2020.5.31sun 17:00 23:00 上映研究#01【フィルム=ノワール 遺伝子と国籍】by 異端審問: フィルム=ノワール研究所(担当・吉岡雅樹)
『過去を逃れて 』Out of the Past 1947年/96分/アメリカ/RKO監督:ジャック・ターナー
『ミスター・デザイナー』Господин оформитель 1988年/108分/ソ連/レンフィルム監督:オレーグ・テプツォフ

◉概要◉
第1回目の上映研究は、「フィルム・ノワール」を「フィルム=ノワール」として見つめ直すための基本的な問題提起となるような2本の映画を取り上げます。
「フィルム・ノワール史上屈指の傑作」と評される『過去を逃れて』(1947)とともに見るべき映画として、ここでは黒沢清でもペドロ・コスタでもなく、ゴシック・ノワールと一応は呼べそうなソ連の怪作『ミスター・デザイナー』(1980)を選択します。およそ40年間の隔たりがあるこの2作を前にして、映画における「黒」が「白」に敗北する瞬間を目撃していただきたいと思います。敗北に至るその道程は、両作ともに「捜査」と「逃走」が同時進行する過程として描かれます。それは「過去」あるいは「歴史」との闘いです。
かつての都会生活を忘れたい元探偵が、私的に「過去」を想起する『過去を逃れて』と、かつての名声を取り戻したい前衛美術家が、私的な想起に留まらず「歴史」を一手に担おうとする『ミスター・デザイナー』は、映画の慎ましさと図々しさをも露わにすることになるでしょう。この対照的ともいえる2作を通して、映画が告知し続けているはずの自らの「遺伝子」と「国籍」を考えてみたいと思います。
製作当時、アレクサンドル・ソクーロフとのコンビで有名な『ミスター・デザイナー』の脚本家ユーリー・アラボフが本作について次のように語ったことに対して、我々も脱帽しなければなりません。「アヴァンギャルド芸術の現状は今世紀初頭の模倣にすぎず、かつて、『美術世界』(1894-1904)の美術家や象徴派の詩人、そしてデカダン派の音楽家たちが持ち得たような言葉をいまだに見出せずにいる。われわれはまず、彼らに脱帽したかった。」
とはいえ、現在の状況下において、『過去を逃れて』の主演ロバート・ミッチャム扮する元探偵が都会生活を回想しながら次のように語るのを耳にするだけでも、我々は、映画とは何だったのかと思いを馳せずにはいられないでしょう。「さえない仕事ばかり。でも構わなかった。彼女がいれば。外出は控えた。せいぜい映画館くらい。逃亡中の身だ。めったな所に行けない。」

『過去を逃れて』Out of the Past1947/アメリカ/96min/モノクロ/RKO監督:ジャック・ターナー原作・脚本:ジェフリー・ホームズ撮影:ニコラス・ムラスカ編集:サミュエル・E・ビートリー音楽:ロイ・ウェッブ、コンスタンティン・バカレイニコフ製作:ウォーレン・ダフ、ロバート・スパークス出演:ロバート・ミッチャム、ジェーン・グリア、カーク・ダグラス、ロンダ・フレミング、リチャード・ウェッブ、スティーブ・ブロディ、ヴァージニア・ヒューストン、ポール・ヴァレンタイン
■1946年に小説「俺には高い絞首台を作ってくれ」を書いたダニエル・メインワリング(ジェフリー・ホームズ)は、ハンフリー・ボガート主演で映画化を望んでいたが、ワーナーに断られ、この小説は結局RKOのB級映画として実質64日間で映画化された。ノワールを代表する撮影監督ニコラス・ムーラスカは、監督のターナーとは『キャット・ピープル』(1942)、『豹男』(1943)などのB級ホラー映画以来のコンビ。本作はフィルム・ノワールの典型的要素をふんだんに詰め込み、急展開する複雑なプロットを持つカルト・ムーヴィーとして今なお絶大な人気を誇っている。84年にティラー・ハックフォード監督『カリブの熱い夜』としてリメイクされた。(『フィルム・ノワールの光と影』1999から引用)

『ミスター・デザイナー』Господин оформитель1988/ソ連/108min/カラー/レンフィルム監督:オレーグ・テプツォフ脚本:ユーリー・アラボフ撮影:アナトーリー・ラプショフ編集:サミュエル・E・ビートリー音楽:セルゲイ・クリョーヒン出演:ヴィクトル・アヴィーロフ、アンナ・デミヤネンコ、ミハイル・コザコフ
■ロマンチックで幻想的な作風で知られる作家アレクサンドル・グリーン(1880-1932)の「灰色の自動車」をモチーフにした作品で、新人オレーグ・テプツォフの卒業制作。スタッフはいずれも若い新鋭で、脚本のユーリー・アラボフは、公開当時、代表作『孤独な声』(アレクサンドル・ソクーロフ監督作品)の解禁で注目を浴び、現在に至るまでソクーロフ作品に欠かせない存在。音楽監督セルゲイ・クリョーヒンは、ロック・バンド「ポップ・メカニック」を率いて、ソビエト・ジャズ界の最先端にいた。この映画は第一次世界大戦前夜のロシアをおおう精神的な憂愁を、歴史的にはロシア・デカダンスの名で呼ばれる優れた芸術を生み出した時代の雰囲気を再現しており、なかでも、ここに登場するモダニズム様式の装飾や家具にはその片鱗がうかがえる。前衛演劇の俳優ヴィクトル・アヴィーロフ演じるプラトンは、1894〜1904年にディアギレフらが発刊し美術界の革新運動の中心になった『美術世界』の一員。また劇中に引用される詩は、象徴派の詩人アレクサンドル・ブロークの詩「総督の足音」。(『第21回ソビエト映画祭』1989を基に加筆訂正)
◉主催◉
異端審問: フィルム=ノワール研究所(吉岡雅樹[日本映画大学・瀆神]、山本桜子[ファシスト党〈我々団〉])

◉日程◉
2020年5月31日(日)16:30 開場17:00 上映『過去を逃れて』(96分)19:00 上映『ミスター・デザイナー』(108分)21:00 基調報告&自由討議23:00 閉場

◉会場◉
BAKENEKOBOOKsふるほんどらねこ堂(犬派の君には狂狷舎)1600004東京都新宿区四谷4-28-7吉岡ビル7F 珈琲と本 あひる社 絵本の国支部

◉料金◉
無料

◉協力◉
あひる社、書肆馬

※上映後は、自由討議の時間を設けます。