登場人物
月詠 琴音(つくよみ ことね) 女性
20代前半。デザイン会社に勤務。
明るく前向きで責任感が強い。
霜月 静流(しもつき しずる) 男性
20代前半。広告会社に勤務。
落ち着いた性格だが、妹が心配でシスコンになりつつある。
配役表
月詠 琴音:
霜月 静流:
琴音M
「これは、私にとって青天の霹靂(へきれき)だ。
雲一つない青空に、影法師が映り込む。
いや、正しくは青空を背負った男性がそこに立っていた。
私を見つめ、切れ長の瞳から一筋の涙を流して口を開く。
だけど、風がそれを遮った」
-ビルの屋上-
-強風の中、転落防止フェンスの向こうに男性が立っている-
琴音
「待って!」
静流
「……」
琴音
「さっきの……」
静流
「……めんなぁ」
琴音M
「風が止んだ時、微かに聞こえた声は震えていた。
見たこともない程に優しい眼差しで、彼は私を見つめる。
そして、残酷な言葉が私の耳を刺していった」
静流
「お前を愛して、ごめんなぁ」
琴音M
「そのまま、彼は私の目の前から姿を消した。
伸ばした手は空を掻き、虚しくソレは落ちていった。
悲鳴と、救急車と、パトカーの音が、私の耳に届くだけだった」
琴音
「や、だ……嫌、いや、いやぁあああああああああああああ!」
琴音M
「綺麗な青空が、私を見下ろしていた。
私の悲鳴を溶かすように、包むように……」
-玄関で慌ただしく両親を見送る-
静流
「母さん、弁当忘れてる!」
琴音
「お父さん、会議の資料!今日使うんでしょ?忘れないでよ!」
静流
「おー、帰り遅くなんだろ?同窓会だっけ?……分かってるよ」
琴音
「今日飲み会だったよね?飲み過ぎてへべれけ状態で帰ってこないでよね?」
静流
「母さん、行ってらっしゃい」
琴音
「行ってらっしゃい。お父さん」
-両親を見送り、リビングへ戻る-
静流
「(欠伸)にしても、朝からドタバタしすぎだろ」
琴音
「ほんと似た者同士だよねぇ。てか、しず兄時間は?」
静流
「まだ平気。琴音、マーガリン取って」
琴音
「はい。今日帰り遅いの?」
静流
「いや、定時で帰れるとは思う。無能な上司が仕事を増やさなければな」
琴音
「あー、しず兄の会社たまにブラックなるよね」
静流
「締め切り期日を守らない社員が悪い。
それなのに、なんで、その尻拭いを、俺が、上司から直々に、命令されなきゃいけないんだよ!」
琴音
「ほら、しず兄社内でトップじゃん。業績」
静流
「やめてくれ。俺はさっさと定時退社したくて終わらせてるだけなんだよ。
それだけなのに、なんで優秀社員としてコキ使われなきゃならないんだ」
琴音
「まぁ、しず兄の真面目さと言うか楽して効率よくこなす性格が仇になったね」
静流
「はぁ。琴音は今日どうなんだ?」
琴音
「私?今日はクライアントさんと打ち合わせが三件入ってるかな」
静流
「何時頃終わるんだ?迎えに行くぞ?」
琴音
「大丈夫。その後友達と食事する予定なの。」
静流
「そうか。帰り道気をつけろよ?」
琴音
「分かってるよ。子供じゃないんだから心配しないでよね」
静流
「それでも心配なんだよ。大事な妹だからな」
琴音
「……心配性の兄を持って妹の私は大変です」
静流
「はいはい。んじゃ、そろそろ出るわ。琴音も遅刻するなよ」
琴音
「分かってるよ。いってらっしゃい、しず兄」
静流
「行ってきます」
琴音
「……やっぱり、妹なんだなぁ。私は」
琴音M
「ぼーっとした思考の中、水の流れる音と食器のぶつかる音だけが聞こえる。
掌を流れる水は、まるで今の私のよう。
どこに流れ着くかも分からず、ただただ今の生活に満足してると言い聞かせて流れに身を任せているだけ。
今のままで、このままで―――」
静流
「おーい、水出しっぱなしだぞ」
琴音
「……え」
静流
「忘れもんしたから取りに来てみれば何してんだ」
琴音
「しず兄……」
静流
「食器洗い終わってんなら水止めろよ。
そろそろお前も出ないとまずい時間だろ。
おっと……琴音?どうした?」
琴音
「(静流の胸元に寄りかかる)しず兄……」
静流
「……ッ、体調、悪いのか?
あれなら俺から会社に連絡しとくから、今日は休んだ方がいいんじゃないか?」
琴音
「(静流のセリフの途中で)だ、大丈夫!ご、ごめんしず兄!ちょっと眩暈しちゃって!」
静流
「はぁ?それこそ休んだ方がいいだろ」
琴音
「ダ、ダメ!今日は大事なクライアントさんなの!
会社にとって大きな仕事なの!しず兄だって分かるでしょ!?
大きな仕事任されて、それが自分のせいで頓挫(とんざ)するとかなったら、会社に大きな損益が生じるの!」
静流
「……はぁ、分かった。
学生の時から責任感強かったもんな。
そこがいい所なんだろうが、心配だぞ俺は」
琴音
「うん、ごめん」
静流
「謝らなくていい。表で待ってるから、早く支度してこい」
琴音
「分かった。ありがとう、しず兄」
静流
「いいんだよ」
静流M
「まずいと思った。学生の頃とは訳が違う。
琴の音(ね)のような声で呼ばれるだけで俺はどうにかなってしまいそうだ。
寄りかかられた時、俺はどうしたらいいか分からなかった。
伸ばした手をどうするべきか、思考が一瞬止まった。
だけど、俺は琴音の"兄"としての立場を壊したくなかった。
いや、ただ、怖かったのかもな。
今が壊れてしまう事が、前に進む事が―――」
静流
「……あれから、五年も経つのか。
まさか、こうなるとは思わなかったな。あの時は……」
-回想 高校時代-
琴音
「霜月先輩!」
静流
「おー、どうした後輩」
琴音
「後輩って名前じゃないです!
ちゃんと月詠琴音って名前があります!」
静流
「そうだったな。んで?月詠は俺になんの用があって来たんだ?」
琴音
「あ、えっと、用はそれといって……」
静流
「はぁ?」
琴音
「ただ、先輩が見えたから、つい……」
静流
「……」
琴音
「す、すいません!ご迷惑でしたよね!用事もないのにお声がけしてしまって!」
静流
「くっ、あははは!」
琴音
「ぇ、え?せ、先輩?」
静流
「(笑いながら)あ、ああ、悪い。別に、謝る事ねぇよ。ただ、ただなぁ?」
琴音
「え?」
静流
「お前、俺の事好きすぎかよ」
琴音
「……(自覚して照れる)ツ――――!」
静流
「……ぇ、ちょっと待って。なにその反応」
琴音
「ぇ、あ、し、失礼します!」
静流
「ぁ、おい!」
-走り去る琴音を呼び止めることなくその場に立ち尽くす-
静流
「……マジかよ。あの反応は反則だろ」
琴音M
「先輩に言われて、初めて気づいた気持ち。
見かける度に目で追ってしまう。声をかけてしまう。
今まで感じたことがない気持ちの正体に、気づいてしまった。
私は、先輩のことが好きなんだ」
静流M
「あいつのことが好きなのは気づいてた。
でも、あいつの進む道に俺はいない方がいいと思ってたのも事実。
だから告白することもなく、このままお互いの道を進もうと思っていた。
だけど、あの出来事が、俺を……俺達を、苦しめることになるとは思わなかった」
琴音
「……え?」
静流
「……月詠?」
琴音
「ぇ、ちょっと待ってください。
お父さんの再婚相手で、私のお兄さんになる人って……」
静流
「母さんの再婚相手って……」
琴音
「先輩のことだったんですか!?」
静流
「月詠のことだったのか!?」
琴音
「……うそ」
静流
「……勘弁してくれ。笑えない冗談にも程が……」
琴音
「あの、先輩……」
静流
「あー、なんも言うな。それ以上言うな。
……はぁ、親の再婚にとやかく言うつもりはないし、二人が幸せなら俺はそれでいい」
琴音
「はい」
静流
「月詠は?」
琴音
「……私も、お父さんが、先輩のお母さんと幸せそうに笑っているのを見るのは、嬉しいです」
静流
「じゃあ、それでいい。
あー、先輩後輩って立場だったけど、今日から兄妹だな」
琴音
「そう、ですね」
静流
「……慣れないこともあるかもしれないけど、これからよろしくな」
琴音
「……はい、よろしくお願いします」
静流
「まぁ、まずはその敬語からだな。
兄妹なんだし、すぐにとは言わないが、家の中だけでもいいから外してくれると助かる」
琴音
「ぁ、はい。ぁ、や、違くて。わ、わかった」
静流
「ふっ、やっぱ急には無理だよな」
琴音
「すいません。ぁ、私また!」
静流
「あはは、あー、お前はそのままでいい。そのままでいてくれ」
琴音
「え?」
静流
「……いや、なんでもない。
それじゃあ俺は、兄らしく妹のことは呼び捨てで呼ばないとなぁ?」
琴音
「そ、それは!こ、困ります!」
静流
「なんで困るんだよ」
琴音
「は、恥ずかしい、ので……あの、先輩。
慣れるまで、月詠のままで、お願い、します」
静流
「……あー、その反応は、俺が困る」
琴音
「え?」
静流
「慣れる為の練習。琴音、これからよろしく」
琴音
「(恥ずかしがりながら)せ、先輩のバカァア!」
静流
「あ」
-逃げるように距離を取り、自分の部屋に閉じこもる-
静流
「また逃げられた。
……はぁ、うまくいかねぇなぁ」
-回想終了-
静流M
「親の再婚相手がまさか後輩の父親だとは思いもよらなかった。
そこからというもの俺達の間の距離は開くばかりだ。
五年という歳月が経って、ようやく敬語も外れ、"しず兄"呼びにまでなった。
これが望んでた未来ではないけれど、近い未来だ。
そのままでいい。このままでいい。
俺の気持ちになんて気づかないまま、そのまま……
俺への感情を捨ててくれ―――」
-車の運転席に座りながら、ぼーっとしている-
静流
「……」
琴音
「しず兄!」
静流
「ッ、あ、ああ。どうした?」
琴音
「どうした?じゃないよ。
会社に送っていくって言ったのしず兄でしょう?」
静流
「そ、そうだったな」
琴音
「(腕時計を見て)わ、早くしないと遅刻しちゃう」
静流
「乗れ」
琴音
「ありがとう!」
-助手席に乗り、琴音の会社に向かう-
-沈黙が数秒続く-
静流
「(琴音と被る)あの……」
琴音
「(静流と被る)あの……」
静流
「あ、えっと、なんだ?」
琴音
「え、しず兄から言ってよ」
静流
「俺のは、しょうもない事だから別に……」
琴音
「えっと、じゃあ、さっき私のこと待ってる間、なに考えてたの?」
静流
「いや、別に……」
琴音
「ほんと?」
静流
「……琴音のこと」
琴音
「え?」
静流
「初めて、再婚相手の娘さんって紹介された時のこと」
琴音
「なんで、そんな前のこと」
静流
「俺が聞きてぇよ。それにそんな前でもねぇだろ」
琴音
「そんな前だよ。だってもう五年くらい経つでしょ?」
静流
「そうだな。あの時の琴音は暫く部屋から出てこなかったな。
家の中ですれ違っても目を逸らされるし、声をかけたら逃げられるし」
琴音
「あ、あれはしず兄が!」
静流
「慣れないお前に琴音って何度も呼んでたからな。
まぁ、全部俺が悪いんだが……お、そろそろ着くぞ」
琴音
「あの時の反抗期はしず兄のせいです!送ってくれてありがとう。
クライアント三件済ませたら友達と食事してくるから、ちょっと帰り遅くなるね」
静流
「ああ」
琴音
「あ、そういえば、しず兄はなにを言いたかったの?」
静流
「あー、今度の休み、水族館でも行くか?近くに出来た新しいとこ」
琴音
「え、行きたい!」
静流
「うん、それだけ」
琴音
「よし、楽しみの為に頑張ろう!ありがとう、しず兄!それじゃあ行ってくる!」
-慌てて車から降りて会社に向かおうとする-
-助手席に置かれた鞄に気づき、琴音を呼び止める-
静流
「琴音!鞄!」
琴音
「え?あ、忘れた!」
静流
「ったく……」
-鞄を持って車から降りる-
静流
「ほら、大事な書類とか入ってんだろ」
琴音
「うん、ありがとう!」
静流
「ん?ヘアピン曲がってるぞ。直してやる」
琴音
「ぇ、いいよ!会社で直すから!」
静流
「いーや、身だしなみはしっかりしろ。社会人としての基本だ」
琴音
「うー、手厳しい」
静流
「……よし、できた」
琴音
「ありがとう、しず兄」
静流
「おう……うん、可愛い」
琴音
「ほんと?」
静流
「うん。変な男に引っかかりそうなくらい」
琴音
「(ムッとする)なにそれ」
静流
「それくらい可愛いってことだよ。ほんと、誰にも渡したくねぇなぁ」
琴音
「え?」
静流
「琴音……」
-浮かされたように名前を呼び、琴音の頬にキスをする-
琴音
「え……」
静流
「……ッ、俺、なにして……わ、悪い!」
琴音
「……う、ん」
静流
「……悪い。俺、どうかしてた。会社、早く行ってこい」
琴音
「……うん」
静流
「……」
-ぼーっとした表情のままふらふらと会社に向かう琴音の背中を見つめる-
静流
「……なにしてんだ、俺は。妹にするレベルじゃねぇだろ。
はぁ、どうにかなっちまいそうだ」
琴音M
「私達は家族だ。兄妹だ。
しず兄が"兄"という立場を貫くというなら、私も"妹"という立場を貫く。
それでよかったんだ。それなのに、なんで?どうして?
この気持ちは消すつもりだった。忘れるつもりだった。
迷惑になるのなら、これから暮らしていく上で邪魔になるのなら、いらないと思った。
学生の頃に言われたあの言葉を、鵜呑みにしている訳じゃない。
私に対する態度は、気持ちは、"妹"に向けているものだと思ってた。
私はそうとしか見られていないんだと思った。
それなのに―――ねぇ、どっちが本当なんですか?先輩」
-夜-
-琴音の帰りをリビングで待っている-
静流
「ぁ、おかえり。琴音。」
琴音
「……」
静流
「その、今朝は……」
琴音
「全然気にしてないから、大丈夫だよ!
しず兄、きっとまだ眠くて寝ぼけてたんだよ!」
静流
「いや、あれは……」
琴音
「大丈夫だから。この話、やめよう」
静流
「……悪い。」
琴音
「……疲れたから、今日はもう休むね」
静流
「ああ、おやすみ」
琴音
「……おやすみなさい」
琴音M
「それからというもの、私達の会話は極端に減った。
お父さんとお義母さんに心配をかけたくなくて、いつも通り振る舞ったつもりだ。
しず兄が声をかけようとしていることには気づいてた。
でも、私が気づかないフリをしていた。
ううん、会話するのが怖くて、逃げてた。
しず兄もそれを分かっているのか、必要以上に声をかけてくることはしなかった。
そんな日々が暫く続いた、ある日の休日」
静流
「琴音」
琴音
「なに?」
静流
「いや、前に約束してた水族館、行くか?」
琴音
「(忘れてたのか思い出す)あ……」
静流
「お前、行きたいって言ってたから。
その、お詫びというか、俺が全部奢るから、行かないか?」
琴音
「……」
静流
「ダメなら、いいんだ」
琴音
「……うん、行きたい」
静流
「え?」
琴音
「水族館、しず兄と行きたい」
静流
「そ、そうか。じゃあ、行こうか」
琴音
「うん」
静流
「外で、待ってるな」
琴音
「分かった」
琴音M
「話してしまえば、ぎくしゃくしていたモノは消え去っていた。
車の中での会話は少なかったけど、着いてしまえば簡単だった」
琴音
「しず兄、見て見て!」
静流
「おー、すげぇ。ここがメイン水槽みたいだな」
琴音
「ジンベエザメがいる!あ、見て見て、エイの顔!」
静流
「まじで顔に見えるな」
琴音
「喧嘩しないのかな?」
静流
「大丈夫だから一緒に入れてるんじゃないか?」
琴音
「そうだよね」
-イルカショーのアナウンスが入る-
静流
「お、イルカショーだって。行くか?」
琴音
「行く!」
静流M
「俺の隣で、楽しそうに笑ってくれた。
イルカショーを見ている琴音は子供のようだった。
ショーを見てはしゃぐ琴音の姿に、俺の心は高揚していく。
自覚した時から、同じ家に住むようになってから、兄妹という立場に変わってから。
想いは消えることなく膨れ上がる。
爆発しそうな勢いで、俺の心を蝕んでいく」
琴音
「あー、可愛かったぁ!」
静流
「よかったな。まさかイルカと写真撮影できるオプション付きだとは思わなかった。」
琴音
「あの子最後にほっぺにちゅーしてくれた!」
静流
「ちゅーって、言い方子供かよ」
琴音
「立派な大人だよ。それにキスくらい私にだって……あ」
-頬にキスされたことを思い出し言葉に詰まる-
静流
「……お土産コーナー行くか?」
琴音
「うん、行きたい。
……ごめんね、しず兄。」
静流
「気にすんな。
母さんとお義父さんへお土産買うつもりだったんだろ?」
琴音
「うん」
静流
「じゃあ、買って帰らないとな。
お土産買ってきてほしかったぁって拗ねられても困る」
琴音
「ふふ、そうだね。
二人とも旅行先とか外出した先のお土産毎回買ってくるもんね」
静流
「ぬいぐるみとかストラップならまだしも食いもんだからな。
消費するこっちの身にもなってくれって話だ。
買って満足してはいおしまいだからな。
母さんなんて菓子が入ってる缶目当てなだけだしな」
琴音
「可愛い趣味だと思うけど?」
静流
「処理が大変なんだ、処理が」
琴音
「中身のね」
静流
「仕事先にお裾分けしにいかないと消費出来ないくらいに買い込んで来た時は焦った」
琴音
「あはは、想像できちゃう」
静流
「琴音が来てからは、消費が楽になったけどな」
琴音
「それはよかったです。感謝してくださいよ?お兄様」
静流
「はいはい、ありがとうございます。妹様」
琴音
「ふふっ」
-お土産売り場に着く-
:
静流
「さて、なに買うんだ?」
琴音
「みんなで食べれる小分けのお菓子がいいなぁ」
静流
「んー、クッキーとかが無難か」
琴音
「あ、これなんかどう?お魚の形のクッキー!」
静流
「いいな。可愛くて食べれなさそうだ」
琴音
「それかジンベエザメクッキー」
静流
「全部クッキーだな」
琴音
「日持ちするっていったらクッキーでしょ!」
静流
「そうだな」
琴音
「だから、これと、これと……あとこれも!」
静流
「……金足りっかなぁ」
琴音
「えっと、あとは……」
静流
「琴音、選び終わったら声かけろ。俺そこらへん見て回ってるから」
琴音
「あ、うん!わかった!」
-一人店の中を見て回る-
静流
「へぇ、結構色々な物あるんだなぁ。
こういうとこ、あんま来る機会ないから新鮮だな」
-ストラップが売られている棚の前で足を止める-
静流
「……これ」
琴音
「しず兄、選び終わった!って、なにしてるの?」
静流
「いや、琴音どれがいい?」
琴音
「なにが?」
静流
「ストラップ。これに付いてる鈴の音、なんか気に入ってさ」
琴音
「わぁ、綺麗な音」
静流
「だろ?……一緒に付けないか?」
琴音
「え?でもそれって、ペア……」
静流
「うん、お揃い。ダメか?」
琴音
「ダメ、じゃ、ないけど……えっと、じゃあ、これがいい」
静流
「じゃあ、俺はこれかな」
琴音
「あ、ありがとう」
静流
「いいんだよ。俺がしたかったし」
琴音
「うん」
静流
「じゃあ、買って帰るか」
琴音
「……うん」
琴音M
「徐々に近づくタイムリミット。この時はまだ、私は知らなかった。
しず兄の想いを。心の葛藤を。そのせいで、どれだけの間苦しんでいたのかを」
静流
「楽しかったか?」
琴音
「うん、久しぶりに休日満喫したって感じ。
それに、しず兄とこんな風に休日過ごした事ってないから」
静流
「新鮮だったよな」
琴音
「うん、いい思い出できた。ありがとう」
静流
「おう」
-車での帰り道、小さな公園の前を通りかかる-
琴音
「ねぇ、しず兄」
静流
「ん?どうした?」
琴音
「そこの公園、ちょっと寄って行かない?」
静流
「公園?帰り遅くなるぞ」
琴音
「ちょっとだけ」
静流
「仕方ないな。ちょっとだけだぞ」
-近くの駐車場に車を止め、公園に入る-
-荷物をベンチに置き、ブランコに腰掛ける琴音-
-静流はその前の柵に腰掛ける-
静流
「公園とか何十年振りだ?」
琴音
「わかんないくらい振り?」
静流
「なんだそれ」
琴音
「そのくらい来てないってこと!」
静流
「そうだな。大人になるにつれて、子供の頃の遊びとかしなくなったしな」
琴音
「それと、自分の気持ちにも正直にならなくなってくる」
静流
「……は?」
琴音
「……あのね、これは過去の話。
……知り合いから聞いた、既に終わった話」
静流
「琴音?」
琴音
「その子が言うにはね、好きだった先輩がいたんだって。
だけど、中々想いを告げれずにいたの。
このまま言うこともなくお別れになるんだろうなって思ってたんだって。
でも、神様の悪戯か、親の再婚で二人は兄妹になる」
静流
「それって……」
琴音
「その子は、このまま想いを告げずに"妹"としての立場を貫こうと思った。
先輩が"兄"としての立場を貫くならって。
きっと相手は自分の事を"妹"としてしか見てないなら、それでいい。
静かに流れに身を任せていればいい。
今があるだけで、幸せだからって。
そう言ったんだ」
静流M
「これは罰なんだろうか。
今まで自分の気持ちを言わなかった俺への――」
琴音
「だからその子も、自分の気持ちを封じようと決めた。
好きでもない相手に想われてるのは気持ち悪いだろうと思ったから」
静流M
「やめろ。やめてくれ。
それ以上なにも言うな。話すな。
想いの音を俺に飛ばすな」
琴音
「だけど、先輩の行動がその子を揺さぶるの。
相手が分からなくなった。気持ちが、分からなくなった。
封じたはずの想いが、溢れそうだと思った」
静流M
「溢れる。止まらなくなる。
壊してしまう。守ってきた関係を――」
琴音
「ねぇ、しず兄」
-ブランコから降り、袋から買ったばかりのストラップを取り出す-
-チリンと、澄んだ鈴の音が静かな公園に鳴る-
静流
「ッ……」
琴音
「ただの妹に、キスをしたり、ペアのストラップを買ったりしたのはどうして?
好きでもない相手に、まるで好きな相手にするような行動をするのはどうして?」
静流M
「せき止めてた想いが、溢れる」
琴音
「そうやってその子は、相手に問うの」
静流
「……」
琴音
「……どうして?先輩」
静流
「……」
琴音
「……どっちが、本当?」
静流M
「あぁ、もうダメだ。壊れる。
壊れてしまう――」
琴音
「……しず兄」
静流
「誰が……」
琴音
「え?」
静流
「誰がいつ、好きじゃないなんて、言ったんだよ」
琴音
「しず兄……」
静流
「俺は、ずっと、壊さないように……俺は、お前が思ってるような、優しい男じゃない。
醜い欲望を後輩のお前に、妹になったお前にぶつけるようなやつだぞ?
我慢できなくなって、突然キスするような男なんだよ俺はッ!
お前が俺に対して恋愛感情があるのは分かってた。恋心を自覚させたのは俺だ。俺の責任だ。
後輩の将来を奪うのが怖くて、あのまま何事もなくそれぞれの道へ行ければいいと思ってた。
そのまま自然と俺のことも忘れて、俺なんかよりいい男と幸せになっててほしいと思った。
それなのに!それなのに、好きな女といきなり家族になって、一つ屋根の下で……くそっ」
琴音
「……」
静流
「お前の邪魔になるなら、俺は……この醜い想いを消そうと思った。忘れようと思った。
それなのに、膨れ上がるばかりで。全然消えてくれもしない」
琴音
「うん」
静流
「くそ、俺は……琴音」
琴音
「しず兄?」
-抱きしめて、琴音にキスをする-
静流
「……これが最後。最期だから」
琴音
「……しず、兄?」
静流
「終わりにするから。
学生の頃から、好きだった。
今も、想いは変わらない」
琴音
「……あのね?しず兄、私……」
静流
「お前の邪魔になるなら、消えるから」
琴音
「え?どういう……」
静流
「ごめんな。琴音」
-走り去る静流-
琴音
「しず兄!?待って!」
静流M
「打ち明けてしまった。
封じていた想いを言ってしまった。
言葉にしてしまえば、音にしてしまえば、止まることなく溢れ続ける。
きっと俺は、この先琴音を傷つけてしまう。
だったら、そうなる前に、そうならない前に……
俺が消えればいい――」
-ビルの屋上-
-強風の中、転落防止フェンスの向こうに静流が立っている-
琴音
「待って!」
静流
「……」
琴音
「さっきの……」
静流
「……めんなぁ。」
琴音
「え?」
静流
「お前を愛して、ごめんなぁ」
琴音M
「優しい眼差しで私を見つめている彼の口から出た言葉は、震えていた。
一筋の涙を流して微笑んだ彼は、私の目の前から消え落ちた」
琴音
「しず兄!」
静流M
「最期に視界に映ったのは、必死に俺の名前を呼ぶ琴音の姿。
手を伸ばして、俺を掴もうとした手は空を掻いた。
あぁ、これでやっと終われる。苦しまなくて済む。苦しめなくて済む。
俺の身勝手な気持ちの押しつけで、琴音を泣かせなくて済むんだ。
でも、どうしてこんなに苦しんだろうか。痛いんだろうか。
脳裏に焼き付いたように消えない琴音の姿が、瞼を過る」
-鈴の音が鳴る-
静流
「――ッ!」
-目を覚ます静流-
-見慣れない真っ白い天井が目に入る-
静流
「……いき、てる?どうして、確かに俺は、屋上から……」
-視線を泳がすと、ベットに突っ伏し、静流の手を逃げり寝ている琴音の姿がある-
-琴音の手には水族館で買ったお揃いの鈴の付いたストラップが握られていた-
静流
「琴音……」
琴音
「……しず、兄……早く、起きて……」
-手から滑り落ちた鈴が床に落ちる-
静流
「お前が、起こしてくれたのか……」
琴音
「(目を覚ます)ん……」
静流
「琴音」
琴音
「……しず、兄?」
静流
「うん」
琴音
「……しず兄!」
静流
「ごめん、琴音」
琴音
「(泣きながら)遅いよ!起きるの遅いよぉ!私、ずっと待ってた!
傍でずっと、しず兄が買ってくれた、ストラップ握りしめて!
無事に、帰ってきて、戻ってきてって!ずっと願って!それで!」
静流
「うん、聞こえた。聞こえたよ。お前の声と、鈴の音」
琴音
「しず兄、しず兄ぃ……先輩ぃ、よかったぁ」
静流
「ふ、ははっ、いてて、笑うといてぇ。
呼び方ぐちゃぐちゃなんだよ。しず兄なのか先輩なのかどっちだ」
琴音
「どっちもぉ」
静流
「はは、いってて、なんだそれ。
……俺のこと、幻滅しただろ」
琴音
「ううん」
静流
「酷い男だぞ。優しくないし、兄としての立場を貫こうとしたのにこれだ。
最終的には絶対泣かせたくないと思ってた好きな女悲しませるし泣かせるし。
最低なお前の元先輩で兄だぞ。そんな相手から想われて、好きとか言われて、引くだろ」
琴音
「ううん。幻滅しない。引かない」
静流
「……変なやつ」
琴音
「しず兄」
静流
「なんだ?」
琴音
「このストラップは、私に送ったんだよね?妹としての私に」
静流
「ああ。俺の自己満足だ。嫌なら捨ててくれ」
琴音
「うん。じゃあ、今から死にます」
静流
「は?」
-買ったストラップをゴミ箱に捨てる-
静流
「お、おい。死ぬって!」
琴音
「はい、死にました」
静流
「え?」
琴音
「妹としての私は、死にました。
ここにいるのは、今、先輩の前にいるのは、ただの琴音です。
妹でもなんでもない、ただの女です」
静流
「こ、とね?」
琴音
「ただの月詠琴音ですよ。先輩」
静流
「……琴音」
琴音
「あの時、私の気持ちもよく聞きもしないで勝手なことした罰です」
静流
「そうだな」
琴音
「生きた心地がしませんでした。
なので、もう一度、ちゃんと言ってください。
私の答えを聞いてから、落ち込むなりなんなりしてください」
静流
「……琴音、今からでも間に合うのなら、改めて言わせてほしい。
俺は学生の頃から、お前の事が好きだ。この気持ちは、今も変わらない」
琴音
「はい」
静流
「兄とかじゃなく、ただの男として言ってる」
琴音
「はい」
静流
「琴音の気持ちが変わってなかったら聞かせてほしい」
琴音
「しず兄」
静流
「……なに?」
琴音
「しず兄にキスされた時、嫌じゃなかったよ。二回とも」
静流
「それって……」
琴音
「今まで言えずにいてごめんね。私もね?しず兄のこと――――」
幕