登場人物
魔女 女性
年齢不詳の女性
森の奥深くに動物たちと住んでいる
常に両目を閉じて生活しているが……?
少年 男性
魔女に母親を殺されたオッドアイの少年
魔女を殺す為に森に踏み入る
※物語の中で、年齢が変わっているので注意
魔女狩り 男性
魔女を狩っている者の総称
何やら目的があり魔女を狩っている
卑怯でも姑息でも、手に入るならなんでもする悪党
配役表
魔女:
少年:
魔女狩り:
魔女M
「綺麗な綺麗な宝石箱。様々な宝石を生み出す魔法の雫。
その宝石は高純度で、売れば瞬く間に億万長者になれる。
そんな噂が、魔女狩りの間で広まった。
誰もが藁をも縋る思いで手を伸ばしたくなるモノ。
西の森に、ソレは在った」
魔女
「……うん、甘くて美味しい。これはジャムにでもしましょうか。
この薬草は煎じて薬に、摂れたての山菜は新鮮なうちに料理ですね。
素敵な場所に案内してくれてありがとう。
やはり森の事は、古来から森に住むあなた達に聞くのが一番です」
-魔女がそう声をかけると、周りにいた小鳥やシカ達は一声鳴き森の奥へと消えていく-
魔女
「さて、そろそろ帰らないといけませんね。
下準備が大変な材料ばかりですから。
それに、そろそろ日暮れ。魔女狩りが動き出す時間だわ」
少年
「うあぁああああああ!」
魔女
「ッ―――!?」
-突如茂みから飛び出してきた影を避ける-
魔女
「……ボク?ここに入ってはいけないと親に教わらなかったのかしら?」
少年
「ぅ、うわぁああああああ!」
魔女
「まったく。人の話は、最後まで聞くものよ?」
少年
「ッ、離せ!」
-飛び掛かってきた少年の手首を掴み、持っていたナイフを叩き落とす-
魔女
「もう一度聞くわ。ここに入ってはいけないと教わらなかったの?」
少年
「母さんは死んだ!お前らに殺されたんだ!!」
魔女
「……そう」
少年
「お前ら魔女さえいなければ!いなければ!!」
魔女
「それで?私を殺すと?」
少年
「そ、そうだ!母さんの仇だ!」
魔女
「そう。でもね、ボク?そんなガタガタと震えていては、殺せるモノも殺せないわよ?」
少年
「う、うるさい!離せ悪い魔女!殺してやる!」
魔女
「癇癪(かんしゃく)起こさないでちょうだい?離してあげるから」
少年
「え……?」
魔女
「なにかしら?」
少年
「なんで……」
魔女
「離してほしかったのでしょう?はい、あなたの大事な物よ」
少年
「どうして……」
魔女
「ボク、私はあなたの言う悪い魔女ではないわ。」
少年
「え?」
魔女
「西に住む魔女は、良い魔女なの。ボクが言う悪い魔女は、東に住んでるわ。」
少年
「……」
魔女
「信じるかどうかはボク次第だけど……」
-魔女が両目をずっと閉じている-
少年
「なんで目閉じて……ぁ、もしかしてお前目が視えないのか?」
魔女
「……視えない訳じゃないわ?理由があるのよ」
少年
「理由?それって、一体……」
魔女狩り
「いたぞ!宝石箱だ!!」
少年
「え、宝石箱って……」
-銃声が響き渡る-
少年
「うわ!?」
魔女
「静かにしてなさい。暴れたりしたら殺されるわよ」
少年
「わ、わかった」
魔女狩り
「いたぞ!追え!」
少年
「ぇ、なんで向こうに?」
魔女
「しーっ、静かに……」
魔女狩り
「くそ!どこに行きやがった!探せ!まだ遠くには行っていないはずだ!!」
魔女、少年
「…………」
魔女
「……行った、かしら」
少年
「なんだよ、あいつら」
魔女
「ッ、だから、この森には入ってはいけないと、言ったのよ。
ここには、ああいう品のない、魔女狩りと言う連中がいるの」
少年
「魔女、狩り?」
魔女
「……怪我は、ない?」
少年
「ぇ、あ、僕は、平気、だけど……でも、お前が……」
魔女
「大丈夫よ。掠り傷だからすぐ治るわ。
ごめんなさい。何も知らないボクを、巻き込んでしまって……」
少年
「え?」
魔女
「私が、魔女狩りに狙われているのは、この力のせいなの。
(泣きながら)ボクを、私の事情で巻き込んでしまった事を、許してちょうだい」
少年
「涙、が……」
-魔女の零した涙が、様々な寒色の小さな宝石へと変わる-
少年
「宝石、に……」
魔女
「ここで、長話は危険ね。ボク、私の家に来なさい。帰る家、ないのでしょう?」
少年
「……うん、分かった」
魔女
「そう、いい子ね。来なさい、こっちよ」
-魔女は、散乱した野イチゴや薬草、野草を拾う-
-少年は先程魔女が流した涙の宝石を拾い集め、魔女に差し出す-
魔女
「あら、ありがとう」
少年
「……うん」
少年M
「それからボクは、魔女に連れられ森を抜けた。
暫く歩くと、湖畔にひっそりと建つ小さな家が見えた。
そこが魔女の住処なのだろう。
ドアを開かれ招かれた先には、様々な野草や薬草が吊るされていた」
魔女
「さぁ、入って?」
少年
「……お邪魔、します」
魔女
「さて、長話をする前に……ボク?お風呂入ってらっしゃい」
少年
「え、いいよ。別に」
魔女
「ダメよ。まずは綺麗にしないと……さ、こっちへいらっしゃい」
少年
「ちょ、おい!」
-魔女に連れていかれ、少年は浴室に通される-
-指を鳴らすと、瞬く間に湯船にお湯が張られ、タオルや着替えが宙を舞う-
魔女
「タオルと着替えはそこに置いておくわ。
その汚れたフードは後で洗っておくから脱ぎなさいね」
少年
「……あんた、本当に魔女なんだな」
魔女
「あら。今更な質問ね。これくらいの魔法、どの魔女も出来るわよ。
私は向こうで待っているから、上がったら来なさい」
-浴室を出ていく魔女の背中を見届ける-
-少年は茫然と立ち尽くしながら、言われた通り服を脱ぐ-
少年
「……変な魔女。普通、殺そうとした相手を家に招き入れるかよ」
魔女M
「最初は、あのまま追い返すつもりでいたわ。
でも、魔女狩りに一瞬でも姿を見られてしまったかもしれない。
私があのままあの子を置いて逃げれば、私の仲間だと勘違いした魔女狩りに殺されてしまうかもしれない。
それだけは、嫌だったのよ」
少年
「………」
魔女
「おかえりなさい。あら?ボク……」
少年
「うわ、なんだよ!」
魔女
「……そう。ボクも私と同じなのね。綺麗な両の瞳。赤と、青……炎と水みたいね」
少年
「え、それって……」
魔女
「ふふっ、後で話すわ。さ、そこに座りなさい。紅茶でも淹れるわ」
少年
「あ、あのさ、さっきの……」
魔女
「なにかしら?」
少年
「さっき、魔女狩りがボク達がしゃがんでた方とは逆の方に走っていったのはなんで?」
魔女
「簡単な魔法よ。相手の認識をずらしただけ。後は私とボクの幻影を作り出して、追わせたのよ」
少年
「だから、あいつら違う方向に走っていったんだ……」
魔女
「質問はそれだけかしら?」
少年
「うん」
-魔女に促され、用意されていた椅子に座る-
-紅茶の準備をしながら魔女は口を開いた-
魔女
「さて、まずは私の話をする前に、ボクの事を教えてくれる?」
少年
「……ボクは、街外れに住んでたんだ。
その日は母さんに言われて、頼まれたものを買いに行ってた。
ボクの誕生日だったから、母さんの手料理を楽しみにしながら家に帰ったんだ。
そしたら、そし、たら……母さんは……お母さん、は……」
魔女
「ゆっくりでいいわ」
少年
「お、母さんが、倒れて、て……血が、いっぱいで……全然動かなくて……ボク、ボク……」
魔女
「そう。もういいわ。思い出させてしまってごめんなさい」
少年M
「泣きじゃくるボクを、魔女は謝りながら優しく抱きしめてくれた。
誰かに抱きしめられるなんて、母さんが生きてる時以来だ。
憎い魔女だと分かってるのに、ボクは涙を止める事が出来なかった」
魔女
「落ち着いたかしら?」
少年
「……うん」
魔女
「良かったわ」
少年
「……ボクが、あんたの所に来たのは、噂を聞いたからなんだ」
魔女
「噂?」
少年
「母さんが、死んだ時、傍にいた人達が言ったんだ。
『お前の母親は、魔女に殺された。魔女は悪い奴だ。』って。
でも、仇を討ちたくても魔女の居場所なんて分からなかった」
魔女
「……」
少年
「色々な人から話を聞いた。そしたらある日、怪しい人達が話してたんだ。
『金儲けするのにちょうどいい魔女が森にいる。いたぶって泣かせれば金になる。』って」
魔女
「……そう」
少年
「それで、ボクはあんたを見つけて殺そうと思った。
母さんを殺した魔女じゃなかったとしても、ボクには、憎い存在だから」
魔女
「そうね」
少年
「『泣かせれば』って意味がその時は分からなかったんだけど、もしかして……」
魔女
「ええ、さっきボクが見た通りよ。次は私が話しましょうか。」
少年M
「そう言って魔女は自分の事を話し始めた。
ボクが想像していた悪い魔女とは全然違った。
とても悲しい魔女だって思った」
魔女
「まず、私は魔女狩りに『宝石箱』と呼ばれているわ。その理由は、ボクが見た通り。
私は、涙を宝石に変える力を持っているの。感情の違いによって出た涙は、違う種類の宝石に変わる」
少年
「だから、宝石箱なんだ」
魔女
「ええ」
少年
「それで、狙われてるの?」
魔女
「賞金首としてね。ボクが聞いたように、嬲(なぶ)られて痛めつけられて、ただ泣いて宝石を生み出し続ける道具として生かされるでしょうね。
私利私欲の為だけに、その宝石を売り捌いて……」
少年
「目を閉じてるのは、さっき言ってたけど、もしかしてボクと同じオッドアイだから?」
魔女
「それもあるけれど、私のもう一つの秘密。
私がずっと目を閉じてる理由はこれよ」
少年M
「ゆっくりと開かれた瞼の向こうから見えたのは、金と青のオッドアイ。
だけどその瞳は、ボクのとは少し違っていた。
四方から受けた光が瞳の中で乱反射して、キラキラと輝いている。
瞳と言うより、それは明らかに……」
少年
「宝石……」
魔女
「ええ、そうよ。私が”宝石箱”と呼ばれ狙われる根本たる理由。
涙が宝石に変わる力だけじゃないの。
宝石の瞳を持っているから、狙われているのよ。
ボクがさっき言ったように、見つからないように目を閉じて生活していたの。
でも、ダメねぇ。一度見つかってしまえば噂が広がり、色んな魔女狩りが私を狙ってきたわ」
少年
「そう、だったんだ……」
魔女
「街にも行けなくなってしまってね。
森の動物達の声が聞こえるから、食料を探す手伝いをしてもらいながら生活しているわ」
少年
「だから、動物に囲まれてたんだ」
魔女
「あら。ふふっ、そこから私の事を見ていたの?
私を殺す瞬間なんていくらでもあったでしょう?
それなのにしなかったなんて……やっぱりボクは優しい子ね」
少年
「う、うるさい!それに、あんたは誰かを殺すような魔女に見えなかったから……分からなくなったんだよ!」
魔女
「だから迷っていたのね。ガクガク震えて、とても殺す意思があったようには見えなかったもの。
さて、私の話はおしまい。これを聞いてもまだ、ボクは私の命を狙うかしら?それとも、この力を悪用する?」
少年
「あんたが、悪い魔女じゃない事は分かったよ。
寧ろ、寂しい人だって思った。
それにそんな澄んだ綺麗な目をしてる人に、悪い人はいないと思う」
魔女
「あら、嬉しい。綺麗だなんて初めて言われたわ。
私からしたら、ボクのオッドアイの方が綺麗に見えるわよ?」
少年
「ボクのを炎と水みたいって言うなら、あんたのは太陽と、海みたいだ。」
魔女
「(面食らったように笑いだす)ふふっ。何を言い出すのかと思えば……」
少年
「だ、だって!本当に思ったんだよ!海を照らす太陽みたいで、光り輝いてて、いつまでも、見てたい」
魔女
「……初めてよ。綺麗だなんて言われた挙句、いつまでも見ていたいだなんて。
恐ろしいとか、怖いとか、化け物だとか思わないのかしら?」
少年
「化け物?全然、そうは思わない」
魔女
「ふふっ、変わり者ねぇ。いえ、似た者同士なのかしら、私達は」
少年M
「初めて見た魔女の笑顔は、とても嬉しそうだった。
再び閉じられてしまった瞳を、ボクはまた見てみたいと思ってしまった。
魔女の傍にいれば、またその綺麗な宝石を見れるのかな」
少年
「ねぇ」
魔女
「なにかしら?」
少年
「あんたの傍にいていい?」
魔女
「あら、別に構わないわよ?どういう心境なのかしら?急に傍にいたいなんて……」
少年
「一緒にいれば、もっとあんたの事知れるかなって思ったんだ」
魔女
「ふふ、嬉しいわね」
少年
「それに、ボク、帰る場所ないし……」
魔女
「(少し考え)いいわ。これからよろしくね?ボク」
少年M
「それからボクは魔女と一緒に住む事になった。
普段なら家の事は魔法で片付けていると言っていたのに、ボクに教える為に全部手作業でやって見せてくれた。
掃除の仕方、危ない物が入っているから触ってはいけない場所。
洗濯は傍にある湖の水を汲んで洗い方まで教えてくれた。
料理は食材を見つける所から全て教えてくれたんだ。
動物の声が聞こえる魔女らしいと思った。
そうやって毎日、何も知らないボクに少しずつ色々な事を教えてくれた。
冬になれば森で食料を見つけるのは難しいから、ボクが街まで降りて必要な物を買ったりしたんだ。
そうやって、季節が何度巡っただろう。
この人や動物たちの力を借りなくても、一人で果実や野草、薬草を採れるようになっていた。
丁寧に教えてくれた薬草の煎じ方も、加工の仕方も……
一緒に過ごしていくうちに、俺の中でこの人の存在が大きく特別なものになっていた。
最初は母さんを殺したかもしれない魔女だ。憎らしいと思っていたけど、今はそんな気持ちは消え去っていた。
今は、寧ろ……」
魔女
「魔法を、教わりたい?」
少年
「ああ」
魔女
「ふふっ、面白くない冗談ね?」
少年
「冗談じゃなくて、本気なんだけど……」
魔女
「どういう風の吹き回しかしら?急に魔法を教わりたいだなんて」
少年
「あんたを殺そうとした俺を拾って、色々教えてくれて、ここまで育ててくれた。守ってくれた。
だから今度は、俺があんたの事を守れるようになりたい」
魔女
「(キョトンと拍子抜けた顔をする)……あら」
少年
「だから、俺に魔法を教えてくれ!師匠!」
魔女
「……ふっ、あははははっ!」
少年
「な、なんで笑うんだよ!俺は本気で!」
魔女
「ふふっ、ごめんなさい。ええ、そうね。本気なのは分かってるわ。冗談じゃないのも。
でもまさか、私の命を狙っていたボクが……そう、そうなの。
てっきり、私を殺すために魔法を教わりたいのかと思ったわ」
少年
「な、そんな事する訳ないだろ!俺はもう魔女なんて恨んでないんだよ!」
魔女
「ふふ、私のせいかしら?」
少年
「せい、じゃねぇよ。あんたのおかげだ」
魔女
「そう。あの時の小さかったボクはもういないのね。私を助けたいだなんて。大口叩くまでになって……」
少年
「いいだろ。別に」
魔女
「教えてもいいけれど、必ず使えるようになるとは限らないわよ?」
少年
「それでもいい。やってみなきゃ分からない。俺は挑戦してみたい」
魔女
「……まぁ、ボクなら、素質はあるわね。」
少年
「え?」
魔女
「ふふ、ボクは特別ですもの。
でも、覚悟はあるかしら?きっとこの先、つらい現実と向き合う事になるわよ?」
少年
「……それでもいい。あんたの傍にいたいと言ったあの時から、覚悟は出来てる」
魔女
「……いい子。私の可愛いボク」
少年
「じゃあ、俺薬草摘んでくる!いいか!絶対教えろよな!」
魔女
「ええ、分かってるわよ。気を付けなさいね」
-湖畔に立つ少年と魔女-
少年
「水面(みなも)を揺蕩う木の葉達よ。我が喚(よ)び声に集え」
-水面に浮いている枯れ葉が浮かびあがるが、すぐに落ちてしまう-
魔女
「うふふふっ」
少年
「だぁああああ!何がおかしいんだよ!」
魔女
「ああ、ごめんなさい。詠唱呪文も魔法陣の書き方も正しく教えたはずなのにここまで飲み込みが悪いとは思わなかったのよ。
他の事は飲み込みが早かったのに、おかしいわねぇ」
少年
「くっそ、俺も早く師匠みたいに呪文唱えなくても魔法が使えるようになりたいんだけどなぁ」
魔女
「それは難しいわねぇ。何十年、いえ何百年かかるかしら?」
少年
「うっせぇ。どうせ俺には才能ねぇんだよ」
魔女
「そんな事ないわよ。ボクには素質が、少なくとも、魔力は持ち合わせているもの」
少年
「は?それってどういう事だよ」
魔女
「知ってるかしら?オッドアイの子は、産まれ落ちた時から微量の魔力を持っているの。
産まれ持った魔力の量はそれぞれ違うけれど、うまく特徴を把握して育てていけば、人間にだって魔法は使えるのよ」
少年
「そうなのか」
魔女
「だから言ったでしょう?ボクには素質がある。特別だって。
オッドアイは昔から忌み子だと言われて捨てられる子が多かったけれど、ボクのお母様は心広いお人だったのね」
少年
「母さん……」
魔女
「あ、ごめんなさい。思い出させてしまったかしら?」
少年
「いや、もういいんだ。
いつまでも過去に縛られてる訳にはいかないからさ」
魔女
「……そう」
少年
「だからさ、もっと俺に色んな事教えてくれよ。この魔法を習得出来たら、もっと凄いのを!」
魔女
「ふふっ、いいわよ」
少年
「やった!じゃあ、俺街に買い出し行ってくるよ」
魔女
「ええ、お願いね」
少年M
「この時、俺はあんな事になるなんて思わなかった。
街に行かなければよかった。師匠の傍を離れなければよかった。
あんな真実、俺は、聞きたくなかったよ」
少年
「小麦粉、砂糖、林檎……帰ったらアップルパイでも焼くかな。
まさか師匠が甘いの好きだとは思わなかったなぁ。
幸せそうな顔して頬張って、魔女なのに可愛い所あるよな。
早く帰って師匠の顔でも見て……」
-視界の端で火事の煙が見える-
少年
「……火事?ぇ、待てよ。あの方向。師匠!」
-西の森へ走り出す-
-燃え盛る魔女の家と魔女狩りに囚われている魔女が目に入る-
魔女
「はぁ、はぁ……」
少年
「師匠!」
魔女狩り
「んー?ははっ、これは驚いた。まさか宝石箱が人間を飼っているとは!」
魔女
「……来てはダメよ。逃げなさい」
少年
「師匠を離せ!」
魔女狩り
「あん?お前どっかで見た顔だなぁ。確か昔どっかで……あー!お前あの時の小僧か!」
少年
「俺を、知ってるのか?」
魔女狩り
「知ってるも何も、お前の母親が死んだ時に俺が居ただろ」
魔女
「……め、なさい」
少年
「あの時の、魔女狩り?」
魔女狩り
「そうそう!あの時の魔女狩りさんだよぉ!
てか、教えたはずだよなぁ?お前の母親は魔女が殺したんだって。
なんで魔女と一緒にいるんだい?」
魔女
「やめなさい」
魔女狩り
「あんたが誑(たぶら)かしたのか?
てかお前、まだ魔女が母親殺してると思っちゃってる感じ?」
少年
「どういう事だよ」
魔女
「やめて」
魔女狩り
「お前忌み子だろ。その目がいい証拠だ。んで、忌み子を産んだあの女は魔女に違いない」
少年
「何が言いたいんだよ!」
魔女
「やめなさい!!」
魔女狩り
「お前の母親を殺したのは、俺だよ」
魔女
「ッ……」
少年
「……そん、な……だって、母さんは……」
魔女
「やっぱり、あの子にウソを刷り込んだのね」
少年
「やっぱりって、あんた気づいてたのか……」
魔女
「薄々、ね。そうタイミングよく、魔女狩りがボクの目の前に現れる訳、ないもの」
-回想-
魔女狩り
「チッ。暴れやがって。殺すのに手間取ったじゃねぇか。
"私は魔女じゃない"ねぇ?はっ、忌み子を育ててるくせに何が魔女じゃないだ。
魔女としての力が目覚める前に、殺してやっただけ有難いと思え。人間として死ねたんだ。嬉しいだろぉ?
……さて、問題の忌み子だが、どうするか」
-少年が家に帰ってくる-
少年
「お母さん!ただいま!そこの商店でパン貰ったんだ!お母さんも一緒に食べ……誰?」
魔女狩り
「(何かを思いついたのか不適な笑みを浮かべる)坊主。お前、この家の子供か?」
少年
「う、うん」
魔女狩り
「驚かないで見ろよ。お前の母ちゃんは、死んだ」
少年
「……え?(床に倒れ伏す母親の姿を見る)お母さん!」
魔女狩り
「魔女がここの街に紛れ込んでるって情報があってな。手がかりを追ってこの家を訪ねたらこの有様だった」
少年
「(泣きながら)おか、お母さん……なんで、どうしてぇ……」
魔女狩り
「魔女なんて御伽噺(おとぎばなし)だと思うだろ。でもいるんだよ。
坊主の母ちゃんは、魔女に殺されたんだ」
少年
「う、ぅっ」
魔女狩り
「西の森に、特別な魔女がいる。そいつがここの街に紛れ込んでる魔女で、坊主の母ちゃんを殺した魔女だ」
少年
「……西の森に、いるの?僕のお母さんを殺した、悪い魔女が?」
魔女狩り
「ああ。そいつは見た目は良い魔女だが、中身は極悪非道で男女関係なく、子供も見境なく殺す魔女だ。
殺された者は窯茹でにされて魔法薬の材料にされちまう。
お前の母ちゃんは、身体全部残ってるんだ。奇跡だぞ」
少年
「……」
魔女狩り
「憎いだろ?悔しいだろ?このナイフをやる。母親の仇、取ってこい」
-回想終了-
少年
「だって、母さんは、魔女に……お前だってあの時、西の森の魔女が街に紛れ込んでるって!
だから俺はっ、俺は!お前の言葉を信じて!なのにっ!」
魔女狩り
「忌み子を育てる女は魔女だ。危険な存在は芽生える前に摘むべきだろう?
だから殺してやった。解放してやった。そしたらタイミングよくお前が帰ってきた。
面白いから泳がせたんだよ。『お前の母親は魔女に殺された』ってな」
少年
「オマエ……」
魔女狩り
「ガキならうまい事魔女の懐に潜り込んで殺してくれると思ったんだが……期待が外れた」
魔女
「それで、弱った私を、飼い慣らそうと思ったのかしら?宝石を生み出す為の道具として……」
魔女狩り
「その通り。そしたら逆にお前に飼い慣らされてるガキがいるじゃねぇか?
だから直接俺が手を下しにきたんだよ。そこのガキの母親を殺した時のように、留守を狙ってな」
魔女
「最低な人間、ね」
魔女狩り
「高純度な宝石が手に入るならなんでもやるさ」
魔女
「(涙声)最低よ。本当に。幼いボクの心を踏みにじって、弄んで。
幸せな家庭な壊すなんて……それが、ただ私が欲しいって理由で……あなたのような穢く醜い人間は滅んだら如何かしら?」
少年M
「師匠の流した涙が、黒い宝石へと変わっていく。
俺が見た事あるのは、美しくカットされた澄んだ綺麗な光り輝く宝石。
でも、今俺の目の前で零れ落ちている宝石は、何も加工が施されていない、原石そのものだった」
魔女狩り
「はは、この力だ!俺が欲しいのはこの力だ!だけど、宝石になんて興味がねぇんだ」
魔女
「ッ……!」
魔女狩り
「俺が欲しいのは、お前のその宝石の眼だ」
少年M
「零れ落ちた宝石の原石を踏みつぶし、師匠の顎を持ち上げる。
開かれた師匠の眼をうっとりと見つめる魔女狩りに、俺は震えた。
こいつが欲しいのは、宝石じゃない」
魔女狩り
「この眼さえあれば。いくらでも宝石が生み出せる」
魔女
「この汚らわしい手を離しなさい。あなたみたいな欲深い人間に、この力は使えないわよ」
魔女狩り
「使えなくても、この眼には価値がある。世の中には物好きな好事家がいてねぇ?
あの宝石箱の眼ってだけで億はくだらない値がつくんだ」
少年
「待て!!」
魔女狩り
「あ?なんだガキ。事実を聞かされて声が出なくなったのかと思ったぞ」
魔女
「ボク。ごめんなさい。ボクの家庭を壊してしまった原因は、私。
あの時、私はボクに殺されるべきだったのね。
今まで、一緒に居てくれてありがとう。嬉しかったわ」
少年
「うるせぇ!勝手に死のうとしてんじゃねぇよ!」
魔女
「でも、私さえ居なければ、ボクは……」
少年
「確かに最初は憎かった!でも、あんたと過ごす内に変わった!
あんたの力になりたいって!今度は、俺が助けるって言っただろ!?
それに、それになぁ!そんな綺麗な心を持ってるあんたを、そう簡単に殺させる訳ねぇだろ!」
魔女
「え……」
少年
「気づいてるのか分かんねぇけど!でもよ!今あんたが流してる涙は、本当に心の底から願ってる気持ちだろ!
その、綺麗にカットされた、透き通った宝石達は、あんたの心そのものだろ!」
魔女
「……」
少年M
「零れ落ちている宝石の数々は、さっきの黒い原石なんかじゃない。
綺麗にカットされている、透明や淡い色の宝石達。
感情によって生まれる宝石が違う事は幼い頃に聞いていた。
それって、あんたの心そのものが宝石として産まれている証拠だろ。
あんたと同じ、オッドアイの瞳を持った事を、誇らしく思えるんだよ」
少年
「あんた、眼が欲しいんだろ。力のある眼が」
魔女狩り
「ああ、そうだよ?だからこうやって宝石箱を……」
少年
「だったら、俺の眼をやる」
魔女
「……何、言ってるの?」
少年
「あんたは黙ってろ!」
魔女狩り
「お前の眼ぇ?単なる人間の眼に力なんてあるわけねぇだろ。」
少年
「知ってるか?オッドアイを持って生まれた人間には、魔力が宿ってんだよ。
それを生かすか殺すかは、努力次第。
俺の魔力は師匠と同じだ。つまり、あんたが欲しがってる、そこの魔女と同じ力を持ってるんだよ」
魔女狩り
「ほう?」
少年
「だから……」
魔女
「やめなさい!!!!!」
少年
「ぐっ、あぁあああああぁああああ!!」
-少年は自らの手で、紺碧の瞳を抉り出す-
少年
「ぁ、はぁ、はぁ……これ持って、立ち去れ。そして、二度と、ここに来んな」
魔女狩り
「確かに、魔女が産み落とした忌み子ならお前も魔女だよなぁ?
はは、これに宝石箱と同じ力が……あぁ、ようやく手に入った」
少年
「ぐ、ぅあ……満足したんなら、早くどっか行けよ。二度と、ここに来んな」
魔女狩り
「くくっ、言われなくてもそうするさ。そこの魔女に殺されそうだからなぁ」
-魔女狩りは恍惚とした笑みを浮かべその場を立ち去る-
-少年は抉り抜いた方の目を押さえながら魔女の元へ歩み寄った-
少年
「師、匠……お怪我、は?」
魔女
「な、何言ってるの、私より、ボクの方が……」
少年
「はは、こんなの、今まで命を狙われていた、あんたに比べ、たら……痛くも、痒くもないですよ。
それ、よりも……早くここから逃げましょう。いつ、あの眼に力がないか、バレるか分からなっ……」
-魔女の傍にきて、そのまま倒れ込む-
魔女
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!?
どうして、私なんかを……私なんかの為に!それに、あんな嘘までついて!」
少年
「しょうが、ないだろう。あいつを、あんたから離すには……あの方法しか、思いつかなかった、んだよ」
魔女
「だからって!」
少年
「……なぁ」
魔女
「……なぁに?ボク」
少年
「ちゃんと、あんたの事、俺、守れた、かなぁ……」
魔女
「……ええ、守れたわよ。こうしてちゃんと、いるじゃない」
少年
「そ、かぁ……よかった。俺、ちゃんと、恩返し、できた」
魔女
「ダメよ。逝ってはダメ」
少年
「ごめん、師匠。師匠の、顔、視えねぇ、や」
魔女
「ッ……」
少年
「あぁ、でも、あんたの眼、変わんねぇなぁ。光が、視える。綺麗に、輝いて……」
魔女
「ボクの眼も、綺麗よ」
少年
「もう、綺麗じゃ、ねぇだろ。片方、ねぇんだから」
魔女
「いいえ、綺麗よ」
少年
「なんだよ、それ……ほんと、最初から、最期まで、変な魔女、だ、な……」
少年M
「最期に、俺が見たのは、綺麗に輝く金と青の乱反射する光。
それと、ぼやける視界に映る、大粒の涙が、深い青色の宝石に変わる瞬間だった。
やっと恩返しが出来たんだ。こんな結末、望んでなかったかもしれないけど、俺はこれでもいいやって思えたんだ」
魔女
「……ク、ボク……」
少年M
「声が聞こえる。俺を呼ぶ声が。懐かしい、声が」
魔女
「起きなさい」
少年M
「ああ、そうだ。起きないと。待ってる人が、いるんだ」
魔女
「戻ってきなさい!」
少年
「……うるさい、んだよ。師匠」
魔女
「バカな弟子ね。おかえりなさい、ボク」
少年
「ただいま、師匠」
少年M
「呼び声に導かれるままに目を開ければ、そこには最期に見たのと同じ表情の師匠がいた。
だけど、ただ一つ、違う所があった。
綺麗に輝いていた師匠の金色の瞳が、光を失っていた。
代わりに、抉ったはずの方の瞳が、異様な程に光が眩しく見えたんだ。
その一瞬で、俺は全てを理解した。
師匠は、失われた俺の眼の代わりに、自分の宝石の眼を俺に移植したんだ。
何してんだよって怒鳴れば、師匠はなんとも言えない笑顔で言うんだ」
魔女
「ボクに、死なれたくなかったのよ」
少年M
「そんな事言われちゃ、何も言い返せなかった。
俺の眼には、師匠から貰った金色の宝石の瞳が。
師匠の眼には、同じ金色をしたガラス玉が埋め込まれていた。
俺を助ける為に、自らを犠牲にした。
その為か、まったく魔法が使えなかったはずなのに、師匠の眼を移植されてから突然魔法が使えるようになった」
魔女
「言ったでしょう?忘れたのかしら?オッドアイには、魔力が込められているの。
それに、ボクは元々飲み込みがいいのよ。私の魔力の半分を渡されて、才能に目覚めたのかしらね?」
少年M
「そう言って、嬉しそうに笑うんだ。
悪戯な笑みを浮かべる師匠に、俺は言うんだ」
少年
「なぁ、あんたの傍に、いてもいい?」
魔女
「ふふっ、構わないわよ?」
少年M
「あの時と、同じ言葉を」
-月日は流れ、少年は青年に成長している-
-部屋の掃除をしている際、机の上にある書類の山に未開封の手紙を見つける-
少年
「ん?師匠、この手紙……」
魔女
「あら、もうそんな時期なのね」
少年
「時期って?」
魔女
「魔女集会よ」
少年
「魔女集会?」
魔女
「数十年に一度、西一帯の魔女が一同に集まるのよ」
少年
「へぇ、そんな集会あるんだ。
つか師匠、これ未開封だろ。ちゃんと見とけよ中」
魔女
「開催日時や場所はその年の主催の気まぐれなのだけれど……あら、集会の日時、今日ね」
少年
「はぁああああ!?」
魔女
「ちょっと、声が大きいわよ」
少年
「当たり前だろ!そんな大事な集会すっぽかすとかやめろよ!?
つかこの手紙いつ来たんだよ!机の書類の山に埋もれてたけど!?」
魔女
「一週間前、くらいかしら?」
少年
「……ありえねぇ。師匠、さっさと準備しろ!」
魔女
「ちょっと待ちなさい。この薬がもうちょっとで完成するのよ」
少年
「そんなん帰ってきてからでも出来んだろ!さっさと支度!」
魔女
「はぁ、あの頃の可愛いボクはどこにいったのかしら」
少年
「そんな昔の事忘れた。つか、いつまでボク呼びなんだよ。俺もう大人なんだけど?」
魔女
「ふふっ。私からしたら、いつまで経ってもボクはボクよ?」
少年
「……そうですか」
-指を鳴らすと、二人とも魔女らしき正装に着替えている-
魔女
「あら、この魔法も随分うまく使いこなせるようになったわね」
少年
「師匠の教えの賜物です」
魔女
「そう。お褒めの言葉ありがとう」
少年
「では、行きましょうか。師匠」
魔女
「ええ」
魔女M
「綺麗な綺麗な宝石箱。様々な宝石を生み出す魔法の雫。
その宝石は高純度で、売れば瞬く間に億万長者になれる。
そんな"宝石の瞳"を持つ魔女が、西の森に"二人"いると魔女の間で広まった。
金と青の宝石の瞳。金と赤の宝石の瞳。
誰もが藁をも縋る思いで手を伸ばしたくなるモノ。
西の森に、ソレは今も存在する。
これは宝石箱と呼ばれる魔女と、魔女を憎む幼い少年との物語。
少年が魔女へと変わる、二人の宝石箱の軌跡のお話」
幕