珍しい反応

大阪大学のホームページを眺めていたら,「珍しい反応」を発見したというニュースが掲載されていた.昨年春にScienceのオンライン版に掲載されたと言う.反応式を以下に示した.ちらっと反応式を眺めて「3,3-シグマトロピー転位」と早合点してしまいそうになったが,切断箇所が異なる上に炭素原子が1個増えているのに気付き.思考が停止した.以下,備忘録として紹介した.

ホームページに掲載されている反応式を引用

触媒に用いたN-ヘテロ環状カルベン(NHC)の炭素が反応基質であるアミド化合物のAr-N結合間に挿入されているという.これとは別に,著者である鳶巣教授等は,2021年に以下の反応を報告している.今回とは構造の異なるN-ヘテロ環状カルベンであるが,Truce–Smiles転移のみが起こっていて,炭素原子は挿入されていない.注)Truce–Smiles転移については追記を参照.

N-Heterocyclic Carbene-Catalyzed Truce–Smiles Rearrangement of N-Arylacrylamides via the Cleavage of Unactivated C(aryl)–N Bonds, Org. Lett. 2021, 23, 5, 1572–1576

この場合,N-ヘテロ環状カルベンは,α,βー不飽和アミドから高反応性の求核性イリド中間体を形成させる役割を担っていることを分子軌道(MO)計算によって確認している.  最終的に,N-ヘテロ環状カルベンが外れれば触媒ということになる.下図はフェニル転位に伴う生成熱変化の計算結果である.前後の遷移状態(TS4,  TS4)に挟まれて,それらより少し安定なスピロ中間体が存在する.

今回の「珍反応」には以下の反応が含まれている.

反応全体としては,3個のC–N結合および2個のC–H結合の5個の結合切断,1個のC–N結合,2個のC–H結合および1個のC–C結合の4個の結合形成が起こっていることになる.その際,N-ヘテロ環状カルベンは次式に示すようにヘテロジエンに変化し,消費されるので,触媒量ではなく当モル必要である.投稿論文の追補資料には,中間体の存在を支持するモデル実験および推定反応機構が記されている.その一部を以下に示した.

次図は,反応時間を短くすれば中間体が単離できることを示した実験例である.

アクリルアミドの基本構造があれば,カルベンの挿入反応が起こることを証明した実験.ベンジル基のため転しない.

下図は,Arが1,4-転移した後,水素原子がカルベン由来の炭素に転位してメチレンが生成する過程の推定機構図である.

今回の珍反応と類似の連鎖反応を計画的に惹起させることは,かなり難しいと考えられるが,反応設計の在り方に大きなヒントを与えたことは確実である.今後の研究の進展を期待したい.

追記
Truce–Smiles転移の反応機構は,一般的にはスピロ環中間体が提案されている.

カルベンは不安定であるが,窒素が窒素置換し,嵩高い置換基が付くと安定化する.以下のような化合物から反応時にNHCが作られる.中心炭素の空の p 軌道へ,窒素原子の孤立電子対から電子が流れ込み,安定性を高める.さらに,環状に固定されることで,より安定化される.カルベンはイリドとの共鳴構造と見なすこともできる.

資料

反応式,エネルギーダイヤグラムは阪大のホームページおよび投稿論文の補追資料を引用しました.

(2023.4.25)