再考「緑茶」について

茶葉中に含まれている「テアニン」とは何か?と訊かれたので,改めて「茶」について文献を調べてみた.「化学と生物」に農林水産省茶業試験場 石垣幸三 氏の総説(お茶の化学成分, 味・香りと茶樹の栽培)があるので,その内容を引用して紹介したい.

茶 (Camellia sinensis, (L.) O. Kuntze) は,ツバキ科 (Ternstroemiacese) に属する常緑の灌木で,わが国では北海道と青森県を除くすべての都府県で栽培されている.茶の栽培には,年平均気温が14~16℃程度で,年間降水量が 1,300mm以上 が必要と言われている.新潟県村上市と茨城県の大子町を結んだ線付近がおおむね経済的栽培地の北限とされている.

人類が多種多様の植物の中から茶を選び, 嗜好飲料に育てあげるまでに2000年余の年月を必要とした. 現在でも, ベトナム北部の部族には生で食べる習慣が残っているらしいが,生葉は苦く, 青臭いとのことである.そのため, 飲み易くするための製茶法が工夫され現在に至っている.日本緑茶の持つ色,味,香りは, わが国独自の歴史と文化の中で培われたものであることは言うまでもない.

茶の歴史研究家である松下氏による日本茶の系譜(緑茶製法の変遷)は図1のとおりである(引用の引用).初めは生で食し, その後飲み易くするために種々の製法が試みられた結果, 蒸し茶のうちの煎茶が日本茶の代表となった.また, 同じ製法でも原料の違いで区別がなされている.

・茶樹をわらで覆ってつくる (覆下と呼ばれる)のが玉露,

・同じ覆下茶でも揉まずに蒸して乾燥させたものが碾茶,

・碾茶を粉末にしたものが抹茶

であり, 茶道に使われる.

・茎葉でつくるのが番茶

・番茶を強火でほうじるのがほうじ茶

であり, これらは下級茶に属するが,庶民には親しみのあるお茶である.

日本茶の特徴は,原料の生葉を蒸熱し, 酸化酵素の働きを止め, 醗酵させずに作ることである. このため, 自然の緑色がそのまま残るという特徴がある.一方,紅茶は蒸さずに醗酵させて作るので, 緑茶とは色, 香り, 味が根本的に異なる. 図1の系譜にみられる日本茶の中の醗酵茶は, 蒸したあと醗酵させるもので紅茶とは異なるものであるが, 現在はほとんどみることができないお茶とのことである.

図 1 日本茶の系譜

茶葉の化学成分

1) カフェイン (プリン塩基)

茶葉の全窒素の約1/5はカフェインの窒素である.その他の窒素化合物としては,アミノ酸,アミド,たんぱく質,核酸等で占められる,カフェインはアルカロイドの1種で,プリン環を持ったキサンチンの誘導体である.興奮作用を有し,世界で最も広く使われている精神刺激薬である.カフェインは,アデノシン受容体に拮抗することによって覚醒作用,解熱鎮痛作用,強心作用,利尿作用を示す.

構造式中,メチル基が2個の誘導体として,テオフィリン(茶葉に含まれる量は非常に少ない.1,3-ジメチルキサンチン),テオブロミン(カカオ,茶に含まれる.3,7-ジメチルキサンチン),パラキサンチン(1,7-ジメチルキサンチン,カフェインの代謝物)がある.

置換位置は左図のカルボニルに挟まれた窒素を起点として,反時計回りに番号をつける.

2) タンニン

ポリフェノールとは,植物が自身を活性酸素から守るために作り出す物質で,抗酸化物質の代表である.抗酸化作用が強く,活性酸素など有害物質を無害な物質に変える作用があり,生活習慣病の予防に役に立つ.


catechin

epicatechin

3) アミノ酸, アミドなどの窒素化合物

👉 テアニン 👈

お茶にはタンパク質の構成要素である16種類のアミノ酸が含まれている.ここでは,テアニン (L-theanine, N-ethyl--glutamine,γ-グルタミルエチルアミド, γ-(エチルアミド) L-グルタミン酸) に焦点を絞ってみたい.

テアニンはグルタミンサンの誘導体で,お茶の中に上級茶では約 3%,下級茶で約 0.1%含まれ,茶の旨味成分の主役と考えられている.上級な茶ほど多く含まれているが,全遊離アミノ酸に占める割合は茶の等級に関わらず,約50%である.

テアニンは茶葉が含有する窒素の過半を占めており,チャノキが,吸収したアンモニア性窒素(窒素成分のうちアンモニウム塩であるものをいう)を植物体にとって安全な形態に変換して,蓄積するために合成している物質と考えられている.

mg%: 100g中に含まれる含まれる量 (mg),食品業界で使われる比率の表現.

茶では,テアニンは根で生合成され,幹を経由して葉に蓄えられる.さらに,テアニンに日光があたるとカテキン(タンニン)に変化する(下図参照).

テアニンを多く含有する玉露の原料となる茶葉は,収穫の前,最低二週間程度日光を遮る被覆を施される.これにより,煎茶の渋みの原因とされるカテキン類が減少し,逆に旨味の主役とされるテアニンなどのアミノ酸類が増加する(例 玉露碾茶抹茶).

図4 テアニンの類縁体

なお,テアニンは1950年に京都府立農業試験場茶業研究所(京都府農林水産技術センター農林センター茶業研究所(宇治茶部))の所長酒戸弥二郎により玉露から発見され,分離精製されて構造が明らかになった.1964年7月に食品添加物に指定された.

◎ テアニンの生理効果

テアニンには,様々な精神的症状に効果が確認されている.

○ リラックス効果

リラックスした時に現れる脳波のα波の発生が30-40分後に確認されている.摂取量と不安軽減との関係が調べられ,リラックス効果が認められている.

○ ストレスの抑制

クレペリン型暗算課題によるストレス負荷によって変動する心拍数,唾液中の免疫グロブリンA,主観的ストレス感を調べた結果.テアニン摂取でストレスの抑制が認められた.

○ 睡眠の質の改善

中途覚醒の減少が認められている.また,被験者アンケートの結果,起床時の爽快感.熟眠感,疲労回復感の改善が認められている.

○ 月経前症候群や更年期障害の症状改善

月経前症候群(PMS)に関しては、PMS時のイライラ、憂鬱、集中力の低下等の精神的症状を改善することが報告されている。


◎ 食品添加剤

テアニンを合成している会社(太陽化学)によると,番茶に添加すると玉露になると書いている.さらにお茶だけではなく,コーヒーは苦味がマイルドに,ハーブティは飲みやすくなる,ワインは渋みが軽減,グレープフルーツジュースは酸っぱさが軽減と書いている.

Wikipediaには,菓子類、冷菓、清涼飲料水等の風味改善に用いられていると書かれているが,身近な商品では確認できなかった.


◎ 睡眠サプリメント

飲料メーカーではテアニンを含む飲料を販売しているが,その宣伝は精神集中を助けると謳うもの,リラックス・鎮静を謳うもの,まちまちである.最近は機能性表示食品として良質な睡眠を謳い文句にしている.

眠れるか不安、寝付きが悪い方に | ぐっすり眠って、翌朝すっきり‎(キッコーマン)

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ハレリラ 185ml缶×30(6×5)本入(常盤薬品)

サンテアニン200 機能性表示食品【届出番号 A99】 起床時の疲労感や眠気を軽減! 作業にともなうストレスをやわらげる(太陽化学株式会社)

テアニンゼリー‎, 煎茶約20杯分のL-テアニン配合 ‎(森下仁丹)

4) 香気成分(精油成分)

茶生葉中には約50種の香気成分があるが, 製茶加工中に新たに生成される成分が多く, 緑茶で106種, 紅茶で245種の成分が検出されている. その内容は炭化水素, アルコール, アルデヒド,ケトン, エステル,酸, フェノール, 環式酸素含有化合物, 含硫化合物, 含窒素化合物などで多種多様である.

飲んだときに感じる緑茶らしい成分として新たに35種の香気成分が同定されている. 緑茶的な物質として, リナロール, アセトフェノン, α ・β-イオノン, ネロリドール, エピクペノールおよびインドール類似の未知物質の存在を認めている.

5) 植物色素

葉緑素(クロロフィル,植物の緑色色素で,光受容色素として働く), カロチン(赤橙色色素,ビタミンAの前駆体), キサントフィル(カロテノイド由来の黄色色素), フラボノール化合物(3-ヒドロキシフラボン骨格の黄色色素)およびアントシアン(水溶性色素,液性で色が変化)などである.葉緑素の含有量は条件により異なるが約 0.6%くらいである.ビタミン等については別項に記した.

6) 炭水化物

茶葉は, セルローズ, でんぷん, デキストリン, 糖, ゴム質, ペクチンなどを含み, セルローズが最も多く約12%を占める.

7) その他(ビタミン,金属,ヨウ素)

・ビタミンとしては, A, C, E が含まれている.

茶葉に含まれるビタミンの量は,茶の種類によって異なる.抗酸化性を有するビタミンA,ビタミンC,ビタミンEなどは,茶の製法によって減少する.含有量は,緑茶,ウーロン茶,紅茶,黒茶(プーアール茶)の順に低くなる.ビタミンCは,お茶の中でも煎茶にもっとも多く含まれ,その量は含有量の多い赤ピーマンの約1.5倍に相当する.お茶のビタミンCは熱に強く分解されにくい.煎茶一杯(約150ml)にビタミンCが約6mg含まれている.ビタミンAやビタミンEは水溶性がなくお茶には含まれない.茶葉を粉末にして食すとか,抹茶にするとこれらのビタミン類をすべて摂るこよができる.

・金属塩

茶葉を焼くと,5~6%の無機成分が灰になって残る.このうち50%がカリウム,15%はリン酸であり,リン酸の大部分はカリウム塩である.そのほかに,カルシウムマグネシウム,さらに少量のマンガンナトリウムケイ酸,硫黄,塩基が含まれる.分光分析では多数の微量元素が検出されている.

・フッ素

茶葉は,他の植物に比べてマンガンやふっ素が多い.ヨウ素も農産物の中では含有量が多い.論文の抄録を以下にそのまま紹介した.

1) 温水で浸出した場合のフッ素溶出濃度は, 浸出温度にかかわらず紅茶, ほうじ茶, 煎 茶, ウ ーロ ン茶の順に高く,その濃度は浸出温度80℃, 浸出時間2分の場合紅茶 1.82 ppm, ほうじ茶 1.02 ppm, 煎茶 (宇治産, 並級, 古茶) 0.80 ppm, ウーロン茶 0.48 ppmであった。

2) 煎茶においては保存期間にかかわらず, 並級の方が フッ素溶出濃度が高い傾向がみられた。 また,産地別では宇治産のものにフッ素溶出濃度が高 い傾向がみられ た。

3) 水だしした場合のフッ素溶出濃度は, ほうじ茶 (3.69 ppm), ウーロン茶 (2.18 ppm), 煎茶 (1.39 ppm), 紅 茶 (1.58 ppm) の順に高かった。

以上の結果より, 茶浸出液のフッ素溶 出濃度は茶の産地や製法で異なり, 煎茶においては, 一 般に下級 と言われる硬化した下位葉を使用した茶に多く含まれていることが示 された。 これらの結果は, 齲蝕予防における食生活指導への茶飲料の効果的な利用を示唆するものである。

最近の歯みがき剤には1000 ppmを超える量のフッ素が配合されている.

👉 茶人は長寿命 👈

茶人人物一覧 - Wikipediaの明治時代の欄を見てほしい.確かに長命のようだ.茶に含まれる抗酸化剤,精神安定剤,睡眠導入剤,フッ素(虫歯予防)等の効用だろうか.

千利休 70歳 切腹

細川幽斎 77歳 歌人, 大名茶

細川忠興 83歳 利休門三人衆、利休七哲 (細川三斎)。


益田 孝 90歳 茶人としても高名 鈍翁 三井財閥 小田原三茶人。近代三茶人。

松永安左エ門 95歳 (耳庵) 小田原三茶人。近代三茶人。「電力王」「電力の鬼」と言われた日本の財界人。

原 富太郎 72歳 実業家、茶人。号は三溪

五島 慶太 77歳 実業家。東京急行電鉄(東急)の事実上の創業者

小林 一三 84歳 実業家、政治家。阪急東宝グループの創業者。号は逸翁、別号に靄渓学人、靄渓山人。旧邸雅俗山荘は逸翁美術館。

畠山 一清 91歳 実業家、機械工学者。株式会社荏原製作所の創立者

野崎 廣太 83歳 実業家。 筆名・汲古庵主。号・幻庵(げんあん)。 小田原三茶人。

根津 嘉一郎 80歳 政治家、実業家。東武鉄道や南海鉄道(現・南海電気鉄道)など 「鉄道王」 現在の武蔵大学創立者。

茶の生産,消費量

2016年の緑茶の統計では,年間の生産量は80200トン,79710トンが国内で消費されている.輸入量は3,618トン,輸出量は4108トン,近年増加傾向にある.国民一人当たりの消費量は628グラムである.

私は,大学在職中,茶葉を湯呑に入れ,それにお湯を注いで,茶葉ごと飲んでいた.正解だったようだ.テアニンについては別稿で詳述する.

参考資料

お茶の化学成分,味・香りと茶樹の栽培,石垣幸三 ,化学と生物」,19巻,278 (1981)(農林水産省茶業試験場).引用した図表の一部を加工して使用.

テアニン発見 平成21年度 茶業試験研究成績報告会資料 京都府農林水産技術センター 農林センター茶業研究所

L-テアニンのヒトの脳波に及ぼす影響 、小林 加奈理ほか、日本農芸化学会誌、Vol. 72 (1998) No. 2

テアニン - Wikipedia

Theanine | C7H14N2O3 - PubChem

健常者の感覚運動フィルター機構に対する L—テアニンの影響

テアニンのおはなし | 食と健康Lab | 太陽化学株式会社

アミノ酸(テアニン)|お茶の成分と健康性|お茶百科

茶の栽培

「製茶の北限といわれる地域:農家の副業として,また自家用としてお茶を生産している地域のことで,伝統的な手揉み製茶の北限は秋田県能代市(檜山茶),近代的な機械製茶の北限は岩手県陸前高田市(気仙茶)です,」と書かれている.栽培の北限は青森県の黒石市で,過去に生産していたが今は製茶はしていない.植樹の北限では,北海道古平町の禅源寺の庭木にあるチャがあり,日本最北の茶樹と言われている.

茶人人物一覧 - Wikipedia

(2015年10月発行)テアニンについて - 食品分析開発センター SUNATEC

1.緑茶成分テアニンの向精神作用について - J-Stage

テアニン摂取による中枢神経興奮作用緩和を確認 | ニュースリリース | 伊藤

社会心理的ストレスによる老化の促進とテアニンの抗ストレス作用

緑茶摂取によるインフルエンザ予防の可能性を確認 | ニュースリリース ...

健常成人を対象とした 「 シスチン・テアニン食品 」 の 過剰摂取における安全性の検討 - J-Stage

テ ア ニ ン の生 合 成 に 関 す る研 究 - J-Stage

Bukowski JF, Morita CT, Brenner MB. Human γδ T cells recognize alkylaminesderived from microbes, edible plants, and tea: Implications for innate immunity. Immunity 1999; 11: 57-65.

成分と効用 - 埼玉県

お茶(緑茶)の成分分析・特性と品質 深蒸し掛川茶一筋65年(新茶・静岡

お茶の成分・特性と品質

各種茶浸出液のフッ素濃度に関する研究 - J-Stage 林 文 子. Udijanto Tedjosasongko, 粟根佐穂里. 岡田 貢香. 西克之, 長坂信夫, 小児歯科学雑誌 37(4):708-715 1999.

全窒素(T-N)について

緑茶成分のうち、タンパク質・遊離アミノ酸・カフェインなどに含まれる窒素の総量が全窒素です。全窒素は緑茶の官能審査結果と高い正の相関があり、品質のよい茶には全窒素が多く含まれます。このことから全窒素含量が品質評価上の重要な指標となっています。

全遊離アミノ酸(TFAA)について

緑茶に存在する主要なアミノ酸(16種類)の総計が全遊離アミノ酸(TFAA)として測定されます。一般には、各アミノ酸の構成比率の違いが、緑茶の複雑なうま味の原因と考えられています。TFAA含量は、上級茶では約7%、下級茶では約1%です。

テレビ報道:「フジテレビ“バイキング”,TBS“はなまるマーケット”,NHK“ためしてガッテン”等で深蒸し茶が取り上げられた」とホームページに書いている製茶店がある.