登場人物
紬(つむぎ) 女性
20代前半。大学生。
人の"縁"が見える不思議な力を持つ。
大学の長期休みを利用し、実家の神社で巫女を勤める。
クスノキ 男性
年齢不詳
落ち着いたやわらかい口調の青年
紬にしか視えない存在
暁(あき) 男性
年齢不詳
見た目は低身長の中学生くらい
紬にしか視えない存在
詩(うた) 女性
年齢不詳
見た目は低身長の中学生くらい
紬にしか視えない存在
幸一(こういち) 男性
20代後半
玉響神社にお参りにきた参拝客
御守りを求めに来たが、体調が良くないのか顔色が悪い
佳恵(よしえ) 女性
玉響神社の参拝客
昔、紬に縁を結んでもらった
とある報告をしに訪れる
※詩が兼任
圭太(けいた) 男性
玉響神社の参拝客
昔、紬に縁を結んでもらった
とある報告をしに訪れる
※暁が兼任
配役表
紬:
クスノキ:
暁・圭太:
詩・佳恵:
幸一:
紬M
「"縁(えにし)"
それは人の繋がり。奇跡の繋がり。
人同士で繋がり合う者もいれば、人以外と繋がり合う者もいる。
縁とは言葉で言い表せないもの。目には見えぬ、繋がりの糸。
しかし、縁はいいものだけではない。
悪い縁の繋がりは、人に害を招くモノに成り替わる。
私が紡ぐは人の縁。そのまた逆も然り」
-日中-
-神社の境内を掃除している-
紬
「んー、気持ちいい風」
紬M
「ここは玉響神社。
父が宮司を勤める私の実家でもある。
大学の長い夏休みを利用して、巫女として実家を手伝っている。
まぁ、手伝っている理由はそれだけじゃないんだけどね」
紬
「こんないい天気で気持ちいい風が吹くと眠くなるなぁ(欠伸)」
暁
「紬様、大きな欠伸だね」
詩
「暁、紬様だって欠伸くらいしますよ」
紬
「あはは、二人は今日も元気そうで安心だよ」
紬M
「ふと周りに響く声。
けど周りに声の主はいない。この声は私にしか聞こえないんだ。
私は声の主でありこの玉響神社の守護者でもある狛犬をそっと撫でる」
暁
「今日は安全そうだなぁ。よっと!」
詩
「あ、暁!待ってください!」
紬M
「狛犬から抜け出すように私の前に降り立つ二人の男女の子供。
私にしか見えないからって、毎度この瞬間は緊張する。
そう。この子達は神社を護る狛犬。
こうして人の姿をとって、たまに神社の境内を警護している」
詩
「紬様、申し訳ありません。仕事を放棄するわけではないのでご安心ください」
紬
「大丈夫だよ。暁も詩もありがとう」
暁
「ふん。クスノキ様のお力を通して僕達にも力が流れてる。あの場で佇んでなくても異常があればすぐにわかる」
紬M
「クスノキ様。玉響神社の境内にそびえ立つ御神木。
青々と緑を茂らせ、夏の陽射しから境内を守るように日陰を作ってくれている。
その為、夏でもここは少しばかり涼しさがある」
クスノキ
「紬」
紬
「ぁ、クスノキ様。本日もお日柄もよく」
クスノキ
「あぁ、いいんだよ。私にはそんな堅苦しい言葉を使わないでくれ」
紬
「いえ。クスノキ様は我が神社の御神木です。この口調だけは崩すことはできません。お許しを」
クスノキ
「まったく。真面目と言うか頑固と言うか」
紬
「ところでクスノキ様。どうして具象化を……ぁ、すいません。失礼します。お客様のご案内をしてきます」
クスノキ
「頼んだよ」
-困っている子連れの参拝客に声を掛ける-
紬
「失礼いたします。何かお困りですか?
……あぁ、絲紡祭(しほうさい)でしたら来月に行います。
社務所に絲紡祭のチラシがございますのでご自由にお取りください。
……え、宮司ですか?あぁ、宮司は入院をしておりまして、私がご案内をしております。
いえ、ご心配いただきありがとうございます。宮司に伝えておきます」
-連れのお子さんが紬の後ろにいた暁や詩達に手を振る-
暁
「……あの子供、僕達のこと視えてたな」
詩
「子供は視えると言われていますからね」
暁
「クスノキ様のことは視えてなかった」
クスノキ
「私の纏う気はたまゆら様に等しい神気だからね。私の姿が人間の目に映ること自体が稀だよ」
紬
「では私はその稀の内に入りますね」
クスノキ
「紬はたまゆら様の巫女だからね。たまゆら様のお力を通す御神木である私の姿が視えて当然だ」
紬M
「玉響神社。
恋愛成就、夫婦円満、良縁祈願……全てのご利益が人の縁に関係している。
それも全ては玉響神社の祀っている主神、玉響命(たまゆらのみこと)様のおかげ。
玉響命様は人の縁を繋ぐお方。繋がるべき者同士を繋げるお力を持っている。
創建以来"絲紡祭"と称し、人々の縁が繋がる場を作っている。
たまゆら様のお力を境内に満たす為の御神木であり依代にも成り得るクスノキ様。
クスノキ様を通して神社の入り口を守護する狛犬である暁と詩。
玉響神社は、彼らの神聖な力で守られている」
佳恵
「紬ちゃん」
紬
「ぁ、佳恵さん!」
圭太
「お久しぶりです」
紬
「圭太さんも、お元気そうで何よりです!今日は参拝ですか?」
圭太
「参拝もだけど、今日は紬ちゃんに報告があるんだ」
紬
「報告?」
佳恵
「ふふ、実はね?私達結婚するの」
紬
「え!?」
圭太
「絲紡祭で紬さんに縁を結んでいただいたおかげです」
紬
「いえ、私は……たまゆら様のおかげです。
後は、お二人が心の底から生涯を共にしたいと願ったからでしょう」
佳恵
「まぁ、それは嬉しいわ!」
圭太
「絲紡祭で彼女を見て、運命を感じたんだ。
不思議な感覚だったけど、信じてよかったよ」
紬
「ぁ……」
紬M
「微笑ましく二人を見ていると、不可思議に一本だけ伸びる光の糸があった。
佳恵さんと圭太さんを繋ぐ光の糸ではなく、佳恵さんのお腹から伸びるように二人に繋がる糸……」
紬
「あの、佳恵さん?」
佳恵
「なぁに?紬ちゃん」
紬
「もしかして、あの……」
佳恵
「ふふ、紬ちゃんにはなんでもお見通しなのね。
そうよ。赤ちゃんがいるの。検診で分かったばかりなんだけど、紬ちゃんには分かるのね」
紬
「お子様も、お二人のところに来たいと思ったんでしょう。
お二人と縁の糸が繋がっています」
圭太
「はは、それは嬉しいことだね。紬ちゃんとたまゆら様が繋いでくれた縁を大切にしないとね」
佳恵
「そうね」
圭太
「紬ちゃん、忙しいところを引き留めちゃってごめんね。
僕達はそろそろ参拝しに行くよ。この後も用事があるから、また来れる時に」
紬
「はい!その際はご家族でいらしてください」
佳恵
「ありがとう!それじゃあね!」
紬M
「本殿に参拝をしに行く二人を見届け、軽く息を吐いた。
私には、人の縁が見える。そして、それを繋がるべき者同士と繋げることができる。
しかしそれはあくまできっかけを作るに過ぎない。
最終的に結ばれるかは、本人達次第でしかない。
祝福の縁は、とても儚くて綺麗なんだ。
いつ切れるか分からないからこそ、人は縁を大事に出来る。
そういう縁を繋げられたことを嬉しく思う」
クスノキ
「やはり、嬉しいものだな」
紬
「……はい。私の力が、こうして目に見えて役立ったんだなと思うと、嬉しいです」
クスノキ
「……紬は、心から人の幸せを祝福できる。
人の喜び、痛み、つらさを分かっている。
そんな者だから縁の力が、たまゆら様に通ずる力を持って生まれたのだろう」
紬
「クスノキ様にそう言われたら、もっと頑張らないといけませんね」
クスノキ
「人の縁とは、必然で繋がる訳じゃない。あくまで紬のやることは縁の始まりを作るに過ぎない。
自分の力で結ばれなかったと気を落とさないか心配だぞ」
紬
「大丈夫です!それに……あれ?」
-階段の上から見下ろせば、男性がうろうろして神社を見上げている-
紬
「あの男の人、神社の入り口で何してるんでしょう。
クスノキ様、ちょっとあの男の人に声を掛けてきますね。
お困りだと思いますので」
クスノキ
「(紬のセリフに被せる)待て」
紬
「え?」
クスノキ
「あの男は"成る"」
紬
「……本当ですか?」
クスノキ
「ああ」
紬
「でも、そんな糸は見えな……ぁ、いなくなっちゃった」
紬M
「再び階段の下を見下ろせば、男性の姿は消えていた。
クスノキ様の成るという言葉が私の中で重く響いた。
縁は、いいものばかりではない。
悪い縁をその身に繋げれば繋げる程、縁は重く鎖のように身体を蝕む。
そして周りの人間にも影響していく。
悪い縁は人を襲う"怪異"に成り変わる」
-翌日-
紬
「えっと、御守りも御朱印帳も破魔矢も補充完了。
後は絵馬掛所とおみくじ掛けのところの点検かな」
紬M
「社務所で販売される商品の補充をし、私は境内に設置されている絵馬掛所に向かった。
風で裏返しになってしまっている絵馬を毎朝表にしている。
これも参拝してくれた方の願いをたまゆら様にお見せする為の大切な仕事。
ふと一枚の絵馬が目に入った。
昨日参拝に来てくれた佳恵さんと圭太さんの絵馬だった。
"生まれてくる子供が良いご縁に恵まれますように"
それは夫婦が願う心からの願い事だった」
紬
「大丈夫ですよ。お二人のお子様なら、良縁にも恵まれます」
クスノキ
「紬、何を見ているんだ?」
紬
「ぁ、クスノキ様。いえ、昨日のご夫婦の絵馬があったので……」
クスノキ
「……あぁ、懐かしい願い事だ」
紬
「え?」
クスノキ
「昔、同じ願い事をした女性がいた」
紬
「そうなんですか?」
クスノキ
「紬、お主の母親だ」
紬
「ぇ、お母さんが?」
クスノキ
「ああ」
紬
「そうなんだ。
……お母さんと過ごした記憶は、もう覚えてないんです。
今はもう、写真でしか母のことを知ることができないのが、少し寂しいです」
クスノキ
「……そうか」
紬
「お父さん、お母さんの話をあまりしてくれないんです。
写真でしか分からないけど、二人の仲が悪かったとかはないと思うんです。
ちゃんと、縁の糸が視えましたから……それなのに、なんで話してくれないんだろう」
クスノキ
『二人の縁は、私が繋いだものです』
紬
「え?た、たまゆら様?……も、申し訳ありません!私などがたまゆら様のお隣に立つなど!」
クスノキ
『良いんですよ。紬は私の認めた巫女です。隣に立つことを許しましょう』
紬
「あ、ありがとうございます」
クスノキ
『紬もあの頃と比べると大きくなりました。乳飲み子だった時が昨日のようです』
紬
「たまゆら様、私はもう成人しております。去年こちらで成人の儀を執り行ったばかりですよ」
クスノキ
『そうでしたね。人の成長は誠に早い。ならば、もう話しても良いでしょう』
紬
「何をですか?」
クスノキ
『紬、あなたの父から成人するまでは秘匿するよう願われていました。ですがもう二十を超えました。
両親の間に何があったのか、話して差し上げましょう』
紬
「え?」
クスノキ
『しかし聞くも聞かぬも紬次第です。どうしますか?』
紬
「そう、ですね。正直、いきなり言われてもどうしていいか分かりません。驚いています。
写真でしか知らなかった母のことを知れる。それなのに、嬉しい反面少し怖いんです。
どんな母だったんだろうと想像した時もありました。自分勝手に作ったイメージと実際の母が違ったらどうしようって。
酷い娘ですよね。実の母を知るのが怖いって……」
クスノキ
『知らぬことを知るのが怖いのは人間皆同じです。心に従うのが良いでしょう。
しかし、知ったからと言って両親との縁が切れることはありませんよ』
紬
「……たまゆら様、教えてください。母は、どんな人だったんですか?」
クスノキ
『二人の縁を繋いだのは私だと言いましたね?二人は絲紡祭で出会ったのですよ。
私、いえ。クスノキの姿は彼女には視えませんでしたが、いつもクスノキを通して傍で見守っていました。
二人は結ばれ、生涯を共にすると誓い、紬をその身に授かりました。
私は人の縁を繋ぐ神。人の縁の始まりも終わりも分かってしまいます。
二人の縁が歪み、切れかかっていました』
紬
「え?」
クスノキ
『しかし、それを助言するのは私がたまゆらである限り出来ません。
一人の人間を特別視することは禁忌ですから』
紬
「そう、ですよね……」
クスノキ
『紬がこの世に生まれ落ちたことで、切れかけていた縁も再び結ばれました。
二人が道を違えずにいたのは紬の影響です』
紬
「私が生まれたことで、二人は別れずにすんだんだ。よかった……」
クスノキ
『紬、あなたが縁の力に気づいたのはいつ頃か覚えていますか?』
紬
「いえ、詳しい時期は……小学生の時には、視えていた気がします。
その頃には母は既に亡くなっていて、父からも母は交通事故で亡くなったとしか……」
クスノキ
『縁の力を人間が有してること自体が稀です。奇跡に等しいと言っても良いでしょう。
実際に力が発現したのは小学生の頃かもしれませんが、それより以前に……いえ、生まれ落ちた時からその力を有していたのでしょう。
縁の力は純粋に陰の気を引き寄せます。力あるものを欲するのは魔の特徴。それは紬もよく理解していますね?』
紬
「は、はい。父も力を持っています。私とは違いますが、霊魂が視え魔を祓う力です。
私に魔が近寄らないよう、御守りを作ってくれたことがあるので、その際に色々聞きました」
クスノキ
『縁の力を持つ者は、魔にとっても特別なのですよ。それを産み落とした母体も、魔にとっては獲物にしか過ぎません』
紬
「……まさか」
クスノキ
『……紬、あなたの母は、縁の力を欲する魑魅魍魎に襲われ亡くなりました』
紬
「(息を飲む)」
クスノキ
『真実を伝えるには酷すぎる。だからあなたの父は、紬が成人するまで待ったのでしょう。
あなたを守る為に、嘘を教えたのです。あれは交通事故だったと』
紬
「たまゆら様は、母の傍にいたと仰っていましたよね?
……亡くなる時も、母の傍にいてくれたんですか?」
クスノキ
『紬の父が、母を抱いて境内に入ってきました。魔に追われていましたが、暁と詩が退けました』
紬
「母は、最期に何か言っていましたか?父や、私に対して……」
クスノキ
『彼女には、力がありませんでした。視えも感じも聞こえもしない。
しかし、運命とは残酷ですね。生死を彷徨うその瞬間に、彼女には視えたそうです。
"あなたと同じ世界が視えてよかった。やっとあなたの全てを理解できた。紬のことを、見守ってください"と……』
紬
「お母さん……。今も、どこかで見守ってくれてるのかな……」
クスノキ
『そうですね。見守っていると思いますよ』
紬
「こういう時、ちょっとだけ父の力が羨ましいです。私には現世に留まる霊体は視えません。
母の姿を視ることができない。きっと見守ってくれているなら、今も傍にいるんでしょうね。
父も、そんな母と私を見ながら、何も言わずに接してくれていたんですね」
クスノキ
『縁の力が憎いですか?』
紬
「い、いえ!申し訳ありません!そういう意味で言った訳では!
……ただ、母の姿が視えないのが、寂しいだけです」
クスノキ
『そうですか。紬には……』
-暁と詩がふっと目の前に現れる-
クスノキ
『暁、詩。どうしました?』
暁
「お話中のところを失礼いたします。たまゆら様と紬様に急ぎお伝えしたいことがございます」
クスノキ
『何かありましたか?』
詩
「昨日、鳥居の階段前でうろついていた男性が来ております」
紬
「ぁ、昨日私が声を掛けようとした?」
詩
「はい」
暁
「結界を張って近寄れないようにしておりますが……」
紬
「どうしたの?」
クスノキ
『……なるほど。分かりました』
暁
「たまゆら様は一度お戻りを……御身には指一本触れさせません」
クスノキ
『分かりました。紬、無理をしてはいけませんよ』
紬
「はい。大丈夫です」
クスノキ
『暁。詩。頼みましたよ』
暁
「お任せを」
詩
「我が身に変えても」
クスノキ
「……それじゃあ、行こうか」
-紬は三人と一緒に鳥居前に向かう-
-顔色の悪い男性が、紬を見て会釈をする-
紬M
「鳥居の前に立つ男性を見た瞬間、背筋がゾッとした。
男性の身体に複雑に絡む縁の数に吐き気を覚える。
人は一生の内に何人もの縁と繋がる。
同時に消えていく縁もある。
途中で切れた縁は自然と消滅していくはずなのに、この男性には切れた縁が残っていた。
その縁の糸はどす黒く、鎖のようになっている。
ここまでの悪い縁は、初めてだった。
それでも私は、何事もないように男性に声を掛けた」
紬
「おはようございます。何かご入用ですか?」
幸一
「あの、御守りってありますか?」
紬
「ございますが、只今巫女が私一人しかいなく社務所の準備がまだ済んでいません。
申し訳ないですが、もう少々お待ちいただけますでしょうか?」
幸一
「もう、神様に頼るしかないんです。友達に、ここの御守りがいいって……」
紬
「……あの、失礼ですが事情をお伺いしてもよろしいですか?」
詩
「(紬の台詞に被せる)紬様!お下がりください!」
紬
「え?」
暁
「成るぞ!」
紬M
「暁と詩が素早く陣を描き、結界を強めた。
男性に繋がる縁が、"怪異"に成り変わった。
私の反応に不思議に思った男性が私の視線を追う。
その瞬間、男性は悲鳴を上げた」
幸一
「うわあああああああああ!!」
紬
「こちらへ!」
幸一
「な、なんだよあれ!」
紬M
「非常事態を汲んで、私は男性を鳥居内に引き込んだ。
普通の人には視えないはずなのに、男性は確かに怪異を指差し怯えていた。
男性の身体にはいつ怪異に成ってもおかしくない縁の糸が複数本絡み合っている。
結界で力を使っている暁が、男性の縁が怪異にならないよう結界を張った」
暁
「紬様、その結界は境内の結界よりも弱い!危ないと思ったらすぐ逃げて!」
紬
「分かった」
詩
「くっ、暁!結界の維持に集中してください!」
暁
「分かってる!」
紬
「怪異が、結界を破ろうとしてる……」
クスノキ
「アレが視えるのか?」
紬
「視えます」
クスノキ
「どのくらいはっきり視える」
紬
「過去何回か縁が怪異に成った瞬間に立ち会ったことがありますが、その時とは非にならない程鮮明に視えます」
クスノキ
「なるほど。縁が怪異に成るには二通りある。
一つは、繋がっている先の人間が生者に対して未練を残して亡くなった場合。
もう一つは、繋がっている先の人間が執着している場合だ。
過去紬が出会った縁の怪異は前者の場合だった。
人の霊魂が視えぬ紬には、死者の未練とは相性が悪い」
紬
「という事は……」
クスノキ
「そこまではっきり視えるということは、アレは生きている者の縁の成れの果てだ」
幸一
「あ、あんた!い、一体誰と話してんだよ!あ、あのバケモンはなんなんだよ!」
紬M
「男性の"バケモン"と言う言葉に反応し、怪異が激しく暴れ出し結界にヒビを入れていく。
暁と詩が必死に境内に入らないようにしているが、怪異は結界をものともしない勢いで壊そうとしてくる。
二人が苦戦するほどの怪異に、私は息を飲んだ。
クスノキ様も二人に向けて力を流しているのか、苦痛の表情を時折していた」
紬
「あなたには、アレが視えてますね?」
幸一
「はぁ!?何言ってんだよ!さっきからあれはなんだって言ってんだろ!」
紬
「あなたの言葉に反応しています。あなたには原因が分かるはずです。
ここに来るようになった経緯を、詳しく話してください」
幸一
「原因ってなんだよ!俺は何も知らねぇよ!あんなバケモンなんて知らねぇ!」
紬
「いいから!ここに来ることになった経緯を話しなさい!」
幸一
「……い、一ヵ月くらい前から体調が悪いんだ。気力も出ないし、倦怠感もすごくて、何も手に付かない。
色んな病院に行ったさ!色んな検査もした!それなのに原因不明ってたらい回しさ!
食事を摂るのも、動くのも苦痛で、友達が俺を心配してここを紹介してくれたんだ。
神様なんていないって思ってた!そんな偶像になんて頼ったところで俺のこの病気は治んねぇって!
それなのに、この苦痛から解放されたくて、神様なんていねぇってのに、バカみてぇにここに来てた。
そしたらあんなバケモンが現れるし、あんたは訳わかんねぇ一人事を言ってるしで、意味わかんねぇよ!
あんた神社で働く巫女なんだろ!?どうにかしろよ!」
紬
「……」
暁
「あっの野郎、全ては自分のせいだってのに紬様に突っかかりやがって……!」
詩
「縁の良し悪しは、個人の振る舞いで決まると言うのに……!」
紬
「……分かりました。この怪異は、何度も言いますが全てあなたが原因で生まれました。
ここをお友達に勧められたと言いましたね?ならば、ここがどういうご利益の神社かまで聞いているはずです」
幸一
「そ、それは……」
紬
「そのお友達はあなたの体調不良の原因に無意識ながら気づいていたのでしょう。
だからここを勧めた。ここは、縁結びの神社です。ですが、数少ない縁切りの神社でもあります。
私が言いたいこと、今ならお分かりいただけますね?」
幸一
「……」
紬
「(手を叩く)準備をします。暁、詩。もう少し辛抱してください」
詩
「はいっ!」
暁
「任せてっ!」
-紬の足元に印が浮かび上がる-
紬
「"掛(か)けまくも畏(かしこ)き伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)、筑紫(つくし)の日向(ひむか)の橘小戸(たちばなのおど)の阿波岐原(あわぎはら)に、御禊(おみそぎ) 祓(はら)へ給(たま)ひし時(とき)に生(な)り坐(ま)せる祓戸(はらいど)の大神等(おおかみたち)
諸諸(もろもろ)の禍事(まがいごと) 、罪穢(つみけがれ)有(あ)らむをば祓(はら)へ給(たま)え清(きよ)め給(たま)へと白(もう)す事(こと)を聞(き)こし食(め)せと恐(かしこ)み恐(かしこ)み白(もう)す"」
紬M
「縁を切る前に、男性の身を清める為に祓詞を唱えた。
先に清めなければ、縁を切ったとしても穢れに染まったその身がまた新たな怪異を作りかねない。
怪異に繋がる縁が光が取り戻していった時、怪異は音にならない悲鳴を上げた」
暁
「詩、もう少しだ!絶対に縁を切るまで入らせるな!」
詩
「分かっています!」
紬
「(息を荒げる)……なんて、酷い……」
暁
「紬様?」
詩
「紬様!聞こえますか!?気を確かに!」
クスノキ
「これはまずいな。暁、詩、少し力の通りが悪くなる。再び力を通すまで持ちこたえられるか?」
暁
「は、はい!」
詩
「大丈夫です!」
クスノキ
「(息を軽く吐く)『……では、頼みましたよ』」
紬M
「意識はハッキリしている。みんなの話している声もちゃんと聞こえる。
怪異に繋がる縁から流れ込んでくる記憶が、私を引き寄せる。
"その男に捨てられた"
"私がいるのに、他にも女の子と遊んでいた"
"その男の子供を身籠ったのに、認知されず遊びだったと"
"子供に罪はないのに、小さな命を殺してしまった"
"この男は、私の気持ちなんて知らないで、未だに私に話しかけてくる"
"それなのに、憎いはずなのに、離れられない自分が嫌いなの"
"こんな男と出会わなければよかった"
"出会う前に戻りたい"
流れ込んでくる言葉に、私は息が止まりそうだった。
自ら縁を切ろうとしても、男性が気にかける限り縁は切れることはない。
縁を自ら切ることが出来る人でも、かなりの勇気がいること。
それを数々の酷い言葉を言われた彼女が、言えるはずがなかった。
怪異は、彼女は……苦しそうに、泣いているように見えた」
クスノキ
『禍言(まがこと)呼(よ)び込(こ)む罪穢(つみけがれ)、縁(えにし)の神力(しんりき)を有(あ)らむ者(もの)を現世(うつしよ)に繋(つな)げ給(たま)へ』
紬
「はっ……たまゆら様?」
クスノキ
『飲まれかけていましたよ。紬の縁をこちらに繋げました』
紬
「あ、ありがとうございます。も、申し訳ありません。お手をお掛けしてしまって」
クスノキ
『礼は不要ですよ。このような縁ならば、あのような怪異に成って当然です』
紬
「……はい」
クスノキ
『切ってしまいなさい。これも、人の子の為です』
紬
「……あなたの言葉、全て聞き届けました。
"掛(か)けまくも畏(かしこ)き玉響大神(たまゆらのおおかみ)、罪穢(つみけがれ)を有(あ)らむ幾重(いくえ)の縁(えにし)、彼(か)の者(もの)との縁(えにし)を別(わか)ち給(たま)へ清(きよ)め給(たま)へ、神(かん)ながら守(まも)り給(たま)へ幸(さき)へ給(たま)へ"」
紬M
「縁を断つ祝詞を唱えると、怪異と男性を繋ぐ縁は消滅していった。
"出会う前に戻りたい"彼女が放った願いを、叶えられたのかな」
幸一
「は、はは、あんたすげぇな。あんなバケモン消しちまうなんて!
おいバケモン!二度と俺の前に現れんな!お前のせいで俺の人生めちゃくちゃだ!とっとと消えちまえ!」
紬
「(ビンタをする)」
幸一
「いっ……っにしやがんだ!」
紬
「彼女は!あなたの子供を身籠っていたんです!それを、あなたが殺したんです!自覚はあるんですか!?
他の女性と遊びたい?それは大いに結構です!けれど他の方との縁を清算してからにしてください!」
幸一
「な、んでそんなこと知って……」
紬
「あなたが改心しなければ、また同じようなことが起きます!
あれは、あの怪異は!あなたのすぐ傍で生きている人間なんです!
今切った縁以外にも、怪異になる縁がまだ沢山あなたには繋がっています!
二度とこのような思いをしたくないのなら、女性との関係を全て清算しなさい!」
幸一
「俺は……」
紬
「この神社をあなたに勧めたお友達に感謝してください。
そのお友達の言葉を聞いていなかったら、あなたは今ここには存在していません。
先ほどの怪異に殺されていたでしょう。突然死、事故死、病死……どれかは分かりませんが、確実に起きていた未来です。
……そのお友達の縁だけは、大事にしてください」
幸一
「……」
暁
「こんな屑にも繋がるべき縁があるのは皮肉だな」
詩
「人の子はみな、必ず繋がるべき縁があります。
その縁を繋げ続けていくことが出来るかは人の子次第です」
紬
「……縁切りは終了しました。お帰りください」
-男性は紬に促され、意気消沈しながら神社を去っていく-
クスノキ
『彼(か)の者(もの)との縁(えにし)を別(わか)ち給(たま)へ』
紬
「ぇ、たまゆら様?」
クスノキ
『同じことが起きればここに来ればいいと楽観的な縁が生まれてしまいます。
それではあの者の為になりません。紬の言葉も、響いていなかったことになってしまう。
繋がり続ける縁は、良い時もあれば悪い時もあります。
今回繋がれた縁は、繋がり続けるにはとても危険です』
紬
「特別視は禁忌だったんじゃないんですか?」
クスノキ
『紬は別ですよ。
それに、あの者との縁は切りましたが、ここを勧めた人の子の縁は玉響神社自体と繋がっています。
その人の子の縁までをも切るつもりはありませんよ』
紬
「それならばよかったです。それでは、私は参拝の方が来られるまで社務所で絲紡祭の準備をしてきます」
-一礼をし、社務所の方へ戻っていく-
-その後ろ姿を見守る三人-
クスノキ
『……縁(ゆかり)。あなたの娘は、強かな女性に育ちましたね』
暁
「自分に繋がる縁が視えないのも不便ですね」
詩
「ずっと、こうしている間もお母様は心配なお顔をされていて、お母様との縁は繋がり続けているのに……」
クスノキ
『縁とは通常は視えないものです。いいえ、人の子には視えなくてもいいものです。
紬は常日頃、数多の縁を視ている。自分の縁まで視えてしまうのは、とてもつらいことですよ』
暁
「そうですね」
詩
「お母様、紬様のことは私達にお任せください」
暁
「最後まで護り抜きます。縁の渦にいるたまゆら様の巫女を護るのも、僕達の仕事ですから」
クスノキ
『縁は、繋げようと思っても繋がるわけではありません。いつの間にか繋がっているものです。
こちらから干渉しないようにしても、向こうから干渉してきてしまってはいずれ縁は出来てしまいます』
詩
「はい。私達とたまゆら様が繋がっているように……」
暁
「僕達も、たまゆら様も、とっくに紬様との縁は繋がってる」
クスノキ
『ここまで繋がっているのでは仕方ありませんね』
詩
「ふふっ、そうですね」
暁
「たまゆら様、嬉しそうですね」
クスノキ
『そんなことはありませんよ?暁や詩の方が、幸せそうです』
暁
「そりゃ、こんなに太い縁を繋がれたんじゃ、放っておけないですよ」
詩
「私達が紬様を大事に想っているように、紬様も私達を大事に想ってくれているんですね」
暁
「紬様、人の子と縁を繋いでくれ」
クスノキ
『急ぐ必要はありません。人の子の一生はとても短い。
数少ない人生、出会う人は数知れず。縁が視える紬が生涯を共に出来る人の子と出会えるかは分かりません。
しかし私は見届けましょう。巫女の旅路を見守るのも、私の務めです』
詩
「私達も共に」
暁
「最後まで」
クスノキ
『……縁の紡ぎ先が楽しみですね、紬』
紬M
「"縁"
それは人の繋がり。奇跡の繋がり。
人同士で繋がり合う者もいれば、人以外と繋がり合う者もいる。
縁とは言葉で言い表せないもの。
目には見えぬ、繋がりの糸。
しかし、縁はいいものだけではない。
悪い縁の繋がりは、人に害を招く"怪異"に成り替わる。
そのような縁は、切ってください。
繋がり続けることが、あなたの心身を壊していく。狂わせていく。
あなたの御心のままに、従ってください。
常に苦しい、しんどい思いをしているのならば、その縁はあなたにとっては悪縁です。
その者との縁を切っても、何も問題はありません。
繋がり続けてしまえば、いずれは人に害を招く怪異に成ります。
あなたには、その者との縁よりも、繋がるべき縁が数多に存在します。
相応しい縁と繋がることを、たまゆら様と共に願っております。
"掛(か)けまくも畏(かしこ)き玉響大神(たまゆのおおかみ)、罪穢(つみけがれ)を有(あ)らむ幾重(いくえ)の縁(えにし)、彼(か)の者(もの)との縁(えにし)を別(わか)ち給(たま)へ清(きよ)め給(たま)へ、神(かん)ながら守(まも)り給(たま)へ幸(さき)へ給(たま)へ"
あなたの縁が、守られんことを……」
幕
2022/08/11 5人用台本「縁が繋ぐモノ」 公開
2023/11/19 詠唱セリフのみ全ルビ追加