日課の晩酌をしている最中、風呂に行っていた練牙がアイスを片手に帰ってきた。ふたつ入りの大福を模したそれには、『練牙』とおおきく名前が書いてある。名前を書いていないと食べられると、きちんと学習したらしい。
とはいえ、本当はそこまでしっかり管理せずとも、HAMAツアーズの社員たちは──たとえ食べ盛りの高校生たちでも──人のものを勝手に食べたりはしないのだけれど(添だって、練牙のものとわかっていたから食べたのだ)。
「いいなー、一個ください」
添の隣に座る練牙に、わかりやすく甘えてみせる。
練牙は人からの、特に年下からのお願いに弱いが、さすがに今回は半分じゃないかという突っ込みだとか、一口ならいいという譲歩だとか、そういうものが返ってくると思っていた。
けれど、練牙の返答は「いいぞ!」というあっけらかんとしたものだった。
「これ美味いよな。添も好きなんだな!」「先に食べるか? でもちょっと柔らかくなった方が美味いから、オレから食べるか」
なんて、ひとりでうんうん考えている。
「え、練牙さん、一個くれるの?」
「えっ、もしかしてからかったのか!?」
「というか、二個入りのものを一個ちょうだいって言ったらどういう反応するのかなーっていう、定番ネタ? みたいな」
「そ、そういう話題があるのか……」
知らなかったことを恥じるようにモジモジしている。出会った頃の練牙は、こんなに素直に己の無知を認めなかったのに、ずいぶんと丸くなったもんだ。すこし伏せた顔は、入念なスキンケアのおかげでつやつやぴかぴかしている。
「でも美味しいものは分け合えたら嬉しいから、あげるぞ」
「……それってオレだから?」
「え?」
ピックを刺してアイスを渡そうとしてきた練牙が、虚を突かれたように固まる。
「オレが年下だから? もしオレが練牙さんより年上で、実は二十四歳でしたー、とか言っても半分くれるの?」
「うん……?」
難しい顔をした練牙の手から、アイスを一口かじる。
「年上の添はあんまり想像つかないけど……それでも変わらないと思うぞ」
「それって友だちだから? それとも練牙さんってそうなの?」
今度はピックを掴んだ練牙の手を覆って、自分の口元に寄せて食べる。
「練牙さんが譲れないものって『西園練牙』の人生だけ?」
「それは……」
添が、それから礼光が、それすら壊そうとしてたことなんて何も知らない顔で、ただただ添を見つめている。
弱いものへの苛立ちも、ただ揺さぶってみたい好奇心も、もっと貪欲になれという怒りも、ぜんぶごちゃまぜになって、添自身把握しきれていなかった。混ざり合った感情のまま、練牙に質問をぶつける。
知りたかった。練牙がどれだけ何かに執着しているのか、添のかけた言葉がどれほど届いているのか。
「オレは練牙さんのそういうとこいいと思うけど、別に半分くれなくてもいいんだよ」
残り少しになったアイスをまるごと口に収め、練牙の手をパッと離す。
「っ、とか言って食べてるじゃねーか!」
「ははっ、ごちでーす」
空になっていたグラスに酒を注ぐ。練牙は緩んだ空気にあからさまに安心していた。
今すぐ答えが聞きたかったわけではないから別にいい。ただ、友だちだと甘言を囁いて手玉に取るように、心に揺さぶりをかけてみたかった。それだけ。
それだけなのにスカッとしなくて、グラスを一気に煽った。喉がチリチリと焼ける感覚がした。