「鹿児島大学発の新たな脳卒中リハビリテーションと作業療法への期待 」
私はリハビリテーション科の専門医として、様々な疾患や外傷などによって生じた心身の障害に悩む患者さんの診断や治療に携わってきました。患者さんは、私たち医療職と出会うまで、皆それぞれに人生の歴史があります。病気や障害によってそれまでの生活は一変し、家庭や社会へ復帰する際には、それらの背景を踏まえた上で治療プログラムを立案、実行する必要があります。心身の機能回復や活動性の向上には多くのリハビリテーション専門職からなるチーム医療が欠かせません。そして患者さんに寄り添って、様々な日常生活の活動を通して心身の両面にアプローチできる作業療法士(Occupational therapist, OT)の存在は、今日のリハビリテーション医療には欠かせません。
鹿児島大学病院(653床)は県内唯一の特定機能病院として、医科・歯科合わせて16の診療センターからリハビリテーション医療の依頼を受けます。リハビリテーション部門の活動は多岐にわたりますが、作業療法の特徴としては、様々な臓器のがんや、脳卒中、神経難病などの脳神経疾患、そして運動器の手術後など、小児から高齢者まで対象は幅広く、主に疾患の急性期の作業療法を実践していることが特徴です。
また「特定機能病院リハビリテーション病棟」では、主に脳血管疾患や運動器疾患の回復期の患者さんを対象として、運動麻痺回復のための新たな運動療法である「促通反復療法(川平法)」をはじめ電気や振動、温熱などの物理的刺激、そして近年ではリハビリテーションロボットや、ブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)を組み合わせた新たな併用療法を実施しています。そして病棟の専門職からなるチームで一丸となった日常生活活動(ADL)の訓練を実践し、患者さんの家庭復帰、社会復帰を支援しています。
今後、多様化する疾患や病態、そして新たな医療や患者さんのニーズに対応していくためには、作業療法士の方々の豊富な知識と卓越した技術は欠かせません。本講演ではリハビリテーション医療の最前線とその中での作業療法士の活躍の一部を紹介します。
「促通反復療法を基盤とした上肢麻痺治療」
促通反復療法は、川平和美名誉教授(鹿児島大学)の長年の経験と神経科学を基盤とし、開発された片麻痺の機能回復を目的とした運動療法である(川平, 下堂薗, 野間 2017)。特徴としては、促通刺激(皮膚反射や伸張反射)を用い患者の意図した運動を実現し、それを反復(100回)することである。
促通反復療法は手技を習得すれば、療法士が治療台だけではなく、病室のベッドや車いす座位など場所や肢位を選ばずに実施ができる。そのため、日本リハビリテーション医学会認定病院の約半数の施設で実施されており、社会実装ができている数少ない日本発の治療法といえる(Miura and Shimodozono ほか 2019)。
上肢麻痺に対する促通反復療法の有効性を示したエビデンスとしては、脳卒中回復期(Shimodozon ほか 2013)や慢性期(野間, 城之下 ほか 2008)などで報告されている。また最近では、さらなる回復を促進する目的として非侵襲的な末梢刺激である振動刺激[Noma and Matsumoto ほか(2009, 2012), Miyara and Etoh ほか(2014, 2018)]や電気刺激[Shimodozono et al., Brain Inj. 2014, Hoei and Shimodozono et al., Physiother Theory Pract. 2022, 豊栄 ほか(2021, 2022)]などを促通反復療法に併用して実施している。そこで今回の講演では、促通反復療法と振動刺激療法・電気刺激療法の併用について概説する。
「作業療法に評価は必要ですか?」
作業療法における「評価」と聞くと、時間がかかったり、検査にはスキルが必要だったりと、面倒なことのように感じてしまうこともあります。けれども、作業療法における「評価」には、以下に示すような様々な意味や意義があります。
1.介入の手立てとするための「評価」
2.クライエントとの協業のための「評価」
3.作業療法の効果を示すための「評価」
作業療法はScienceでありArtであると言われるように、その介入の手立てや効果のメカニズムが伝わりにくいという点があります。しかし、作業療法の効果を示すことは、この職種の独自性と有用性を伝え、社会的な立場を守るためにも重要といえます。そして、誰にでもわかる形として「評価」が客観的指標として必要となります。作業療法が一体何をなす職業なのか、そしてそれにどれだけ長けているのかをクライエント・雇用主・世間・行政に知ってもらうためにも、「評価」は必要不可欠といえます。このように、作業療法と「評価」は切っても切れない関係性にあります。本講演では、作業療法における「評価」の意義について、上記の3つのポイントについて臨床的な例を挙げながらお話しさせていただきます。
「脳腫瘍と小児がんにおける作業療法の重要性」
がん患者に対するリハビリテーションの研究はまだ発展途上にあり、その効果については未解明の部分が多く残されています。本シンポジウムでは脳腫瘍および小児がん患者のリハビリテーションにおける作業療法について、最新の研究成果や臨床事例を交えて解説します。作業療法は、化学療法や放射線治療中および治療後の患者の生活の質を向上させるために不可欠な役割を果たします。特に、小児がん患者に対する治療の一環としての作業療法の実践や、脳腫瘍患者における術後の機能回復の重要性、生存期間との関連に焦点を当て、大学病院での具体的な介入事例も交えてご紹介します。
「化学療法による有害事象に対する作業療法の可能性」
近年,検査や治療技術の進歩に伴いがん患者の生存率は向上してきており,がん患者は,長期化するがん治療の中で,がんそのものによる症状だけでなく,様々な治療に伴う有害事象によって,心身機能の低下を招き,ADLやQOLに悪影響を及ぼす.
がん薬物療法による主要な有害事象の一つに化学療法誘発性末梢神経障害(Chemotherapy-induced peripheral neuropathy: CIPN)がある.CIPNは,四肢末梢に優位に出現する痺れや痛みなどを主症状とし,慢性的に症状が残存することも少なくない.上肢に関しては,手指症状の出現・増悪によって,セルフケアや家事,趣味,仕事など,様々な場面に影響を及ぼすことが報告されている.しかしながら,このような上肢を用いた生活障害の客観的な評価やその要因等に着目した報告はなく,詳細は不明である.また,これまでに,薬物療法および非薬物療法ともにCIPNに対する様々な治療法や予防法の有効性が検証されてきているが,十分にエビデンスの確立されたものはなく,CIPNに対する介入戦略を検討していくことは喫緊の課題である.そこで今回は,上肢にCIPNを呈した患者の生活障害やその要因や介入効果について、これまでに経験した事例や一連の研究内容について概説したいと思う.
「実臨床における手の評価」
手外科治療の最大目標は生活で使える手,使いやすい手などに表現されるuseful handを獲得することにある.専門分野の学会発表で用いられている治療効果判定に使われたアウトカム評価をみると,これまで可動域や筋力,疼痛,知覚などの機能的評価で行われてきた.近年はそれらに上肢障害評価表DASH(Disability of the Arm, Shoulder and Hand)などの患者立脚型評価を加えて報告することが主流となっている.回復した手が患者の生活にとってどのように実用的かを評価し,示す必要性がより高まっている.現状ではuseful handを評価する単一の評価基準はないため,複数の評価表を用いてそれを捉えようとしている.かつ,近年は発表スライドに動画媒体を用いる人が実に多い.百聞は一見に如かずで,手の可動域や筋力等の個々の評価にて作業能力を解釈するより,動画を見ることで速度,滑らかさ,力強さなど手のパフォーマンスが格段に分かりやすいからである.これの数値,データ化が課題である.治療効果判定のための評価は標準化された評価であることが要求され,時間や労力も必要で,定期間隔で行われていることがほとんどである.
実際の臨床場面では患者治療に必要な評価は毎回行われており,評価即ち治療ともいえる.手外科分野では外科的手技の進歩と早期運動療法などの発展にて,組織治癒を待たずに急性期から早期リハビリテーションが開始され,好成績が獲得されている.担当セラピストは,患者の手の病態や障害を即座に把握(評価)し,将来を推測して回復方法を立案,修正することが求められる.具体的には医師による診断,初期治療内容,画像および手術所見などの情報収集からはじまり,患者の手の炎症症状,運動,知覚などの臨床所見,その回復状況の把握などである.丁寧かつ大胆で効果的な訓練を行うには,これら評価に基づくことが肝要である.治療即ち評価することで回復が順調か否かを知る.強固な拘縮に陥った手の改善は難しく,危惧される場合は医師の指示を受けすぐに解決法を検討する.本講演では手外科患者の治療に必要な手の拘縮評価の実際を解説する.
「異常感覚を紐解く」
-疼痛やしびれ感の病態および介入戦略-
末梢あるいは中枢神経系が障害されるとしばしば触れると痛い「アロディニア」や持続的にビリビリやチクチクと知覚される「しびれ感」が生じる.これらの神経症状は「異常感覚」と総称され,アロディニアは神経の可塑的変化や中枢性感作,しびれ感は感覚神経障害による自発性異所性発射が主な病態として考えられているが,実際には多様な要因が複雑に絡み合っている.また,異常感覚はADLやQOLを阻害するため,治療介入の必要性は極めて高いといえる.一方,アロディニアやしびれ感に対するリハビリテーションは,病態の複雑さや効果の乏しさから臨床場面でも難渋することが多いのではないだろうか.特にしびれ感においては,薬物療法の効果と乏しく,かつ有害事象のリスクも報告されている.
そこで我々はしびれ感に対する新たな介入方法として,しびれ同調経皮的電気神経刺激(しびれ同調TENS)を開発した.しびれ同調TENSは刺激強度と周波数を主観的なしびれ感の内省に一致させる手法である.このしびれ同調TENSにより,神経障害由来のしびれ感が即時的に著効するとともに,表在感覚やアロディニアの改善も認めた.(Nishi Y et al, 2022).さらに,多発性硬化症や脳卒中後の症例を対象とした効果検証では,しびれ感に対する持ち越し効果を示した(西ら 2023).一方,重度感覚障害の症例では,電気刺激をしびれ感に同調させることができず,同一疾患であっても効果は一定しないことがわかっている.
本講演では,異常感覚の病態を紐解くとともにしびれ同調TENSについて概説し,異常感覚の理解を深める機会となれば幸甚である.
作業療法士の役割と未来を共に考える
岩手県作業療法士会 会長 藤原 瀬津雄
沖縄県作業療法士会 会長 下里 綱
鹿児島県作業療法士協会 会長 吉満孝二
南北約2000キロ離れた岩手県、鹿児島県、沖縄県の作業療法士会会長が一堂に会し、各県での取り組みを共有し、作業療法の未来を語り合う貴重な機会となります。IKOT(イコット)は、岩手(I)、鹿児島(K)、沖縄(O)の頭文字と、作業療法士(Occupational Therapist)の略称OTを組み合わせた名称です。昨年度、「日本作業療法士協会及び都道府県作業療法士会48団体連携協議会(通称、よんぱち)」のグループワークで、3県士会長が意気投合したことがきっかけでした。その後、令和6年4月に「IKOT協議会」を結成することが決まりました。IKOT協議会の目的は、「各県士会の地域貢献の推進」「会員の臨床力・研究力の向上」「士会の組織力の向上」を図ることです。これにより、地域の特色を活かしながら共通の目標に向かって取り組むことができると考えています。令和6年4月以降、IKOT協議会ではTeamsを活用して定期的に意見交換を行うとともに、オンライン定例会を開催し、情報共有や共同プロジェクトの計画を進めています。この度、第33回鹿児島県作業療法学会では、IKOT協議会の共同プロジェクトの一環として「IKOT交流会」を開くことになりました。この交流会では、各会長がそれぞれの県での先進的な取り組みや成果を紹介し、参加者の皆様と意見交換を行います。
【岩手県作業療法士会の取組】
岩手県士会は、2011年の大震災を契機に地域リハビリテーション事業に取り組み始め、現在の地域包括ケアシステムへの対応を進めてきました。その中で県の地域リハシステムに合わせた二次医療圏毎の支部活動とその目的・内容について報告いたします。またリハ職が不足している市町村対する士会としての支援取り組みについても紹介いたします。
【沖縄県作業療法士会の取組】
沖縄県士会では、研究や臨床、そして県士会活動を担う若い作業療法士の育成に力を入れています。現状の課題とそれに対する方策、そして若手の作業療法士がどのようにして県士会活動に参加し、成長していくのかについての具体的な取り組みを共有します。
【鹿児島県作業療法士協会の取組】
鹿児島県士会では、結婚や妊娠・育児、そして転職を考える中堅・若手作業療法士、さらには職場の管理職として同僚の産休・育休、離職の問題と向き合うベテラン作業療法士が、より充実したワークライフを送ることを支援するための取り組みを紹介します。
この交流会を通じて、3県の作業療法士が一体となり、互いの知見と経験を共有しながら、地域社会の健康と福祉に一層貢献することを目指すとともに、IKOTの活動によって得られた示唆やアイデアが、他の都道府県の士会にも広がり、日本全体の作業療法の発展に寄与することを期待しています。
この交流会は、多くの問題を抱える私たちの仕事に改めて関心をもっていただきたいと思っています。岩手県・沖縄県・鹿児島県の作業療法士の皆さん、県士会活動を担っている理事・部員・代議員の皆さんのオンライン/対面でのご参加を心よりお待ちしております。