学術的背景

銅酸化物高温超伝導体の発見以来,ペロブスカイト型構造遷移金属酸化物は,巨大磁気抵抗,スピン・電荷・軌道秩序,金属-絶縁体転移など強相関電子物性の舞台として重要な研究対象となってきた.その理由として挙げられるのが,元素置換による遷移金属のdバンド幅の制御(バンド幅制御)とdバンドの占有電子数の制御(フィリング制御)が可能なために,多様な物性を制御しながら出現させされること,系統的な実験データの集積により深い物理的な理解を得られることである.バンド幅制御,フィリング制御による電子構造の系統的変化の解明には,光電子分光法が非常に重要な役割を果たしてきた [1].しかし,光電子分光法には,

(1) へき開性のない結晶は角度分解光電子分光(ARPES)によるバンドマッピングが行えない.

(2) 最も直接的なバンド幅制御方法である高圧下の測定が不可能である.

など本質的な限界があった.これらの限界を克服するために,我々は,レーザーMBE法で作製したペロブスカイト型酸化物薄膜単結晶を用いる光電子分光実験を数年前に立ち上げ,これまでに多くの成果をあげてきた.レーザーMBE法では,単結晶基板上のエピタキシャル成長により原子レベルで平坦な面を得ることによって,へき開性のない物質でARPESによるバンドマッピングが可能になり [2],基板からの(一軸性)圧力下での電子状態研究が可能になった [3].また,これらのARPES実験と平行して,異種の酸化物がつくる界面の光電子分光による観測がおこなわれ,界面における新しい物理の展開を示唆する結果を得た:

(1) モット絶縁体(LaTiO3)とバンド絶縁体(SrTiO3)の界面での金属状態の出現を観測した [4].

(2) 界面における電荷移動を観測した(La1-xSrxMnO3/La1-xSrxFeO3 [5], La1-xSrxMnO3/SrTiO3 [6]).

(1)の結果は異種基底状態を持つ物質間のつくる界面の新しい電子状態の研究が,(2)の結果は界面における電荷移動が引き起こす新奇な電子状態の研究が,強相関物性研究の新たな流れとして今後進展することを示唆している.さらに,(1)に関してはモット絶縁体-バンド絶縁体界面でも金属状態が出現しない場合があることを示す結果が[7],(2)に関しては層間の電荷移動だけでなく異なった軌道間の電荷移動もおこっていることを示唆する軟X線吸収分光の結果も得られ始めており,界面における電荷移動を引き起こす原理・機構が未だ明らかになっていない.同様な疑問は,高い移動度をもつキャリアーが出現することで基礎科学・応用の両観点から注目を集めているバンド絶縁体間の界面SrTiO3/LaAlO3 [8] でも残されており,電荷移動の機構の理解は酸化物界面・超構造における重要課題となっている.以上のように,多くが未知である強相関系界面の電子状態の系統的な研究は高い重要性と将来の発展性を持つ.

概要・目標

本研究では,ペロブスカイト型遷移金属酸化物の良質ヘテロ接合・超格子試料をレーザーMBE法で作製し,軌道放射光を用いた軟X線吸収分光法,軟X線・硬X線光電子分光法により,埋もれた界面の電子構造(主に電荷状態,スピン状態,軌道対称性,ギャップ・状態密度)を系統的に調べ,界面とその周辺における電荷移動,軌道分極を明らかにする.強磁性体(La1-xSrxMnO3,SrRuO3など)がつくる界面や,非磁性体間の界面に誘起される磁性については,軟X線吸収の磁気円二色性(XMCD)を測定し,磁気的な情報を得る.スペクトルの解析と一軸性圧力効果も含めた界面における軌道分極や磁性を理解するために,クラスターモデル計算,非制限Hartree-Fock近似バンド計算を行う.

具体的な研究対象と目標は以下の通りである.

(1) 局所的および長距離電荷移動の同定

内殻準位の光電子分光・軟X線吸収分光を用いて,界面原子の価数を決定し,電荷移動のモデルを構築する.LaAlO3,LaTiO3,La1-xSrxMnO3など極性をもつ層で電荷移動を引き起こす原動力として提唱されている“電子的再構成”と“イオン的再構成”の競合を,各層の厚さを制御した超格子試料で観測し,モデルをミクロに定量化する.極性を持つ層同士の界面,極性を持つ層とSrTiO3のように極性を持たない層の界面,同じく逆に積層した界面の違いも明らかにする.

(2) 電荷移動により生じる界面電子状態

電荷移動によって電子数の変化した界面の電子状態を,軌道の対称性,磁気的状態,フェルミ準位付近の状態密度から明らかにする.とくに,界面で起こるフィリング制御金属-絶縁体転移の同定,SrTiO3/La1-xSrxMnO3,SrTiO3/SrRuO3など金属強磁性と軌道整列が競合する系の界面における軌道分極の同定.軟X線吸収線二色性・磁気円二色性,価電子帯光電子分光を用いる.

(3) 異種基底状態がつくる界面の電子状態

バンド絶縁体とモット絶縁体の界面LaTiO3/SrTiO3で金属状態が出現したように,全く異なった基底状態をもつ酸化物の超格子を作製し,界面に出現する電子状態の同定と詳細な研究を行う.

○ 非磁性体-反強磁性体界面の強磁性:CaRuO3/CaMnO3 [9],LaTiO3/SrTiO3で理論的に予測[10].

○ 超伝導体-強磁性体界面におけるスピン分布:有限のスピン分極と超伝導の共存(反転対称性の破れた界面で可能となる3重項成分を介した近接効果)の観測.例えばSrRuO3/YBa2Cu3Oy

○ 強磁性金属-バンド絶縁体の絶縁体側でのスピン偏極電子拡散:巨大トンネル磁気抵抗機構解明に重要な知見を与える.SrTiO3/SrRuO3など.

○ 常伝導体-常伝導体界面の超伝導:電荷移動によるキャリアードーピングで実現可能?SrTiO3/電子ドープ型銅酸化物 [11].

界面を介して染み出したスピンは軟X線磁気円二色性で元素選択的に検出する.

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[1] 1990年代までの光電子分光法を用いた遷移金属酸化物の主な研究は,M. Imada,A. Fujimori and Y. Tokura: Metal-insulator transitions, Rev. Mod. Phys. 70 (1998) 1039にまとめられている.

[2] 例えば,A. Chikamatsu, H. Wadati, H. Kumigashira, M. Oshima, A. Fujimori, N. Hamada, T. Ohnishi, M. Lippmaa, K. Ono, M. Kawasaki and H. Koinuma: Band structure and Fermi surface of La0.6Sr0.4MnO3 thin films studied by angle-resolved photoemission spectroscopy, Phys. Rev. B 73 (2006) 195105.

[3] H.Wadati, A. Maniwa, I. Ohkubo, H. Kumigashira, A. Fujimori, M. Oshima, M. Lippmaa, M. Kawasaki and H. Koinuma: In-situ photoemission study of Pr1-xCaxMnO3 epitaxial thin films, Proceedings of ICM 2006; to be published in J. Magn. Magn. Mater.

[4] M. Takizawa, H. Wadati, K. Tanaka, M. Hashimoto, T. Yoshida, A. Fujimori, A. Chikamatsu, H. Kumigashira, M. Oshima, K. Shibuya, T. Mihara, T. Ohnishi, M. Lippmaa, M. Kawasaki, H. Koinuma, S. Okamoto and A. J. Millis: Photoemission from buried interfaces in SrTiO3/LaTiO3 superlattices, Phys. Rev. Lett. 97 (2006) 057601.

[5] H. Kumigashira D. Kobayashi, R. Hashimoto, A.Chikamatsu, M. Oshima, N. Nakagawa, T. Ohnishi, M. Lippmaa, H. Wadati, A. Fujimori, K. Ono, M. Kawasaki, H. Koinuma: Inherent charge transfer layer formation at La0.6Sr0.4FeO3/La0.6Sr0.4MnO3 heterointerface, Appl. Phys. Lett. 84 (2004) 5353.

[6] H. Kumigashira, A. Chikamatsu, R. Hashimoto, M. Oshima, T. Ohnishi, M. Lippmaa, H. Wadati, A. Fujimori, K. Ono, M. Kawasaki, H. Koinuma: Robust Ti4+ states in SrTiO3 layers of La0.6Sr0.4MnO3/ SrTiO3/La0.6Sr0.4MnO3 junctions, Appl. Phys. Lett. 88 (2006) 192504.

[7] K. Maekawa, M. Takizawa, H. Wadati, T. Yoshida, A. Fujimori, H. Kumigashira, M. Oshima, Y. Muraoka, Y. Nagao, and Z. Hiroi: Photoemission study of TiO2/VO2 interfaces, to be submitted

[8] A. Ohtomo and H. Y. Hwang: A high-mobility electron gas at the LaAlO3/SrTiO3 heterointerface, Nature 427 (2004) 423.

[9] K. S. Takahashi, M. Kawasaki, Y. Tokura: Interface ferromagnetism in oxide superlattices of CaMnO3/CaRuO3, Appl. Phys. Lett. 79 (2001) 1324.

[10] S. Okamoto and A. J. Millis: Electronic reconstruction at n interface between a Mott insulator and a band insulator, Naure 428 (2004) 630.

[11] M. Nakamura, A. Sawa, M. Kawasaki and Y. Tokura: Modulation spectroscopy of electric-field induced carrier doping in correlated electron oxides, presented at XIII-th Internaitonal Workshop on Oxide Electronics (October 2006, Ischia, Italy).

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