水素吸蔵合金

脱炭素化社会の実現に向けて,太陽光や風力発電等の自然エネルギーの利用が急がれている.また,自動車の燃料についても化石燃料に代わり水素燃料の利用促進が急がれているが,その貯蔵法が課題である.最近,水素の貯蔵法に関して「希少金属を使用しない水素吸蔵合金」の開発が話題になっている.

 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)量子ビーム科学部門関西光科学研究所,国立大学法人東北大学,大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の研究グループは,資源量が豊富なアルミニウムと鉄を組合せた合金で水素が蓄えられることを発見したと発表した.従来のように希少な元素を含むことなく,コンパクトに水素を蓄えられる水素吸蔵合金ができる可能性があるとのことである(7月29日)

水素吸蔵合金の開発には, 水素と反応しやすい金属反応しにくい金属を組み合わせるのが定石であるが, 前者には主にレアメタルが用いられることから,低コスト化に向けて新たな合金の開発が求められていた.

 研究グループでは,難水素化金属同士を組み合わせた合金,すなわち豊富で安価なアルミニウムと鉄を利用した水素吸蔵合金の開発を行なった.その結果,Al13Fe4という組成の合金を7万気圧以上の高圧力下で650℃以上の高温水素と反応させることで,水素を吸蔵した合金Al3FeH4を合成できた.

 Al3FeH4は大気圧下に取り出せて,加熱すると水素を放出.従来の水素化物とは異なる新たな結晶構造を持ち,難水素化金属同士の合金でありながら多くの水素を蓄えられることが分かった.吸蔵された水素量はレアメタルを用いた合金であるLaNi5やTiFeなどと同等だったという.

今回は,高温高圧の水素が必要となったが,合金表面の性質を変えれば,低い圧力でも水素が取り込めることも判明したという.今回の成果から,新たな水素吸蔵合金の開発や,水素社会の実現などにつながるとしている.

水素吸蔵合金の働きを理解するには,一昔前に化学で勉強した「ルシャトリエの原理(平衡移動の原理)」が役に立つ.

金属は,金属原子が無秩序に集まってできているのではなく,規則正しい構造をつくっている.代表的な構造は体心立方格子 (bcc),面心立方格子(fcc),そして六方最密構造(hcp)である(結晶の詳細は理解する必要はない).それぞれの構造には空隙があり,そこに水素原子は入るというわけである.水素の吸蔵と放出は以下の平衡反応式で表わすことができる.

H2(気体)⇄ 2H(金属中)+Q(発熱)

可逆反応であるので,水素分子(H₂)は原子(H)に解離して金属に取り込まれ,その結果,体積は大幅に減少する.そこで,平衡移動の原理の教えるところにより気体水素の圧力を上げると,この反応は右に進行し,水素は金属中に吸蔵される.逆に圧力を戻せば水素を放出させることができるわけである.

Qは水素が取り込まれるときに発生する熱エネルギーであり,水素の吸蔵・放出では反応熱をどのように制御するかも重要になる.室温,大気圧付近の条件で多くの水素が出し入れできるような水素吸蔵合金の開発研究が実りつつあるといっても過言ではない.

これまでの経緯

ナノ化鉄チタン水素吸蔵合金を用いたこれまでの実証事例によると,200リットルドラム缶35本分の水素を22リットルのMHタンクに収容できると書かれている.右図は製品の例である.

水素ガス1kgの仕事量について

水素ガス 1kg=1,000g=500mol=11,200ℓ=11.2m3 = 200㍑ドラム缶56本自家用車100km

一昔前は,水素は合金重量の1−2%程度しか吸蔵できなかったため,重すぎて水素車の実用化は無理と言われていた.400㎞の航続距離を有する乗用車を想定した場合,4㎏の水素が必要である.そのためには300kgのタンク(2%吸蔵合金200㎏+容器)を搭載する必要がある.いつも体重50㎏の人間を6人乗せて走っているようなものである.実用化されている中で最も吸蔵量の多い合金,重量比4%程度である.上記の場合,2%を4%に変えると合金の重さは半分の100kgですむことになる.なお,ガソリンタンクの容量60リットルの車に満タンに給油した場合,約44.4kgがガソリンの重量である.

レアメタルを使うことなく,室温,大気圧付近の条件で多くの水素が出し入れできる水素吸蔵合金の開発が進めば,ローコストな水素自動車の実現も夢ではない.

資料

希少な元素を使わずにアルミニウムと鉄で水素を蓄える

水素エネルギーとは (その3) | 省エネQ&A

内田裕久教授が開発したナノ化鉄チタン水素吸蔵合金タンクが実用化 ...

自己体積の1000倍もの水素を長期的に保存でき、水素を高圧ガス規制にかからない10気圧以下で貯蔵することも可能となる反応性の高い、安価な合金の開発に成功しました。

今回実用化されたタンクは、直径16.5cm、長さ1.5mで、水素を約5500ℓ貯蔵することが可能。7300回の吸蔵・放出サイクル(1日1回で約20年分に相当)を経た後も機能が劣化しないことも確認されています。 ー記事の一部を引用ー

水素のはなし第7回 - 水素・燃料電池実証プロジェクト -JHFC

2021.9.26