「私が最初に知り合ったとき、彼は酒に溺れたWarThunderプレイヤーであり、3Dモデリングについては本当に何も知りませんでした。私は彼のPCにBlenderをインストールさせ、半ば強引に3Dモデリングをするよう命じました。すると、わずか数日のうちにHMS Victoryの見事な砲列甲板が建造されたのです!」
ジェットエンジンの発明と同じく、才能が発掘される瞬間はたいていこうした物語によって誇張されると私は考えています。そのため、今回は本人に直接、記事の執筆を依頼しました。彼は快く承諾し、このブログの執筆に付き合ってくれました。これは越中島造船所の3DCG担当者、SUZUYU shipyardによる試行錯誤の記録です。
正解のないモノを作ることは3Dモデリングの世界では一般的です。湧き上がる想像力に身を委ね、自分の内面世界にしか存在しないユニークなアートを形にするのです。しかし、そんなイマジネーションの結晶と今回の潜水艦のモデリングは、エアバスA380とアントノフAn-2ほどの違いがあります。
潜水艦モデリングの最初のハードルは、資料の収集です。潜水艦は机の上のドーナツでもマグカップでもありません。現代のエンジニアリングの頂点に位置する唯一無二のマシンであり、同時に国家の安全保障を左右する致命的な兵器でもあります。そのような製品の設計図や正確な見取り図がインターネット上で誰でも見られるのはちょっと問題です。また、プロペラや曳航式アレイ、魚雷発射管や特殊なインテークなど、喫水線下の写真もほとんど公開されていません。
情報統制がうまくいっている場合、困るのは他国の諜報員です。レッドオクトーバーに搭載されたキャタピラードライブの写真が手に入らなければ、それは仕事の失敗を意味します。一方で我々も彼らと似た問題を抱えています。誤った情報に基づいてモデリングをしてしまったら最後、Steamを生きる先人や、稀に現れる実際の潜水艦工学者、元乗組員の追及にさらされることが決定するからです。
今回のモデリングにおいて、モデラ―は自らの世界観をむやみに展開するわけにはいきません。プロペラや発射管の形、ソーナーの形状や色など、答えは文字通り水面下にたしかに存在するのです。
3DCGに限らず、創作活動は時に自らをダ・ヴィンチやモーツァルトに錯覚するほどの没入感を与えてくれますが、上記の理由から、今回我々がならなければいけないのはダ・ヴィンチではなく、コムソモリスク・ナ・アムーレで働く名もなきエンジニアということになります。公開された数少ない写真と、正確性の怪レい見取り図を参考に、粛々とモデルを作り続けるのです。
しかし幸いにも、歴代の国家反逆罪をも顧みない愚かな愛好家たちが残した大量のアーカイブスが我々を助けることでしょう。
私はしばしばプラモデルを製作します。Airfix、タミヤ、Revellが少年時代の私にとってのGAFAでした。しかし当時のプラモデルはお世辞にも品質が良いとは言えず、製造時に発生した不具合である「バリ」や「ヒケ」が当たり前のように存在し、今のGAFAと同様に、よく創作活動を妨げてきました。
これに対し現代のコンピューター科学の驚異である3DCGには、そのようなものは一切なく、スムーズな開発環境を我々に提供してくれる頼もしい存在だと私は思って”いました”。
潜水艦の非常に複雑でユニークな形状は、我々3Dモデラ―を苦しめるための罠であるとさえ感じます。
船舶は通常、船体と上部構造物に分けられます。上部は平面とディテールの複雑な組み合わせによってリアリティを手にします。対して船体、特に喫水線下は破綻のない流線形状を構築し、上部のリアリティをさらに引き上げるといった役割があります。従来の海戦ゲームでは、喫水線上のみが常に視線の元に晒されるため、船体の造形誤差はそれほど問題になりませんでした。
では潜水艦はどうでしょう。
葉巻型や涙滴型をしたその船体には、格納式のレーダーマストや潜望鏡、複雑な曲面にまたがる魚雷発射管やインテークがあります。他にも多数のハイドロフォンアレイ、繋留具、救命装置のディテールなどが存在し、これらを無慈悲な流線型上に不整合なく配置するのは、潜水艦を独立国家として認めさせるのに匹敵する難しさがあります。これらの問題を解決する為に、防衛予算を増額させる必要はありませんでしたが、代わりにBlenderの総プレイ時間を倍増させることとなりました。
例としてProject 971攻撃型原子力潜水艦の写真を見てみましょう。
一見フラットに見える前面形状には、8門もの魚雷発射管がまぎれています。そして魚雷発射管の扉の開閉アニメーションを実装するためにメッシュをクッキーの如く円形に切り離し(ブーリアンという)、別のオブジェクトに分離しますが、ここで問題が生じます。
下は、3Dモデルで再現したProject 971の艦首の表面から、魚雷発射口となる部分を切り抜いた画像です。通常、曲面に対して円筒のような、幾何学特性の異なるトポロジを組み合わせて切り抜きを行った場合、画像のように折り紙を広げたような不自然な模様が出現します。これは一般的に"Artifacts"と呼ばれていますが、ここでは親しみを込めて「ガビ」と呼称します。ガビとは私の母国語で「3Dモデル上のトポロジやメッシュの不具合により意図しない視覚効果が現れる現象」を指し、潜水艦造形で終始我々を悩ませた現象です。
魚雷発射管の周囲に現れた不自然な模様の図
解決方法はいくつかあります。対辺同士がねじれの位置にある四角ポリゴンの場合、表面にブーリアン処理を施すと元々破綻した面に場違いな点からなるメッシュが出現し、ガビを引き起こします。これに対し、三角化のモディファイアを適用し、メッシュをすべて三角ポリゴンにすることでひとまずガビは軽減されます。三角形は常に破綻のない面を形成するため、整合化の有効な手段なのです。
しかしこれには逆の場合も存在し、曲面を構成する三角ポリゴンが作る厳密な単位平面上にブーリアンを施した場合、出現した点はスムーズシェードを提供する双3次B-spline曲面から逸脱し、カビが発生します。多少破綻した四角上でブーリアンを行った方が、かえってスムーズな印象を与えることもあるのです。(早口)
ねじれた面を三角化する図
ややこしい説明になりましたが、要は三角ポリゴン、四角ポリゴンのいずれで構成した曲面であっても、表面にブーリアン等の生成処理を行うと、不具合が必ず発生するということです。
何事もバランスが大切なのです。
ところで、私が600時間以上を費やしついに発見した最良の解決策、それが「フィーリング」です。結局のところ3Dモデラ―がエンジニアではなくアーティストとして分類されるのには理由があり、この瞬間だけはダ・ヴィンチになるしかないのです。手間と時間を浪費しながら、ガビを最小限に抑え、シェーディングの機能を最大限引き出す最適なトポロジを見つけ出します。またしても正解は知り得ません。正解はEdwin CatmullやJames H. Clarkのみが知っているのです。
さて、こうした苦労の末に完成するのはせいぜい”おもちゃ”の潜水艦です。
ストラクチャーが表面に実装されたとはいえ、大部分はスムーズな曲面の塊であるため、全体的にチープな印象を受けます。このようなおもちゃは子供のデスクに置かれるべきであり、北大西洋に浮かんではいけません。
このおもちゃを本物に変えるべく、我々は”Substance Painter”というBlenderとはまた違った辺境地に足を踏み入れなければなりませんでした。
2024年5月