遅くなりましたが、皇城参拝の報告の言葉を一筆書かせて頂きました。
この度皇城に直に仰ぎ参じた者は五名。建国を祝う祝辞は十六通(あと二通ありましたが、当日お二人はいらっしゃったので、祝辞としては十六通と致しました)頂きました。拙き私に託してくださった皆様、本当にありがとうございました。千葉市にある自宅から徒歩で宮城を拝しに参りました。皆様のお陰様で途中足の苦痛を極めましたが、宮城を拝み奉ることができました。交差点を曲がった後、皇居を拝し、目から涙が溢れました。あの涙は、心の確かな大きな動きでした。少し経つと感謝と元気が湧いてきました。ありがとうございました。
しかしながらいざ本分たる参拝の式を遂行しました所、緊張が生じ大変拙きものとなってしまいました。準備不足故の滞り、一部漢字の読み間違え等もありました。誠に誠に申し訳ございません。言葉をもっと丁寧に、丁寧に使い、日頃の生活から心を磨いて、どんどん成長していかなければならないと深く感じ入りました。次はもっと良きものを陛下と神々に奉れるようにしていきます。しかしながら、元気と前向きな姿勢だけは、崩すことなく式を果たせたと存じます。
その後は初めて顔合わせる同志と言葉を交わし絆を紡ぎながらお昼ご飯をいただき、無事に東京大神宮にも参拝、靖国神社にも参拝しました。その後お茶して解散しました。
改めて、式を共にしてくださった春雲旭君、高橋龍輝君、そして忙しい中、一人皇居遥拝を果たしつつ、途中から参加してくれた大和國臣君。三人とも本当にありがとうございました。また励ましの言葉や、いいね、拡散を行って下さった方々、誠に励みになりました。ありがとうございました。そして今回の皇居参拝の話を聞くや、祝聖を作文し、その奏上も快諾して下さったきらさん、誠にありがとうございました。そして今回の催しが適切なものかの相談や、祝詞の確認、更には夜間わざわざ逐一dmで気遣い頂いた下山陽太様、誠にありがとうございました。下山様と私を繋げて下さった石破肇国君にも、感謝申し上げます。ありがとうございました。またわざわざ困った顔をしつつも、おにぎりを作ってくれた母親に、感謝を捧げます。
他にもすれ違った数多の人々、会釈を返してくれた人達。江戸川の橋で、褒めてくれたお兄さん、その日はありがとうございました。全てに感謝致します。ありがとうございます。私達の覚悟と決意と絆は、いつも如何なる困難も乗り越える。この国の幸せがいつまでも続きますように。
皇室の彌栄と、御国の発展をお祈り致します。
仁知弥礎佑隆
かけましくも畏き天皇(すめらみこと)の宮城の大前に、臣◯◯◯◯が恐み恐(おそれ)み白さく、朝夕(あさよひ)に神徳(みうつくしび)を仰ぎ恩頼(みたまのふゆ)を民自ずと蒙り(かがふり)奉(まつ)れる事を知りて、肇国(はつくに)より二六八六年を祝い奉るべく集いし醜の民◯名と奉るべく賀詞を託しし◯名、今その嬉しみを慎み敬い拝(おろが)み奉る此状(このさま)にて恐み恐み白さく、高天原に神留坐す神漏岐・神漏美命以ちて、豊葦原の水穂の国を万(よろず)千秋の長秋(ながあき)に平らけく知ろし食せと事依し奉りき随(まにま)に、神日本磐余彦天皇(かむやまといわれひこのすめらみこと)の高き厳(いつく)しき大御徳(おおみとく)以ちて、食国天の下(おすくにあめのした)を平げ給ひ調(ととの)へ給ひて、大和国(やまとのくに)の畝傍橿原(うねびかしわら)の底つ岩根に大宮柱(おおみやはしら)太敷き立て、高天原に千木高知りて、天つ日嗣の高御座に坐して、肇国(はつくに)知ろし食ししより皇御孫命(すめみまのみこと)の御代御代弥継継(みよみよいやつぎつぎ)に承け継ぎ伝へ来坐して、弥広(いやひろ)に弥遠(いやとお)に立栄え行く大元(おおもと)を恐み恐み奉り辱(かたじけな)み奉りて、今日の言寿(ことほぎ)の賀詞を神寿ぎ寿ぎ奉らくは、皇大御神(すめおおみかみ)の定め給ひ掟て給へる事の随に、天つ日嗣の大御位(おおみくらい)は天地(あまつち)と共に久しく、日月(ひげつ)と共に遠く弥益益に御栄(おんさかえ)坐さむ皇大朝廷(すめおおみかど)の大御稜威は、天の壁き立つ立つ極、国の弥次次に広り(ひろり)行きて、国の退き立つ限、弥次次に広り行き、国民(くにたみ)の尽くし活き幸く遂(すい)、益益と成り行かせ給う恩頼に報い神寿ぎ寿ぎ奉らくを、平らけく安らけく聞食せと恐み恐み白す。
巍巍金相堂堂覺皇、三界獨尊萬靈歸
庵門紀元令辰
上來現前清衆 仰拝宮城 所集鴻因端爲
祝獻
總日本國内大小福徳一切神祇
專祈
國土昇平 干戈不起 萬民和樂 五穀豐登
更冀
今上皇帝聖壽萬安
金剛無量壽佛 仁王菩薩摩訶薩 摩訶般若波羅蜜
【書き下し】
巍巍(にに)たる金相(きんしょう)堂堂(たうたう)たる覺皇(かおう)、三界の獨尊萬靈(ばんれい)を歸仰(きおう)す
庵門(あんもん)紀元の令辰(れいしん)に遇い
上來現前清衆(せいしゅう)は宮城(きゅうじょう)を仰拝(ぎょうはい)す
集むる所の鴻因(こういん)は
総日本國内大小福徳一切の神祇に祝獻(しゅくけん)し
專に祈るらくは
國土昇平、干戈(かんか)起らず、萬民和樂にして五穀豐かに登り
更に冀わくは
今上皇帝聖壽萬安(せいじゅばんあん)
の爲にならんことを
金剛無量壽佛(こんごうむりょうじゅぶつ)仁王菩薩摩訶薩(にんのうぼさつまかきょう)摩訶般若波羅蜜(まかはんにゃはらみた)
紀元2686年を迎えられまして、誠におめでとうございます。二六八六年前の神武天皇即位の日から、今日まで日本国の繁栄と幸福が続いてきましたことは世界でも類を見ない長い歴史でございます。この先も日本国の益々の彌栄を祈ります。本日は誠におめでとうございます。
紀元節に当たり、畏くも神武天皇陛下の御即位を奉祝申し上げます。 畏れ多くも、今上天皇陛下におかせられましては、永久の弥栄をで拝祈申し上げ奉ります。 天皇陛下万歳
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皇尊弥栄男系万歳
喜多(翡翠の会会員)
皇紀二六八六年紀元節につきまして皇室と日本国の更なる弥栄を祈念しお祝い申し上げます。
紀元節を迎え、神武天皇陛下のご即位を畏くも謹んで御祝い申し上げます。
皇紀二千六百八十年を迎えられたこと、先人への感謝を忘れず、この国の文化、伝統の弥栄を祈念致します。
すたやす
神武天皇陛下御即位におかせられまして、本年にて皇紀二千六百八十六年を迎えさせ給う事を誠に畏くも謹んで御祝い申し奉ります。天皇皇后両陛下萬歳。
本日、紀元節という皇国の節目を胸に、皇室ならびに国の安寧を祈念し、我が国の建国の理念と、連綿と続く歴史を心に刻み、日本が日本として在り続けることを、ここに確認いたします。
高橋龍輝
伏して惟みるに、悠遠なる建国を記念する祝日を迎うるに当たり、その主旨を奉体し、記紀に聞く所の皇孫御降臨・神武御東遷、爾来代々の創業・守成の御大業に心を致し、また以て尽忠愛国の精神を新たに致さざるを得ざるなり。
蓋し、この二月十一日、古の正朔と比定されたる故を以て嘗て紀元節はこれに制定し給えられり、何ぞここに年始に賜りたる優渥なる御感想を仰ぎ、叡旨に感激せざるを得べけむや。
按ずるに、今や令和の鳳暦を重ぬること八年にして、昭和天皇以来御三代の平和・安寧は八十一年、これ明治大帝御東遷より百五十七年の半ばを曩に過ぎ少なからざる年月なりて、その間凡そ国運民生伸暢せざる時無く、皇謨皇徳の益々遠大なるを炳乎として証す。しかるに今日、情勢重大にして、億兆少なからず俄に生活に混乱を覚え、列国少なからず濫りに覇道を好みて紛糾し、光輝ある平和の困難、燦然たる発展の試練となれり。
現下の課題に臨み、愈々得難き国家百年の計を要するの秋来たれりと雖も、既に神祖以来の鴻業を敬慕せる上は、古今内外に知識を求め上下一心を以てせば邦家方今の難事を能く克服するを期し、以て希望を育まざるは無きならむ。
令和の昭代に享け聖沢に浴し、以てこの佳節を奉祝するを得たる歓喜に堪えざるの赤誠を奉り、匿名・代言・拙文の不敬ながら、一個臣民安直誠恐誠惶頓首謹みて、宝祚の無窮・聖寿の万歳を祈り奉る。
以上、同志朋友 仁知弥礎佑隆君に託し、皇居二重橋前に於て申せしめ奉る。
紀元節を心よりお祝いします。皇室と国家のさらなる繁栄を祈ります。
T
建国記念の日、誠におめでたく存じます。私は初代天皇であらせられる神武天皇の即位なされた日であるこの紀元節を、一日本国民として偲び、日本国の二六八六年にもわたる世界でも類を見ない繁栄に誇りを持つと共に、偉大なる先人への感謝の念を忘れず、天皇陛下を中心とした日本国の更なる発展、国体の護持と、恒久の平和の実現に微力ではありますがこれからも尽力して参ります。
お祝いの言葉と、私の決意を述べさせていただきました。
改めて、この紀元節に、心より慶び申し上げます。
天皇の世紀のために。次の百年のために、次の次の百年のために、次の次の次の百年のために
本日、紀元節を迎え、先人たちの歩みに思いを馳せ、国の歴史と伝統に感謝の意を表します。私たち一人ひとりが、国と国民の平和と安寧を願い、互いに思いやりの心を忘れず、共に調和のある社会を築くことができますようお祈りいたします。過ぎし日々の努力を偲びつつ、未来を担う世代の繁栄と安泰を願います。
今上天皇聖壽萬安
何某
我が国建国より二六八六年に際し心からお祝い申し上げますとともに、紀元二七〇〇年式典の開催と我が国の弥栄をお祈り申し上げ、短文ながらお祝いの言葉とさせていただきます。
春雲旭
本日で二千六百八十六年目の紀元節を迎え、神武天皇が橿原で即位してから一度も途絶えることなく、万世一系の皇統のもと日本が続いてきたことを心より嬉しく思います。これから先も、そのような日本が途絶えることのないよう、臣民として邁進して参ります。
富良野東明(翡翠の会会員)
畏くも紀元節の佳き日にあたり、謹んで天皇陛下並びに皇室の皆様に奉祝の誠を捧げ申し上げます。肇国の大業をおしのびしつつ、万世一系の皇統のもと、この国が今日まで連綿と受け継がれてまいりましたことを、臣民の一人として深くありがたく拝し奉ります。
天皇陛下におかれましては、常に大御心を国の内外にお向けになり、国民の安寧と世界の平和、次の世代の幸せのためにお祈りくださっておりますこと、誠に恐れ多く、厚く御礼申し上げます。皇后陛下をはじめ皇室方のご日頃のご公務とご慈愛の御心にも、臣民一同、衷心より敬意と感謝の念を禁じ得ません。
私ども臣民は、皇室の弥栄を仰ぎつつ、それぞれの持ち場においてつつましく努めを尽くし、この国のさらなる繁栄と道義ある社会の実現のために励みゆくことを、ここにあらためてお誓い申し上げます。
天皇陛下並びに皇后陛下のますますのご健勝とご多幸、皇室の弥栄、そしてわが国の永久の平安と繁栄を、臣民として謹んでお祈り申し上げます。
みとうと(翡翠の会会員)
紀元節おめでとうございます。
匿名
余寒の候
天皇・皇后両陛下ならびに 上皇・皇太后両陛下ご安寧のもと、本年も紀元節を迎えられましたこと、臣民の一人としてまことに慶賀に堪えません。
万世一系のもと本朝が今日まで続いてきたのは、ひとえに歴朝の御尽力によるものであると、日本史を学ぶ身として深く感じております。それは名君として知られる方々に限った話ではありません。 わたくしが専攻する歴史学は、文字資料から過去を復元する学問ですが、歴代天皇にまつわる史料を拝読すると、万民を想い、己を慎む謙虚な御姿があふれているように感じられます。試みに『伏見天皇宸記』を披けば、
「今夜より密々内侍所に参る。・・・是れすなわち四海を安めんがため、万民を済 (スク) はんがためなり。去年宝業 (ホウギョウ) を嗣 (ツ) ぐる後、・・・国の災難を生ずるは、身の不徳によるなり。・・・願はくは、世は豊捻 (ホウジン) に属し、民は悉く安きにおさめん。」(正応元年二月二十八日条)
即位後の天変地異に対し、それは自身の不徳の致すところであるとし、万民の救済を願って密かに祈りを捧げられる。こうした国難に際して神仏に祈る天皇の御姿は、枚挙に暇がありません。
また、南北朝時代の光厳上皇は、建武の動乱にて尊氏公と手を組むに当たり、日吉大社へ次の御製を奉納されました。(「光厳天皇御真筆和歌懐紙」)
「国乱れ 民安からぬ 末の世も 神々ならば 正し治めよ」
「神に祈る 我が禰宜 (ネギ) ごとの いささかも 我が為ならば 神咎め給へ」
世が乱れようとする時、自身の利益を捨てて民の安寧を第一とされた御心には、胸に迫るものがあります。
現存する史料には、聖徳のみならず、人間的な感情や日常が記されたものも多くあります。こうしたものも含め、生の史料に触れて、陛下の御先祖様の聖徳はもちろん、いち人物としての魅力やご苦悩をも知ることは、私たち国民が自然な敬愛の心を抱く糸口となるのではないでしょうか。理屈や相対的な評価ではなく、一人ひとりが歴史を通じた「実感」として皇室を愛する。これこそ、皇室を恒久に伝えゆく礎になると、信じてやみません。
本日の紀元節が、歴代の天皇に思いを馳せ、皇室の歴史の重みと有難さを改めて感じる一日となりますことを切に願って、紀元節奉祝のお言葉といたします。恐惶謹言。
令和八年二月十一日 京都にて
本日は皇紀ニ千六百八十六年をお迎えすることができわたくし臣民は慎ましくお慶び申し上げます。
天地開闢から現在に至るまで連綿と紡がれてきた御皇室の弥栄は世界に類を見ぬ誉高きことと存じます。
このように臣民は御代々の御仁慈を賜り続けているこのようなありがたきご縁を賜った日が紀元節あると存じます。
これからもわたくしは御皇室の弥栄と国家の繁栄をお祈りいたすと共に教育勅語の大御心にかなうよう心からお仕え申し上げることとして結びの言葉とさせていただきます。