登場人物
和真(かずま) 男性
夏休みを利用し、祖父の家に遊びにきた
※名前の後の(少)(青)(老)で年齢を参考にしてください
茂(しげる) 男性
和真の祖父
所有する山に精霊様が住んでいると和真に言い聞かせている
シロ 女性
年齢不詳
ミステリアス
晴れている時にしか出会えない不思議な女性
配役表
和真:
茂:
シロ:
和真M(青)
「亡くなった祖父が守っていた山には、精霊がいる」
和真(少)
「おじいちゃん!」
茂
「おお、よう来たなぁ。疲れたじゃろ」
和真(少)
「ううん!大丈夫!
それよりおじいちゃん、なんか楽しいお話して!」
茂
「そうじゃのう。ふむ、この山に住む精霊の話でもしようかのう」
和真(少)
「せーれー?」
茂
「そうじゃよ」
和真(少)
「せーれーってなに?」
茂
「なんと言えばいいかのう。
少し難しいかもしれんが、世界の一部であり、この世界そのものじゃ。
この世界が持つ生命や力、その意思が最もシンプルかつ最も最適な姿を取ったそんな存在なのじゃよ」
和真(少)
「んー、よく分からない」
茂
「要はの?我々にとってなくてはならないものじゃが、こうして会話が出来ない物って沢山あるじゃろう?
そういった者達が我々と会話が出来るように遣わしてくれた者達の事じゃよ。
不思議な存在でとても綺麗な姿をしておるんじゃ」
和真(少)
「へぇ、凄い人なんだ!
ねぇねぇ!その精霊さんってこの山にいるの?
おじいちゃん、その精霊さん見た事あるの?」
茂
「遠い昔じゃがな。今もこの山にいてくれとるかは分からんがのう」
和真(少)
「でもさぁ、精霊さんなんて本当にいるの?」
茂
「勿論いるぞ?ああ、ちょうど今ぐらいの時期じゃよ。
おじいちゃんがその精霊さんに会ったのは……」
和真(少)
「え、ほんと!?写真とかないの?」
茂
「写真はないのう。魂を吸い取られてしまうからのう」
和真(少)
「おじいちゃんいつもそう言って写真撮らせてくれないじゃん!そんなの迷信じゃん!」
茂
「ははは、おじいちゃんはカメラが怖いんじゃよ!
和真、精霊さんに会えたらいいのう。とてもシャイなお嬢さんじゃよ」
和真(少)
「こんな山にいないと思うけど……」
茂
「いるんじゃよ。和真の前に現れてくれるかは、分からんがの?」
和真(少)
「むぅ。分かった。おじいちゃんがそこまで言うならその精霊さん探してきてやる!」
茂
「ふむ。そう簡単に会えるか分からんぞ?」
和真(少)
「絶対見つけてきてやる!」
茂
「あんまり山奥には行かんようになぁ」
-家を飛び出す和真-
茂
「……元気にしとるかのう。
わしが貴女に出会ったのも、ちょうど和真くらいの歳じゃったな」
和真(少)
「(息を吸う)おーい!せーれー!出てこーい!」
-やまびこのように反響し、静まり返る-
和真(少)
「いないじゃん!なんだよもう、精霊なんて本当にいるのかなぁ。
そもそも精霊ってよく分かんないなぁ。それに、こんな山に綺麗な女の人がいたら誰だって見てるはずじゃ……」
-ブツブツ言いながら山道を歩いていると、視界の端に白い布が見える-
和真(少)
「……誰かいるの?」
シロ
「……」
-倒れた大木に白いワンピースを着た女性が座っている-
シロ
「……?」
和真(少)
「……誰?」
シロ
「……わたし?」
和真(少)
「お前以外に誰がいるんだよ!」
シロ
「そういう君こそ、誰?」
和真(少)
「か、和真」
シロ
「和真……」
和真(少)
「お前の名前は?」
シロ
「名前……は、ないよ?」
和真(少)
「ない?」
シロ
「だから、好きに呼んで?」
和真(少)
「好きに呼ぶっていったって……」
シロ
「……ダメ?」
和真(少)
「ダメじゃないけど……」
シロ
「じゃあ、決めて?」
和真(少)
「んー、んー……」
-大木に座っているシロの周りをぐるっと周る-
和真(少)
「……すっげぇ。全部白い」
シロ
「白いの、おかしいの?」
和真(少)
「い、いや!そういう訳じゃないけど!その、綺麗だから……」
シロ
「綺麗?」
和真(少)
「うん。それに、目の色、見たことない色してる。黄色?なのかなぁ、綺麗」
シロ
「……ありがとう」
和真(少)
「ぁ、な、名前!シロってどうかな?」
シロ
「……シロ?」
和真(少)
「うん。真っ白で綺麗だから、シロ。
か、簡単すぎるかな?気に入らなかったら別の名前考えるし!」
シロ
「ううん。シロで、いいよ」
和真(少)
「そ、そう?なら良かった!」
シロ
「和真は、どうしてここにいるの?」
和真(少)
「あ、おじいちゃんの家に泊まりに来てるんだ!」
シロ
「おじいちゃん?」
和真(少)
「ここの山の管理?みたいな事してるんだけど、山小屋って言うか、ずっと山を降りずにそこに住んでる。
お父さんとお母さんが一緒に住もうって説得してるんだけど、全然うんって言ってくれないんだ」
シロ
「……そう」
和真(少)
「そういうシロはさ、どうしてこんな山の中にいたの?」
シロ
「……この山が好きだから」
和真(少)
「この山が?」
シロ
「うん、好き。和真は好きじゃない?」
和真(少)
「……あんまり」
シロ
「どうして?」
和真(少)
「僕、おじいちゃんの事大好きだから。おじいちゃんと一緒に住みたいんだ。
だけど、おじいちゃんはここを離れたくないみたいだし……」
シロ
「そう」
和真(少)
「それに、こんな何もない山が好きって、僕にはまだ、よく分からない」
シロ
「……いつか分かるよ」
和真(少)
「そうかなぁ」
シロ
「うん。たまには、前だけじゃなく、下も向いて歩けば、好きになるよ」
和真(少)
「なんだよそれ」
シロ
「大きくなったら、きっと下も向けないだろうから」
和真(少)
「……わかんない」
シロ
「うん。分からないね」
-突然ぽつぽつと、霧状の雨が降り始める-
和真(少)
「わ、雨!」
シロ
「酷くなる前に、帰ろう?」
和真(少)
「う、うん!シロは?」
シロ
「大丈夫」
和真(少)
「でも、風邪引いちゃうよ!」
シロ
「大丈夫だから。おじいちゃん、心配してるはずだから」
和真(少)
「う、うん。シロもちゃんと帰るんだよ!」
シロ
「うん」
-その場を離れる和真-
シロ
「……久しぶりに、人と話した」
-山を降りた頃には、霧状の雨は大粒の雨に変わっていた-
和真(少)
「くしゅっ!」
茂
「酷く降られたのう。ほれ、タオルで拭きなさい」
和真(少)
「うん、ありがとう。おじいちゃん」
茂
「今お風呂沸かしておるから、後で入るんじゃよ」
和真(少)
「んー、分かった。
あ、おじいちゃん、山の中でね、女の人に会ったんだ」
茂
「ほう」
和真(少)
「白いワンピース着てて、肌の色も白くて、髪も白かった!」
茂
「そうかそうか」
和真(少)
「名前がないって言うから、シロって呼ぶことにしたんだ!」
茂
「良い名じゃな。きっと喜んでいるじゃろう」
和真(少)
「シロ、ちゃんと帰れたかなぁ」
茂
「ははは、大丈夫じゃろう」
和真(少)
「な、なんで笑ってるんだよ」
茂
「なに、じきに分かる」
和真(少)
「はあ?なんだよそれ~」
茂
「ほれ、お風呂に入ってきなさい」
和真(少)
「はぁい」
-お風呂に向かう和真-
茂
「……今年は出てくれたんじゃな。きっと、見事じゃろうて。
そうかそうか、和真に会ってくれたか……カヨさんや」
和真M(青)
「これが、俺とシロが出会った最初の話。
肌も、髪も、服も、全てが白かった。
目を疑う程、山に似つかわしくない女性だった。
とても不思議で、綺麗な人だった。
唯一、黄色がかった瞳だけが、浮いていた」
-翌日-
-シトシトとした小雨が降る中、和真は家を飛び出す-
茂
「どこ行くんじゃ和真」
和真(少)
「シロに会いに行く!」
茂
「会えるか分からんじゃろ?」
和真(少)
「会えるかもしれないだろー!」
-山道を駆け上がる和真を微笑ましく見つめる-
茂
「……この雨なら、暫くは大丈夫そうかのう。消えずに残っておろう」
-先日会った場所まで走っていく和真-
-先日と同じように大木にシロが座っている-
和真(少)
「シロー!」
シロ
「……和真?」
和真(少)
「はぁ、はぁ、昨日ぶり」
シロ
「……雨なのに、来たの?」
和真(少)
「このくらいの雨なら平気だよ!」
シロ
「……そっか」
和真(少)
「シロの方こそ、濡れちゃってるじゃん」
シロ
「私は平気」
和真(少)
「ダメだよ。ほら!」
-シロの隣に座り、傘の中に入れる-
シロ
「傘……」
和真(少)
「一つしか持ってきてないけど、狭くてごめんね」
シロ
「……大丈夫」
和真(少)
「なら、いいんだけど」
シロ
「……和真は……」
和真(少)
「ん?」
シロ
「……和真は、雨、好き?」
和真(少)
「え、雨?んー、どうだろう。そんな事全然考えた事なかった」
シロ
「濡れるの、好き?」
和真(少)
「んー……」
シロ
「私は、嫌い」
和真(少)
「嫌い?」
シロ
「雨も。濡れるのも」
和真(少)
「でも、雨の中ここに座ってんじゃん」
シロ
「……ここが、私の居場所だから」
和真(少)
「え?」
シロ
「私は、ここから動けないから」
和真(少)
「なんだよそれ。変なシロ」
シロ
「……へん?」
和真(少)
「変だよ。だってシロはちゃんとここにいるじゃん。
どこへでも自由に行ける足もあるし、自分の行きたい場所に行けばいいんだよ!
僕は、シロに会いたいから来た!雨だろうと嵐だろうとシロに会いにきたいって思った!」
シロ
「……ふふ」
和真(少)
「あ!やっと笑った!」
シロ
「え?」
和真(少)
「シロ、笑った顔可愛い!もう一回笑って!」
シロ
「え、もう一回?」
和真(少)
「うん、もう一回!シロの笑顔見たい!」
シロ
「えっと、笑うって、分かんない。今のが、笑う、ってこと?」
和真(少)
「そうだよ!ね、笑ってシロ!」
シロ
「……和真の方が、変」
和真(少)
「ええ!?」
シロ
「だって、笑顔が見たいって……」
和真(少)
「だって、見たいんだもん。シロの笑った顔初めて見たから……」
シロ
「……あの人も、同じようなこと、言ってた」
和真(少)
「え、あの人?」
-突然、突風が吹き荒れる-
和真(少)
「うわ、傘が!」
シロ
「……(小声)ごめんね」
和真(少)
「シロ、大丈夫?……あれ?」
-隣を見るとシロの姿は忽然と消えていた-
和真(少)
「シロ?シロ!どこ行ったの!?シロ!」
茂
「和真、心配したんじゃぞ。
中々帰ってこんから探しに行こうと思ってた所じゃった。
こんなに濡れてしもうて……」
和真(少)
「おじいちゃん。ごめん、傘無くしちゃった」
茂
「いいんじゃよ。それよりどうしたんじゃ?そんな寂しそうな顔して……」
和真(少)
「前に言ってた、山の精霊って、シロのこと?」
茂
「……なぜそう思うんじゃ?」
和真(少)
「傘に入って、一緒に喋ってたんだ。
いきなり強い風が吹いて、傘飛ばされちゃって……ちょっと、本当にちょっとだけ目を離したら居なくなってて……」
茂
「ふむ」
和真(少)
「シロ、雨が嫌いって言ってた。濡れるのも嫌いって。
シロ、消えちゃったのかな。もう会えないのかな」
茂
「なに、すぐ会えるじゃろう」
和真(少)
「シロ、あそこから動けないって言ってた。
あそこが居場所だからって……」
茂
「……」
和真(少)
「山を降りた景色、見せてあげたい」
茂
「ダメじゃ。この山から連れ出してはならん」
和真(少)
「なんでだよ!ずっとあそこで独りぼっちって、寂しいじゃん!」
茂
「ダメなものはダメじゃ」
和真(少)
「ケチ!」
茂
「これ、和真。どこに行くんじゃ」
和真(少)
「寝る!おじいちゃんなんか知らない!」
茂
「和真!……はぁ、仕方ない子じゃのう。
ダメなんじゃよ。あの場から連れ出してしもうたら、あの子は死んでしまう」
和真M(青)
「微かに聞こえた祖父の声。
俺はまだ、この言葉の意味を理解出来なかったんだ。
なぜ祖父が、精霊と称してシロの存在を隠してきたのか。
なぜ、あの山から連れ出してはいけなかったのか。
子供だった俺には、祖父の言葉が分からなかった」
和真(少)
「シロ……」
シロ
「和真」
-和真の姿を見つけ、嬉しそうに名前を呼ぶ-
-様子がおかしい事に気づく-
シロ
「……どうしたの?」
和真(少)
「シロって、おじいちゃんが昔に会ったって言ってた山の精霊さん?」
シロ
「え?」
和真(少)
「だって、昨日、急に消えたから」
シロ
「……ずっと、隣にいたよ?」
和真(少)
「え、でも……」
シロ
「和真が、視えなかっただけ」
和真(少)
「変なこと言わないでよ」
シロ
「変じゃないよ。和真には視えなくなっちゃっただけで、ずっとここにいた」
和真(少)
「……やっぱりシロは、精霊さんなんだ」
シロ
「違うよ?」
和真(少)
「だって……」
シロ
「違うけど、そうともいう、のかな?」
和真(少)
「どういう意味?」
シロ
「ふふ、いつか分かるよ」
和真(少)
「……おじいちゃんみたいだ」
シロ
「私のこと、視える人の方が珍しいから」
和真(少)
「じゃあ……」
シロ
「和真とは違う存在だよ。
でも、和真と近い場所にいる。
和真とおじいちゃんの言う、精霊って意味で捉えてもらっていいと思う」
和真(少)
「やっぱり……」
シロ
「もう、会いたくない?」
和真(少)
「……ううん」
シロ
「人じゃないんだよ?」
和真(少)
「シロは、今、ここにいるじゃん」
シロ
「え?」
和真(少)
「人じゃ、なかったとしても、僕にはシロが視えてる!
ここにシロがいるなら、また会いにくる!」
シロ
「……震えてる」
和真(少)
「こ、これは、寒いから!」
シロ
「……今日、木漏れ日気持ちいいよ?」
和真(少)
「ち、違くて!こ、これは、その、む、むしゃ、むしゃ……むしゃしゅぎょう?だよ!」
シロ
「……武者震い?」
和真(少)
「……そう、それ!」
シロ
「ふふ、面白い」
和真(少)
「あ、笑った!やっぱ僕、シロの笑った顔好きだなぁ」
シロ
「ありがとう」
和真(少)
「うん。ほら、大丈夫でしょ?だから、毎日会いに来るよ。
いっぱいお話しよう?」
シロ
「……うん」
和真(少)
「あ、そうそう。僕のおじいちゃんってね……」
和真M(青)
「それから俺は毎日山を登りシロに会いに行った。
シロと何度か話すうちに、気づいた事がある。
晴れの日や曇りの日は会えるけど、雨の日とその翌日の午前中は会えない事が分かった。
だから必然と雨の日と翌日の午前中は山を登らず、祖父の家から山を見上げる事が多くなった」
和真(少)
「はぁ、今日も雨かぁ……」
茂
「梅雨なんじゃ。仕方なかろう」
和真(少)
「そうだけどさぁ。シロ、大丈夫かなぁ」
茂
「大丈夫じゃよ」
和真(少)
「……うん」
茂
「……和真」
和真(少)
「なに?おじいちゃん」
茂
「さては、恋煩いじゃな?」
和真(少)
「は、はぁ!?なんでだよ!」
茂
「シロにゾッコンじゃろう。物憂げな顔が物語っておるぞ?」
和真(少)
「ち、違うよ!そんなんじゃないから!」
茂
「誤魔化さんでも良いぞ?」
和真(少)
「だからそんなんじゃ!」
茂
「わしも、そうじゃったからのう」
和真(少)
「え、おじいちゃんも?」
茂
「ほう?”も”って事は、やはり恋煩いじゃのう」
和真(少)
「な、騙したなぁ!」
茂
「ははは、引っかかるのが悪いんじゃぞ?」
和真(少)
「くそぉ。恋とか、まだ分かんないよ」
茂
「そうじゃのう。まぁ、ゆっくり考えるんじゃな。
どれ、わしはちと出かけてくるぞ」
和真(少)
「うん、気を付けてよ」
茂
「分かっておるわい」
-誰もいなくなった部屋で、ただずっと窓辺から山を見上げる-
和真(少)
「別に、恋とかじゃないし……ただ、気になるというか、心配なだけだし……
はぁ、おじいちゃん帰ってくるまで暇だなぁ。
あ、部屋にある本好きに読んでいいって言ってたなぁ。
なんか面白い本ないかなぁ」
-祖父の部屋に行き、本棚を漁る-
-普段ならあまり読まない本を取り出し、読む-
和真(少)
「わぁ、この花綺麗。
ぁ、生えてるところ、ここらへんなんだ。
……なんか、真っ白な花びらで、シロみたいだなぁ」
-パラパラと本を捲る音と雨音が木霊する-
和真(少)
「……雨に打たれると、花びらが、透明になる。
長時間、弱い雨に打たれる。朝霧に濡れると、透明に……
まさか、ね……読めば読む程、この花、シロに……」
-出かけていた祖父が帰ってくる-
茂
「おや、何を読んでおるんじゃ?」
和真(少)
「う、ううん!なんでもない!」
-背中に読んでいる本を隠す-
茂
「そうかそうか。
和真、今日の夕飯は何がいいかのう。
和真の好きなシチューでも作るかのう?」
和真(少)
「まじで!?やった!おじちゃんありがとう!」
茂
「いいんじゃよ。片付けて手伝いにきておくれ」
和真(少)
「はーい!」
-部屋を離れ、呟く-
茂
「……見てしまったんじゃな。
わしも、カヨさんに会いに行こうかのう。
……そろそろ、会えなくなる時期じゃろう」
和真M(青)
「祖父の部屋で読んだ植物図鑑に載っていた花。
それは大人になった今でもずっと記憶に残っている。
シロとよく似た、真白(ましろ)な花弁(かべん)が特徴的な花だった」
茂
「和真、11時くらいに迎えにくるそうじゃ。荷物はもう纏めたかのう?」
和真(少)
「うん、大丈夫」
-山を見上げる和真-
和真(少)
「……シロ」
茂
「気になるかのう?」
和真(少)
「うん」
茂
「……まだ時間はあるじゃろう。会いに行ったらどうじゃ?」
和真(少)
「いいの?」
茂
「行っておいで」
和真(少)
「ありがとう、おじいちゃん!」
-山を登っていく和真を見届ける-
茂
「……さて、わしも行くかのう」
-いつもと同じ大木に座り晴天の空を見上げているシロ-
シロ
「……」
和真(少)
「シロ!」
シロ
「和真」
和真(少)
「あ、あのさ、今日はシロに伝えなきゃいけない事があるんだ」
シロ
「……?」
和真(少)
「あの、僕、今日帰るんだ。だから、シロと会えなくなっちゃうんだ」
シロ
「……そっか」
和真(少)
「夏休み、また会いにくるから!8月!」
シロ
「……会えない、かな」
和真(少)
「え?」
シロ
「その頃には、私は消えてるから」
和真(少)
「どういうこと?」
シロ
「(切なく微笑む)」
和真(少)
「精霊って、消えないんじゃないの?
ずっとこの山にシロはいたんでしょう?
なら、8月になっても、シロに会えるよね?」
シロ
「……ごめんね」
和真(少)
「シロ。シロって、本当はどういう存在なの?本当に精霊さんなの?」
シロ
「……私は、ね?」
茂
「精霊ではないんじゃよ」
和真(少)
「お、おじいちゃん!?」
茂
「ふぅ、年寄りにこの獣道はちとキツイかのう」
和真(少)
「おじいちゃん、なんでここに……てか、精霊じゃないって……」
茂
「なに、追々話そう。
……久しぶりじゃのう。カヨさんや」
シロ
「……お久しぶりです。茂さん」
和真(少)
「ぇ、え?」
茂
「相変わらず、お綺麗ですのう」
シロ
「茂さんこそ。相変わらず素敵ですよ。
……そう。和真のおじいちゃんって、茂さんの事だったの」
和真(少)
「せ、説明してよ。おじいちゃん。
それに、カヨさんって……シロはシロでしょ?」
茂
「まぁまぁ。まずは一つずつ説明していこうかのう。
まず、彼女はこの山の精霊などではないんじゃ。
精霊である事に違いはないが……山の、精霊ではない」
和真(少)
「じゃあ、なんで精霊って……」
茂
「彼女を守る為じゃよ。繊細なお嬢さんだからのう」
シロ
「あの時の約束、守っていてくれてたの?」
―――回想 茂の青年時代―――
茂
「カヨさん。俺、この山が好きです。貴女の事も。
だから、貴女がいるこの山を守ります」
シロ
「大袈裟です。茂さんは茂さんの家庭を大事にしてください」
茂
「貴女のことも、大切です」
シロ
「まぁ。ふふ、茂さんが大きくなって、私の事を憶えていたらにしてください。」
茂
「憶えてますよ。何十年経とうが、憶えてます。
ここに戻ってきます。カヨさんのいる、この山に……」
―――回想終了―――
茂
「はは、年甲斐もないですかな」
シロ
「いいえ、嬉しいです」
和真(少)
「じゃ、じゃあ、カヨさんって……」
シロ
「和真に聞いた時と同じ。名前を付けてくれたの。
茂さんが付けてくれた名前が、カヨさん」
茂
「それは、カヨさんの正体を知らんと付けられん名前じゃからなぁ」
和真(少)
「シロの正体って、なに?
山の精霊じゃないなら……」
茂
「和真。この姿に類似するものを見ているじゃろう?」
和真(少)
「え?」
茂
「真白な姿。雨の降った日と翌日には姿が見えなくなってしまうこと」
和真(少)
「……あ」
茂
「……見たんじゃろう?わしの部屋で」
和真(少)
「シロ……」
シロ
「雨は嫌い。濡れるのも嫌い。
だって、見つけてもらえないから。
前に、和真に言ったよね?
和真とは違う存在。でも近くにいる。
ずっと私は和真の隣にいた」
和真(少)
「シロ……」
茂
「なんじゃ。まだ見えんのか?カヨさんの本当の姿が……」
和真(少)
「え、だってシロは目の前に……」
シロ
「これも言ったよ。
前ばかり向いてちゃ見えるものも見えなくなるって。
たまには下を向いて歩いてみるのもいいんじゃないって」
和真(少)
「下……あ」
シロ
「……やっと見てくれた」
茂
「見事じゃろう」
和真(少)
「……サンカヨウ」
シロ
「それが、私の本当の姿だよ」
茂
「サンカヨウはのう、小雨に長時間当たると徐々に透明になるじゃよ。
朝霧でも透明になってしまうからのう。とても繊細な花なんじゃ」
和真(少)
「だから、サンカヨウからとって、カヨさん」
茂
「そうじゃよ」
シロ
「黙っててごめんね」
和真(少)
「……ううん」
シロ
「和真?」
和真(少)
「……やっぱりシロは、綺麗だよ」
シロ
「……ふふっ」
茂
「カヨさんをここから連れ出せない理由でもあるんじゃよ。
繊細な花だからのう。ここから動かしたら死んでしまう」
和真(少)
「……うん」
シロ
「和真」
和真(少)
「……なに?シロ」
シロ
「来年、また会えるから」
和真(少)
「……ほんと?会える?」
シロ
「うん。会えるよ」
和真(少)
「……うん。約束、シロ」
シロ
「約束」
茂
「和真、そろそろ迎えが来る時間じゃよ」
和真(少)
「……うん。シロ、また来年会いにくるから!またここで会おうね!」
シロ
「うん」
茂
「それじゃあカヨさん。和真を送り届けてくるのう」
シロ
「気を付けてね、茂さん。もう若くないのだから」
茂
「なに、大丈夫ですぞ。和真、行くかのう」
和真(少)
「またね、シロ!」
シロ
「うん」
-背を向けた和真に、シロは声をかける-
シロ
「和真!」
和真(少)
「ぇ、なに?シロ」
シロ
「……この山、好き?」
和真(少)
「……うん!好き!」
シロ
「そっか。よかった」
和真(少)
「シロがいるから!好きになった!ありがとう!」
シロ
「うん」
和真(少)
「シロはさ、雨好き?」
シロ
「和真が隣にいてくれたから、雨も悪くないって思ったよ」
和真(少)
「よかった!
シロが寂しくないように、絶対会いにくるから!
そしたらまた!僕といっぱいお話しよう!」
シロ
「うん、またお話しよう?」
和真(少)
「うん!だから待っててね!」
シロ
「うん、待ってる」
-姿が見えなくなり、独り呟く-
シロ
「……またね、和真」
和真M(青)
「夏の日差しが照り付け始めた七月。
その月を境に、シロは姿を消した。
また来年、会える。シロの言葉を信じて、俺は祖父の家を後にした」
シロ
「和真……」
和真M(青)
「両親の車で祖父の家を離れる際、風に乗って微かにシロの声が聞こえた気がした。
あの時聞こえた声は、本当に綺麗だった。」
和真(少)
「また、会いにいくるからね。シロ」
和真M(青)
「それから、数十年の月日が経った。
亡くなった祖父の家に住み、その意思を継ぐように俺もこの山を守っている」
和真(青)
「シロ、今日も綺麗だね」
シロ
「和真」
和真(青)
「この後雨が降る予報なんだけど、傘持ってきたから暫くは大丈夫だよ」
シロ
「濡れるの、平気だよ」
和真(青)
「昔は嫌いって言ってたじゃん」
シロ
「雨も好きになった」
和真(青)
「どうして?」
シロ
「私の声が届かなくても、和真に姿が見えなくなっても、ちゃんと私を見て話してくれるから」
和真(青)
「はは、矛盾してる。けど、そうだね。
視えなくても、シロの声が聞こえなくても、ちゃんとシロを見て話すよ」
シロ
「だから、雨も好き」
和真(青)
「俺も好き。雨も、じいちゃんが守ってたこの山も。
雨に濡れて、透明になった花弁も好きだよ」
シロ
「そっか」
和真(青)
「サンカヨウが、好きになった」
シロ
「ありがとう」
和真M(青)
「ぽつぽつと降り始めた雨を見ながら、シロと話す。
声が聞こえなくなっても、俺は話し続けた。答えが返ってこない独り言。
それでもこの時間が大好きだ。目線を下げ、透明な花弁に変わったサンカヨウを見つめる。
いつか祖父と同じように、シロと出会った話を自分の孫にしているんだろうか。
そうなったら、なんて話そうか。繊細で心優しいシロのことを……」
和真(老)
「この山には、綺麗な精霊様が住んでいるんだよ。
昔、おじいちゃんが子供の頃……」
幕