世界中の結晶データを収集し公開しているケンブリッジ構造データベース(CSD,Cambridge Structural Database)が100万件に近づいていることを先のブログで紹介した. CSD検索サイトには, 検索結果をダウンロードすることなく, 下図のように座標を基に立体構造を表示する 3D viewer と Chemical diagram として構造確認するプログラムが準備されているので, データに誤りがないかを即座にチェックすることができる. 私自身が研究関与したデータを次々に表示させていたら, 奇妙な形の分子画像に遭遇した. ボール&スチックや線画ではなく, 空間充填モデルで表示するようにしていたため, ひときわ目立ったものと思われる.
この化合物は, 脱カルボニル反応を挟んで, Diels-Alder反応(4π+2π)を2回起こさせることで, 加熱の1工程だけで合成することができる. 正確には, 熱許容の [4π+2π] → 脱CO [2π+2σ+2σ] → [4π+2π] と続く三連続周辺環状反応である.
IH-NMR(400MH)では芳香族水素は,7.43-7.81(6H)と6.74-6.85 (8H)に分離してあらわれ, 対面している2個のベンゼン環に付いた8個の水素は高磁場シフトしているのが判る. 青色で示した結合は芳香環のthrough-bond相互作用によって結合伸長が期待された単結合であり, X線解析では1.584Åであった.
ファイルをダウンロードして, 色々な表示ソフトでモードや方向を変えて表示した結果を以下に示す.
CCDCでは水素原子が登録されていなかった(左図). 解析結果をチェックしてみたら水素の位置は計算で求め, 最小二乗法で位置を精密化した記録が残っているので, 投稿する際に水素原子座標を付け忘れたということがわかった. 計算位置に水素を置いた図が右図である. 水素のない空間充填モデル(左図)の方が人型に近い. 水素が付くと, メカニックな感じになり, ロボットみたいにみえるのは私だけだろうか.
CCDC提供にMercuryプログラムで表示
分子計算ソフトAvogadroで水素位置を算出して全原子を表示
結晶の非対称単位には2個の分子が中心対称の形で入っている.
結晶をスライスしてペアリングしている一方だけを表示されると左図が得られる.
a軸 0-3.0, b軸 0-0.5, c軸 0-1.0
ペアリングしている相手だけを表示させると左図が得られる. 実際の結晶構造は, 上図と左図が重なったものである.
a軸 0-3.0, b軸 0.5-1.0, c軸 0-1.0
分子2個は点対称の関係にあり, edge to face 相互作用によって安定化している. ベンゼン環がナフタリン環に突き刺さるような形式の弱結合である. 水素が付いている炭素原子から相手のベンゼン平面までの距離は3.9Å程度.
結晶の非対称単位には二分子に水素原子(理想計算位置に)を追加し, C-H・・π相互作用に関与する原子の位置関係を明確にしたのが下図である.
ベンゼン環とナフタレン環の edge to face が4個所存在する.
左図の相互作用に加えて, メチンC-H・・π (アセナフチレン5員環)の相互作用も存在する. 2分子間では合計8個の水素ー芳香環の相互作用が働いている.
先に,アホウドリの形をした化合物Albatrosseneを紹介したが,今回は人型の化合物である.構造解析を行っているときは, そのようなことを考えることはなかったが, リタイア-して時間ができると見方が変わってくる.
CH/π相互作用は西尾氏によりウエブ上でデータベース (List of papers relating to the CH/pi hydrogen bond) 化されている.
合成論文 Frontier-ControlledPericyclic Reactions of a Powerful Electron-Attracting Fused-Ring Cyclopentadienone Kazunobu Harano, Masami Yasuda, and Ken Kanematsu, J. Org. Chem. 1982,47,3136-3743
結晶解析 Sequential Pericyclic Reactions of Cyclopentadienonewith NonconjugatedDienes. Intramolecular Cycloaddition Reactivity of the DecarbonylatedPrimary Cycloadductsand X'ray Structure of DDA Adduct
Masashi Eto, Takashi Aoki and Kazunobu Harano, Tetrahedron 1994, 50, No. 47, 13395-13408'
原料の合成
本反応では,熱許容として[4+2]および[4+6]が可能であるが.後者の反応は認められなかった.
(2019/5/7)