2011/1/13 イタリア6日目、フィレンチェ2日目 ホテルの前のCamping2のバス停8時30分発で市内へ。サンマルコ修道院やドゥオーモ、サンタマリアノヴェッラなどフィレンチェ観光の名所をめぐる
ATAF13番線"Camping2"(ホテルの前)"から乗車
これもミケランジェロ通り
サン・ニッコロ門。ミケランジェロ広場の北側のふもとのジュゼッペ広場にある。孤立した巨大で細い外観のため多くの塔のように見える。南の円が始まり、サン・ニコロ橋の後に、塔は反対側のトーレ・デッラ・ゼッカと共に、東にアルノの防衛のポイントだった。
アルノ川の向かいの2つの塔の建物は18世紀に建てられたフィレンツェ国立中央図書館。出版物600万点、定期刊行物12万タイトルなどを有する。
当時mini oneに乗っていた。横の店はGreenlineという自転車屋
レオポルダ駅南西の市民公園
バッソ要塞。14 世紀に造られた歴史ある要塞。現在は展示会やライブ パフォーマンス、会議場として使用される。
サンタマリアノヴェッラ駅には9時過ぎに到着。13番線(HP作成の2023/2時点では12番線)は北東のFirenze Campo Marte駅を寄るかなり遠回りのコースだった。他に2路線ある。
100均
店内
Via Guelfa 62にある
Borgo San Lorenzo, 45/r
アラッツィエリ通り。サンマルコ広場の西
サンマルコ修道院。手前はサンマルコ広場
マンフレド・フランティ将軍(1806-1865)。1859年の第二イタリア独立戦争で活躍
サンタポロニアの最後の晩餐博物館。元の修道院は1339年に設立され、1440年以降に修道院長のセシリアドナーティが建物の近代化と拡大作業を行った。回廊と墓地、格間天井と右壁の一連の窓を備えた大きな長方形の部屋は、1447年にアンドレアデルカスターニョにより壁全体にフレスコ画で描かれた。入口は写真中央。9時30分から15分で見学。
奥の塀はMensa Universitaria Santa Apollonia。
この通りは「Via Santa Reparata」(サンタ・レパラータ通り)。
アンドレア・デル・カスタニョの「最後の晩餐」屋根瓦から白黒の四角い天井、床から側壁、左右のシーンを閉じる2つのレンガの壁まで、設定が詳細に扱われている。全てが厳密な視点で組み立てられている。使徒たちとのイエスの晩餐は、洗練された優雅さで飾られた古風な部屋で行われる。水平方向の展開を強調する白いテーブルクロスのある長いテーブルの周りに、花をモチーフにした布で覆われたベンチに座っている。使徒たちとイエス、反対側にいるユダを除いて、 スツールで。ユダの他の使徒たちから離れた配置は図像学の典型であり(通常、イエスの左側ではなく右側)、彼のあごひげを生やした横顔の姿は、キリスト教徒が悪魔の身体的特徴の多くを借りたローマ神話のサテュロスの姿に似ている。キリストの隣で眠っている聖ヨハネも伝統的な姿である。
キリストの隣で眠っているのは聖ヨハネ
「沈着、はりつけ、復活」シノピア(トルコの都市シノップにちなんで名付けられた)は、暗赤褐色の天然土石顔料で、その赤みがかった色は酸化鉄の脱水形態であるヘマタイトに由来。古典古代と中世に絵画に広く使用され、ルネサンス期にはフレスコ画の下描きのために石膏の粗い初期層によく使用された。
Paolo di Stefano Badaloni とも言われる(1397-1478)。タイトルは十字架
左と同じパオロ・スキアヴォによる
入口左のプレートに書かれている。この次にChiostro dello Scalzo(スカルツォの回廊このHPが詳しい)を見て(9:50-10:00)、Museo di S.Marco(サンマルコ修道院)へ