登場人物
芝浦 航暉(しばうら こうき) 男性
20代前半。大学生。
自分に自信がない男性。
将来を見出せず死のうとするが、一歩が踏み出せず毎日海岸に通い続ける。
うみ 女性
10代後半。高校生。
海のように心が広く、明るい女性。
ある日、海岸に佇む航暉に声をかける。
篠田 海(しのだ うみ) 女性
20代半ば。
静かで大人しい、控え目な女性。
あることがきっかけで航暉と出会う。
※うみ役が兼任
配役表
芝浦航暉:
うみ、篠田海:
※注意事項
自殺、虐待表現が含まれます。
苦手な方はブラウザバックをお願いいたします。
配信をする際は、リスナーへの注意喚起をお願いいたします。
-一日目 砂浜 夜-
うみ
「……一人?」
航暉M
「そう声を掛けてきたのは、一人の少女だった」
うみ
「ここ最近、ずっと来てるよね?」
航暉M
「夏に似つかわしくない、長袖を着た少女。
違和感を覚えながらも、彼女の笑顔が妙に印象に残った」
航暉
「……なんで知ってるの」
うみ
「ずっと見てたから」
航暉
「気持ち悪い」
うみ
「ひどーい。だって気になるじゃん?毎日毎日、何をするわけもなく、ずーっと海を眺めてるんだもん」
航暉
「……別にいいだろ。海を眺めるくらい」
うみ
「うん。そうだね」
航暉
「なんで俺なんかに声を掛けたの?」
うみ
「えー?なんか寂しそうだったから!若い子に声かけられたら喜ぶと思って!」
航暉
「……それ、俺じゃなかったら危なかったよ。
こんな遅い時間に高校生が歩いてるだけでもやばいんだから。
世の中にはそういう子を連れ去ってしまう悪い人もいるから、気を付けな」
うみ
「そっかぁ。気を付ける。
けど、お兄さんはそんなことしないでしょ?」
航暉
「しないよ。でも危ないからやめな」
うみ
「うん。分かった。あ、私うみって名前なの!お兄さんの名前は?」
航暉
「……いや、だから、名前もそう簡単に知らない人に教えちゃダメだよ」
うみ
「名前くらいいいじゃん!で、で?お兄さんの名前は?」
航暉
「最近の子は恐ろしいな。
……航暉だよ。船で海を渡るって意味の航海の航に、日編に軍って書いて暉(き)」
うみ
「へぇ!じゃあ私達、海に縁があるんだね!」
航暉
「そうだね。けど俺は、この名前嫌いだな」
うみ
「なんで?」
航暉
「似合わないだろ。船のようにどこまでも行って輝けるようになんて名前」
うみ
「そうかなぁ。お兄さんに合ってると思うけどね」
航暉
「やめてくれ。こんな自信のない男の名前なんかじゃないよ。名前負けしてる」
うみ
「私は好きだけどなぁ」
航暉
「好きとか軽々しく言わない方がいいよ。そういうこというと簡単につけあがるから」
うみ
「そうなの?あ、でも確かに同級生の男の子もそうかも」
航暉
「男って、うみが思ってるよりも単純な生き物だから」
うみ
「ふぅん。そっかぁ」
航暉
「……もう夜遅いから、帰りなよ。俺も帰るから」
うみ
「明日もくる?」
航暉
「……なんで教えなきゃいけないの?」
うみ
「だってお兄さん、死のうとしてるじゃん」
航暉
「……縁起でもないこと言うなよ」
うみ
「そっかぁ。違ったかぁ」
航暉
「子供は早く帰れ」
うみ
「子供じゃないよ。高校生だもん」
航暉
「大学生の俺からしたら充分子供だよ。じゃあな」
うみ
「また明日ねー!」
航暉M
「また明日。その言葉に俺は何も返せなかった。
時間を約束したわけじゃない。時間をずらせば会わないだろう。
"死のうとしてるじゃん"
あぁ、そうだ。その通りだ。
俺は死ぬ為にあそこにいた。
毎日毎日、死のうと思って海に来た。
でも、死ぬと決めたのに怖くなった。
今日こそ死のうと決めた時、彼女が話しかけてきた。
……あぁ、今日も死ねなかった。
なぜか、ほっとした自分がいた気がしたんだ。
……明日こそ、死のう」
-二日目 砂浜 夕方-
うみ
「あ、いたー!」
航暉
「……」
うみ
「やっぱ今日も来たじゃん」
航暉
「逆になんで来てるの」
うみ
「夕方の海が見たかったから」
航暉
「……本当にそれだけ?」
うみ
「うん」
航暉
「……昨日、気付いてただろ。俺が死のうとしてたこと」
うみ
「……うん。だから声を掛けたの」
航暉
「なんで分かったの?」
うみ
「分かるよ。全てに諦めた顔してたから」
航暉
「分かるもんなんだ」
うみ
「うん」
航暉
「高校生に気づかれるなんてな」
うみ
「私じゃなくても、分かったと思うよ」
航暉
「……俺さ、調理師資格、取りたかったんだよ」
うみ
「へぇ、調理師ってかっこいいね」
航暉
「父さんが食品会社の社長でさ。俺、そこの跡取りなんだよ」
うみ
「え!?航暉さん凄い人だったの!?」
航暉
「俺が凄いんじゃない。父さんが凄いんだよ」
うみ
「じゃあ、航暉さんはお父さんの会社を継ぐ為に、調理師資格取ろうとしてるんだ」
航暉
「……いや、継ぐ為に取ろうとしてるんじゃないよ」
うみ
「え?」
航暉
「俺は、調理に直接携わりたかったんだ。
父さんが経営してるのは、食品をレストランに卸す会社だから、調理に直接は関われないんだ。
……俺は、自分が作った料理で、みんなが喜んでくれるのが好きだから、調理師になりたいって思ったんだよ」
うみ
「そうなんだ。なんかいいね。そういうの。じゃあ航暉さんは、大学で調理師の勉強頑張ってるんだね」
航暉
「……いや。大学に通う意味がなくなったんだ」
うみ
「どうして?」
航暉
「調理師に、なれなくなったんだ」
うみ
「……」
航暉
「……調理師になりたくて、住み慣れた土地を離れて、慣れない生活でストレスが溜まったんだろうなぁ。
今さ、料理の味、分かんないんだよ」
うみ
「……味覚障害ってこと?」
航暉
「うん。医者はストレスが原因だから治るって言ってたんだ。
けどさ、いつ治るか分からないのに頑張っても、虚しいだけだろ。
味覚障害で調理師資格なんて、取れねぇよ」
うみ
「でも、治るってお医者様言ってくれたんだよね?だったら……」
航暉
「うみには分かんねぇだろうなぁ。
夢を叶える為に調理師資格取ったとしても、治らなかったら意味がないんだよ。
調理師資格を取ってても、味覚障害が邪魔をする。
そんな状態で料理なんて作れねぇよ。味がわかんねぇんだから。
……調理師になりたくて地元離れて、なのにストレスで味覚障害になって将来の道が閉ざされてさ。
……大学に通う意味も、治療を頑張る気も失せて、もう俺には何も残ってないんだ」
うみ
「だから、死のうとしたんだ」
航暉
「……そうだよ」
うみ
「そうなんだ。お父さんには頼れないの?仲が悪いわけじゃないんでしょう?」
航暉
「頼れるわけないだろ。調理に携われないからって、家飛び出したんだぞ。
会社継ぎたくないって言ってるのと同じもんだろ。今更、父さんになんて頼れるかよ」
うみ
「……そんなの、航暉さんのただの我儘じゃん」
航暉
「そうだよ。単なる我儘だよ」
うみ
「頼れないわけじゃないじゃん。航暉さんには、ちゃんとして親がいるんだから、頼りなよ」
航暉
「……」
うみ
「それでも死にたいって言うならさ、明後日以降にしてよ」
航暉
「は?」
うみ
「明後日には私、ここからいなくなるから。
だからそれまで、話し相手になってよ!」
航暉
「なっ」
うみ
「だからそれまで、死ぬの禁止っ!」
航暉
「……お前の方が我儘だろ」
うみ
「お兄さんよりマシだと思うよ」
航暉
「分かった分かった。
明後日まで、付き合ってやる」
うみ
「ありがとう!」
航暉M
「こうして、俺の死ぬまでの、不思議な二日間が始まった」
-三日目 砂浜 夕方-
うみ
「(童謡:うみの鼻歌。一番だけ)」
航暉
「それ、うみ?」
うみ
「あ、約束通りきてくれた」
航暉
「約束だからな」
うみ
「航暉さんのそういう真面目なところ、私好きだよ」
航暉
「大学生をからかうな。
なんでそんな懐かしい曲、歌ってたんだ?」
うみ
「海が好きだからなぁ」
航暉
「ふぅん」
うみ
「海ってどこまででも続いてるじゃん?この国だけじゃなく、世界中のどこへでも、海を渡って行ける」
航暉
「そうだな」
うみ
「私、どこか遠くに行きたいんだ」
航暉
「なんで?」
うみ
「んー、見聞を広めるため?」
航暉
「へぇ。高校生なのに凄いな」
うみ
「そう?」
航暉
「うん。今時の子は、見聞を広げるために海外に行きたいなんて思わないよ」
うみ
「そうなんだ」
航暉
「見聞を広げるためって、なんか夢でもあるの?」
うみ
「んー、夢とは関係ないかなぁ」
航暉
「うみの夢は?」
うみ
「……カウンセラー、かな」
航暉
「へぇ。なんの因果だろうな。じゃあ未来のカウンセラーさん、最初の患者として俺を診てくれよ」
うみ
「(先生になりきって)そうですね。まずは味覚障害の治療をしましょう。それから、お父さんと話し合ってみてください!」
航暉
「ふっ、心療の先生が実際どういうかなんて分かんないけど、もうちょっと医者っぽくしろよ」
うみ
「えー?充分先生っぽくない?」
航暉
「ぽくないだろ」
うみ
「そっかぁ」
航暉
「高校卒業したら、そういう学校行けよ。俺みたいに夢諦めず、叶えてくれ」
うみ
「……うん」
航暉
「うみってどこに住んでるんだ?あ、でも明後日にはいなくなるってことは引っ越すんだよな?」
うみ
「まぁ、そうだね。遠くに引っ越しちゃうよ」
航暉
「そうか。俺はもうすぐ死ぬけど、うみの夢叶える瞬間、見届けたいなって思ったよ」
うみ
「じゃあ、死んじゃダメだよ」
航暉
「……それは、無理だなぁ。もう、生きる気力もないんだ」
うみ
「……航暉さんが死にたいって思う日は、誰かが生きたかった日々なんだよ」
航暉
「綺麗事だよなぁ。その言葉って。誰かが生きたかった日だったのは分かるよ。
俺も、そういうニュースを見る度に思ってた。
けど実際さ、自分がそういう立場になると、その言葉がすごい苦痛に感じる。
誰かが生きたかった日だったとしても、俺はもう、死にたいんだ」
うみ
「……私さ、お姉ちゃんがいるの」
航暉
「二人姉妹?」
うみ
「うん。そうだよ。名前は空って言うんだ」
航暉
「いい名前だな」
うみ
「そう?そう言われたことなかったから、嬉しい」
航暉
「海と、空と、船か」
うみ
「うん。だからなんか凄い運命を感じた」
航暉
「そっか」
うみ
「お姉ちゃんは明るくて、優しくて、私が困ったらすぐに助けてくれるの」
航暉
「いい姉ちゃんじゃん」
うみ
「そうかな?」
航暉
「そうだよ。俺の知ってる姉妹(きょうだい)がいる奴ら、みんな仲わりぃもん」
うみ
「でも、一緒にいれるでしょ?」
航暉
「文句言いながら一緒にいるな」
うみ
「それ、仲良いって言うんだよ」
航暉
「そうなのか?俺一人っ子だからなぁ。そういうの分かんねぇわ」
うみ
「お姉ちゃんの傍が、一番落ち着くんだ」
航暉
「あー、姉妹ってそういうもんだよな」
うみ
「うん。好きな食べ物も同じなんだよ」
航暉
「なに好きなの?」
うみ
「みかん」
航暉
「美味しいよなぁ」
うみ
「うん。美味しかった」
航暉
「他は?」
うみ
「パンの耳」
航暉
「そこ好きな奴いるんだ」
うみ
「美味しいよ?」
航暉
「まぁ美味しい。揚げて砂糖まぶすと美味しいよな」
うみ
「え、なにそれ!食べたことない!」
航暉
「まじ?今度食べてみなよ。美味しいよ」
うみ
「うん!食べてみる!」
航暉
「さて、もう暗くなってきたし、そろそろ帰れよ」
うみ
「そうだねぇ。もうそろそろ帰らなくちゃなぁ。ねっ、明日も来てよ」
航暉
「はいはい。約束だからな」
うみ
「うん。明日、夜に来てよ」
航暉
「夜?高校生が夜に出歩くなよ。警察に捕まりたくないんだけど」
うみ
「大丈夫。捕まらないから。私明日の夜には帰るからさ、最後に話したいんだ」
航暉
「?」
うみ
「約束だからね」
航暉
「分かった。
(強い風が吹き目を瞑る)ッ……風つよっ、うみ。大丈、不……え?」
-再び目を開けるが、誰もいない-
航暉
「……うみ?どこだ?」
-四日目 砂浜 夜-
うみ
「(童謡:うみの鼻歌)」
航暉
「また歌ってる」
うみ
「最後だからね」
航暉
「昨日、なんでいきなり消えたの?」
うみ
「んー?」
航暉
「……ずっと気になってたけどさ、なんで冬用の制服着てるの?」
うみ
「寒いから」
航暉
「そんなわけないだろ」
うみ
「えー?意外とそういう人いるかもよ?」
航暉
「それに、こんな広い海岸なんだ。
昨日風が吹いたあの一瞬で、視界から消えることなんて普通は出来ない。
俺、そういうの信じてない質(たち)だったけど……うみ、お前は……」
うみ
「(被らせても構いません)私たちが出会った日って、どういう日か覚えてる?」
航暉
「ぇ、出会った日?」
うみ
「うん。私が航暉さんに声を掛けた日」
航暉
「三日前だから、8月13日?」
うみ
「その日って、なんの日か知ってる?」
航暉
「いや……」
うみ
「迎え盆って言って、ご先祖様の霊をお迎えする日」
航暉
「……」
うみ
「そして今日は、ご先祖様の霊が帰る送り盆」
航暉
「……じゃあ、やっぱり」
うみ
「私、今日帰るの」
航暉
「……」
うみ
「航暉さん。お願いがあるんだ」
航暉
「なに?」
うみ
「お姉ちゃんのところに、連れて行ってほしい」
航暉
「でも……」
うみ
「大丈夫。場所は教えるから」
航暉
「俺は……」
うみ
「私のお願いが終わったら、死んでもいいから」
航暉
「……分かった」
うみ
「私の姿が視えたのが、航暉さんで良かった。また来年、会えたら会おうね」
航暉M
「そう言って、うみは消えていった。
最初に出会った、あの時の笑顔を浮かべながら……。
ふと下に目を向けると、海がいた場所にスマホが落ちていた。
ボロボロで画面にヒビが入っているのに、何故か電源が入ったんだ。
画面に映し出された文字を見て、俺は苦笑いを浮かべた」
航暉
「……死なせる気、ねぇじゃん。
めんどくせぇおつかい、残して逝きやがってよ」
航暉M
「今日も死ねなかった。死なせてくれなかった。
これが終わったら、全て終わらせようか……。
最後に、人の役に立って死ねるなら、こんな人生でも良かったなって思える。
やっかいなお使いを早く終わらせる為に、俺は自宅に戻った。
そして翌日、スマホに映し出された住所に向かった」
-五日目 篠田家の前 昼-
航暉
「ここ、だよな?」
-インターホンを押す-
海
「(インターホン越しに)はい」
航暉
「あ、あの……突然すいません。俺、芝浦航暉と言います。
妹さんの、うみさんに頼まれて、空さんにお届け物をしにきました」
海
「……え?」
航暉
「えっと、空さんってお姉さんに、届けてほしいって言われて」
海
「……ちょっと、お待ちください」
航暉
「え、あ、はい」
航暉M
「暫く待っていると、玄関扉がゆっくりと開いた。
そこから出てきた人を、俺はよく知っていた。
身長や年齢、服装は違えど、顔立ちや声はうみだった」
航暉
「……うみ?」
海
「はい。海は、私です」
航暉
「え?でも、俺の知ってるうみは……」
海
「……入ってください」
航暉
「いや、でも」
海
「きっとあなたには、全て話さなくちゃいけないと思いますので」
航暉
「……分かりました。お邪魔します」
航暉M
「何故か、この人の話を聞かなければと思ったんだ。
明るい性格のうみとは違う、控え目な性格の海と名乗る女性。
リビングへ通された俺は、目を疑った。
小さな仏壇の飾られていた写真は、俺が昨日まで話していたうみだった」
海
「驚きますよね」
航暉
「どういう、ことですか?」
海
「とりあえず、座ってください。
(麦茶を用意する)麦茶で、いいですか?」
航暉
「(座る)あ、はい。ありがとうございます」
海
「(麦茶を持って椅子に腰かける)どうぞ」
航暉
「いただきます」
海
「改めて、初めまして。篠田海と申します」
航暉
「ぁ、ご丁寧にどうも。芝浦航暉と申します」
海
「お聞きしたいのは、あの仏壇の写真のことですよね」
航暉
「ぁ、はい」
海
「そうですね。何から話せばいいでしょうか。
私には、姉がいるんです。一卵性の双子で、名前は空。
明るくて、優しくて、私が困ってたらすぐに駆け付けて助けてくれるんです」
航暉
「それ、うみも同じこと言って……ぁ、いや、紛らわしいですよね」
海
「いえ、航暉さんが出会ったのは空であり海であると思いますので」
航暉
「?」
海
「姉は、高校生を卒業する前に、亡くなりました。海に自ら入って、自殺したんです」
航暉
「……」
海
「どうして、ここの住所が分かったのか分かりませんが、あなたのお話は聞くべきかと思いました」
航暉
「……俺も、話せば長くなるんですが、聞いていただけますか?」
海
「はい」
航暉
「俺、隣町に住んでるんです。
そこの海岸で、うみさんに出会いました。
……こんな言葉聞きたくないのかもしれませんが、俺も、自殺しようと思ったんです」
海
「……え?」
航暉
「調理師になりたくて、地元離れて、慣れない生活をしたせいか、ストレスが原因で味覚障害になってしまったんです。
味覚障害になったら、料理は作れない。調理師になれない。夢が叶えられなくなって、もう、どうでもよくなりました。
だから、死のうと思ってあの海に行きました。でも死ねなかった。死ぬのが怖かった。
今度こそ死のうって思ったら、今度は女子高生に声を掛けられて止められた。
それが、うみさんでした」
海
「……姉は、隣町の海岸で見つかったんです。潮で流されて、岩礁に引っかかっていました」
航暉
「……」
海
「きっと、自分と同じようになってほしくなくて、止めようとしたんですね」
航暉
「送り盆が終わったら、死んでもいいよって言われたんです。
でも昨日、これを託されました。お姉ちゃんのところに、連れて行ってほしいって」
-スマホを渡す-
海
「これ、姉のスマホです」
航暉
「ボロボロなのに、電源が付いたんです。
そこに、こちらの住所が記されていました」
海
「……今度は、私がお話する番ですね。
きっと、航暉さんのお話より、暗い内容になるかと思います」
航暉
「大丈夫です」
海
「……母親に、虐待されていたんです」
航暉
「(絶句)」
海
「体罰、食事を与えない、締め出し閉じ込めなんて当たり前でした。
煙草を押し付けられたりも当たり前です。今も、消えない傷が残っています」
航暉
「……」
海
「姉は明るい性格だったから、私よりは虐待の頻度は少なかったと思います。
それでも、母の機嫌を損ねたときは、酷かったです。
私、こんな性格なので、母にはよく怒られていました。
暗いお前が居たら私まで暗くなる。同じ双子で女なのになんでこんなに可愛くないんだと、毎日のように罵られました。
……そんなとき、姉が言ったんです。私達、入れ替わろうって」
航暉
「それで、お姉さんが海を名乗って……」
海
「自分だって辛いはずなのに、私を守ってくれました。
母も、バカですよね。自分の娘なのに、入れ替わったことに気づきもしなかったんです。
それだけ、私達を見てなかった証拠なんですが、それが逆に助かりました。
その日から、私への虐待は少なくなって、逆に姉への虐待が増えていきました」
航暉
「うみ……いや、俺が出会った空さんは、冬用の制服を着ていました」
海
「姉が亡くなったのは、冬なんです。
それでも、虐待の痕がバレるからって、母からは年中長袖を着るように言われていました」
航暉
「……」
海
「あれは忘れもしない、雪が降っていた日です。
姉から、メールが届きました。この証拠を持って、警察に駆け込んでって。
怖かったけど、いつも私も守ってくれたお姉ちゃんの言葉を信じて、警察に行ったんです。
そしたら、姉が最初に電話してくれてたのか、私はそのまま保護されました。母も、姉の証拠のおかげで、逮捕されました。
……警察からお姉ちゃんの居場所を聞かれたけど、私は分からなかった。
その後、隣町の海外で、姉が遺体となって見つかったと、知らされました」
航暉
「(自然と涙を流す)……っ、すいません」
海
「……きっと、疲れてしまったんです。
姉の空ではなく、妹の海として生きてましたから。
姉はいつも言ってました。どこか遠くへ飛んでいきたいねって。
私達の名前みたく、海と空はどこまででも繋がってるって。
けど、それは叶わなかった。
姉は最期まで、空としてじゃなく、海として亡くなったんです」
航暉
「(涙声)それも、言ってました。俺が、船に因んだ名前だから、どこへでも行けるねって」
海
「……(静かに泣く)死んだ後も、姉は、私を演じてるんですね。
死んでもまだ、海として囚われたままなんですね」
航暉
「っ……」
海
「……私は、その後、保護施設で十八歳まで過ごしました。
でも、怖かった。いつか母が刑務所から出てくるかもしれない。
怯えながら生活していたある日、警察から電話が入ったんです。
母が、獄中で死んだと。原因も分からない、突然死だったそうです。
あぁ、きっと姉が助けてくれたんだ。天罰が母に下ったんでって思いました。
こうして今生きていられるのも、姉が守ってくれたおかげなんです」
航暉
「きっと、そうですね」
海
「……姉は、他になにか言ってましたか?」
航暉
「カウンセラーに、なりたいって。あと、みかんとパンの耳が好きって、言ってました」
海
「……カウンセラーは、本当に姉がなりたかった夢なんです。
私達みたいな子供たちを、話を聞くことで救ってあげたいって言ってました。
……みかんとパンの耳は、昔二人でよく食べてたものです。
食事も摂れなかったから、パン屋さんで貰ってたんですよ。
一つのお店で貰い続けるとバレるから、転々としながらパン屋さんを周ってました。
近所にみかんが生る木があって、時期になると内緒で採って食べていました。
今思うと、犯罪ですけど、あの時は仕方がなかったんです」
航暉
「俺、そんな事情も知らずに、夢叶えろよなんて言って……今思えば、あいつが言ってたこと、全部過去形だった。
なんで俺、気付かなかったんだよ。ごめん。ごめん。軽々しく死ぬなんて言って、ごめん」
海
「人の生き死にを、勝手に押し付けるのは良くないと思っています。
それでも、姉を亡くした私だから、言わせて下さい。
あなたはまだ、生きてます。夢も、諦めないでください。
初対面の私の言葉なんて響かないかもしれませんが、あなたには生きてほしいです。
だってまだ、あなたには沢山時間があるじゃないですか。
最後まで、足掻いてください。私が、姉のおかげで警察を頼れたように、あなたにもきっと、頼れる場所があるはずです」
航暉
「……っ、ありがとう」
海
「……航暉さん。姉を、姉の遺品を届けてくださり、ありがとうございました。
このスマホだけは、どうしても見つからなかったんです。
きっと、あなたと出会うために、残ってたんですね。
姉に線香、あげてもらっていいですか?」
航暉
「ぜひ、あげさせてください」
海
「どうぞ」
航暉
「(仏壇の前に移動し、線香をあげる)……俺、もう一回頑張ってみるよ。
……ぁ、お姉さん、パンの耳のラスク、食べてみたいって言ってました。今度、あげてください」
海
「分かりました。お供えしておきます」
航暉
「(仏壇に向かって)……話、聞いてくれてありがとな。うみ……いや、空」
海
「……もう、私のフリをしなくていいんだよ。空お姉ちゃん」
航暉M
「真実を聞き届けたからなのか、帰ってこれたからなのか、電源が入っていたはずのスマホは、二度とつかなくなっていた。
妹を守るために自分を殺し、妹を守り切って死を選んだ。
死んだ後も、妹として海を名乗り続けた彼女は、ちゃんと空として死ねたのだろうか。
きっとそれは、誰にも分からない。分からないからこそ、俺は来年、またあの海岸に行こうと思う。
今度は、海と一緒に、空に会いに行こうと思う。
俺が、二人を繋ぐ船になろう」
航暉
「(どこかへ電話をかける)もしもし、父さん?
……うん。……うん。……久しぶり。……元気だよ。
……あのさ。そっちに、戻っていいかな?
……いや、あの……大学、もう嫌でさ。辞めたいんだ。
実は、味覚障害になっちゃって、調理師資格、取れないかもしれない。
そのせいで、将来やりたいことが分からなくなった。
だから、父さんのところで、自分のやりたいことを見つけたい。
俺が憧れたのは、父さんの背中だから。
……うん。……うん。分かった。ありがとう。
あ、うん。治療は、してる。けど、いつ治るか分からないから、結構しんどい。
……そうだね。父さんに連絡するの、遅かった。
……心境の変化っていうか、背中を押してくれた子がいたんだ。
……とても、妹思いの、優しい子"だった"よ。
うん。また会ったら……会えたら、改めてちゃんと、お礼を言わないとね」
うみ
「(童謡:うみの鼻歌)」
-幕-
補足
タイトルの「彼女は二度死んで、ある夏の日、本当の死を迎えた」の説明です。
一度目の死は、個としての死。
空という個を殺し、海として生きたことです。
二度目の死は、生としての死。
空を殺し、海として生き、空に戻ることなく海という人間として死にました。
三度目の死は、空としての死。
海として生き、海として死んだ彼女は、最後に真実を聞いた二人の中で、空として死ねました。