J-PARC-HIの物理を語る夕べ

重イオン衝突オンライン勉強会シリーズ

開催趣旨

実験室系でE_lab=5-50AGeV領域のビームを使った重イオン衝突実験は、中性子星中心部に匹敵する超高密度物質を地上の実験で生成する唯一の手段であると同時にハイパー核・ハドロン物理のユニークな情報源でもあり、このエネルギー領域特有の多様な応用課題を持ちます。

これらの物理の探究を目指し、BNLではRHIC-BES-IIプログラムを終え、さらにGSIでは加速器FAIRの建設が進み、CBM実験が準備を進めているところです。
また我が国においても、J-PARCの加速器群を使い世界最高強度の重イオンビームを実現し研究を行う「J-PARC-HI=J-PARC重イオン計画」が議論されています。

本勉強会シリーズは、このエネルギー領域の重イオン衝突実験において探究可能な物理について検討・議論・情報交換する場として開催するものです。
実験・理論・加速器分野から広く参加者を募り、多様な視点を持つ研究者が気軽に議論する場にすることを目指します。

皆様のご参加をお待ちしております。 

最新の開催情報

第22回
日時:2024年6月17日 (月) 17:00 - 18:15
会場:KEK 東海一号館116室&zoom(接続先は参加登録者にお知らせします)

講師:
野中 俊宏(筑波大)

タイトル:
高次ゆらぎで探る原子核物質の相図

アブストラクト:
原子核物質の相図を紐解く上で、正味バリオン数分布等の高次ゆらぎの測定が有用であるとされている。この相図を実験的に探索することを目的として、2010年から2017年にかけてBeam Energy Scan実験 (BES-I, 7.7-200GeV)がRHICにて行われた。STAR実験グループの報告によると、正味陽子数分布の4次ゆらぎが衝突エネルギーに対して非単調に振る舞っており、QCD臨界点を含むモデル計算による結果と酷似していることから、7.7-20GeV付近における臨界点の存在を示唆している可能性がある。より決定的なシグナルを引き出すため、低エネルギー領域における高統計データの収集 (BES-II)が2021年に完了した。

本講演では、粒子数ゆらぎの測定・補正手法を紹介した後、BES実験による高次ゆらぎの測定結果および将来展望ついて議論する。昨年測定が始まったバリオン・ストレンジネス相関等の最新結果についても議論する。J-PARC-HIにおけるバリオン数ゆらぎ測定の可能性や、初期体積ゆらぎの問題についても、時間の許す限り言及したい。 

スケジュール:
17:00 - 17:45 講義「高次ゆらぎで探る原子核物質の相図」
17:45 - 18:15 議論

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これまでのイベント

第21回 2024年1月16日 田屋 英俊(理研iTHEMS)

中間エネルギー重イオン衝突でどういう物理系が実現できるのか?: JAMに基づく推定

アブストラクト:
 原子核物理分野の将来の一方向として、中間エネルギー帯(重心系で核子当たりO(2-10 GeV))の重イオン衝突実験が世界中で計画されている。中間エネルギー重イオン衝突で理論・実験的に何が学べ得るのかを明らかにする/実際にこれから学ぶための基礎を作るためには、まずはどういう環境(密度、温度、etc)が実現され得るのか、をはっきりと理解しておかないことには何も始まらないと思う。この動機から、講演者はハドロン輸送模型のひとつであるJAMを用いた数値シミュレーションを最近行っている。
 本講演では、講演者がこれまでに得たプレリミナリーな結果をいくつか紹介する。そうすることで、中間エネルギー重イオン衝突で何を学べるか、について参加者の方々と楽しく議論したい。特に、以下の2つの結果について紹介したい。
(i) 中間エネルギー重イオン衝突で実現される密度および化学ポテンシャルの推定[1]。過去にOhnishi-Naraの仕事で標準核密度の10倍ほどの高密度領域が実現され得ることが指摘されているが、この結果をもう一歩進め、高密度領域の寿命や体積、熱平衡性といったより踏み込んだ解析結果を紹介し、普通の(静的だったり無限系を仮定した)QCD相図との関係を議論する。
(ii) 中間エネルギー重イオン衝突で実現される電磁場の推定[2]。高エネルギーでは、非中心衝突で宇宙最強の電磁場が生成され、カイラル磁気効果をはじめとした興味深い物理現象を誘起する可能性が盛んに議論されている。中間エネルギーでも(メカニズムは異なるものの)かなり強い電磁場が実現されることを示す。この電磁場は、QCD/ハドロン過程に影響を与え得るほど強く、したがって、将来実験データから高密度物理を理解する上の障壁になる可能性がある。また、これまで人類が未踏であるQEDの非摂動領域の探検にも役立つ可能性があることも指摘する。

[1] 大西さん(YITP)、北沢さん(YITP)、神野さん(京都大)、奈良さん(国際教養大)、西村さん(阪大)との共同研究に基づく。
[2] 大西さん(YITP)、西村さん(阪大)との共同研究に基づく。

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第20回 2023年10月3日 中川格(理研)

RHICにおける次世代ジェット検出器sPHENIXが展く物理と現状

アブストラクト:
 米ブルックヘブン国立研究所の高エネルギー重イオン加速器RHICでは、2000年からクォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)と陽子スピン物理の2本立てで先駆的研究を牽引してきた。いずれの物理においても、観測量としてのジェットは終状態相互作用などの影響で衝突反応時の情報が歪められるのを抑えられる、より直接的で理想的なプローブとされるが、多重度の高い重イオン衝突事象でジェットとバックグラウンドを識別するのは不可能と考えられていた。従って当時建設されたRHICの4つの検出器は、いずれもジェット観測を想定していない設計であった。しかしRHICの10年後に立ち上がった欧州共同体のLarge Hadron Collider実験で、RHICよりさらに高エネルギーの重イオン衝突環境下でもジェット測定が可能であることが示されたことで、状況は一変した。すわRHICにおいてもジェットをプローブにQGP物性や陽子スピンの精密測定を目指すべき、との機運が高まりジェット測定に特化したsPHENIX実験プロジェクトが立ち上がった。sPHENIX検出器はハドロンカロリメータで方位角を4π覆うRHICにおける次世代ジェット検出器で、さらにジェットに加えて重いフレーバークォークの測定まで視野に入れた多目的検出器に仕上がった。我々はこのsPHENIX検出器を駆使し、QGPと陽子スピン物理の精密測定を以ってRHICのミッションの完遂を目指す。すでにsPHENIX検出器は2023年3月までに建設済みで、昨春からコミッショニングが進行中である。本報告では、sPHENIXの目指す物理とコミッショニングの現状についてお伝えする。

20_Nakagawa

第19回 2023年7月28日 神谷有輝(ボン大学)

「高エネルギー衝突を用いたハドロン相互作用研究の進展

アブストラクト:
 ハドロン相互作用の理解はハドロン物理学の重要な課題の一つである。高エネルギー衝突実験におけるハドロン運動量相関を用いた相互作用研究は近年急速に進展しており、様々な系で相互作用についての新たな知見が得られている。ハイペロンやK中間子を含む対のような、高統計が得られるハドロン対の解析からは、ハドロン相関のソースサイズ依存性などその特徴がより検証されつつある。またチャームを含む重いハドロン対のような、低エネルギー相互作用の特定が難しい系での貴重なデータも集まりつつあり、理論モデルとの比較が試みられている。

 本講演では主に、本シリーズの第八回以後の実験及び理論研究の進展についてとりあげる。新たに得られた相関データの解析結果を紹介するとともに、データから相互作用や振幅を特定する解析手法の課題や今後について議論する。また他の実験施設に比べた場合の、J-PARC-HIに期待されるハドロン相関研究についても議論する。


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第18回 2023年4月13日 Marek Gazdzicki

「Diagram of High-Energy Nuclear Collisions

アブストラクト:
Many new particles, mostly hadrons, are produced in high-energy collisions between atomic nuclei. The most popular models describing the hadron-production process are based on the creation, evolution and decay of resonances, strings or quark-gluon plasma. The validity of these models is under vivid discussion, and it seems that a common framework for this discussion is missing. Here, triggered by the results from NA61/SHINE at the CERN SPS, we introduce the concept of a diagram of high-energy nuclear collisions, where domains of the dominance of different hadron-production processes in the space of laboratory-controlled parameters, the collision energy and nuclear-mass number of colliding nuclei are indicated. We argue that the experimental data suggest the location of boundaries between the domains, allowing for the first time to sketch an example diagram. Finally, we discuss the immediate implications for experimental measurements and model development following the proposed sketch of the diagram. 

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第17回 2023年2月21日 江角晋一

「RHIC加速器STAR実験によるビームエネルギー走査

アブストラクト:
高エネルギーの重イオン衝突実験により、高温・高密度のクォーク核物質の状態を表すQCD相図の研究が、アメリカのBNL研究所やスイスのCERN研究所にて行われている。RHIC加速器やLHC加速器の最高エネルギー領域である核子対あたり100GeVを超えるエネルギー領域では、宇宙初期の状態に迫る高温領域のクォーク・グルーオン・プラズマの状態が明らかになりつつあり、スムーズなクロスオーバー相転移であるとされる。10GeVのエネルギー領域の重イオン衝突では、ストッピングによりバリオン密度が大きくなる事が予測され、QCD相図の高密度領域は中性子星内部の状態であり、相図上には1次相転移や臨界点があると期待される。RHIC加速器では、加速器の重イオンのビームエネルギーを走査し、また衝突型加速器の片側のビームのみを用いる固定標的実験を行う事により、3〜30GeVの重心系エネルギー領域において、これら1次相転移や臨界点の探索研究を行っている。RHIC-STAR実験におけるビームエネルギー走査を、2010〜2011年頃に第1期実験として、さらに2018〜2020年に第2期実験として行った測定の結果や現状を報告する。集団運動の測定や、保存量ゆらぎの測定において観測された相転移や臨界点の兆しに関して、中心的に解説する。

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第16回 2022年12月19日 古城徹

「From hadrons to quarks in neutron stars

アブストラクト:
中性子星は、標準核物質の2-5倍程度のバリオン密度を持つQCD物質の舞台であり、2倍の太陽質量を持つ中性子星の中心付近ではクォーク物質が発現している可能性がある。近年目覚ましい進展を見せる中性子星の質量・半径関係式等の観測結果によれば、QCD物質は低密度で柔らかく、高密度に向かって急速に硬くなる。この振る舞いを説明する有望なシナリオは、クォーク・ハドロン・クロスオーバーの描像である。特に本講演では、クォーク自由度の存在が、通常考えられてきたように状態方程式を柔らかくするのではなく、むしろ硬くする可能性について強調する。状態方程式の硬化のメカニズムが、クォーク描像に基づくハドロン物理とどう関わるかについて議論する。 

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第15回 2022年11月10日 Johann M. Heuser

「The CBM experiment at FAIR – Overview of detector and technologies

アブストラクト:
The Compressed Baryonic Matter (CBM) experiment has been conceived to explore the properties of nuclear matter at neutron star core densities. Such conditions are expected to be reached in collisions of nuclear beams with targets in the kinetic energy range of the SIS100 accelerator at FAIR. The accelerator site is currently under construction, and scientific installations are being prepared.

The seminar presentation will overview the detectors of CBM to identify hadrons, electrons and muons in heavy-ion collisions at beam energies from 2 to 11A GeV and reaction rates up to 10 MHz. This includes the central task of charged-particle track reconstruction and momentum determination with a radiation hard silicon tracker based on microstrip sensors in a large-aperture superconducting dipole magnet. Particular short-lived decays are accessible to a further silicon detector based on monolithic active pixel sensors. Technologies employed for the detectors and their read-out will be addressed. Prototype systems are being proven in the demonstrator setup mCBM at SIS18.

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第14回 2022年8月19日 四日市 悟

「J-PARC E16実験の現状と展望

アブストラクト:
J-PARC E16実験は、原子核中でのベクトル中間子の質量変化を、そのe+e-崩壊を測定することで検出し、有限密度QCDの計算と比較して、通常原子核密度でのクォーク凝縮量を決定しようとする実験である。
2020年6月、J-PARC ハドロン実験施設 high-momentum beam lineの完成と同時に、E16スペクトロメータのcommissioningを開始した。2021年6月までにおよそ400時間のbeam timeによって収集したdataにもとづき、検出器およびビームラインの動作状況について報告し、さらに、今後の展望を述べる。

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第13回 2022年7月14日 日高義将

「QCD相図 : 現状と今後の展望

アブストラクト:
QCDの温度密度を軸とした相構造を明らかにすることはハドロン物理の一つの大きな目標である.QCDに基づいた解析的な計算に加えて,RHIC,LHCにおける高エ ネルギー重イオン衝突実験の結果や格子QCDの数値シミュレーションの結果により,高温側の理解は大きく進んだ.一方で,高密度側の相構造の理解は,カラー超伝導相,quarkyonic相,非一様カイラル凝縮相など様々な相が提案されているが,摂動計算が適用可能な超高密度領域を除いてQCDに基づいた観点からは未解明な部分も多い.特に今後重要になってくる中性子星の内部で実現しているだろう密度領域や,J-PARC-HIの実験でアクセスできる密度領域についてはまだまだ理解が不十分である.本講演では,カラー超伝導相やquarkyonic相などの高密度相を中心にQCD相図に関する理解を近年の物性の発展による知見を交え概観し, 今後のQCDに基づいた高密度の相構造の理解がどのように発展するか展望を述べたい.

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第12回 2022年5月26日 齋藤武彦

「小数系ハイパー核の精密測定と今後の計画:重イオンビーム、機械学習、原子核乾板による挑戦

アブストラクト:
本セミナーでは、理研の齋藤高エネルギー原子核研究室が中心となって主導している小数系ハイパー核研究について、特に、小数系ハイパー核の理解に対する問題に着目し議論を行う。ハイパートライトンの寿命の精密測定とLambda-nn束縛状態の真偽の確認を主な目的とし今年の1ー3月にドイツGSIで実施した重イオンビームを用いたWASA-FRS実験の詳細を議論する。また、ハイパートライトンの束縛エネルギーの精密決定のために2020年から推進している原子核乾板データを機械学習モデルを用いて解析するプロジェクトについても詳細と現状を議論する。重イオンビーム、原子核乾板、機械学習を用いたプロジェクトの将来計画についても議論をする。

本セミナーで議論をする上記の内容については既に以下の論文に概要が記されているので、興味のある方には是非見ていただきたい。

Saito, T.R., Dou, W., Drozd, V. et al. New directions in hypernuclear physics. Nat Rev Phys3, 803–813 (2021). 

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第11回 2022年3月31日 Ralf Rapp

「In-Medium Vector Mesons, Dilepton Radiation and QCD Matter

アブストラクト:
The properties of hadrons in hot and/or dense QCD matter are intimately related to fundamental phenomena of the strong interaction. They encode the spectral and transport properties of the medium, are essential ingredients to its equation of state, and can signal the presence of phase transitions in heavy-ion collision experiments. In this talk, we will focus on the light vector mesons, whose dilepton decays are the only known observables that provide direct information on in-medium spectral functions. We discuss hadronic many-body theory calculations which, with empirical constraints on the effective interactions, allow to obtain rho and omega spectral functions in medium. We present their applications to photo-production and -absorption experiments off nuclei before turning to dilepton production in heavy-ion collisions, from GeV to TeV energies. The implications of these studies for the restoration of chiral symmetry in QCD matter, its change in degrees of freedom, and the temperatures and lifetimes of the produced fireballs, will be addressed.

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第10回 2022年3月10日 白鳥太郎

「高運動量ハドロンビームで展開するバリオン励起状態の研究

アブストラクト:
クォークから如何にしてハドロンが作られているかを理解するためには、ハドロンの励起状態の系統的な研究が必要不可欠である。我々はチャームやマルチストレンジバリオンの研究によって、ハドロンの内部構造を担うクォーク間の相関(ダイクォーク相関)を解き明かす研究を推進している。重いクォークを含むチャームバリオンでは、チャームクォークが不活性な構成子として振舞い、重いクォークと残りの軽いクォーク対の運動がダイクォーク相関として分離する。ダイクォーク相関の特徴は、チャームバリオンの生成率や崩壊分岐比に反映されるため、励起状態の質量、幅、生成率、崩壊分岐比を系統的に調べることで、ダイクォーク相関を検証し、その相関の強さを明らかにできると期待される。チャームバリオンによるudダイクォーク相関の研究に加えて、Ξにおいてはus/dsの相関によるフレーバー依存性、Ωでは相関が抑制された特徴的な系を研究することができ、系統的な研究からダイクォーク相関を解明することができると期待される。更に、中性子星の中心部やバリオンから解放されたクォークからなるクォーク星のような超高密度物質において、クォーク間の相関がクォーク対凝縮を発現させ超伝導状態を引き起こす。ダイクォーク相関の解明は高密度物質の性質の理解において重要な役割を果たすと考えられる。J-PARCハドロン実験施設では、既存の高運動量ビームラインを改良して20 GeV/cまでのπ中間子ビームを主に供給するπ20ビームラインを建設する計画が開始しており、更に、ハドロン実験施設の拡張計画において、10 GeV/cまでの高純度K中間子ビームが供給できるK10ビームラインの建設が計画されている。高運動量ハドロンビームによって、重いチャームクォークをもつチャームバリオンや複数のストレンジクォークを持つΞやΩバリオンの高励起状態の生成が可能となり、大立体角スペクトロメータと合わせることで系統的に研究することができる。本講演では、高運動量ハドロンビームを供給できるπ20とK10ビームラインを両輪として展開するバリオン分光実験を中心に、ハドロン拡張によって展開される研究について広く紹介したい。 

10_Shirotori.pdf

第9回 2022年1月6日 Itzhak Tserruya

The NICA Facility and the MPD Experiment

アブストラクト:
The NICA facility and the MPD experiment are under construction at the Joint Institute for Nuclear Research, with commissioning expected in late 2022.  NICA will allow collisions of heavy nuclei in the energy range of 4 GeV < √sNN < 11 GeV. The MPD experiment is a general purpose detector with excellent tracking and particle id capabilities designed for the systematic exploration of the baryon rich region of the QCD phase diagram. The current status of the NICA facility and MPD will be presented as well as the physics program of MPD with emphasis on the dilepton measurement prospects.

9_Tserruya.pdf

第8回 2021年11月30日 大西明

「重イオン衝突を用いたハドロン物理

アブストラクト:
 高エネルギー重イオン衝突の主たる目的はクォーク・グルーオン物質の性質の解明であり、また動的過程の理解もQCD物性の解明に必要である。現在ではさらに、生成されるQCD物質を舞台とした極端な環境下で起こる物性・動力学への展開が行われている。
 さて後者のように重イオン衝突を環境、あるいは道具として捉えて視野を広げていく中での一つの方向として、重イオン衝突を用いたハドロン物理学がある。高エネルギーの重イオン衝突は1イベントで多くのハドロンが同時に生成されるハドロン工場でもあり、流体力学が成功を収め、基底状態のハドロン生成率が統計模型でよく記述できることから、その多くが励起状態として現れるエキゾチック・ハドロンも十分に生成される可能性がある。またクォーク・グルーオン物質が必ずしも主要成分として生成されない入射エネルギー領域であっても、高温・高密度のハドロン物質は作られており、そこでの観測量は高密度物質の状態方程式やハドロンの媒質効果の情報を反映しているはずであろう。
 この講演では重イオン衝突や高エネルギーのpp, pA衝突で進められているハドロン物理学の内、エキゾチック・ハドロン生成、ハドロン相関とハドロン間相互作用、高バリオン密度物質の状態方程式について議論する。前の2つは近年の技術の進展にともなってストレンジネスやチャームを含むハドロンについての実験的研究が急速に進んでいる。3つ目の重イオン衝突と状態方程式は昔からの課題であるが、RHICにおけるbeam energy scanの成果と理論の進展から理解が深まっている。クォーク・グルーオン物質生成がどの入射エネルギーから起こっているのか、という大問題と合わせて議論したい。

8_Ohnishi.pdf

第7回 2021年10月22日 志垣賢太

「「高エネルギー重イオン衝突」の物理と探針の潮流

アブストラクト:
元来「高エネルギー重イオン衝突」は実験手法であり物理分野の名称ではない筈だが、Bevalac から AGS, SPS を経て RHIC 初期まで、その目指す物理はほぼ単一明確に高温非閉込パートン相(aka QGP)探索で紛れがなかった(と思う)。RHIC において同相を発見し、続く LHC や RHIC-BES、さらに多くの将来計画を含め、高エネルギー原子核衝突を舞台として複数の物理的指向が成立するようになった。また、当時 QGP 探索の手段とされた探針の多くが現在ではそれ自身を物理課題として精密測定への深化を遂げている。本講演では僭越ながら本分野の潮流を振返り、QGP 相を確実に手に入れた現在において高エネルギー原子核衝突を真に有効な道具とする物理の方向性と測定探針を、現在推進する ALICE 実験や本勉強会の趣旨である J-PARC-HI 計画も視野に議論したい。

7_Shigaki.pdf

第6回 2021年9月7日 西尾勝久

「原子力機構における重イオン核反応および核分裂の実験研究

アブストラクト:
古典的な液滴モデルでは、104番元素より重い原子核では核分裂障壁が消滅するため、このような原子核は存在しないことになる。しかし、実際には原子核の殻構造によって核分裂障壁が出現し、測定可能な寿命を持って多くの超重元素原子核が存在すると予測され、実際に118番元素までの原子核が生成されている。中心となるのが陽子数114(または120、126)および中性子数184に存在すると考えられる2重閉殻構造であるが、未到達な原子核として残されている。この“安定の島“の領域を開拓して原子核の構造を調べ、原子核の存在限界を知ることは原子核研究の究極の目標の一つである。
このため、超重原子核を合成するための核反応機構を解明することが重要である。また、重原子核の安定性を支配する核分裂は、近年、天体での元素合成過程でも注目を集めている。発表では、原子力機構のタンデム加速器(東海)からの重イオンビームを用いた核反応および核分裂に関する研究を紹介する。また、次期の加速器計画についても議論する。

6_Nishio.pdf

第5回 2021年7月19日 奈良寧

最高バリオン密度領域での原子核衝突のための輸送模型の現状と課題

アブストラクト:
ブルックヘブン国立研究所(BNL)のRHIC加速器を用いた衝突ビームエネルギー走査(BES)実験では、有限密度におけるQCDの相構造を解明するために、有限バリオン密度で存在すると予想されている一次相転移と臨界点を探索している。また、FAIR, NICA, J-PARC-HI, HIAFなどの重イオン衝突実験も計画されている。高エネルギー原子核衝突で測定される観測量を正しく理解するためには、反応の時空発展を微視的に記述できる理論的枠組みが必要であり、加速器で発生する事象(event)すなわち、すべての生成された粒子の運動量分布の情報をシミュレートするMonte Carlo event generatorによる解析が不可欠である。本研究のターゲットである最高密度領域(重心エネルギー30GeV以下)の重イオン衝突では、原子核同士が圧縮され通常の原子核密度の数倍から10倍近い宇宙最高密度状態が生成される。この領域の反応では、原子核がすり抜けた後にクォークグルーオンプラズマが生成されるRHIC/LHCエネルギーと異なり、原子核が衝突しながら(圧縮されながら)高密度状態が生成される。そして、すべての反応領域が高密度(コア)にならず、ハドロン自由度で記述される低密度部分(コロナ)も無視できない。したがって、コアとコロナの時間発展を同時に追う枠組みが必要である。このためには、コアに流体およびパートンカスケード模型を用い、コロナに量子分子動力学を用いる「量子分子流力学模型」(Quantum Molecular Fluid Dyamics, QMFD)の完成が必要である。この新しい模型を開発するために2000年に開発されたJAMをC++を用いてすべて書き直しJAM2に移行した。 本講演では、QMFDの開発は現在どこまで開発が進んでいるかを紹介し、今後のJAM3開発の課題を明らかにする。 

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第4回 2021年6月26日 Nu Xu

Heavy Ion Collisions and the QCD Phase Structure

アブストラクト:
Since 2010, STAR Collaboration has been investigating the QCD phase structure, especially the search for QCD critical point, with the Beam Energy Scan (BES) program at the Relativistic Heavy Ion Collider (RHIC) in Brookhaven National Laboratory. Over a wide energy range from 3 GeV to 200 GeV Au+Au collisions, the RHIC BES program has recorded the world’s most precise data.
In this talk, I will present selected results from the first phase of the Beam Energy Scan with focus on collective dynamics and fluctuations in high-energy nuclear collisions. Physics implications of these results and future prospects, especially the QCD phase structure at the high baryon density region, will be discussed. 

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第3回 2021年4月21日 原田寛之

「J-PARC重イオン計画における加速器」

アブストラクト:
 高密度核物理(QCD相図における臨界点や一次相転移境界の探索など)、ストレンジネス核物理(新奇ハイパー核やダイバリオン、ストレンジレットの探索実験、ハイパー核ビームを用いたハイパー核構造と核内バリオンの構造変化の研究など)に向け、超高密度核物質を生成可能なGeV級重イオンビームを用いたプロジェクト(米・RHIC-BES-II、独・FAIR、中・HIAF、露・NICAなど)が世界各地で進められている。日本ではJ-PARC重イオン計画として、重イオン用入射器を建設し、稼働中のJ-PARCの2基の大強度陽子用加速器(RCS、MR)を活用し、GeV級の重イオンビームを大強度で供給すべく、検討を進めている。他の計画は全加速器群もしくは既存の加速器の下流に大きな加速器を開発・建設するが、我々は既存の大きな加速器の上流に重イオン用入射器を開発・建設するといった違いがある。

 本講演では、J-PARCにおける陽子ビームの現状を振り返ったのち、陽子と重イオンビームの違い、J-PARC重イオン計画における加速スキーム、重イオン用入射器などを紹介する。また、計画初期においてはKEK 500MeVブースター(保管中)を再活用し、後に大強度化を目指して加速器を段階的にアップグレードすることを現在検討しており、その検討状況についても言及する。

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第2回 2021年3月11日 田村裕和

重イオンビームで広がるストレンジネス核物理

アブストラクト:
 現在の宇宙にある物質が、クォークからどのように形成されたのかをQCDに基づいて明快に理解することは難しい。どのように核子というハドロンが作られ、それらがなぜ原子核という高次構造を作るのか。他の形態の物質は存在しないのか。中性子星内部の物質はどうなっているのか。我々は、ストレンジクォークの入ったハドロンや原子核を調べることで、この問題により深くアプローチできると考えている。
 J-PARCやJLabなどでストレンジネス核物理の研究が行われ、核力の本質的理解を目指したハイペロン・核子相互作用の研究や、K中間子原子核・Hダイバリオンなどの新形態ハドロン原子核の探索が進められている。こうした研究は、主にハドロンビームと電子ビームで行われてきたが、高エネルギーの重イオンビームを用いると新たな展開が期待できる。
 講演では、ストレンジネス核物理の現状を振り返ったのち、J-PARC重イオン計画で可能となる、新奇ハイパー核やダイバリオン、ストレンジレットの探索実験や、ハイパー核ビームを用いたハイパー核構造と核内バリオンの構造変化の研究などを紹介する。

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第1回 2021年1月7日 初田哲男

From Quarks to Neutron Stars

アブストラクト:
宇宙におけるバリオン物質の基本構造は、量子色力学(QCD)とそれで支配される素粒子としてのクォークとグルーオンで決まっている。近年の理論研究とスーパーコンピュータの進展で、QCD から陽子や中性子など単体のバリオンの性質を高精度で計算できるようになった。さらに、バリオン間の相互作用や原子核の QCD からの理解も発展途上にある。複数のバリオンからなる系の理解は、最終的には中性子星の構造論と関係し、天体物理学としても重要な意義をもつ。特に、2019 年に発見された太陽質量の約 2.14 倍を持つ重い中性子星(PSRJ0740+6620)、2017 年と 2019 年 LIGO/Virgo 重力波検出器で発見された中性子星の合体からの重力波(GW170817, GW190425)、2019 年に NICER X 線装置で観測されたパルサー(PSR J0030+0451)の半径、など、中性子星の構造に関わる観測が急激に進んでいる。本講演では、QCD に基づいてバリオン単体から中性子星構造までを統一的に理解する上での、これまでの到達点と今後の課題について解説する。

1_Hatsuda.pdf