中山道 第29日目
2024年12月11日
熊谷宿~鴻巣宿~桶川宿~上尾宿
夜行バス(梅田~高崎)JR高崎~熊谷
JR上尾~中浦和
歩行距離 27.7㎞ 中浦和泊
中山道 第29日目
2024年12月11日
熊谷宿~鴻巣宿~桶川宿~上尾宿
夜行バス(梅田~高崎)JR高崎~熊谷
JR上尾~中浦和
歩行距離 27.7㎞ 中浦和泊
夜行バスで高崎駅に到着。高崎線で熊谷駅に移動し歩き始めました。この時期は6時を過ぎないと明るくなりません。いくつも分岐点があるにも関わらず道標がほとんどありません。事前にストリートビューで下調べをして分岐点の目印もガイド本に書き込んでいましたが、それでも迷ってしましました。この先、都内まで高崎線、埼京線に沿って歩くので中浦和のビジネスホテルに二連泊しました。おかげで二日目は荷物を減らして歩くことができました。ただ、山の中と違ってどこでもやめられるので、3時過ぎになると疲れや足の痛み、寒さを言い訳に「もうこの辺でいいかな」という誘惑に何度も駆られ困りました。
熊谷駅から約10分。この案内板以外には何も残っていません。簡易トイレ有。次のトイレは6㎞先の榎戸堰公園までありません。
ムサシトミオ(モロコのような小型の魚)生息地。世界で熊谷市にのみ生息。
この道は荒川に突き当たり土手道と合流します。前を歩く小学生はこの後2㎞くらい歩いて学校に到着しました。
荒川の土手から見る富士山
後方には浅間山
河川敷(右側)は耕作地になっています。広過ぎて川の流れが見えません。
久下の渡し・冠水橋跡
この周辺は江戸までの水運で栄えまし。川の袂には屋敷森に囲まれた豪商たちの大きな屋敷が並んでいたそうです。右の黄色い部分を拡大して読んでください。
新井家
付近で街道沿いの古い建物はこの1軒のみです
やっとあった手作りの標識
やっとあったトイレ(榎戸堰公園)
間の宿、吹上宿の案内板
庚申塔
正徳二年(1712)建立。神道では猿田彦、仏教では馬頭観音や青面金剛をまつっています。
鴻巣宿
吹上宿と熊谷宿との中間付近か。街道の両側には麦畑が広がっている。
浮世絵とは前の山の位置が少しずれていますが、ほぼ同じ場所から見た富士山です。
鴻巣市産業観光館
雛人形は鴻巣の代表的産業。天正年間に京伏見の人形師が移住し、江戸中期に盛んになりました。
江戸時代、鴻巣の雛市は関東三大雛市と呼ばれ、「着付けは関東一」と呼ばれました。現在も大型の人形店がたくさんあります。
原馬室の一里塚跡
鴻巣宿と桶川宿とのほぼ中間点。西塚のみ現存。
桶川宿
周囲に広がる麦畑と麦の穂を叩く農夫。群馬県、埼玉県は今でも小麦文化圏で、関東にも関わらず蕎麦屋ではなく手打ちうどんの店がたくさんあります。
府川本陣跡(見学可)
ただし休館日有り。左の張り紙には「本日は公開日ではありません」と書いてありました。
小林家住宅
江戸時代末期。古い建物が残っているのは桶川宿のこの一角だけです。
矢部家住宅(明治期)
島村老茶舗
天保七年(1863)築
武村旅館
嘉永五年(1852)築
旅の情報
最初にも書きましたが、この区間はストリートビューでの事前準備が必須です。それほど案内掲示がありません。それと歩道が無い場所が多いので、早朝や夕方暗くなってから歩くのであれば、反射材付きのたすきなどもお忘れなく。この時期、関東は午後から毎日「からっ風」が吹きます。寒いですが、着込みすぎると汗をかきます。途中何度も服装チェンジをしました。
右に入っていくのですが案内等は全くありません
ストリートビューで分岐点のこの建物を確認していました