さっき、親父が死んだんだよ。
死んだっつーか、殺したっつーか…。いやぁ、元々長くないって医者も言ってたし、ありゃしょうがなかったんだ。
全部話せばまあまあ長くなる気がする。
正直それどころじゃない。下っ腹からはちょっと黒めの血が溢れているのが見えるし、黒い血ってやばいんじゃなかったっけ…。あの野郎、変なとこ刺しやがって。
話が逸れちまった。親父って言っても肉親じゃなくって、ほらあれ、親子の盃を交わした仲ってやつ。
そ、暴力団組員なのよ。
そこそこでかい組で若頭やってたんだが…、まぁカシラってのは継がなきゃなんないわけだ、組を。
それが嫌だったから、継がされる前に足洗おうと思って親父のとこに行こうとした訳。
そしたら、ちょうど召集がかかってさぁ。
嫌な予感がしてよぉ。んで、その予感は当たっちまった。
ベッドに括り付けられて、身体中のあちこちからよくわからん管が伸びてる親父の姿からは、元気だった頃の威厳みたいなもんは一切感じられなかったなぁ。
大人しく寝てりゃいいのにさぁ、カシラ二人を目の前に立たせて、長々と書いてありそうな遺言状を読み上げ始めちゃってさ。
ん?そこそこでかいっつったでしょ、ウチは若頭が二人いんのよ。西と東に分かれて治めてた感じ。
なのに、親父が跡継ぎに選んだのはおれの方だったんだよ。
選ばれないようにテキトーやってたってのにさぁ。
だからその場で親父に抜けるって言ったんだよね。
したらさぁ、ショックで逝っちまった…。
いや、その時はひっくり返っただけかと思ってたんだけど、後で聞いた話だと死んじまったらしくって。
もうその場は大騒ぎよ。そこに居た全員に殺されそうな勢いだったから急いで逃げたんだけど、その先で合流しようとした舎弟に刺されちまってこのザマだ。
全く…ツイてねぇよなぁ…。
そう言って、震える手で煙草に火をつけた。
目の前の大男はニヤニヤ笑いながらおれの話を聞いているだけだ。
さっきまで感じる暇もなかった痛みがじわじわと襲ってくる。痛ぇ。
やっぱもう死んじまうのかなぁ。
────。
命からがら逃げた先は見慣れない街で、目の前には二人組の女の子が立っていた。そっくりな顔を見るに、おそらく双子だろう。
彼女らはおれの格好を気に留めることもなく薄く微笑んだ後、この街…禍電街の案内を始めた。
正直二人が話してた内容は全然頭に入ってこなかった。
病院があると教えて貰ったし、とりあえず休みたいとも思ったが、そこら辺の医者にかかるわけにもいかない。
そんなことをぼんやり考えながら、昼間だってのにやけに暗い街の中をふらふら彷徨っているうちに空き地にたどり着いた。
鳥居と祠があるから正確には空き地ではないのかもしれない。
おれはその祠に誘われるように鳥居をくぐった。
真っ赤な彼岸花の群れが一斉にこちらを見る。
いや、そんな気がしただけだと思う。
その時にはもう、祠の扉に手をかけていた。
すると、祠自体が鈍い音を立てながらゆっくりと動いていき、その真下に人が一人入れるくらいの大きさの穴が見えた。
何言ってんだって感じだけど、ほんとにそうなってんだもんよ。
そして、なにかに突き飛ばされるように、おれはその穴に頭から落ちていった。
落ちた先にはクソでかい畳の部屋が広がっていて、おれが襖の方(これもまたクソでかい)に目をやると、襖が一斉に開いていった。
なにがなんだかわからないまま、開いた先を見ると、明らかに大きさのおかしい何かがいた。こんなでかい人間を見るのはさすがに初めてでビビったよ。
そいつは早くしろと言わんばかりに手招きしている。いや、実際早くしろって言ってたと思う。
で、話は冒頭に戻る。
部屋には紫煙が揺らめいているが、男が気にする様子はなく、それどころか自分もでかい煙草を取り出して吸い始めた。そんなんどこで売ってんだ。
呪い屋を名乗る男はおれの話を一通り聞いた後、口を開いた。
「あまりにも面白いなお客様。とはいえ俺にその怪我を治してやる義理はない。医者でもないから電を貰ってもやらんがな」
そりゃあそうだ。というか別にそんなこと期待して来たわけじゃないし。
「だが、復讐なら手伝ってやろう。お前をそんな目に遭わせた酷ぇ奴らに鉄槌を下そうじゃないか」
いやぁ別に復讐とかしてもなぁ。
言いたいことが顔に出ていたのか、呪い屋はおれを見ると、妙な奴めと不服そうに吐き捨てた。
「チッ、誘い込まれてきたというのにその気がないとは…。というかなんでここに来たんだ、医者ならもっと手前にあるぞ」
「死に抗う気力ももう無いか」
そうだなぁ。
もう生きるのにも飽きちまったし、このまま死んじまっても…。
いや、やっぱ死ぬにはまだ早い気もするよな。だから逃げてきたわけだし。
そう呟くと、呪い屋はケタケタと笑い声を上げた。
「図々しい奴め。丁度いい、うちで使ってやる。その苦痛を取り除く代わりに永遠という絶望を与えてやろう」
呪い屋はそう言うと、おれの心臓辺りにそのでかい指先を押し付けてきた。
その瞬間、心臓が燃えるように熱くなったが、そう思ったと同時に何も感じなくなった。刺された腹の痛みも。
いや、感覚はあんのよ。痛みだけが抜けちまった感じ?
それから呪い屋は間髪入れずにこう続けた。
「契約成立だ。これより貴様を我が眷属と定め、この伽藍堂の店員となることを認めよう。名を、『篝火』。頭を垂れよ」
言われるままに頭を下げると、祭壇に置かれた蝋燭の火がいっそう強く燃え上がった。
よくわからんがどうやら助かったらしい。
「まぁ、この話はフィクションなんだけどね」
目の前で大人しく話を聞いていた天の火が小さく眉を顰め、その膝の上で文字犬が不服そうに唸った。