「チャハルモンゴル語のイントネーション -単純疑問文はと修辞疑問文の音調-」(発表言語:日本語)
アナラ (神戸大学)
モンゴル語は従来、文法機能の表示に対する音調の役割が弱いとされてきた(Karlsson 2007)。本研究は、チャハルモンゴル語の単純疑問文と修辞疑問文を対象に上記を再検討し、同言語の2種類の疑問文が音調によって区別され、音調が一定の役割を担うこと、そしてそれらが他言語とも共通する傾向を見せることを報告する。具体的には、以下を主張する。
(1) 修辞疑問文は単純疑問文より低いピッチで始まり、ドイツ語など諸言語と同じ傾向が見られる。
(2) 音節構造と音調との対応が見られ、初頭が重音節の文はHピッチで、軽音節の文はLピッチで始あり、音節の一般的性質を反映する。
(3) 文頭の音圧は修辞疑問文の方が大きく、文末の音圧は単純疑問文の方が大きい。
(4) 修辞疑問文全体の持続時間は単純疑問文より長く、とくに文末にそれが顕著であり、多くの先行研究(英語、ドイツ語)と一致する。
(5) 修辞疑問文の文末詞の母音は、前寄りで開口度が高く、日本語の修辞疑問文(前川2004)と部分的に共通する。
「脳内言語生成ネットワークと階層的バイナリー生成構造の対応」(発表言語:日本語)
石黒 弘毅 (Huro Academy)
本研究は、神経科学の研究により示されている視床下部や前頭葉などからの情報入力と交信を腹側被蓋野(VTA)が集約し動機づけのトリガーとしての役割を担っている事と、そこから扁桃体、海馬、ウェルニッケ領域、ブローカ領域まで至る各領域・神経ネットワーク構築のそれぞれの接続を明確にする事で、同じくVTAを起点(ハブ)としブローカ領域と発話まで至る脳内言語生成ネットワークの仕組みを解き明かし、言語の発現から発言まで階層的ツリーバイナリー構造によって生成と制御をしていることを見出すことを目的としている。
これらの脳内ネットワークを統語的に位置付けていくと、VTAを含む動機づけ系から、扁桃体・海馬による情動価値からの文脈情報処理、ウェルニッケ領域による意味表象形成、ブローカ領域による統語構築へ至る過程は、単なる線形的相互情報伝達システムではなく、階層的かつ再帰的な生成システムとして記述可能であることを示すことができるようになり、この神経ネットワークから導かれる階層的構造は、言語生成における抽象的な計算体系の雛形となり得る階層的ツリーバイナリー構造と対応する可能性を示すことが出来るようになる。
「非飽和名詞にかかる主部内在関係節の統語構造」(発表言語:日本語)
岡田 理恵子 (大手前大学)/坂本 瑞生 (東北大学)
「親」や「社長」のような非飽和名詞は、「~の」というパラメータの値を解釈上補わなければ指示対象が定まらず、通常、このパラメータの値の指定は名詞句によって行われる(「会社の社長」vs「*太郎が働いている社長」)。本発表では、これに加えて、主部内在関係節も非飽和名詞のパラメータの値を定めることができるという事実を指摘し(「会社が倒産した社長」)、この種の例の統語的な振る舞いを記述することを通して主部内在関係節の派生について検討する。非飽和名詞のパラメータの値を指定する主部内在関係節では、島の制約の効果が認められ、加えて、主部が統語的に従属節外の位置で解釈されるような振る舞いが認められる。これらの事実をもとに、主部内在関係節の分析には、黒田(1999)が提案する非移動分析に加えて主部が非顕在的に移動する移動分析も必要であることを論じる。
「文包摂名詞における韻律領域の拡張 ―実例調査によるdephrasing分析の追加検証―」(発表言語:日本語)
坂本 麻輝 (バリューコマース株式会社)
文包摂名詞には、「き┌ち┐んとや┌ってるぜオ┐ーラ」のように後項「オーラ」と前項末要素「やってるぜ」が一つの韻律領域を形成し、前項次末要素「きちんと」と分かれる韻律パターンと、「き┌ちんとやってるぜオ┐ーラ」のように領域が前項次末要素まで拡張し、全体が一まとまりとなる韻律パターンがある(泉2024)(┌:句頭上昇、┐:アクセント核)。坂本(2026)では実例調査を通じて、この拡張が前項次末要素のアクセント型に条件づけられることを示し、複合語アクセント領域ではなく、句頭上昇の領域である最小音韻句φ[+min]の境界削除による拡張、すなわちdephrasingと分析した。本発表では、この分析の追加検証を行うため、アクセント型以外の生起条件として音韻的長さ(特に「前項次末要素+前項末要素」の合計モーラ数)等が拡張をどう条件づけるかを調査し、その結果がdephrasing分析を支持することを示す。
「問題の未解決性を標識する文末ケド―訂正型と承認留保型の共通性―」(発表言語:日本語)
Sun Siqi (総合研究大学院大学)
本発表では、先行発話への応答に現れる文末ケドのうち、談話標識として機能する「訂正型」と「承認留保型」に着目し、両者に共通する機能を明らかにする。両型には、次の二つの共通点が認められる。第一に、ケド発話は、先行発話によって喚起されたQUDへの直接的な応答として機能し、「いや、それは違います」「確かにその通りです」などの直接的な応答表現と一定の互換性をもつ。第二に、ケド発話は、先行発話によって生じた談話上の問題を解決済みとはせず、開いた状態に保つ。このことは、ケド発話の直後に「じゃ、問題ないね」のように問題の解決を前提として話題を閉じる発話を続けると、不自然になることから確認できる。さらに、ケドを削除するとこの不自然さが軽減されることから、問題を開いた状態に保つ機能が文末ケドに由来することが示される。また、先行発話への応答とはならない「詰問型」についても、談話上の未解決の問題を新たに提示するものとして、これらの用法と連続的に捉えることができる。
以上から、本発表では、文末ケドは、談話上の問題が依然として開かれていることを標示する談話標識であると主張する。
「間接言語行為のマトリクス」(発表言語:日本語)
堀合 愛梨沙 (大阪大学)
J.R.サールは、オースティンの言語行為論を体系化するとともに、「間接言語行為」の概念を提唱した。これは、「塩を取ってもらえますか」のような疑問文が、字義的には質問でありながら、間接的には依頼として機能するという現象である。間接言語行為の研究は、このように発語内の力がシフトする現象を主な分析対象としてきた。しかし、サール自身が挙げた「映画に行かない?」「勉強しなきゃいけないんだ」という例では、陳述が誘いの拒否として機能するだけでなく、「勉強しなければならない」という命題から「映画には行けない」という別の命題への内容のシフトも生じている。本発表では、サール自身の命題行為の考え方に基づき、間接言語行為には発語内の力だけでなく命題内容もシフトする類型が存在することを論じる。そして、従来の間接言語行為論では十分に捉えられてこなかった現象を指摘し、その語用論的分析に取り組む。
「From LLM Errors to Linguistic Theory: Human Evaluation of Japanese Sentence-final Particle Predictions」(発表言語:英語)
Yurie Hara (Hokkaido University)/ Kevin LI (City University of Hong Kong)/John Sie Yuen LEE(City University of Hong Kong)
Japanese sentence-final particles (SFPs) encode subtle pragmatic meanings related to speaker commitment, shared knowledge, and interactional stance. Although recent large language models (LLMs) achieve moderate success in predicting SFPs from discourse context, evaluations typically assume that the corpus-attested particle is the unique correct answer. This assumption may be inappropriate because spoken corpora omit crucial pragmatic information such as prosody, gesture, gaze, and speaker intentions.
This study investigates whether apparent LLM prediction errors genuinely violate native-speaker intuitions or instead reflect pragmatically plausible alternatives. We first analyzed 1,375 utterances containing discourse-related SFPs from the Nagoya University Conversation Corpus using three prompting conditions (sentence only, dialogue context, and retrieval-augmented generation). Although the RAG model achieved the highest corpus accuracy, systematic confusion remained, particularly among ne, yo, and yone. These recurrent mismatches motivated a human evaluation.
Two behavioral experiments with native speakers of Japanese were conducted. In a cloze task, participants selected the most natural SFP for discourse contexts in which the corpus annotation and the LLM prediction differed. In an acceptability-judgment experiment, participants rated both the corpus-attested particle and the LLM-generated alternative on a seven-point scale. The acceptability experiment showed that LLM-generated particles received ratings remarkably similar to the corpus particles. An ordinal mixed-effects analysis found no significant difference between the two conditions, and equivalence testing further indicated that the observed difference was practically negligible.
The cloze results further revealed that human agreement closely tracked LLM performance. When the LLM matched the corpus, participants strongly converged on the corpus particle. In contrast, contexts where the LLM disagreed with the corpus elicited substantially lower agreement and higher response entropy, suggesting greater pragmatic underspecification rather than model failure.
These findings suggest that many apparent LLM "errors" arise because multiple SFPs remain compatible with the textual context alone. Rather than treating disagreement with corpus annotations as evidence of model failure, we argue that systematic divergences between corpus data, LLM predictions, and human judgments provide a productive source of linguistic hypotheses about pragmatic underspecification.