樹木葬・永代供養・合同墓
開創四百五十年の古刹
樹木葬墓地の見学会を実施中です。お気軽にご来寺下さい
樹木葬・永代供養・合同墓
開創四百五十年の古刹
浄慶寺 jokei-ji temple 浄慶寺は総本山知恩院の直末で、武田信玄公家臣、鷹野淡路守が息子三四郎の菩提を弔うために天正四年(西暦1576年)この地に堂宇を結んだのが始まりと伝えられ、2025年、開創450年を迎えました。
本尊の阿弥陀如来三尊像は室町時代に造られた秀作で、昭和町の文化財に指定されています。
境内には念仏供養塔、六地蔵、開基の石像など歴史ある遺跡が残され、4月には花穂の長さが120センチにも及ぶ藤(ノダフジ)が咲き誇り、参拝者の目を楽しませています。
浄慶寺の本尊は、ヒノキの寄木造の技法で造られた阿弥陀三尊像(中尊が阿弥陀如来、両脇侍は観音菩薩と勢至菩薩)です。制作技法は、院派仏師の手になるものと考えられています。阿弥陀如来の胎内から、「明応六(一四九七)年」と墨書された紀年銘が発見されました。 三尊像は、浄慶寺が開創された天正四(一五七六)年以前に造られています。室町時代に遡る作ですが、詳しい経緯はわかつていません。「密教系の寺院か鷹野淡路守によって再興されたものではないか」という説もあります。
開基 鷹野淡路守父子碑
徳音さんと念仏供養塔
鷹野淡路守は出家し「徳音」と名乗りました 地元の人は親しみを込めて「徳音さん」と呼んでいます。
右の念仏供養塔は天明の大飢饉で亡くなった人々の供養のため建立されたものと思われます。
ご挨拶
私が幼いころ、お寺は地域の人たちが集まる場所でした。浄慶寺は宗祖法然上人の「共生(ともいき)」・「お念仏」の教えを礎として、皆さまとの「ご縁」を大切にする、心のよりどころとなるお寺でありたいと思っています。この「ご縁」を通じて、皆さまと日々の生き方をちょっと振り返る、ほっとするひとときを共有できたならうれしく思います。どうぞお気軽にお立ち寄りください。
徳音山 浄慶寺 曽根孝順
浄土宗
浄土宗はjodo.or.jp/ 、法然上人が開かれた仏教宗派で、「南無阿弥陀仏」と念仏を称えることで、誰もが阿弥陀仏の救いにあずかれると説いています。平易で親しみやすい教えが特徴です。