登場人物
祐美(ゆみ) 女性
20代前半。会社員。
弘樹とは幼少期からの幼馴染。
頑張り屋で素直だが、限界まで悩みや痛みを抱え込んでしまう癖がある。
弘樹(ひろき) 男性
20代前半。バーのオーナー。
祐美とは幼少期からの幼馴染。
放っておけない性格で、祐美の愚痴を聞くのが役割だと思っている。
配役表
祐美:
弘樹:
-雨が降る中、開店前に店のドアベルが鳴る-
弘樹
「すいません、お客様。まだ開店前ですので……祐美」
祐美
「(泣きながら)うぅ、うわぁあああん、弘樹ぃいいいい!もうやだぁ!」
弘樹
「(溜息)とにかく入れ。ずぶ濡れだろ」
祐美
「(泣きながら)弘樹、弘樹ぃ!私もう男なんて信じないぃ!
私、私ちゃんと、してたのに!迷惑にならないように頑張ったのにぃ!」
弘樹
「はいはい。その発言からして大体察しが付くけど、お前これで何度目だ」
祐美
「……五回目」
弘樹
「大体俺の所にくる時は、こういう時だよな。今度はどういう振られ方したんだよ」
祐美
「……怒らない?」
弘樹
「なんで怒る必要がある」
祐美
「……浮気」
弘樹
「は?」
祐美
「だから、浮気」
弘樹
「……どっちが」
祐美
「なんで私が浮気するのよ!私の性格知ってるでしょ!?」
弘樹
「そうだな。向こうの浮気じゃなきゃ"もう男なんて信じない"って泣きながら駆け込んでこないわな」
祐美
「好きになった人には一途です!」
弘樹
「知ってる。てか、毎回別れる原因っていうか、振られる側だよな」
祐美
「……それ言う?」
弘樹
「再認識しろ。はぁ、ちょっと待ってろ」
祐美
「ど、どこ行くの?」
弘樹
「……クローズにしてくる」
祐美
「で、でもお店……」
弘樹
「傘も刺さずに号泣しながら店に駆け込んできた幼馴染をほったらかして、悠長に店開ける程男出来てないんで」
祐美
「ぅ、ごめんなさい」
弘樹
「それに、その話長くなるだろ」
祐美
「……長くならないと思うけど」
弘樹
「その間は長くなるの確定だし、毎度毎度短く終わった試しがない」
祐美
「う……」
弘樹
「何年お前の幼馴染してると思ってるんだよ」
祐美
「はぁい……」
-お店の立て札をクローズに変え戻ってくる-
弘樹
「で、なに飲む?酔って記憶吹き飛ばしたいから来たんだろ」
祐美
「……全部お見通し」
弘樹
「何回目だバーカ」
祐美
「……ベルモント」
弘樹
「……いきなりジンかよ」
祐美
「いいでしょ」
弘樹
「悪酔いしてもしらねぇぞ」
祐美
「そのつもりだから。いいから作って」
弘樹
「……かしこまりました」
-カクテルを混ぜ合わせる音が静かな店内に響く-
祐美
「弘樹のカクテル作ってる姿、好き」
弘樹
「そりゃどうも」
祐美
「お世辞じゃないよ?」
弘樹
「お世辞で言ってたらカクテル代全部貰う。今日は俺の奢り」
祐美
「……ありがとう」
弘樹
「お待たせいたしました。ベルモントです」
祐美
「いただきます。(飲む)はぁ……美味しい」
弘樹
「……で?」
祐美
「……重いんだってさぁ」
弘樹
「ふぅん」
祐美
「お互い職種が違うから勿論勤務時間だって違うし、会えるのも月に一、二回だったんだけどね。
連絡は、毎日してたんだけど、電話とかって相手の時間取っちゃうからあんまりしないようにしてたの。
忙しい人だって分かってたから。我儘言っちゃいけないって思って」
弘樹
「祐美の性格からしたらそうだろうな」
祐美
「会いたいなって思う時もあったけど、相手の都合とか考えてないって思われちゃうかなって思ってあんま会いたいって言わなかったんだ。
仕事で上司にセクハラとかパワハラとかされて、彼氏に一回泣きついた事あって……
その時向こうの機嫌が悪かったのか忙しかったのか怒鳴られちゃって」
弘樹
「は?」
祐美
「(カクテルを飲む)あはは、なんかね、それが重かったらしいんだ。
頼っちゃいけなかったみたい!毎日連絡されるのもうざいんだってさ!」
弘樹
「いや……」
祐美
「それで、浮気されて、別れ話された時には浮気相手との間に子供が出来たからって……」
弘樹
「……」
祐美
「私、好きだったんだよ。彼の事愛してた」
弘樹
「知ってる」
祐美
「迷惑にならないようにって、自分の感情抑えて、泣きつきたくても頑張ってたんだぁ」
弘樹
「うん」
祐美
「(だんだんと泣き始める)頼りたくても、そう言われちゃったら、頼れないじゃん。
彼氏にだけは、弱い所見せて、泣き喚いたっていいじゃん。
ッ頼りたいって思って、仕事が耐えられなくなって、ただ聞いてほしかっただけなのに……!」
弘樹
「……もう分かったから」
祐美
「私、全部、全部抑えて頑張って、ずっと気持ち抑えて、泣かないでいたのに!」
弘樹
「うん、頑張ったな」
祐美
「(泣き叫ぶ)ッあぁああああああああ」
弘樹
「……バカな男だよなぁ。こんないい女。そうそういねぇよ」
祐美
「(泣きながら)声聞きたいのも、会いたいのも、遊びに行きたいのも、全部迷惑だと思って抑えてたんだよ。
でも、だけど、仕事で嫌な事愚痴ったらそれが重いって!毎日連絡取り合うのも怠いって!じゃあ言ってよ!
連絡取り合ってる時そんな事言わなかったじゃん!嫌々面倒だと思いながら連絡返してくれてたの?
嫌だって言ってくれなきゃ分からないよ!別れ話の時にここが嫌だったって全部言われても遅いよ!
もう遅いんだよバカァ!」
弘樹
「その男には言いたい事山ほどあるけど……」
祐美
「う、ぅ……」
弘樹
「別れて正解だよ。そんな男に、祐美を幸せにすることは出来ない。
覚悟もないだろうな。どうせその新しい女とも別れると思うよ。」
祐美
「弘樹ぃ」
弘樹
「俺しかいないから。
祐美の為だけに貸し切りにしてるから、好きなだけ泣いていいよ。
どうせ祐美の事だから、その男に別れ話切り出された時も泣かなかったんだろ?
泣いたら面倒な女だって思われると思ったから、何も反論しないで全部受け入れたんだろ?
だから俺の前で全部吐き出したんだよな?その時言いたかったこと」
祐美
「ひッ、うぁ、あぁあああああ」
弘樹
「いいよ」
祐美
「好きだったのに……ッ!」
弘樹
「うん、分かってるから」
祐美
「(泣き叫ぶ)あぁああああああああッ!」
-気が済むまで泣かせる-
-ただただ泣き止むまで何も言わずに黙っているだけ-
弘樹
「……落ち着いた?」
祐美
「……うん」
-空になったグラスを取り換え、新しいカクテルを目の前に置く-
祐美
「これは?」
弘樹
「ベルベット・ハンマー」
祐美
「コーヒーリキュールとブランデー?」
弘樹
「正解。それとホワイトキュラソーと生クリーム。
度数は20度くらい。ベルモントよりほんの少しだけ低い」
祐美
「(飲む)ぁ、美味しい……」
弘樹
「珈琲が好きなら気に入る。カルーアミルクと同じだな」
祐美
「これ、好きかも」
弘樹
「だろうと思った」
祐美
「さすが」
弘樹
「でさ、話蒸し返すようで悪いけど……祐美は重くないと思うぞ」
祐美
「……そうかな」
弘樹
「その男が器狭いだけ」
祐美
「……うん」
弘樹
「毎日連絡取られるのがうざい?恋人なんだから毎日連絡取りたいだろ。
仕事の愚痴言われるのが重い?そんなんで重いってどんだけだよ。
彼氏にくらい仕事の愚痴言ったっていいだろ。お前の重いの基準が狭すぎる。
話聞く限り、本当に祐美のこと心の底から愛してたのか疑問に思うね」
祐美
「……うん」
弘樹
「ぁ、悪い。別れたとはいえ」
祐美
「ううん、いいよ。もう終わったことだし」
弘樹
「祐美みたいな女性、いねぇと思うけどな。
相手のこと第一に考えて、自分のことは二の次で、全部抑えて我儘も言わないって」
祐美
「そんな事ないよ。嫌われたくないから、してただけ……臆病なだけだよ」
弘樹
「……あのさ、言おうか迷ってたけど、窮屈じゃなかったか?
本当はお前、彼氏には甘えたい方だろ。
我儘も言いたいだろうし、泣きついて話聞いてもらいたかっただろ」
祐美
「……ほんと、弘樹には敵わないなぁ。甘えたかったよ。我儘も言いたかった。
声聞きたい、デートしたい、あそこ行きたいって。
仕事の愚痴とか、今日あったこととか、話したかった」
弘樹
「……お洒落して、デートして、思い出いっぱい作って」
祐美
「夜景の見えるレストランなんかも予約しちゃって見栄張ってさぁ?
安いところでいいからホテル泊まって、全身で彼の愛を感じてドロドロに溺れて、もういいってレベルまで彼に抱かれたかった。
彼氏なんだもん。我儘、いっぱい言いたかったなぁ」
弘樹
「……幼馴染の性事情まで聞きたくはなかったな」
祐美
「あはは、でしょうねぇ!
(飲み)はぁ……でもいいんだ。もう全部終わったことだから」
弘樹
「……俺なら、全部叶えてやれるんだけどなぁ」
祐美
「え?」
弘樹
「別に……次、なに飲む?」
祐美
「弘樹に任せる。弘樹が作るカクテル、全部美味しいから」
弘樹
「わかった」
-カクテルを混ぜる音を聞きながら、空になったグラスを見つめる-
祐美
「……弘樹が、彼氏だったらなぁ」
弘樹
「……」
祐美
「……毎日、楽しいんだろうなぁ」
弘樹
「酔ってるだろ」
祐美
「酔ってない」
弘樹
「そういう奴ほど酔ってる」
祐美
「本当に酔ってません。言ってみただけだよ」
弘樹
「あ、そう。……どうぞ」
祐美
「キャロルだ。一気に度数上げたね」
弘樹
「それくらいじゃ飛ばないだろ」
祐美
「うーん、そうだね。(飲む)ふふ、でもね、本当に思うんだよ」
弘樹
「なにが?」
祐美
「弘樹が彼氏なら、毎日楽しんだろなって」
弘樹
「……まぁ、今まで付き合ってた男よりかは楽しませられる自信はあるな」
祐美
「あはは、凄い自信。
きっと毎日甘やかされて、仕事の愚痴聞いてくれて、休日揃えてくれてお出かけしてくれるんだろうね」
弘樹
「彼女ならな」
祐美
「ふふ、弘樹の彼女になれる人は幸せだろうなぁ」
弘樹
「……じゃあ、なる?」
祐美
「……へ?」
弘樹
「彼女に」
祐美
「え?」
弘樹
「……冗談」
祐美
「いや、弘樹が冗談言うことないじゃん」
弘樹
「……彼氏と別れる度に店に来て泣いてる幼馴染見て、俺が平気でいると思ってるのか?」
祐美
「……迷惑かなって」
弘樹
「全然違う。大切な、好きな女が振られて目が赤くなるまで泣き続けてるのを平気で聞いていられるほど、俺は優しくない」
祐美
「え……」
弘樹
「俺なら、重いと感じない。普通だろ。毎日連絡してもいい。通話も毎日していい。
行きたいとこ一緒に行こう。楽しいデートもしよう。会社の愚痴とかいくらでも聞いてやる。
夜景の見えるレストランは厳しいかもしれないけど、外食してホテル行って、いっぱい愛してやる」
祐美
「ちょ、ちょっと待ってよ」
弘樹
「自分でもバカなこと言ってると思うよ。
傍(はた)から見たら失恋した女性に付け込んで口説いてるとしか見えないだろうな。
こんな告白じゃなくて、もっとちゃんと考えて告白したかったけど、もうダメだ。
男に振られる度に泣きついてくる祐美を見て、俺なら泣かせないのにってずっと思ってた。
幸せにしてやれるのにって。愛してやれるのにって。
コロコロ感情が変わって、すぐ顔に出て、その中でも、一番笑顔が可愛くて綺麗で、輝いてるのにって」
祐美
「ひ、弘樹」
弘樹
「……なんで、気づかないんだろうな。
こんないい女、他にいないだろ。なんで手離すんだろな。
俺だったら、もういいって言うまで愛してやれるのに……」
祐美
「ッ……」
弘樹
「……俺にしちゃえば?」
祐美
「ひ、ろき」
弘樹
「俺なら、満たしてやれるよ?
お前の欲望全部。通話も、デートも、キスも、その先も全部。
祐美がしたい事、全部してあげる。
もういいって言うまで、もう充分って言うまで、あげるよ。俺の全部」
祐美
「ま、待ってよ。いきなりそんな……」
弘樹
「(溜息)あのさ、お前気づいてた?俺が出してたカクテルの意味」
祐美
「カクテル……」
弘樹
「出してた順番。
というか、お前が最初に頼んだカクテルから思い出してみろ。
無意識なんだろうが、見え見えだぞ」
祐美
「……ベルモント」
弘樹
「優しい慰め」
祐美
「……ベルベット・ハンマー」
弘樹
「今宵もあなたを想う」
祐美
「ッ、キャロル」
弘樹
「……この想いを、君に捧げる」
祐美
「ッ弘樹」
弘樹
「泣きながら駆け込んできて、ベルモントを頼まれたんじゃ、期待すんだろ」
祐美
「私、無意識に……」
弘樹
「……カクテルにも”花言葉”とか”宝石言葉”みたいに”カクテル言葉”ってのがあるんだよ。
お前が頼んだのは、そういう意味を持ってる酒ばっかり。
……はぁ、さっきのなしな。酒の席の戯言でも思ってくれ」
祐美
「ま、待って。勝手に決めないで」
弘樹
「振られた当日に告白してくる男なんてロクなのいねぇぞ」
祐美
「弘樹は違う」
弘樹
「はっ、美化しすぎ」
祐美
「してない」
弘樹
「……酔い覚めてるじゃん」
祐美
「あ、あんな事言われたら、誰でも覚める」
弘樹
「終電無くなるだろ。次で最後な」
祐美
「……なら、シェリーをちょうだい」
弘樹
「ッお前……」
祐美
「……早く」
弘樹
「……かしこまりました。」
-カクテルを作る音が響く-
弘樹
「……なぁ。明日、仕事は?」
祐美
「……休み」
弘樹
「そっか。……俺も」
-目の前にカクテルを置く-
弘樹
「お待たせいたしました。シェリーです」
祐美
「ありがとう」
弘樹
「(カウンター越しから腕を引き)いいの?」
祐美
「……いいよ」
弘樹
「ッ、もう、戻れないぞ。まじで、断るなら今だからな」
祐美
「いいって言ってるでしょ」
弘樹
「まさか、シェリーのカクテル言葉知ってたとか、あれは反則だ」
祐美
「それだけは、知ってた。
だから、そういう意味で頼んだの。
これが私の答え。さっきの弘樹の、なけなしの告白の答え」
弘樹
「……知ってる。足腰立たなくなるまで啼かせてやる」
祐美
「ッ、出かけたいんだけど……」
弘樹
「それは、祐美次第。
俺を煽らなかったら、出かけられるかもな?
まぁ、無理だと思うけど?」
祐美
「ッ、バカ」
弘樹
「バカで結構。何年越しだと思ってんだ。
……それ飲んだら―――な?」
祐美
「ッ、うん」
-どっちからとも言えないキスをする-
-※リップ音、入れても入れなくても構いません-
-店を出るドアベルの音がする-
幕