コンピューターと数学の発展は過去100年にわたって私達の生活を豊かにし、そして「ブラックボックス」にしてきました。世の中はますます非直感的になり、細分化され、それぞれの分野が個別の専門家によって構成されるようになりました。軍事シミュレーションゲームの世界でも同様の現象があります。つまり、マニュアル通りに操作してさえいれば敵を倒すことができますが、自分が実際には何をしたのか?プレイヤーがその背後にある仕組みを完全に理解するには膨大な時間が必要になるのです。
パッシブソーナーの問題点は、敵までの距離が一見わからないことです。方位は分かっているので、その向きに伸ばした線上のどこかに敵がいるはずですが、どの位置は分かりません。
またより正確には、敵の進んでいる方向や速度も分かりません。もちろん、ウォーターフォールディスプレイに表示されるシグナルの大きさと方位の変化を継続的に観察することで、ある程度その移動経路を想像することはできます。そして、そのやり方でゲームを最後まで攻略することもできるかもしれません。それも一種のプレイスタイルです。しかし、より正確な方法で物事を解決したいと望む完璧主義者のために別の2つの方法が用意されています。
1つ目の方法は私達が推奨するもので、しばしば魔女の帽子と呼ばれています(少なくとも私はそう呼んでいます)。その名の通り、魔女が被っている帽子のような、三角形の図形を地図上に書き込むのです。基本的な概念は三角測量と同じです。曳航アレイと船体のアレイとで2方向から線を引き、その交点の距離を求めます。これはコンセプトが明確で誰にとっても理解しやすい解決策です。冒頭で述べた通り、私達はゲームの過度なブラックボックス化に問題意識を持っています。そのため、この単純で直感的な手法を主に使用すべきだという結論に達しました。具体的に見てみましょう。
まずはウォーターフォールディスプレイを使ってHullとTowedの2つのアレイから同一のシグナルを見つけます。次の画像で上のモニタはHullアレイで捉えたシグナルを表し、下のモニタでは同様にTowedアレイのものが表示されています。
Hullアレイでは217°の方位にシグナルが見えます。一方、Towedアレイでは同じシグナルが229°の方位に現れています。この2つの方位の差を利用することで敵までの距離が計算できるのです。
より厳密に解釈すると次の図のようになります。θ₁とθ₂はそれぞれ217°と229°を変換することで計算でき、三角形の内角の和からθ₃が求まります。船体からTowedアレイまでのケーブル長aは事前に(造船所などで計測して)分かっているはずなので、正弦定理を利用すれば敵までの距離であるLを算出できます。
しかし、ゲーム内でこの計算をする必要はありません。地図に線を書き込み、定規で長さを図るだけでも同じことができます。私達の脳は3次元の空間までしかイメージできないので、それを超える場合に数学が役立つわけですが、今回は平面上の話です。そのため図を描くほうが早いのです。人々は時折、物事の厳密な説明に固執しすぎる傾向があります。重要なのは基本的なアイデアを理解することです。
右の画像が私達が推奨している手法です。ウォーターフォールディスプレイで確認したシグナルの方位である229°と217°に線を引きます。そして、2つの線が交わる場所が敵の位置です。
たったこれだけです。計算はありません。
自分とTowedアレイ、そして敵艦とを結ぶ細長い三角形が地図上に描画されました。魔女の帽子の完成です。
具体的な距離を知りたい場合は定規を当てて測ってみましょう。オレンジ色のツールが定規です。自分の船を表す緑色のアイコンから交点までの長さを測ると、6.1nmであることがわかります。1nmは1海里のことであり、1ノットの速さで1時間に進むことができる距離を意味します。メートル法に換算すると1.852kmです。
この作業を時間をおいて複数回実行すれば、敵の移動方向や速度を推測することができます。
続いて2つ目の方法です。こちらは、私達が推奨していない方法であり、TMA(Target Motion Analysis)と呼ばれています。この方法は時間がかかり、理解するのが難しく、そして精度が低いという致命的な問題を抱えています。一方で利点もあり、Towedアレイを使用しないため、ほとんどのタイプの潜水艦で実行できます。
TMAを行うためには一定の時間間隔で方位線をプロットする必要があります。この手順は本来なら自動化されるべきですが、プレイヤーの理解を助けるためにあえて手動になっています。わけもわからず画面に線が増えていくのはビギナーのプレイヤーを混乱させるだけだと私達は考えています。
線のプロットが5本ほど貯まったら解析を開始します。ルーラーと呼ばれる目盛り付きの矢印ツールを操作し、プロットした線が等間隔になるように配置します。ルーラーの示すコースが敵艦の移動経路を表し、ルーラーの長さが敵艦の速度を表します。もしルーラーが長ければ、敵が高速で移動していると推定できるのです。この等間隔の場所を見つける作業は、統計学で最小二乗法と呼ばれる計算に相当します。ここでは数式を使わない代わりに、目盛りを見ながら慎重に手を動かす必要があります。
しかし解析を実行していると問題に気づくでしょう。等間隔になるようなルーラーの配置はいくつも考えられ、一つに定めることが出来ないのです。そうです。そのような配置の仕方は実際には無限に存在するため、敵艦がどのコースで進んでいるかを特定することはまだ出来ません。次の画像の通り、どのルーラーもプロット線を等間隔に通っているので正しいはずですが、方向も長さもバラバラです。これでは敵艦の本当の進路が判断できないため、意味がないのです。
そこで、今度は自分がジグザグに動いてみることにします。TMAは幾何学的な手法であるため、解析に適した幾何学的パターンを自ら作り出す必要があります。数学的性質により、ジグザグに運動する自分からみて、プロットが等間隔になるようなルーラーの配置場所は一箇所しか存在しないため、これで敵艦のコースを一意に定めることができるようになります。
ところで、その数学的性質とはいったい何でしょうか?ここでは過剰決定や劣決定と呼ばれる小難しい概念を説明しない代わりに、中学校の数学の授業を思い出してもらいましょう。例えば、x + y = 10 となるような式を考えてみます。xとyの可能な組み合わせは、x=1, y=9、x=2, y=8、x=3, y=7・・・と続き、一見すぐに数え終わるように思えます。しかし例えば、 x=0.0000000001, y=9.9999999999 のような組み合わせでも合計が10になります。つまり、このように細かな数値を全て考慮すると、組み合わせは無限に存在することになり、答えを一つに定めるのは不可能になってしまいます。これがまさにTMAで起こっている問題の数学的背景であり、同様に数学的アイデアで解決可能です。xとyの条件を追加してみましょう。先程の x + y = 10 を満たし、なおかつ同時に、3x + 2y = 26 も満たすようなxとyの組み合わせを探してみてください。2つの式がある場合、連立方程式と呼ばれる計算によって答えを一つに定めることができます。結果はx=6, y=4となります。このように別の条件を追加して解を一つに定めるという数学の作業が、TMAではジグザグに航行に相当するわけです。
2回のターンを含む3レグの経路を航行し、同様に方位線をプロットしていきましょう。
プロット線が交差し、非常に複雑なパターンが現れました。理論上は左の画像を解析すれば敵のコースを特定できるはずです。しかし、この画像で等間隔になっている場所を探すのは至難の業です。これは敵艦が自分に向かって運動しているためです。敵の見かけの移動距離が小さいため、線が密になり、結果として解析作業が困難になります。解析に適したパターンを作成するためには自分と敵との相対的な位置関係に常に気を配る必要があるのです。つまり、位置取りこそがTMAを成功に導く鍵です。
それでも頑張って解析したものが右の画像です。ルーラーが示しているのが敵艦のコースです。おそらくルーラーの先端の白い三角形の先に敵艦がいるだろうと推測できます。距離を測ると約10nmであることが分かります。ここから、ようやく狩りが始まります。
敵の位置を特定する手法を整理してみましょう。
潜望鏡で観察する
・敵の船の全長やマストの高さといったデータが事前に分かっている場合には有効です。
・発見されるリスクが高くなります。
・悪天候では利用できません。
・相手が潜水艦の場合は利用できません。
・世界大戦の時代から続く、最も伝統的で確実な方法です。
ウォーターフォールディスプレイのシグナルの大きさで判断
・シグナルが大きい場合は近くにいて、小さい場合は遠くにいると推定できます。対象の船のシグナルの大きさを事前に知っている場合は特に有効です。
・距離が近い場合は十分に機能する可能性がありますが、離れると変化が小さくなるため難しくなります。
・信頼性は高くありません。海中には音の伝わりやすい場所とそうでない場所があるため、近くにいてもシグナルが小さいことがあります。
魔女の帽子
・2つの線の交点が敵のいる場所です。
・Towedアレイが必要なので、自分が急激に運動している場合は利用できないでしょう。
・高い精度で敵の位置を特定できる信頼性の高い方法です。
・コースと速度を推定するには複数回実行する必要があります。
TMA
・幾何学パターンを解析することで敵の位置を把握します。
・Towedアレイを使用しないので、ほとんどのタイプの潜水艦で利用できます。
・位置だけでなく、コースと速度を推定できます。
・長い時間がかかります。
・結果は推定値であり、確定ではありません。信頼性は敵の運動やプレイヤーの手腕に左右されます。
・敵との相対的な位置関係によっては上手く解析出来ない場合があります。特に、敵が直線的に運動している場合は上手く機能しますが、そうでない場合に利用するのは困難です。
舷側アレイによる測距
・船体側面に複数搭載されているソーナーアレイを使う方法です。各アレイに到達する音の時間差(おそらく、より正確には波長や位相差)を測定することで距離を割り出します。
・コンピューターによって自動的に距離が算出されます。
・舷側アレイが搭載されていない潜水艦では利用できません。
・長距離では精度が低下します。
・このゲームには現時点で実装されていません。
TMAは長い時間と複雑な解析を要するため、私達が想定しているゲームデザインから明らかに逸脱するように思えます。そのため、現時点でこれは非推奨の方法です。推奨される方法は魔女の帽子です。そして、そもそもシグナルの方位に向けて魚雷を発射するだけでも、距離が近ければ十分に敵を沈めることができるでしょう。古典的なウルフパックのように潜望鏡で敵を直接視認するのもスリル満点で楽しいはずです。いずれにしても、プレイヤーが独自のスタイルを確立できるように、複数の方法が用意されています。難しく考える必要はありません。結局のところ、敵を沈めることができれば、それがあなたに合った方法ということになるのです。
2024年4月