ヒガンバナの他感作用物質

ススキとセイタカアワダチソウの間には,他感作用が存在することを以前のブログで紹介した.

セイタカアワダチソウの旺盛な繁殖力に圧倒され.ススキは消滅するのではないかと言われた時期があった.その原因は,他感作用 (アレロパシー,allelopathy) に起因すると言われている.他感作用とは,ある種の生物がなん らかの化学物質を排出して他の生物に影響を及ぼ す現象とされている. ササの葉の揮発成分で紹介したフィトンチッドが植物ー微生物の敵対関係であるのに対し,アレロパシーは植物ー植物の敵対関係ということができる.対植物の場合,根や葉から化学物質を放散 して他の植物の生長を抑制する. セイタカアワダチソウの場合は,根からポリアセチレン系のdehydromatricaria ester (DME) が分泌され,周辺植物の成長を抑え込んでしまう.DMEの奇妙な直線構造については以前のブログを見てほしい.平成になると,セイタカアワダチソウの勢いにかげりが見られ,ススキが盛り返してきた.セイタカアワダチソウはDMEを分泌して周囲の植物の成長を阻止し大繁殖するが,やがて土地の栄養分が枯渇すると,自分自身の成長を抑制してしまうことが確認されている.

cis-DME trans-DME

cis-DME trans-DME

ヒガンバナ((彼岸花,学名 : Lycoris radiata),ヒガンバナヒガンバナ属)については,アルカロイド毒性のため,ミミズさえも生息することができず,それを餌とするモグラも近寄らないという話を聞いたことがある.植物 vs 動物の関係は人間も同じである.有用な成分も含まれていることから,薬用植物の観点から調べる必要があると思いながら,「ネガティブな花」のイメージから何となく避けてきた.ところが,最近は,秋の風物詩として数百万本のヒガンバナが群生している光景が放映されているのを見掛けるようになった.もはや忌み嫌う存在ではないのかもしれない.そのようなことを思いながら,改めて成分を調べてみたら,対動物だけではなく植物 vs 植物の典型的な他感作用が存在し,その物質の構造が明らかにされていることがわかった.

その研究概要は,農業環境研究成果情報:第15集(平成10年度成果)に「ヒガンバナの他感作用とその作用物質リコリンおよびクリニンの同定」というタイトルで掲載されている.以下に原文を使って紹介した.

[成果の内容・特徴]

  1. 根から滲出する他感物質はプラントボックス法(農業環境研究成果情報,第8集),葉から溶脱する他感作用物質の検定法はサンドイッチ法(同,第14集)により,農地周辺植物を対象に検定した。🔴ヒガンバナには,シュウ酸を作用成分とするカタバミやベゴニアに匹敵する強い作用がある(表1)。 ● 検定法については,アレロパシーの実験法について | みんなのひろば | 日本植物生理学会 を参照.

  2. ヒガンバナ栽培ポットに雑草を播種すると,🔴キク科等の発生を強く抑制するが,イネ科等に対する抑制作用はやや弱い表2)。

  3. 80%エタノールを用いてヒガンバナの葉と鱗茎から,植物生育阻害活性物質を抽出,精製し,阻害活性のある10種のアルカロイドを単離した。含有量が最大で阻害活性が最強の成分は,各種NMR,マススペクトル分析の結果,🔴図1に示す構造を持つ化合物リコリンとその誘導体クリニンと同定した。

  4. リコリンは15ppmでレタス(キク科)の根や地上部の生育を強く阻害し,50%阻害濃度(EC50)は2ppmである(図2)。この活性は天然物質中で最強のアブシジン酸に匹敵する。イネに対しては活性が弱く,EC50は15ppmである。クリニンのレタス根伸長阻害に対するEC50は20ppmであり,他のアルカロイドはさらに活性が弱いことから🔴メチレンジオキシ骨格が活性発現に重要であると推定される

  5. ヒガンバナ中のリコリンの濃度は,生の鱗茎中には0.5 mg/g,生葉中には0.3 mg/gである。クリニン含量がこれに次ぐがリコリンの5%以下であり,含有量と活性の強さと作用特性から🔴リコリンがヒガンバナの他感作用の本体であると推定される。

[成果の活用面・留意点]

🔴リコリンは水溶性が高く,雑草抑制への利用が期待されるが,作物への影響にも留意する必要がある。抗菌・殺虫作用もあり,小動物への影響にも留意する必要がある。

レタス(学名:Lactuca sativa)は,地中海沿岸,西アジア原産のキク科アキノノゲシ属の一年草または二年草.野菜として利用される.和名は,チシャ(萵苣・苣,チサとも)(Wikipedia).

リコリン,クリニンの結晶構造を以下に示した.ベンゼン環に縮環したメチレンジオキシを含む5員環(1,3-dioxolane)が活性発現に必要と結論付けている.キク科のレタス根の伸長実験では低濃度のリコリンで影響を受ける.同じキク科であるセイタカアワダチソウは,ヒガンバナの毒性に負けてしまうように思えるが,セイタカアワダチソウは根を張る位置が深い(50センチ)ため.敵対関係は微妙らしい.イネ科に対しては多感作用は少ないためか,田圃のあぜ道に植えることは理にかなっていて動植物の害を防ぐことができるということのようだ.

Capped Sticksによる結晶構造描画 (by enCIFer)


Lycorine Database Identifier LYCORN :Deposition Number 1208828

Space Group: P 21 21 21 (19), Cell: a 11.742(2)Å b 13.986(2)Å c 8.314(1)Å, α 90° β 90° γ 90°

R.Roques, J.Piquion, R.Fourme, D.Andre, Acta Crystallographica,Section B: Struct.Crystallogr.Cryst.Chem., 1974, 30, 296, DOI: 10.1107/S0567740874002706

(-)-Crinine Database Identifier HOPGOI :Deposition Number 1177885

Space Group: P 21 21 21 (19), Cell: a 6.040(1)Å b 12.382(1)Å c 17.861(2)Å, α 90° β 90° γ 90°

S.Ide, B.Sener, S.Ozturk, Journal of Chemical Crystallography, 1998, 28, 577, DOI: 10.1023/A:1023256425176

ついでに

ヒガンバナに含まれるアルカロイドについて

ガランタミン

ガランタミン(Galantamine)は,アセチルコリンエステラーゼ阻害薬のひとつであり,軽-中度のアルツハイマー病や様々な記憶障害の治療に用いられている(商品名レミニール).結晶構造を次図に示した.ガランタミン-アセチルコリンエステラーゼ複合体の構造がX線回折によって明らかにされている.薬効については,添付文書を見てほしい.

レミニール添付文書

Galantamine

結晶化する際にクロロフォルムを抱き込んでいる.

Data Citation K.Mereiter CCDC 875423: Experimental Crystal Structure Determination, 2014, DOI: 10.5517/ccycygp

Deposited on 07/04/2012

GOHYAF : (-)-Epigalantamine-N-oxide chloroform solvate

Orthorhombic, P2(1)2(1)2(1), Space Group: P 21 21 21 (19), Cell: a 9.393(4)Å b 10.266(4)Å c 24.977(8)Å, α 90.00° β 90.00° γ 90.00°

The title structure contains the N-oxide of epigalantamine, where epigalantamine derives from (-)-galantamine by having a S configuration at C13, while (-)-galantamine has an R configuration at C13.

One of the two CHCl3 solvent molecules is orientation disordered and adopts two orientations in 0.644(8):0.356(8) proportion.

ヒガンバナに含まれるアルカロイドとして,Tazettine も単離されている.近藤平三郎博士等が,核磁気共鳴装置の存在しない時代に,各種の反応により部分構造の導出を行っている.藥學雜誌に18報投稿されている(オンラインで閲覧可能).Google で石蒜のアルカロイド研究で検索すればヒットする.

1927年に近藤等により単離されていた Sekisanineという化合物である.

H. Kondo and K. Tomimura, J. Pharm. Soc. Japan, 545, 82 (1927); Chem. Zentr., 1927, 11, 1851.

近藤 平三郎(こんどう へいざぶろう、1877年12月11日 - 1963年11月17日)は、日本の薬学者薬化学者薬学博士

石蒜のアルカロイド研究 (第一報)

近藤 平三郎, 富村 邦好,藥學雜誌.1927 巻 545 号 p. 545-549.第18報まで確認

参考資料

「ヒガンバナの他感作用とその作用物質リコリンおよびクリニンの同定」

ヒガンバナ

ヒガンバナ科植物 - 日本中毒情報センター

ガランタミン

ガランタミンの結晶構造は以下の三種がCCDCに登録されている.

GOHXUY

Deposition Number(s): 875424

Space Group: P 21 21 21 (19)

Cell: a 9.735(4)Å b 10.451(5)Å c 24.260(9)Å, α 90.00° β 90.00° γ 90.00°

Compound Name: (-)-Galantamine-N-oxide chloroform solvate

GOHYAF

Deposition Number(s): 875423

Space Group: P 21 21 21 (19)

Cell: a 9.393(4)Å b 10.266(4)Å c 24.977(8)Å, α 90.00° β 90.00° γ 90.00°

Compound Name: (-)-Epigalantamine-N-oxide chloroform solvate

JINZEM

Deposition Number(s): 658096

Space Group: P 21 21 21 (19)

Cell: a 6.676(2)Å b 8.601(2)Å c 32.446(9)Å, α 90° β 90° γ 90°

Compound Name: (+)-Epigalantamine chloroform solvate