「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明

このページは同名の一般向け書籍の紹介です(伊神満著、日経BP刊、2018年5月24日)。

はじめに


私たちの世界は、技術と可能性に満ち溢れている。しかし良い話ばかりではない。旧世代の会社や組織が破れ去った後には、借金と失業者の山だ。

  • 一時代を築いた「勝ち組」はどうして新世代の競争に出遅れがちなのか?
  • では、どうしたら良いのか?
  • 政府に果たせる役割は、あるのか?

これらの「問い」が本書を貫くテーマである。

タイトルにある『イノベーターのジレンマ』は、1997年のベストセラー。上記テーマについての良書である(ただし未読でも全く問題ない)。ビジネス書にしては珍しく、今も人々の心を捕え続けている。その著者は、ハーバード大学のクリステンセン氏という高名な経営学者だ。

対する私はライバル校、イェール大学の経済学者。2009年の夏に『イノベーターのジレンマ』を読んだ私は感銘を受けたが、同時に物足りなさも感じた。

「テーマと事例は面白いが、理論も実証もゆるゆるだ。経済学的に煮詰める必要がある」

研究を始めて足かけ10年、ようやくその成果をお披露目するに到った。

したがって本書は、経営学の一大トピックを最先端の手法で解明した「返歌」。

「経済学の本気」をお見せしよう

業界や職種に関わらず、ビジネスや政策に関わる全ての方々に読んで頂けたらいいな、と思っている。私自身も日本でのサラリーマン経験があるので、さながら昔の同僚と久しぶりに飲みに行って、「退職後はこんな仕事をしてました」と気安く話すようなつもりで書いた。だから何というか、あくまで気楽な感じで、もし難しい所があったら適当に飛ばしながら、どんどん先に進んでほしい。

普段はビジネス書を読まない方々、たとえば「世界のしくみ」に何となく興味がある中高大学生やその親御さんにも、一読をオススメしたい。経済学の良い所は、1つの問題について深く掘り下げた結果、日々の生活から世界の歴史まで、あらゆる局面に応用可能な知見が得られる事だ。

だから、経済に全く興味がなくても、例えば

  • 「色々と進路に迷っている」
  • 「ブラック企業に勤めているんだが、俺はもう限界かもしれない」
  • 「危険な交際相手と別れたいけど、なかなか別れられない」

といった人生の岐路に立っておられる方にも、何かしら勇気みたいなものを提供できるかもしれない。

ついでに本職の経済学者にも自信を持って提供できる。脱線の多いフワフワとした(数式ゼロの)語り口ながらも、 本書の骨子は、私が毎春イェール大学経済学部で開講している「イノベーションの経済学」(The Economics of Innovation)という授業である。また本書後半の実証分析は、シカゴ大学(経済学の保守本流)の学術誌The Journal of Political Economy 2017年6月号に掲載された論文を一般向けに噛み砕いたものになっている。

ミクロ・マクロ・計量経済学の応用例、あるいは産業組織論やイノベーション論の副読本と思って頂いてもよい。理論と実証の融合アプローチである「構造推計」の気楽な入門書として利用するのもアリだ。

読者がこれまで既に経済学に触れたことがあれば、内容の理解は深まるだろう。しかし必須ではない。新聞を読める語彙力(国語)と加減乗除の四則演算能力(算数)があれば大丈夫だ。だまされたと思ってとりあえず手に取ってみて頂きたい。

感想と推薦のお言葉

読んでいる途中何度も、今すぐ会社に戻って自分のプロジェクトの手直しをしたくて仕方なくなりました。(40代女性・医薬系・開発/営業)

自分の考えをリニューアルするのに有益。ここまでpracticalなのは良い意味で驚き。論旨が明快で示唆に富んでいる。「抜け駆けのゲーム理論」、ほんとに現実にそうだよね。疲れていても、最後のまとめまで一気に読める感じが素晴らしい。(30代男性・IT系・創業者/CEO)

本の中身がちょうど仕事に関係していることもあり、2ー3度読みました。わかりやすいし、非常に勉強になって良い本だった。(40代男性・金融系・経営企画)

スラスラ、ワクワク読めました。素人にもわかるように噛み砕いて書いてあるので、一気に読めました。何度も復習していけるのが良かったです。それに実際の体験談など、ほぉ〜って感じで素人には面白いです。(70代女性・ピアノ/チェンバロ奏者)

洋書・和書を問わず本当にオンリー・ワン!この骨太な中身、斬新な視点、軽妙な語り口の素晴らしさが、できるだけ多くの人に伝わって欲しいです😉 クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』を知らない人にもオススメです! 安田洋祐氏(大阪大学准教授)

標題を考えることはもとより,研究課題に対して正統的な経済学手法で向き合うこと,ミクロからマクロ,さらには政策に視点を慎重に移動させていくことを堪能。学部ゼミのテキストにもよいと思う。 齊藤誠氏(一橋大学教授)

「世界のしくみに何となく興味がある中高大学生やその親御さん」だけでなく、本職の経済学者にも抜群に面白い。新しいタイプの役に立つ経済学の本。 大竹文雄氏(大阪大学教授)

面白いし、読むと元気になる。(30代女性・美術系・写真モデル)

全くの門外漢でも読めるように噛み砕いて書いてあり、ハッとさせられる視点も満載。読後、そもそもの自分の幸福感について考える軸を増やせること請け合い。 (30代男性・作曲家/ピアノ奏者)


本書は全11章からなり、次のように構成されています。

目次(詳細)


第1章 創造的破壊と「イノベーターのジレンマ」


第2章 共喰い

  • 共喰い現象
  • イノベーションの分類
  • よく出てくる「需要」「供給」「均衡」という言葉の意味について
  • 同質財のケース
  • 垂直差別化財のケース
  • GPUと人工知能
  • 日の丸半導体の死体解剖
  • 水平差別化財のケース
  • 水平差別化の応用例:地理的差別化


第3章 抜け駆け

  • 勝者総取りのケース
  • 既存企業vs新参企業
  • 市場構造にまつわる競争効果は、既存企業による「抜け駆け」を後押しする
  • フェイスブックとインスタグラム
  • 不完全競争のゲーム理論
  • パリの数学者「ライバルは少ない方がいい」
  • フランスの田舎数学者「ライバルはやっぱり少ない方がいい」


第4章 能力格差

  • 「破壊的イノベーション」は、分類というよりエピソード
  • 「静と動」、あるいは「近視眼vs千里眼」
  • 既存企業の弱点
  • インテルの事例
  • ハードディスク駆動装置(HDD)の事例
  • 既存企業の強み
  • 貯めるのに時間のかかる資源を「資本」と呼ぶ
  • で、結局どっちが強いの?
  • シュンペーターによる「発展」5分類
  • シュンペーターの二枚舌
  • ここまでのまとめ


第5章 実証分析の3作法

  • 前章までのあらすじ
  • 手法① データ分析(狭義)
  • ・ 相関関係
  • ・ 回帰分析
  • ・ 因果関係
  • ・ 「相関はデータの中に、因果は頭の中にある」
  • ・ 「機械学習」=回帰分析
  • ・ 「イノベーション」をどう測るか?
  • ・ 理論(空想)の補助線なしに、データ(現実)は解釈できない
  • 手法② 対照実験
  • 手法③ シミュレーション


第6章 「ジレンマ」の解明——ステップ① 需要

  • これまでのあらすじ
  • クリステンセンのナイス・アシスト!
  • 分析の段取り(6章から9章で迷ったり疲れたら10章まで進むこと)
  • ステップ①「共喰い」の度合いを測ろう!
  • 需要の弾力性(という因果関係)をデータから測るには?
  • 生のデータを見てみよう:新旧HDD製品の価格(P)と売上台数(Q)
  • 「都合のいい変数」HDD部品コスト(Z)を使って「操作変数法」に挑戦
  • テクニカルな補足説明(無視して7章に進んで構わない)


第7章 「ジレンマ」の解明——ステップ② 供給

  • 「先生」が無関心、または無敵の場合
  • 「抜け駆け」の誘惑は、どこから?
  • 容疑者クールノー氏とベルトラン氏の取り調べ
  • 分かった、犯人はクールノー氏だ!
  • 真の「利益」を計算するには、真の「コスト」を知らねばならない
  • クールノー理論と「需要の傾き」を使って、「真のコスト」を三角測量する
  • 実際にやってみよう:HDDのコストと利潤関数を推計する
  • 上級者向けの補足(飛ばして次章に進んでも構わない)


第8章 動学的感性を養おう

  • 「損して得取れ」は、全て投資
  • 時間・体力・精神力の「投資」
  • 期待価値vs埋没費用
  • 「先を見越して行動する」方法
  • ブラック企業と「不機嫌な恋人」
  • 人々の行動からは、利益やコストを「逆算」できる
  • 不機嫌な恋人と別れることの「オプション価値」
  • 対戦プレイのゲームでも分析の根幹は同じ


第9章 「ジレンマ」の解明——ステップ③・④ 投資と反実仮想シミュレーション

  • ステップ③:投資ゲームの「理論的データ分析」
  • 「能力格差」の実像
  • ステップ④:サイエンスとしての、フィクション
  • 反実仮想シミュレーション第1弾:もしも「共喰い」がなかったら?
  • 反実仮想シミュレーション第2弾:もしも「抜け駆け」がなかったら?
  • 反実仮想シミュレーション第3弾:もしも「能力格差」がなかったら?
  • 「ジレンマの解明」とりあえずの結論
  • マニア向けの補足(無視して10章に進んでもよい)


第10章 ジレンマの「解決」(上)

  • 前章までのあらすじ
  • 君の「問い」は何だね?
  • 「それがどうした?」
  • 「しがらみ」を語るメタファー
  • ではどうすればいいのか
  • 難問① 冴えない新事業の育て方
  • 難問② 「育たないものは、買ってくればいいじゃない?」
  • 難問③ あなたは本当に旧部門を切れるのか?
  • 難問④ 生き延びるためには、一旦死ぬ必要がある
  • 難問⑤ 経営陣と株主の「最適」は違う


第11章 ジレンマの「解決」(下)

  • 木を見る、森を見る、世界を見る
  • 「イノベーションを促進」する政策
  • 特許
  • ロダイムの戦い
  • 政策シミュレーション①: 「事後承認」型の知的財産権
  • 政策シミュレーション②: 「事前告知」型の知的財産権
  • 「創造的破壊」の真意
  • 本書のまとめ


巻末付録 読書案内


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