初めて練牙にキスをしたとき、彼の唇は固くかたく閉ざされていて、その奥にある歯の硬さすら感じられそうなものだったから、添は思わず笑ってしまった。キスなんて数えきれないほどしてきたが、初めて見る反応だった。添の相手は手慣れている子が多かったし、初めての子でもそれらしく力を抜いたりしていたから。だから、その一回の口付けのことを、らしくもなくずっと覚えている。
笑った添に顔を赤くして怒った──その表情には照れも多分に混ざっていたけれど──練牙を嗜めるようにした二回目のキスはやわらかくて、普段唇もしっかりケアしてるだけあるな、とどこか他人事のように思ったのを覚えている。練牙の反応に夢中になって、三回目のその先は省略。
そんなだったから、ふたりの性行為に関しても、添がイニシアチブを握ったまま進めるものだと思い込んでいた。
「添、その、挿れなくていいのか?」
練牙のベッドで向き合ってキスをしているときだった。すっかり慣れた練牙は呼吸ができずに顔を真っ赤にすることも、添に鼻をぶつけることもなくなり、添の唇を割り入ろうと舌なんて伸ばしてきて、それが添の満足感や優越感なんかをひたひたに満たしたものだから、お望み通り舌を招き入れて互いに舐めたり吸ったりしていた。
そしたら突然そう聞かれ、添は珍しく情報の処理に時間を要した。
いれなくていいのか。──挿れなくていいのか?
シナプスが繋がり、ハッと練牙を見る。溶けた表情はいつも通りだが、合わせた膝をすりすりと落ち着かなく動かしている。
「あー……練牙さん、意味わかって言ってるよね?」
「あ、ああ! その、オレの──」
「大丈夫。ありがとね」
お尻の穴がどうのと続けそうだったので、慌てて止める。練牙が言おうとしたことにおそらくなにも間違いはないのだが、練牙の口から出ることに添がまだ耐えられそうになかった。
「練牙さん調べてくれたんだ?」
「うん、オレ、添ともっと、き、気持ち良くなりたいなって思って……」
「調べて、オレに挿れたいとは思わなかったんだ?」
『挿れなくていいのか』『オレの』と言うからには、練牙は受け入れる側で考えているのだろう。
「え!? いや、それも思った、んだけど、最初は添が挿れる方かなって……オレ、っ初めて、で、わかんないから……」
なるほど。犬なりに考えた思考回路がその経路すらも含めてはっきりとわかった。
「確かに挿れたら気持ちいいけど」
「やっぱりそうなんだな……!」
「でも、気持ちいいことってそれだけじゃないよ」
そもそもオレたちキス以上のことしてないし、と言いながら、スラックス越しにもわかるほど存在を主張している練牙の性器を指の背で撫でる。それだけで練牙は背筋を震わせて感じ入っていた。
「直接触るね」
反応に嫌悪がないことを確認し、下着から練牙の性器を取り出す。使い込まれていないペニスは綺麗なかたちをしていて、こんなとこまで綺麗なのがおかしかった。
練牙の反応を見ながら軽く扱くと、それだけでとぷとぷ先走りが出てくる。練牙は裏筋を撫で上げるのに弱いみたいだった。
「あっ、うん、あっ」
キスもそうだが、気持ちいいことは素直に好きなのだろう。練牙は顔を真っ赤にしながらも、添に扱かれる性器を凝視している。
「人に触られるの初めて?」
「ったり前、だ…!」
「練牙さんもやってみてよ」
練牙を扱く手は止めないまま、もう片方の手で自分のボトムスを下ろし、性器を露出させる。
皺が寄るほどシーツを掴むのに精一杯な練牙の手をゆるゆる撫でると、徐々に力が抜けてくる。そのままゆっくりと引き剥がし、ふたりぶんの性器をまとめて握らせ、その上から自分の手を覆い被せて練牙の手を動かす。
「あ!ア!っあ、ん、」
練牙の手は相変わらず性器を握るだけで動かしているのはほとんど添だったが、腰がヘコヘコ揺れている。それを見て、やっぱ男じゃん、と添も興奮した。先走りでぬめりを帯びて、練牙が腰を動かすほどに擦れる範囲が広くなっていった。
「裏筋擦れて、きもちーよね」
「ぁ、ん……きもちい……」
添の吐く息もすこし熱を帯びる。
キスがしたい。そう思ったのと同時、練牙からも顔を寄せられ、唇同士が合わさった。互いに遠慮なく口の中を舌でまさぐる。
亀頭を擦ると練牙が仰け反り、唇が離れる。そう定められた機構のように、離れていった練牙を追ってふたたびキスをした。勢い余って練牙の舌が口の端を掠めたが、それすら気持ちよかった。
「あ!?まっ、まって、てん」
練牙がキスの合間になんとか言葉を紡ぐ。普段サラサラな髪の毛はじっとりとかいた汗で額や頬に張り付いていて、その色を濃くしていた。親指で目の下の汗を拭い、そのまま髪の毛を耳にかけてやる。
「ね、気持ちいいでしょ」
「むり、むい、でるっ」
「じゃあ一緒にイこっか」
と言ってすぐ、言葉通りほぼ同時に果てた。ふたりぶんの精液が練牙の服を汚しそうになり、慌てて手で受け止める。
ティッシュで適当に処理している間、練牙は完全に力が抜けたのか、ベッドに体を預けきって横になっていた。添も練牙を枕にし、その上に乗りかかる。
「きもちよかった……」
独り言じみた呟きは完全に声が溶けていた。合わさった胸から聞こえる鼓動は早鐘を打っている。
「ね、挿れなくても気持ちいいでしょ」
「ん、すごかった。てんはこんなのも、しってるんだな……」
賞賛の色が乗った感想に苦笑する。添もここまで気持ちいいのは初めてだったので。
「今日まだ触ってないところもあるしさ、もっと気持ちよくなれるよ」
「もっと!?それは……」
怖気付いたか?と顔を見ると、「すごいことになっちゃいそうだ……」と期待で頬を染めていた。
「そう。だから、挿れなくてもいいよ」
「そうなのか」
「まあ、練牙さんが挿れたくなったら相談してよ」
「えっ、でも受け入れる側は大変だって書いてあった…」
「だからふたりで決めようって言ってんの」
「添……!そうだな!」
添自身、自分がこんなことを言うとは思わず驚いている。けれど、これは相手の求める言葉ではなく、限りなく添の本心に近い気がした。