添がどんなバイトをしているのかわからないけれど、なんとなく、今日は大変だったんだろうなってときがたまにある。纏っている匂いが違ったり、目の色が暗く見えたり。そしてなにより、そういうときの添はすこしだけ甘えたになる。
「添、おかえり!」
「ただいまー」
今日もそういう日だった。帰ってきた添は、ラグに座るアタシを見て、ちいさく息を吐く。そのあとすぐに手を洗うのはいつも通り。けど、こういう日は洗う時間がすこしだけ長い、気がする。
それから、部屋着に着替えるのもいつもより早い気がする。手洗いうがい着替え、でセットになっているみたいに、流れるように着替える。でも添はもともと準備や行動が早い方だから、これは気のせいかもしれない。
そうしていつでも眠れる体制になった添が
「さむーい」
と言いながらアタシの隣に座るから、「ブランケットあるぞ!」「しゅうまい抱っこさせてもらうか?」「この前撮影でもらったぽかぽか靴下があって…」と色々提案するけど、そのすべてに「うん」とだけ返事をしてアタシにもたれかかってくる。
それで、添は疲れてる日かな?っていう違和感が確信に変わる。
髪からうっすら香るシャンプーの匂いも普段と違っていて、シャワー室が用意されているくらい大変な──たとえば重い荷物を運んで汗だくになったり、土や泥が跳ねるような現場だったり──バイトなんだな、と添を労わりたい気持ちがどんどん膨らんでいく。
もしかしたら、添はアタシのためにこうしてわかりやすく甘えてくれているのかもしれないけれど、その優しさにアタシも甘えさせてもらう。
「練牙さん今日何してたの?」
「午前中から撮影があって、夕方には終わったからしゅうまいの散歩してきた!」
「よかったね。だからしゅうまいもべったりなんだ」
アタシの膝で眠るしゅうまいに視線をやるけど、その手はしゅうまいを撫ではしない。アタシの左手を持ち上げて、爪を矯めつ眇めつしている。
「いまネイルしてないんだ」
「ああ、撮影の関係でしばらく」
ネイルアートも気分が上がるから好きだけれど、オフした爪を綺麗に整えてもらうのも好きだ。つるんとした指先が綺麗だし、なんとなく、添が指を触ってくる回数が多い気がするから。
そのまま、添の右手とアタシの左手が繋がれる。指が絡み合って、たまに親指で指の付け根や爪の生えぎわなんかをすりすり撫でられて。そうしたらアタシの顔は熱くなることまでわかっていて、添はやっている。
「そ、ろそろ寝るか?」
「うん、眠いかも」
疲れたし、と続ける声は頼りなく、重力に逆らわないまま床に落ちていく。
なにかを察したしゅうまいの耳がひくひくと動き、自分からせいろクッションに移動していく。ありがとうも、しゅうまいは天才だ!も、ぜんぶをひっくるめた「おやすみ」をしゅうまいに言って、手を繋いだままふたりでアタシのベッドに入る。こういうとき、ベッドが一番下でよかったなと思う。
横向きになって、名残惜しく離した手を添の腰あたりに持っていくと、添も協力してすこし体を浮かしてくれるから、遠慮なく添を抱きしめる。
首筋に顔を埋めると、添本来の香りがして、それがなんだか嬉しかった。
アタシはストリートで育ったおかげでどこでも眠れるけど、添は最初、ふたり一緒だと全然眠れなかった。正直いまも、ひとりで寝た方が深い睡眠はとれるんだろうなと思っている。疲れているならなおさら、そっちを促した方がいいのかもしれない。
でも添はアタシと寝ることを選んでくれていて、それが嬉しかった。どうかいい夢が見れていますようにと祈る。
添を満たすなにか、大福を包むおもちとか、寒い朝にくるまる毛布とか、それから海とか、そういうものになれていたらいいなと思いながら添を抱きしめている。
「おやすみ」
「おやすみ、練牙さん」
抱きしめ返してくれるすこし低い体温が好きだった。目を閉じると添の心臓の音が聞こえて、よく眠れそうだと思った。