真宗髙田派
深 正 寺(じんしょうじ)
「朝に礼拝 夕に感謝」
「朝に礼拝 夕に感謝」
電話 059-228-4554
開門時間
午前7時~午後6時
・近鉄江戸橋駅徒歩5分
・国道23号線上浜三丁目交差点から西へ200m
~深正寺の沿革と寺宝~
沿革
開基諦順
諦順俗姓は、茅生の城主俵藤太秀郷の末葉にして、春日部正信という。元和元年(1615)大阪城落城の際、父正純討死し、正信出家して伊勢国へ走り、高田本山第十三世堯眞上人に帰依して深正寺を開く。
寛永元年(1624)本堂建立。元録七年(1694)第七世泰隆の代、中川太郎右衛門平信斎の寄進により間口八間奥行八間半の現本堂を再建。
宝暦三年(1753)第九世玄郷の代に梵鐘製作。
文政十年(1827)第十三世了巌の代に山門新築。
第十五世諦応は、安政年間における本山跡継ぎ問題の際、後に高田本山第二十一世堯熙上人となられた有栖川宮幟仁親王の王子規宮を生命がけで護り、後年その功績に対し堯熙上人から「忠誠貫金石」の額を賜わった。なお、この時同時に加勢した安濃の松原寺にも同じ額が下付され、同寺に現存する。また諦応は医術をたしなみ、官許を得て「開鬱丸」を庫裏で調製し販売していた。
明治四十四年(1911)第十六世諦誠の代、鐘楼堂を改築すると共に境内地を拡張した。諦誠は本山横浜別院輪番を勤め、第二十二世堯猷上人の渡欧に際し、横浜市福富町に別院の本堂・書院を新築した。(諦誠示寂後、昭和三十七年(1962)親鸞聖人七百回遠忌報恩大法会厳修にあたり本山より表彰状の御下付があった)
第十八世英雄の代に、昭和十八年(1943)戦争のため梵鐘を供出したが、昭和三十六年(1961)再鋳した。昭和五十二年(1977)山門を改築した。
第十九世英宣は平成六年(1994)本堂大修理を行い、平成十五年(2003)に庫裏を改築した。また平成十九年(2007)鐘楼堂修理、平成二十三年(2011)に手水舎修理を行うなど、檀信徒から多大なる協力を得て境内を改修した。英宣は平成九年本山一光三尊仏御開扉法要事務局長を務め、翌年に当寺では初めて一光三尊仏出開帳を受けた。
その他、境内に高さ10m、幹周り180cmの黒松が2本、高さ5m、幹周り100cmの五葉松の古木がある。第十五世諦応が使用した医学書(解体新書全五巻ほか)その他古文書が多数現存する。
※昭和54年刊行「高田の寺々」より 令和6年加筆・修正
寺宝
・本尊阿弥陀如来木像
・親鸞聖人木像、親鸞聖人御絵伝四幅
・七高僧連座画像
・聖徳太子画像並二歳木像
・高田本山第十四世堯朝上人筆蹟
・絹本著色阿弥陀二十五菩薩来迎図
【三重県指定文化財】 ※写真
令和7年4月小修理
【法話の案内】
本会は戦前より続く会で、旧津市内の高田派、東西本願寺派の寺院で結成・活動しており、発足より今日に至るまで高田派法主を総理として活動しています。
毎月第一日曜日午後1時30分より3時まで例会として真宗講座を、7月末には朝6時より1時間暁天講座を開催。
例会では第一線で活躍する著名講師、暁天講座は東海地方を中心に活躍する布教師の方々にお越しいただき、僧侶同行共に聞法に励んでいます。
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リンク: 真宗髙田派本山 専修寺 (せんじゅじ)
リンク: 宗教法人 三重県仏教会