郷土玩具 舌出三番叟人形
郷土玩具 舌出三番叟人形
1664年、平戸藩主は純白磁器の焼成に成功した3代目『弥冶兵衛』に『如猿』と名を与えました。
容貌が色黒で猿に似ていたため「猿の如し」にこころ納まらず、猿を以って三番叟を躍らせ舌を出す人形を作り藩主に献上しました。
首を廻し舌を出す、その面白さに、藩主もとより長崎の出島に滞在していたオランダ人のあいだにも好評を得、大量に輸出されました。
1867年に江戸幕府はフランスの要請でパリ万国博覧会へ参加し、その博覧会での佐賀藩の出品物の中に、平戸三川内藩焼製造の舌出三番叟人形がありました。その人形はナポレオン三世の皇后ウジェニー妃の目に留まり多く買い求められました。
御用窯が廃止になった明治以降も継承され盛んに輸出されました。
現在も一子相伝の昔のままの技法で手作りによって作られています。