓を払拭することができました。

この点では、深く感謝しております。

やはり幸福の科学の遺伝子を持ったままでは、本当に神仏の心にかなった救済力がある心理学やカウンセリングは出来なかったと思います

私たち、それをきっかけに幸福の科学と完全に決別することで、以前のプログラムとはまったく違う心理学の思想とカウンセリングを確立でき、真に救済力をもったカウンセリングが出来るようになりました。

この点、私たちを突き放して下さった大川隆法氏ならびに幸福の科学にたいして、重ねて感謝を申し上げる次第です。


http://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/30-1-10.html


種村さんの問題を契機に1か月ほど前からアンチになったものです。

kkを疑い始めたら、悪霊というものは存在せず、悪霊と思われているものは、ユング心理学でいう「影」ではないかと思い始めています。

だから、kkの言う「悪を捨て、善を取れ」というように簡単には行かず、煩悩は抑圧すればするほど暴れ、

ユング心理学の言うように「影」=「煩悩」を自我の一部として取り込んだほうが煩悩を克服できるのではないかと考えています。

その辺、kkの教義とユング心理学の関係どうお考えでしょうか。



ありがとうございます。

確かにKKの教えは、結論がズバッと出てくるのですが、それにあわせて自分や人の心を抑圧していく傾向があります。

そうすると自分の影と向き合えなくて、逆に抑圧し続けて肥大化した影に自分が支配され、飲み込まれていきます。

今の教祖はまさにそういう状態ではないかと思います。

ですから、煩悩は真正面から向き合って、それと対決することが必要です。

そして、これが自分にはあるのだと受け容れて、なぜそう思うのだろうかと原因を探究していく必要があると思います。

心検はユング心理学的なアプローチに近いと思います。

反省を抑圧にしてしまうと、まずいですね。



アイマイミーです。

この話で、急に思い出したことがあります。

私は96年に退職したんですが、辞表はFAXで送りつけ、職員に強制される念書(秘密は話しません・・・)を拒否して、あとは私の弁護士に一切をおまかせしたんですね。

すると、焦った大川は、いろんな役職者を通じて私にメッセージを届けようとしました。

そうした私への説得工作をほとんど断っておりましたが、当時の最高責任者からの電話だけは受けました。

大川は「生活が苦しくなったら戻ってきてもいいからね」といったそうです。

まぁ、私が秘密を知りすぎた人間だったのに困っていたんでしょうね(笑)

さて、私にかけられた大川の言葉と、種村さんに向けて発した言葉は、まったく同質のものとおわかりになりますよね。

大川は、宗教者の発想ではなく、宗教よりも形而下の経済の次元でしかメッセージを発信できないんですよ。

これこそが、大川の精神性が俗物であるという証明なのですが。

それから、半年後、友人の布施返還訴訟の手伝いをしたとたん、アイマイミーはルシファーに支配されたとビデオか何かで宣告されたようです(爆笑)

その分、きっちりとお返しはいたしました。

裁判で、大川が具体的に指示した直筆の犯罪指示書を提出したために、地裁-高裁-最高裁すべてで「大川の犯罪行為」が正式に認定されしまいました。

判決文にはっきりと書かれています(大爆笑)

詐欺師が宗教家を演じているだけのお粗末な存在ということがバレバレです。

『舎利弗の真実に迫る』講義6 過去世認定は教団運営の手段

「その過去世認定について、『事実か、事実ではないか』ということであれば、『事実ではない』と言わざるをえないけれども、

『教団の初期の段階では、幹部らしきものに何らかの格付けが必要な面もあった』ということです。」(『舎利弗の真実に迫る』P30)


<解説>

これは大川隆法氏が「教団運営上の必要性から幹部の過去世認定をしていた」という内情を暴露した衝撃発言です。

誰にとって衝撃かと言うと、大川隆法氏ご自身にとって自己破壊とも言える発言なのです。

大川隆法氏は教団発足してから、「人の正確な過去世が分からなかったので高橋信次の霊能力にたよっていた」ということを言いたがっていることは、すでに明らかになりました。

今度は、大川隆法氏の過去世認定は、真実性の探究の結果としてなされたものではなく、教団の自己都合からなされた格付けであったことが判明しました

大川隆法氏は自分の指導力に不安があり、幹部を統制したり会員の求心力をつくるために、大川隆法氏の自己都合で過去世認定をする人であったということです。

そのような思考をする人であれば、現在、若い幹部を数多く登用したり、若い女性を身の回りに置く理由として、この人達の過去世を大々的に宣伝しているのも非常に納得がいきます。

大川隆法氏は過去世認定の使い方において、一貫されています。

それが真実であるかどうかは問題ではなく、教団運営上において都合がいいかどうかで決まっていくわけです

問題は2つあります。

第1の問題は、偽りの過去世認定までしなければ教団の運営ができない「仏陀」とは何者なのかということです。

お釈迦様は、ほとんど弟子の過去世認定をしたという記録は残っていません

お釈迦様にとっては、ご自身の悟りと法と人格的な感化力だけで十分だったのです。

ところが釈迦の本体意識を名乗る大川隆法氏は、それだけでは不十分で、「方便として」(こう言いたいのでしょうね)偽の過去世を認定しまくりました。

これは大川隆法氏は釈尊の生まれ変わりだという過去世認定自体が、教団運営上の方便であることを、うっかり漏らしてしまったといわねばなりません。

第2の問題は、過去世認定をされた人は、それが真実なら励みになる可能性がないとはいえませんが、

それが嘘だった場合は、ほとんどの場合その人をだめにしたり、間違ったアイデンティティを持たせてしまい、自己確立できなくさせるということです。

これは指導者としての大失態です。

もし間違っていたと言うのなら、それに気がついた段階で、少なくとも真摯にその方にお詫びするべきです

この書籍に私へのお詫びの言葉は、一言もありません。

この無神経さというのは、どのように理解したらよいのでしょうか。

人格障害の症状と理解すればいいのでしょうか。

大川隆法氏は1997年の夏、当時秘書をしていたH.Yさんを呼んで、

「あなたの過去世は釈迦の第一夫人のヤショーダラーである。

ヤショーダラーが仏陀である私を性的に癒したいと申し出ている。

あなたはこのあなたの守護霊であるヤショーダラーの申し出を受けて頂けませんか。」

という趣旨の話をして口説きました。

彼女は相当悩んだ末に総裁とのセックスの相手になることに一度だけ応じました。

彼女は「総裁先生は私の守護霊とばかり話しをして、私自身の気持ちを聞いてくださらない。私と守護霊とは考え方が全く違うのに。」と感じていました。

私はこの話を1999年の末にご本人から直接聞きました

大川隆法氏はヤショーダラーは長女・咲也加さんの守護霊であると、この本のP71にも書いています。

H.Yさんへの謝罪はありません

過去世を利用して、性的に誘惑するのも大川隆法氏の手法なのです。

これはもはや犯罪であると考えます。

大川隆法氏の過去世認定は、教団運営や自己の欲望の達成のための手段です。

こういう手法は、通常は詐欺と呼ぶのではないでしょうか。

真の仏陀が、そんなことをされるでしょうか。


http://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/30-1-2-1997.html

『舎利弗の真実に迫る』講義7 舎利弗と大目連

「武田 (真の舎利弗は)ご次男の真輝様・・・ということで、よろしいでしょうか。

舎利弗 うーん。よろしいかどうか、分からない。それが、よろしいことになるかどうかは分からない。

(中略)それが、よいことかどうかが分からないでしょう?

また、活躍できなかった場合、やはり、問題が出るかもしれませんのでね。

なんとも申し上げられませんが、「慎重な性格である」ということだけは申し上げておきたいと思います。」

(『舎利弗の真実に迫る』P38~P39)


<解説>

これも興味深い問答です。

真の舎利弗は次男の真輝氏であるというシナリオが出来ています。

しかし、それを認めて、もし真輝氏が大した働きが出来なければ、大川隆法氏の過去世認定の信憑性がさらに危うくなります。

そこで「慎重な性格」だという真輝氏であることをにおわせながら、最終的な断定は、実績が出てからということにしました。

これを慎重さと呼ぶのか、ずるさと呼ぶのかは、受け取り手によって異なるでしょうね。

次に挙げるのは釈迦の二大弟子の一人、大目連に関する問答の一部です。


「舎利弗 ですから、『神通力があって、透視能力がある』と言われていたにもかかわらず、ジャイナ教徒たちに撲殺されたような方でございますので、

『腕力が強い』ということはないでしょうね。」(『舎利弗の真実に迫る』P42)


<解説>

これは爆笑できる部分です。

大目連は神通力で釈迦教団を守った人であり、念力も非常に強い人でした。

念力が出せる人というのは、基本的には筋力がたくましくないと不可能であり、「腕力」も相当強くないと不可能なのです

それを上回る神通力はお釈迦様ですが、お釈迦様も若いときには武芸でからだを鍛えておられます。

念力の強さが筋力と関係すると説いたのは、大川隆法氏ですが、もうお忘れになったようです。

なぜこのような矛盾が出るかと言えば、大目連が長男であると無理に認定したいので、こういう無理な説明をするわけです。

そもそものシナリオに無理があるというべきでしょう。


http://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/p38-p39-p42.html

『舎利弗の真実に迫る』講義8 大川隆法氏の悟りとは

http://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/gla-p48-p51-1988-g-gla.html


武田 今回除名になった者には、当時、舎利弗様以外にも、過去世として認定された方がいらっしゃいます。

(中略)まず、ゼウスの守護霊役であったアサート。これは事実でございましょうか。

舎利弗 うーん。だから、そのへんは、たぶん、高橋信次が霊指導をしていた時代の認定だと思うんですよね。

だから、高橋信次が入って言っていたのだと思うのですが、削除しておくべきでしょう。

武田 はい。あと、福音書のヨハネ。

舎利弗 ああ、削除しておくべきでしょうね。

武田 不空三蔵。

舎利弗 ああ、削除しておくべきでしょうね。

武田 栄西。

舎利弗 削除しておくべきでしょうね。

武田 そして、「この魂は梵天の霊格を持っている」とされていましたが・・・

舎利弗 うーん。違いましょうね。

武田 違いますか。分かりました。

舎利弗 うーん。これはね、当時のGLAという団体における、過去世認定の安易さからみれば、

似たようなレベルでやっていたと思われます。」(『舎利弗の真実に迫る』P48~P51)


<解説>

この部分は、この本のクライマックスの一つ、見所です。

まずアサートに関する記述は『黄金の法』にのみ出てきます。

『黄金の法』にはアサートは不空三蔵と魂の兄弟であるという記述があるのです。

一方、「不空三蔵は種村修である」と1988年末に幸福の科学道場に集まった数十人の会員の前で、大川隆法氏が明言され、

不空三蔵と種村修の対話まで実演されました。

従って、アサートも種村修の過去世ということになっていました。

このアサートという方は、ゼウスの晩年に、ゼウスの守護霊役をしていたと書かれています。

重要なのは、これが「高橋信次が入って言った」というくだりです。

幸福の科学では『黄金の法』はエル・カンターレの歴史観であり、エル・カンターレの法であるとされてきました。

それが「高橋信次が入って言った」ということは、法シリーズそのものの権威が極めてあやしいものであることを、

大川・舎利弗に証言させてしまったのです。

その後、福音書のヨハネ、栄西、不空三蔵など、何の説明もなくあっさりと削除になりました。

つまり、

「大川隆法は過去二十年間、会員を騙し続けてきました。法シリーズの中でも誤りを教え続けてきました」

と告白しているわけです。

何かしら、もっともらしい根拠を示してからご自分の前説を否定しないと、説得力は乏しいと思うのですが、

これですむなら楽なものです。

これほどまでに大川隆法氏の過去世認定の信用性がないということは、

もともとの大川隆法氏の悟りのレベルが高橋信次氏のレベルをそれほど超えていないことを、

大川・舎利弗が、そうとは気付かないまま暴露してしまったのだと思います。

7次元上段階の梵天の境地から六大神通力がすべて備わるというのが『太陽の法』の教えです。

そうすると大川隆法氏の悟りは、心境がよかった初期の段階ですら、高くても7次元中段界を越えないと思われるのです。

大川・舎利弗に言わせているように、大川隆法氏がGLA即ち高橋信次氏と「似たようなレベル」で

過去世認定をやっていたとすると、大川隆法氏の悟りは高橋信次氏と同じ6次元レベルになってしまいます。

大川・舎利弗が暴露したように、GLAと同じレベルで教団初期の過去世認定をしていたという指摘は、

実は非常に深刻な指摘です。

というのは、ここで幸福の科学は釈迦教団ではなく、釈迦を騙った知天狗

(大川隆法氏のことを敬意を込めてそうお呼びしたいと思います)によってつくられた

裏側の教団だったのではないかという疑問が浮上してくるからです。

幸福の科学の初期からの会員は、大川隆法氏は高橋信次と全く違って、

正確に過去世認定できる唯一の存在であると信じ込んできました。

だから『黄金の法』の記述もすべて真実であると信じていました。

それが、高橋信次のように自分の権威を上げるためにサクラで釈迦弟子を認定していたとしたら、

これは仏陀ではあり得ないことになります。

『黄金の法』は過去世認定のオンパレードの本ですが、全く信憑性が崩れてしまうことになります。

弟子の信用性を崩したら、自分の信用性まで崩してしまったわけです。

「人を呪わば穴二つ」という言葉が、脳裏をよぎります。


舎利弗(中略)ただ、霊能力的なものについては、当初、大川隆法総裁には、まだ十分に目覚めていなかった面があり、

自信が十分になかった面があると思うんですよ。」(『舎利弗の真実に迫る』P55)


私はこれを不思議な発言と思って読みました。

釈尊が悟りを開かれたときは、それまでのヨガ仙人の教えを完全に脱却しておられましたし、

自分の師となったヨガ仙人の境地や霊能力をはるかに上回っておられました。

とくに釈迦の三世を見通す天眼通は、因果の理法の真実性を担保する基礎となる霊能力であり、

最初から他の追随を許さぬほど優れていたといわれています。

ところが、釈迦の本体意識の生まれ変わりで、釈尊を超える力をもつはずの大川隆法氏が、

高橋信次という6次元の悟りを得た仙人と比較して、自信がない程度の霊能力しかなく、

霊的判断を高橋信次に依存していたとしたら、これは本当に釈迦の生まれ変わりといえるのか、

仏陀の悟りを開いたといえるのかという、根本的な疑問が頭をもたげてくるのです。



大川自身もまた、「指導邪神・性魔バフォメット」に騙され、その嘘を信じ込まされていた、と言えるでしょう。

全く審神者が出来ないので、霊能者というより、ただの霊媒ですね。

09年の都議選で、この「指導霊様」の大嘘を信じ込んで全滅した時、どんなバカでも普通は「霊に騙された」ことに気付けるのです。

ところが大川は、引っ込みが付かなくなり、関係者全員を巻き込んで「万歳突撃」をしました。

バカの極みです。

会員NO:3告発によれば、「全て創作」だった、と暴露されてます。

そこいらのスピ・オタクのコックリさんに毛が生えた程度の霊媒能力を補う為に、後天的に本を読んで、

恰も霊が喋ったように装って創作を続けていたようですね。

(HSUのテキストも全て偽物でしょう。

性魔バフォメットの七変化ですね。)

大川は、宗務にハーレムを築く為に、必死に詐欺を続けて来たのでしょう。

その反動をモロに受けねばならないのは、子供たちです。

悲惨な未来が予想されます。

因果応報。

『舎利弗の真実に迫る』講義9 エンリルの降格人事と私の懺悔道

「だから、私は、九次元霊の分身か分霊として扱う、高橋信次への一種の特別視は、外したほうがいいと思います。」(『舎利弗の真実の迫る』P58)


「『ヤーウェ』というのは、・・・『妬む者である』と言っています。

だから、妬むわけですが、何を妬むかというと、それは、『人間が神になっていくことや、人間が神のごとき繁栄を実現したり、

自我を伸ばしてきたりすることを妬む』ということだと思うんですね。

今、イスラエルという国が、あれだけ小さくなって、周りから非難される理由のなかには、やはり、その邪神性があると私は思いますよ。」

(『舎利弗の真実に迫る』P60)


「ユダヤ民族の神は、『バビロン捕囚』を受けたり、エジプトの奴隷をしたりした者たちの神です。

だから、そうとう被害を受けたものたちの神なんですね。

虐げられた者たちの神なので、このなかには、やはり、ある種の邪神性があるのではないかと考えた方がいいと思いますね。」(『舎利弗の真実に迫る』)P61


「だから、当会では、『魔法界や仙人界、天狗界など、裏側の霊界みたいなものを統括する責任者として、

そういう世界の一番上にエンリルがいる』というような言い方をしていたようですけど、もうそろそろ、やめたほうがよろしいと思います。」

(『舎利弗の真実に迫る』)P61~P62


<解説>

この部分は、すべて大川・舎利弗の言葉です。

釈迦の弟子である舎利弗であるならば、なぜユダヤの神やエンリルについてこれほど詳しく、大川隆法氏の代弁者のように語るのか、あり得ない感じがします。

そもそも、この大川・舎利弗の霊言であるこの章全体に、仏教についての言及はほとんどなくて、

教団初期の事情や、ユダヤ教や高橋信次に関する話が異常に多いのです。

一般の人がここを読むと「なぜ舎利弗がこんな話をするのだろう」と違和感を持つと思います。

大川・舎利弗の正体は、大川隆法氏の意識による演出であると考えると、そのなぞは全部解けます。

大川隆法氏は、自分で「これまでの教義を修正する」と言うと、なぜ修正するのかという疑問に答えなければならなくなるので

舎利弗が語ったことにいて、直接の責任が自分に向かうのを回避しようとされているのです。

大川隆法氏は、1994年ごろ、「方便の時代は終わった」と宣言して、高橋信次関連の記述を、法の中から大幅に削除修正をかけました。

しかし、このときはまだ初期のころであったこともあり、GLA関連の方々は別として、ほとんどの信者はついていきました。

私もその一人です。

しかし、今回はそのとき以上の大きな法の修正や過去世認定の修正をしておきながら、大川隆法氏本人の言葉としてではなく、

他の霊人の言葉として出して、それを受けて修正しているのです。

これは大川隆法氏ご自身による演出とみるのが一番正しいのではないかと思っています。

これは自分が責任を取らない、卑怯なやり方です。

昔はもっと潔かったのに、だいぶ退化されたと思います。

もしそうではなくて、本当にそういう霊人がいろいろ言ってきて、その通りに修正するのであれば、

それまで説かれてきたエル・カンターレの法というのは、霊人が次々と修正しなければならないような杜撰なものであったことになります。

そうするとこれまでの大川隆法氏の悟りは、つまりエル・カンターレの認識力は、舎利弗等の霊人よりも低い認識力であったということになると思います。

具体的に法の修正箇所をみておきましょう。

エンリルは、幸福の科学では、9次元霊で裏側の世界の総元締めの祟り神だとされていました。

そして高橋信次は、その分霊だとしていました。

それを、ここではついにエンリルを、9次元霊ではないと宣言し、裏側の元締め的な存在からもはずしたわけです。

エンリルの降格人事です。

さらに、エンリルが「ヤーウェ」と名乗ってユダヤの民を指導したが、その指導には「邪神性がかなりある」として、エンリルを邪神と認定しています

これが正しいとすると、大川隆法氏は初期において、高橋信次の指導を信じてかなり影響を受けたのであるから、

邪神の影響下に幸福の科学は創られてきたということになります

邪神性をいままで見抜けず、9次元霊という地球を指導する最上位の十人の霊の一人としてきたということは、

大川隆法氏は9次元世界について、本当は正しくわかっていなかったということになります。

そして、高橋信次霊の影響でいろいろ悪影響が出てきたので、彼の影響をもう一段排除するために、こういう論理を展開しているように見ます。

教団の自己都合によって変わっていく教えというのは、一体、「久遠の法」「永遠の真理」と呼ぶに値するのでしょうか。

まして「不滅の法」と呼べるのでしょうか。

ここまで論じると、私が在職中の約12年間、ある時点からは応用本部講師の肩書きまで頂いて、

大川隆法氏の教えを真理として伝えてきた私は、一体何をしていたのだろうかという反省が生まれます。

また、私は、大川隆法氏を仏陀であり仏陀の本体のエル・カンターレであると信じたがゆえに、

造反された元GLAの方々や、法敵となったと認定された方々に対して、私は批判をしてきました。

これを一体どう考えればいいのだろうかと、実は反省に入っているところです。

私も今は、幸福の科学教団から除名され仏敵の認定を頂いていますので、私がかつて批判した方から見ると、カルマの刈り取りであると見えると思います。

私は、もしそうならば、私に浴びせられる誹謗中傷は、それが正しいものであるかぎりは、甘んじて受け止めようと思っております。

しかし、私はそれだけでは、私は真の懺悔や反省をしたことにならないと思うのです。

真の懺悔、真の反省は、やはり過ちの根源を正す努力を通してしか表現できないと思うのです。

すなわち、大川隆法氏の間違いを指摘して、これを修正して頂く努力をするということです

これが私の償いであると思います。

このブログも、そうした私の償いの一つの姿です。

私の今までの不明を、心からお詫びしたいと思います。


https://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/p58-p60-p61-p61-p62-1994-gla-9-9-9-9-12.html

『舎利弗の真実に迫る』講義10 大川隆法氏の悲しい性(さが)

「初期には、力のある人がいないから、とにかく過去世が偉くなければ困ったのではないでしょうか。

『釈迦が生まれているのだから、幹部に釈迦弟子がいなくてはいけない』というような事情があったのかもしれません。」(『舎利弗の真実に迫る』P70)


<解説>

これは大川隆法氏ご自身の言葉です。

非常に不思議な感覚に襲われるのですが、一体「過去世が偉くなければ困った」人とは、どなたなのでしょうか?

また、「『幹部に釈迦弟子がいなくてはいけない』というような事情」とは、どなたのご事情なのでしょうか。

これは私が「困った」のでもなければ、私の「事情」でもありませんので、ここは念のために申し上げておきたいと思います。

これはすべて、大川隆法氏の事情であり、都合なのです。

そこで問題です。

果たして本物の釈迦の生まれ変わりなら、こんな手段を必要とするのでしょうか。

歴史上のお釈迦様は、弟子の過去世認定をすることで、自分を偉く見せることなど、一度もされたことがありません。

教祖の自己都合で、GLAやその分派の人への対抗の必要から、いいかげんな間違った過去世認定をする。

そうなると、これによって得られた名声は、誤って得られた名誉であり名声ということになります。

これはお釈迦様が悪魔の軍隊として指摘された煩悩です。

誤って得られた利得と名声と尊敬と名誉」は悪魔の軍隊であり、これに執着すると悪魔に支配されることを釈尊は教えておられました。

(中村元訳『仏陀のことば』参照)

大川隆法氏が、エンリルそしてその分霊の高橋信次霊を、「邪神性がある」と認定されるのでしたら、それと同じことをされた大川隆法氏は、

高橋信次霊と同じ種類の人間であることを、はからずも告白したことになります。

私ははっきり申し上げます。

今の大川隆法氏には、はっきりと「邪神性」が出てきていると思います

なお、「あったのかもしれません。」と、何か人事のように言っていますが、これは大川隆法氏一流の弁論術です。

自分が責任を取らなくてすむような言い方です。

自己責任を回避する傾向が大川隆法氏にはあります

これは自己責任の反省の教えとは相反する傾向性です。

私は、自己責任の思想や反省の思想は、天上界が大川隆法氏の教育のために説かせた教えであったと思います。

ですから、大川隆法氏は、初期のご自分が説かれた教えに謙虚に立ち返り、もう一度人生をやり直すべきなのです。

私は大川隆法氏にも天国に還って頂きたいので、そのことをあえて申し上げたいと思います。


「どうやら、釈迦の二大弟子が大川家に出てきているようではありますね。」(『舎利弗の真実に迫る』P72)


<解説>


これも大川隆法氏の発言です。

これがこの本で、最も言いたかったことであると思います。

そのためには、以前の過去世認定は否定する必要があり、除名処分はそのための格好の機会であったと思います。

大川家に釈迦の2大弟子がでているとなると、『仏陀・大川隆法』氏の権威がますます上がると思われるのでしょうね。

自分の権威付けのために、周りの過去世を偉くするというのは、大川隆法氏の基本戦略です

それが見えてしまうと、人間としての悲しい性(さが)を感じてしまい、悲しくなります。


https://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/10-p70-gka-p72.html

『舎利弗の真実に迫る』講義11 生活苦と大川きょう子さん

「生活が出来なくなってくると、いろいろとよくないことをやり始めているようです。

そして、最後には、『ミニ教団らしいものをつくって食べていく』というようなことを考えるわけです。

また、初期のころ、文殊菩薩としてスタートした方(元妻・大川きょう子)もいます。(中略)

このへんの人たちが、なんとなく結びついて別派活動をしたならば、古い会員を引っ張っていけるチャンスもあるのかなと感じますので、

霊的な部分について、きちんとしておかなければいけないと思うのです。」(『舎利弗の真実に迫る』P83)

<解説>

これは大川隆法氏の言葉です。

ここにこの本の第2章と第3章で大川隆法氏が導き出したい結論が書かれています。

ここから始まる霊言は、大川隆法氏のシナリオに沿った「霊言という演出」です。

そのために、霊言をとる前から結論が出せるわけです。

大川隆法氏は、種村修は、生活に困ったあげくに「ミニ教団をつくって食べていく」ことを考えたと言いたいようです。

ミニ教団をつくるにあたっては、大川きょう子氏と組んだほうが得策だと考えて、手を組もうとしていると言いたいようです。

したがって、私がミニ教団をつくろうとする動機は、金銭目的である。

さらにいえば大川きょう子さんと結びついて幸福の科学をのっとろうとする悪魔の手先であると。

こういうふうに印象付けたいという意図がそこには見えます。

実際の私はどうかというと、金銭目的で仕事をしたことは、これまでありませんでしたし、今もありません。

私の仕事の最大の動機は、自分の使命に合致しているかどうかでした。

これは青年期から一貫しています。

さらに、最近はどれだけ人を幸せに出来るのか、それだけを考えるように自分を律してきました。

ですので、ミニ教団をつくりたいという教祖願望もなければ、大川きょう子氏と結びついて教団をつくりたいという気持ちなど、さらさらありません

大川隆法氏は自分がしたいことを、相手がしたがっていると考える癖があります。

これを心理学では「投影」といいますが、大川隆法氏の指摘を見ていると、あまりにも「投影」が多いので驚きます。

実はそのために、私とか大川きょう子さんとか、マスコミの編集長などへの批判の論点をよく見ると、

大川隆法氏が潜在意識下でいかなる願望を持っているかが見えてくるのです。

この「投影のメカニズム(機制)」を念頭において読むことで、「大川隆法の真実に迫る」ことが出来るので、私もこの手法は使わせて頂きたいと思います。

私と大川きょう子氏との接点は、大川きょう子氏の離婚裁判や週刊文春の記事に関する裁判に、私が陳述書を提出したことに尽きます

私は陳述書で大川隆法氏が不倫をする人物であることを陳述しました。

幸福の科学では大川きょう子さんが悪魔であると信じ込まされています。

大川きょう子さんの肩を持ったというだけで、私も悪魔の片棒を担いだと幸福の科学の会員さんには思われると覚悟しています。

にもかかわらず、私がなぜ大川きょう子氏の裁判に協力しようとしたのか。

その動機を書かせて頂きます。

大川隆法氏と幸福の科学による大川きょう子さんへの人格攻撃は、はっきり言って配偶者に対する虐待であると思います。

現代の法難シリーズで出た霊言は、全部私も聞きました。

本も読みました。

「悪妻封印祈願」を私も支部でもしました。

私も虐待に加担した時期があります。

これは大川きょう子さんにお詫びします。

私は大川隆法氏の説明を、最初は鵜呑みにして、こうした過ちを犯しました。

私が大川きょう子さんと出会えたのは、布施返還訴訟を担当されている松本弁護士を通じてです

今年の3月頃に、初めてきょう子さんにお会いしました。

その時に、教団内部の話を、相当伺うことが出来ました。

私は大川きょう子さんと直接お会いするまでは、きっと彼女は精神的に相当苦しんでおられるだろうと思っていました。

しかし、お会いして、彼女が神への感謝と、幸福感の高揚を目の当たりにして、洗脳が解けました

私は彼女が輝いていると思いました。

こういう幸福感を味わわれるのは、うらやましい限りだと思いました。

そして彼女を救おうとされている神の愛を感じました。

私の印象では、幸福の科学の最初期のころの幸せそうな彼女に一番近づいているのではないかと思いました。

その彼女の深い感謝をもたれている人格の雰囲気にふれて、大川隆法氏の言ってきたことが嘘だったと、はっきり知ったのです。

大川きょう子さんの存在価値は、彼女が健康で精神的に安定して、幸福に輝いていること自体にあることを知りました。

なぜなら、それが大川隆法氏や幸福の科学が言うことがであることを、証明してしまうからです。

これが大川隆法氏にとっての最大の脅威なのです。

だからこそ、別に幸福の科学を批判していない週刊新潮の報道記事(大川きょう子さんの奉仕活動の報道)に対して、

幸福の科学が過剰なまでのヒステリックな反応をするのです。

大川きょう子さんへの教団からの組織的な攻撃は、はっきり言って「アンフェア」です。

一個人対公称1200万団体の戦いです。

どうみてもこれは虐待です。

これを見過ごすことは、私は個人の人権が全体主義的組織によって侵食されていくのを、黙ってみている卑怯な振る舞いだと思ったのです。

私は、ここでこそ騎士道精神を発揮すべきであると判断しました。


https://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/11-p83-2-3-1200.html

『舎利弗の真実に迫る』講義12 私の真実

「自分たちを固定した状態で見ていれば、教団のほうがどんどん変化して、彼らには、

『初期のころに重用された自分たちが、その後、重用されなくなった』というように恨んでいる面もあるのでしょう。」

(『舎利弗の真実に迫る』P84)


<解説>

これも大川隆法氏の言葉です。

この発想は、大川隆法氏の特徴的な発想です。

幸福の科学は常に発展していくので、能力が限界になると落ちこぼれていき、落ちこぼれた人間は恨みをもつというのです。

確かにそういう心境になることは、人間にはあると思います。

しかし、その組織を辞めてからも、そこで仕事が出来たことに感謝して、どこか一隅を支え続ける人が多い組織と、

辞めたら恨みに思い、悪口をいう人が多い組織との違いには、トップの持つ徳、あるいは組織の徳というものが大きく関係するのではないでしょうか。

私を振り返ってみると、還俗してすぐは、正直言って完全に方向性を失い、うつ状態に陥りました。

何故かというと、出家者として生きてきた自分のアイデンティティが崩壊したからです。

それと交通事故で半年以上入院したのが響き、筋力や体力が3年間は元に戻らなかったのも、非常に辛いことでした。

闇雲に試行錯誤して自己のアイデンティティを捜し求め、その間、自分の心の傷をさらに広げたりしながら、

それでも何とか在家の中で基盤を創り、そこから自分の使命を見出そうとする悪戦苦闘が続きました。

しかし、徐々に自分を立て直してくると、次に取り組んだのは信仰生活の再建でした。

それまでは生きていくのが精いっぱいでした。

仕事では、大きな累積債務を抱えた建設会社の再建という、非常な難問題に取り組みました。

それも私がもっとも苦手だった財務の担当になり、銀行交渉の責任者になりました。

責任感だけで仕事をしました。

2年目になって、やっと仕事にはなれたものの、会社の危機的状況がさらに深刻になってきたころです。

会社の再建のためにも、自らの心の再建のためにも、真剣に信仰生活の再建に取り組もうと決意しました。

それまで毎月、支部や精舎での祈願だけはしておりましたが、それだけでは足りませんでした。

そんな問題意識を持っていたある年の3月でした。

津田館長の話に触発され、ご生誕祭に向けて私が何一つ出来ない自分を情けなく思い、

まずは経供養だけでもさせていただこうと、『正心法語』の全巻読誦をはじめることにしました。

77回で1シートの記録用紙を作り、その年のご生誕祭には3枚のシートを奉納しました。

つまり約4ヶ月で231回の経供養を捧げたのでした。

次には、月刊誌等の布教誌を毎日100冊ずつ地域に配布することを始めました。

朝は4時30分には起き、約40分間布教誌配布した後、1時間程度お祈り等をして、それから出勤します。

帰宅は深夜の11時、12時は当たり前の生活でした。

これをやり出してから、3ヵ月後ぐらいの朝、神秘体験をさせていただきました。

それによって、自分が光の子であるという強烈な自覚を得ました。

そして、その時から私の交渉力が非常に力強いものになり、会社再建が軌道に乗り、働きだしてちょうど丸3年で、会社が再建できたのです。

会社の再建が見え始めた頃から、私はそれまで行けなかった各地の精舎に行き、研修に参加して、

数々の神秘体験をさせていただくと共に、大きな人生の軌道修正をさせていただけました。

反省も相当しました。

建設会社を辞めてから、一時期、田舎で親孝行をする期間を少しいただけました。

そして関東の方で新しい仕事につかせていただきました。

その間には、日光精舎で10日間程度反省に打ち込み、いくつかの神秘体験を頂きました。

思うのですが、今という時代は、霊性の時代と言われるように、人間の意識が霊的な領域とコンタクトを取ることが、ものすごくやりやすい時代です。

これはカウンセリングをしていても、顕著に感じます。

私が神秘体験をしたのは、私のその時の心の状態に応じて、幸福の科学の精舎であるにも関わらず神秘体験が出来たのではないかという気がしています。

道を歩いていても、突然神秘体験が来る場合もありますし、自宅の部屋で寛いでいても、突然来る場合もあります。

そういえば、ユングは列車に乗っているときに突然神秘知見が始まり、数十分続いたことを伝記に書いていました。

今は、そういう時代であり、心が内省的になって、穏やかな状態になれば、誰でもがそういう体験が出来る時代だと思います。

神秘体験、あるいは霊的領域とのコンタクトは、私たちの心の状態によるのであって、場所を問わないのではないか。

そう感じるのです。

3年ほど関東で働いた後、一念発起してカウンセラーになるために心理学の学習に打ち込みました。

ある知り合いの経営者から「あなたは職業として人を救う仕事をするべきだ」と言われたことも、大きなきっかけでした。

心理学の学習と平行して大川隆法氏の書籍のほとんどを読み返しました。

幸福の科学の書籍は2年間で累計600冊読みました。

洗脳を深めたわけです。

『正心法語』は累計2200回程度になりました。

2009年の衆院選挙では、勉強も仕事も中断して、地元候補者の応援演説に全部の時間をつぎ込みました。

選挙後しばらくして、週刊朝日が幸福の科学批判を記事にしたときには、私は仕事仲間の斎藤敏之氏と二人で朝日新聞社の本社に乗り込み、

担当記者ならびに副編集長と2時間近く話し合い、抗議を行いました。

記事の内容が自由主義社会にとって非常に危険であり、信仰をも傷つける内容であったからです。

その内容は、話しあった週刊朝日の副編集長の依頼によって文章化し、週刊朝日の編集長に送りました。

同時に、幸福の科学の広報局にもお渡ししたので、この事実は里村英一氏もご存知のはずです。

それ以外に、日常の活動としては布教誌配布は毎月数百冊をやりつづけており、そのことは私が活動していた支部の方ならご存知です。

また毎週駅の前で朝の出勤前に街頭演説をし、2人の仲間と共に幸福実現党のビラ配布を行いました。

つまり、私が言いたいことは、在家の立場にあって、幸福の科学の発展をほんの一部なりとも支えていきたいと真剣に願い、

行動して来たのが、私の真実の姿であったということです。

私は本当に、熱烈信者だったのです。

教団の発展から落ちこぼれ「重用されなくなったというように恨んでいる」というような教祖の発言は、一信者に対して非常に不謹慎であると思います。

まったく人の心が見抜けないのでしょう。

他心通はどこへ置き忘れてしまわれましたか。

これほどの熱心な信仰者の私が、それだけ深く洗脳されていたにも関わらず、なぜ変わったかといえば、教祖と教団の実態が、いやおうなく目に入ってきたからです。

その頃、仕事仲間の斎藤敏之さんが、佐久平支部の会員さんの正当なクレームを一生懸命に総合本部や総裁に取り次ごうとして努力されていました。

しかし、教団幹部は在家の信者さんのクレームを全く聞く耳持たず、教団を良くしたいという一心で努力した斉藤敏之さんを活動停止にして、

全世界の精舎と支部に張り出しました。

私はこのときに、教団の救いがたい官僚体質と教団自体の自浄作用がもはや機能しないことを痛感させられました。

さらに、決定的だったことは、大川隆法氏の女性問題の実態と被害女性の存在を知ったことです。

1997年の総裁の不倫問題は、私は被害者から直接詳細を打ち分けられて知っていました。

しかし、守護霊が申し出たという話だったので、一時的な問題として、胸に収めていたのです。

しかし、数年前にも別の若い女性職員が被害にあったことを知って、私は問題の深刻さを感じました。

熱烈信者の家族全員が退会されたとか、ご本尊をばらばらにしたとか、被害女性は一時は歩くこともままならないほどのショック状態だったとか、

目を覆いたくなるような話でした。

私はこのままの状態で、自浄作用が働かぬまま、教団が進むのは危険だと思いました。

私は大川隆法氏に対して、私が知っている事実を手紙にしたためて送りました。

最初の手紙は広報局が止めてしまったことが判明しました。

そこで、4月4日にもっと詳細に手紙を書いて、大悟館に大川隆法氏への親展で送りました。

それが、先日週刊文春に一部公開された手紙です。

私は、女性問題だけをもって深刻な事態と思ったわけではないのです。

それを事実無根として嘘を突き通していることが、もっと問題だと思ったのです。

女性への執着でセクハラ被害まで出続けているという状態は、もはや大川隆法氏は仏陀ではないということを意味しています。

執着まみれの凡人です。

その凡人が、仏陀だ、宇宙神だと言うという事は、悟りを偽る大妄語です。

釈尊の教えによれば、この大妄語は無間地獄に堕ちる因となります。

それは同時に悪魔に支配されることを意味します。

教祖が悪魔に支配されたら、信者さんはどうなりますか。

みんな不幸になり、地獄へと道連れにされてしまいます。

だからこそ、私はこの問題を看過できなかったのです。


私は手紙を書くときは、相当強い決意を固めました。

その時に私は、自分の心と次のように対話しました。


Q「教団から除名処分や永久追放になるが、それでいいのか。」

A 「構わない。」

Q「後世の信者から裏切りのユダのように、永遠に恨まれる可能性があるが、いいのか」

A「自己保身は捨てる。生まれ変わっても、誤った教団の改革のために尽くす。

その時に、私が教団の真実に目覚めるように、何か確かな資料を公的に残しておきたい。」

Q「大川きょう子さんのように、守護霊の本を出されたり、呪われたりするが、それでも良いのか。」

A 「甘んじて受ける。多くの人が地獄に行かぬように尽くすのが先決だ。できれば総裁も救いたい。」

Q「大教団に一人で立ち向かうのか。それでつぶされない自信があるのか。」

A「『真実は死なない。真実は絶対に死なない』という言葉は、永遠の真理だと信じる。

私はこの真理に賭ける。私が真実の側に立つのなら、つぶれるのは偽りを説く教団である。」

「いかなる心を持って立つのか。」

A「愛の心を持って立つ。怒りは持たぬ。そう努力する。」


こうして私の戦いは始まりました。

私の家族、私を深く知って下さる方々、心検の生徒の皆様は、私を支援してくださいます。

その支えがあればこそ、私は戦えるのです。

このブログも、私のささやかな名誉を守るために始めましたが、いろんな方が私の姿を知って励ましとしてくださっていることを知りました。

それとともに、私自身の決意も深まってきたように思います。

心の奥から、私の役割を自覚する思いが湧いてくることもございます。

生意気ではございますが、心から湧いてくるままに、あらためて私の決意を書かせていただきます。

私は旗の役割です。

真実の旗を掲げるポールです。

旗を立てたポールは、微動だにせずに立ち続けるのが役割であると肝に銘じています。

嵐のなかでも、雷に打たれても、私は立ち続けます。

地上に新しい地獄を作らないために、私は立ち続けます。

この姿を見て、勇気を起こしてくださる方が一人でも増えてくださることを、私は祈っています。


https://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/12-p84-3-2-77-3-4-231-100-30-40-1-11-12.html

『舎利弗の真実に迫る』講13 植福返還訴訟の真実

https://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/90-p92-3.html

「大川隆法 そういう働き(分派活動をしたダイバダッタから弟子五百人を取り戻したこと)をしたのが舎利弗たちであったので、

『舎利弗が別派をつくって幸福の科学の信者を連れていく』というのは、話としておかしいのではないかと私は思いますし、

信仰心のあまりのいいかげんさに、ややあきれる思いもしないわけではありません。」(『舎利弗の真実に迫る』P90)


<解説>

これは私が、植福返還訴訟に協力させて頂いていることへの危機感から出てきた発言です。

実は私は、大川隆法氏への私信の中で、女性問題を起こしながらそれを隠蔽する人は仏陀ではないし、

そういう人が受ける布施は受者の穢れにより三輪清浄の布施に理念を満たさないので、布施を返還されるようにとお願いしました。

この時点ですでに私は、大川隆法氏が釈迦の再誕であり、仏陀であるという信仰自体が成り立たないことを自覚していました。

またこの大川隆法氏宛ての手紙の中で、私は自分を舎利弗の生まれ変わりであるとした大川隆法氏の過去世認定を、返上しています。

仏陀でない人が、自分を仏陀と偽って、多くの人々を惑わしている。

その迷妄から、彼自身ならびに信者の皆様に目覚めていただきたいというのが趣旨です。

その意味ではダイバダッタの呪縛から仏弟子の迷妄を覚ました舎利弗の活動と、今回の私の活動には、一定の類似性がないわけではありません。

ただし大川隆法氏は自分を仏陀と盲信しているので、このような指摘は全く理解できないと思います。

自分で繰り返し仏陀であると言い続けているうちに、完全に自己洗脳してしまい、真実が見えなくなっていますから。


「大川隆法 (中略) まあ、はっきり言えば、初期のころに当会に来て、最初、事務局課長として職員になった種村という人が、今、別派的な動きをしており、

当会に多額の布施をした信者あたりを狙って、布施したお金を取り返させ、それを資本金にして別派をつくろうとしているらしいということが分かっています。」

(『舎利弗の真実に迫る』P92)


<解説>

これはひどい言いがかりですが、こういうふうに大川隆法氏がこじつけるのには理由があります。

植福返還訴訟の真相を信者の皆様に知られたくないのです。

そこで返還訴訟の真相を語ることで、これへの反論とさせて頂きます。

今回、提訴した人たちは、いずれも熱烈信者であり植福菩薩も複数いらっしゃいます。

いわば筋金入りの信仰者です。

この方々が、提訴した本当の理由は、女性問題等で大川隆法氏が堕落しており、

もはや信仰するに値しない状態であることをことを知り、深く信仰心が傷ついたからです。

この方々は3つの願いを込めて裁判を起こされました。


① この裁判を通して大川隆法氏と教団が反省して、悔い改めて欲しい。

② 自分たちと同じように騙されて被害を受ける人を少なくしたい。

③ 納骨壇を返却し、あるいは生前供養をキャンセルするので、その分のお金を返還してもらいたい。


この方々は、最初から裁判をしようとされたわけではありません。

まず、来世幸福園に電話したり、サービスセンターに連絡されましたが、それは布施なので返却できないと言われ、支部に相談するように言われています。

そこで支部長に相談すると、布施なので返還できないと、取り付く島がありません。

ある人は支部長から「あなたがしようとしていることは幸福の科学を敵に回すことよ。」と脅されました。

またある人は、本部長からピントはずれの手紙を何度ももらい、埒が明きませんでした。

仕方なく、各自が地元の消費者センターに相談しましたが、理解は示しながらも、弁護士を紹介されました。

そこで弁護士の先生に相談して、提訴の運びになったものです。

教団側の論理は、納骨壇等の代金は「布施」(植福)だから返却できないというものでした。

そこで私が、布施だというのなら、三輪清浄の理念を総裁自らが汚している以上、布施そのものが成り立っていないことを理論的に説明する支援を行いました。

総裁は女性問題を多発させ、受者の清浄性は皆無です。

受者が穢れてしまった以上、幸福の科学の布施には何の功徳もありません

功徳のない布施をこれ以上集め続けるのは、詐欺以外の何ものでもありません。

私は、そのことを裁判を通して明らかにし、被害者を救いたいのです。

裁判をしている人々は、ほとんどが家庭不和の原因を多額の植福によってつくっています。

このたびの裁判で、高額な植福が返還され、家庭が調和することを願っています。

「布施したお金を取り返させ、それを資本金にして別派をつくろう」としているという言葉は、

大川隆法氏が真相を隠そうとして創り上げた架空の物語(妄想)に他なりません。


「『職にあぶれて食い詰めている』という現状」(『舎利弗の真実に迫る』P94 )


<解説>

大川隆法氏は、この本のなかで、繰り返し繰り返し、

「種村修は職にあぶれて食い詰めているので、信者をそそのかせて裁判させ、そこからお金をえようとしいている」

と主張しています。

退職金を使い果たしたからないとか、ゆすり・たかりをしているとか、言いたい放題です。

この本を読んだ昔の仲間が、心配して生活は大丈夫かと電話してくれた人もいました。

またある生徒さんのご主人が、この本を読んであまりの内容のひどさに義憤を感じられ、わざわざ事務所に激励訪問してくださいましたが、

この方も私の生活を心配してくださいました。

こうした方々には、この本に書かれているような生活不安は全くないので、ご心配要りませんと申し上げ、ご安心をいただきました。

私は、ありがたいことに、心検の仕事で本当に多忙です。

また、亡くなった母が残してくれた遺産もあるため、新事業の立ち上げ期に、お金の心配をすることなく仕事にだけ打ち込めています。

これは本当にありがたいことだと、感謝しております。

改めて、ご心配くださる皆様に、「ご心配なく」と申し上げたいと思います。

もとより、諸行無常の世の中ですから、私の仕事がうまくいかないことも可能性がゼロとはいえません。

でもその場合でも、ありがたいことに田舎が農家で、いざとなったら自分が食べていくぐらいは十分な土地の広さがありますので、心配はしていません。

これまで農家で家を維持してきたからです。

また田舎の親戚には農協の職員の方をはじめさまざまな方がいますので、本当にいざとなれば、いかようにも生きていくことは可能です。

こんなことは書く必要もないと思うのですが、これも大川隆法氏の洗脳技術に抗するために、あえて書いています。

『舎利弗の真実に迫る』講義14 「種村守護霊」が偽者である理由

https://tanemura1956.blogspot.jp/2012/07/14-p96-5-22-4-4-p96-p97-gla-gla-p98-gla.html

「里村 種村氏の守護霊でいらっしゃいますか。

種村偽守護霊 サーリプッタと言いな、サーリプッタと。」(『舎利弗の真実に迫る』P96)


私は、この本に登場してくる種村守護霊なるものが偽者であることは、根拠を挙げて繰り返し証明していきたいと思いますが、

種村守護霊」という表記そのものが間違っているので、引用箇所ですが、「種村守護霊」と、敢えて表記を修正させて頂きます。

まずこの引用部分が、「種村守護霊」が私の本当の守護霊ではない証拠となります。

この霊言は5月22日に収録されています。

私がシャーリプトラであるという大川隆法氏の認定は間違いだと申し上げたのは4月4日に送った大川隆法氏への手紙のなかにおいてです。

だから、私の守護霊が自分のことを「サーリプッタと言いな」ということは、あり得ないのです。

(手紙の内容についての詳細は、このブログの番外編1をご覧下さい)

これは何を意味するかというと、ここに出てきた種村守護霊は偽者であり、私とは無関係の霊であるということです。

なお、 「サーリプッタ」という表現そのものが、「シャーリプトラ」をなまった言い方になっていて、

「種村守護霊」を貶める表現として意図的に使われているように思われます。


「種村偽守護霊 うんうん。そうだね。釈迦の右腕だし、もう釈迦も老いぼれたから、本来、私が教団の代表者となるべきときが来てるね。」

(『舎利弗の真実に迫る』P96)


<解説>

私は真の釈尊に対して、こんな失礼なことを言うことはありません。

それに教団の代表者になりたいなど、思ったこともありません。

とても下品で品性のない「種村守護霊」ですね。

「釈迦も老いぼれたから」というような言葉を目にして、私はとても悲しくなりました

私はここで、あえて「真の釈尊」という表現をさせていただきました。

なぜなら、大川隆法氏は、釈迦の生まれ変わりと名乗っているからです。

私は大川隆法氏が名乗る「偽の釈尊」と区別をさせていただきます。


「種村偽守護霊 (中略) ただ、わしは、今、もう、職がなくて困っとるんじゃ。」(『舎利弗の真実に迫る』P97)


私が所属している一般社団法人心検は、立派なカウンセリングの職業です。

これは一生の職業と考えて、打ち込んでいます。

「職がなくて困っとるんじゃ」というのは、私の職業に対する侮蔑にしかきこえません。

また、心検で学んでくださっている方々に対しても、大変失礼な言い方です。

と同時に、この本に登場する「種村守護霊」が偽者であることを、はっきりとあらわした部分でもあります。

職がなくて」ということそれ自体が、事実に反してますから。


「里村 ところで、今、『釈迦認定』とおしゃいましたが、今世、あなたを「シャーリプトラ」と認定したのは、お釈迦様ですか。

種村偽守護霊 うーん。よう分からんけどな。とにかく、何となく、そんなふうになったんだよ。

里村 いや、認定したのは高橋信次霊ですよね。

種村偽守護霊 うーん、そう。まあ知らんけど、(生前の)高橋信次が『仏陀』を名乗っとったのだよな。

その当時(幸福の科学の立宗期)はだね、(高橋信次が)死んで十年ぐらいのころで、(長女の)計佳子氏が(GLAの)跡を継いだけど、

小娘なので、みんなついていかなくて、古い弟子がみんな分かれて、分配とってさあ。

里村 はい。

種村偽守護霊 九州で正法会とかいうのをつくった園頭広周っつうのが、(自称)シャーリプトラっていう男であってねえ。

里村 はい。いましたね。

種村偽守護霊 『高橋信次より九歳年上だ』って男が、『GLAの教団を継ぐ』とか言っててな。

それで、うち(幸福の科学)が仏陀を名乗ったら、

『仏陀なら、シャーリプトラもいるはずだから、出してみい。わしこそシャーリプトラだ。高橋信次こそが仏陀だ。こっちが本物だあ』

みたいなことを言ってて、それで、対抗上、何となく出てきたような感じになったんかなあ。

里村 つまり、高橋信次氏の霊的復活と同時に、『シャーリプトラ』と指名されただけで、実は・・・。

種村偽守護霊 うん、そうそう。代わりでね。」(『舎利弗の真実に迫る』P98)


長々と引用しましたが、これは「種村偽守護霊」が本当は誰であるかを調べる上で、非常に重要な部分です。

私はGLAに関して私はほとんど何も知りませんでした。

生長の家からきたので、高橋信次の生前の著書は幸福の科学で薦められて読んだことがありますが、

教団がどうなっているのかとか、ましてや園頭広周と大川隆法氏との具体的な確執に関しては、始めてこの本で知りました。

ということは、私にインプットされていない知識を語っているこの霊は、一体誰なのでしょうか。

それはずばり、大川隆法氏その人の意識の一部ではないかと、私には思われるのです。

大川隆法氏の魂の兄弟が、私を貶めるために、「種村守護霊」を名乗って演技をしているように感じるのです

そして、大川隆法氏のシナリオに従って、演じているわけです。

そう考えると、私にはこの霊言のからくりが非常によく分かります。

ここでは、大川隆法氏が教団の最初期に、なぜシャーリプトラの過去世認定をしなければならなかったのか、という事情が種明かしされています。

GLAとの対抗上、釈迦弟子が身近にいる必要があったそうです。

しかし、この偽の「種村守護霊」は、致命的な間違いを犯しています。

いつシャーリプトラと認定したのかが、あやふやでしかないのです。

本当は1988年3月の末に、西荻窪駅から徒歩10分程度の地下の事務所で、「種村修がシャーリプトラである」と認定したのです。

しかも高橋信次霊の霊言ではなく、大川隆法氏が自ら宣言したのです。

私にとって、これは衝撃的な出来事でしたので、そのときのことを、非常に鮮明に覚えています。

「種村偽守護霊 私はねえ、幸福の科学の救世主だったわけでねえ。

幸福の科学がほんの数百人か千人か、そのぐらいのときにだねえ、もう三百三十万人の信者数を誇り、

昭和五年から数十年やっているところの、日本を代表する大・大教団のねえ、大・生長の家の編集部から、大幹部が降臨したんだよ。

ほんと、法人格もない貧乏教団の事務局課長に降臨してやったんだよ。」(『舎利弗の真実に迫る』(『舎利弗の真実に迫る』P101)


<解説>

これは私の意識とは全くかけ離れています。

まず私は生長の家の大幹部ではありませんでした。

幸福の科学では最初から事務局課長になったのではなく、最初は編集部員として入れていただきました

幸福の科学の救世主という意識はあるはずがなく、偉大な霊的指導者のもとにはせ参じて、新しい文明を興していくお手伝いが出来るということに、ひたすら感激していたのです。

貧乏教団かどうかは私にとってはどうでもいいことで、大きな使命に加われることに悦びを感じていたのです。

幸福の科学が原久子氏に間借りしていた最初期の事務所に通う道すがら感じた「ここから新文明が始まるのだ」という高揚感はいまだに忘れていません。


「斎藤 (中略)学生時代にお金がなくて貧乏だったのは、ご本人でありまして、なんと、家賃を滞納し、大学は中退だったそうですが、どうですか。

事実か事実でないか、二者択一でどうぞ!(会場笑)」(『舎利弗の真実に迫る』P105 )


<解説>

私が京都大学を中退したことは、幸福の科学のなかで隠したことはありませんでした。

別に恥ずかしいことではないからです

自分で選んだ道を、恥じる気持ちがありません。

家賃の滞納は、私が大学生のころ、一年間、東京(原宿)にある生長の家の本部に呼ばれて、無給で生長の家の学生部のボランティアをしたことがありました。

この期間は、家族の賛成が得られなかったので仕送りがなく、学生部の職員をしていた人が多少の支援をしてくれていましたが、それではまかないきれませんでした。

借家の大家さんは生長の家の職員の家族だったので、支払いを待ってくれました。

翌年、私が生長の家の本部で働きだすと共に、滞納分は全額支払いました

そうした事情がありました。


「種村偽守護霊 あのねえ、画学生なんて、だいたい、使えるわけがないんだから。ヒトラーと一緒だよね、貧乏画学生・・・。」(『舎利弗の真実に迫る』P106 )


<解説>

画学生からヒトラーを連想することは、私にはできない発想です。

そういえば大川隆法氏は、ヒトラーが画家を目指していたことを、講話の中でふれていたことを思いだします。

これも、「種村偽守護霊」は、実は大川隆法氏の意識の一部が演技しているのではないかと思わせる部分です。

なお、ここに出てくる「種村偽守護霊」は、貧乏ということにすごくこだわりをもっています。

ここに大川隆法氏が学生時代まで、非常に貧しい生活をしてたことのコンプレックスが出ているのではないかと思われるのですが、いかがでしょうか。


「斎藤 家賃を滞納していて、結局、大学も中退というのは非常にまずい展開ですね。

種村偽守護霊 き、君・・・。きつい、きついな。いやあ、妻からは、禁治産者と呼ばれてたわけでねえ。」(『舎利弗の真実に迫る』P108)


<解説>

これも「種村偽守護霊」が私の守護霊ではない証拠になる発言です。

元妻から禁治産者と呼ばれたことは一度もないからです。

私が家からの仕送りもなく、生長の家の本部で1年間ボランティアをしたことは既に書きました。

その頃の私の霞を食べているような、非現実的な、生活感覚の欠如した生活ぶりを見た父が、たまりかねて私に「禁治産者」という表現で警告したことが、一度だけありました

しかし、その父も、私が生長の家本部に奉職して、はじめていただいたお給料で、ささやかなプレゼントを買って贈ったときに、心から喜んでくれました。

ですから、「元妻からは、禁治産者と呼ばれていたわけでねえ」と言った時点で、「種村守護霊」が偽者であることは、決定的になりました。


「種村偽守護霊 いやあ、まあ、それはね。『生長の家』っていうのは天狗教団だから、基本的には、もう、『生長するしかない』わけだからして・・・。

斎藤 (苦笑)人のところばかり悪く言うのではなく、自分の心を見つめてください。

種村偽守護霊 こう、鼻が伸びて伸びて伸びて伸びて伸びて伸びて、反省なんかしたら、いけないじゃない?」(『舎利弗の真実に迫る』P111~P112)


<解説>

生長の家が「天狗教団」だというのは、大川隆法氏の言い方です。

私も教団にいた頃、大川隆法氏から直接、そう言われたことがありました。

ですから、大川隆法氏の意識が、こういう発言をされるのは分かります。

生長の家を侮蔑する表現ですが、私はかつての師である谷口雅春先生や生長の家の主宰神である天御中主神をこんなに貶めるようなことは、やはり言えません。

生長の家にも一部には天狗的な方もいらっしゃいますが、ほとんどの方はそうではないと思います。

何よりも谷口雅春先生は、天狗ではございません

大川隆法氏は初期のころから、日本神道に対して非常に侮蔑的な言い方をされることがありました。

ですから、大川隆法氏の意識の一部が「種村偽守護霊」であるとすると、同じ傾向がこの発言ににじみ出ているように思います。

「鼻が伸びて・・・」と「伸びて」を六回も繰り返しているのは、私が大川隆法氏に送った手紙の中で、謙虚に反省してくださるようにお願いしたので、

それがよほど許せなかったのではないかと思います。

きっと「大増上慢だ」「大天狗だ」とおっしゃりたいのではないでしょうか。

生長の家の谷口雅春先生の教えには、確かに八正道はありません。

ですが、谷口先生が説かれた「心の法則に照らして自分の心を振り返る」という教えがあり、これは実質的な反省へとつながるものでした。

また晩年の谷口雅春先生は、自分の生前の罪を書き出して、滅罪のための行を、信者さんに混じってされています。

生長の家であるから反省ができないというのは、本当はおかしいように思います。



アイマイミーです

大川はまた墓穴を掘りましたね。

種村さんの守護霊が大川に来て語るはずもありませんし、また語ってる内容もでたらめです。

大川の初期の守護霊理論では、守護霊とは魂の兄弟せあるから、本人と考え方やしぐさもまったく良く似ているというものでした。

それで、大川自身による守護霊を「呼び出し」ショーを間近で何度も見ましたが、いつも噴飯ものでした。

なぜなら、本人に、似ても似つかわしくない守護霊がでてきては「俺が偉い」「いや俺様のほうが偉い」「あいつが偉いのは気に食わない」

などの話ばかりなんですよ(爆笑)

これは、大川の意識を単に語ってるだけのイタコ芸なんですよ。

種村さんとは、知り合った頃からいまにいたるまで、一貫して変わっていません。

彼が上京して生長の家の学生組織の中核メンバーになったときが最初の出会いですが、まことにも勉強熱心で、

活動家というよりも理論家肌の人間で、将来を期待される人でした。

(当時、私は青年組織の事務局長でしたから,その組織の傘下にある学生組織は人材の供給源としていつも注目していました)

その勉強熱心さ、求道心の高邁さ、そして正義感の強さはまったく変わっていません。

だから、詐欺師・大川の欺瞞と大川の犯罪行為が許せないのです。

それ以来、30年近く彼を知っていますから、大川のイタコ芸にでてくる種村守護霊は、すぐ偽ものだとわかります。

種村さんの守護霊が、増上慢な発言をするわけがありません。

信じられない人は、大川に頼んであなたの守護霊を呼び出してもらうといいですよ。

荒唐無稽のことしかしゃべりませんから(笑)

大川の意識をしゃべっているだけだからです。

いんちきなんです。

そもそも大川には霊能力なんてないんですから(爆笑)

大川に霊能力がないというのは幹部職員ならみんな知っています。

生活のために黙っているだけです。

大川が指定する、過去世とか守護霊の話なんて、自分のいま置かれている状況に応じてどんどん設定変更してくるわけですから、テキトーな発言と理解するのが一番です。

いま、大川に過去世認定されてる人も、利用済みとなった途端、また設定変更がありますって。

こういうと、お前はもらってないから嫉妬してるんだろうという輩がおりますので、一言いえば、私も有難くも(爆笑)たいそう立派なものを頂戴しましたよ。

証人もいますよ。

でも、職員を辞めたときに捨てました。

そんなもん、何の役にも立ちませんから。

そんなもん有難がってるのは大川妄想ワールドの住人だけです(大爆笑)



守護霊と本人とは癖まで似ていると、よく大川隆法氏は言っていました。

私はこの偽守護霊の大阪弁をうんと下品にしたようなしゃべり方が、とても嫌です。

徳島の方はこんな話し方をするのでしょうか。

「種村偽守護霊 (中略) そういえば、「聖使命会員」とか言うて、一人で百冊以上配ってたから、・・・」


<解説>

これは大川隆法氏の仕事の杜撰さが、際立つ箇所です。

これは、生長の家に所属したことのある人から見ると、あり得ない基本的な間違いです。

この部分ひとつでも、「種村守護霊」なるものが真っ赤な偽者であることを証明してしまっています。

生長の家では、聖使命会員という制度がありますが、これは毎月一定額以上の会費を振り込む人のことであり、その人には聖使命新聞が配布されていました

聖使命会員には3種類あり、護持会員は月額400円以上、什一会員は月額1000円以上、特志会員は月額1万円以上を収めます。

百冊以上の神誌(生長の家では布教誌のことをそう呼んでいました)の配布者を聖使命会員という呼び名をしていた事実はありません。

実は私は、聖使命新聞の編集部にいました

ですからこんな基本的なことを私の守護霊が間違えるはずがありません。

ですから、ここは「種村守護霊」が偽者であることが、疑問の余地なく判定できる部分です

なぜこのような致命的で基本的なミスが予防できないのでしょうか。

それは幸福の科学編集部の職員が、大川隆法氏の霊言を本物だと盲信しているからです。

だから、チェックをしないのです。

霊言が偽者であると見抜く見識があれば、霊がいうことをいちいちチェックして、外部には間違ったまま出さない努力が出来るはずです。

もっとも、DVDに出ているものは修正できないので、この箇所は削除するしかないでしょう。


「斎藤 (中略) 実は、『学生のときに、「生長の家」に属していながら、政治活動もしていた』と、元奥様から聞いております。

そのときには、スーパー右翼的発想で、左翼と激突し、棒を持って殴り合って、暴力沙汰になったそうですね。

しかも、そのときに、あなたの担当していたグループのなかで、生長の家の学生が一人死んだとも聞きました。

種村偽守護霊 それはねえ、谷・・・。

斎藤 実際に死亡したと言われましたよ。

ヘルメットを被って、バンバンバンバン、お互いに叩き合うような、非常に阿修羅的な波動を持った状態だったそうです。」(『舎利弗の真実に迫る』P144)


<解説>

この部分の記述にも、致命的な情報の間違いがあります。

確かにここにいわれている京大での事件はありましたが、その時に学生が一人死んだというのは、完全に間違いです

死亡者など一人も出ていません。

それとは別に、その約2年後ぐらいに、九州大学の仲間の学生が一人亡くなりました。

私達は彼の死を悼みました。

なぜなら、その方はこのとき京都大学の行事に参加してくださった仲間であったからです。

しかし、京大事件と彼の死亡は別の問題です。

京都大学での事件は、私が大学2年生の秋に起きました。

この年には昭和天皇の御在位50年の記念式典が国や地方で開催されました。

私達の仲間も、京都大学の教養部の教室を借りて、昭和天皇御在位五十年の式典を開催しました。

これは至極平和的なものでした。

ここに至るまでには、2ヶ月ほどの前哨戦がありました。

私は昭和天皇が終戦と戦後の復興に果たされた役割を評価するビラをつくり、京大の正門の前で配ることからはじめました。

京都大学は左翼の学生運動が極めて強い大学で、すぐに私達は左翼学生によって暴力的に排除されました。

私は、暴力による言論の抑圧には屈することが出来ませんでした。

近隣大学からも協力者を募り、毎日宣伝活動を続けました。

左翼は暴力を振るうこともありましたが、私達は言論のみで応戦しました。

記念式典の当日は、さすがに緊迫感が漂いました。

無防備で式典をすれば、暴力で排除されることは目に見えていました。

そのために、安全のためのヘルメットや最小限の防衛の装備を用意して、攻撃を抑止しました。

抑止のための「武」です。

式典も無事終了し、私達数十名は街頭へ出て、市民集会に合流する予定でした。

予定通りの行動をしていれば、何の問題も起こらなかったはずです。

ところが外部から来た年上の学生が、京大の時計台前で勝利集会を開こうと言い出し、予定外の行動に出たのです。

時計台前は左翼グループが日ごろ武闘訓練を行っているホームテリトリーでした。

案の定、集会をしているところを武装した左翼学生に襲撃されました。

防衛の装備をいちど片付けていたので、あわてて支給しなおし、攻撃を防御しました。

しかし、後手に回り、負傷者が出てしまいました。

私も少し怪我をしました。

やはり日ごろは平和的な言論活動をするだけの人間が、武闘訓練を日常的にしている集団のホームテリトリーのなかに、うかつに入り込むべきではなかったのです。

急な作戦変更がもたらした重大なミスです。

まだ2年生の私には、それを阻止する権限はありませんでした。

しかし、その後のほうが大変でした。

私が学内で高校時代の友人と話をしていても、左翼学生に囲まれ、暴力的に排除されました。

危険で、大学にいけなくなりました。

自分の信念のために、大学で身の危険を冒してまで主張を貫くのは、自己保身の観点からは愚かなのかもしれません。

しかし、身の危険を冒してまで信念を貫く人間がいなければ、国は変わらないと思います。

私はそれを恥ずかしいことだとは思いません。

戦いの折に、やや戦闘的な精神状態になることはありました。

しかし、幸福実現党で北朝鮮にミサイルを先制攻撃することを主張したときほどは、過激な主張ではなかったと思います。


「斎藤 智慧があるのに、『生長の家』のなかで、どうしていじめられるのですか。

種村偽守護霊 いや、『教祖』っていうあだ名だったからさあ。

斎藤 確かにそのとおりだったと聞きました。ご本人は、確かに、『「教祖」と呼ばれていた』と言っていましたよ。

種村偽守護霊 そうなんですよ。『教祖』というあだ名をつけられてねえ。

斎藤 お、すごい信憑性!」(『舎利弗の真実に迫る』P116)


<解説>

質問者の斎藤氏が、「確かにそのとおりだったと聞きました。」といっていますが、誰に聞いたのでしょうか?

この部分は、いくら考えても私にそんな記憶がないので、不思議に思いました。

そこで、早稲田大学を出て生長の家の職員をしていた、同期の人に聞いてみた。

この人は、その後生長の家を退職し、父親が興した菓子製造販売の会社を継いで、現在経営者をしている方です。

私はこの元同僚に、つぎのような質問をしました。

「ひとつ教えてほしいのですが、生長の家時代の私は、他の人から『教祖』というような表現で呼ばれていましたでしょうか。

最近、昔の私がそう呼ばれていたと言われて、ピンと来なくて、それでどうだったかなと思って、お尋ねすることにしました。よろしくお願いします。」

それに対する元同僚からの返事は次の通りでした。

「私にも、そんな記憶はありません。

いくらなんでも、谷口先生の弟子の仲間同士で、誰かを『教祖』などと呼ぶ者はいないと思いますが。

宗教団体に所属していて、そこで『教祖』というあだ名がつくことは、通常ありえないことは、少し考えれば誰でも分かりそうな話です。

ですから「種村偽守護霊」に、こういうあり得ないことを語らせ、斎藤哲秀氏に「お、すごい信憑性!」と言わせているのが、ものすごく不思議な感じがしました。

記憶を振り返ると、私には思い当たることが一つだけあります。

幸福の科学に出家した最初のころ、私は大川隆法氏から直に、「種村さんは教祖になりたがるからなあ」と言われたことがあります

そのとき私はきょとんとしてしまって、「そうなのだろうか」と不思議な感じを持ったのをおぼえています。

この霊言で、大川隆法氏の意識の一部が「種村守護霊」の名前を騙って発言しているなら、すごく納得のいく話です。

私の本音はどうかというと、教祖願望はありませんでした。

仏弟子だと思い込んでいましたから。

そして大川隆法氏を仏陀と信じていましたから。

舎利弗とかヨハネと言われていたので、一番弟子になりたいという願望は強くありました。

そうでないと、過去世より出来が悪いということになると思い込んでいました。

これはある時期まで、私の執着となり、苦しみとなりました。

大川隆法氏には、いつか自分の地位が誰かに奪われるのではないかという、強迫観念が、潜在意識下におありになるのではないかと思います

ですから、大川きょう子さんが二代目教祖になりたがっているとか、私に教祖願望があるとか妄想されるのだと思うのです。

大川隆法氏は被害妄想が強い方だと思います。



アイマイミーです

種村さん、またひとつ大川の化けの皮が剥がしていただき、ありがとうございます。

溜飲が下がります(爆笑)

ここでも大川の呼び出した種村さんの守護霊が“偽者”だと証明されましたね。

種村さんは,たしかに、生長の家の職員時代の最後は、聖使命新聞の編集でした。

だから、種村さんの言われるとおり「こんな基本的なことを私の守護霊が間違えるはずがありません」ということなのです。

種村さんのことをなぜ、そんなに詳しく私が知っているかということを述べますと、私と種村さんは、生長の家の学生組織の出身者であり、

生長の家本部職員のグループの中で、同じグループだったのです。

かなりの大きなグループだったのです。

あわせて、質問者のお馬鹿な斉藤博也が、「生長の家の学生が一人死んだ」とわかったような口をきいていますが、

種村さんの言われるように、かれは、そのときから2年後に死亡しています。

私の直系の後輩ですから忘れようもありません。

その京大事件とは無関係です。

テキトーに情報を集めているからこんな間違いを起こすのです。

また、斉藤博也は、あいつらしく「スーパー右翼的発想」とかいうお馬鹿な質問をしていますね。

この「右翼的発想」の意味が理解できないから、どうしても、幸福実現党が日本の正統的な保守の国民運動から排除される理由でもあるんですが・・・

なぜ、幸福の科学や幸福実現党が日本の正統的な保守界に受け入れられないのか申しますと、天皇観がまったく違うからです。

大川は天皇の上に立とうとしているのを日本の保守界の人々が知り、激怒しているからです。

それで、幸福実現党関係者が保守勢界の地方組織に行っても、冷たくあしらわれているのはそのためなのです。

まぁ、そのことを関係者に詳細に伝えてはいるのは私なのですが(爆笑)

何せ、私の直系の後輩がかなりの人数,専従者となっているので、話が一発でとおるのです。

それで、大川らは「天照大神がお怒りに・・」なんていってるのは、保守界にとっては噴飯ものなんですよ。

大川も馬鹿丸出しで、「天照大神」をもちだせば、日本の保守界はいうことをきくと思い込んでいるんでしょうね。

講談社事件のときも、講談社へのデモに右翼が抗議していると怯えた大川は、「天照大神ののぼりをたてよ」といった類と同じ発想なんですよ。

そんなもん立てても、日本の保守界は一笑に付すだけです。

大川の頭の中は、妄想と「痴」性の塊でできているんですから(爆笑)

でも、日本の保守界は、むしろ「天照大神は、大川と幸福の科学に対してお怒りになっている」という認識ですよ。

「天壌無窮の神勅」を理解すれば、大川は皇位簒奪者にほかなりませんからね。

いまや、大川を相手にしてくれるのは、もはや数千名の信者ばかりですよ(大爆笑)



アイマイミーです

もう一言述べさせてもらいます。

斉藤博也が、種村さんのことを、生長の家時代の「教祖云々」の話を持ち出していますが、これこそが幸福の科学お得意の捏造なんです。

種村さんはわざわざ、Y君に確認をとったようですが、確認するまでもなく、そんな「教祖」呼ばわりされたことはありません。

なぜなら、生長の家という宗教は,谷口雅春先生というとても高潔で、高徳で、しかも、慎み深い方を指導者として仰いでおりましたし、

さらには、谷口雅春先生は「教祖」という言葉をお好みではなかったので、生長の家では「教祖」という言葉自体があまり使われない言葉であるからなのです。

したがって、職員同士でも「教祖」という言葉は、めったに使われません。

こうした基礎知識なしに、勝手に「教祖」という言葉を使わしめてるのは、明確な意図があるからです。

大川と斉藤博也、その他の質問者は事前に打ち合わせて、「どのように質問したら、種村をイメージダウンさせられるか」とやってるわけです。

やらせです。

こんなことばかり、やってるから、守護霊になりすましても、すぐに嘘だとわかるんですね。

そういえば、2chでも、その他のサイトでも、幸福の科学の人間はよくアンチになりすましますもんね(爆笑)

でも、十分に準備しないから、すぐ、なりすましだと見破られています(大爆笑)

はからずも、この「教祖」の一言でも、大川の霊言がいんちきであり、大川の妄想がかたられていることが明らかになりました。


「種村偽守護霊 ええ? 『シャーリプトラと文殊が組めば、仏陀を倒せる!』ということでね。

(中略)いや、シャーリプトラと文殊が組めば、弟子の大部分は取れるんじゃないか。」(『舎利弗の真実に迫る』P120)


<解説>

私は、熱心に大川隆法著『現代の法難』シリーズを熟読したので、大川きょう子さんは文殊ではなかったということを信じています。

従って、私も、私の守護霊も、「文殊」と組めば云々という発想をすることが、そもそもあり得ないことです。

ましてやすでに大川隆法氏から認定されたシャーリプトラの過去世も返上していますので、

「シャーリプトラと文殊が組めば・・。」という発言は、絶対にあり得ないのです。

また大川隆法氏が仏陀であるということも、まずあり得ないと考えていますので、なおさらこの発言はあり得ません。

こういうところも、大川隆法氏の意識の一部が「種村守護霊」を騙って話しているということが、ありありと分かる部分です。


「斎藤 どうして、『文殊とシャーリプトラが組んで、信者を取る』という発想がでてくるんですか!

種村偽守護霊 商売上、しょうがないんじゃん。『名前』がなかったら、商売にならないだろうが。ええ?」(『舎利弗の真実に迫る』P121)


<解説>

ここでは、教団をつくるのに、看板として文殊とシャーリプトラを必要としていると言わせています。

単なる大川隆法氏の妄想です。

私は一般社団法人心検の所長の仕事があり、これが私の天職です。

私の使命そのものです。

それを継続するために、過去世の名前も文殊の名前も、全く必要はありません。

心理学に宗教を持ち込むことは、経営的にはマイナスにしかならないので、宗教的な表現が混じらないように苦心しています。

「商売上、しょうがないじゃん。」と言う話は、もっとも私から遠い発言です。

宗教を商売(ビジネス)と捉える発想は、大川隆法氏はふんだんにお持ちなので、こういう発言が出てくるのだと思います。


「里村 重要なことをお伺いしたいと思います。

今、『文殊とシャーリプトラが組んで仏陀を倒す』とおっしゃいましたが、『仏陀を信じないシャーリプトラ』がいますか!

『仏陀を信じない文殊』がいますか!

種村偽守護霊 うん。まあ、それは、若干、疑問ではあるけど・・・・。」(『舎利弗の真実に迫る』P121)


<解説>

これも同様の理由で、成り立たない話であることが分かります。

大川隆法氏の頭の中に妄想されているストーリーに過ぎないことが分かるはずです。


「種村偽守護霊 いやいや、『俺に対する信仰心』が大事だ。

里村 ああ、『俺に対する信仰心』ということは、つまり、『教祖になりたい』という意味ですね。

種村偽守護霊 うん。だからまあ、俺が事実上の教祖で、大川隆法っちゅうのはねえ、これはまあ、商社マンだ。商売人なんだよ。

俺、金を儲ける能力は大してないから、それは商売人の商社マンにやらせて、実質上の宗教家は俺しかいなかったから、俺が教祖として、教団を・・・」

(『舎利弗の真実に迫る』P123~P124)


<解説>

私は自分自身への信仰を説いたことは、これまで一度もありませんでした。

私は、仏陀の心を信者の皆様に取り次ぐ自分の使命だと思ってきました。

それでひたすら仏陀への信仰と法への帰依を説いてきました。

これが法の解説者としての、最も基本的な姿勢だと信じていたからです。

私は、本当に馬鹿の付くお人よしだったと思います。

心検の前身である「カウンセラー検定協会」のときも、幸福の科学の信者の生徒さんには、『正心法語』を毎日全部読むようにと信仰のアドバイスをしていました。

大川隆法氏への信仰は私はなくなっています。

大川隆法は神ではない。

仏陀でもありません。

そう私には思われます。

しかし、私は信仰心は保っています。

目に見えない神仏の存在は信じています。

そして願わくば、そうした神仏のパイプになって生きていきたいという願いは失っておりません

これは自分が教祖になるということではございません。

どんな職業、どんな立場にあっても、神仏の愛のパイプとなる生き方は可能だと信じています。

したがって、これは私のそれまでの信仰姿勢への中傷であり、虚偽の、事実の捏造による人格攻撃にほかなりません

繰り返しになるかもしれませんが、大川隆法氏が人を攻撃するときに、「あいつは教祖になりたがっていた」というのが常套手段となっています。

大川きょう子さんも「共同教祖」を主張したのでけしからんとう主張でした。

大川隆法氏は教祖という言葉を、教団財産の権利者という観点から見ているようです。

ですから、教団の財産をねらっているという印象を植え付けようとするのです。

そういう繰り返される主張を見ていると、大川隆法氏は教団を自分の財産として偏愛しているのではないかと思えてきます。


「里村 最初にちょっと口を滑らせましたが、あなたはシャーリプトラではなく、本当はダイバダッタなのではありませんか。

種村偽守護霊 いや、『ダイバダッタをいじめたことは悪かったな』と思って、反省して、今、逆のことをやって、カルマを消そうとしてるわけだ。

里村 そんなカルマの消し方はないですよ。

種村偽守護霊 ダイバダッタは正しかったかもしれない。

里村 そんな・・・。

種村偽守護霊 仏陀は老いぼれとったから、本当は、引退させて、教団の若返りをかけるべきだったのかもしれない。」(『舎利弗の真実に迫る』P125)


<解説>

ここは種村修をダイバダッタであるかのように印象付けたい、という大川隆法氏の意図が感じ取れる部分です。

大川きょう子さんを裏切りのユダに仕立て上げたわけなので、種村修をダイバダッタに仕立てると、このコンビは非常におぞましいものとして、印象付けられます。

これまでの分析で、私は「種村偽守護霊」は大川隆法氏の意識の兄弟であることを実証的に解明してきました。

そこで知りたいのが、ではこの大川隆法氏の魂の兄弟は、一体本当は誰なのかということです。

里村さんが言っているように、ダイバダッタの意識が話している可能性を、私も感じます。

そこから、私はこういうことを空想しました。

ダイバダッタが生まれ変わって、今度は自分が「教祖」になって「仏陀教団」をつくり、「世界宗教」にする野望を実現しようとします。

昔、自分の野望を阻止した仏弟子の名前を自分の弟子に与え、一定の仕事をさせてから教団から放り出します。

そのあと教団内で、全職員を集めた研修会を開き、この人間がどれほど駄目な弟子だったかを徹底的に教えこみ、事実上の抹殺を図ります。

ところが、12年後に教祖の女性問題を取り上げて反省を迫る手紙を書いてきました。

また「信者さんが納骨壇の返却を希望しているので、お金を返してあげてください」とも言ってきました。

「教祖」は激怒して、この者を「除名」処分にし、「現代のダイバダッタ」として葬り去ろうと考えます。

しかし、真のダイバダッタの生まれ変わりである「教祖」は、それでは自分のプライドが許さないので、

ダイバダッタに洗脳された愚かな名前もない弟子」と認定して、完全に抹殺しようとします。

これでこそ「ダイバダッタをいじめたカルマの刈り取り」だといえるわけです。

シャーリプトラと認定されてきた者にふさわしい仕返しをしたのかもしれません。

「ダイバダッタをいじめたカルマの刈り取り」とはどういうものだろうかと、その一点から素直に考えたのが、以上の「空想」です。

でも、本書を熟読すると、これを単なる空想と一笑にふすことが出来ない要素があるように感じるのです。

本書で大川隆法氏は、幸福の科学でそれまでシャーリプトラとみなされてきた人物(種村修のことですが)に、

ダイバダッタをいじめたことは悪かったな」と思って反省していると説かせています。

また「ダイバダッタは正しかったかもしれない」と言わせています。

これを一番言わせたい人物がいるとしたら、誰でしょうか。

やはりダイバダッタ本人ではないでしょうか。

そして、ダイバダッタであれば、その発言をシャーリプトラとされていた人物に語らせたら、さぞかしすっきりするのではないでしょうか。

ただし、大川隆法氏は、種村修をダイバダッタと認定することは避けています

それは主張の整合性が取れなくなるからでしょう。

ダイバダッタは五百人の食い扶持を確保して、それを餌に釈迦弟子を誘って分派活動をしたわけです。

ところが大川隆法氏が描きだす種村修は、自分の生活費にすら困って、ゆすり・たかりをする人物なのです。

これでは種村をダイバダッタの生まれ変わりと言っても、話のつじつまが合いません。

いや、ダイバダッタのプライドが許しません

だから、元拝火教徒の名もない仏弟子で、ダイバダッタに餌でつられて洗脳されていた人間という人物設定をしているわけです。

この本を繰り返し読んでみて、不思議と印象が残るのは、ダイバダッタ復権への布石が打たれていることです。

「種村偽守護霊」にダイバダッタは正しかったのではないかと言わせているだけではありません。

最終章に出てくる「大川・舎利弗」もダイバダッタをある意味で非常に擁護する発言をしています

その結果、全体的な印象として、ダイバダッタはそれほど悪い人ではなかったのではないかという印象が残るように書かれているのです。

仏陀は老いぼれとったから、本当は、引退させて、教団の若返りをかけるべきだった」というのは、本物のダイバダッタの言い分でしょう。

大川隆法氏は、常に古参職員に還俗圧力をかけ、段階的に教団の若返りを図っていますから、この主張は大川隆法氏が実践して見せていることです。

ただし、「仏陀」と称する自分はそのままで、幹部職員らの若返りだけを図っていくわけですが。

私は、大川隆法氏がこの本で、ダイバダッタを弁護する深層心理は何なのだろうかと考えました。

その結果たどり着いた一つの仮説が、大川隆法氏は本当はダイバダッタの魂の親なのではないかというものでした。

もしそうだとすると、大川隆法氏が金集めに固執するのも、女性問題を多発させるのも、最初は真面目に修行していたのに、後に堕落していくのも、すべてうなずけます。

お釈迦様の魂の親ならあり得ないことばかりをしています。

しかし、ダイバダッタの魂の親なら、分かる気がします。

これは、あくまでもそういう可能性が一筋見えるというだけです。

そう断定しているわけではありません。

しかし、そう考えるといろいろつじつまがあってくるので、今後の研究課題としたいと思っています。



アイマイミーです

種村さんの「真実を語る」に対して、幸福の科学側が攻撃できなくなっていますね。

なぜ、そうなったのかを考えていたら、面白いことがわかりました。

幸福の科学は、大川の妄想によって、大川妄想ワールドに信者を閉じ込めてしまっているのですが、その妄想ワールドの支配原理はパトスだけしかないからです。

ロゴスもエートスもないのです。

パトスだけだから、大川の感情に左右され、大川の扇動によって妄想ワールドの住民は右往左往しているのです。

だから、幸福の科学の論調は、感情論に基づく誹謗中傷や、捏造による一方的決めつけばかりになるのです。

ここでのダイバダッタ云々もその実例です。

そのような幸福の科学に対して、種村さんがロゴス(論理)を駆使して、しかも、パトスとエートスを統合して、鋭く真実に迫っているから、

大川をはじめ幸福の科学の連中も何も反論できなくなっているのです。

つまり、幸福の科学は、論理では反論できない知的劣化団体であるということをはからずも露呈してしまったのです。

実際、幸福の科学側から論敵をうならせるような論理展開などは見たことがありません。

あるのは居直りとへ理屈ばかりなり(爆笑)

とくに、今回の種村さんの「真実を語る」によって、幸福の科学の弱点がまたひとつわかりました。

論理による批判には耐えられないということを。

かつて、『内村鑑三霊示集』のときと同様、大川のは霊言や書籍類は、大川の妄想の上に構築されたものであるがゆえに、

最初から知的営為で積み上げられたものでないから、間違いだらけなのです。

だから、真実の光を照射すれば、ごまかしがきかなくなるわけです。

いま、妄想鬼畜大川と幸福の科学は、固唾をのんで、この種村ブログを見ています。

反論しようにも論理での反論は不可能ですから成り行きを見守るしかありません。

かれらに残された唯一の打つ手は、種村さんの人格の全面否定をもって、この「真実を語る」を封じ込めようとするしかありません。

しかし、そうすれば、このブログを現役信者がたくさん見ていますし、種村さんの話のほうが筋が通ってると思っていますので、

幸福の科学が種村批判をすればするほど、種村さんに心がなびいてしまうのです。

一部の狂信者を除いて。

これは、人間の心理を研究したことがある人には良くわかる法則なのです。

もはや、幸福の科学側の打つ手はありません。

かくも、種村さんに大川妄想本を論理的に攻められるとは思っていなかったでしょう。

妄想鬼畜大川が愛人との”薬”池肉林生活に耽溺して勉強しなくなり、パトスだけで信者を支配していたからこうなってしまったのです。

それから種村さんは分派などという小さいことは考えていません。

大川と幸福の科学の撲滅・解体が強い願いなのですから。

もうどうあがいても無理だよ、大川クン もう、おしまいです。

合掌、チーン。

「種村偽守護霊 そうなんだよ。

俺みたいな善人が出世せないかんのや。

だけど、『俺みたいな善人が出世しない』ということは、『この教団が「悪の教団」だ』ということを意味している。

斎藤 つまり、自分が出世しないために、当会は『悪魔の教団』になったわけですか。

種村偽守護霊 そうそうそう。悪魔の教団だ。これはもう、文殊菩薩と意見が一致してるんだ。

(中略)だから、『そういう、立派な教えを広げたり、「智慧第一」と呼ばれたりしていた人が、こんなにも不幸をかこっている』ということは、

『この教団が悪魔に支配されている』いうことだ。」(『舎利弗の真実に迫る』P126~P127)


<解説>

「教団の中で重要な役職が与えられなかったり、落ちこぼれたりすると、それを恨みに思って教団に敵対するようになります。

これが分派活動をする弟子に共通してある欲望です。その奥にあるのは嫉妬心です。」

大川隆法氏が弟子を辞めさせたり、辞めた弟子を攻撃したりするときは、この論理を使います。

これは辞めた人を、無能な落ちこぼれということで全部ひっくるめて批判できるので大変便利な理論です。

それにしても、この種村偽守護霊の言い分はすごいです。

「自分はこれほど善人で素晴らしい人間なのに、その自分を認めず、出世させず、逆に追い出してしまう教団は『悪魔の教団』であり、

自分への不当な仕打ちを見れば『この教団が悪魔に支配されている』ことが分かる」とまで言わせています。

しかし私たちは、大川隆法氏がこれとそっくりの論理を使って、自己弁護しているのを知っています。

大川隆法氏は、これほど素晴らしい幸福の科学の思想が日本に広がらないのは、日本が宗教に偏見を持ち、悪魔に支配されている国だからだといいます。

また衆院選挙に三百人も出て全員落選するのは、自分たちのことを正当に報道しないマスコミのせいだ、とマスコミを批判し、マスコミは悪魔に支配されていると糾弾します。

最後にこの国は悪魔に支配されていると断言します。

この二つを見比べると、論理の構造は瓜二つです。

種村偽守護霊は大川隆法氏の意識の一部(魂の兄弟)である」という主張は、ここにも根拠を見出せるようです。

大川隆法氏は、世間が自分を認めてくれないので、自分で自分のことを「国師」と名乗ったり、「大救世主」と名乗ったりします。

仏陀であることに疑問を投げかけた種村批判の本書のあとがきには、「仏陀 大川隆法」と書いています。

つまり、自分を認めない存在が増えれば増えるほど、彼の自己宣伝は過剰になっていくのです。

だから最近では、大宇宙の根本仏と呼ばせているようですが、その背景には、会員の減少や総選挙での敗北など、マイナスの評価の増大があるのではないでしょうか。

大川隆法氏の自我は、ハイパーインフレーションを起こしています。

自我肥大です。

あまりにも自我が膨らみすぎて、宇宙神になりました。

これをエル・カンターレ信仰と言います。

ひるがえって私の思考形態はどうだろうかと反省しました。

私は大川隆法氏から

「釈迦の一番弟子の舎利弗であり、イエスが最も愛した弟子の福音書のヨハネであり、禅宗の開祖の栄西であり、密教を唐の国教にし、

死んで後には空海の入唐求法を指導した不空三蔵であり、天上界ではゼウスの守護霊をしたこともあるアサートである」

と言われてきました。

これは『黄金の法』等の基本書にも出てくる名前です。

私はかつてこれを全部信じていました。

信じたために、内心のプライドが高かったのは事実です。

しかし、現実には教団を還俗し、社会に出ても今までやったことがない仕事をやってみて挫折をし、徹底的に自分の未熟さを見つめることになりました。

大川隆法氏を仏陀と信じていたので、過去世認定を疑うことなく、ひたすら今世の自分の出来の悪さを責めました

そして絶望感と戦ってきました。

在家に戻って7年後ぐらいたったころでしょうか。

日光精舎に約10日間泊り込んで反省修行したとき、一人、礼拝室のエル・カンターレ像に向かって、魂から搾り出すような声で、次のようにお詫びをしたことがございました。

仏陀よ、今世の私の出来の悪さをお許しください。

あなたから舎利弗であると過去世を明かして頂きながら、何らお役に立てない今世の未熟な私をお許しください。

つまり私は徹底的に自分自身を責めるタイプなのです。

自分を認めない教団や世間を悪魔として責める「他罰的なタイプ」の人間ではなく、自分を責める「自罰的なタイプ」の人間なのです。

ですから、種村偽守護霊に語らせている言葉は、私の心境とは相当かけ離れています。

一方、大川隆法氏は、責任はすべて相手にあるとする「他罰的なタイプ」の方です。

それを一番感じたのは、大川きょう子さんへの批判を聞いたときです。

私も離婚していますが、幸福の科学の教えから言っても、また常識的に言っても、夫婦の責任は五分と五分のはずです。

相手が悪いと言っても、そういう相手に育てたのは自分です。

幸福の科学でもそう教えています。

しかし、大川隆法氏は、ご自分が当事者になると、全部妻のせいにされました。

そして、教団から追放した後も、「口臭が臭い」とか「便器の裏が汚れていた」とか、聞くに堪えない悪口を本に書き、さらに恐ろしい守護霊の言葉を本に出して人格攻撃をされます。

信者全員に呪詛(「悪妻封印祈願」)までさせました。

これほどの極端な「他罰的なタイプ」は珍しいです。

大川隆法氏を知るある医師は「これはボーダーラインと呼ばれている人格障害の典型的な症状です」と言いました。

別の女性の会員さんは、

「奥様を追放するだけでは満足されず、羽根をむしりとって、飛べないように半殺しにする行為を見て、信仰に疑問を感じ始めました」

と悲しげにいわれました。

他罰より自罰の方がいいとは申しません。

どちらも極端であり、中道から外れています。

でも他罰的なタイプの種村偽守護霊と、自罰的なタイプの私の間には、大きな開きがあるという点だけは、申し上げたいと思います。

加えて、種村偽守護霊のタイプは大川隆法氏のタイプに酷似しているという事実は指摘させていただきたいと思います。



アイマイミーです

種村さん!

種村さんの週刊文春での告発、そして、この「真実を語る」で流れは完全に、幸福の科学”撲滅“の時代になりました。

改めて感謝申し上げます。

週刊文春での種村さんの告発以来、アンチのブロガーはみなさん驚いています。

なぜなら、アンチブログはどこのブログも軒並み二倍以上のアクセスを記録しているのです。

拙ブログのような、偏屈なブログから、新興のブローガーの方々まで、しかも週刊文春での種村さんの告発から10日も経とうというのに、アクセス数も、コメント数も未だ伸び続けているのです。

これは驚異的な出来事です。

種村さんのブログをめぐっては、いろいろかまびすしい発言もありますが、一切気にせず、ご自分の信念を貫き通してください。

アンチのブロガーはみんな認識しています。

種村さんの告発と、この「真実を語る」が確実に流れをアンチ幸福の科学の方向に決定付けたと。

いろいろ言う人は、自分の世界からしか物が見えないので、世論がどんな反応をしているのかがわからないのです。

言い方を帰れば、ブロガーは世間の動向を知ってるがゆえに、種村さんを全面支持しているのです。

ですから、これからも信念を貫いて、知性と理性を駆使して、没論理の大川妄想ワールドを粉砕してください。

いまや、信者のなかの大量の退会予備群が、種村さんの真実の叫びを待っています。

犯罪組織幸福の科学の嫌がらせを断固はねのけ、幸福の科学撲滅の地平を切り開いてください。

最後まで応援しています。

「種村偽守護霊 ・・・後世の人からは、『ダイバダッタは偉い人だった』っちゅううわさもあるんだよ。」「『舎利弗の真実に迫る』P128」

「種村偽守護霊 『彼(ダイバダッタのこと)は真面目な方で、仏陀が初期に決めた五戒の教えをキッチリと守って、貧乏生活をしていた。

衣は一枚だけにして、お金は受け取らず、一切の欲を断ち、五戒を守って、真面目に精進しとった』ということをねえ、後の坊さんも言ってた。」

(『舎利弗の真実に迫る』P128)

「種村偽守護霊 (釈尊に対して)あれは特別食を食って、太ったのよ。

(中略)ダイバダッタは、それを『堕落だ』と言った。」(『舎利弗の真実に迫る』P129)

「種村偽守護霊 やっぱり、『初心、忘るべからず』で、食べず、もらわず、質素に生活する。

これは、君ね、今の仏教学者にも支持している人が多いんだよ。

『ダイバダッタは、実は真実の人だったのだ。誠実な人だったのではないか』というふうにね。」(『舎利弗の真実に迫る』P129)

「種村偽守護霊 仏陀が、・・・娼婦のアンバパーリだとか、あんなやつらからお布施をもらったり接待されたりするっちゅうのは、

これはもうイエスと一緒で、完璧に堕落しよったわけよ。

(中略)だから、堕落はいけない。やっぱり『初心貫徹』で、要するに、西荻時代の教団を貫徹すべきだったのね。うん。

里村 今の言葉は、『シャーリプトラの言葉』ではなくて、完全に『ダイバダッタの言葉』のようですね。」(『舎利弗の真実に迫る』P130)


<解説>

少し長い引用になりましたが、この本でダイバダッタ擁護・礼賛が如何に熱意を込めてなされているか。

そしてダイバダッタの論理によって仏陀が誹謗されれているか、よく分かる部分です。

「種村=ダイバダッタ的な人物」という印象操作がなされています。

これは私への誹謗中傷ですし、真の仏陀に対してこういう失礼なことをいうと言うのは、あり得ないことです。

ただし、そういうことにして、私を貶めたいのが大川隆法氏の狙いでしょうから、それはそれとして彼の気持ちは理解出来ます。

しかし、この本のP246には大川・舎利弗の言葉として、

私は、『ダイバダッタそのものは、もともと、仏弟子としての素質がそうずっと悪かった』とは思いません。」

と言ったダイバダッタ擁護をしている箇所とあわせて読むと、この本全体としてダイバダッタを擁護したい、復権させたいという底意が潜んでいるのを感じます。

『舎利弗の真実に迫る』講義18

で、私は大川隆法氏の過去世が真のダイバダッタなのではないかという可能性を示唆しました。

私はこの講義で繰り返しさまざまな角度から、種村偽守護霊も大川・舎利弗も大川隆法氏の意識であることを実証的に論じてきましたが、

彼らがダイバダッタを熱心に擁護しているということの理由は、まさに彼がダイバダッタと密接な意識であるからではないのでしょうか。

「里村 今、仏陀教団の話しが出ましたが、今世、なぜ、幸福の科学において主を誹謗し、さらに、信者さんをそそのかして、

『植福』(布施)の返還請求などをさせたのですか。

種村偽守護霊 いや、それは、やっぱりねえ、俺の退職金、使い果たして、もうないんだよ。(中略)

里村 ・・・やはり、あなたは食い詰めたために、今回、そのようなかたちで植福の返還請求をそそのかしたわけですね。

種村偽守護霊 食い詰めたら、それはもう、門前を借りて、切腹のまねをしてでも、金取るのが、当たり前だろう。」(『舎利弗の真実に迫る』P132~P134)


<解説>

これは酷い人格攻撃ですね。

完全な名誉毀損です。

特に返還訴訟を支援する種村の動機の不純さを強調することで、このお布施返還訴訟がいかに不当なものかを印象付けようとしています。

その動機が「食い詰めた」「退職金を使い果たした」というので、パロディーですが、非常に醜い人格攻撃であることには変わりありません

良識のある方ほど、こうした攻撃の仕方をする側を、品性下劣と判断されますので、注意された方がいいと思います。

私は還俗して以来、少なくともきちんと仕事で生活して来ましたし、多少なりとも蓄えもつくりましたし、

「食い詰めて、門前で切腹の真似をして、金を取る」ようなさもしい根性は持っておりません。

本当に失礼な言い方をされる方だと思います。

私の心の奥には「道心の中に衣食あり」「使命を果たすとき、天がその人を養ってくださる」という一種の宗教思想があります。

この思想があるので、欲得でない行動が出来るのです。

母の遺産も天の助けの一つでしょう。

また、心検で喜んで学んでくださる生徒の皆様、なかには遠方の地からでも通って下さる方々も数多くおられます。

こうした方々こそ、私を支えてくださる方々です。

この生徒さんのために、私は頑張りぬく覚悟でいます


お金に執着しているのは大川隆法氏です

なぜこんなにお金集めに奔走されるのでしょうか。

ご自分の見栄で拡大する事業欲を抑え、大悟館で使うお金を削減されたら、もっとロー・コストで経営できるはずです。

人が来ないところに建物を建てすぎておられます。

大川隆法氏も一つが二千万円もする腕時計を、両腕につけて講演するような、恥ずかしい真似は二度とされないで下さい。

また理事を大量生産されていますが、局長・理事クラスには月額百万円以上を支給されているようです。

こうした人件費のバラまきをおやめください。

もともと宗教法人の職員というのは、それほど高給取りになってはいけないのです。

なぜなら信者の皆様のお布施で生活しているからです。

信者さんの中には理事・局長さんたちの数分の一という人が数多くいらっしゃいます。

この方々は、爪に火をともすようにして生活を切り詰めたなかから、人類のお役に立つなら、仏陀のお役に立つならと、布施をされているのです。

大川隆法氏は、信者は老後の心配は要らない、適当な時期にあの世に引き上げてもらえるという説法をされたこともありますね。

これを信じた人は、老後の蓄えまで切り崩されています。

私はこうした人々が気の毒でなりません。

教団は彼らを助けてくれないからです。

私は大川隆法氏と教団の犠牲者が少しでも少なくなるように、勇気を持って裁判に立ち上がってくださった方々に、深い敬意を捧げます。

その方々は自らの意志で、あえてその道を選ばれた勇者です。

こうした勇気ある方々のためなら、いくらでも微力を捧げさせて頂く覚悟でいます。



在家支部長は、無給の奴隷労働です。

本部に絶対服従を誓わされ、怒鳴られ、支部では信者に苛められ、

多忙と過酷なノルマで家庭は崩壊。

(選挙の時は、「江夏」に怒鳴り散らされたそうです)

歯磨き粉、シャンプー、テッシュ、トイレットペーパーなどの補充さえ

出来ない、と言ってました。

「家庭破壊者」が「家庭ユートピア」を説き、

「家庭ユートピア祈願」の導師を務めるナンセンス。

KKは異常です。

大黒天たちは、悉く資産を毟り取られ、消えてゆきます。

現在、辛うじて支部に残っているのは、情報音痴、IT音痴の老人ばかりです。

老婦人たちは皆、布施をし尽くし、極貧生活で、

髪を染めることも出来ない白髪の山姥ばかりです。

「斑狼」も大勢居ます。

支部は、一目で「貧乏」と分かる老人がボロボロで集う「貧乏神の館」です。

鼻毛ぼうぼうの山姥たちが、

「宇宙の富よ、やって来い!!」 「富、無限大!!」

と叫びながら、踊り狂う様は、狂気としか言い様がありません。

あんな恐ろしい光景を一般の人が見れば、恐怖して絶対、近寄りません。

支部、精舎とも、カンカン閑古鳥です。



辛いと思いますが、素直に

「騙された」 「バカだった」 「大金を貢いでしまった」

と認め、自分の愚かさを受け入れなければ

洗脳解除出来ませんよ。

支部の老婦人たち、哀れですよ。

「ググる」なんて言葉、知らないんですよ。

「検索すれば、いくらでも出て来ますよ」と言っても、

「ポカーン」としています。

老後の貯蓄、年金、必死に貢いで、騙し盗られています。

全部、犬川の愛人手当です。

犬川が「ネット=悪」という思想で信者を洗脳する理由は、

「不都合な真実」を見られたくないからです。

見ればそれまで、ですからね。

嘘だと思うなら、支部へ行ってみればいい。

残っているのは、IT音痴の老婦人ばかりですから。

極貧生活しながら、それでも貢いでいます。

年末の「ノルマへの数合わせ」で、貯金はたいて、

ボロボロになってゆきます。

苦しめば苦しむほど、天国が近付く、菩薩へ近付く、女神へ近付く、と

本気で信じ切っているのです。

邪教、カルトに貢いで、天国へ還れる筈もないのに。

無間地獄へ堕ちるのですよ、確実に。

老後の貯蓄、全てはたいて、無間地獄へ堕ちるのです。

こんなバカバカしいことを、真顔で30年、やっているのです。

「知らないことの恐ろしさ」を目の当たりにして、戦慄します。

「ググる」ことさえ知らないお爺ちゃん、お婆ちゃんたち・・・

只々、哀れです。

犬川は日々、愛人三昧なのに・・・。

「里村 そうやって、大変な恩義のある総裁先生に対して・・・。

種村偽守護霊 いや、恩義はない! わしが、あの三百三十万教団の遺伝子を入れたからこそ、幸福の科学は、今、世界宗教へと向かってるんじゃないか。」

(『舎利弗の真実に迫る』P134)


<解説>

どうしてこういう言葉が出てくるのか、すごく不思議に思いました。

私は別に生長の家の遺伝子を、幸福の科学の経営に持ち込んだわけではありません。

編集部の仕事だけは、生長の家時代からの培ったものがありましたから、一部それを使いもしましたが、

ほとんどは高名な一般紙の編集長の手法を学んだりしながら改良していったもので、生長の家の遺伝子はごく一部でしかありませんでした。

編集部は、その後大きく変わっていますので、痕跡があるとは思えません。

大川隆法氏に恩義を感じていないというのも、事実ではありません。

数々の場面で霊的にもこの世的にも助けて頂いたり、守っていただいた事を感謝しておりますし、

なによりも初期のころの目の覚めるような法を説いてくださったことにはとても感謝しておりました。

しかしながら、それも私自身が錯覚していた愚かさの証明であったのかもしれないと、深く反省する必要を感じ始めております。

私には、自分が情熱を持って費やした日々をよきものであったと思いたいという気持ちがあります。

その気持ちは、大川隆法氏もいいところもあったと思いたい気持ちへとつながります。

しかし、今の段階では、たとえそうした面が一時期あっても、それを言うことが、もはや害にしかならないのではないかという不安を感じ始めています。

それだけ大川隆法氏と幸福の科学の異常性の度合いが深刻化していると感じているからです。

もっと早くにそれに気がつかなかった無明は、人から責められてもしかたがないと反省しております。

私はエル・カンターレの弟子として、信者として一生を送らせていただければ、それで満足だと思って、日々「正心法語」を全部読ませていただき、

周に一度は幸福実現党のために街頭演説を有志の会員さんを誘って行うという生活を、1、2年前まで行ってきたのです。

深く洗脳されていたといわれればそれまでですが、私はある意味で馬鹿がつくような真面目さが取柄の人間なのです。

馬鹿でしたので、多くの人々に大川隆法氏を信仰するように勧めてしまいました。

この点は深く反省します。

種村守護霊を騙るにしても、もう少し私らしいことを言わせられたらいかがでしょうか。

私は生長の家にいたことを、そんなに大げさに自慢したり、恩着せがましく言ったことは一度もありません。

これでは私が、「これは私の守護霊ではない」とあまりにも簡単に見破ってしまうではありませんか。

「斎藤 では、あなたは教祖になりたいのですか。

種村偽守護霊 教祖ですよ。もちろんです。だから、今、ここの嫁さんだか元嫁さんだか知らんけど、あれが教祖になろうとして撃退されとるんだろう?

里村 そうです。

種村偽守護霊 だから、俺が力を貸してやって、何とか乗っ取りを成功させてやろうとしているんじゃないの。」(『舎利弗の真実に迫る』P136)


<解説>

これは、私が幸福の科学教団の教祖になりたいと言わせています。

こうなると大川隆法氏の妄想としか言いようがありません。

そういえば大川きょう子氏も二代目の教祖になりたがっているとして、排除されました。

教祖の地位というのは、大川隆法氏の立場です。

つまり大川隆法氏は私が彼の地位を狙っていると言わせているわけです。

妄想と言うしかありません。

ここで教祖になりたいというのは、教団財産が欲しいと言っているのと同じ意味で使っているようです。

教団財産への固執は大川隆法氏であって、私ではありません。

前にも書きましたが、教祖になるというのは、大川隆法氏の願望であり、宗教から世界を支配するという野望をお持ちだと思います。

大川隆法氏は、自分の座を誰かに狙われないかと、常に猜疑心をつのらせている人物です。

ものすごく猜疑心が強いです。

ですから、部下の中に自分より評判が高くなる人間が出たり、経歴が自分より高い人間がいると、常に猜疑心を持ちながら、

同時にそれに嫉妬して、排除していくか意地の悪い人事異動を繰り返して、自分への忠誠心をとことん試していきます。

こういう猜疑心の強い大川隆法氏だからこそ、はむかうものが出ると、自分の座を狙っているのではないかと疑うのでしょう

それが「教祖になりたい」と種村偽守護霊に言わせている理由だと思います。

私は大きな組織を運営していくタイプの人間ではないと思っています。

そういう立場は、私には合わないし、万一そういう立場に立たされても、私は幸せではないと思います。

ですから、大川隆法氏の勘ぐりは残念ながら、はずれです。

弁護士の先生の仲介で、今年にはいって3度、大川きょう子さんと顔を合わせたことがあります。

その時にきょう子さんにお話を伺いました。

彼女の今の生活の基盤は、キリスト教会や東北でのボランティア仲間におありだと伺いました。

彼女は、「幸福の科学と縁を切ったからこそ、世間の信用が得られた」と力説されていました。

また、「自分のような立場のものを受け入れてくださった教会の先生は裏切れない」と言っておられました。

これは、「幸福の科学とは縁を切る。もう教団には戻らない」という意味です。

だから、教団の教祖を狙っているというのも嘘ですし、ましてそれを私が支援することもあり得ません。

こういうことを、正しい意味で「事実無根」と言うのです。

種村さん お疲れ様です。

「大川隆法氏の猜疑心」、まさにそのとおりだと思います。

長年、大川のそばで、大川の人となりを見る機会が多かったのですが、大川の発する言葉は悪口ばかりでした。

人への悪口を聞くのが仕事みたいなものでしたが(笑) その分、私がいないときは私の悪口をいっていると十分に想像ができますが・・・

なぜ、宇宙根源の神仏であると自称する大川が、かくも、正語ができないのかといえば、種村さんご指摘のとおり、猜疑心の塊だからだと思います。

正見すらできていないからですね(爆笑)

とにかく疑り深いし、人の話を信用しない。

自分が都合が悪くなると、周囲にあたりちらし、人のせいにする。

そしてとどめは,だれそれに魔が入ったからだと言い訳ばかりする。

これらは、小さい頃からの劣等感による心の歪みでしょうね。

小さい頃から、賢兄愚弟といわれてましたし、東大では開学以来の落ちこぼれでしたし、商社時代はOLにも馬鹿にされる実務能力でしたし、

さらに、幸福の科学では、弟子たちの圧倒的な能力には舌をまくしかありませんでしたから、大川自身の心のバランスをとるためには、

悪口三昧で溜飲を下げるしかなかったのでしょう。

とくに職員の中では、種村さんに一番脅威を抱いていたでしょう。

なぜなら、大川の教祖としての権威の源泉は、霊能力と教化力=教えを説く能力ですが、前者はそれがないことを多くの職員に見破られていましたから、

残された後者でかろうじて権威を保たねばなりません。

しかし、96、7年の宇都宮移転以降から、愛人との耽溺生活に入りましたから、大川の唯一のとりえの勉強すらしなくなった。

しかるに、種村さんは、こつこつと勉学に励みましたし、職員の中で最も人気ある講師になりましたから、大川にとっては脅威の存在になってしまいました。

いつか、取って代わられたらという猜疑心が芽生えたのです。

そこで、大川の打った手は、種村さんの強制還俗。

目の上のたんこぶをとったわけですね。

それで、今回の週刊文春による種村さんの告発は、大川自身の恐怖心と猜疑心が再現した形となって、「乗っ取り」をたくらんでいるとなったわけですね。

もう、これは大川の妄想によって、脳乱してしまったと見るべきで、救いようがないレベルに至っています。

こんな荒唐無稽なことしか考えられない大川を教祖と仰ぐ信者さん、はやく目を覚ましましょうね。

最後に、この種村ブログ「真実を語る」と、こころけんブログを同一視して、混同していろいろ言う人がおりますが、

それぞれが戦略的目的が違うのですから一緒くたに考えますと、ことの真相はわからなくなりますよ。

幸福の科学の大混乱はそこにあるのですから(爆笑)



詳しい解説を頂きありがとうございます。

私は自分をそんなには高く評価していないのですが、『舎利弗の真実に迫る』は私のことについて書かれていますので、これがどの程度の嘘かぐらいは分かります。

その意味で、大川隆法の真実に迫るには最適のテキストと化するという予感がありました。

大川きょう子さんが同様の作業を現代の法難シリーズに対してされると、もっとよく大川隆法という方の真実が見えてくると思います。

大川きょう子さんについては、さんざん教団側から悪口と偏見を吹き込まれていましたから、

最初お会いするときは、正直言って白紙でみることがどこまでできるか、自分が試されました。

でもお会いして話を聞いていると、彼女の苦しみを突き抜けて得た神への感謝、神への礼賛、魂が味わっている幸福感が、半端なものではないので驚きました。

宗教的な感化力を強く感じたのです。

教団におられるときよりも、さらに強いものを感じました。

そしてそれは心地よいものでした。

彼女は大川隆法氏に悪魔がついておると言われ、それを信じて、イスラエルの教会で「神よ、わたしをせめて正しく死なせてください」と祈られたようです。

その結果、彼女に臨んだのは復活でした。

大死一番という言葉が脳裏をよぎりました。

極限状態の中でよく精神の均衡を保たれて、美しくなられたと、感銘を受けました。

種村偽守護霊 おまえ(里村)が除名したからだよ。

里村 ええ。」(『舎利弗の真実に迫る』P137)


ここでは広報局長の里村英一氏が、私の除名処分を決定したことになっています。

宗教的には除名とは、破門と同じく、霊的な関係をたちききり、特に師と弟子の関係を断ち切ることを意味します。

そういうことを、大川隆法氏以外の人間が出来るわけがありません。

そんなことが出来たら、その人が実質的な教祖です。

ですから、本書のこの部分は、大川隆法氏が自分の決定を、部下の決定に見せかけて、責任逃れをしていることを証明しています。

こういう細かな細工を見ると、大川隆法氏がいかに責任の矢面に立つことを恐れる小心で気が小さい人物であるかが分かります。

ちなみに里村氏が、「ええ」とそれを肯定しています。

ここに事前打ち合わせで、その時に描かれたシナリオがあって、それにそってこの霊言が進んでいることを、垣間見せています。

大川隆法氏は、躁的な状態の時には大言壮語して攻撃的ですが、うつ状態に入ると、怯えて何も出来ないような心理状態になる

と、宗務の方から伺ったことがあります。

大川隆法氏は本質的に気が小さい。

これは彼を理解する上でのキーワードです。

臆病で気が小さい人は、心臓病になりやすいのです。

「里村 そうすると、今、大川総裁の元夫人のほうが『みちのく衛生の会』を続けるつもりで、例えば、

『あなたを事務局長に雇ってあげよう』というような話があるのではないですか。

種村偽守護霊 いや、『理事長に』という話も、まあ、ないわけではないな。うん。」(『舎利弗の真実に迫る』P139)


<解説>

これも正真正銘の事実無根なので、私も聞いたことがない話で、この本で知ったびっくりした(笑)という空想物語です。

大川隆法氏ももちろんそんなことは先刻承知のはずです。

それではなぜこんなすぐ見破られる嘘話を入れたか。

これはその意図を考えると、一つ考えられることがあります。

「理事長」というのは、この「みちのく衛生の会」のトップではないのでしょうか。

そうすると種村はトップになりたがっているのだと言う情報を流すことで、大川きょう子さんに疑心暗鬼を生じさせ、

種村と大川きょう子さんの関係を断ち切るための情報操作ではなかろうかと思うのです。

でももともとない関係を切ることも出来ませんので、まあ予防策でしょうか。

もう一つ考えられることがあります。

大川きょう子さんは、幸福の科学ではすでに裏切りのユダとされ、信者はそう信じ込まされています。

この人と共同事業をする利害関係でつながっているとなると、それだけで幸福の科学の信者は種村修を信用しなくなります。

大川きょう子氏とつながりがあるという事は、幸福の科学では最大の信用失墜となるのです。

ですから、種村修は裏切りのユダとつながっている人間だから、一切信用するなというメッセージを、ここで発信しているのだと思います

要するに幸福の科学の会員向けのメッセージです。

教団の外部の人にはわかりにくいのですが、大川きょう子氏と密接につながっていることを示唆するだけで、相手の信用を失墜させることができるという、

そういう空気が幸福の科学のなかにはあるのです。

「種村偽守護霊 これが生長の家だと、『地方に異動した場合は左遷』ということに決まっているから、抵抗したわけよ。

だから、最初に大川総裁から数名呼ばれて、『宇都宮へ行け』と言われたときには、拒否して、抵抗しましたよ。」(『舎利弗の真実に迫る』P142)


<解説>

該当する事実がありません。

私は総裁から個人的に呼ばれて、総本山が出来るに際しては私が講師としていく候補になっていると告げられていました。

それは名誉なこととして、お話があったと記憶しています。

それで私はそのつもりで心待ちにして待っていました。

しかし、結果的には滋賀の支部長として赴任するように辞令が降りたのです。

そのまえに、総裁ご夫妻がわざわざ研修施設にこられて、創価学会との言論戦の影響が残っているので、波動を切り替えるようにとのアドバイスを頂きました。

阿修羅の影響が残っていたようです。

それが十分に切り替わらなかったので、まず滋賀支部で英気を養えということだなと理解して、故郷の滋賀に喜んで赴任しました。

滋賀は琵琶湖がありましたので、平静心を養うには最適の場所でした。

正心館に呼ばれたのは、その後で、滋賀支部長としての赴任期間は半年もなかったと記憶しています。

したがって、宇都宮に行くのを嫌がって拒否して、抵抗をしたという事実はありません。

宇都宮を田舎だというなら、滋賀はもっと東京から遠い田舎でしょう。

ですから、どうしてこういう話が大川隆法氏の頭から出てくるのか、私には理解が出来ません。


「種村偽守護霊 『宇都宮くんだりに送られたら、もうタヌキと一緒に住まなきゃいかん』っちゅうんで、抵抗した。

当然、あんな所に本山が出来るなんて、もうほんまに思わなかったけど、あっちに住んじゃったら、今度は、『中部本部長で行け』と言われて、

それにも抵抗して、反対して、『行かない』っちゅって拒否したら、クビにされちゃったんで、びっくりしちゃった。」(『舎利弗の真実に迫る』P142)


<解説>

該当する事実はありません。

別に抵抗した覚えはありません。

もっとも大川隆法氏なら、「私の守護霊が抵抗した」と主張する可能性はありますが、それが本当に私の守護霊である可能性は、この本を見る限りやはりゼロだと思います。

この本によると、私が還俗した理由は「中部本部へ行け」という辞令を拒否したためということになります。

初耳です。

私が聞いたことがない還俗理由が、守護霊はわかるということなのでしょうか。

非常に不思議ですね。

ということで、この本は本当に杜撰な内容だと思います。

こういうものをまずDVDで支部や精舎で数千円も出してみせられる会員さんも気の毒です。

この本を買わされた方も本当にお気の毒に思います。

それにしてもこの偽守護霊の発音は、私には無縁のものです。

「っちゅって」「ぅちゅうんで」などと言う表現は,私は使わないです。

守護霊だというなら、たまにはこういう言い回しを私がしてもよさそうですが、ゼロです。

完全な捏造です。

これはひょっとして徳島弁ですか?

「種村偽守護霊 わしは先生であって、幸福の科学を教えるのが仕事だったわけだから、幸福の科学に教えられるっていう仕事はないわけよ。

里村 つまり、生長の家の信仰を全然捨てていなかったんですね。

種村偽守護霊 うん。そう。人間、二つはね、学べないのよ。」(『舎利弗の真実に迫る』P143~P144)


<解説>

これも私の考えではないですね。

「幸福の科学を教えるのが仕事」というのですが、私にそういう仕事はなかったと思います。

生長の家には、私は二十代に数年間いただけですから、そんな大きなことがいえるはずがありません。

宗教団体の雰囲気を知っていたという面では、多少のお役に立てた面はあるかもしれません。

生長の家では編集の仕事しかしていませんので、それ以外で教えるのは難しいですね。

むしろ幸福の科学でいろんな仕事を経験させて頂いたというのが真実です。

「人間二つのことは学べない」と言わせていますが、幸福の科学できちんと学ぶことが出来なかったから、

今こうして大川隆法氏を批判しているのだと、こういいたいのだろうと思います。

しかし、それが事実でないことは、初期からの職員や会員さんはよくご存知のはずです。

客観的な事実として、私は幸福の科学ではもっとも熱心に教義を勉強する人間として有名でした

また職員に対する論文の採点は初期のころは大川隆法氏がされていましたが、常に上位にいたことは、初期の職員なら誰でも知っていることです。

30歳から幸福の科学を学び始めて、それが全く頭に入らないということは、常識的にも医学的にもあり得ないことです。

つまり、無理に無理を重ねて、それでもこれを敢えてこう言わせねばならなかった理由というものがあるわけです。

生長の家が抜けないから批判しているのであって、批判している事実そのものが、幸福の科学の教えが頭に入らなかった証拠だと、こう言いたいのだと思います。

しかし、私は大川隆法氏から学んだ教えに基いて、大川隆法氏の行いを批判しているのです

例えば、女性問題。

これは執着を断つという仏教の根幹の教え、反省の教えに反しています。

その事実を指摘されると、事実無根と言って自分が執着にまみれていることを隠そうとするのは、悟りを偽る大妄語です。

これは無間地獄に堕ちる因となります。

これは八正道の正語の教えから来ています。

また、幸福の科学において行われている布施が、大川隆法氏の穢れにより、受者の穢れが発生して、

三輪清浄が成り立たなくなったので、功徳はなく無効であるという主張は、『仏陀の証明』に基いています。

私があえて大川隆法氏が隠していることを表に出すのは、『不滅の法』の実践でもあります。

『不滅の法』のP214にはこう書かれています。


「どうか強くあってください。

真実を求めてください。

真実を追求し、探究し、実践する勇気を持ってください。

真実を隠蔽するものに対して弱くあってはなりません。

勇気もまた徳の一部です。

智慧もあり、勇気もあり、行動力もある人間になっていただきたいのです。

後に来る人々のために道を切り拓くことをもって、

各人の使命としていただきたいと思います。」


だから、私は一縷の望みを託して、4月4日に大川隆法氏に手紙(週刊文春に一部掲載されました)を書いて投函したのです。

しかし、その結果は「除名」でした。

つまり、大川隆法氏は「真実は明らかにせよ。ただし大川隆法の真実は除く」ということなのでしょう。

しかし、と私は言います。

「真実は真実。真実は絶対に死なない」という教えは真理です。

だから、嘘によって自分のこの世的な立場を守ろうとする大川隆法氏と教団は滅びざるを得ないと確信しているのです。

以上の説明により、私が生長の家の教えに留まっているので大川隆法氏を批判しているのではなく、

幸福の科学で学んだことに基いて批判していることが分かって頂けると思います。

大川隆法氏の教えから、私自身の思想へと脱皮していくのは、やはり時間をかける必要があると思います。

一連の私の行動は、大川隆法氏との決別宣言です。

「訴訟の目的は、『第二の幸福の科学』をつくる原資を得ること」(『舎利弗の真実に迫る』P144)


「種村偽守護霊 いや、『真なる幸福の科学こそ、こちらだ』っちゅうことだ。

実際、きょう子氏が幸福の科学をつくったわけで、教えは私から全部出ているわけだから、第二の『本当の幸福の科学』が、今、できようとしているわけよ。」

(『舎利弗の真実に迫る』P147)


<解説>

べつに「真なる幸福の科学」を創ろうという意図はありません。

幸福の科学の病理は深いために、いったん白紙に戻してみないと、正しいものが生まれないのではないかと思っています。

教祖と教団がおかしい以上、教えにもその原因が潜んでいるはずです。

それが何かを検証することは、まだ時間がかかると思います。

私が仕事として行おうとしていることは、心理学でありカウンセリングです。

宗教ではありません。

ただ、霊性の時代においては、従来よりもさらに霊的な領域とのコンタクトが一般の人にも容易になってきています。

その点は、宗教的な体験を積んだ私が心理学に参入することにも、一定の意義があるのではないかと思っています。

訴訟で得た資金を原資に第二の幸福の科学を興すという話は、大川隆法氏の妄想です。

このお金が幸福の科学が会員から奪ったものです。

それによって家庭争議の原因にもなっています。

それは訴訟を起こした方のものであることは当然でしょう。

幸福の科学によって奪い取られたお金を返却させて、それを自分たちのために使うということは、私が大川隆法氏と同質の人間だといいたいのでしょうか。

とても失礼な話だと思います。


「種村偽守護霊 いや、だから、今、『智のある文殊』と『智慧のあるシャーリプトラ』が組んで、もう世界最強の智慧が結集してだな、

ビッグバンを起こして大教団をつくるために、十人、二十人の会員を集めようとしているわけよ。

里村 十人、二十人ですか(会場笑)。

種村偽守護霊 まあ、そんなもんだろう。」(『舎利弗の真実に迫る』P150)


<解説>

これは種村をばかにして、辱めるための演技です。

文殊とシャーリプトラが組むというのも、大川隆法氏の妄想です。

さらに、集まる会員が十人か二十人であると、種村偽守護霊に言わせておいて、さらに「まあ、そんなもんだろう」と念押しさせています。

大川隆法氏は「種村などが集められる人間は、たかだか十人から二十人、その程度だろう」と言いたいのでしょうね。

種村偽守護霊は大川隆法氏の意識ですから、こういうやり方で貶めるわけです。

悪質な中傷であると思います。

「種村偽守護霊 いや、とにかく、資本金はほしいんよ。だから、金くれたら、まあ黙ってやるよ。資本金が欲しいんだよ。

(中略)

里村 『お金をくれたら黙る』というのは、典型的な、ゆすり・たかりですよ。それでは、まるでやくざです。

種村偽守護霊 おまえも、昔、その『みかじめ料』を取っていたやくざだろうが。ええ?」(『舎利弗の真実に迫る』P152)


<解説>

ここでは種村は、ゆすり・たかりをするやくざ扱いです。

あきらかに名誉の毀損に該当する部分です。

ここで、里村氏に対する「『みかじめ料』を取っていたやくざ」という決め付けは、私にはピンときませんでした。

里村さんは、大川隆法氏から見ると、そういう人種に見えているということなのでしょうか。

私はお人よしといわれるかもしれませんが、そんなふうには里村氏のことが見えませんでした。

「お金をくれたら黙る」という人間は、ゆすり・たかりですが、こういうタイプの人間は、ある意味では非常に扱い易い人間だと思います。

何がしかのお金を渡せばすむ問題ですから。

本当に厄介なのは、お金でも片がつかず、暴力の脅しにも屈せず、名誉も地位も要らないという人間です。

こういう人間は始末に終えないというのは、西郷隆盛がいう通りだと思います。

自己保身を考えない人間には、大川隆法氏が部下を操作するときに使う手法が通じないのです


「種村偽守護霊 何を言ってんの? 仏教の坊さんってのは、もう、ゆすり・たかりなんや。

斎藤 あなたのお話を聞いていると、『お金』と『地位』の二つばっかりではないですか。

種村偽守護霊 みんな、お椀を出して、『お布施下さい』って回るのが、仏教のお坊さんなんだ。

ゆすり・たかりじゃん。それを教わってきたんじゃないの? 何言ってんのよ。

斎藤 それを誰に教わったのですか。

種村偽守護霊 お釈迦様に。」(『舎利弗の真実に迫る』P154)


<解説>

これはひどい中傷です。

私への中傷のみならず、釈尊と仏教への冒涜でもあります。

これを私の守護霊が言っていることにしているのですから、あきれます。

金と地位を求めてゆすり・たかりをするやくざもの」というのが、この本が描き出そうとする種村の人格像です。

なぜゆすり・たかりの人間になったのかと言えば、お釈迦様に学んだ托鉢が、まさにゆすり・たかりの精神だと言わせています。

今の幸福の科学の植福推進が、そういうものになっているのではないかと思います。

私は、支部長をしていた時代にも、勧進(托鉢行、布施の推進)における精神性・宗教性を極めて重視していました。

勧進する者は、布施をされる方が真心から仏のため、人類のためにという信仰心でお布施をされるようにお勧めしなければならないと、常々お話していました。

なぜなら、お布施されるときの心境によって、その方の得られる功徳が変わってくるからです。

勧進(托鉢)とは信者の方の執着を断ち切り、功徳を増進する行為なのです。

与える愛の行為なのです。

ですから、数字だけで目標を詰めていくことに、私は反対です。

これが私の勧進(托鉢行)に対する基本的な考えです。

幸福の科学で一緒に活動された方は、知っておられるはずです。

「里村 『あなたに守護霊を入れます』などと言って、やっていたらしいですが、あなたには本当に霊能力があるのですか。

種村偽守護霊 いや、まあ、そう見せないと、お金を取れないじゃない。

里村 お金を取るためにやっているんですね。」

種村偽守護霊 うーん。

里村 やっぱり、これも嘘ですか。

種村偽守護霊 カウンセリングのやり方は、もう、本読んだら、わかるじゃん。」

(『舎利弗の真実に迫る』P167~P168)


霊能力がないことを発言させ、金儲けのために、霊能力がある振りをしているように印象付けようとしています。

実際には、私のカウンセリングでは、一時期、守護霊を入れますという誘導によって、深層潜在意識との同通が出来た時期があります。

でもそれはほんの一時期で、すぐにそういう誘導すら必要ないことが分かってきました。

絵画療法やエンプティチェアの技法、ロール・レタリング等、通常の心理学的手法によって、十分に深層潜在意識と対話できることが分かってきたからです。

カウンセリングを本を読んだだけで出来たら、これは天才だと思います。

カウンセリングではカール・ロジャーズが基本となりますが、受容共感的理解が出来るようになるのに、相当な訓練が必要です。

奥行きが深く、一生かかって極めていくものだと思います。

また自己一致は自分の潜在意識との同通や人の潜在意識との同通が出来ないと成り立たないことなので、これも修練が必要です。

心検のハイグレード・コースというのは、それが出来るようになるための必須のコースになっています。

ということで、「種村偽守護霊」はカウンセリングを相当甘く考えているようです。

結局、大川隆法氏がカウンセリングを甘く見ているということです。

ここで私になされている中傷は、私のカウンセリングは、本を読んだだけのいいかげんなものであるという決め付けです。

金儲けのために霊能力があるかのように演じるという中傷です。

これらは、私の仕事への侮辱です。

「斎藤 私も被害者の方にいろいろ聞きましたけれども、あなたは、法外な金額で、オーディオセットを売ったり、日本刀を売ったり、

ピラミッドを売ったりしているらしいですね。

それに、『磁場をつくる力がある』などと言って、何か訳の分からない円盤状のものを、ものすごく脅迫的に売ったりもしているらしく、

『そうしたものを売られて、会社が大変な迷惑を被った』と言って、悩んでいる社長さんがいましたよ。

種村偽守護霊 だから、生長の家だって、立正佼成会だって、統一教会だって、みんな、そういう詐欺商法をやっているんだよ。

それが宗教の主流なんだから、別に構わないんだよ。

値打ちのないものを、あるように見せるのが宗教なんだからさ。」(『舎利弗の真実に迫る』P168~P169)


ここで幸福の科学は、致命的なミスを犯しました。

私は、このような商品を扱ったことが一度もないからです。

私からこうした商品を購入された社長さんがいらっしゃるとのことなので、いつかその方をお呼びして、ぜひ真相をお聞きしたいものです。

私が発行した領収書などもあるのでしょうから、それを証拠としてお見せいただきたいものです。

これは完全なでっちあげであり、でっち上げてまで私の信用を毀損する発言であったことが、すぐに証明されると思います。

斎藤哲秀氏はここで致命的なミスを犯しました。

これで完全に墓穴をほったので、彼の今後の出世は難しくなると思います。

値打ちのないものを、値打ちがあるように見せるのが宗教なんだ」という発言は重要です。

大川隆法氏がこう考えていると言うことです。

なぜなら「種村偽守護霊」は大川隆法氏の意識だからです。

私は非常に反省しています。

滋賀支部で大乗のご本尊を勧めたときも、本当に値打ちがあると信じて、ものすごく多くの方にお勧めしたのです。

その普及は、活動推進局が設定した目標をはるかに超えるものでした。

それに影響されて、全国の支部で、大乗のご本尊が一気に普及し始めたのです。

滋賀でお勧めしたときには、実際にご本尊から光が見える人も出たりして、そのときはまだ一定の価値があったと信じたいのですが、

大川隆法氏が転落した今、全く価値がありません。

それどころか、有害です。

大川隆法氏につながるものは、すべて大川隆法氏の悪想念につながるので、危険なのです

私は幸福の科学のご本尊をはじめ、すべてのグッズ類やテープの類を捨てました。

書籍は本当は捨てたいのですが、言論戦に必要になると思うので、ダンボールに入れています。

このブログをご覧になった方で、そうした処理をされておられない方は、家の磁場をよくするために、ぜひ捨てることをお勧めします。

私は出家時代に、「一切経を家庭に持ちましょう」と言って大川隆法氏のすべての本を買うように勧めました。

ご本尊もお勧めしました。

今本当に反省しています。

ごめんなさい。

大川隆法氏がここまで転落するとは思わなかったので、こんなご迷惑をかけることになるとは、考えもしませんでした。

申し訳ありませんでした。

「種村偽守護霊 言ったら、給料くれるの? 給料くれるなら、裏切るよ。(中略)退職金が、ちょっと足りないねん。」(『舎利弗の真実に迫る』P170)


<解説>

お金ほしさのゆすり・たかりを印象付ける、人格攻撃です。

名誉毀損の部分です。

私は幸福の科学がいま一つの地獄をつくり始めていることをひしひしと感じるので、いくら大金を積まれても幸福の科学の職員にも嘱託にも、

協力者にもなるのはごめんです。

信者になることも拒否します。

ですから、除名解除をちらつかせての取引など、どうかお考えになりませんように。

大川隆法氏には、そう申し上げておきたいと思います。

お金も通用しません。

私は今、十年以上前に還俗になったことを感謝しています。

幸福の科学が急激に悪くなり始めた頃に、直接の影響を受けずにすんだからです。

また除名処分にも感謝しています。

退会届を出す手間が省けたからです。

幸福の科学の霊団にも入れていただかなくて結構です。

いまそこは、高級霊がそう引き上げしてしまって、地獄霊の巣窟になっていると推定されますので。

心の清らかな会員さんは、あの世で退会されていると思います。

あの世の霊人にも自由意志というのがありますから。

さらにこの世で家族が退会すると、あの世の家族にもよい影響が及ぶと思います。

私はこのブログを読まれる方に、幸福の科学を退会されることを心からお勧めします。

ご家族の方も退会させてあげてください。

これは私の罪滅ぼしのために申し上げることでもあります。

「種村偽守護霊 生活費が欲しいんだ、生活費が。

里村 はいはい。内容次第です。

種村偽守護霊 だから、やってるのはね。いや、レムリア・ルネッサンスにも、俺んとこにも、ほかんとこにも、いっぱい行ってるけど、

高橋信次が、今、ずうっと出前出張してんの。ぐるっと回ってんねん。

里村 え? 高配信次ですか?

種村偽守護霊 ええ。

斎藤 高橋信次霊が?

種村偽守護霊 そうなんだ。あれが、今、もう、成仏できないでいるんだよ。

どっか出所がないか、一生懸命、探してんだよ。

だから、自分を讃えてくれるようなところを、何か、作りたいのよ。(中略)

種村偽守護霊 あれは、今、霊格がさらに下がっとるねん。

斎藤 ああ、では、後ろにいるのは高橋信次霊なんですか。

種村偽守護霊 うん、まあ、これがコーディネーターだ。」(『舎利弗の真実に迫る』P177~P179)


<解説>

生活費くれれば何でもしゃべるといいながら、結局、一銭ももらわずにぺらぺらしゃべっています。

要するに、大川隆法氏の演技以外の何ものでもないことが、これでお分かりになると思います。

しかも話した内容が、大川隆法氏にとって実に都合のいい情報です。

幸福の科学ではレムリア・ルネッサンスと言う分派組織も高橋信次霊が仕掛けているということになっているようなので、

全部、高橋信次霊に責任をなすりつければすむわけですから。

しかも幸福の科学にとって実に都合のいい情報を「種村偽守護霊」は提供します。

あれ(高橋信次霊をさす)は、今、霊格がさらに下がっとるねん。」と言うわけです。

これを聞かれた会員さんは、幸福の科学側が言うのではなく、高橋信次霊の側の霊が言うのだから、信憑性があると思って、信じ込まれると思います。

全部、大川隆法氏の自作自演です

黒幕を明かしたように見せながら、その黒幕の高橋信次霊は霊格がさらに下がったとか、

非常に大川隆法氏に有利な情報を提供している「種村偽守護霊」は、要するに大川隆法氏のスポークスマンなのです。

これは、誰がみてもわかる「やらせ」、もしくは自作自演です。

それにしても、大川隆法氏がなぜこれほど高橋信次霊と因縁の対決を繰り返すのでしょうか。

お釈迦様は修行時代に縁を持った仙人とは争ってもいませんし、仙人天狗系統のカシャパー三兄弟は帰依させています。

つまり、圧倒的に裏側の存在に対して優位に立ち、教育指導されているのです。

ところが釈迦の再誕を主張する大川隆法氏は、高橋信次霊に初期の頃は霊能力を頼り、途中で仲たがいし、

その後は、高橋信次霊にかく乱され続けていると主張しているわけです

こんな頼りない存在が釈尊、ましてや釈尊の本体であるはずがないことは明らかだと思います。

つまり、大川隆法氏は釈迦の再誕ではないということです。

私は、ここで百尺竿頭を一歩進めて、大胆な可能性を考えています。

エンリルと宿命の対決をしている裏側の存在。

それこそが大川隆法氏の正体なのではないかということです。

それであれば、裏側系統の幹部がやたら多いことも納得がいきます。

高橋信次霊とここまで因縁じみた対決する理由が、それ以外に思いつきません。

「里村 (中略)肝心の離婚裁判のほうでは、『総裁の女性問題については根拠が薄い。種村氏の陳述書が出ているが、これはただの伝聞だ』と、

裁判所にばっさり切られるかたちになって、きょう子氏自らが慰謝料の請求を取り下げているんです。

種村偽守護霊 俺は、十何年も前に教団を辞めてるのにさ、そんなん、分かるわけねえじゃねえか。

里村 だから、『そういう女性問題や教団のスキャンダルなどがネタになる』と思ったら、もう、終わりですから、やめたほうがいいですよ。

種村偽守護霊 まあ、それは、基本的に、政治家をゆする手法だからね。」(『舎利弗の真実に迫る』P181~P182)


<解説>

最低の手法による、私への名誉毀損です。

「種村守護霊」を騙って、私がゆすりのために女性問題を取り上げているという印象操作を行っています。

本当に私の主張が根も葉もないものだとお考えになるなら、いちいち気にされないほうがいいのではないですかと、申し上げたいと思います。

かつて、釈尊は根も葉もない女性問題等による誹謗中傷に対しては、ひたすら耐え忍びを説かれて、何の反論もせずにほっておかれました

すると、仕掛けた側の悪事が露見して、結果的には釈迦教団の名声が高まりました。

この教訓にどうして学ぼうとされないのでしょうか。

本当に事実無根なら、そうされるのが仏教的な精神にのっとったやり方のはずです。

大川隆法氏に全く落ち度がないのなら、悠然とされていてください

熟しきった実が落ちるように、間違った相手は落ちてゆくでしょう。

どうしてそれが出来ないのでしょうか。

それはそう出来ない理由があるからですね。

因果はくらますことはできません

不昧因果です。

これは大川隆法氏の疚しい行いは、隠し通すことができないということです。

それなら、ご自分がまかれた種を、ご自分で刈り取られるしかないではありませんか。

じたばたされても無駄でございます。

いずれにせよ、何もびくびくされる必要はないじゃないですか大川隆法さん。

私は正しいと信じることを正々堂々と行ってまいります。

それにしても、言葉遣いの品性のなさは、たまりませんね。

私は大阪に住んだことがあるので、大阪弁のよさも分かるつもりです。

しかし、この「種村偽守護霊」がしゃべる大阪弁っぽい言葉は、あまりにも品性がなさ過ぎます。

私は滋賀県人ですので、文化的には京都のみやびの影響が入っています。

ですから言葉遣いの品位には、割と敏感に反応するのです。

「種村偽守護霊」が話す言葉遣いは、とても下品に感じて、いやなのです。

もし「種村守護霊」を演技されるなら、もう少しこの点を配慮されたほうがいいと思います。

この言葉遣いをみただけで、自分の守護霊ではないと分かるようなものは、私に対して、何の影響力も与えません。

「種村偽守護霊 仏陀が老いぼれ! わしも同い年だから、老いぼれだけども、腹立たないか。

何か、年を取ったら、だんだんなあ、スマートになって、かっこよくなってないか。あれ、けしからんよ。

年を取ったら、白髪になって、よぼよぼになって、魅力がなくなって、モテなくなるというのが、人生の常じゃないか。」

(『舎利弗の真実に迫る』P184)


<解説>

ここは最高に面白いところです。

この面白さは、大川隆法氏の意識が「種村守護霊」を騙り、「仏陀(ここでは大川隆法氏のこと)」を「けしからん」と、けなしているように見せながら、

実は自分自身を褒めているところにあります。

「どうだ、私はだんだんスマートになってきて、かっこいいだろう。

年とともに男性的な魅力が増してきて、女性にもてて、もててしょうがないんだぞ。

どうだ種村、うらやましいだろう。」

という大川隆法の本音が聞こえてきそうです。

彼が一番言って欲しいことが、おそらくここなのでしょう

ここもまた、「種村偽守護霊」が大川隆法氏の意識であることを確信させてくれる部分です。

「里村 では、もう本当に、このセッションの最後になりますけれども、私たちが『ダイバダッタ』と言ったために、

あなたは、本当のところ、かなり泡を吹かれたようですが・・・。

種村偽守護霊 いや、ダイバダッタというのはね、君、それは持ち上げすぎだよ。

ダイバダッタだったら、五百人連れていけるはずだから。俺に五百人ついてこないじゃないか。」(『舎利弗の真実に迫る』P186~P187)


<解説>

ここも種明かしが分かると、面白い読み物となります。

この霊言では、憎き種村をさんざんダイバダッタのように印象付けながら、最後にダイバダッタはもっと偉いと言わせています

ダイバダッタは五百人を連れ出せたのに、種村はせいぜい多くて十人かそこらだろうというわけです。

これもダイバダッタを褒め称えて、種村を貶めているわけです。

私はこれは、話している霊人がダイバダッタその人であり、ダイバダッタこそ大川隆法氏の魂の兄弟であるという私の考えを、

より補強する場面であると考えています。


「里村 托鉢は、一般の方々に、布施の功徳を積んでいただく、徳を積んでいただく、そういう尊い行なんですよ。

だれも、そのような、ゆすり・たかりで、お布施を頂いてはいません!

種村偽守護霊 ダイバダッタ様に対して、そんな失礼なことを・・・。

斎藤・里村 ダイバダッタ様?

斎藤 やっぱり『様』なんですね。

種村偽守護霊 ダイバダッタ様は、私より格上ですよ。」(『舎利弗の真実に迫る』P188)


<解説>

托鉢のことを執拗にゆすり・たかりであり、これは釈尊に教わったと「種村偽守護霊」は言い続けています。

これはお布施返還訴訟や女性問題の指摘が、金銭目当てであることを印象付けるためのお膳立てででもあるでしょう。

托鉢をそういうふうに捉えているから、平気でお金を得ようとしてゆすり・たかりをしてくるのだという理論構成です。

これが私の思想と相反することは、すでにのべました。

ここで「種村偽守護霊」は、一軒一軒の家を回って行う托鉢を「ダイバダッタ様に対して、そんな失礼なことを」と否定しています。

どうも「種村偽守護霊」に化けている「ダイバダッタ」には、アジャセ王というパトロンを得ることが素晴らしいことで、

一軒一軒、一般の家庭に托鉢して回るようなことは情けないことだという、プライドがあるようです。

だから托鉢の一般的な意義を里村氏が説明したら「ダイバダッタ様に対して、そんな失礼なことを」という発言が飛び出したのでしょう。

さらに、「種村偽守護霊」は、種村修よりもダイバダッタが格が上であると言っています。

その理由は、連れ出した弟子の数が多いと言うことです。

でも、五百人分の食い扶持を用意したので、五百人がついていっただけですから、

給料をもらえるので大川隆法氏に千数百名の職員がついているのと、ある意味変わりません。

だからダイバダッタは資金の調達能力が高いのに、種村は低いから格が下だと、おそらくそういうことを言いたいのだと思います。

確かに、その面ではダイバダッタや大川隆法氏の方がはるかに上手であると、素直に認めます。

「種村偽守護霊」は種村を貶めて、ダイバダッタを持ち上げているのです。

ダイバダッタ復権への布石がまたひとつ打たれているわけです。

「種村偽守護霊 もう一回言わしてくれる!

あの長男の宏洋っていうのはね、奥さんが海外旅行する度に、私んとこで子守をしたんだからさあ、その恩義を考えればさあ、生涯年金ぐらい出せよ。


種村守偽護霊 ええ?

わしに預けられたから、頭があんなに悪くなったんだ。

いやいや、ちゃうちゃうちゃう、何を・・・。」


<解説>

こうまで大川隆法氏の性格の悪さを見せ付けられると、さすがにうんざりしてきます。

こういう箇所です。

私は幸福の科学の初期の頃、大川隆法氏の秘書をしていたときに、赤ちゃんの宏洋さんをお預かりしたことがあります。

しかし、奥様が海外旅行の時にお預かりしていたとは、この本を読むまで知りませんでした。

だからこれは大川隆法氏だけが知っている情報です。

私が一時期、時々子守をしたから、長男の宏洋さんの頭が悪くなったといいたそうに聞こえます。

大川隆法氏はこれまで、ご長男は天才的な頭脳だったのに、小学校に入ってからどんどん悪くなったと言ったことがあります。

また大川きょう子さんの教育が悪かったと言われたこともありました。

そしてここでは、種村が悪かったことにされそうな気配を感じます。

ご自分の教育のミスを、奥様や、小学校や、私の責任に責任転化されるのは、いかがなものでしょうか。

「種村偽守護霊 宗教好きで、流行ってるものには関心がある。なあ。『いつか教祖になりたい』と、ずうっと夢見ていた。」(『舎利弗の真実に迫る』P194)


<解説>

これは大川隆法氏がご自分のことをお話しされています。

教祖願望は大川隆法氏が持ち続けてきた願望です

ご本人の願望をもって、私の攻撃材料に使わないでいただきたいものです。

それにしても、私は出家していたときに、大川隆法氏の一番弟子になりたいと考えていた自分が、今は本当に恥ずかしく思います

「種村偽守護霊 俺、嫉妬心だけは止められねえんだよ。」(『舎利弗の真実に迫る』P197)


<解説>

これは大川隆法氏が自分のことを言っているのです。

その意味で、正直な告白です。

大川隆法氏の嫉妬心の特徴は、部下に嫉妬するということです。

すこしでも自分より人気があるように見えたり、経歴が良かったり、学歴が高かったりすると、嫉妬してつぶしにかかります。

職員として残っている優秀な人たちは、大川隆法氏の嫉妬心を買ってはならないということを、経験から学んでいらっしゃるようです。

実はこれが幸福の科学において人が育たない理由ではないかと思います。

大川隆法氏は、本音を言えば、霊能力を持つのは、出来れば自分だけにしたかったのではないかと思います。

この能力を独占すれば、総裁の地位は脅かされませんから

そのために、霊的に交流すると廃人になるという恐怖心を、弟子達には相当に洗脳しています

だから、霊性の時代が始まり、普通に心理療法をしているだけで、霊的な覚醒が進んできているのに、

幸福の科学の職員から見ると、それは異常なことであり、廃人への道に見えるのです。

この恐怖心は相当なものです。

これは大川隆法氏の洗脳の結果です。

幸福の科学では、いっぱい精舎を建ててきましたが、悟りを開いた弟子を育てることが出来ないので、閑古鳥が鳴いています。

悟りを開いて霊能力が出てくると、大川隆法氏が嫉妬するので、結局彼には宗教指導者を育てることが出来ないのです

幸福の科学で人が育たない理由が、あと二つあります。

一つは育成は手間隙がかかる割には、すぐに収益には結びつきません。

だから手を抜いたのだと思います。

最後にこれが最も本質的な問題ですが、大川隆法氏が悟りから転落したことです

ある程度の霊的能力は、心境が良かったときにはあったはずです。

しかし、中年期を迎えて、宗教家として本来円熟してゆくべきときに、抑圧していた煩悩との対決に破れ、悟りが下落を続けたのです。

いまや講演会に光や感動を感じる人がほとんどいなくなりました。

でも、信者さんは、まさか大川隆法氏が転落してしまっていると思わないのです。

大川隆法氏の講演会で、光を感じなくなったことや、大川隆法氏に暗い影を見た人は、

自分に魔がついているからではないかと思って、自分を責めていることがあります。

私はこういう方々にふれるたびに、あまりにも会員さんが気の毒で、真実を伝えてゆく義務があると、決意を新たにさせていただいています。

さて、私に嫉妬心がないとは言いませんが、大川隆法氏の嫉妬心に比べると、わずかなものです。

もともと大川隆法氏は嫉妬心の強い人で、どうしてそれを抑えたらいいかと苦心され、天上界のご指導があったのでしょう。

それが嫉妬心に関する教えとなっています。

もともとご自分用の教えなのですが、それをご自身が実践できなかったのでしょう。

実はこれが、幸福の科学が救済力が低い本当の原因なのです。

教祖ご自身が教えを実践できないので、人を救済できないのです。

「斎藤 『結局、自己信頼とは、大川隆法先生の奉仕者として、真理の伝道者として、光の戦士として、強く強く生きていく、

そのためにこそ必要なのだと思います』そう、ご自分で言っているではありませんか。」(『舎利弗の真実に迫る』P197)


<解説>

これは恥ずかしい部分です。

反省しています。

仏陀でない人を仏陀だと信じ、『創価学会亡国論』では大川隆法氏を現成の仏陀と書いてしまいました。

こうした私の間違いによって、さまざまな方に影響を与えてしまった点は、深くお詫び申し上げます


「里村 ちなみに、最後に、一点だけ聞かせてください。

植福返還請求の裁判のほうは、もう、先が見えていますが、これに失敗したら、次は何をされますか。

種村偽守護霊 え?

里村 裁判のほうが失敗したら・・・

種村偽守護霊 なんで失敗するの?

里村 (苦笑)もう、この裁判は先が見えていますので。

種村偽守護霊 あ、大丈夫よ。お金は、きょう子氏がたぶん払ってくれるだろうから。

里村 ああ、それは弁護費とかですね。(中略)では、それに失敗したら、次は何をやるんですか。

種村偽守護霊 いや、用心棒で生きていけるんじゃん。『みちのく衛生の会』の専務ぐらいできるから。

里村 そうすると、例えば、『第二の幸福の科学』をつくって、自分は理事長を狙っていくわけですか。」(『舎利弗の真実に迫る』P199~P200)


<解説>

これも事実無根です。

大川隆法氏や里村氏は基本的なことが分かっていないようですが、提訴された方はご自分で裁判費用を払って、裁判を起こされたのです

費用に関して私は関係しておりません。

まして大川きょう子氏には何の関係もありません。

裁判で返還されるお金は、はじめから私には無関係です。

私が関わったのは、この裁判を支援するために三輪清浄がなりたたない布施は無効であると主張した陳述書を提出したことです。

大川きょう子さんは、弁護士の先生に大川隆法氏の私生活について、いろいろお話をされたようです。

こうした情報収集をされた上で、弁護士の先生自身が、絶対に勝てると判断されて起こされた裁判です。

裁判の判断は、そちらにお任せしたいと思います。

私と大川きょう子さんの関係は、弁護士の先生を介して、今年の春に再開し、三度お会いする機会があって、いろいろ話を伺いました。

相当、私の疑問に答えてくださいました。

それだけのことです。

彼女がされていることと、私がしていることは、関係がありません。

「種村偽守護霊 ええ? だからねえ、この教祖の奥さんの意見、聞いたらさ、うちと一緒なんだよ。

うちの奥さんもさあ、同志社の神学部を卒業してっからさあ。『卒業してる』ってんで、俺をいじめまくっとったからさあ。

で、『金儲けも、私の方が上だ』って言ってるから・・・・。」(『舎利弗の真実に迫る』P205)


<解説>

これは元妻に対する誹謗です。

私のことを誹謗されるのは構いませんが、関係者に対してまでそれをされようというのは、人間として終わっているように思います。

私は元妻から、大学を卒業したか中退かで議論や口論になったことは、一度もありません。

まして元妻からいじめられたことは、一度も経験をしておりません。

「金儲けも、私の方が上だ」という話も、経験がありません。

彼女はお金をためるのが上手でしたので、しっかり蓄えていたと思います。

私は大川隆法氏と違って、別れた妻のことを悪く言いたくありません。

その時期はその時期で、支えて頂きましたので、感謝しています。

「種村偽守護霊 できるだけ多くの信者の皆さんに、ついてくるように呼びかけてください。

里村 できるだけ多くの信者さんに、これをみて頂きます。

種村偽守護霊 だから、百人、集まったら、食っていけるから。「ベンツが買える」と言われているから。

里村 まあ、「五人が三人になり、三人が二人になる」と思います。

種村偽守護霊 信者が百人いたら、教祖はベンツに乗れるそうだ。だから、とりあえず、百人、集めたいなあ。」(『舎利弗の真実に迫る』P208)


<解説>

「百人信者がいたら、教祖はベンツに乗れる」というのは、かつて大川隆法氏が話していたことを思い出しました。

いつだった思い出せないのですが、「変わったことを言われるなあ。そういうこともご存じなんだな」と不思議な感じがしたので、記憶に残っています。

私はといえば、車の運転が下手なので、ベンツを買うという発想がありませんし、ベンツがいくらするのかも興味がないので知らないのです。

信者がいくらいたら食べていけるかなんて考えたこともないのは、私に教祖願望がなかったことの根拠の一つになるのかもしれません。

いずれにしても、ここも、私の人格への侮蔑を感じると同時に、大川隆法氏の価値観を学ばせていただけたと思います。

「大川隆法 まあ、初期のころには、人の選びようがなかったし、来てくれる人はありがたかったですからねえ。うーん・・・。」

(『舎利弗の真実に迫る』P210)


<解説>

何となく私が勝手に来たような印象を与える言い方ですが、私は大川隆法氏に呼ばれて、生長の家を辞めて幸福の科学に入りました。

大川隆法氏は覚えておられるかどうか知りませんが、こういうことは当事者はよく覚えているものです。

私は会員番号は227番だったと思います。

1986年の秋に事務所が出来て、その一ヵ月後ぐらいに、西荻窪駅徒歩7分の所にある原久子さんの自宅の一室の事務所を訪ねました。

そのときは、山口さんと安田さんがいました。

生長の家の名刺を置いていきました。

何日かして、生長の家本部の私の職場に、大川隆法氏の秘書の原久子さんから電話がありました。

原久子さんは、大川隆法氏の指示で私に電話を下さったのです。

こうして原久子さんとお会いして、大川隆法氏からの協力要請をいただきました。

生長の家に在職中に善川三郎氏の小冊子のワープロ打ちを手伝ったりしました。

原久子さんからは、大川隆法氏が5000円で個人相談するから、何か相談するように言われました。

将来のことを聞いたと思うのですが、谷口雅春先生の霊言で回答がありました。

私は釈迦の弟子であるから、幸福の科学を手伝うように。

生長の家の信者をいくらか幸福の科学に寄越したいという話もされました。

このときは「釈迦=大川隆法」と信じていましたので、釈迦弟子ということは、当然大川隆法氏の弟子だと思い込んでいました。

しかし、大川隆法氏が釈迦でないことが明確になると、私は過去世で釈迦弟子であったご縁で、幸福の科学に呼ばれたということになります。

仏陀は天上界から、大川隆法氏を一時期指導されていたと思いますので、天上界の仏陀から幸福の科学に呼ばれたと解釈したいと思います。

翌年の1987年の秋には、幸福の科学は職員を採用することになりました。

私はその時に呼ばれました。

職員番号は、確か11番だったと思います。

生長の家を退職するときには、幸福の科学の編集部への就職が決まっており、生長の家時代と同額の給与をいただけるということでした。

私の給料が低いので、非常に驚かれたことは覚えています。

だから、大川隆法氏は、私が忘れている給料額を、いまだに記憶していて、この本にも書かれているのでしょう。

大川隆法 (種村氏は)名無しの権兵衛です。

いろいろな宗教に、ちょこちょこ手を出して、宗教的なものを学んではいるのだろうけれども、

智慧第一でも何でもなかったようですね。

こうしてみると、初期のころ、高橋信次霊に、いろいろと悪さをされたかな?」


<解説>

私は過去世で名前が残るほどの仏弟子ではなかったというのが、大川隆法氏の現在の認定です。

「初期のころ、高橋信次霊にいろいろと悪さをされた」という弁解はいただけません。

この人はすぐにこうして責任を誰かに転化しようとします。

この方の言い訳には、潔さが感じられません。

それに、私の過去世認定は、大川隆法氏自らの言葉としてなされたのであり、高橋信次霊の霊言で言われたのではありません。

大川隆法氏は最初の頃は高橋信次氏に相当頼っていたのは事実です。

いつ頃でしょうか、他の高級霊が霊言を降ろさないと言ってストライキを起こされた時期がありました。

その時も高橋信次霊の霊言だけは降りていて、出版していました。

大川きょう子さんに聞いたところでは、イエスキリストや仏陀は、精神統一してしばらくしないと降臨されないのに、

高橋信次霊だけは呼ばれると、すぐにきたそうです。

波長的に見て高橋信次霊に一番波長が近かったのだと思います。

その後、大川隆法氏は仏教路線に入った時期に、仏典や仏教の研究書を1万冊読んだということですが、

ここまで読んではじめて高橋信次霊の嘘を見破れたというので、

「方便の時代は終わった」と宣言して、高橋信次霊の位置づけを大幅に引き下げました。

そしてエル・ランティという存在はなく、エンリルであるとしました。

GLAから入会された方が、大量に離脱されたのはこの時期です。

今から考えると、仏教書を1万冊読んで、はじめて高橋信次霊の正体が見破れるようになったということは、

大川隆法氏は過去の仏教の教えを学んでようやく仙人の教えを見破り、乗り越えることが出来たと言うことになります。

これが果たして仏陀であり、釈尊の魂の親であるという方の悟りとして、あり得るのでしょうか。

もっと、はじめから見抜けていないといけないのではないでしょうか。

それが仏陀の悟りであって、会の規模とは関係がないはずです。

仏教を後天的に学んで、ようやく高橋信次霊の実態が見抜けたという事実は、

大川隆法氏の悟りの実力は、釈尊に及ばないということを示しています。

釈尊は、悟りを開いたときには、すでに仙人を凌駕する悟りを得ておられたからです。

つまり、大川隆法氏は釈迦の生まれかわりではないということです。

「大川隆法 ただ、面白いのは、自分の過去世として言われたことだけは信じていて、

『教祖のほうは信じない』という感じが、みな共通しているんですよね。」

(『舎利弗の真実に迫る』P218)


<解説>

私は大川隆法氏に4月4日に投函した手紙のなかに、すでにシャーリプトラという大川隆法氏の認定は返上しています。

このことは、このブログの「番外編1」に書きました。

ですから、この大川隆法氏の発言は全く的を得ておりません。

そもそもこの本で私の偽守護霊を呼び出して、種村修の守護霊が舎利弗として威張っていて、

その化けの皮をはがすという作業をするということ、それ自体が茶番劇です。

今にして思うと、この私が除名のきっかけとなった手紙は、大川隆法氏にとっては、本当に具合の悪い手紙だったと思います。

大川隆法氏の得意のシナリオが全部崩れてしまいましたから。

「大川隆法 自分に対して言われたことは大部分を信じていて、むしろ、言ったほうの責任を問うというような、あの感じは不思議です。

それに、反省ができないところも共通しています。

自我がすごく巨大で、それを守っているわけです。

要するにいい思いをしたんですよ。

たとえて言えば、宝くじに当たったように、早い時期に来ていい思いをしたのですが、その後に正当な競争が起きてきて、

『いる場所が違う』という感じになってきたということです。

この世的に見れば、単にそれだことなんです。」(『舎利弗の真実に迫る』P219)


<解説>

これも不思議な感覚で読んでいます。

「舎利弗だなどと過去世認定したのに、その後落ちこぼれているのが許せない。どうしてくれるんだ。過去世認定した責任を取って金と地位をよこせ。」

こういうことを種村偽守護霊に言わせていますから、そのことを指しているのでしょう。

ここには大川隆法氏の自己責任が全くありません。

偽りの過去世を告げるということは、その人のアイデンティティの確立を阻害するのです。

なぜならニセモノを自分であると信じるのですから。

本物の自分を探究して宗教指導者についたところが、ニセモノ自己を自分だと思い込まされたということになります。

これは宗教指導者としては致命的ではないでしょうか。

そのことに対しては、一言お詫びがあってもしかるべきだと思います。

しかし、大川隆法氏は詫びません。

それは教団運営の手段として、弟子に立派な過去世を与えて目いっぱい働かせつつ、ちゃっかり自分の権威も作っていくのが、もともとの彼のやり方だったからです。

私はそうではなかったと信じたいのですが、今の彼の言い分を聞いていると、やはりそう思うしかないのかと思ったりします。

ここはまだ判断が揺れています。

今、彼は数多くの弟子の過去世認定をしていますが、これは全部、今言った彼のやり方からきていると思ったほうがいいと思います。

ほとんど嘘の可能性が高いということです。

大川隆法氏は、真実性ということに、本当にこだわらない人です。

実績につながるかどうかしかみない、結果主義者だと思います。

ですから、ほとんどの過去世認定が嘘ではないかと疑う方が正しいのです。

それでもなお信じるのなら、これは信じた人に責任ということになるかもしれません。

「立派な過去世があると言ってもらえたので、初期の頃はいい思いをしただろう。

だからありがたく口をつつしみ、おとなしくしていなさい、

感謝こそすれ批判するとは何事か」

ということを言いたいのだと思います。

私はこれは少し違うと思います。

なぜなら釈尊の教えの中に、「誤って得られた利得・名声・尊敬・名誉」は悪魔の軍隊であるという教え(『ブッダのことば』岩波文庫、中村元訳)があるからです。

間違った過去世認定は、弟子を悪魔の軍隊の危機にさらす恐れがあるのです。

私の場合、大川隆法氏にこう認定してくれと頼んだ覚えはありません。

大川隆法氏がそう言い出したのです

それが間違いだというのなら、それでも構いません。

しかし、間違いを教えたことを一言詫びられてはいかがですか

それが出来ない人を、反省できない人といいます。

自我が肥大化して反省できないというのは、誰よりも大川隆法氏ご自身のことです。

「大川隆法 まあ、うらやましいのではありませんか。

あなたが精舎の館長をやったり、専務になったり、村田さんも大学の学長をやったりして、

何か、うらやましくてしょうがないのではないでしょうか。

『仕事は俺の方ができた』などと思っているのかもしれませんね。」

(『舎利弗の真実に迫る』P222)


<解説>

私は、本心を言えば、今、幸福の科学に職員として残っておられて、特に幹部としている方々が気の毒でならないのです。

もちろん彼らの収入は私よりはるかにいいわけですし、多くの会員の方に賞賛されたり、あこがれられたりしているでしょう。

しかし、私は彼らが地獄の道へと驀進する特急列車に乗って、グリーン席のサービスを楽しんでおられるとしか見えないのです

ですから、そういう人たちをうらやましいと思うかどうかと問われたら、「うらやましいとは思いません。お気の毒に思います」としか言いようがありません。

私は彼らに対して、「その列車は危ない。早く降りろ。降りてくれ。そうでないと命がないぞ!」と叫んでいるのです。

「舎利弗 しかし、(種村氏らが起こしている植福返還訴訟は)正義を行っているように見せつつも、実際は私欲が絡んでいます。

つまり、彼らには、自分たちの私欲が先にあり、それを、ほかのもので覆って、正義に見せているところがあるわけです。

ですから、これは、ありえないことですね。

もし、仮に、彼らの論理に乗り、『彼が舎利弗で、大川総裁が仏陀である』ということにしても、『舎利弗が仏陀を訴える』ということ自体が成り立ちません。

そんなバカバカしい話があろうはずもないのです。

これは、宗教人として破綻しています。

論理的にはもう完全に破綻してしまうのです。」(『舎利弗の真実に迫る』P230)


<解説>

私達の私欲といわれても、ピンと来ません。

勝手に私が事業資金として、裁判をされた方から返還されたお金を使うつもりだなどと言われても、そういうつもりがなく、

訴訟を起こされた方々とそんな話をした事実もありません。

ですから、これは文字通り事実無根と、そう申し上げるしかないのです。

納骨壇をいらないのでお金を返して下さいとか、生前供養を申し込んだが、死んだ後に永代供養して欲しくないので代金を返してくださいとか、

夫に黙って家庭が不和になったので納骨壇を返すからお金を返してくださいとか、当然の訴えだと思います。

そもそも、大川隆法氏が信仰の対象として信用できないと感じさせたのは、大川隆法氏の行いに原因があるわけです。

それによって、どれほどのショックをこの方々が受けているか、「大川・舎利弗」には見えていないようです。

もう一つ、「彼が舎利弗で、大川総裁が仏陀である」というのは、私の論理ではありません

私の論理を正しく申し上げるなら、「種村修は舎利弗でなく、大川隆法氏も仏陀ではない」です。

これが私の論理なのです。

4月4日に手紙で、すでにそうでしたし、この霊言収録の5月22日には、もっとはっきりと「大川隆法氏は仏陀でない」と確信していました。

しかも「舎利弗が仏陀を訴える」のではないのです

「複数の会員さんが幸福の科学を訴えている」のです。

私はそれを支援しているにすぎません。

ですから、私の論理でないものを取り上げて、「バカバカしい話」とか「論理的に完全に破綻している」と言われても、

私はそんなことを言っていないのだから、それこそ「バカバカしい話」であり、

この「大川・舎利弗」の「論理」は「最初から完全に破綻している」と申し上げるしかありません。



アイマイミーです

種村さんの「真実を語る」を拝見しながら、まさに種村さんは真実を語っています。

そして、ここをご覧になっている皆様に申し上げたいのは、種村さんが大川を批判している言葉は「正義」から発せられる正語で、

一時的な感情に基づく誹謗中傷ではないということです。

いまだに、種村さんが「正語」を戒めとして実践しておられることがよくわかりました。

かつて、私が職員をやめる数ヶ月前のことです。

私が、幸福の科学のあり方やそれを担っている理事たちを激しく批判したことがあります。

それを心配した種村さんは、私に「正語戒」を仏典から引用したものを私のところに届けてくれたことがありました。

そのときも、否、それ以前から、種村さんは「正語」を実践していましたから、確かに、種村さんの口から、人の悪口を聞く事はありませんでした。

これは、幸福の科学という犯罪組織では、信じられないことなんですよ。

私が在職中、いつも不思議に思ったのは「なんて幸福の科学の人間は悪口ばかりいうんだろう」ということでした。

陰口ばかり叩いていましたのでいつも変んだなぁと思っていました。

ここを見られている信者さんもそう感じてるでしょう。

職員からでてくる言葉は悪口か、「植福しましょう」しかありませんよね(爆笑)

これは仕方がないんです。

大川隆法という男が悪口三昧だからです。

私は秘書の最高責任者を務めていましたからよくわかるんです。

四六時中、職員の悪口、そして、地方に行った時にあった信者さんの悪口のオン・パレードです。

証拠だって山ほどあります。

直筆の書面をもっています。

悪口三昧の録音までも持っています。

当事は、まだ私も大川が仏陀だと思い込んでいましたから記念に大事に取って置いたんです。

しかし、まさか、これが思いもよらぬ結果をもたらしました。

大川があまりに嘘ばっかりつくもんですから私は、裁判所に証拠としてそれらと、大川の直筆の犯罪指示文書を一緒に出しました。

そうしたら、地裁-高裁-最高裁のすべてで「大川隆法の犯罪」として認められました(都合が悪いので広報はだまったままです)。

それ以降の裁判から、全て大川の裁判はの連戦連敗になってしまいました (爆笑)

さて、この「真実を語る」をご覧になっても、種村さんの理路整然とした、毅然とした正義の言葉と、

大川やその弟子の魑魅魍魎たちの下品で、粗野で、疑り深く、嫉妬と怨嗟に充満した言葉とは、天と地ほどの差があることはおわかりでしょう。

大川の本を読んでも、清清しい気持ちにはとてもなれません。

ただただ、捏造と自分の思惑と妄想だけの悪口三昧。

これが、宗教の教祖の言葉でしょうか?

ことばとは、「ことばは神なりき」でその人の、本当の姿を映し出すものなのです。

大川による『舎利弗の真実に迫る』は、種村さんを貶めるために作られたものであることは一目瞭然でわかることではありますが、

同時に、ことばは「諸刃の剣」です。

それゆえ、大川とその弟子の魑魅魍魎たちは、自分たちの発した言葉で自らが裁かれることになるでしょう。

もう、幸福の科学の命運は尽きています。

おそらく、オウムの残党程度くらいまでの規模になるでしょう。

信者のみなさん、一刻も早く、魔の手から逃れましょう。

幸福の科学に残るということは、魔に篭絡されたのであり、狂信者にならざるを得ないのですから・・・

「大川・舎利弗 彼の根本の問題は、やはり、『きちんと精進して、まっとうに働こう』という、持続する意志がないことではないでしょうか。

彼には、

『ちょこっと、いいところに入って、ササッと器用なところを見せ、それで、うまいこと何かをつかんだら、そのままうまくいくようなコースに入りたい』

『ロープウエーのようなものに乗って、そのままあがれるようなコースに入りたい』

という気持ちがあるのだろうと思うんですよ。

その意味で、少しだけ聡(さと)い部分があるのでしょうが、その気持ちを、『智慧第一』という言葉で表しているのだと思いますし、

文殊を騙(かた)った方にも、やはり、そういうところがあるように思います。

二人とも、『人よりも先に手を出して、いいところをつかんだら、賢い』と見ているのではないでしょうか。

だから、『持続して、努力・精進していく』という、仏陀がずっと説き続けておられる教えを全く学んでいないですね。」

(『舎利弗の真実に迫る』P231)


<解説>

これも誰のことを言っているのだろうかと、不思議なものを見る気持ちで読みました。

というのは、私はこの手の要領のよさ、世渡りの巧みさが、最も欠けていることを自覚しているからです。

むしろこういう方面の智慧が多い人が、職員として残っておられるように見えて仕方がないのです。

もっとも、私の智慧をこういう矮小化した要領のよさのように見せて、文殊ともども切って捨てたいという「大川・舎利弗」の意図は理解できますが。

しかし、大川隆法氏は一番私のことをよくご存知のはずです。

私が舎利弗であることを前提にして、かつて「舎利弗の智慧は宗教的知性であって、世間解や実務的知性にはやや欠ける面がある」と、

職員を前にして話されたことがあったではありませんか。

『沈黙の仏陀』に収録されている話をされているころのことです。

いつこういう見解に変わられたのでしょうか。

どうも「大川・舎利弗」は、私が教団の初期に入って、「人よりも先に手を出して、いいところをつかんだ」ことをもって、

自分が賢いからだと、智慧を誇っていると言っているようです。

これは「智慧」とはいいません。

せいぜいよく言って「運」でしょう。

確かに私は、今考えると「運」に恵まれていました。

大川隆法氏がまだ天上界の指導を受けていた時期に職員となって仕事ができ、大川隆法氏が心境が大幅に落ちてきた時期に還俗できましたから。

おかげで、この世的には苦労はしましたが、教団に残っている人のような魂の不幸を避けることができています。

神仏のご加護を頂いていると感謝しております。

「持続して、努力・精進していく」というのは、私はこれしかないし、本当ことを言うと、それ以外のやり方を知らないのです。

在家となって会社に勤めたときも、経験も知識もない分は長時間働くしかないと思って、朝は誰よりも早く来て、誰よりも遅くまで仕事をしました。

コツコツ、コツコツ、とにかく言われたことを忠実に根気強くやるしかありませんでした。

そのプロセスは、まさに耐え忍びでした。

その大切さは大川・舎利弗が言う通りなのですが、それを私は愚直に実直にやり続けてきた日々であったように感じています。

こういう私の状態が「大川・舎利弗」にわからないということは、この方は本当に霊人なのだろうかという疑問を私に抱かせました

大川隆法氏の表面意識にすぎないのではないかという疑問を、私が持ったということです。

「大川・舎利弗 彼は、90年以前の、要するに西荻時代に当会の職員になった」と言っていたけれども、そのころすでに、『仏陀再誕』という本が出ているはずです。

そのなかに、『信仰は百パーセントを要求する』ということが述べられているはずですよね。」(『舎利弗の真実に迫る』P234)


「舎利弗 彼らは『ここは正しいことを言っているが、ここは間違ったことを言っている』というようなことを書いているのでしょう?

そんなことをバラバラにやり始めたら、信仰はやはり成り立たないですね。

だから、受け入れるならば、全部、受け入れるべきです。」(『舎利弗の真実に迫る』P237)


<解説>

私が秘書の時代に『仏陀再誕』は出されました。

この霊言テープを大川隆法氏から渡され、聴くように指示されました。

その後に書籍が出ました。

よく内容は覚えています。

私はこの教えをよく知っています。

覚えているのです。

その上で大川隆法氏は間違っていると声を上げたのです。

なぜでしょうか。

彼が女性問題を起こし、それも一過性の問題ではなく、継続的におこし続けていることが、さまざまな情報から疑えなくなって、

私が直接被害者から聞いた情報を中心に手紙に書き、大川隆法氏に反省と被害者の救済を求めたのです。

ところが、それに対しては事実無根と否定し、私を除名処分とされました。

この段階で、大川隆法氏が悟りを偽る大妄語の罪を犯していることが、私には疑えなくなりました。

悟りを偽り「自分は仏陀だ」という罪は、無間地獄です。

この心境では悪魔に取りつかれてしまいます。

そうなると大川隆法氏を信仰する人々が悪魔の支配下におかれてしまいます。

だから、私は黙って見過ごすことができなかったのです。

この問題は、教義の矛盾を追及しているのではありません。

大川隆法氏の行いと教えの矛盾を問うているのです

私が敢えて行動に出たのは、多くの人を地獄行きから救いたい、新しい地獄を決して広げてはいけないという気持ちからです。

教祖がどんな状態でも百パーセント信じなさいと言うのであれば、オーム真理教の麻原を信じて殺人を行った信者を食い止めるすべはなくなります。

自分の内なる良心に照らしてみて、どうしてもおかしいものはおかしいと、勇気を持って立ち上がるものがいなければ、間違った宗教を正すすべはなくなります。

「里村 今から17年前、大川隆法総裁より、

『公明党書記長(当時)の市川雄一氏がダイバダッタの生まれ変わりである』

というご教示を頂いたことがありますが、改めて、お伺いさせていただきます。

舎利弗様からみて、ダイバダッタは誰なのでしょうか。

大川・舎利弗 ハハ・・・。ああ、これは言いにくいことなのでね。まあ、ダイバダッタは、いつでも出るのです。

だから、『特定の人が、いつもそういう役割で出ている』とは考えなくてよいと思います。

(中略)まあ、『公明党の市川雄一がどうのこうの』というのは、当時、創価学会の池田大作がダイバダッタの出現を警戒していたというか、

恐れていたので、そういう意味では、『一・一ライン』と言われた、小沢一郎とのコンビを破壊するためのものであったかと思います。

(中略)したがって、あれは、実は、『池田大作が心のなかで思っていたことを表現し、出したものである』と考えてよいでしょう。」

(『舎利弗の真実に迫る』P243~P246)


<解説>

これには正直言って驚きました。

大川隆法氏はやはり過去世認定に当たっては、真実性を重視する人ではないということです。

それによる効果というものを、まず考えて過去世認定する人なのです。

ですから、効果があれば嘘でも何でも構わないという考えです。

ですから、大川隆法氏の過去世認定に関しては、どのような意図でその認定をしたのかをこそ、まず考えなければならないのです。

大川隆法氏が認定したから真実であるという盲信は、完全に捨てなければ真実を見誤ります。

しかし、そうかと言って、単にめちゃくちゃな認定をしているとだけ考えても正しくありません。

彼の認定には必ず何らかの意図が潜んでいるのです。

ですから、大川隆法氏の過去世認定は、それ自体の真偽について議論しても意味はないのです。

信じて騙された方が馬鹿なのです。

それよりも、その過去世認定の奥に潜んでいる大川隆法氏の意図を見抜いて、彼の行動を予測し、本心を見抜くためにこそ研究すべきなのです。

そうすると真っ先に手をつけなければならない過去世があります。

それは、大川隆法氏自身の過去世です。

これを丸ごと本当だと思ったら、それは信じた人が愚かであると言われてしまします。

そうではなく、大川隆法氏はこの過去世を主張することでいかなる効果を狙ったのか。

ここを解明するべきなのです。

そして、大川隆法氏の本当の過去世は全く違うという可能性も視野に入れるべきなのです。



アイマイミーです

どうしても、幸福の科学の関係者に見てもらいたくて、スレ違いとなりますが、コメントさせていただきます。

斉藤哲秀(博也)というお調子者へのメッセージです。

ここの「真実を語る」の“『舎利弗の真実に迫る』講義32 致命的なミス”を見て私も思わず絶句しました。

斉藤哲秀がここまでの・・・だとは思いもしなかったからです。

そこに書かれている斉藤哲秀発言を引用します。


斎藤 私も被害者の方にいろいろ聞きましたけれども、あなたは、法外な金額で、オーディオセットを売ったり、

日本刀を売ったり、ピラミッドを売ったりしているらしいですね。

それに、『磁場をつくる力がある』などと言って、何か訳の分からない円盤状のものを、ものすごく脅迫的に売ったりもしているらしく、

『そうしたものを売られて、会社が大変な迷惑を被った』と言って、悩んでいる社長さんがいましたよ。

(『舎利弗の真実に迫る』P168~P169))


これには、さすがの温厚な種村氏もムッとして、次のように述べています。


「ここで幸福の科学は、致命的なミスを犯しました。

私は、このような商品を扱ったことが一度もないからです。

私からこうした商品を購入された社長さんがいらっしゃるとのことなので、いつかその方をお呼びして、ぜひ真相をお聞きしたいものです。

私が発行した領収書などもあるのでしょうから、それを証拠としてお見せいただきたいものです。」


この斉藤哲秀の発言は、間違いなく刑法第230条1項の名誉毀損罪に該当します。

幸福の科学が大好きな民法上の不法行為としての名誉毀損ではありませんから、お間違えのないように。

刑法では,犯罪の成立に必要な各段階において,3つの理論的構造を構築するのが一般です。

構成要件該当性、違法性阻却事由、責任阻却事由で構成され,事実を摘示することにより社会的評価が低下したことをもって、

その事実が真実か否かを問わず,名誉毀損の構成要件に該当するとします。

「公然」とは、不特定または多数の者が認識し得る状態をいいます。

また「認識しうる状態」で足ることとされ、実際に認識したことを要しません。

さらに、「毀損」とは、事実を摘示して人の社会的評価が害される危険を生じさせることです。

摘示される事実は、人の社会的評価を害するに足りる事実であることが要求されており、事実を摘示するための手段には特に制限がなく、

『インターネットの掲示板で書き込む』『張り紙で噂を広める』『街宣車を動かして噂を宣伝する』などの場合であっても成立します。

これを見る限り、上記の斉藤哲秀の発言は刑法の犯罪類型に該当します。

事実無根の捏造発言で種村さんの名誉を完全に毀損しています。

私としては、斉藤哲秀を刑事告訴し、刑事被告人として裁かれるよう要請するものです。

さぁ、どうする斉藤哲秀?

このまましておいて刑事被告人になるか?

それとも全面謝罪する?

しかし、全面謝罪したら、今度は、大川からにらまれて、今度はキミが裏切り者として除名対象になるし・・・

思案のしどころですな(爆笑)

まぁ、かつて、キミの兄弟子にあたる阿部氏に「目ん玉くりぬいてやろうか」などという脅迫罪に該当する言辞をこれまでに山ほど積み重ねてきたんだから、

この際、刑に服して反省してみたらどうか。

キミには受刑者がよくお似合いだよ(爆笑)

明日の行事ではみんなにわからないように無理してでも明るく振舞いなさいよ!!

「大川・舎利弗 私は、『ダイバダッタそのものは、もともと、仏弟子としての素質がずっと悪かった』とは思いません。」(『舎利弗の真実に迫る』P246)


「大川・舎利弗 仏伝のなかには、『ダイバダッタは、ヤショーダラー妃をめぐって仏陀と争った』と書かれているものもありますが、創作もかなりあるでしょうね。

(中略)『ダイバダッタ自身は、その後どうなったか』ということですが、仏典では、『地獄に堕ちた』ということになっておりますけれども、

それは、たぶん、そうであろうと思います。」(『舎利弗の真実に迫る』P247~P248)


ダイバダッタ論ですが、大川・舎利弗は、ダイバダッタに対して必ずしも否定的というわけではありません。

若いころのダイバダッタは非常に優秀な人であったことは、確かにその通りであると思われます。

しかし、弟のアーナンダへの嫉妬増上慢がありました。

大川・舎利弗は、ダイバダッタの問題点への言及が少なく、なにかかばっているような印象があるのです。

この本ではダイバダッタについていった愚かな弟子が「種村の過去世」となっていますので、もっとダイバダッタへの厳しい批判があってもよさそうなのに、

かえってかばっているので、非常に違和感を感じます

これは、大川隆法氏の魂の兄弟がダイバダッタであれば、納得がいきます。

大川・舎利弗の解説で、もう一つ大きな違和感を覚えることがあります。

それは仏典を引用して、それに対するコメントをしている点です。

真の舎利弗であれば、自分が釈迦教団でみてきたダイバダッタについて、オリジナルの見解を述べることができるはずです。

大川・舎利弗が、なぜわざわざ仏典から引用して、それを解説しなければならないのでしょうか。

これは大川・舎利弗が大川隆法氏の表面意識による「なりすまし」だからではないでしょうか。

大川隆法氏であれば、根拠をあげて、それを解説するという手法をよく使いますから。

「大川・舎利弗 『自分を使ってもらえないから、幸福の科学は邪教になった』とか、『悪魔が入った』とか、批判するのは自由です。」

(『舎利弗の真実に迫る』P254)


「大川・舎利弗 要するに、彼らは、『その流れのなかで、自分の貢献のシェアが落ちていっている』ということに対して我慢ならないのでしょう?

ゆえに、それは自分の心の問題なのです。」(『舎利弗の真実に迫る』P255)


<解説>

自分が重要視されないから、信仰を失って反旗を翻したというのが、大川・舎利弗の主張です。

これは不都合な真実から目をそらせるために、意図的にしているすり替えです。

目をそらせる事実とはなんでしょうか。

それは私が手紙で、大川隆法氏が引き起こした不倫、セクハラ問題での被害者を救うようにお願いしたこと

そして、三輪清浄が崩れている以上、納骨壇を返納したいのでお金を払い戻して欲しいという願いを聞いてあげてくださいと、訴えたことです。

私が重要視されるかどうか、問題にしてもおりません。

そんなことは全く考えていないからです。

大川隆法氏が、仏陀としてのあるまじき行いにより、信者の信仰心を著しく傷つけたことを問題にしているのです

この事実を、「事実無根」と言い張るので、私がこういう行動を取った理由を、私の欲求不満にもっていこうとしているに過ぎません。

真実から目をそらさせるための、すり替えにほかなりません。

本物の舎利弗なら、私の心は見抜けるはずです。

私の本心が見抜けないということは、この大川・舎利弗は、偽者だということです

「大川・舎利弗 やはり、私は、『人間として節操を守ることが大事だ』と思います。

これは宗教でなくても、そうです。

会社を辞めたあと、自分が勤めていた会社の悪口等を言って回るような人間、

何年かでもお世話になった会社の悪口を、一生、言って回るような人間にはなりたくないですね。」

(『舎利弗の真実に迫る』P257)


「大川・舎利弗 だから、

『「自分の外に責任がある」と考える人、他罰的な傾向が強い人というのは。基本的に成長しない』

と考えた方がよいと思います。」

(『舎利弗の真実に迫る』P258)


<解説>

私は1999年に幸福の科学を退職しましたが、その後、幸福の科学の悪口を言ったことは、ほとんどなかったのではないかと思います。

特に総裁の悪口を言ったことは皆無であると思います。

それどころか、2年程前には、幸福の科学への批判時事を書いた週刊朝日に対して、斎藤敏之氏と二人で朝日新聞本社に乗り込んで、

副編集長と記者に会って2時間近く厳重な抗議をしたぐらいです。

私が教団に対して明確に疑問を持ち始めたのは、約1年半前に佐久平支部(当時)の会員さんのクレームを取り次いだ斎藤さんが活動停止になってからです。

大悟館に電話をして、ファックスでお知らせしたい情報を送ったことが、結界を崩したとして断罪されました。

私は絶対におかしいと思いました。

なぜなら、大川隆法氏は会員さんが経営している高級中華料理店に家族で食事にきたときに、そこの従業員として接待をした斎藤敏之氏に話をしています。

そして、「私にはなかなか情報が入らないから、何か必要な情報があればここへ連絡して欲しい」と、わざわざ斎藤氏に自分の名刺を渡しているのです。

私はその時に、野菜を納入した業者でもありましたので、斎藤さんからは直ちに、詳しくそのときの状況を聞きました。

斎藤敏之氏はよほどのことがなければ、その名刺は使ってはならないと大切にしまっていました。

しかし、長野の佐久平支部の会員さんがたが、支部長や活動推進局(当時)の理不尽なやり方にクレームを言っても、

全く相手にもされない状況をみて、これを放置したら教団のためによくないと考え、上層部への仲介の労をとりました

しかし、自己保身で責任を回避するだけの幹部にいくら言っても埒が明かないので、いまこそ総裁との約束を果たすべきだと思って、

頂いた名刺を見て、大悟館に電話し、電話を取った職員にファックス番号を教えてもらって、職員が指定したところへファックスを送ったのです

このどこにも手続き上の瑕疵(かし)があるとは思えません。

教団の健全な発展を願っての行動であり、朝日新聞本社へ乗り込んだときと、精神においては全く同じです。

教団を愛するが故の行為だったのです。

私は斎藤氏の一連の行為を、全部間近で見ていてそれを知っております。

しかし、総裁は聞くところでは、「名刺を悪用された」と弁解を言ったそうです。

私はこれを聞いて、耳を疑いました。

総裁は「自分にはなかなか本当の情報が入らないので、必要な情報があれば入れてくれ」と、ご自分で斎藤氏に言われたのです。

そしてわざわざ名刺まで渡されたのです。

私は、斎藤氏から、その直後に電話でその話を聞かされました。

自分の責任を棚に上げて、他人に転嫁するというのは、こういうことを言うのです。

だから、私は「自分の外に責任がある」と考える人というのは、誰よりも大川隆法氏であるということを、知ってしまったのです。

本当に悲しく思いました。

結界を崩したといいますが、大川隆法氏の私生活の乱れにより、結界などもともとなかったのです

「大川・舎利弗 今、問題になっている人たちは、『自分が、雑草になっていて、抜かれようとしている』ということが分からないのでしょう。

抜かれるほうの雑草としては、たまったものではなく、『自己実現しようとしているのに、なぜ抜かれるんだ』と言っているわけです。

しかし、農家としては、『それでは、刈り取るときに困ります。毒麦が、普通の麦のなかに紛れ込んだら、食べられないではないですか』ということで、

毒麦をみつけたら、早めに抜いておきたいですよね。」(『舎利弗の真実に迫る』P259 -P260)


私はこの文章を、不思議な感覚で見ています。

それは、大川隆法氏が自分のことを語っているように感じるからです。

彼は自分が毒麦になってしまって、今まさに抜きさられようとしていることに、気付いていないのでしょうか。

毒麦を抜く農家とは、神仏であり世間です。

大川隆法氏と幸福の科学は、神仏と世間から毒麦と認定され、抜きさられようとしていると思います。

それがもう始まっていると思います。

真実のファイナル・ジャッジメントです。

なぜ毒麦なのでしょうか。

大川隆法氏を信じて熱心にやればやるほど、その人の人格が低下してくるし、幸福感がなくなっていくからです。

お金はもっと速いスピードでなくなっていきます。

教団にいる人々は、選民意識で自分たちを特別視していますが、上から目線で嫌われ、世間の人と話が通じない人が大量に出てきています。

職員の幹部であればあるほど、慢心して偉くなり、その一方で自己保身の固まりになっています。

そして、謙虚さ、感謝、努力精進が欠落していきます。

職員は大川隆法氏の分身です。

大川隆法氏の感化を受けて育てられた人々です。

その人々が、信者さんから尊敬されない人が、増えてきています。

これは大川隆法氏の人格の低下を反映して、起こっている現象です。

永年いる側近の方に、人格の異常性がでている人が増えてきていることを、私は悲しく思います。

私はかつて、彼らと共に仕事をした仲間であるからです。

幹部や取り巻きはだめだ。しかし、大川隆法総裁先生だけは素晴らしい。」

これを乗り越えないと、大川隆法の呪縛が解けません。

私もずっとそう思ってきました。

そして、微力ながら、教団をよくするために、教団に自浄作用が働くことを期待して、ささやかな努力をしてきました。

しかし、やはり鯛は頭から腐っていたのです

頭が腐って、その悪臭が周りに広がっていたのです。

私はそのことをはっきりと知りました。

一連の行動を通して知ることができました。

だから思います。

毒麦が抜きさられようとしている。

その時がすでに始まった、と。

これはショックなことです。

自分も毒麦の一つではないといえるのでしょうか。

なぜなら、根深く幸福の科学の思想が心に堆積しているからです。

その意味において、私のことを毒麦といわれるのなら、全く外れているとはいえないかもしれないとは思います。

その可能性は、やはり自己検証が必要だと思います。

ただし、大川隆法の強い毒性に気付いて、そこから決別しつつあるので、大川隆法の毒に対する解毒剤を自分で作り始めた麦であると思います。

この解毒剤の部分は、世の役に立つかも知れません。

「本書は、釈迦十大弟子の筆頭ともいえる舎利弗の確認を巡っての探究のプロセスを明確にしたものである。」(『舎利弗の真実に迫る』P1「まえがき」)


この講義も、いよいよ終わりに近づいてきました。

この本は、かつての弟子を、大川隆法氏が自ら乗り出して、信用毀損し、社会的に抹殺することを狙って出されたものだと思います。

やむなく私は、正当防衛のためにこのブログで講義というかたちで、大川隆法氏の本の検証を始めました。

大川隆法氏の霊能力や過去世認定はどの程度確かなものなのか。

ここに出てくる種村守護霊は本物なのか。

ここに登場する舎利弗は本物なのか。

そうしたことを念頭に置きつつ、本書を一つ一つ丹念に分析していったところ、意外なことにこれは「大川隆法の真実に迫る」作業に他ならないことに気付きました

私がこの「まえがき」に模して書くとすれば、こうなります。

「本講義は、自らを仏陀の再誕として四半世紀にわたって主張してきた大川隆法氏の、真の姿を探究するプロセスを明確にしたものである。」


「正直言って私にとっても、哀しみの眼を持って見つめなくてはならない時間がかなりあった。」(『舎利弗の真実に迫る』P1「まえがき」)


私は、これはだと思います。

私が行動を起こしたのは、ごく最近だからです。

本格的には今年の春以降ですから、この言葉に嘘を感じます。

教団自体に本格的に疑問を持ち始めたのも、まだ2年にも満たない期間です。

それでも、「総裁先生は本当はすべてお分かりのはずだ。しかし幹部が悪いのだ。」という思考によって、真実は見えていなかったのです。

しかし、大川隆法氏の真実の姿が見えてきたときに、私は哀しみを覚えました。

それと共に責任を感じました。

弟子であったものとして、そして真実を知ったものとして、大川隆法氏に言うべきことは言わねばならないと思いました。

それは今も続いています。


「もともと私は情にはもろい性格ではある。しかし、後天的な修行によって、理性的合理的頭脳も鍛えている。」(『舎利弗の真実に迫る』P1「まえがき」)


私はそう信じたいと思うものです。

ですが、奥様に対してなされている仕打ちを見ると、そこには「情」もなければ、「理性的合理的頭脳」も感じません

長年の服薬によって、ひょっとしたら大分「頭脳」を痛めておられるのではないかと、心配しています。

奥様になされたことと、同じことを私にされている『舎利弗の真実に迫る』ですから、

そこには「情」も、「理性的合理的頭脳」も、やはり感じることは難しかったということです。


「本書で立ちあらわれている現象は、幸福の科学という宗教の、『慈悲の宗教』として持つ『優しさ』と、

『近代合理性』を持つ『理性的宗教』としての『厳しさ』との間(はざま)にできた、かすかなすき間に、つけ入って生じたものであろう。」

(『舎利弗の真実に迫る』P1「まえがき」)


私はこの部分を読んだ第一印象は、「慈悲という聖なる言葉を汚すことは許されない」という怒りでした。

私は大川隆法氏は、仏を汚し、仏の言葉を汚していると思います。

そこに怒りを覚えました。

お金がある人に対する「優しさ」(もどきですが)は、この教団にもあると思います。

しかし、それが本当の優しさでない証拠に、永年布施を続けてきて、もはや貯金を使い果たし、

年金暮らしでほとんど布施ができなくなった会員さんへの冷たい仕打ちで分かります。

どの支部でも、こうした人々の、嘆きや怒りを聞くことができます。

また、大川隆法氏の奥様に対する仕打ちを見れば、優しさとか、慈悲とかには無縁の宗教であることが、もっとはっきりとわかります。

私に対するこの本もそうです。

この本のどこに慈悲や優しさを見出せばいいのでしょうか。

私は慈悲について、こう思います。

慈悲とは、幸福の科学が言うように、上位のものから下位のものへと向かう愛であるならば、

まず下位のもの、弱者や、苦しみ悩む人々を、親鳥が身を挺して守るように、いたわり守らなければならないはずです

親が子をいつくしみ守るように。

しかし、現実にされていることは、「溝に落ちた犬には石を投げろ」です。

また、慈悲のもつもう一つの側面として、未熟な魂をはぐくみ、忍耐強く育て、素晴らしいものへと成長させる働きが不可欠です

育(はぐく)みの心です。

これが幸福の科学にはほとんどありません。

だから、幸福の科学では人が育たないのです。

私のところにも、幸福の科学広報局の渡邊局長と土屋部長が「これは仏のご慈悲です」と言って、本を持ってこられました。

私はかつての北朝鮮の「将軍様のご慈悲」という言葉を連想してしまいました。

またこういう本を出すこと自体、どこにも「近代合理性」は見出せないと思います。

これまで分析してきた結論から言うと、ニセモノを種村守護霊として登場させ、私の人格を貶め、

ひそかに大川隆法を讃えさせる手法には、慈悲は無論のこと、「理性的宗教」の片鱗すら見出すことができませんでした

現在、週刊新潮や週刊文春に対して、同様のことをワンパターンでされていますが、これは厳しい反作用を受けると思います。

私は大川隆法氏に申し上げたい。

慈悲とか優しさとか、理性とか合理性とか、それぞれ深い意味のある尊い言葉を汚さないでいただきたい

自分勝手な都合のよい意味に摩り替えて、こうした尊い言葉を使うことは、言葉に対する冒涜です。


「私自身は、かつて愛した者は、いまでも愛している。」(『舎利弗の真実に迫る』P1「まえがき」)


もしこの言葉が真実なら、奥様に対して、あんなにひどい仕打ちはされないと思います。

元の奥様に対してされている仕打ちは、普通の人間なら絶対にしないような、酷い仕打ちです。

あなたは本当に愛を知っているのですか」と聞いてみたいと思います。

どうしてあなたの家庭が壊れ、幹部や信者の家庭が次々と壊れて、教団からも愛が消えていくのですか。

それをお聞きしたいと思います。

愛がない宗教

それが正直言って、私が今の幸福の科学にもつ印象です。


「しかし、救世主としての自覚や責任感、大義が、私自身への自制を強く求めてくるのだ。

救いの蜘蛛の糸は、何度か垂らした。

その糸が切れてしまうことにも、新しい救いが待っているのかもしれない。」

(『舎利弗の真実に迫る』P1「まえがき」)


奥様を切り捨て教団を挙げての個人攻撃をするときにも、同じ論理が使われました。

「世界宗教になって世界を救わねばならないから、それを妨げる者は身内でも許さない。

切って捨てる。

それが救世主としての自覚であり、大義である。」

これが大川隆法氏の論理です。

私はこれを聞いた当初、

「そこまでして、世界宗教への道を歩まれるのか。

それほど辛い思いをされてまで、全人類を救おうとされるのか。

私もなにかお役に立たせていただきたい。

それにしても、これほどの主のお気持ちが分からないとは、奥様は何てひどい人なんだろう。」

と、そう思っていました。

しかし、奥様のきょう子さんの本心は別でした。

彼女は、大川隆法が異常であることに気がついたので、多くの人を巻き込むことや、彼がこれ以上の罪を犯すのを、

どうにか食い止めたいと思って、世界に出ることに反対していたようです。

私も、その気持ちなら理解できます。

私も今、ほぼ、似たような思いを持っているからです。

私は、いま、幸福の科学が新たに地上で生まれた地獄へと変化を遂げつつあると思います。

ですから、大川隆法氏が投げかける「蜘蛛の糸」は、私を洞窟に縛り付ける毒蜘蛛・タランチュラの糸として見えています。

私はこの糸を「除名」によって切っていただいたことは、

地獄から出てよい。ここでの修行は終わった。二度とここへは戻ってくるんじゃない。」

と言われているように感じました。

ちなみに、「その(救いの)糸が切れてしまうことにも」と、何か自然に糸が切れたように書かれていますが、

一方的に「除名」して「糸を切った」のは大川隆法氏であり、「切れた」わけではないということは、注意して頂きたいと思います。

こういう一見、綺麗な言葉を使いながら、巧妙なすり替えをしてこられますので、要注意です。

悪魔は、一見正論を述べながらも、巧妙に摩り替えてくるので、それを見破らないと、悪魔の術中にはまることになる」と、

かつて大川隆法氏には教えて頂きましたが、そのことを、本当に理解出来たように思います。

宗教法人幸福の科学が、週刊文春と種村修に対して、名誉毀損で3億円の提訴をしてきました。

いろいろ理由を書かれていますが、3億円もの訴訟をなさるということは、本当のところ、幸福の科学こそ、お金が欲しいのではないでしょうか

救国植福で無理をしながらも、目標の3分の1しか集まらなかったようですし、

昨年末ごろは、資金不足から総合本部の看板の電気も消しておられたようなので、相当に大変な思いをされているのであろうと思います。

『舎利弗の真実に迫る』という本も、丸々一冊、一個人に対する、教団を挙げてのバッシングでした。

今回の提訴も、週刊文春という会社だけでなく、私個人を名指しで訴えておられます。

1300万人という信者数がいらっしゃるようですが、『舎利弗の真実に迫る』の「あとがき」によれば、

国内だけで五百支部、精舎等が二十五、布教所一万箇所、世界にも約百ヶ所に支部等の拠点を持つ、マンモス教団です。

かたや私はひとりの個人にすぎません。

一般社団法人心検でカウンセラーをしているというだけの人間です。

全く何のバックもない、一市民にすぎません。

普通の人であれば、それだけでもう怖くて怖くて、まともな社会生活が出来なくなるのではないかと思います。

普通は、自分への中傷を、捏造とはいえ、本として出され、今まで縁のあった信者さんには見せられ、私とご縁がある方にも送りつけられて、

もうそれだけで、精神的に参ってしまい、自殺したくなるほど追い詰められるのではないかと思います。

私が何とか耐えていられるのは、それでも真実を明らかにしなければならないという責任感と、支援してくださる仲間がいるからです。

私は大川隆法氏を信じ、幸福の科学の最も初期の頃から参画し、教団を創り拡大してきた人間の一人として責任があると思っています。

私は、間違った宗教になった幸福の科学を広め支えてきたという点では、加害者でもあるからです。

私の話を信じて入会して下さったり、活動してくださったり、お布施をしてくださった方は、決して少なくありません。

また、私の話を信じて職員になった方もおられます。

そうした方々に対して、私は間違ったものをお勧めしてしまった責任があります。

ですから、大教団が私に襲い掛かってこようとも、私はそれから逃げ隠れするつもりはありません。

私の罪は、勇気を出して真実を言い続けることを通して贖うべきだと信じています。

それにしても、情けないのは大川隆法という方です。

私の手紙は大川隆法氏宛ての私信です。

それが教団から漏洩して、それが掲載されたとはいえ、もとは私と大川隆法氏の問題なのです。

元の師と弟子の二人の問題です

教団は関係ありません。

教団の陰に隠れて、こそこそと逃げ隠れすることは、おやめになっていただきたい。

大川隆法氏とならお話します」と、広報局の渡邊局長にも伝えてありますが、大川隆法氏は出てこられない。

大川隆法氏の個人の不始末は、大川隆法氏自身が出てきて釈明され、ご説明願いたいと思います。

私は私個人の名前を出しています。

大川隆法氏は教団の陰に隠れています。

私は、それが情けないと思っています。

大川隆法氏も「われ一人立つ」の気概をもって、かつて立たれたのであるならば、ご自分自身が出てきてください。

法廷の場で、共に真実とは何かを明らかにする努力をしてまいりたいと思います。

今回の週刊文春や種村さんに対する幸福の科学の提訴は

「幸福の科学の悪事を隠蔽するための目的と幸福の科学に対する批判を口封じさせる目的」

のために起こしたもので、卑怯者の戯言です。

“盗人猛猛しい”とか“説教強盗”の類です

まず、広報局長の見解を真に受けてはいけません。

この見解は、信者に対する発表なので、この論調をそのまま信ずるには足りません。

なぜなら、訴訟になじまない表現が多々あり、また、信者に対しては、幸福の科学に都合のいいことしか発表していないからです。

大事なのは訴状に書かれていることを見て、何をどのように争点にしようとしているのかを検証すること。

所詮、広報発表は、大本営発表にすぎないのです。

ここで、唯一注目すべきは、「3億円の損害賠償請求」ということぐらいです。

まるで、幸福の科学がぼったくりバーみたいな請求をしていることぐらいです。

これは、本当のことをいわれ頭に血が上った大川のいつもの悪い病気です。

裁判ではこの「3億円」の算定根拠が問われることになるのは間違いがありません。

3億円の根拠はそう簡単に示めせませんから、またしても法廷内で失笑を買うだけです。

以前にも、これで大恥をかいているんです。

また墓穴を掘っちゃいました。

しかも、

「宗教法人及びその主宰者等は、法による手厚い制度的保護の下に、人の魂の救済を図るという至上かつ崇高な活動に従事しているのであり、

このような特別な立場にある団体ないしその責任者は、常に社会一般からその全存在について厳しい批判の対象とされるのは自明のことというべきであろう」

という裁判所の判断があり、大川自身、名誉毀損には問えないのですが、この判決をコロっと忘れています。

さらに、「3億円の損害賠償請求」は、幸福の科学に対して二度と逆らえないようにするための口封じが目的なのですが、

かつて山口弁護士への7億円訴訟の際には、

「幸福の科学は,主に批判的言論を威嚇する目的をもって,7億円の請求額が到底認容されないことを認識した上で,あえて本訴を提起したものであって,

このような訴え提起の目的及び態様は裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き,違法なものといわざるをえない」

という裁判所の判断をも忘れてしまったようです。

ですから、いくら声高に、大川や幸福の科学が声高に名誉毀損と叫んでも、裁判所は、大川に厳しい判決をするに決まってます。

大川自身、これら一連の裁判には一切出廷しません。

出廷して堂々と自分の主張をすればいいのですが、一切出ません。

負けるのがわかっているからなのです。

これらの訴訟は、こけおどしに過ぎません。

大川がこの訴訟に本気なら、法廷に出てきて、証言すればいいのに絶対出て行こうとしません。

こんな気弱な男には、人類の未来は託せませんね。

もう、幸福の科学は完全に終わりました。



真実を語るは、『舎利弗の真実に迫る』講義は、最後に「あとがきに代えて」を書いて、ひとまず終了します。

その後は、他の本の講義も、必要に応じて考えてみます。

また、「種村修の守護霊は語る」という感じで、私の守護霊とロール・レタリングをしてみたいと思っています。

何人かの個性の違う魂の兄弟もいますので、誰か言いたい人がいれば、出てくるのではないかと思います。

いずれにせよ、継続して言論で戦います。

大川隆法氏も仏陀再誕を言う以上は、今度は自分の言葉で、読むだけで心が洗われて、思わず帰依したくなるような尊い教えを出してもらいたいです。

偽霊言を出して、それを暴かれて、私に何のダメージも与えられず、かえって偽仏陀を確信させ、偽霊言を証明させてしまうというのは、

兵法的には完全に失敗だと思います。

「返り討ちにあわれて、ご愁傷様です」と言わなければなりませんよね。

挙句に、裁判でしょう。

「仏法」でだめだから、「王法」で勝負ということですと、これまた偽仏陀の証明となってしまいます。



アイマイミーです。

裁判関係の続報です。

今回の幸福の科学による文春および種村氏への提訴は大失敗になるでしょう。

その理由は唯ひとつ、「3億円の損害賠償請求」をしてしまったからです。

これを指示したのは、大川隆法であることは間違いないのですが、重大な間違いをしてしまいました。

法律関係に無知な職員連中は大川にお追従して拍手したかもしれませんが、いま、顔が真っ青になって頭を抱え込んでいる人間がいます。

職員弁護士の佐藤です。

大川がやってはいけない重大なミスをやってしまったからです。

大川の命令には逆らえないので、渋々、訴状に「3億円」と書かざるをえなかったのでしょうが、その算出根拠もないわけで、

かつての悪夢(幸福の科学裁判の連戦連敗のきっかけとなった山口弁護士への8億円訴訟)が蘇ってくるだけだからです。

法律を学ぶものは、有斐閣の『判例百選』を参考資料にします。

これを読まない法学部生は阿呆学部生(笑)

もう筆者は卒業して、ん十年経ちますが、幸福の科学のご都合主義の主張を確認するためにググっていたら、

偶然、「判例」になっていた「幸福の科学事件」を発見しました。

別冊ジュリスト『メディア判例百選』有斐閣:「批判的言論威嚇目的での訴えの提起-幸福の科学事件」----池田辰夫教授(大阪大学)には、こう述べられています。

「こうしたなか,本判決は,(中略=裁判所の判断=上に記載済み)上記の判例群に貴重な事例を加えると同時に,

さらに批判的言論威嚇(抑圧)目的訴訟という新たな独自の類型を成立させた」。

つまり、金銭的な脅しと、裁判による時間拘束によって訴訟相手を疲弊させる効果を狙った目的の訴訟は、その訴訟行為そのものが違法とされ、

それが「高額な損害賠償額などで威嚇を目的とした訴訟は違法」との「判例」となってしまったということなのです。

ちなみに、「判例」とは第一にそれは「裁判の先例」であり、裁判所の判決として示された法的判断を指します。

第二にそれは「裁判・判決によって明かにされ将来に向かって遵守される規範」であるということです。

平たくいえば、裁判官が判断する際に、必ず、それを見て、先例としてそれに従いながら判断するものであって、

判例の変更がなされるまでは、それが基準にしなければならないということなのです。

要するに、判例で「幸福の科学がこうした高額な賠償請求を提起する裁判は違法だ」と示しているので、

裁判官はこの判例に従って判断するがゆえに、幸福の科学の今回の提訴が厳しく問われることとなるわけです。

かつて、このような重大な「判例」を作り出してしまったとして、職員弁護士のY君が退職するはめになりました。

そして、今度は、同じ運命を職員弁護士の佐藤が歩みます。

その上に、佐藤には、もうひとつ別の厳しい審査が待っていますから、今回の提訴は幸福の科学にとって大変厳しいものになるでしょう。

もはや、正常な判断ができない大川の指示に従ったから、このような馬鹿げたことを行ったわけです。

まぁ、それも自業自得として幸福の科学および職員弁護士はその運命を甘受しなければならないと思います。

なお、次は、記事そのものを裁判所がどう判断するのかを、かつての講談社事件の際の裁判所の判断を記す予定ですが、あらかじめいっておきますと、

意外にも、講談社事件でも、取材方法のあり方が適性ではないという判断はありましたが、

記事そのものが違法であると判断されたものはないことを申し添えておきます。



ついに始まりましたね。

誰が見ても、種村さんの言い分のほうが筋が通っていることは明白ですから、絶対に種村さんが勝利すると思います。

常日頃の真っ正直な種村さんを知っている多くの人達は、全員、種村さんを応援している筈です。

巨大な組織にたった一人で立ち向かっていく種村さんの凛々しいお姿は、まるで映画のようですが、

主人公が必ず勝利するように、種村さんも、必ず勝利すると思います。

私たちも陰ながら、種村さんの勝利を強く強くお祈りしております。



大変勇気付けられるコメントを頂き、感謝いたします。

私は三枚目の俳優だと思いますが、しぶとく粘り強く、絶対に倒れないで、戦いを成し遂げていきたいと思っています。

やはり巨大な組織が一個人に襲い掛かる状況を放置すれば、人権や自由が死んでいくと思います。

だから私は絶対に負けてはいけないと決意しております。

この講義も、最後のページを迎えることになりました。

ここで私は、この書籍の講義を書く中で、何を得たのかをまとめてみたいと思います。

私はこの講義により、大川隆法氏と信仰的にも思想的にも、決別をすることが出来たと思います。

この本を精読する過程で発見したことは、大川隆法氏は私の守護霊の名を偽って偽者を登場させたということです。

この講義の中で、動かぬ証拠を数々上げることが出来ました。

私はこれだけでも、非常に大きな成果であったと思います。

偽者を登場させて、真実を歪めて相手を中傷し、元弟子の社会的信用を毀損しようとする、

目的のためには手段を選ばない、そんなことをする人が仏陀であるわけがありません

大川隆法は仏陀にあらず。

これを明らかにしえたことが、この講義のもう一つの成果です。

私はこの本を繰り返し読む中で、ダイバダッタを非常に復権させようという意図のようなものを、本書の全体から感じ取りました。

そして、種村偽守護霊が実はダイバダッタであり、それは大川隆法氏の過去世なのではないかという大胆な仮説を立てました。

そう考えることで、非常に多くのことがつじつまが合うからです。

考えてみますと、大川隆法氏は誰よりも仏陀になりたかった人です

ただし、本来の仏陀サンガとの決定的な違いは、本来の仏陀サンガは正直を重んじましたが、大川隆法氏の創った教団は嘘を平気でつくということです。

この教団には嘘が多い。

しかも、平気で嘘をつきます。

大川隆法氏自らが大嘘つきです。

信者数も大嘘ですが、彼の私生活の乱れと犯罪行為を「事実無根」として隠蔽することは、悟りを偽る嘘(大妄語)です。

ダイバダッタが過去世であれば、仮面が剥がれ落ちて、素地が出てきたというべきでしょう。

ただし、戒律を軽視して乱れた生活をするのは、過去世での戒律重視の反動でしょうか。

この本を最初に読んだときは、正直言って、嫌な気分でした。

が、途中まで読んでいるうちに、思わず笑ってしまいました。

あり得ないような事実無根の内容が満載されていたからです。

まるでパロディーでした。

あんまりにも笑ったので、最初感じていた頭痛が治ってしまいました。

二回目を精読して、ダイバダッタを持ち上げている記述が目に付き、大川・舎利弗までダイバダッタの悪評を和らげる発言をしているのを読み比べて、

種村偽守護霊がダイバダッタであり、大川隆法の過去世ではないかと感じ出しました。

もう一つ、大川・舎利弗が仏典を何度も引用しながらダイバダッタを論じるのを見て、笑ってしまいました。

本物の舎利弗なら、ダイバダッタに関して直接知っているわけですから、直接知っている人にのみ語りうる迫力ある記述が無ければおかしいでしょう。

何らかの論拠を示しながら、資料を提示しながら、論じるのは大川隆法氏の常とする方法です。

これは大川隆法氏の表面意識だと感じました。

そう思って見ると、本書の第一章は大川・舎利弗の章ですが、仏教に関する記述がほとんど無くて、高橋信次やユダヤ教に関する話ばかりが目立ちました。

舎利弗の霊言というには、非常に違和感のある内容で、しかも大川隆法氏がこのように教団の考え方をもっていきたいという方向へと誘導しています。

舎利弗が大川隆法の従来の考えを修正しているのです。

これはこの舎利弗が、実は大川隆法氏の表面意識そのものであると考えると非常に納得のいくことです。

舎利弗の振りをしているのは、大川隆法氏であるということになります。

大川隆法氏による自作自演の中傷本。

これが『舎利弗の真実に迫る』という本の正体です。

こんな内容をDVDで15000円もだして無理やり見せられて、さらに本になったものを1500円も出して買わされる会員の皆様は、つくづくお気の毒だと思います。

そういうものまで商売の道具にして、ちゃっかりと稼ぐわけです。

この本のどこかで種村偽守護霊が「大川隆法は商人である」と言っていましたが、これは正しい指摘だと思います。

実に正しいです。

ただし、悪徳霊言商法をする悪徳商人だと思います。

さて、三回目の精読は、この講義を書くために行いました。

そして精読し、講義を書き終わってみて、私の心には何も引っ掛かりがなくなりました。

私の外面的な名誉は、まだ毀損されたままです。

しかし、私の心は何一つ傷ついてはいません。

この本が放つ悪想念の矢を、私の心は受け取らずに済んだように思います。

ですから、その矢は、すべてこの本の書き手にお返しすることが出来ると思います。

私は大川隆法氏の仕事について、初期のものを中心に、評価できるものもあると考えています。

すべてを否定しようとは思いません。

しかし、この本はお粗末であり、全く評価できる部分は無いと思います。

唯一評価できるとしたら、知らず知らずのうちに「大川隆法の真実」を語ってしまっているところです。

そして、それを明らかにすることこそが、この講義の真の役割であったと思います。

さて、私にとっての真の事の起こりは、斎藤敏之氏が活動停止になった昨年春からでした。

そこから何かが変わり、私は急速に潜在意識と対話出来る力が目覚め始めたのです。

これは斎藤氏も同様でした。

その後、半年もたたない内に、幸福の科学との本格的な決別が始まり、心検の授業内容も一新してしまいました。

それと共に救済力が目に見えて向上を始めました。

今回、私の除名のきっかけになった大川隆法氏への手紙は、私信であったので、

大川隆法氏本人なら知っているはずの事実を詳細に書くことで、反省を促そうとしました。

それが外に漏れて週刊文春にその内容の一部が掲載されたことは、被害者の方に対しては大変申し訳ない事であり、私としても非常に心苦しい思いを致しました。

しかしながら、内容に偽りは無いので、週刊文春さんの取材に対しては、

くれぐれも被害者のプライバシーには配慮して欲しいということを申し上げた上で、手紙の内容に偽りの無いことを証言しました。

それというのも、被害者がその後も増大し続けており、この犯罪を抑止することが是非とも必要だと思ったからです

あの記事が出てから、私の元には、他にも被害者が何人もいるという情報がいくつも入ってきています。

私は純粋な若い女性たちの信仰心を利用して、自分の欲望を満たそうとする大川隆法氏と、彼の犯罪を隠蔽し続ける幸福の科学に対しては、

はっきりと公憤を感じております。

私は、この講義の中でも、私の過ちだと気付いたことに関しては、はっきりとお詫びを述べてきました。

教団を拡大するという点に関しては、私にも責任の一端は明らかにあると思います。

しかし、だからこそ、私自身が大川隆法氏の犯した過ちを批判し、幸福の科学の過ちを明らかにし続けることが、私のとるべき道義的責任であると思います。

その批判の内容は、具体的な問題行動のみならず、思想的な過ちの修正へと進まなければならないと考えております。

心検のブログを見ていただいても明らかなように、私たちが深層潜在意識と言っている霊的な心の領域、

さらには遠隔地にいる方の表面意識との交流も、すでに起きている現実です。

こうした能力は、ごく普通の市井の方にも芽生えてきているケースを多く目にするのですが、

私どもが心理学的な手法により、こうした能力の開発ができ始めていることも事実です。

これは多くの人々の「癒し」と「心の成長の支援」のためにのみ許され授けられたものであると自覚しております。

私は次回から、ロール・レタリングによる守護霊との会話、つまり深層潜在意識からのメッセージを発表していく予定です。

これは私の偽守護霊が出された以上、本当の守護霊は何を考えているのかを世に問うことは、私の守護霊の名誉の回復にもつながると思うからです。

ロール・レタリングは春口徳雄氏によって日本で開発された自己カウンセリングの手法ですが、心検でこれに取り組んですぐに、

これは自己の深層潜在意識との交流や他人の潜在意識との交流の手段となることを発見しました。

もとより、どの程度まで守護霊による通信であるかという精度の問題は、繰り返し繰り返し実験を重ねていかないことには、判別が難しい面があります。

私自身は、自分がはっとする気付きが与えられたり、自分自身が啓発される内容が入っていた場合、

これは深層潜在意識(守護霊)からのメッセージではないかと思って、感謝して受け止めるようにしております。

いずれにしましても、私はこれ以上被害者を出さないためにも、既にさまざまな面での被害者に遭われた方々のためにも、

私が出来ることは誠心誠意成し遂げてゆく覚悟です。

大川隆法氏や宗教法人幸福の科学と全面的に敵対するような事態になっても(すでにそういう状況にありますが)、決して退くことは致しません

真実を照らす光は、たとえ小さくとも、必ずや闇の実態を照らし出さずにはおかないと信じています。

今回、私の私信の一部が世に出てしまったために、心に傷を負わせてしまった方には、衷心からお詫びを申し上げたいと思います。

しかし、今なお被害が広がり続けている現実がある以上、この犯罪を食い止めなければ、さらに苦しむ人々を作ってしまいます。

そうした方々への救済の一助として、被害者の方の体験が真に活かされるように、私は全力を挙げて戦います。

どうか、これを読まれた皆さん。

もしあなたが知る真実があり、それが闇を照らし出す真実であるのでしたら、どうか声を上げて頂けませんでしょうか。

もし私にそうした真実をお伝えいただけるのでしたら、必ずそれを闇を照らす光として、活用させて頂きます。



アイマイミーです

幸福の科学が、世間さまをアッと驚かした、講談社に対する数々の犯罪行為は大きな社会問題となりました。

そのとき、幸福の科学は、「捏造した記事を書いた講談社が悪いから抗議活動をしたまでだ」と居直りました。

そこで、講談社の諸雑誌が掲載した記事を司法当局はどう判断したのかを検証してみました。

すると驚くべきことがわかったのです。

講談社記事に対する幸福の科学の訴訟成績は、通算成績15戦0勝13敗2引き分けという結果だったのです。

この結果は、幸福の科学の法務室とは異なる見解だからです。

法務室は、殆どの裁判で勝ったか、あるいは勝ったように見せかけていますから、にわかには信じがたいでしょう。

しかし、これが真相なのです。

幸福の科学という犯罪組織は、自分の都合の悪いことには一切目をつぶり、

嘘を真実といいくるめようとする悪質極まりない団体であるから、こうした嘘をつくのです。

これは、法の正義を守るべき弁護士(職員)がそういうことを率先してやっているのからです。

法の正義を実現しなければならない弁護士にとってはあるまじき行為です。

それで、その間違いを正すため、講談社裁判を裁判ごと、記事ごとに検証してみました。

また、これを分析することによって、裁判所の判断が、幸福の科学が週刊文春や種村さんを訴えた訴訟にどの程度の影響があるのかの見極めをしてみたいと思います。

5回にわけて観察して見たいと思います。


1.精神的公害訴訟

法務室の見解:1993年から1994年にかけて、7つの裁判所のうち、東京訴訟の控訴審(東京高裁)を除くすべての裁判所で判決が出されました。

いずれも敗訴ではありましたが、大阪地裁や福岡地裁は、抽象的に「宗教上の人格権」を認めました。

私の見解:法務室は、精神的公害訴訟では、幸福の科学は七つの裁判を起こして、六つが敗訴したと認めています。

そして、かろうじて東京高裁で一部勝訴という判決だったとも述べています。

しかも、その一部勝訴とは「幸福の科学側の一部勝訴」ではあると述べるにとどまっています。

しかし、どこにも、幸福の科学そのものが勝訴したとは書いていません。

「幸福の科学側の一部勝訴」とは、判決主文からみれば、講談社の発行の記事について、幸福の科学ならびに大川に関わるものが判断されたのではなく、

景山、小川両氏についての記事を問題にしたということだけなのです。

そしてその際、驚くべき判決がでました。

「(講談社による)本件各記事により自らの宗教的人格権を侵害されたことを理由とする控訴人らの慰謝料請求は理由がない。」

これを平たく言えば、

「幸福の科学や大川隆法が講談社に名誉を毀損されたというならば、信者にそれを主張させるのではなく、自分でやりなさい」

と門前払いされたのです。

つまり、東京高裁から、バカにされたのです。

自分のことは自分でやりなさいと・・・

だから、後日、大川隆法と幸福の科学は、講談社に対して、訴訟を別の形で起こしなおさねばならなくなったわけです。

精神的公害訴訟戦績 7戦 0勝 7敗(記事部分)

精神的公害訴訟なんて、全く無駄なことをさせたわけです。

幸福の科学の異常性を世に示しただけの裁判でした。



『舎利弗の真実に迫る』講義、お疲れ様でした。

本当に読みごたえがありました。

これだけで1冊の本になりますね。

「幸福の科学」の草創期を知る者にとっては、この教団がこんな風になってしまうとは夢にも思わなかったことでしょう。

種村さんの存在は、「幸福の科学」が軌道を外れて暴走してしまうかもしれないということを危惧した「あちらの世界」が、

それを食い止めるために使わした「天からの使者」であると私たちは思っています。

陰ながら、いつまでも応援して参ります。

読者の皆様からいろいろメールを頂いておりました。

コメント蘭に載せる代わりに、ここで紹介させていただきます。

なお、プライバシー保護や私信で送られてきたものと公開するときのスタンスの違いなどの配慮して、一部編集させていただいております。


<Tさんからのメール>

講義はとても爽快でした。

「真実を語る」というタイトル通りで、やはり迫力がありました。

私は旗の役割です。真実の旗を掲げるポールです。

この言葉も、とても感動しました。

アンチの中にも種村氏のことを誤解して批判する人はいますが、私は引き続き応援しています。

私の母もそうですが、他の知り合いでも、種村氏のブログを読んで目が覚めた、という人がいます。

これからも批判に負けずに続けて欲しいです。

それで、質問が二つほどありまして、まず一つ目です。

大川隆法氏が、未だに「受験参考書」を出版したりするのは、非常に奇異なことに思われます。

「仏法真理学統一試験」とか、「○級セミナー」とか、会内でも「試験」によるランク付けが行なわれてきました。

大川隆法氏が「受験」ということに関して、何か非常にコンプレックスを持っているのではないかと素人目には思われるのですが、

心理学的に見て、どのように分析されるのでしょうか。

どうして、五十を過ぎて未だに「受験」にこだわっているのか、その辺を解説して戴けたらと思います。

二つ目です。

個人的に大川隆法氏の言動を研究していて、「他人の業績を乗っ取る」という癖が非常に強いように思いました。

高橋信次の説いたことをそのまま丸パクリしていながら、「高橋信次が幸福の科学を乗っ取ろうとした」と言って、自分がオリジナルのような顔をしている。

全てに於て自分がオリジナルでないと気が済まないようで、その行き着く先が、自称「神々の主」であり「根本仏」なのだと思われます。

また、自分にそういう「乗っ取り癖」があるから、きょう子氏に対する批判の中とかでも、

「相手が自分の教団を乗っ取ろうとしている」という風に考えるのだろうと思われます。

そこで質問ですが、種村氏は、現状に於て、「初期の霊言は正しかった」という立場のようですが、どこまでが正しかったと思われますか。

私は、上記の「乗っ取り癖」は、「ゼウスの霊言」あたりからあったのではないかと思います。

つまり、幸福の科学では「ゼウスがヘルメスの地位を乗っ取った」と言われていますが、

正しくは、「大川ヘルメスがゼウスの地位を乗っ取ろうとした」ということでしょう。

ということは、この時点で、既に「毒麦」の種が混じっていたのではないか、と思われます。

したがって、初期の頃から追ってみても、「何らかの霊が降りてきていた」とかいうのが事実だとしても、

「大川隆法が100%正しく霊の言葉を伝えていた」ということは、疑問なのではないかと思います。

ということで、これからもブログの更新を楽しみにしています。


<Rさんからのメール>

はじめまして。

私は幸福の科学の信者を身内に持つ家族のものです。

末端信者のその家族の意見として読んでいただければ幸いです。

身内は大変真面目で正義感が強く、初期の幸福の科学の教えに大変感動し、すぐに入会しました。

時間もたたず地区長や植福担当など責任のある役職を与えられ、身内の性格も手伝って、家族を犠牲にして活動していました。

子供の運動会、町内の行事はHSの行事によって欠席が多く、東京ドームに行くために借金までしての活動でした。

大川総裁やHSの批判をしようものなら家で暴れ大変な状況でした。

家庭ユートピアなど遠いものでした。

当初から私自身は冷めた目でHSをみていました。

今では総裁の言動のおかしさ、身内の活動による金銭感覚の麻痺は、私自身をより冷静にしていました。

種村様、あなた様のHS幹部としてのご活躍、そして本当に心から国の救済を志した純粋な思いに尊敬の思いを持ちました。

HSにもこのような方がいたことに救われた思いです。

そして、現在。

本当にHSの犠牲になった方のために実名にてのHSとの戦いは大変な決断だったと思います。

今、私は身内を救済すべく色々な方にアドバイスを受けながら身内の脱会に力を注いでおります。

ただ、身内にHSの反論、総裁の反論をしても酷い反発を受けるだけなので黙っています。

最初の選挙以来もう3年でしょうか。

絶対、家族を脱会させる・・・という気持ちでいます。

HSの現実、総裁の真の姿、何とか末端の信者まで知る事ができることはないかと思います。

本当に純粋な心の持ち主が多いのです。

HSや総裁に騙されている事が悔しくてたまりません。

影ながら種村様の活動を応援して、末端信者である身内の目に触れることを願っています。


<Rさんからのメール・続編>

恐縮ながら「真実を語る」は今後、どのような形をとっていかれるのでしょうか?

今までネットでは・・・元職員の方が告発をされていますが、種村様は実名での告発です。

これは教団にとっても、残っている信者にとっても大きな打撃だと思います。

種村様のお名前は初期からのHS信者であれば知らない方はいないと思います。

身内である主人も、同じ地区の会員さんからあなた様の件を聞いているようです。

種村様のHSへの全面的の闘う姿勢に「光」を感じています。

「真実を語る」の名前どおり、HSでの本当の事を知らせていただければ幸いです。

これからも真実を語ってブログを更新していただける事を切に願っております。

絶対なる「善」絶対なる「愛」絶対なる「真実」は本当の神は大きな力をお貸しくださると信じています。

読者の皆様からいろいろメールを頂いておりました。

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<Iさんからのメール>

どうやって抜け出たらいいかわかりませんでした

洗脳が解け始めていますありがとうございました


<Kさんからのメール>

陰ながら応援してます。

貴方の勇気や信念に敬服いたします。

私も幸福の科学の信者でした。

フライデーデモにも参加してました。

しかし、数稼ぎだけの伝道運動に嫌気がさし、休眠会員になりました。(この名称自体嫌いでしたが)

元々、高橋信次さんを信じていたので、方便宣言から不信感はありました。

そして、いろいろ過去に定義していたことを書籍化していたにも関わらず、都合の良いように変えたりすることや、

彼の言ってることと行っていることの差が激しく、信用しなくなりました。

決定的だったのは、大川隆法の離婚騒動での前世撤回です。

何十年も一緒にいて、釈迦の生まれ変わりを自称する人物が他人の前世も観れないなんてあり得ません。

ましてや妻なんですから。

私の知り合いも職員でした。

今はどうしてるか分かりませんが、早く還俗してまともになって欲しいと願ってます。

また被害にあった女性達も早く立ち直って欲しいです。


<Sさんからのメール>

いつも楽しみにして「真実を語る」を読んでいます。

僕は現役の信者ですが、ここ数ヶ月で急速に大川隆法氏に対する信頼をなくしました。

幸福の科学は「ファイナルジャッチメント」という映画を上映しましたが、今年は教団にとって「ファイナルジャッチメント」の年だと思います。

「真実を語る」は説得力があり、勉強になります。

応援しています。

真実を明らかにしていってください。

神はこちらについています!


<Sさんからのメール・続編>

「真実を語る」は素晴らしいです。

大川氏のすべて否定はできないですが、隠蔽は良くないです。

僕は法的なことには無知ですが、被害者の中で一人でも証言する方がいれば、ほぼ「詰み」でしょうね。

応援します。

真実が明るみとなることを神に祈ります。

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<Hさんからのメール>

私も種村修氏と同じ宗教法人に会員として活動した経験が20年あります。

結婚も当時の支部長が、「一生この活動をする気なら会員同士が良い」との勧めで、婚活時期でしたから、タイミングよく出会った女性と一緒になりました。

私の入会のきっかけはというと、私はちょうど仕事と結婚問題に行き詰っていました。

悩んでいたこの時期にある人から書籍を進められて、何かに救われたいという思いで読みあさりました。

高級霊の啓示という形で書籍が本屋に並び、理解できないこともありましたが、涙が溢れることもあり、これは心の声なんだと信じきって入会しました。

今、思えば心の闇に悪魔が食いついたと感じます。

入会して、支部恒例のクリスマス会に出ました。

純粋そうな女子大生が突然泣き崩れ、有名な霊人のような感じでものすごい演説を始めました。

その子は完全に体を乗っ取られ仲間を叱ったり、励ましたりします。

皆驚いて「奇跡が起きた」といいました。

幕末の志士のような霊人が、今度は別の若い男性に乗り移り暴力を振るったりします。

不思議でしたが霊現象は初めてです。

何か自分が特別な人間だと信じるようになりました。

今、思えばもっとも危険な考えです。

教祖は絶対だと信じきる、または信じたいという心の中には、自分の社会的状況と立場に納得できないという劣等感がありました。

その劣等感を埋めてくれる気がして、支部に通い、仲間と一般常識では考えられない教祖の話をして、自己満足に浸りました。

でも、そこを離れたらまた現実に逆戻りです。

教祖が唱える世紀末論を信じきって、早く天変地異が起きて人類の大部分が死に絶え、私たちの理想郷が来れば良いのにと思う気持ちが当たり前のようになりました。

そこには愛とか優しさとか、教えの中にあるものとまったく逆でした。

意外と皆さん、恐れ、不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句、心配事、人が許せない、ついてない等の言葉が多く、私もその中の一人でした。

ただ、自分たちは特別な選ばれた人間だという気持ちが自我を満足させて、覚せい剤のように逃避の材料になっていたと思います。

よく我が家が集会に使われました。

一見人が良さそうな方たちです。

でも、金銭等の話や自己実現等の話になるとまったくかみ合わず、教祖を信じて指示通りにすれば間違いないとのことでいつも終わります。

私は孤独感が募りました。

狂ったような神風式の伝道のおかげで昔の友人も離れ、心の安らぎなどまったくありません。

その後は成功理論等を教祖から学んだり、高額な祈願等を受けました。

人生の曲がり角(転職等)には、やはりまだ信じたいという気持ちがあり、支部長の巧妙な誘いに負けて、考えられないような金額の研修等も受けました。

結果は更なる悲惨な人生を歩み転落の一途です。

不思議なくらい堕ちていく私を見て家内も私を見限り始めました。

これはおかしいと感じ、図書館で偶然つかんだ本で、疑問が一度に解けました。

友達にそれを勧めると、その人も布施をしなくなりました。

家内とその家族からすれば仏敵です。

家はぐちゃぐちゃになり、離婚しました。

その後、人生のリハビリをして心を立て直していくうちに、不思議とひらめきが来て、心の声に従うと奇跡が起きました。

不可能とされていた、世界一のシェフが考案した、料理の概念を超えたといわれる調理法、調理名の製品を流通させるように形状安定化に成功しました。

世紀の大発見といわれる発明が出来たのです。

特許を出願しました。

新たな地場産業に官民共に期待していただき、現在は創業支援を受けながら、世界初の製品を製造、販売まじかです。

最高に幸せな日々です。

思い出しました。

実は義妹が過去の罪を全て仏の慈悲によりなくすという奇妙奇天烈な高額祈願を受け、完全に動物霊に魅入られました。

精神病院直行です。

ある人が曰く。

神は正当な努力を求める。

動物は努力をしない。

そんな努力が要らない祈願を受けたらどんどん運勢が堕ちるよ!

面白がって行っちゃだめだよ!

と言いました。

前宗教は目の前で、その言葉の正しさを証明してくれました。