The following are essay-like pieces I wrote without any particular purpose in mind. If there was a purpose at all, it was simply to write.
The following are essay-like pieces I wrote without any particular purpose in mind. If there was a purpose at all, it was simply to write.
夕方、大学内のコンビニに軽食を買いに行ったときのことだ。僕は二個入りのどら焼きを買うことが多いのだが、今日はすでに売れてしまったのか、陳列棚にその姿はなかった。その代わりに、二個入り「メープルパンケーキ」の姿があった。同じメーカーの商品なのかはわからないが、例のどら焼きと似た包装を身に纏い、他の商品から一人離れて静かに佇んでいた。僕はそれをすぐに手に取らず、他の陳列棚を物色していた。そのコンビニには僕の他に若い女性が一人いた。恐らく大学院生だと思う(根拠はない)。実験か何かの間に軽食を買いに来たのだろう。僕が別の陳列棚を物色し終え、パンケーキを買おうとその棚の方を振り向くと、そこにパンケーキの姿はなかった。パンケーキは彼女の右手に移動していた。あと一歩のところでマフィアのボスを取り逃したスパイ映画の主人公になった気分だった。結局、僕はメープルワッフルを買い、オフィスへ帰った。
ある大きな公園に併設しているカフェのカウンター席に僕は座っていた。そのカウンター席は、大きな窓に面しており、僕のいる席からはやや大きな広場が見える。その広場には噴水があり、ガパオライスのキッチンカーも留まっていた。今日は雨が降っていた。それは激しくはないが、傘を差さずにはいられない程度のものだった。キッチンカーのオーナーを除いて、人は一人もいなかった。
僕はカウンター席で考えごとをしていた。イヤホンからは、Jamiroquaiの「Alright」が流れ始めていた。Stuart Zenderによる”あの”グルーヴ感を立ち上げるベースが、僕の思考を徐々に駆動しはじめる。曇り、あるいは雨が降るなんとなく気が冴えない日は、決まってJamiroquaiの曲を聴きたくなる。
それから何曲が過ぎたか覚えていないが、ちょうどイヤホンから「Blow Your Mind」が流れてきた頃、考えごとがひと段落した。ふと顔をあげると、3、4歳ぐらいの男の子とその母親と思われる女性が広場にいた。女性は傘を差し、その男の子が濡れないように気を配っていた。その瞬間、男の子は自由気ままに走りはじめた。女性は彼のあとを追った。それからしばらくの間(少なくとも僕が窓の外を見ていた約3分間ほど)、女性は走り回る男の子のあとを、彼が傘から出て濡れないように追いかけ続けていた。
よく「雨の降る日にある人の上だけ晴れている」というタイプの現象が扱われることがある。少なくとも僕はテレビのCMで観た記憶がある。でも、今日僕はこの現実世界で、目の前でその現象を見たのだ。恐らく、この世で最も微笑ましく、応援したくなる形で。
最近、白物屋家電ノ助にハマっています。お笑いコンビ・女と男の市川が扮するキャラであり、お題として出された家電にちなんだ謎かけを得意としています。〜を得意”としています”という表現をしたのは、明確な理由があるからです。白物屋家電ノ助によって生み出される謎かけが、尽くしょうもないのです。
ある日、地下鉄に乗っていて、調べ物をしているとたまたま白物屋家電ノ助の動画が流れてきました(当時、僕は白物屋家電ノ助を知りませんでした)。そこで彼が繰り出した謎かけが「冷蔵庫〜とかけまして〜、今年の冬とときますよ〜、そのっ、心はっ、どっちもっ、冷える〜」でした。その瞬間、名古屋市営地下鉄東山線名古屋駅行きの車内で、僕の己との戦いが始まりました。平日の昼下がりだったから、ピーク時に比べると乗客はそこまで多くはなかった。しかし、そういう状況だからこそ、肩を揺らしながら、iPhoneに向かって一人ニヤニヤしていたら、悪目立ちしてしまうのです(僕が乗客の一人だったら、バレないようにじっくり観察すると思う)。僕は目を瞑り、必死に別のことを考えようと努力しました。しかし、白塗りメイクをして、青い法被を身にまとい、野球拳のリズムで(なぜ野球拳のリズムなのだろう)あの謎かけを繰り出す白物屋家電ノ助の姿は、僕の脳裏からなかなか立ち去ってくれませんでした。
僕は己との戦いに敗れました。周りの人は「なんや、こいつは」と思っていたでしょう。結局、込み上げてくる笑いに耐えられなくなり、名古屋駅まで行くつもりが、新栄町駅で降りてしまいました。
公共の場で白物屋家電ノ助の謎かけを見る際は、くれぐれもお気をつけください。
最高気温37℃のある日。午後2時頃。大学の図書館に併設されているカフェのテラス席に僕は腰掛けている。机の上にはほんの数分前までやっていた計算の残骸が無惨に散らかっている。水出しコーヒーが注がれたグラスには、サウナで火照った男が水風呂で体を冷やすようにストローが佇んでいる。
その席は、芝生で埋め尽くされた下り坂に面している。グラスの中で氷がカランとなる音がした。うな垂れていた顔をふと上げると、その芝生の坂を一人の男が歩いて下っているのが見えた。男はポケットからスマートフォンか何かを取り出したのだが、同時に何か別のものを落としてしまった。その男は、落とし物をしたことに気づかず立ち去った。
しばらく時間が経ったあと、僕が何を考えることもなく、水出しコーヒーが注がれたグラスに刺さったストローを咥えたまま芝生の下り坂を眺めていると、落とし物をした男が原付に乗ってテラス席の側にやってきた。そこに原付を駐車し、その落とし物があるところに向かって芝生の坂を駆け降りていき、それを拾って原付でその場を去った。
いま目の前で起きたことは「落とし物をした人がそれを拾って帰っていった」。ただそれだけだ。しかし、僕は何か違和感のようなものを抱いていた。
もう一度いま見たことを振り返ると、
(1)男は坂を下っているときにポケットからスマートフォンを取り出したが、
(2)そのとき、ポケットから別の何かも落としてしまった。
(3)その男は落とし物をしたことに気づかず、その場を立ち去った。
(4)しばらく経ったあと、男はテラス席前に原付で乗り付けてきて、
(5)落とし物をしたところへ、芝生の坂を一直線に駆け降りていった。
多分、ここだ。その男は「一切の迷いなく」、落とし物をしたところへ駆けて行ったのだ。少なくとも僕からはそのように見えた。そもそも、その男は自分が来た道を逆に辿って、芝生の坂にやって来たのではなく、原付を使ってピンポイントでそこへやってきたのだ。まるで、落とし物をしたことを始めから知っていたかのように。
考えれば考えるほど、僕は混乱した。いま目の前で何を見たのか。現象としては理解しているけれど、本質的な何かを掴めていなかった。
例えば、落とし物がAirPodsであるとしたら、然るべき設定をしてさえいれば、検索機能を使って探すことはできる。これに基づいて振り返ると、いま僕が見たことに筋の通った説明を与えることができるし、多分実際にそうなのだろう。
しかし、それは本人に聞いて確認するまでは断定できない。ただの仮説に過ぎない。それに、そんな話、あまりに現実的すぎてつまらない(37℃の猛暑にやられて、頭がどうかしていたのかもしれない)。
ふと一つのステイトメントが浮かび上がってきた。いま見た光景は「トイ・ストーリーの発案者もきっと見たに違いない光景」なのではないか。僕が感じていた違和感の正体は恐らく、「役割が逆」である点にあったのだ。
例えば、怪談でよくある話で、呪われた人形を何度捨てても、家に帰ってくる、というものがある。この場合、人が人形を手放したい(人形と縁を切りたい)という意思に従って人形を捨てたのにも関わらず、人形が人のもとに(何らかの力、呪いで)戻ってくる。この構図を今回のケースに当てはめようとすると、どうもうまくいかない。しかし、役割を入れ替えるとうまくいくのだ。つまり、「落とし物が意思を持って、その男の元から逃げ出したが、その男が何らかの力(ある種の呪い)によって、その落とし物のもとに再び戻ってきた」ということである。そして、この種の光景をみた人が、おもちゃに自我が芽生えるトイ・ストーリーの着想を得たのではないかという何の根拠もなく、そして多分間違っている結論に至った。
今日は夜更かしせずに、早く寝よう。